『リルの正体』
ホシノが行方不明になった。ホシノに話を聞いてみようとアビドスに来て生徒達からそう告げられて私はとても驚いた。
「いつものように起こしに行ったら居なくて……連絡もつかないんです」
心配そうに目を伏せるアヤネに、私は努めて明るい口調を意識する。
「大丈夫だよ、ホシノの強さはそんじょそこらなら脅威にすらならないでしょ?」
だから心配することはない、と続ける。私も彼女には沢山助けられたし、その強さはよく知っている。またカイザーにでも殴り込みをしたんじゃないか、と一瞬考えたけど、それなら彼女は何か置き手紙の一つでも残すだろう。
しかし、どうしたものか。探さないわけには行かない。だがヒナの件もある、流石にあっちも行方不明にはなってないだろう。なっていたら今頃ゲヘナの治安は悪化している。アコも黙ってないだろうし……
何処から手を付けよう、と悩み出して数分、端末に連絡が入った。相手は──
「黒服?」
いくら何でもタイミングが良すぎる。もしや今回の件に関わってるんじゃないだろうな……着信先の名前を見た瞬間そんな考えが過ぎる。
何の用かは知らないが、とにかく出てみよう。
「……もしもし?」
「あぁ、先生。やはり出てくれると確信していましたよ」
開口一番、気色の悪い事を言う黒服にうへぇ、と顔が歪むが相手はそんな事お構いなしに話を続ける。
「既に把握しているかもしれませんが……事態は些か悪い方向に向かっています」
「……何が言いたいの?もしかしてホシノと何か関係が?」
「おや?もしやその口ぶりからして小鳥遊ホシノにも何かあったのですか?だとするなら……急いだほうがいいかもしれません」
勿体ぶった、遠回しな言い方に苛立つ。相変わらずと言えばその通りだが、こんな時にまでその言い方をされるのは腹が立つ。
「結局何があったの?」
「……結論から言いましょう。このままではキヴォトス、甘く見ても何処かの自治区は物理的に消滅するかもしれません」
「なっ──!?」
黒服の口から語られる結論に驚きを隠せない。かつてキヴォトスを襲った『色彩』
それと同等の危機が迫っているというのか──
「この通信では聞かれているかもしれません、シャーレに出向くので待っていてください」
しかも、黒服をしてここまで警戒させるものとは一体何なのか。一つの電話をきっかけに自分の知らない何処かで、チリチリと紙の端からゆっくり燃えていくような、そんなイメージがあった。
どうにかしなくてはならない。
「ごめんアヤネ、急用ができた。ちょっと戻──」
いや、ホシノが関わってるならアビドスは無関係じゃない。そう考えて言い直す。
「いつでも出られるよう待機していて貰えるかな?」
「──!はい!わかりました!」
普段しない言い回しにアヤネも何かを察し、頷いて返事を返してくれた。
それを見て私も走ってシャーレへと急いだ。
急いで戻ったシャーレの部室には、既に黒服が待機していた。どうやって入ってきただとか、そういう疑問はあったけど今はそれより大事な事がある。
「お待ちしてました、先生」
「──それで?話って」
前振りもなく催促する。なんて事のないただの勘だけど、今は急がなきゃならない時だと思ったからだ。
「そうですね……まず、最近先生は遠出していませんでしたか。人も普段立ち入らないような所へ」
そう言われて思い出すのはヒマリ達特異現象捜査部と一緒に氷海区域に行った事だ。デカグラマトンと、その預言者達を調べる為向かった話──まだ何かあったのか?
「行ったね、氷海区域に」
「そこで、新たな預言者。それに未確認のデカグラマトンが残した指導者がいた、と。……そんな驚くことはありませんよ先生。ゲマトリアは解散したとは言え、観測研究は私の本懐ですから。気になる事は調べています」
「……今更だったね」
黒服とは、ゲマトリアとはこういうところがあるのだった。今更思い出したよ。
「そっちを見に行くことも考えましたが、実はこの時、違う場所で預言者に近い、或いはその上位機と思われる反応が見つかったのです。極めて微弱でしたが、私の興味はそちらへ。他にもそれを知った者が生徒を向かわせていましたが……逃げられたようです」
その話は初めてだ。ヒマリは何も言わなかったけど……
「その後、偶然でしたが接触に成功。お互い利のある交換条件で私は調べることができ、その正体を知りました」
設備もままならない中だったので時間を掛けましたが、と続ける黒服。私が居ない間、そんなことがあったなんて知らなかった。
「今は大神リル、と名乗っているようですが……その正体は預言者の1人。マルクト、そのプロト機。
泣き止んだ私は途端に恥ずかしくなって顔を背ける。しかし、彼女は気にした様子もなく、本館を出て外へ。慌てて追いかけて外に出た。
冷たい風が相変わらず体を包む。ぶるり、も身を震わせる。隣を見れば、彼女は何処か懐かしむような目で、砂漠を見ていた。
「そう言えば、名前聞いてなかったね……私はホシノ、小鳥遊ホシノ」
「……大神リル」
「リルちゃんか、どうしてこんな所にいたの?」
その質問をリルが答える前に、突如として揺れが起こる。目の前が隆起し、砂が壁のように見えた。それは私達を包み込み、何処かへと連れ去ったのだ。