透き通った世界の猟犬達   作:飼い主の犬

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何となく思いついたので書けました。
続きはありません。

2024/11/8 名前変更
 ヒカリ → ヒカル








透き通った世界のパイロット志望

 

 

 鍵屋ヒカルはミレニアムサイエンススクールの問題児だ。

 エンジニア部の発明品を嬉々として振り回し、使いこなし、鎮圧のために出てきた警備ロボットを「見慣れた動きだな」と戦闘不能にし、果てにはかの00を出動させる事態にまで発展させたやべー奴である。

 前科は最早数えきれず、頭の中にはカタツムリがいるとまで噂になったほどだ。

 

「ウタハ。AC……巨大人型ロボットを造ろう」

「……ヒカル。キミはもしや懲りるという思考に辿り着けないのかい?」

「ネルの体力が想像以上だった。次はもっと上手くやる」

「そういう問題じゃないんだけどな」

 

 ──巨大ロボ事変。

 エンジニア部がヒカルのプレゼンにロマンが刺激されたことを発端とし、最終的にはC&Cの出動を余儀なくさせた近年最大のトラブルである。対外的にはパワードスーツの運用試験におけるトラブルということになっている。

 

「兵器としての有用性を示せば採用されるだろう」

「キミが操縦する限りは採用されないと思うよ」

 

 ヒカルは身体能力こそ平凡だが戦績は脅威だ。ミレニアムの主戦力である無人機やドローン等は危うげなく撃墜するため、どうしようもない物量かC&Cの00を出動させる以外に捕らえられたことはない。ミレニアムの誇りたくもない暴の問題児である。

 

「それにユウカも言っていただろう、費用対効果が最悪だと。私は好きだが。何と戦う気なんだ」

「それはもちろん同じACだ。楽しいぞ、ロマンだ。特にチャージパイルはいい。一撃で爆散する様は何度見ても爽快だ」

「……ユウカの頭も吹き飛びそうなシチュエーションだ。キミは一体二億のクレジットをなんだと思ってるんだ」

「二億は二億だろう。それ以上も以下もない。稼げばいい」

 

 言っていることは間違いでは無いがまともではない。桁が違う。

 しかし眼前の少女は様々な武器や戦闘AIの試験運用で、騒ぎによる負債を滞りなく返済している猛者である。

 

 ウタハは流石に溜息を吐いた。

 

「あまりわがままを言うものじゃないよ」

「珍しいな。ウタハがお金に厳しいのは」

「あれだけ参った状態のユウカを見るのは忍びない」

「そういうものか」

「そういうものだよ」

「じゃあ仕方ないな」

 

 ダメだと察したのだろう。ヒカルはすっとウタハから離れていく。

 その相変わらずの無頓着さにウタハは苦笑しつつ、ヒカルに記録端末を投げ渡した。

 

「これは?」

「サラカからの預かりものだよ。まあ触ってみると良い」

 

 ヒカルは記録端末に素っ気なく張り付けられたシールを見る。

 

 ──アーマード・コア試遊ソフトウェア

 

 その後、ヒカルの姿を見た者は(一週間ほど)いなかった。

 

 

 

 

 その日の五頭ヒトシの足取りは軽かった。

 

「いい天気だ」

「うん。いい天気」

 

 口調も軽い。どことなく穏やかだ。

 いつもの彼とは違う様子に、隣を歩くワタリは白い尻尾をゆるゆると揺らす。

 

「寒さも緩んできた。外で遊ぶのもいいだろう。ワタリ、してみたいことはないか?」

「戦車を、乗り回してみたい」

「そうか。戦車か。……広い場所が必要になるな。以前の仕事で気になったか」

「なった。あそこまで動けるのは、びっくり」

「あれは珍しいケースだ。戦車の視野は狭い。あの速度のまま動き回っていては、いつ横転してもおかしくはない。乗り回すときには注意しろ」

「そうなの? じゃあ、いいや」

 

 楽しいお散歩だ。理由はわからないが大好きなヒトシの様子も普段より柔らかく口数も多い。

 

「……速度を楽しみたいならバイクもいいだろう」

「ウォル……ヒトシも、乗れる?」

「難しいな。この脚では安定性に欠ける」

「じゃあ、装甲車がいいかも。安心」

「……後で車も見てみるか。ミレニアムはキヴォトスでも随一の技術力を持つ。お前の要望に応えられるものがあるかもしれない」

「それは、楽しみ」

 

 二人は今、あるものを買うためにミレニアム自治区を訪れている。

 

 ──新作ゲームが欲しい。

 

 事の発端はエアとワタリ達の要望だ。

 放課後、珍しく落ち着かない様子で事務所に現れた六人にヒトシはそうねだられた。

 ヒトシは好きに買えば良いのではと思ったが、聴けば性能の良いパソコンと周辺機器が必要なようで、ヒトシにその辺りの相談をすることになったのだ。

 

「『ロボットバトル』か……」

「懐かしい」

「……そうか。……そうだな」

 

 ゲームのタイトルを口にして少しばかり複雑な気持ちになる。努めてマイナスな反応はしないように心掛けているが、それでも複雑なものは複雑だ。今楽しそうにしているとはいえ、彼女達には違う道があったことを思わずにはいられない。

 

 情動の薄い少女が鉄面皮の男を見上げている。ワタリはそっとヒトシの手を取って、視線を寄越した彼に微笑みかける。

 

「楽しさも、あった、よ。笑えているから、大丈夫」

「……そうか」

「……でも、後で。悩んだら、助けて、ね?」

「……ああ。力になるとも」

 

 ヒトシはその言葉に安堵する自分に自嘲した。

 ハンドラー・ウォルターはかつての彼女達を、自らの目的のために地獄においやった一人だ。許されざる悪人だ。それが何の因果か贖罪の機会を与えられ、あまつさえ心配されている。

 おかしな話だ。加害者が被害者に気を遣われている。贖罪もその補填も済んでいない。健康な体は偶然のものであり、焼かれた脳の機能こそ戻ったものの記憶は灰のまま。その情動は依然として幼い。

 贖いなどできていない。今生きるために必要なものを、この年頃の少女に本来あって然るべきものを用意しているだけだ。

 

 男は少女の頭を優しく撫でた。少女の白い犬耳がひょこひょこと動く。

 かつてとは違う、艶やかで滑らかな健康的な髪質に、心底から安堵する。

 

「俺はお前達の事情をよく知っている。最低限、悩みの整理くらいは手伝ってやれる。幸いにも今の俺の仕事はお前達のサポートだ。遠慮なく頼れ」

「ウォルター……!」

「外では控えるように」

「ごめん、なさい……」

「……次に気を付ければ、それでいい」

 

 謝るな、と言いたかった。

 だがこれは大事なことだ。いずれは傭兵などという阿漕な商売から足を洗う必要がある。こんな忌まわしい名前は仮面を被っている間だけで充分だ。烏星ワタリの知り合いにウォルターはいてはならない。

 

「……覚えておけ。お前の名声は高い。それに釣られて俺の名も知っている奴は知っている。不用意に口にすれば──」

 

 不意に、声がした。

 

「──ああ、久しぶりだな、ウォルターの猟犬。今日は仕事か?」

 

 咄嗟に男は少女にフードを被せた。ワタリはヒトシの前へ庇うように歩み出る。

 

「……誰」

「そうか。そういえば対面するのは初めてか」

 

 声の主はミレニアム学園の制服を着た少女だ。ショートカットの緑がかった黒髪と水色の瞳、肩にはどこかで見たようなアサルトライフルを抱えている。

 

「Ⅴ.Ⅰフロイト、と言えばわかるだろう」

 

 ワタリのショットガンが構えられる。ヒトシはゆっくりと下がりつつ、懐の拳銃を握った。

 

「……何のつもり?」

「見知った人間に声をかけるのは不自然なことか? それより銃を下ろせ。この軽装でお前とやり合うには不完全燃焼が過ぎる」

 

 621はフロイトの最期の声を思い返す。数秒、たっぷりと考えてワタリは尋ねる。

 

「……貴女の、今の名前は?」

「鍵屋ヒカルだ。そういうお前は?」

 

 ワタリはショットガンを降ろし、声の届く距離まで歩み寄った。

 

「……ワタリ。コードネームは、別にある。後ろの人は、ヒトシ」

「なるほど。じゃあワタリ。お前に渡したいものがある。

 ──『ロボットバトル』を知っているか?」

 

 

 

 

 ワタリ──621にとって、フロイトとはよく分からない強敵だ。

 アリーナの仮想戦闘では、複数のレーザードローンと多彩な武装による巧みな包囲網に散々負かされた記憶がある。

 だがある程度慣れれば対処できないレベルではなかった。確かに巧みだが重厚さがない。レーザードローンを除き、至極汎用的な構成だ。カーラのフルコースやラスティのスティールヘイズのような、一点突破の強みが無い。

 

 戦場では自身の強みを押し付けることが最も強い。敵に合わせて戦術を変えるよりも、当たれば勝つ武器を持った方が早い。勝算もなく戦場にでることは愚策であり、勝算を考え続けるのも愚鈍である。とりあえず強い武器を片手に、負けはし無さそうな敵相手に暴れまわるのが最も強いし、結果的に強くなりやすい。

 マッドスタンプあたりはその好例だろう。練られたアセンとはとても言えないが、武装のチョイスは理に適っている。

 

 フロイトのロックスミスは違う。どの武装も決定打に欠ける。決して火力が低いわけではないが、食らいつかれれば負ける、というほどのものでもない。

 そう思っていた。

 

 ……実際に、戦場で見えるまでは。

 

「ずっと心残りだったんだ。面白くなりそうだったのに、途中で終わってしまったことが」

「……そう」

 

 「YOU LOSE」という文字が爆発四散するロボットを背景に、ワタリの画面に大きく表示された。

 前はどうとも思わなかった仮想戦闘の記憶が想起され、何とも言い難い苦々しい感覚がワタリの胸中にじわりと広がる。

 

「やっぱり筋がいい。今は慣れの問題で俺が勝ったが、あの時と同じくらいに操作できるようになればもっと楽しめそうだ」

「……ありがと。でも、今日は、もういい」

 

 負けて悔しそうなワタリにヒカルは楽し気な声を投げかける。その声にワタリはますます悔しそうな表情になるが、ヒカルはただ成長が楽しみだと笑うだけだった。

 

「残念だ。またやろう」

 

 あの後、ワタリとヒトシは「ロボットバトル」のゲームソフトを貰うことを条件に、ヒカルのマンションの一室に連れ込まれ「ロボットバトル」の対戦をすることとなった。

 

 結果は惨敗。

 ワタリは唇を尖らせながらヘッドセットを取り外した。

 

「ふふ。いい気分だ。ワタリ、ぜひとも『ロボットバトル』をゲヘナでも広めてくれ。売れ行きが絶好調ならACを作成する予定なんだ」

「……正気?」

「楽しいだろう。ACは」

「……貴女ほど、好きには、なれない」

「だろうな」

 

 ズレた返事が返ってきたが、ワタリは敢えて訂正しなかった。金になるぞ、とウォルターの声が聞こえた気がした。

 

 ヒカルはワタリにメモとゲームソフトを投げ渡す。

 

「これは礼だ。周辺機材はメモにあるものを買うといい。俺とサラカ……ソフト制作者の連絡先も書いておいた。分からないことがあれば俺かこいつに訊け」

「その、サラカ……さん、は。私達のこと、知ってるの?」

「知らないな。まあ、俺から連絡をいれておこう。ワタリ、お前の連絡先を教えてくれ」

 

「………………、……はい」

「悩んだな。そういう間だ」

 

 ワタリの葛藤をよそにヒカルの行動は淀みなかった。

 

 コントローラーの操作音が消えたことに気付いたのだろう。ヒトシが奥の部屋から姿を現す。

 

「終わったか。ヒカル、少し来い。まとめたものの説明をする」

 

 ヒトシはマスクとエプロンをつけ清掃業者のような恰好をしていた。杖は持っておらず、代わりに左膝に近未来的な装具が装着されていた。

 

「悪いな、ウォル……ヒトシ。デンコがいないといつもこうなってしまうんだ」

「掃除は日頃からしておけ。友人をあまり困らせるな」

「そうだな。気を付けよう」

 

 ヒトシはゴミ屋敷二歩手前のヒカルの家の清掃をしていた。

 ……酷いものだったと、ヒトシは思い返す。

 

 ヒカルは慣れ親しんだお小言の気配を感じ取った。

 

「ところでその膝のアシストスーツの動作はどうだ?」

「……。

 補助を最小にすれば使えるな。売り物ではないのか」

「エンジニア部での試作品だ。人体を模した動力機構の作成の過程でできた」

「そうか。……いい熱意だ」

 

 ヒトシはヒカルの口の軽さに少しばかり不安になった。同時に、ワタリにはヒカルの言動は悪い例だと伝えなくてはならないとも思った。

 

「ああ。それも持って帰って良いぞ。杖は手軽だが動き続けるには不便だろう」

「……助かるが、いいのか?」

「いい。データは取れた。……さて。充電器はどこだったかな」

「なければないで構わない。とりあえず説明を始めるぞ。燃えるゴミは……」

 

 その後、三十分ほどヒトシはヒカルの家にあったものの説明をした。

 パワードスーツの充電器は無事に見つかった。

 

 

 

 

 猟犬達からの「ロボットバトル」の評価は最高だった。

 熱中し過ぎて休日を一日潰した者がいたほどだ。情動の薄い彼女達に好物が生じたことは望ましいことではあるが、その熱中度合いに少しばかり不安を覚えたヒトシは、一人一日一時間までという制限を設けた。

 エア──ホノカの協力もあり、制限は正常に機能した。元が素直な彼女達だ。隠れてするようなことはしないと思うが、それでも客観的に評価できる仕組みは大事だ。わざわざ望ましくない自主性が育つような可能性を残す必要はない。

 

「……凄まじいな。……お前はいいのか?」

「大丈夫ですよ。彼女達との会話も増えましたし、以前より活気があります」

「そうか。なら、いい」

 

 ヒトシは対面に座るホノカの返答に安心した。外から見ていて温度差があることにヒトシは気付いていたのだ。

 

 書類の整理が一段落したヒトシは、コーヒーを啜りながらモニタに噛り付いている猟犬達を眺める。

 今のプレイヤーはイツリか。時折体が大きく左右に揺れている。

 

 彼女達はリレー形式でゲームの仕様の研究をしていた。一人がゲームを遊んだ後、操作感を文章化し、次のプレイヤーにその内容を共有して検証していく。科学者組織のようなやり取りに、楽しいのだろうかとヒトシは疑問に思っていたが、当事者の一人であるホノカ曰く楽しんでいるようだった。

 ヒカルやサラカとも頻繁に連絡を取っているようで、アップデートのある日には依頼が入らないようにスケジュールの調整もしている。

 

 ヒトシは思わぬ自主性の発露に喜びつつも、そのきっかけがデジタルゲームであることには多少の不安を覚えている。決して悪いものではないが、一人でも楽しめるものが多いのが不安の種だ。

 

「……チェス……いや、せめて麻雀であればこうした不安はないが……」

「ヒトシのことですから、麻雀でも不安は感じると思いますよ」

「……それもそうだな。悩むだけムダか」

 

 ヒトシは少々の気恥ずかしさと共にコーヒーを啜る。ホノカとの付き合いももう長い。大分こちらの考え方を把握されているようだった。

 

「……そういえば、ヒトシはサラカとは話しましたか?」

「いいや。……お前達と同世代だろう。俺のような年寄りと話すこともあるまい」

「そうですか……」

 

 ヒトシはホノカからの視線を感じた。

 

「どうした」

「……いえ。話してみた感じ、ヒトシとは気が合いそうだな、と。サラカはエンジニア部との親交も深いとのことですので、そのアシストスーツについて訊いてみるのも良いと思いますよ」

「そうだな。その時は頼めるか?」

「ええ。もちろん」

 

 ホノカの顔はどことなく楽し気だった。ヒトシは何となく含みがあることを察した。だがまあ、悪いものではないのだろう。

 

 ……醜態だけは、晒さないようにしよう。

 ヒトシは内心でそう決意し、「その時」には注意しようと思った。

 

 

 

 








・フロイト:鍵屋ヒカル:アサルトライフル
 エンジニア部所属。開発には携わらず、もっぱらテスターとして活動している。
 いずれACを作らせるべく、あの手この手でパワードスーツを作成させ、楽しんではダメ出ししている。注文が多くワガママだが、ダメ出し自体は有用でインスピレーションを刺激している。らしい。
 武装はアサルトライフルの「マスターキー」だが他の武器も使う。特にレーザードローンの扱いは一級品。

灰住(はいずみ)サラカ:ロケットランチャー
 ヴェリタス所属。名誉エンジニア部。
 ヒカリの要望に毎度笑いながら、注文は満たしているものの動作や費用対効果のおかしい製作物を渡している。ヒカリのことは面白い人物と思っている。
 ミサイルや爆発物を好む。

次社(じそう)デンコ:スナイパーライフル
 エンジニア部には所属していないがヒカリの保護者として認知されている。
 気苦労の多い常識人であり実力者。何かと厭味ったらしいが、ストレスのものか生来のものかは議論が分かれている。誰が呼んだか永遠の二番手。

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