ストーリーにまったく関わらないタイプのランク1位(大嘘)   作:ナスの森

7 / 7
今回は短めです。


戻り始めた感情

 

 ガリア多重ダムの任務での出来事は621と、そしてそのハンドラーことウォルターの心に大きな衝撃を残していった。初めての僚機との共同任務。にも関わらず、あっさりと落とされた僚機たち。

 そして何より、初めての敗北。

 

 僚機たちを落とされ、撤退を余儀なくされた強大な敵。敵はたった1機のAC。対してこちらはAC3機。性能的な違いがない筈の機体を3倍の物量でぶつけたにもかかわらず、完膚なきまでの敗北。

 なんとか1機の僚機を連れて逃げ出すことができたが、あそこで追撃が来なかったのは、おそらく見逃されたか。

 

 とにかくはっきりと言える事実は、621はこのルビコンにおいて初めての敗走を味わった。

 その衝撃は、未だに感情を取り戻し始めたばかりの621にどれだけの衝撃をもたらしたか、ウォルターが計り知ることはできない。

 

 だが、決して悪い変化だけでもない。

 621は「恐怖」を覚えた。本来、ACを操縦する事のみに特化させるのと引き換えにそれ以外の全ての機能をそぎ落とされた第四世代型強化人間には尤も不必要なモノだ。だが――それでもウォルターの期待通り、621は感情の機微を急速に取り戻し始めた。負の感情でも、感情は感情だ。

 

「621」

「・・・・・・?」

 

 いつも通りガレージに籠もり、自身の愛機「LOADER4」を目前にしながら黙々と端末を弄る621の前にウォルターは姿を現す。

 そこには先日ガリア多重ダムで見せたような感情の機微は見せない。アレは果たして一瞬の奇跡に過ぎなかったのか、ソレを確かめるためにウォルターは態々621の元を訪れたのだった。

 

「ミシガンからお前に伝言がある。割愛して言うならば、ミシガンはお前の活躍を褒めていた。おかげで死ぬ筈だった部下も1人生還させることができたと、お前に感謝の言葉も告げていた」

「・・・・・・」

 

 621の表情はピクリとも動かない。

 やはり、一時的な奇跡に過ぎなかったのだろうか。レッドガンの流儀による揺さぶりすら効果がなく、トップランカーとの相対という劇薬を以てしてやっと兆候が見られたのだ。1度取り戻し始めさえすれば、後は急速に戻っていくであろうと期待していたが、やはりそう簡単には行かないようだ。強化人間手術とはそんな生半可な物でないという事だろう。

 

「それと――」

 

 だから、ウォルターは、出来れば掘り起こしたくなかった、621の取り戻したある“感情”を刺激することにした。

 

「お前が戦ったあの黒いACについてだが・・・・・・」

「――――ッ」

 

 先ほどまでの無動が噓であったかのように、621の表情が強張った。

 握り拳を作った右手で、即座に胸を押さえる621。

 しまった、とウォルターは焦燥する。

 まだ焦る段階ではないというのに、ウォルターは急ぎすぎてしまったのだ。

 

「すまない、621。・・・・・・まだ、痛むか?」

 

 こくり、と621は頷く。

 どうやらあの時とは違い、ウォルターの言葉に意識を割くくらいの余裕はあるようだった。

 

「621、刺激するような真似をしてすまなかった。・・・・・・だが、その痛みはお前にとって決して悪いモノではない」

 

 621の肩に優しく手を置き、ウォルターは621を諭す。

 意味が理解できない621はウォルターの顔を見返した。まるで、道に迷った子犬のような目をしていた。

 そんな目に己の中の自己嫌悪を刺激されつつも、ウォルターは真摯に621の疑問に答える。

 

「・・・・・・お前が今感じているモノは、『恐怖』と呼ばれる感情だ。自分が危機的状況に陥った時、そう感じた時に起こる脳の信号が、お前の体をそのように蝕むのだろう」

「・・・・・・」

「だがそれは同時に、お前に危険を知らせてくれるサインでもある。遠くでお前をモニターをしているオレでは把握できない、戦場にいるお前だけが感じ取れる危険信号だ。うまく向き合えば、お前の生存の手助けとなってくれる筈だ」

 

 ――何が、悪いモノではないだ。

 己が悪戯に621を刺激するような任務に出撃させたせいで、恐怖という感情だけを覚えさせてしまった。

 その恐怖を覚えた621に対して、自分は死の恐怖がつきまとう戦場にこれからも送り出す事を前提とした話しをしている。

 自分はどこまで墜ちれば気が済むのだろうかと、ウォルターは心の中の自問自答を呑み込んだ。

 

 震えながらもウォルターの言葉に納得したのか、621はコクリ、と頷いて返してみせる。

 

「識別名サーティ、機体名はマーウォルス。それがあの時、お前が遭遇した敵の名だ。ランクは1。・・・・・・間違いなく、このルビコンにおける最強の傭兵と言って良いだろう」

 

「・・・・・・サー、ティ」

 

 サーティの名を呟く621に対し、ウォルターは目を見開く。

 621が口を動かす光景を目にするのはこれで2度目だ。

 トップランカーの存在こそが、今の621の失われた感情を刺激するキーになってしまっているのだ。

 こうして名前を口に出してしまうくらいには、621の脳裏にはあの黒いACの存在が刻み込まれている。

 初めて、己を敗走へと追い込んだ相手を。

 

「今回の任務は失敗に終わったが、決してお前の実績に傷が付くことはない。ランク1を相手に生き残り、更に依頼主側の僚機を1機生還させた。ベイラム、そしてレッドガンはむしろお前の名前を強く覚えるだろう。任務を達成したか否かだけが、実績に繋がるとは限らない。重要なのは、その中身だ」

「・・・・・・なか、み・・・・・・」

「今回の任務で、お前が得た物は非常に大きな物だ。自分の変化に戸惑うこともあるだろうが、うまく咀嚼し、向き合っていけ。それがお前の人生を買い戻すための大事な一歩になる」

 

 今回はよくやったな、とそう締め括り、ウォルターは621に背を向けて去って行く。

 残された621は再び端末と向き合い、ウォルターの言葉を反濁する。

 自分が抱くこの痛みも、今回の失敗も、決して無駄ではないとウォルターは言っていた。その意味を621は理解できない。

 どれだけ言い繕っただけで失敗は失敗。これではウォルターが自分にくれた「意味」も無駄になる。だというのに、その意味をくれた肝心のウォルターは無駄ではないと語る。

 まるで意味が分からなかった。

 

 自分が自分のままでいるために、無意味にしないためにあの黒いACに闘いを挑んだというのに、結果はこの有様だ。

 

 だというのに、無意味ではないとウォルターは言う。

 ・・・・・・いや、ウォルターだけではない。

 

 621は端末を操作し、ショップのパーツリストを開く。

 あのガリア多重ダム襲撃で、ベイラムからとあるパーツの購入権限を貰ったのだ。

 それも、おそらくは一般には出回っていないであろうパーツだ。

 

 『MELANDER C3』と名付けられたフレームパーツ群。市場に出回っている通常の『MELANDER』シリーズに、特別な改造が加えられたフレームパーツだ。621が救ったあのG5イグアスのヘッドブリンガーに使われているフレームパーツ一式の購入権限を621は手に入れていた。

 

 そして、更にある人物から、621にとある機体のアセンブルデータが送られてきていた。

 『To G13』と綴られたメッセージを開くと、そこに入っていたダウンロードデータがソレだった。

 機体名はテンダーフッド。「レイヴン」の名を尊重してくれたのか、イグアスのヘッドブリンガーの機体色は漆黒に染め直し、赤いデカールにより禍々しさが強調されつつ、左肩にはG13の文字が刻まれたエンブレムが拵えられている。

 メッセージの送り主はあのG1 ミシガンだった。

 

 任務を失敗した自分を咎める所か自分に感謝を伝え、この機体を報酬として渡してきてくれたことに、621は疑問を覚えた。

 

 己は任務に失敗したというのに、ウォルターは自分を褒め、ミシガンは感謝を伝えてくる。

 実際、そうされるだけの功績を621は成し遂げているのだが、その自覚が621にはまったくなかったのだった。

 

 初めて刻み込まれた恐怖。

 そしてソレを乗り越えられず、刻み込まれた敗走。

 

 感情に乏しいという理由だけではなく、そういった濃い経験が621の視野を返って狭くしてしまっていた。

 

 

 故に、621は己の変化が気付かない。

 こうして疑問に思う心が芽生えていること自体が、己が大きく変化してきている証なのだという事に。

 ウォルターの言うように彼女が自分の変化を自覚し咀嚼できるようになるまで、もう少し時間が必要だった。

 

 

     ◇

 

 

「“例の偽物”だけど、あのサーティを相手に生き残ったそうよ、レイヴン」

「・・・・・・」

 

 とあるガレージにて、黒い長髪を下ろした若い女性が、自分のACを見上げる壮年の男性に向けて語りかける。

 男性は自分のACを見上げながら、そうか、と言わんばかりに軽く手を上げて答えた。

 

 その様子を見ていた2人の男女が、話しの中に入ってきた。

 

「見逃されただけじゃないのか? 名前だけで戦えるのならば苦労はせん」

「その相変わらずの上から目線な口調はやめなよ。名前負けなら、あんたも既に人の事は言えないよ」

「だからこそ言っているんだ。確かに王冠を落としてしまった俺は、最早“キング”は名乗れんだろうがな」

「・・・・・・キング。あんたもしかして、特例上位ランカーの座を蹴落とされたこと、まだ気にしているの?」

「・・・・・・悔しさはあるさ。だが、」

 

 キングと呼ばれた男性の方は少し間を置いて、複雑な表情で話し始める。

 

「・・・・・・奴は俺の前で、先代のシャルトルーズを落としている。そして俺は見逃された。自分がそうだったからなどと言うつもりはないが、奴がその気なら、その“レイヴン”はとっくに死んでいるだろう」

 

 例えその名に相応しい実力を持っていたとしても、とキングは付け加える。

 ルビコンにおける最高ランクの独立傭兵の座は失われ、その王冠は既に別の独立傭兵がかぶっている。

 普段らしい緩慢な口調を維持しつつも、サーティに対しての憎悪と敬意を入り混じらせた熱を込めて話しをするキングに女性は呆れてため息を吐く。

 

 

「・・・・・・借り物の翼では落ちるだけ。ですがもし本物の翼を持っているのであれば・・・・・・私達は見極める必要があります。レイヴン、キング、シャルトルーズ、その時はよろしくお願いします」

 

 

 

 運命の歯車は、ここでもまた動こうととしていた。

 




あらすじの方に主人公の機体のスクショの横にようやく完成したエンブレム入りの挿絵を貼っておきました。


【挿絵表示】


……正直以前までのエンブレムはいい加減に作ったのにも程があるものでして、主人公の機体にそれとなく貼りはしていたのですが、これを機に機体のスクショも新しく貼ったものに変えました。
また、元のマーウォルス再現のためにエンブレム周りとかに少々デカール貼ったりとかもしました。カラーリングの配置が本来のと違くね?と気づいた方は、その部分がデカールを貼った所です。
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