ストーリーにまったく関わらないタイプのランク1位(大嘘) 作:ナスの森
ルビコニアンと呼ばれる人間達は大きく2つの人種に別れる。
1つはこのルビコンの現状と未来を憂い、行動を起こす者。
2つはそんな者はお構いなしと言わんばかりに、コーラルを摂取して目前の快楽に酔う者達。
前者の大半はルビコン解放戦線と呼ばれる組織に属し、また水面下ではBAWS社を始めとしたルビコニアン企業もこれに属する。
後者はドーザーと呼ばれる武装集団の大半がこれに属している。
エルカノと呼ばれる、ルビコンに根付く企業もまた、その前者に属す者たちであった。
彼らは企業や解放戦線など顧客を問わずにMTやACパーツなどを販売しているBAWS社とは違い、表向きは企業に対し利敵行為も、そして契約などもしていなかった。
しかし、それは表向きの話し。彼らは確かに水面下で機を伺い、そのために動いていた。
惑星ルビコン3のベリウス地方に広がるボナデア砂丘の一角にて、3両の大型トラックが列を成して走行していた。
その周囲を護衛していたのは、4機のMTと――そして、1機のACだった。
細身の中量二脚に漆黒の機体フレーム。その細身に似合わぬ右腕に持った大型のマルチENライフルは、傭兵支援システム「オールマインド」が独立傭兵たちに提供しているログハントプログラムを高レベルまで上げた傭兵にのみ贈与される武装であり、それはこのACに搭乗する傭兵がそれだけの戦果をルビコンで挙げた証でもあった。
『それにしても・・・・・・』
護衛しているMTの内の、1人のパイロットが通信回線を開いて駄弁る。
『分からねえもんだよなぁ。最初はなんとなくで雇ってみた何処の名とも知らない傭兵が今では、このルビコン最強の傭兵ときたもんだ』
「・・・・・・」
話しかけられた漆黒のACのパイロットは何も答えない。
話しかけたエルカノのMTパイロットはそれを気にした風もなく笑ってみせた。
その話に、更にもう1人のMTパイロットが通信で割り込んでくる。
『“マーウォルス”ねえ・・・・・・無名の傭兵が自分のACにそんな名前を付けるとは、とんだ自意識過剰だと思ったもんだが、とんでもねえ。パイロットもその名に恥じない腕なのを、オレ達は間近で見せられちまった訳だ』
あんたが敵じゃなくてよかったよ、と通信の向こうでMTパイロットが肩を竦めて笑ってみせる。
今まで無言だった漆黒のACのパイロットはそんな彼らの馴れ馴れしい態度に呆れたのか、ようやく口を開いて見せた。
「・・・・・・別に、当時の私には何もなかった。せめて名前だけでも、“虎の威”を借りたかった・・・・・・それだけだ」
『それで名乗るのがよりもによって地球のローマ神話に登場する軍神の名前かよ!! もしそれで名前負けしてたら笑い物もいい所だってのに。まったくあんたって女はよぉ・・・・・・』
カカカ、と愉快そうに笑うMTパイロット。可笑しそうに笑う彼らだが、そこに漆黒のACのパイロットを揶揄する意図は見られない。むしろ、彼女を心底頼もしいと思っているからこそ出る笑いなのだ。
『・・・・・・おいお前ら』
ドスの利かせた声を響かせながら、さらにその通信に割り込んできたのは、輸送トラックを運転していた男性だった。
『護衛役が無駄なお喋りしてんじゃねえ。こちとら遠足に来てるわけじゃねえんだぞ、分かってんのか?』
彼らエルカノは表向きは傍観を決め込んでいる。精々が独立傭兵や解放戦線にACのフレームパーツを高値で売り込んでいるくらいだ。企業や解放戦線に通常戦力を売り込むことでこのルビコンの紛争に表立って参入しているBAWS社とは違い、自分達の水面下での動きが露呈してしまってはいつ企業勢力から袋叩きに合うか分かったものではない。
『心配いりませんよ。なにせ・・・・・・』
MTパイロットはそう答えながら、頭部のカメラアイをある方向へと向ける。
遠くにそびえ立つグリッドの建造群。その建造群に今か今かと届くくらいの巨大な図体を持つナニカが、このボナデア砂丘の中心を歩いていた。
『「大型武装採掘艦ストライダー」・・・・・・このボナデア砂丘における星外企業たちの目はあのデカブツに向けられている。解放戦線の同志達が、ああやって企業の目を引きつけてくれている間は、こんな所に我らエルカノが輸送路を走らせてるなんて思いもしませんよ』
『その解放戦線の同志達の頑張りを無駄にしないためにも真面目にやれっつってんだよ!! ・・・・・・でないと――』
『て、敵性反応!! 空から来ます!』
後続にいたトラックの乗組員からの連絡が響くと、彼らは一斉に空を見上げた。
二対のローターを回しながら、突風をまき散らす怪物が降ってくる。全高は90m、全長は270mには及ぶであろう、大型の武装ヘリが、エルカノの輸送部隊を見下ろしていた。
『え、SG!! 封鎖機構のサブジェクト・ガードです!!』
『――ほら来た』
トラックを止め、MTパイロットに怒鳴っていた運転手の男が額に手を当てて項垂れる。
この輸送部隊の面々は確かにエルカノの社員達であったが、トラックやMTからはソレを示すためのロゴや識別は取り払っていた。
万が一、この航路が企業達に露呈した場合でも、それが我らエルカノの水面下での行動であると察せられないように。あくまで何かの廃品を運んでいるドーザーである風を装って輸送していたのだ。
だがそれは同時にもう1つのデメリットを産む。
それは惑星封鎖機構から見つかった場合、不法者として排除対象となってしまうリスクを産んでしまうのだ。
惑星封鎖機構は、コーラルに手を出さない限りは星内企業のルビコン内での活動も正式に許可している。だが今回のように不法者を装っての活動となっては話は別だ。
封鎖機構の擁する大型武装ヘリ――とてもMT数機が輸送トラックを護衛しながら立ち向かえる敵ではない。
状況は絶望的だ。
護衛に付いているMTのパイロット達の喚き声を聞きながら、トラックの運転手はチッ、と舌打ちを打つ。
この絶望的な状況に対してでは無く、喚き散らす護衛達の間抜け具合にだ。
――何のために、この場に“彼女”を連れていると思っているのだ。
「よろしく頼むぞ、“サーティ”」
『――了解した』
運転手の通信にそう答えた漆黒のAC「マーウォルス」のパイロット――サーティはそのまま封鎖機構の大型武装ヘリへと躍り出た。
(・・・・・・ああ・・・・・・)
その背中を、運転手は見つめながら思う。
(本当に、信じられねえよ)
右手に大型のENマルチライフル「KRSV」、左手にパルスブレードを携えながら踊り出る戦神の名を冠した漆黒のAC。
(こんなすげぇ傭兵が、オレ達ルビコニアンのために、戦ってくれるなんてよぉ)
その後、ボナデア砂丘の一角にて、封鎖機構のSGの残骸が1機横たわることになるが。その異常に誰も気付くことはなかった。
ストライダーに搭載された巨大EN砲台「アイボール」。それを以てすれば、SGに接近される前に撃ち落とすことは不可能ではないだろうから。
だからこそ・・・・・・ドーザーを装ったエルカノの輸送部隊と、それを護衛するトップランカーという重大さに、星外企業たちが気付くことはなかった。
その頃、汚染市街の一角にて――
『あぁ・・・・・・俺も・・・・・・』
大豊製のフレームで構成されたACが緑色のパルス光刃に切り刻まれ、噴煙を上げて倒れる。
『コールサインが・・・・・・欲しかった、なぁ・・・・・・』
テスターACと呼ばれる、ベイラム同盟企業・大豊がレッドガン部隊に届ける筈だった機体に乗っていたテストパイロットは、最後にそう呟きながら息絶える。
煙を上げる機体の残骸をモニターで確認しながら、ウォルターは告げる。
『・・・・・・敵ACの撃破を確認した』
やるせなさそうにそう告げるウォルター。621の実績作りのためとはいえ、将来ある若者の死を見るのは気分がいいものではなかった。
先ほど散っていったパイロットは輸送用にアサインされた訓練生とはいえ、中々捨てたものではない動きだった。ACはその特性上、誰もが乗りこなせる機体に仕上げるのは困難を極める。規格統一された既製品パーツを寄せ集め、選りすぐり、そのパイロットの戦術や力量に見合った機体にくみ上げられる自由性と汎用性・・・・・・それこそがACの長所なのだ。
まさかレッドガン部隊の正規パイロットのためにくみ上げられた機体が、訓練生向けに最適化されている道理もなし。
相手が621でなければ、生き残ってコールサインを貰うことも夢ではなかった筈だ。
『621、仕事は終わりだ。帰還しろ』
「・・・・・・」
了解、とモニターに意思伝達装置により打ち込まれた文字が表示される。
初めてのAC戦――同じ土俵の相手との戦闘を経ても、621は変わらず感情の機微1つも見せないままだった。従順な強化人間としてならば、それでいいのかもしれない。
いいのかもしれない、が・・・・・・。
(今のままでは・・・・・・)
それは駄目だ、とウォルターは思考する。
使命を果たすためには、ただ機械のようにいるだけでは駄目だ。それを果たすための、強い意志、執念とも言い換えるべきか。
それが必要なのだ。
ウォルターが戦力として使える駒は、621ただ1人だ。617たちのようなハウンズを率いていた時とは訳が違う。
ウォルターは621に、願わくばそんな強い意志が芽生えることを期待していた。
別に、自分のように“使命”を無理に背負って欲しいと思っているわけではない。
例えば、「この仕事が終われば、再手術をして普通の人生を歩める」といった、そんなポジティブなビジョンを抱いて突き進んでもらっても構わないのだ。
簡単に言えば、ウォルターには621に「生への強い意志」を持って欲しかった。
それがどんな方向性のものであれ。
使命を果たすためには、その強い意志が必要だとウォルターは考えていた。
例えそれが、自分の使命の遂行に邪魔になるのだとしても、少なくとも621にとって悪い変化ということはないだろうから。
(そうなれば・・・・・・)
ウォルターは思案する。
――密航時に見掛けた、G7ハークラーのACの残骸。
――そして今回その手にかけた、コールサインを貰えたであろうテストパイロット。
それらの2つが思い浮かんだとき、ウォルターはフッ、と複雑そうに口元を緩ませた。
(凶か吉か、どちらにせよこれも縁か。久しぶりに掛け合ってみるとしよう)
621はこれまで実績作りの一貫で、今回を含めて4つの依頼をこなしてきた。
2つはベイラムの依頼で、その内の1つは名指しの依頼。
もう2つはその敵対企業であるアーキバスからの公示で、ベイラム側と敵対する立場を取った。
敵としても、味方としても、621はベイラムに対し一定以上の価値を示している。
そろそろ
依頼を終え、オールマインドの手配したガレージへと帰還した621。
彼女のハンドラーたるウォルターもまたそこに足を運んでいた。
「621」
「・・・・・・?」
格納庫に鎮座する機体を前にし、端末を弄る621がウォルターの声に手を止め、見上げる。強化人間専門のブラックマーケットで見掛けた時の、ラップ巻状態の無惨な姿とは打って変わって、それに包まれていた中身である621の素顔は、まだ少女の域を出ない無垢な女の子だった。
密航を終えてからウォルターがしたことは、621の身なりを整えることだった。
何せ密航まで急いでいたウォルターは、買ったばかり621の素顔をろくに確かめる暇もなく、ACにコネクトさせ、このルビコンへ密航を行わせたのだ。
無事に621のライセンスを取得し、オールマインドの手配するガレージを手に入れたことでようやく息をつけるようになった所で621の素顔を確認した時、ウォルターは面食らった。
暫くは心非ずのまま621の身なりをウォルターはできる限りの資材を用いて整えていった。ボサボサだった髪を整え、ボロボロに腐っていた皮膚を新しい人工皮膚に取り替えていくと――ウォルターの想像通り、見た目が十代後半の、間違いなく美人で可愛らしい少女がいたのだ。
(きっとオレは、地獄に落ちるだろう・・・・・・)
強化手術を受ける前は、きっと綺麗な笑顔が似合う少女だったのだろう。
このような見てくれだ。誰からも愛されて、真っ直ぐ育っていく――そうあるべき、少女だったに違いない。
どのような間違いがあってこのような娘が強化人間手術を受けるに至ったのか、ウォルターは知らない。ろくでもない事情が絡んでいるのは覆しようのない事実だろうが。
今分かっているのは、そうあるべき筈だった少女が、こうして感情の機微も見せない表情のまま、飼い主である自分を見上げていることだけだった。
直ぐにでも、彼女を本来あるべき所へ帰してあげるべきだ。
自分の使命に付き合わせるべきなどではない。すぐにでも再手術を受けさせ、争いのない入植惑星に送り、そこで平和に暮らさせるべきなのだ。
それでも自分は、このような少女を、死地へと送ろうとしている。
それでも、自分はもう止まれないのだった。
最初に買った“彼女”を手放してしまった、その時から。
「621、お前が撃破したテスターACだが・・・・・・あれはベイラム専属AC部隊「レッドガン」に届けられるものだったようだ」
[・・・・・・“レッドガン”?]
意思伝達装置を通じて打ち込まれた文字が、ウォルターの言葉を反復する。
「そうだ。お前が汚染市街で見つけたG7ハークラーというパイロットもその一員だ。レッドガン隊員の実力は折り紙付きだ。このルビコンで傭兵活動をするならば、いずれ接触する時も来るだろう。頭に入れておけ、621」
コクリ、と621は頷き、また端末へと視線を戻す。
それに見ながら、ウォルターはあるし日々を思い返していた。
(この状況も、懐かしいな)
“彼女”を買ったばかりの頃を思い出す。
最初にウォルターが購入した強化人間は、“彼女”1人だけだった。
時が経つ内に、“彼女”は強化人間でありながらACの操縦技術の才能がない事が発覚した。それでもウォルターは“彼女”を見捨てることができず。高所からの砲撃支援に徹した戦闘スタイルをウォルターはたたき込み、結果としてソレに向いた砲撃支援型の四脚ACを“彼女”に与えた。
そして砲撃支援を行うのであれば、“彼女”に代わって最前線に立つ強化人間たちが必要になる。
思えばソレが、強化人間部隊「ハウンズ」の設立のキッカケとだったのだろう。
売れ残った第四世代型強化人間をもう4人購入し、“彼女”にはその4人の砲撃支援をする役に付かせた。ハウンズは猛威を振るい、ウォルターの悪名は瞬く間に広まっていった。
ハウンズが結成されてからは、他の強化人間たちに構う時間も必要になったため、必然的に“彼女”との二人きりの時間は減っていった。・・・・・・それでも彼女は、こんな自分に対し、なぜか尽くそうとしてくれていた。
そんな“彼女”と、他の4人も、その後買った617達も、自分は死地に送らせて――
(何を考えているんだ、オレは)
思い出に浸り、善人ぶるのもいい加減にしろと、頭の中のもう1人の自分の罵声が響き渡る。
“彼女”はもういない。今、ウォルターの目の前にいるのは621だ。621を通じて“彼女”を見るべきではない。
――その621すらも、お前は死地へ送り出そうとしているじゃないか? ハンドラー・ウォルター。
ああ、そうだ。だからこそこの仕事をやり遂げ、稼いだ金で621を元に戻してあげなければならない。
621こそが、自分の最後の猟犬であるとするために。
そんな決意を固めていたら、不意に、ウォルターの懐にあった端末が着信音を上げた。
それを聞いた621も自分の端末から目を外し、再びウォルターの方を見る。
「・・・・・・来たか。621、オレは暫く野暮用で外す。お前にも後で仕事が来るだろう、それまでに休んでおけ」
ウォルターはそう言い残し、621の元から去る。
「・・・・・・」
そんなウォルターの背中を見えなくなるまで、621は無表情で見つめていた。
『いつ以来だ、ハンドラー・ウォルター! 貴様の猟犬にはクソほど煮え湯を飲まされた。よくも抜け抜けと連絡してこれたなぁ』
喜色と皮肉交じりの、初老の男の声がウォルターの耳に響く。
テスターACのパイロットの件も含めるならば、確かにそう言われても仕方在るまいとウォルターは諦め、本題に入る。
「ミシガン、こちらの提案だが・・・・・・」
『・・・・・・うちの役立たず共と同じ扱いで構わんのだな?』
『ああ。第4世代型は感情の起伏に乏しい。アイツには外からの刺激が必要だ。』
「相変わらず自分の猟犬には凝縮したシロップのような甘さだなウォルター! 貴様の無愛想な猟犬が泣きを見ても文句は言わせんぞ?」
「・・・・・・それでいい」
「ならば決まりだ。ウチからはヴォルタとイグアスを出す。貴様の新しい猟犬――レッドガンの流儀で迎えよう」
ウォルターが了承の返事をすると、ミシガン側から通信が切られる。直接顔合わせはしていないが、ウォルターには通信の向こう側で、口歯を剥き出しにしてあくどい笑みを浮かべるミシガンの顔が容易に想像できた。
――――そして、時は訪れる。
『621、仕事だ。お前にはベイラム本社の作戦に参加してもらう。ブリーフィングを確認しろ』
ウォルターの通信にコクリと頷き、621は真っ直ぐにモニター画面を見やる。
『ウォルターから話しは聞いているな!? では作戦内容を確認する!! 一字一句聞き漏らすな!!』
今まで聞いたこともない、自分の飼い主であるウォルターの淡々とした口調とはほど遠い、威勢の効いた男の大声が621の鼓膜を貫く。
ビクリ、と621の体が震えた。
驚いたのではなく、鼓膜の振動が体中に響き渡ったが故の反応だった。
『今回、ベイラムは解放戦線の治水拠点、ガリア多重ダムを叩き潰す事を決定した! ライフラインの破壊により、連中が泣いて詫びる損害を与えるのが目的だ!』
ミシガンの説明と同時に、破壊目標であるダムの変電施設の映像がモニターに映し出される。
『我がレッドガン部隊からは、G4ヴォルタと、G5イグアス、2名の役立たずが出撃する!! 貴様はその下・・・・・・うちの役立たずに付けられた安いオマケだ! オマケである貴様には、一昨日空き出たラッキーナンバー、「G13」を貸与する!!
――G13、復唱!!」
再び、鼓膜を突き破る振動に621の体が揺れる。
言われるがままに、621は意思伝達装置を用いて「G13」とモニターに入力する。
『復唱したか!! では始めるぞ、愉快な遠足の始まりだ!!』
そんなミシガンの叫びを最後にブリーフィングは終了し、621はさっそく格納庫に眠らせている自分の機体へと乗り込む。
機体を固定していた格納庫台が動き出し、格納庫の出口が開かれ、光が差し込む。
『・・・・・・G13か。名前が増えたな621。レッドガンの流儀を堪能してこい』
出撃する621のAC「LOADER4」の背中を見送るウォルター。
ウォルターはこの時、思いもしなかった。
621が情緒を取り戻すことを期待して、ミシガンにこの作戦に621を参加させることを提案したのは、確かだ。
それでも・・・・・・この作戦を切っ掛けに、621が感情の機微を急激に取り戻していくことを、この時点のウォルターは想像だにしていなかった。
『メインシステム、戦闘モード起動』
LOADER4が作戦領域にたどり着く。
前方にはミシガンが説明した通りの2機の僚機の背中が見えていた・・・・・・どうやら621が到着するまで待機していたようだ。
『これよりベイラムグループ専属AC部隊、「レッドガン」による作戦行動を開始する!!
突入しろ!! 役立たず共ぉ!!」
何度鼓膜を揺らされたか分からない怒号を聞かされながら、3機のACはブースターを吹かし、標的へと向かう。
前方に見えるのは雪景色に覆われたダム施設。
当然だが、そこには多くの解放戦線のMTが配備されていた。
『・・・・・・独立傭兵かよ。待たされた上に野良犬の世話をしろってのか? レッドガンも嘗められたもんだぁ』
そう言って悪態を付く若い男の声は、2機の両機の内の、ベイラム製「MELANDER」シリーズのフレームで構成された、中量二脚型AC「ヘッドブリンガー」を操縦する若い男のパイロット――G5イグアスだった。
『関係ねえ。俺たちで終わらせればいい』
イグアスよりも低めで、かつ厳つげな声でそう言うのは、大豊製のフレームで構成されたタンク型のAC「キャノンヘッド」を操縦するG4ヴォルタ。
2人とも企業に属する正規パイロットにしては、いささか柄が悪いような印象を与えた。
敵の陣地へと入った3機は周辺のMTを一掃し始める。
そこに見えていたダムの変電施設を最初に破壊したのは、621のLOADER4だった。
『目標、1機破壊だ』
淡々と告げるウォルター。
先を越されたイグアスの舌打ちが、通信越しに聞こえる。
『よぉ、野良犬。お前のような木っ端は知らんだろうがな・・・・・・オレ達レッドガンは、“壁越え”にアサインされている』
「・・・・・・?」
次の標的へ機体を進ませている中、突然、挑発気味な口調でイグアスに話しかけられた621はLOADER4の機内で首を傾げる。
『この仕事は慣らしだ。終わったら土着共の要塞を落としにかかるのよ』
「・・・・・・」
何故、態々自分にそんなことを言うのか621には理解できなかったが、イグアスが言わんとしている内容自体は理解した621は、意思伝達装置を用いてウォルターから教わった定型文を送る。
[頑張って下さいね。応援しています]
打ち込んだ文字を、イグアスの機体に送信する。
『・・・・・・チッ、生返事もなしかよ。まあ、野良犬ごときにゃあ分からねえか。この仕事が終わったら、せいぜい見ていろ』
オレ達の壁越えをよ、と綴るイグアス。
その間にも二機目の施設の目前までたどり着いていた3機は周辺に展開する解放戦線のMTたちを一掃していく。
『・・・・・・G5、オマケとの交流に余念がないようだなぁ? ついでに仲良く刺繍でもして、そのよく回る舌を縫い付けておけぇッ!!!』
ミシガンの怒号に、イグアスのヘッドブリンガーの動きが一瞬だけ鈍る。どうやら鼓膜を揺らされたらしい。
同じ経験を持つ621はイグアスに対して何となく・・・・・・同情心に近い物を抱いた。
イグアスが一瞬だけ怯んでいる間に、621はその隙に先んじてさらにもう1機、施設の破壊に成功する。
目標2機破壊、とウォルターが通信で告げる。
『やるじゃねえか。目敏いが、ズブの素人って訳でもねえな』
敵の殲滅を気を取られていたヴォルタが、目標を破壊するLOADER4を一瞥し、621のことを認めたようだった。
『・・・・・・G4、一体いつから貴様は素人ではなくなった? 批評家はレッドガンにはいらん!! 改めろ、さもなくば荷物をまとめろ!!』
どうやらどう発言しようが、この2人はミシガンという人物に怒鳴られてしまうらしい。
『さて、前線のMT共も片付けたな!! 準備運動は終わりだ!! 続けるぞ、役立たず共!!』
ミシガンの怒号の元、3機は更に進む。
途中で、分かれ道に出会った。
その中でイグアスは右側の、山道の方を。
ヴォルタは左側の、ダムの導流壁を乗り越えるルートをそれぞれ進むらしい。
『変電施設は後2機だ。2機の僚機が向かった先にそれぞれ1機ずつある。どちらに進むかはお前が決めろ、621』
ウォルターは言われた621は迷いなく、イグアスのヘッドブリンガーが向かった方へと進んでいく。
『ッ、テメエ野良犬!! オレの後を付いてくんじゃねえ!!』
それに気付いたイグアスが621にそう吠え掛かるが。
621は臆することもなく、意思伝達装置を用いてイグアスに答える。
[せいぜい見ていろって 言われた]
『そういう意味じゃねえよ!! ・・・・・・チッ、邪魔だけはすんな。野良犬の世話はごめんなんだ』
色々言われているが、とりあえず了承は貰えたらしいと判断した621はイグアスのヘッドブリンガーの後を追う。
律儀に後ろから見てくる621の視線を感じ取っていたイグアスは、舌打ちしつつ余計な事を言ってしまった数分前の自分を責めた。
『待て、621。暗号通信が入った。其方へ繋げる』
そんな最中、ウォルターからそんな通信が入る。
イグアスのヘッドブリンガーの背中を眺めている621の耳に、一瞬のノイズの後別の通信が入ってきた。
『独立傭兵レイヴン。我々はルビコン解放戦線だ。
単刀直入に言おう――こちらに付き、レッドガン2名を排除してもらいたい。
報酬はベイラム提示の2倍。色好い返事を期待している』
ここで、今敵対している真っ最中の相手からの通信だった。
さすがにここで解放戦線からの通信が来るとは予想だにしていなかった621は、ウォルターに判断を仰ぐことにした。
『・・・・・・なるほど、ここはお前が決めろ。621。ミシガンにはオレから取り次いでおこう』
どうやらウォルターは自分に判断を委ねてくるようだった。
ならば621の判断は決まっていた。
元々この作戦は飼い主であるウォルターからの命令で参加したもの。いくらウォルターが裏切りを許可してくれるとはいえ、頷くことはできない。
621は意思伝達装置で、彼らに自分の答えを伝える。
[取引には応じない]、と。
『・・・・・・そうか・・・・・・』
621の返答を見た解放戦線の司令――ミドル・フラットウェルは暫く間を置いて呟いた後・・・・・・
「残念だ。もう少し賢ければ、長生きできたものを・・・・・・」
その時――――はじめて、621の胸が、ドクン、と大きな鼓動を上げた。
通信はもう聞こえない。621の返答を受け取った向こうは既に切ったようだ。
「・・・・・・」
621は、自分の胸に手を当てる。
先の、鼓動はなんだったのだろうか。
よく分からない、分からない、が・・・・・・。
何か、大きな間違いをしてしまったような、そんな感覚が、あった。
その時だった。
『よく聞け、役立たず共。
――――G4が、落とされた』
そんな、張り詰めた口調のミシガンの通信が、2人の耳に響いた。
再び、ドクリ、と621の鼓動が張り詰めた。
先の騒がしくも愉快な雰囲気は、最早どこにもない。
通信越しに伝わるミシガンの張り詰めた空気が、そうさせた。
『――――ハァ? 何、言ってんだよ、ミシガン』
『・・・・・・』
呆然としている中、先に復活したイグアスが、狼狽えながらミシガンに問いかける。
しかし、ミシガンは答えない。
『おい、なんか言えよ・・・・・・さっきの、どういう意味だ・・・・・・!?』
『言葉通りだG5。G13。
・・・・・・いいか、いつでも脱出レバーを引ける準備をしておけ。G4が最後に残していった教訓だ」
『――――は?』
遠回しに、ミシガンが言ったその言葉の意味をイグアスは理解できない。
――即ち、G4ヴォルタは死んだのだと。
それをイグアスの脳は理解できない。理解しようとしない。
(・・・・・・死ん、だ?)
イグアスと異なり、ミシガンの言葉を咀嚼し、理解した621は、頭の中で導き出した言葉を、繰り返す。
――死、その一文字は、621の鼓動をどうしようもなく揺さぶった。
『621、其方に接近する機影を確認・・・・・・ッ⁉︎
バカなッ‼︎ この、識別名は・・・・・・!!!』
ある時、ある場所にて。
621に手配されたガレージとはまた別の、オールマインドが手配したガレージにて、そのやりとりは行われていた。
『ルビコン解放戦線司令、ミドル・フラットウェルだ。
早速だが、仕事の説明をさせてもらう。
我々解放戦線は、ベイラム・グループによる、我が治水拠点ガリア多重ダム襲撃作戦の存在を突き止めた。
この作戦には、レッドガン部隊よりG4ヴォルタとG5イグアス、それに加えてもう1人独立傭兵の協力者が参加するようだ。
其方にはこの襲撃者3名を撃退し、ガリア多重ダムに点在する施設の防衛をしてもらいたいのが表向きの依頼だ。
この依頼の真意は他にある。
其方も知っての通り、現在我々多くの独立傭兵に対する呼びかけを行っている。
レッドガンと共にやってくる独立傭兵が何者なのかは突き止められていないが・・・・・・レッドガン部隊が参加するベイラム・グループ直々の作戦に、ただの独立傭兵が参加できるとは考えられん。
私はこの独立傭兵から、何やら異質な匂いを感じ取った。
そこで我々は、レッドガンと共に襲撃に来たこの独立傭兵に、向こうの提示する報酬の2倍の報酬額を払うことを条件に、此方へ寝返させる作戦を立案した。
この独立傭兵が我々の同士となり得る存在か見極める・・・・・・それが我々の目的だ。
其方には万が一に備えて、予め多重ダムの奥で待機してもらいたい。
その独立傭兵が此方の条件を呑んでくれるのならばそれでよし。
もし呑まないのならば――その時は、前述した通り其方に出撃してもらい、その独立傭兵含めるレッドガン部隊3名を叩いて欲しいのだ。
相手の選択如何だが、もしもの時は“鬼神”と恐れられたその力、存分に振るってくれ。
よろしく頼む』
ブリーフィングは、そこで終わった。
『識別名「サーティ」、AC「マーウォルス」……来るぞ、621っ!!』
イグアスのヘッドブリンガーと、621のLODER4が、その方向を見やる。
G4ヴォルタが向かっていた筈の、もう1つの変電施設がある筈の方向から、1機の黒い機影が飛んでくるのが見えた。
還流型ジェネレーターより奏でられる青色のバーニヤを吹かしながら、それはやってくる。
右手には大型のマルチENライフル「KRSV」、左手にはタキガワ製の傑作パルスブレード「BU-TT/A」。
そして、左肩には大口径グレネードキャノン「EARSHOT」。
細身のACには見合わぬ重武装。
だが、ルビコンにいる者ならば誰もが知っている。
その細身と、細腕で、マーウォルスはこれらの武装を軽々と扱うのだ。
マーウォルスはズシャア、と音を立てて雪の積もった地面の上に着地する。
そのまま――血のような赤いカメラアイを、621たちへと向けた。
『――――ッ!!?』
その時、621はようやく悟った。
この痛く、つんざくような鼓動の原因は、ミシガンの張り詰めた空気でも、ましてやヴォルタの死によるモノでもない。
目の前に立つ、漆黒のACから発せられる重圧によるモノなのだとようやく理解した。
・エルカノの皆さん
なぜか気のいい気さくな職人たちっていうイメージが作者の頭の中から抜けなかった。後悔はしていない。
・主人公「サーティ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、フラットウェルさん? その、聞いていないのですが?
・G4ヴォルタ
KRSVフルチャージを至近距離で接射されてお陀仏。
・G5イグアス
現実逃避気味なヤンキー。
・原作主人公「621」
ルビコンに来て初めて取り戻した感情は、「恐怖」だった。