大人の責任(ガチ)(notエロ) 作:教頭
「左腕が麻痺、ちょっと耳も遠くなったかな?まぁ、トリニティの総戦力を相手にこれくらいで済んだなら充分勝利と言えるだろうな」
「……あと、右脇腹も撃たれているぞ」
「ああ、こっちは別件。まぁ、まともに治す時間もなかったからまだ生傷気味だけど」
「─────」
「"放置は良くない"?そいつはごもっとも」
カタコンベ内にて、追手がいない事を確認した我々は小休止を挟んでいた。
今は、錠前さんと秤さんに傷を診てもらっている最中だ。槌永さんと戒野さんは周囲を哨戒している。
『むにゃ、いちごミルクは……うひひ』
因みに既に連邦生徒会長の人格は何処かに引っ込み、いつものアロナに戻っている。加えて、エネルギーを消費し過ぎたと言わんばかりに爆睡を決め込んでいた。
「……何も聞かないのか?」
「今、聞いたら話がややこしくなるだろう?どちらにせよ私のやる事は変わらないのだから、無駄な衝突や腹の内の探り合いは避けるのが賢明な判断だ。それに今、無防備な私が撃たれていない時点で君らのスタンスはある程度は自明だしな」
錠前さんの質問をさらりと流す。彼女らが私の記憶を何処まで見たかは不明だが、私が見た彼女らの記憶から察するに、知識よりは感情の比率の方が大きいと思われる為、まぁ全容は知られていない筈だ。
「分かった。『先生』の判断を尊重しよう」
「…………戦闘中に何を見たのかは知らないが、あんまり真面目に受け取り過ぎるなよ。こんな草臥れた男に期待しても大した成果は得られんぞ」
久方ぶりの他者からの悪意の無い視線に、少したじろいだ私はほぼ反射的に自虐をする。最早癖である。
「─────っくく」
「……? 姫、どうかしたか?」
「──────」
"恥ずかしがり屋さん"
秤さんに手信号で示されたのは、そんな言葉。マスクの下の表情は読み取れないがきっと揶揄うような物であるに違いない。
……照れている事を認めるのは殊の外難しいというのはよく分かった。あと最近はすっかり忘れていた事だが、ブルアカ世界の女性は好意を示してくれれば相応に愛らしいという事を改めて認識出来た。……元々、女性耐性は低い方なんだよなぁ、命と世界が懸ってるし、恐らく老い先短いから吹っ切れているが。
「まぁ、否定は……しない。女性耐性0だしな。だが、経緯が経緯だから君らにデレデレする資格もまた無いんだ。君達も社会復帰位までは面倒を見てやりたいが、何分世界終末案件が多すぎる。そういう意味じゃ、さっきの照れ隠しも嘘は言っていない。……むっ、追手だな。錠前さん、数は?」
槌永さん、戒野さんから知らせが入り、瞬時に思考を切り替える。
「少なくはないが何とかならない事もない規模だ。だが、トリニティの主戦力の大半は撃破した筈、複雑なカタコンベを突破する余力など……」
「恐らく古図書館の支援を受けたシスターフッドだ。間が悪い、というよりは恐らく最初からこのタイミングを狙われていたな。アリウス自治区諸共我々を一網打尽にする算段だろう」
恐らく、裏で糸を引いているのは浦和さんだな。……しかし、これはちょっとばかり私の事を"信じ過ぎ"だ。いや、確かに信じろ、と言ったのは私なのだが私がトリニティの主力を殲滅してここまで来る事を想定して行動されてもそれはそれでやりにくい。
「……私の予想が正しければ、やる事自体に変わりは無い。とりあえず、私をマダム、いや、ベアトリーチェの所まで連れて行ってくれ。……君らの立場を明かす必要は私と彼女の決着が付くまでは無い。彼女らの迎撃……いや、対処はその結果に応じて決定するだろう」
「……了解」
あくまで浦和さんは私しか認知できていない危機(ベアトリーチェ、色彩周り)の対処を私にさせた後、彼女たちにも理解できる危機(アリウス)の対処を図るつもりなのだろう。……事後交渉の為にスクワッドをアリウスに残すか?錠前さんと秤さんが居れば舐められるような事は無いだろう。社会常識の無いことがバレたら好き放題やられてしまいそうだが。
さて、後はベアトリーチェを絞めるだけだ。
目標は色彩とやらを呼ばれる前に撃破する事。正直、今の私の状況では逆立ちしてもプレナパテス先生に勝ち目は無い。故に、問答も無く、ただ命を奪う。……少し独善が過ぎるが、自身の手の汚れを気に出来る程、私は上等な存在では無いんだ。
▲
穿たれた穴の向こうに終末が見える。
不気味な程、精巧なステンドグラスを見た時の私の感想はそんなものだった。
私はスクワッドの手引きの元、無事アリウス・バシリカ、その最奥に到達する事が叶った。
厳重な警備の元、通されたそこは至聖所と呼ばれるだけあり、雰囲気からして普通の空間とは格が違う。
そして佇むは、真紅の女怪。
初めて見る本当の異形を前に少し正気が揺らぐ気がするが、そこはそれ。そもそも私は正気では無い事をすぐに思い出し、心は平常に戻る。
さぁ、後は色々話そうとしているベアトリーチェを無視して紙切れを抜き放つ作業だ。
「……貴方が預言者とやら?」
「こんにちは、───死ね」
挨拶もそこそこに、意識の間を縫うように、大人のカードを抜き放つ。
しかし、それが効力を持つまでの数瞬、突然視界の端にマズルフラッシュが映った。
……まさか。
「───その必要は無いよ、『先生』。貴方の生徒なら、此処にいる」
気付くと、大人のカードに手が添えられて止められていた。
声色は聞き慣れない……いや、さっきの微かな笑い声と同じだな。
「……やっぱり、格好つけずにちゃんと話は聞いておくべきだったな。しかし、私のいない所で話している様子などなかったが」
「そのぉ……私達は幼い頃からずっと一緒にいるんで、このくらいなら……、すいません」
槌永さんが、SRをぶっ放しながらそう謝った。
「それに裏の事情がどうあれ、これは私達アリウスの問題。他人の『先生』に全部やってもらうのもどうかと思って」
戒野さんはそう言いつつ、淡々とランチャーを女怪に叩き込む。
「───という訳だ、『先生』、どうか指示を」
錠前さんがそう告げて、私の前に佇んだ。
色々と言いたい事や様々な感情が去来するが、そこはそれ。
私なんかの感傷のせいでベアトリーチェを取り逃したら元も子も無い。
「了解した。……そして、ありがとう」
寝ているアロナをタップで叩き起こし、シッテムの箱を起動、指揮に入る。
さて、今回は
「────」
ベアトリーチェが声にならない声を上げ、抵抗を図る。
しかし、あまりに彼女にとって状況が悪い。彼女は秤さんから神秘を吸収出来ていないし、ユスティナ聖徒会の力も無い、加えて我々にはシッテムの箱による攻撃予測がある。
曰く、アリウスの内戦を鎮圧した怪物らしいが……やはりゲマトリア構成員の直接戦闘力自体は低いのか。本質的には彼らも私もヘイローを持たないキヴォトス外の存在。何らかのズルをしないとこの世界の存在に太刀打ち出来ないのだ。
冷静に、確実に、基礎に基づいて指揮をする。
攻撃を透かして、火力を集中させ、逃亡を決して許さない。
……トドメだけは、と予め用意しておいたハンドガンのセーフティを解除する。大人のカードを切る場合でも、これは己の中でやっておかねばならないと思っていた措置だ。経緯はどうあれ、相手が誰であれ、殺人などという業は子供が背負うべきでは無い。
───照準を彼女の頭に定めた所で、後ろから仰々しい拍手が聞こえてきた。
「───お見事です。本当に、貴方"は"素晴らしい」
黒色の影が、佇んでいた。