ストーリーにまったく関わらないタイプのランク1位(大嘘) 作:ナスの森
「コーラル」と呼ばれる物質がある。
人類が太陽系外宇宙にまで進出したその時代において、辺境の惑星「ルビコン3」にて発見されたその物質は、新時代のエネルギー資源、および情報導体として、人類社会の宇宙に飛躍的発展をもたらすと嘱望された。
だが、その最中に起こった「アイビスの火」と呼ばれる厄災。その赤い炎と嵐は発生源たるルビコン3を中心に周辺星系すら巻き込み、致命的な汚染と傷跡のみが残された。
そしてその元凶たる新物質「コーラル」もまた、自身の炎に焼かれ完全に消滅したと――そう見做されていた。
だが、コーラルは未だにルビコンに燻っていた。
厄災から半世紀程を経て、その情報がどこからリークされ、それを皮切りにコーラルを独占せんと宇宙を又に掛ける星外企業たちがコーラルを巡る争いに参入。
元々はコーラルを生活の糧にせんとするルビコン解放戦線と、コーラルの出入りを阻止する秩序組織・惑星封鎖機構による小さい小競り合いが続いていた中、アーキバス、ベイラム2社の星外企業の勢力が一斉にルビコン3への進駐を開始。
これにより戦線は一気に拡大、泥沼と化し、大金を得ようと星外から次々と独立傭兵たちが封鎖機構の目を掻い潜って一斉に密航し、このルビコン3に集まり始めた。
さしもの封鎖機構といえど全ての密航者を衛星砲で撃墜することは叶わず、結果として何割かの星外勢力の面々の密航を許してしまう事態となった。
そんな戦線が拡大していくルビコン3の中でも、特に激しい戦闘が行われる場所がとある汚染市街だった。
この場所自体は企業達にとって価値はないものの、コーラル調査のインフラ確保のためには抑えておくべきポイントの一つだった。解放戦線の面々からしてみても、同志達に物資を運送するためにここを重宝しており、その関係上から封鎖機構の
そのため、ここでは毎日なにかしらが炎をあげ、命が散っていく。
企業、解放戦線問わず、MTやACといった鉄の棺桶の中で炎に焼かれながらこの世を去って行くのだ。
――やはり、私達は炎の中でしか生きられぬ。ジャングルの森を焼く、炎の中でしか。
この汚染市街を駆ける独立傭兵――“サーティ”もまた、墜落した封鎖機構の大型ヘリの上に立ちながらそう思っていた。
ハークラーが与えられているナンバー「G7」は番号付きのレッドガン隊員の中では一番の末席であるが、彼の傭兵ランクは次点の末席であるG6や、大先輩にあたるG3よりも上であった。
この傭兵ランクはこのルビコンに根付く傭兵支援システムによる評価で付けられたランクであり、必ずしもレッドガン部隊内での序列と合致するわけではない。
ハークラーとて、そんな土着の傭兵支援システムから付けられた自身に対する評価を信用はしておらず、自分はまだまだ若輩でそれこそG3に及ぶとはハークラー自身はまったく思ってはいなかった。
ハークラーはそんな自分を謙虚とは微塵も思わない。
なぜなら、この傭兵ランクを信用できない理由は他にもあったからだ。
・・・・・・それは、あの「
ハークラー自身はあのアーキバスの抱えるヴェスパー部隊の主席隊長たるフロイトの活躍を直接目にしたことがあるわけではないが、彼はかのアイランド・フォー動乱において任務達成率94.7%を記録しており、その活躍はルビコンの星外までに知れ渡っている。
それに引き換え、その一つ上にいる彼は――“彼女”はなんだ?
星外で名前すら聞いたことがない――彼の先輩であるG5の言葉を真似るのならば、何処とも知らぬ無名の木っ端があのフロイトより上の筈がない。
精々がこの土着のルビコン出身の独立傭兵の中のトップといったところだろう。星外中に名を響かせたエースパイロットの相手になる筈がない。
オールマインドも所詮は、地元贔屓が過ぎただけの傭兵支援システムに過ぎないのだと。
・・・・・・そう、思って、いた。
この汚染市街で、その黒いACに遭遇するまでは。
「ふ、ふざけるな・・・・・・」
その光景を前にして、ハークラーは狼狽える。
この汚染市街に展開している解放戦線のゲリラ部隊の殲滅を言い渡されたハークラー。
その途中でアーキバスに雇われたと思しき独立傭兵と接敵し、幾度か銃弾を交えた後にハークラーはその独立傭兵を追い詰めていた。
正規の訓練を受けてレッドガン部隊のACパイロットにまでなったハークラーと、たかが金目的で密航してきたそこらの独立傭兵ではハークラーの相手たり得ない。
そこまではよかったのだが――その途中で、頭上から惑星封鎖機構のSGによる巡回がやってきたのだ。
その巡回にやってきた惑星封鎖機構の大型武装ヘリ――ACすら赤子に見えるほどの巨大な機体と多彩な高火力武装が搭載されたそのヘリは、とても独立傭兵を相手にしながら対処できるものではなかった。
だが――突如として、ヘリの頭上から一筋の、赤紫色の閃光が降り――その閃光が封鎖機構の巨大ヘリを貫いたのだ。
強力なエネルギー兵器による攻撃を受け、一気に
瞬く間にSGの巨大ヘリは鉄の粉と炎をまき散らしながら堕落。その光景を作り上げた黒いACは、堕落した巨大ヘリを踏み台にしながらハークラー達を見つめている――そんな息の詰まる状況ができあがったのだ。
「なんで・・・・・・」
震え上がるハークラー。
「なんで、ランク1位がこんな所に・・・・・・!?」
シュー、と静寂の中で、黒いACが持つマルチENライフルの冷却機構の駆動音が唸る。展開していた冷却機構を閉じたマルチENライフルは再びその形状を、二つの銃口に分かたれたモノへと戻していく。
土着の傭兵支援システムが付けたランクなど信用ならない――そんな考えはもう、先の光景を見たハークラーは持ってはいなかった。
対多数戦闘に重きを置いたハークラーのACが、尚更トップランカーの駆るACに敵うわけがなかった。
ハークラーの判断は速かった。即座に通信回線を開き、先ほどまで戦っていた独立傭兵へと呼びかける。
「おい、戦闘は中止だ!! ここは一旦――」
協力するぞ、と言おうとして、ハークラーは呆気に取られた。
瞬く、一瞬の間だった。
黒いACのマルチENライフルの銃口から放たれたプラズマ弾。その着弾による爆発に覆われたと思えば――電磁波による霧が晴れたその瞬間――いつの間にか脚部から切断された独立傭兵のコアパーツを、レーザーダガーで貫いている黒いACの姿があったのだ。
黒いACの足下には、独立傭兵が駆っていたACの脚部と、コアから更に切断された左腕パーツが転がっていた。
呆気に取られたハークラーだったが、同時に、黒いACがやった早業の内容を理解した。
不利を悟った自分の問いかけに、あの独立傭兵の意識が向かっているその隙に――その僅かな意識の切り替えの間を、黒いACはつけ入ったのだ。
独立傭兵の足下に、プラズマ弾をそれぞれの箇所に数発連射し、逃げ場を制限し、判断力を奪った隙に接近し、レーザーダガーで独立傭兵のACをバラバラに解体したのだ。
注視すべき点は、独立傭兵のACのフレームには、ダガーに貫かれたコアパーツ以外、一切の損傷が入っていなかった事だろう。
この黒いACは僅かの間に、最初の二撃で、コアパーツと腕部パーツ、そしてコアパーツと脚部パーツを繋ぐジョイント部分――いわゆる人体で言うところの関節のみを的確に狙い、切断せしめたのだ。
どれだけ装甲を固めた所で、同一の規格で統一されているACの部品は、コアを中心にそれらのフレームパーツを繋ぐジョイント部分の強度だけはどうしても変えられない。
その装甲の隙間のみを狙い、独立傭兵のACを無力化し、止めを刺した。
まるで武術の達人が、生身の人間を相手にしてようやくできるかできないかの神業を、この傭兵は、あろうことかAC同士の戦闘でそれを実現してみせた。
かくして、このG7ハークラーを相手にそれなりに時間稼ぎをしたであろう独立傭兵――識別名“モンキー・ゴード”はバラバラになった自らのACを墓標に、この汚染市街の一角で一瞬にして事切れたのだった。
「あ、あぁ・・・・・・」
コックピット内で、ハークラーの体は震え上がる。
噓じゃ、なかった。
偽りなんて、なかった。
ルビコンに突如として現れた経歴不明の独立傭兵。瞬く間にトップランカーへと成り上がったルビコンの「鬼神」。アリーナの説明文にそう記述されていた文章に、何1つ、偽りなどなかったのだ。
ハークラーは謙虚な男だった。ハークラー自身にそんなつもりはなかったが、外から見た彼は確かに謙虚な男だった。
故に、彼は己を呪った。ランクなんて嘘っぱちだと、頭の中でそう嘯いていた己の目の節穴さを呪った。
黒いACの赤いカメラアイの光が、ハークラーへと向いた。
技研勢の頭部パーツ「IA-C01H: EPHEMERA」。人間の視力を前提としたモニターには本来なっていないその頭部パーツに増設された血のように赤い双眸のカメラアイが、ハークラーの体を金縛りへと誘った。
「ハ.ははは・・・・・・」
体が、動かない。
コックピットのコンソールを操作する筈の手に、力が入らない。
凄腕のACパイロットとしての本能が理解したのだ――自分では、この傭兵には勝てないと。
ならば、自分はこのまま・・・・・・。
『何をボサっとしている馬鹿者!! とっととそこから離脱しろ!! 家に帰るまでが遠足だ!!』
その怒声の通信がコックピット内に響いた瞬間――ハークラーの体は即座にコンソールを弄っていた。
まずは牽制に、アサルトアーマーを発動。コアの展開機構を起動し、ハークラーのACを起点に強烈なパルス電磁波による全方位攻撃が黒いACに襲いかかる。
その電磁波が周囲を焼き尽くす頃には、黒いACは既にその攻撃範囲から離脱していた。
ハークラーも今の攻撃で黒いACに有効打を与えられたとも思わないし、与えるつもりもなかった。本命は、電磁波攻撃を目くらましに、この場から離脱することだった。
アサルトアーマーを展開し終わったハークラーのACは、電磁波の霧が晴れない隙に、即座に背後にブーストターンし、ブースターからオレンジ色のバーニヤを吹かしながら高速で飛び立った。
アサルトブースト――ACに備わっている高速移動機構。ジェネレーターのエネルギーを激しく消費する代わりに、通常のブーストとは比べものにならない早さで標的に接近する機能を、ハークラーは目の前の強敵から逃れるために使用した。
アサルトアーマーによる電磁攻撃を目くらましに、アサルトブーストで離脱――レッドガンの訓練で総長たるミシガンからたたき込まれた脱出術だった。
ハークラーのACのコアに搭載された内燃型ジェネレーターより発せられるオレンジ色の噴炎は激しい燃焼音と共に、高速でハークラーを汚染市街外へと運ぼうとした。
その噴炎の音は、ハークラーの生の叫びに、ACが応えているかのようだった。
だが、黒いAC――鬼神“マーウォルス”は、ソレを見逃さない。
還流型のジェネレーターを動力に吹かれる青色のバーニヤ。ハークラーのACが放つ激しい内燃音とは対象的な、まるで滑らかな斜面を滑るかのような静かな音を立てながら、マーウォルスはハークラーのACを追った。
激しく生に拘る生者の激しさと、まるで死者のような静けさ。それぞれ対照的なアサルトブーストの音を吹かしながら、前者は逃げ、後者は追う。
そしてそれは――瞬く間に終わった。
マーウォルスは一旦、アサルトブーストを維持しながら左方向へクイックブーストを行い、その方向へステップする。
そこには――汚染市街に立つ一角のビルがあり、このままではその壁に激突してしまうコースに入ると思われたその時、
マーウォルスは、接触したビルの壁を蹴り、アサルトブーストの速度を更に加速。
その加速を持って瞬時にハークラーのACへと追いつき、その横合いから蹴りを見舞った。
「なっ!?」
アサルトブーストと、更にビルの壁を蹴ったことによる加速が加わった速度エネルギーを持ってして放たれた蹴りは、ハークラーのACを汚染市街の残骸へと叩きつけた。
機体はあっという間にACS負荷限界に陥り、更に襲いかかる強烈なGがハークラーの体を蝕む。
叩きつけられると同時、マーウォルスの左肩に装備されたメリニット製のグレネードキャノンが火を吹き、その榴弾はハークラーのACのコアへと直撃。
鉄の躯から炎が舞い上がり、その熱はハークラーのいるコックピット内部にまで襲いかかる。
Gにより吐血し、更に炎に伝播する高温で、ハークラーの意識は最早、黄泉へ旅立つ直前にまで陥っていた。
『しっかりしろG7!? 自殺の予定がなければ早く脱出レバーを引け!! 今すぐだ!!』
「・・・・・・ぁ、そう、ちょぅ・・・・・・」
聞き慣れた叱咤の言葉に、ハークラーは僅かに意識を持ち直す。
だが、そんな叱咤に最早意味などなかった。ハークラーは最早助からない。ACS負荷に陥ったACのコアに直接、グレネードキャノンの榴弾を撃ち込まれたのだ。
Gにより内蔵は既にズタボロ、機体の損傷により脱出レバーは既に動かず、あとはこの高温により干上がっていく自分の体を見つめながら死んでいく――それがハークラーの運命だった。
だがその前に――そのコックピットを、マーウォルスのレーザーダガーが貫いた。
熱と痛みに苦しみ続けることなく逝くこと――それがハークラーへの、鬼神なりのせめてもの慈悲だったのかもしれない。
「役立たずが・・・・・・帰るまでが遠足だと・・・・・・そう言った筈だぞ・・・・・・」
人知れず響いた初老の男の掠れた呟きが、鬼神に届くことはなかった。
「・・・・・・」
瓦礫にめり込んだまま燃え上がるハークラーのACからダガーを引き抜くマーウォルス。引き抜かれたレーザー刃は消え、それを発生させていた実体剣がパーツの中に折りたたまれていく。
『・・・・・・さすがだな、独立傭兵“サーティ”』
マーウォルスのパイロットの耳に、彼女を称える男の通信が入る。
男の名はアーシル。ルビコン解放戦線に所属する青年であり、現状ではこのマーウォルスのパイロット“サーティ”の一時的なオペレーターを務めていた。
『まったく・・・・・・相変わらずの鬼神ぶりだ。見ていて惚れ惚れするよ。周りに展開している同志達も、今の戦いを見て士気を上げているようだ』
普段は誰に対しても丁寧で謙虚な口調を崩さない好青年な彼が、今ばかりは少し高揚気味な口調で話しかける。
「・・・・・・世辞はいい。それで、この先だな?」
喜色と畏怖が入り混じったアーシルの賛美に対しサーティはそっけなくあしらいながら、機体カメラの視線をハークラーから外し、目標地点の方向を見やる。
『ああ、この先で同志トーマスの連絡が途絶えている。幸い、貴女がSGや企業の勢力を退けてくれたおかげで、我々も安心して救出作業に臨める。
・・・・・・同志トーマスが、無事でいてくれればの話だが・・・・・・』
不安げに言葉を濁しながら言うアーシル。
今、サーティがいるのは汚染市街のちょうど真ん中に位置する場所だ。そこから汚染市街の一角に、空から崩れ落ちてきたと思しきグリッドの建材が火を上げているのが遠目で見えた。
あそこに行方不明になった、解放戦線寄りの独立傭兵の手がかりがあるかもしれないとアーシルは言う。
サーティはマーウォルスのブーストを起動し、その方向へ向かう。
崩れ落ちたグリッドの建材の上に足を付けると・・・・・・そこには一機のACの残骸があった。
『これは、同志トーマスのAC・・・・・・』
そのACは全身がBAWS製のBASHOフレームで統一した旧式のACだった。BAWSはこのルビコンに根付く土着の企業で、同じ土着組織である解放戦線との繋がりは深い。それ故に解放戦線の関係者が搭乗するACは余程の例外がない限りは、このBASHOフレームをベースとした機体となる。
『生体反応は・・・・・・まだある!! 救護班の同志達、急いで来てくれ!!』
アーシルの呼びかけにより、暫くして解放戦線のヘリやMTたちが続々とトーマスのACの残骸の元へ駆けつける。
・・・・・・その様子を、堕落したグリッドの一部である高台の上から見下ろす一人の女性がいた。愛機である漆黒のAC「マーウォルス」のフットパーツに寄りかかって座り込み、ACの残骸から救出される一人の独立傭兵の様子を、興味なさげに見守っていた。
解放戦線に与する独立傭兵、トーマス・カークの救助。
それが彼女がルビコン解放戦線から依頼された任務だった。救出自体は解放戦線の同志達が行う代わりに、彼女には周辺に展開する惑星封鎖機構や企業の勢力を退けて欲しいと頼んだのだ。
結果は――退ける所か、むしろ殲滅するという快挙となったのだが。
「独立傭兵サーティ」
自分を呼びかける声に反応した女性――サーティはその方向へ目を見やると、そこには笑みを浮かべた爽やかな風貌の青年が立っていた。
「まずは礼を言わせて欲しい。貴女の助力のおかげで、同志トーマスの救出に間に合った。トップランカーである貴女が我々にこうして協力してくれることは、企業の連中への牽制や、他の独立傭兵の引き込みにも大きな一助となってくれている。
貴女には本当に・・・・・・感謝してもしきれない」
「・・・・・・アーシル」
「ッ・・・・・・ああ、すまない。こういうのは良くないことだというのは分かっている。我々は独力で勝ち取ることも覚えるべきだというのに・・・・・・」
咎めるように目を細めた女性に対し、解放戦線の青年アーシルはそれに気圧されながらも、謝罪の言葉を口にする。
他ならぬサーティ自身から、以前にも釘を刺されていたのだ。
任務で雇っている間ならまだしも――独立傭兵を継続的に信用しすぎるなと。そうされてはサーティ自身も困るということを、アーシルを始めとした解放戦線の面々は以前にも警告されていた。
アーシルの謝罪を受け取ったサーティは、ならいい、と言った風に再び救助現場を見下ろした。
此方から視線を外した女性を見ながら、アーシルは思う。
緋色の髪に、灼けた空を思わせる赤い目。口元を黒いスカーフで覆ったこのトップランカーの素顔は、間違いなく、可憐で可愛らしい美女だった。
その事実が、アーシルの心を曇らせていた。
まだ、ツィイーより少し上くらいの、少女と女性の境目くらいの歳の女の子がこうして傭兵として前線に立っているという事実に。報酬を出しているとはいえ、このような娘を戦場に送らざるを得ない自分達の現状に。
そして何より、この少女に対して畏怖と、そして崇拝に近い感情を持ってしまっている自分自身が、アーシルは1番嫌だった。
そう思うのが、この傭兵に対して失礼な行為だと分かっていてもだ。
ツィイーと違い、彼女には目の前にある全てをねじ伏せられる実力がある。
見た目が少女に近くありながらも、一見無機質で曇った赤い瞳の奥は、ドロドロとした血が蠢いているようにも、戦場で燃えさかる炎のようにも感じさせ、間違いなくトップランカーとしての風格を兼ね備えていた。
まだこのような若い女性が、一体どのような経験を重ねればこのような目ができるのだと、アーシルは一種のやるせなさすら感じていた。
「・・・・・・それで、」
感傷に浸っていたアーシルの意識を、再び現実に戻したのは、そんなサーティの声だった。
「礼を言うためにここまで来た訳ではないだろう? まだ何かやってほしい事でもあるんじゃないのか?」
「ッ、ああ。実は先ほど、この汚染市街の離れた場所に、また別のACの残骸の反応を検出したと同志達から連絡が入った。先にも言った通り、いま我々は独立傭兵たちへの声かけに力を入れている。もし、パイロットが生きているのなら――」
「出来ることなら引き込みたい、か。・・・・・・分かった、そこに向かってみよう」
「・・・・・・すまない。企業勢力やSGを退けたとはいえ、封鎖機構の目が完全になくなっているとも限らない。報酬は追加で支払う。オペレートは引き続き私が行おう」
会話を終えたサーティはすぐにマーウォルスのコックピットを開き、搭乗する。
アーシルもまた輸送ヘリの中に戻ってコンソールの前に座り、サーティのオペレートをする準備を終える。
サーティはマーウォルスのコアパーツの機構を展開し、アサルトブーストで一直線に反応がある方へと飛んだ。
◇
やあみんな、私だ。このルビコンでのトップランカーこと、サーティだよ。
オールマインドに登録して傭兵活動を始めてからはや数年。あれから色々あったね。
最初は星外企業だろうと土着の企業だろうと、解放戦線だろうと色々な勢力の依頼をひたすらこなして金を貯める日々が続いたんだけどさ。
まず、アーキバスとまた一悶着起こしちゃって・・・・・・アーキバスからの依頼が来なくなっちゃった(涙目)。
いやね、確かにアーキバスにはちゃんと細心の注意を払っていたんだよ。この体の元々の持ち主が捕らわれていたあの再教育センターとやらもこの企業のモノだったらしいし。
何よりコアパーツと頭部パーツを換装しているとはいえ、今私が使っているACこと「マーウォルス」は元々その施設から強奪した機体だったからね。一般に出回っている脚部パーツ「VP-422」はまだしも、今も未だに使っている腕部パーツ「VP-46D」はアーキバスの抱える特殊部隊であるヴェスパー部隊とやらへの正式採用を見越したパーツだったもんで、こんなん一般独立傭兵が使ってたらいつアーキバスから怪しまれるか分かったものじゃないよ!
でもさすが一般の市場には出回らないパーツなだけあって性能いいんだよね、この腕。自身の生存のために中々換装することは私にはできないのでした。
まあ、実際の所それとはまったく関係ない所で悶着起こしちゃったんだけどね(遠い目)。
駄目だよもう。
独立傭兵を露払いに使うのはいいよ。業腹だけどそういう使い道だってある。
邪魔な独立傭兵がいるというのならば、ソイツを雇ってあえて使い捨てちゃうのだって戦略の一つだろう。
でもねぇ・・・・・・使い捨てる算段をするのなら、ちゃんと使い捨てないとねぇ(ねっとり)。
こういうのは相手に露呈しないから結果的によしとなるだけで、もしその使い捨てようとした傭兵が生き残ってしまった場合を想定しないのはナンセンスだよね。生き残った所で企業に報復しようとなんざ思わないのが普通だからなんだろうけどさ。
つまり、何をやったかというと。
これは重大な契約違反です。
そしたらですね。もうこの様よ(苦笑い)。
実際の所依頼そのものはちゃんと達成してみせたし、その後での報復だったから傭兵としての経歴には傷が付かないし、誰も損はしない完璧な作戦だったわけよ(当時の惨状から目を逸らしつつ・・・・・・)。
で、その噂を聞きつけたのかベイラムからの依頼もばったり来なくなった訳でありまして。・・・・・・いや、向こうは元から私と関わるのを避けていた傾向があったかも。傭兵を始め立ての頃の私のACは全身フレームアーキバスだったし、なんなら今でもフレームパーツの半分はアーキバス製だ。ジェレータ―や左腕のレーザーダガーも奪った時とそのままのアーキバス製パーツである。
端から見ればアーキバス寄りの独立傭兵と見做されて避けられてた説はあるかもしれない。おまけに私の識別名「サーティ」の由来である13の数字が何とやら、という噂も耳にしたことがあった。
そんなこんなで宇宙を又にかける星外企業からの依頼はぱったりと消え、代わりに解放戦線やBAWS社、エルカノといった土着勢力からの依頼はすごい増えた。
仕事には困らないとはいえ、あの如何にもアーマードコアの企業だと言わんばかりの二社からの依頼が来なくなったのはその・・・・・・すこし寂しかった。
でも、今考えればソレが私がトップランカーになれた一番の要因なんだろうなぁ。
ほらさ、オールマインドアリーナの上位に位置している傭兵連中って、そのほとんどがこのルビコンではなく、ルビコン星外で何らかの大きな戦果をあげたAC乗り達なわけよ。
私のすぐ下にいるV.Iフロイトとか、G1ミシガンとか、キングとか。
そんな彼らを押し退けて私のような何も持たない独立傭兵がトップランカーになるためには、必然とこのルビコンでの戦果だけで勝負するしかなくなるのだ。
でも、正直その勝負の土俵に上がることは非情に困難と言ってよい。
はっきり言おう。独立傭兵として生存を大事にしつつ手堅く実績を積み上げるのならば、やはり星外企業の依頼をこなすのが一番だ。
ルビコニアン側で一番の勢力と言えるルビコン解放戦線はどれだけ規模が大きかろうと所詮は土着の民間組織に過ぎず、戦闘のプロではない兵士も少なくなく、平均的な練度はイマイチなのだ。
そんな彼らの肩を持ち続けたところで、泥船もいい所と捉えるのが自然といえよう。
だが逆に言えばそれは、いくら星外企業の依頼を受け続けた所で、そんな土着の組織を叩き続けて積み上げた実績など、高が知れているということでもある。
それでも頑張り続ければ中堅ランクぐらいは行けるだろうが、星外という更なる魔境で戦果を上げた怪物たちと張るには、百歩どころか千歩も足りない。
諦めた私はルビコニアン側の依頼を受け続け、星外企業の勢力や惑星封鎖機構の部隊を相手にとにかく戦果をあげまくった結果――オールマインドはようやく私を彼らと張る傭兵と判断してくれたようだった。
いつの間にかオールマインドが提供しているログハントプログラムも限界までこなせていたし、今私のマーウォルスが装備している大型ENマルチライフル「KRSV」はその報酬の一つだ。
そんなこんなでトップランカーになった。
そう、トップランカーなのである(大事な事なので2度言う)。
みなさんはアーマード・コアのトップランカーと聞いて誰を思い浮かべるだろうか。
やはり多くのプレイヤーにトラウマを植え付けた「ハスラー・ワン」だろうか。
それとも、ムービー中ではかっこよく戦う癖に、実際は両肩のグレネードランチャーの重みで禄に動けず最弱と揶揄される「ジノーヴィー」か。
それとも、みんな大好き水没王子こと「オッツダルヴァ」、または「マクシミリアン・テルミドール」か。
私が思い浮かべたのはストーリーミッションで濃い印象を植え付けたそんなトップランカーたちではなく、2、3、サイレントライン(SL)の三作にそれぞれ登場した3人のトップランカーだ。
唐沢によるごり押しの「アレス」、トップアタックチェインガンの「エース」、AIロジックはいい癖に武装がやたらと火力不足な「メビウスリング」。
彼らは所謂、求道者系という、2からSLまで続いたトップランカーの伝統的な性格をしていた。共通して「孤高」で「自らと並ぶ存在がおらず、その出現に飢えている」、「敗北後は再び情熱を取り戻し、新たな王者への挑戦心を新たに獲得する」といった要素を持っており、またアリーナでの主人公との決闘前に主人公に宣戦メールを送ってくることも特徴の一つだ。
そしてもう一つの特徴として、彼らはストーリーミッションには一切関わらないのだ。
ストーリーで悪目立ちをせず、「アリーナ」という、ACというゲームの中に与えられた一つの要素の中でのみその存在感を示す。
私は、そんな彼らの在り方が好きだった。
なんで急にこういう事を言い始めるのかと言うと――見つけてしまったのである。
オールマインドアリーナFランク帯――所謂、一番低いランク帯の中の最下位にいる、その傭兵の識別名を。
その識別名は、「レイヴン」。
あ、こいつ絶対主人公だわ(確信)。
機体名は「ナイトフォール」、中々洒落た名前をしておられる。
左腕に付けているとっ突きといい、全身RAD製の探査用フレームといい、こいつ絶対エンジョイ勢だわ。
決めたぞ、私はこの暫定主人公「レイヴン」とやらの動向をこれから注意深く観察しよう。
そして、彼との関わりをなるべく避けよう。
ミッション中での会敵や共闘など論外だ。
彼が追う物語の中に、私は必要ない。
そう、「ストーリーにまったく関わらないタイプのランク1位」に私はなるのだ。
・・・・・・おいそこ、ストーリーにばりばり関わっていたレイヴンの名を借りている奴が言っても説得力がないとか言うな。私はもう決めたのだ(揺るがぬ決意)。
そんなこんなで、今日も解放戦線からの依頼を頑張るゾイ!
という訳で、今私がいるのは、度々企業や封鎖機構、解放戦線が交わって戦場となる場所――所謂、汚染市街と呼ばれる場所だった。
解放戦線の傭兵仲介役としてよく話すアーシル君が今回のオペレーターを務めてくれるので、安心して私はミッションに臨めるだろう。
なんか懇意にしてくれている独立傭兵との連絡が途絶えたから、周辺に展開している敵対勢力を蹴散らしつつ、その独立傭兵の救助の手助けをしてほしいというのが今回の依頼だった。
・・・・・・それにしても、つくづく救い難いよね。
半世紀前にコーラルとやらが原因でこのルビコン星系は1度炎に包まれたっていうのに、性懲りもなくまたそのコーラルとやらを求めて争いが勃発しているんだから。
そのおかげで私を始めとした独立傭兵が食っていけるわけだけど。
やはり私達はジャングルを燃やす炎の中でしか生きられない人種なんだね(諦め)。
今じゃ燃え残ったものすらも、燃やし尽くさんとする勢いだよこれ。
・・・・・・つい先ほど撃墜した封鎖機構の大型武装ヘリの上に立ちながらそんなことを考えていたら、なんか目の前に二機のACがいた。
一機はランク圏外の独立傭兵。アーキバス製とその傘下であるシュナイダー製の混成フレームで構成されたAC。見た感じはアーキバス寄りの独立傭兵か。
もう一機はなんとアリーナランキングにも乗っているベイラムのレッドガン部隊だった。
そこまではまあよかったのだが、その二機から「乱入してくるとは、とんでもない奴だ」的なノリの雰囲気を感じたので、二対一の状況になってしまう前に、まずは速攻で独立傭兵へと躍りかかった。
名銃(迷銃?)KRSVのプラズマ弾を数発連射して、独立傭兵のACの足下周辺にプラズマ爆発を発生させる。逃げ場を制限されてるうちに、左腕のレーザーダガーを展開して接近、2回の斬撃をACの間接部分に当て、解体。残る1回の斬撃でコアのコックピット部分を貫き、止めを刺す。
このレーザーダガー、切れ味はそこそこ高いんだけど、相手のACS負荷限界を誘うには向いてないんだよね。だから苦肉の策として生み出した戦法が、フレームを狙うのではなく、マニュアル操作も絡め、ACの関節部であるジョイント部分だけを的確に切断することだった。
レーザーダガーに着いている複雑な間接可動部を生かし、相手に動きを読ませず、関節部分を切りつけるのではなく、関節部に
片割れのレッドガン部隊のACは、協力を呼びかけようとしていた敵が一瞬でやられたことに驚いたのだろう。
暫く何もせず私を見つめてくるだけだった。
――不利を悟って逃げてくれるのであれば、此方としてもありがたいんだけどなぁ・・・・・・。
そう思っていたら、レッドガンのACが何やら構えだし、それを中心に電磁波の光が集まっていくのを目撃した。私はそれがアサルトアーマーの予兆だと即座に見抜き、ブースターを機動してレッドガンのACから距離を取る。
爆散した電磁波の光が晴れると同時に、目の前にレッドガンのACの姿はなく。
遠くにオレンジ色のバーニヤを吹かしながら去って行く姿が見えた。
ああ、アサルトアーマーを目くらましに逃げようとしたのね。
まあ、それならいいよ。
態々追う必要も無いし、本来の目的に戻るとするか。
いや、やっぱり駄目だわ(手の平返し)。
よく見ればあのレッドガンのACが逃げていった方向、私とアーシル君が探しているトーマス・カークの連絡が途絶えた先とまったく同じ方向じゃありませんか。
もし万が一間違いが起こってしまった暁には、私はアーシル君やフラットウェルさんに顔向けできなくなってしまう。
そしたらどうなる? 解放戦線からの依頼は来なくなる。
つまり、ルビコンにおける私の仕事のほとんどがなくなってしまうということだ。
仕事にありつけず食いっぱぐれて息絶えるランク1位とか笑えないと焦った私は、慌ててマーウォルスのアサルトブーストを起動し、レッドガンのACを追いかける。
ブースターの出力に差があるせいか、このままでも十分追いつけそうではあったが、焦っていた私は左側にクイックブーストをして、隣のビルに脚部を接触させる。そのまま蹴りつけ、アサルトブーストの速度を更に加速させ、横合いからレッドガンのACを蹴りつける。蹴り飛ばされ、瓦礫に衝突したレッドガンのACにグレネードキャノンをお見舞いして、レッドガンのACから爆音と共に火の手が挙がったのを確認してから一息ついた。
危なかった。
それと悪いねレッドガンのパイロットさん。
でも君が悪いんだよ。よりにもよってトーマス君がいるかもしれない方向に逃げようとするんだから。万が一間違いがあれば、人生が詰むのは私の方だったんだぞ。そこをもう少し考えてくれたら、君も生き残れたかも知れないのにっ!!(無茶ぶり)。
そんな押しつけがましい思いを抱きながら、レッドガンACのコアにレーザーダガーを突き刺して止めを刺す。もしかしたら放っておいても間違いは起こらなかったかもしれなかったから、何だか申し訳なくなった・・・・・・。
そんな感傷に浸っていたら、アーシル君から賞賛の通信を頂いた。
うん。嬉しいけどアーシル君、少し声が震えてない? 私君に何かしたっけ?
“あの時”の事はもう水に流してお互いにうまくやっていこうってことになったじゃないか・・・・・・それとは無関係か?
・・・・・・まあいいや。
そんなこんなで依頼通り敵対勢力の殲滅を完了した私は、残る仕事であるトーマスくんの捜索を続行した。
先ほどレッドガンのACが逃走しようしていた丁度その方向に、トーマスくんの連絡が途絶えた座標があるのだ。
そこへ向かってみると、崩れ落ちたグリッドの建材の上に一機のACの残骸が転がっていた。アーシル君からの通信でそれがトーマス君のACだと分かった。
アーシル君によれば生体反応は存在し、どうやらトーマス君は様態はどうあれとにかく死んではいないらかしかった。よかったよかった。
後は解放戦線の救護班に搬送されていくトーマス君を見送ればこの依頼も終わりかな、と思ったその時。
自分の愛機に寄りかかって休憩していた私にアーシル君が歩み寄り、追加の依頼を出してきた。なんでもトーマス君以外の他のACの残骸の反応をもう一機検出したので、そこへ向かって欲しいとのことだった。
追加報酬も出るとのことなので断る理由もなく、私はそれを引き受けた。
そして――その地点へ向かった私は、絶句した。
あれー、おかしいネー、なんか見覚えのあるACが転がってるネー。
一体「何フォール」なのかな? それとも「ナイトなんたら」なのかな?(錯乱)
現実を受け入れられない、夢心地の気分のまま、私はそのACへとデータアクセスを試みた。そして――
『登録番号:Rb23 識別名:レイヴン』
・・・・・・ああ、うん。
なんで!?