透き通った世界の猟犬達   作:飼い主の犬

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某ふたばの猟犬達(銀髪美少女ver.)に頭をやられた妄想の産物。
他にもなんかいます。










透き通った世界の猟犬たち

 

 

 銃弾飛び交う戦場に、サブマシンガンを抱えた藍色の少女が狼の如く駆けていた。撃ち落とし、蹴り飛ばし、苛烈な戦場をしかし涼やかに。

 

 そしてサブマシンガンの重量を確認し、するりと物陰に隠れリロードした。

 

「ハスミ先輩。想像以上に敵の数が多い。私とユウカだからこそ戦線を維持できているが、このままではこちらが先に力尽きる」

 

 藍色のウルフカットの少女、古鉄アサヒは物陰に隠れながらインカム越しに羽川ハスミにそう報告した。

 

「……そのようですね。先生の指揮によって戦力差の割には進めていますが、こうも多くては埒が明かない」

「まったく。七囚人が首魁というのに、公安局の動きは変わらず鈍い。それとも流石は七囚人と称えるべきかな」

「アサヒ」

「失礼。……しかし、こうなるのであれば私ではなくイチカ先輩が適任だったな」

「これほどの事態はそうそうありません。いつも通りであれば貴女でも過分なほどです」

「これは嬉しい評価だ。ナンバー2殿にそこまで言われてはもう少し頑張る他ない」

 

 アサヒはサブマシンガンを抱え、藍色の髪を揺らして物陰から躍り出る。黒セーラーを掠める銃弾の雨を恐れることなく、最も手近な敵へ接近し、腹部に銃弾の雨を浴びせ沈黙させた。

 そして足を止めることなく物陰を伝い、ハスミの狙撃によってリーダーが倒され混乱に陥った分隊を横合いから急襲。鮮やかな蹴撃と銃撃で沈黙させた。

 

「お見事です」

「先輩こそ。流石の狙撃だ」

「ふふ。貴女に言われて悪い気はしませんね」

 

 アサヒは後続の他校の生徒に捕縛を任せ、物陰越しに銃弾をばらまき敵の足止めを行う。

 

「さて……」

 

 サブマシンガンをリロードしながら、守られながら移動する先生を見た。

 

 思いの外忙しない一日となった。

 正義実現委員会のハスミとアサヒは連邦生徒会へ諸所の問題への抗議をするためにサンクトゥムタワーを訪れた。そこで知ったのは信じたくなかった生徒会長の失踪と、その失踪後のキヴォトスの諸問題の解決策となり得る先生の存在だ。

 何でもサンクトゥムタワーの権限の回復には先生とシャーレの部室にあるシッテムの箱なるものが必要らしい。なのでこうして、ハスミとアサヒ、そして同じように抗議に来ていた他校の面々が先生の指揮の下協力してシャーレの部室へ向かい、苦戦している。

 

「そろそろ来そうなものだが……」

 

 アサヒは周囲を警戒しながらそう呟いた。

 

 先生の指揮は見事だ。アサヒは常以上の動きやすさを感じている。他の部活どころか他校の生徒がいるにも関わらず、味方との動きの噛み合わせがスムーズだ。ハスミの狙撃の間隔も早い。間違いなく調子が良い。

 

 だがそれ以上に敵が多い。

 このままでは先にこちらが力尽きる。弾薬の補給は何とか間に合っているが、それにしても体力の消費が激しい。

 

 だからこそ、こうした戦場があるともなれば、彼らがいつ来てもおかしくはないのだが──。

 

 

 

 

 シャーレの先生は焦っていた。

 相手の抵抗が思った以上に苛烈で厚い。練度と連携の悪さをつく戦略も、波の数には分が悪い。

 

「先生、次はどうされますか?」

「……そろそろあの辺りに敵が見える。出鼻を閃光弾で挫こう」

「そこから正実の奇襲ですね」

 

 キインと近くで銃弾が跳ねる音がする。

 赤毛の少女、火宮チナツはハンドガンで敵を牽制しながら、先生の進む道を先んじて進んでいく。

 

「単純ですが効果的です。古鉄さんは素早い。早瀬さんがスペースを確保している分だけ、より柔軟に動けます」

 

 因数分解してやるー! という叫びが前から聞こえてくる。まだまだ元気なようだった。

 

「最適解ではありますが、このままではまずいのでは?」

「うん。ちょっと体力がきついね。このペースだと」

「増援の打診はしましたが、もう少しかかりそうです。

 ……ヒナ委員長さえ来てくだされば、すぐに片はつくのですが……」

「ヒナ委員長?」

「はい。我が風紀委員のトップです。その名はゲヘナ学園はもちろん、他校にも──」

 

『お困りのようだな、連邦生徒会の先生』

 

 不意に、背後に現れたドローンから音声が聞こえた。

 咄嗟にチナツはドローンへハンドガンを向けるものの発砲はしなかった。

 

「……お久しぶりです。ハンドラー・ウォルター」

『久しいな。風紀委員、火宮。営業は必要か?』

「いいえ。……と、言いたいところですが、今は猫、犬の手も借りたいところです」

『では営業をさせてもらおう。──いいか、先生?』

 

「……チナツ。彼は?」

 

 ドローンの音声は壮年の男のものだ。これまで少女しか見ていない先生にとっては珍しい。

 

「……ゲヘナ学園の猟犬傭兵団(ハウンズ・フリーカンパニー)外部顧問、ハンドラー・ウォルターです」

「……外部顧問?」

『名ばかりの営業だ。

 シャーレの先生。状況は既に把握している。火力が足りていないのではないか?』

 

 先生はチナツに信用しても良いのかと目線で尋ねた。チナツは苦い表情のまま頷く。

 確認した先生は声に応えた。

 

「ええ。そうです。相手の数が多い」

『そうか。

 さて、先生は運が良い。今はうちの最大戦力たる621……レイヴンの手が空いている』

 

 ドローンから契約書が投影された。先生はすぐに手持ちの携帯端末で写真を撮り、リン行政官に送る。

 

『ああ。確認は大事だ、先生。

 割高ではあるが法外ではない。レイヴンはゲヘナ学園の風紀委員長にも引けを取らないエースだ。安くはない』

 

 返事は早かった。着任早々資金繰りが少々苦しくなるとの予測と共に、妥当な値段かつ適正な契約内容であるとのお墨付きがきた。

 先生は投影された契約書に署名する。

 

「ハンドラー、頼みます。ぜひそのレイヴンの力をお借りしたい」

『契約成立だ。では、これよりレイヴンがこのドローンを目印に向かう。移動の際は忘れないように』

「ありがとうございます。

 ところで、ハンドラー」

『なんだ』

 

「──生徒を、数字で呼ぶのは止めていただきたい」

 

『……学籍番号のようなものだ。しかし気を悪くしたのなら気に留めておこう。先生。

 あいつが、貴方に名前を告げたのならば』

 

 通信はそこで終わった。

 

「……チナツ。レイヴンってどんな娘?」

「物静かで、変わった方です。しかし戦闘能力はうちでもトップクラスでしょう」

「さっき話していた委員長よりも?」

「それは有り得ません」

 

 チナツの携帯端末から着信音が鳴った。チナツはディスプレイに表示された非通知の文字を見て、溜息を吐いた。

 

「──レイヴンが来ました」

 

 上空から影が差す。先生は視線を上に向けかけて止まり、音もなく着地した少女を見た。

 

 ──儚い。それが少女の第一印象だった。

 色素の薄い肌、掠れた銀色の髪、淡い赤い瞳。華奢な体を包む、黒と赤のダークカラーの制服が浮いていた。首には犬の面を、肩にはショットガンをかけている。

 

「……初めまして、先生。私は、621、レイヴン。

 ただいまより。ブリーフィングを、始めます。味方は、誰ですか」

 

 機械音声の方が人らしく聞こえるような、茫洋とした声だった。

 

「初めまして、レイヴン。味方はこれから君の端末に送ろう。

 けどその前に、君の名前を訊いてもいいかな?」

「……」

 

 淡い瞳が数秒、先生を見つめた。そして二度三度瞬きをして、口を開く。

 

「──烏星(えぼし)ワタリ。それが、ここでの名前」

「よろしく、ワタリ」

 

 そうしてレイヴン──烏星ワタリは、差し出された先生の手を握った。

 

『──そして、私がレイヴンのオペレーターのエアです。お見知りおきを、先生』

「わひゃあ!?!?」

 

 チナツの手の携帯端末が勝手にスピーカーモードとなり、話者の声をレイヴンの手を握る先生に届けた。

 

 それに驚いて情けない声を上げる先生に、溜息が投げかけられた。

 

『はぁ。この程度で驚かないでください。レイヴンの手を握った先生』

「いや驚くよ、普通急にスピーカーモードにならないよね普通」

「エア。勝手に私の端末を操作しないでくださいと散々言っているはずですが?」

『緊急時だったもので。

 それでは先生、私達の仕事に必要なものは揃いましたので、これより私がレイヴンをオペレートします。他に必要なブリーフィングはありますかありませんね』

「待って、インカム、インカムは持ってて!」

『私がいるので必要ありませんが……』

「私は中継基地になりませんよ」

『……仕方ありませんね。レイヴンの連絡先を教える訳にはいきませんし……』

 

 ワタリは先生に渡されたインカムを素直に耳につけた。するとチナツの端末の通話が切れ、先生のインカムにエアから直接声が入ってきた。

 

『レイヴンの代わりに私が応答します。これが私達の仕事の仕方ですので』

「……凄いね、これ。どうやってるの?」

『私の特技です。ブリーフィングは以上ですか? 味方はチナツの他に、ハスミ、アサヒ、ユウカ、スズミですね、行きますよ』

「うん。そして目的地はシャーレの部室だ。けど、エア。私、何か気に障るようなことをしたかな?」

『レイヴンをナンパしないでください』

 

 想像の斜め上の発言に先生は固まった。え、これナンパなの、と先生が自身の行動を振り返る内に、レイヴンが動き出す。

 

『では──私達の仕事を始めましょう、レイヴン』

 

 ワタリはコクリと頷き、犬を模した面を被る。正体を隠すための常だ。チナツは風紀委員であることの付き合いから、先生には信用の獲得と名簿の存在から最初から素顔を晒していたが、他の生徒はそうでもない。

 

 レイヴンが駆ける。

 烏のように、猟犬のように。

 

 

 

 

「ようやく来たか──」

 

 慈悲の無い、容赦の無い、苛烈な風が戦場に吹く。蹴りとショットガンが敵を打ち倒していく。

 

「げえっ、レイヴン!?」

「今日は敵かよぉー!?」

「待て話せばわがふヴッ……!」

 

 須らく攻撃は腹に吸い込まれていった。接近されて至近距離から足か弾かが撃ち込まれていく。

 

 レイヴンを背後から狙った敵も同様だ。銃を構えた次の瞬間には照準が外れ視線が合う。下手人は即座に撃つも、獣の如き敏捷さで躱され詰められ腹部に大きなダメージを負う。

 

 戦場の猟犬。あるいは烏。どこにでも現れる、警戒すべき不吉。

 その実力も恐れるべきだが、最も厄介なのは九割越えの依頼の達成率だ。かの風紀委員長ほどの絶望感は無くとも、敵対した以上は大損害は免れない。味方であっても同業者はボーナスを諦める。

 

『十時方向から新手です』

「らじゃ、った」

 

 ヘルメット団のヘルメットを蹴り上げて敵の手榴弾を弾き返す。汚い悲鳴は手榴弾の爆発音にかき消された。

 

 エアによる情報支援は正確かつ迅速だ。街中のあらゆる映像機器をジャックし、レイヴンの死角をカバーする。こうなればレイヴンはもう手に負えない。抜群の反応速度に、反則そのものの情報支援ともなれば真っ向勝負以外に負ける要素は──。

 

『──戦車です、レイヴン!』

 

「くっそー! こうなりゃやけだってえのー!!!」

 

 前方から戦車が猛然と突っ込んできた。火事場の馬鹿力か、瓦礫の段差によって跳ね回りながらも、奇跡的なバランスで暴れ牛のように後方の先生(・・)めがけて爆走している。

 

「第六感だ、カチンときたぜ、そいつを守ってんなッ!」

 

 ゴム越しにコンクリートと金属がぶつかり合う音が轟く。潤滑油が差されてなお擦れるキャタピラの金属音が耳を衝く。

 戦車長の判断は正しい。いかなキヴォトス人といえど単騎で戦車を相手取れる者は少ない。正義実現委員会や風紀委員会のトップでもなければ一蹴されることはない。こうして装甲任せに突っ込んだとして充分に勝ちの目は生じるものだ。

 

 先生は前に立とうとしたチナツの手を取って、身を隠すべく近くの建物へ向かって走り出す。

 

 だが遅い。戦車の砲塔が回る。

 隠れようとしている建物目掛けて、砲弾を撃とうとして──。

 ──戦車そのものが回り、砲塔があらぬ方向を向いた。

 

 狼と烏が戦車にとりついていた。

 キヴォトス人でも上位の身体能力を持つアサヒとレイヴンが、戦車の対角線の両端を蹴りつけて回転させたのだ。

 

「おわっ!?」

 

 しかし砲弾は発射された。その衝撃により戦車はひっくり返り、砲弾は見当違いの方向へ飛んでいったが、建物を破壊し、周囲に瓦礫を振りまく。

 

『パルスプロテクション展開。動かないでください、チナツと先生』

 

 チナツと先生のインカムにエアの声が入る。

 二人は猟犬傭兵団のドローンから展開された設置型のパルス防壁によって瓦礫の被害から免れた。防壁に当たり、落下速度の落ちた瓦礫を避けていく。

 

「ありがとう。助かったよ」

「ありがとうございます、エア」

『どういたしまして。先生、チナツ』

 

 先生は繋いでいたチナツの手を放して胸をなでおろした。

 

「……ふう。ひやりとした」

「……先生も。ありがとうございます」

「ん? いや、こちらこそ。私を守ろうとしてくれてありがとう」

 

「いたた……、くそ。何が起き──」

 

 ひっくり返った戦車からヘルメット団員が顔を出す。彼女からしてみれば砲撃を行った瞬間に視界と世界が逆様になったのだ。

 動揺して軽率にも戦車の外へ出てしまうのもムリはない。

 

「──た?」

 

 戦車の外へ出た彼女の眼の前に、二つの銃口が並んでいた。

 銀色の髪と藍色の髪が、埃交じりの風に揺れている。

 

「……た、たすけ──」

 

 命乞いの言葉を言い終えるより早く、マズルフラッシュが瞬き、戦車内へ手榴弾が投げ込まれた。

 

 ひっくり返り煙をあげて沈黙した戦車を背に、狼と烏は戦場へ歩を進める。

 

「あの時に及ぶべくもないが、懐かしいな、戦友」

「うん。懐かしい」

「ふふ。さて──」

 

 愛銃に弾を込めるレイヴンの手付きに淀みはない。

 常と変わらぬ烏の様子に狼──古鉄アサヒは涼やかながらも好戦的な笑みを浮かべ、戦意を滾らせる。

 

「──久々の協働だ。

 助け合いの精神でいくとしよう」

 

 狼の言葉に烏は頷く。

 

 言葉少なく、されど息を合わせて。

 トリニティとゲヘナ、屈指の武闘派が戦場の前線へ躍り出る。

 

 

 

 

 

 

 猟犬傭兵団(ハウンズ・フリーカンパニー)の事務所はゲヘナ学園第二校舎から車で十分ほどの距離にある。

 比較的治安の良い住宅街近くのテナントビルだ。近くにはスーパーやコンビニもある。

 

「ここのビルなんだね」

「はい」

 

 シャーレの部室奪還からしばらくして、先生はウォルターの為人を知るために傭兵団の事務所を訪れた。

 その隣には先日世話になったチナツもいる。シッテムの箱を手に入れたとはいえ、先生は非力であり更にはキヴォトスの地理にも疎い。加えてこれから会うのは、無法地帯のゲヘナ自治区において大きな影響力を持つ傭兵団の経営顧問である。そのためゲヘナの学生であり、規則に明るいチナツが案内役として選ばれた。

 

「ハンドラーは油断ならない大人です。私達風紀委員会と小競り合いを起こす一方で、先日のように共同戦線を張ることも珍しくありません。レイヴン達の武力やエアの情報網があってこそではありますが、金次第で動く恨みを買いやすい傭兵業をしながら、このような立地に事務所を構えられるのは紛れもなく彼の手腕でしょう」

 

 キヴォトスに来て日の浅い先生には未だ分からぬことだが、ゲヘナ自治区において拠点を構えることは難しい。ゲヘナは単純に治安が悪い。

 

 実情こそ実感がわかないが、先生は気を引き締め直した。基盤の整っていない状態で会うには荷が重い相手かもしれない。

 だが。

 

 ──621

 

 営業の上での語り口だ。仕事の上でのコードネームだ。だから呼び慣れているのは自然なことで、名前の代わりを使うことも自然なことだ。

 本当に、学籍番号のようなものだろう。

 

 でも、ダメだと思った。

 生徒を学籍番号だけで呼ぶことなんてないのだから。

 

 

 

 

 事務所は清潔感に溢れ明るかった。

 受付を抜けると柑橘系の匂いがし、スチールキャビネットの上に置かれたアロマディフューザーが見える。その脇には空気清浄機が置いてあった。

 

「……」

 

 ……ハンドラーは悪い人ではないのかもしれない。

 いかにもなオフィス家具に、いかにも少女の好みそうなファンシーなキャラクターシールが貼られている。ふと隣のチナツの視線を辿れば、シールのキャラクターに似たぬいぐるみがあった。ピンク色の目立つペンギンだ。

 

「流行ってるのかな?」

「見覚えはありますが……」

 

 コアなファンの多いキャラクターなのだろうか。黄色いクマや、赤いチョッキを着たねずみに比べて少々癖が強いようにも感じる。

 

「ようこそ、先生」

「……ようこそ」

 

 奥から見覚えのある儚い少女と、見覚えのない真っ白い少女が姿を現した。

 

「先日はお世話になりました。私はエアと申します」

「……なり、ました」

 

 白い肌と髪に反して、深紅の瞳が特徴的な少女だ。

 エアはワタリの前に立ち、冷めた目で先生を見ている。あからさまに警戒されていた。先生は苦笑した。

 

「よろしく、エア。ワタリも」

 

 色調はそっくりだが受ける印象は違う。二人の正反対な振舞いのせいだろう。エアは人間的で、ワタリは神秘的だ。

 

「チナツも、久しぶり」

「はい。お久しぶりです。最近は大人しくしていてくれて助かります」

「最近は統治側からの依頼も多いので。稼ぎ時です」

 

 連邦生徒会長の不在とシャーレの先生の赴任によって各自治区は治安維持に本腰を入れ始めた。危機感が生じたともいう。ゲヘナは相変わらずではあるが、風紀委員長はここが勝負所だと捉えている。

 

「621」

 

 ふと、声が聞こえた。ワタリに似た声質の声だ。

 

「……まだ?」

 

 色素の薄い肌、掠れた銀色の髪、淡い赤い瞳。

 ワタリによく似た少女だ。姉妹のようにも見える。

 

 ワタリは先生を見た。同時にワタリに似た少女も先生を見る。

 

「エア。案内をお願いできるかな?」

「そうですね。立ち話もなんですし」

 

 儚い、真っ白い少女の後に続く。

 何でもないような、情感の薄い会話に先生の心はざわめいた。

 

 

 

 

「ようこそ、先生。先日はうちの621……レイヴンとエアが世話になった」

「とんでもない。とても頼りがいのある子達でした」

 

 応接室には杖を手にした初老の男性がいた。

 彼は既にソファに腰かけており、先生へ対面のソファを勧める。

 

「報酬の振り込みを確認した。報酬を値切らず、振り込みも締め日より早くて助かった。我々としては今後も先生とは良い取引を続けたいと考えている」

 

 初老の男性──ハンドラー・ウォルターの背後には四人の少女が休めの姿勢で並んでいた。

 

 ……色素の薄い肌、掠れた銀色の髪、淡い赤い瞳。ワタリの姉妹のような少女達だ。彼女達は号令を待つ猟犬のように飼い主の背後で待機している。

 

「……ええ。私も、ワタリやエアのような子とは、良い関係でありたいと考えています」

 

 隣に座るチナツが先生の裾を小さく引いた。先生は呼吸を整え直す。

 

 背後にいるエアはその先生の返答にやや警戒を強めた。ワタリは変わらず、茫洋としている。

 

「……ところで、彼女達はなぜ立ったままなんですか?」

「……俺を心配してだろう。この通り俺は脚が悪い。しかし、先生にしては落ち着かないのも確かか」

 

 ウォルターは後ろを振り向き、少女達を見る。

 

「お前達、そこで立っていなくていい。自由時間だ、好きにしろ」

 

 途端、少女達はウォルターに群がった。

 

「……」

「……」

「──はぁ……」

 

 空気が死んだ。

 

 ウォルターの両手両足に少女達が体重を預けている。ウォルターの右の太腿に頭を乗せた少女にいたっては目を閉じて寝る態勢に入った。

 

「……617、寝るならソファかベッドへ移れ。お前達も。好きにしろとは言ったが客人の前だ。はしたない真似はするな」

「皆さん、ハンドラーの言う通りですよ。刃根も寝たふりしないでください。……レイヴン、真似しないでくださいね」

 

 その手があったかという顔のワタリにエアは釘を刺しつつ、ウォルターの少女達を剥がしにかかる。

 

「エア。あいつらの面倒を頼む」

「……大丈夫ですか?」

「問題ない。火宮もエアを手伝ってくれるな?」

 

 ちら、とチナツは先生を見た。先生は静かに頷く。

 

「……構いません。好きにしているワタリ達はそれはそれで不安ですから」

 

 ダーフォンニャンニャンやらアーキボウヤ、ベイタロウ等という胡乱な落書きパンデミックは二度と引き起こしてはならない。

 チナツはずれた使命感と共に、ウォルターの少女達を応接室から追い出していくエアに続く。

 

 パタン、と扉の閉まる音がして、部屋には二人の男性が残された。

 

 

「見ての通り……あいつらは、幼い。

 出会った時からああだ。

 自我に乏しい」

 

「お気は確かですか?」

 

 

 少なくともあの突飛な行動は自我に満ち溢れていた。

 まったく迷いの見えない欲望の発露である。

 

 困惑する先生をよそに、ウォルターは静かに溜息を吐いて首を横に振る。

 

「そうではない。

 あいつらはなぜか俺を親か何かだと認識している。

 ……傭兵としてしか、使わない、俺を。

 それでも、おかしくないと先生は言えるのか」

 

 先生は言葉に詰まる。

 ウォルターに会いに来た理由がそうだからだ。……非人道的な扱いをしていると思ったから、会いに来たのだ。

 

「認識を共有できたようだな。俺がこうして貴方と会っているのはこのためだ。

 キヴォトスの外から来た、先生」

「……」

 

 特段、驚きはない。

 キヴォトスの外から来たということは隠すことでもない。

 

 ──だから警戒を抱いたのは別のこと。

 

 このキヴォトスで生徒が銃を持つことは常識だ。誰もそのことに疑問を呈さない。どころか手榴弾や戦車を持っていても不思議はない。

 争い事も多い。先日の暴動ほどの規模のものはそうないが、銃火器を使用した小規模な小競り合いは日常茶飯事だ。

 

 ──だが、外は違う(・・・・)。少年少女が武器を持つことは忌避されている。

 

 そのことを、この眼の前の男は知っている。

 知っていて、先生も同じ価値観を持っていると確信している。

 

「……貴方も、外から来たのですか」

「似たようなものだ。もっとも、もう長く外を見ていない」

 

 語る男の表情は読めない。郷愁のようなものも感じられない。

 

 心底から関係のない話だと言うように、男は話を続ける。

 

「先生に頼みたいのは他でもない。時折で良い、あいつらを気にかけてやってほしい。あいつらには、外からの刺激が必要だ」

 

 熱のない、乾ききった灰のようだった。

 ……吹けば散る、塵のような。

 

「わかりました。となると、依頼を通じて、となりますかね」

「そうだな。あいつらは基本的に物事に対する関心が薄い」

「ふむ」

 

 先生は考え込んだ。その割には事務所のところどころが少女的だ。交流の糸口になるかもしれない。

 

「事務所のシールは誰のものです?」

「それは621だろう。行動的なのはエアと621だが、ああした変わったものを好むのは621だ」

 

 なるほど、と頷く先生を見ながら、ウォルターは昔にワタリが引き起こした落書き騒動を思い出す。あの騒動とその後始末には苦労したし、今なお理解の及ばないことではあるが、望ましい変化だ。

 

「意外にファンシーなものが好きなんですね」

「そのようだ。単に絵を描くのを好んでいる節もある。その辺りはミレニアム学園の小塗マキという生徒が詳しいだろう」

「ミレニアム学園ですか。ユウカ……会計の子にも訊いてみます」

「そうするといい。早瀬は役職柄顔が広い。助けになってくれるだろう」

 

 先生はウォルターから少女達のことを聴いた。何に興味を示していたか、何を苦手にしているか。

 ウォルターも隠し事なく先生の問いに答えた。生徒として預ける以上は義務だとして。

 

 意外にも時間は早く過ぎていった。

 

「……話し過ぎたな。この辺でいいだろう」

「いえいえ。たくさんお話が聴けて良かったです、ウォルター」

 

 先生からウォルターへの不信感は完全に解けていた。一見気難しいがその実人当たりは柔和である。

 しかし警戒は怠らない。為人と実績はまた別物だ。情に深いからといって、情を切り捨てられないわけではない。必要とあらば敵対を躊躇わないだろう、このハンドラーは。

 

 だから、先生は口にする。

 

「ウォルター。彼女達は貴方を好いていますよ」

 

 この男にとって、最も苦しい事実を。

 

「……知っている」

「はい。だから、傍にいてあげてくださいね。

 貴方がたとえ、彼女達にとって望ましくない人物であっても──」

 

 先生の続ける言葉を男は予期している。

 もう何度も繰り返した問答だ。ここで生きる術を得た彼女達が未だ自身の下を離れていない。その現実を思わぬ日々はない。

 

「──貴方と過ごす日々が、彼女達の望む日常でしょうから」

 

 先生は生徒の側に立つ人物である。

 だからこそ男はその言葉を予期していて、実際に生じた自身の心の動きに自嘲する。

 

 ハンドラー・ウォルターは自らの右手を見た。

 

 

 








以下書き散らした妄想。



●ゲヘナ 猟犬傭兵団(ハウンズフリーカンパニー)
 代表者は621。外部顧問としてウォルターを雇っている形式をとっている。

〇猟犬達
 皆共通して色素と体つきと反応が薄く、主人への感情が重たい。何かと主人へスキンシップをねだる。好意と恋愛の境に薄ら気が付きつつも、判別がついていない。
 雰囲気と体格が似ているため、服装と髪型を揃えた時は見分けがつきにくいが、621は奇行が目立つため分かり易い。
 621以外は多少の差異はあるものの能力や思考、精神性はほぼ同一であり皆単独でいかな仕事もこなすことができる。皆チームに全幅の信頼を置くため、チーム戦闘ではコンビネーションにラグがなく、同程度の敵であれば危うげなく狩れる。
〇名前等
・617:刃根イツリ
・618:糸房ムツミ
・619:誘市ナノカ
・620:幡手ヤエカ

・621:烏星ワタリ:ショットガン
 猟犬達の中でも明確にエースとして認識され、無茶振りと手厚いフォローの往復ビンタを度々もらう。
 普段の言動は他の猟犬と同様に静かで茫洋としているが、急に萌えイラストを作成したり、プラモを魔改造したり、たまの奇行が目立つ。ウォルターへの感情を持て余しつつある。

・エア:響波ホノカ:スペシャル:ハンドガン
 凄腕ハッカー。現場での後方支援を担当。
 他事務や経理の補佐もしている。

・ウォルター:五頭ヒトシ
 外部顧問。基本的に裏方だが、現場のサポートも行う。
 猟犬達には難しい交渉事を一手に担っている。
 621の奇行には困惑することが多々あるが、それを見た他の猟犬が徐々に個性的な行動を始めたので、エアにお守りを頼みながら事の推移を見守っている。気分は孫を見るお爺ちゃん。猟犬達の無垢な好意が恋情や愛情との岐路にあることをまだ知らない。

●トリニティ 正義実現委員会
・古鉄アサヒ:サブマシンガン
 621を戦友と呼び、トリニティでありながら好意的に接する人物。
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