私も曇らせの最後はハッピーエンドが好きです。
『起動』
息を切らしながら嫌になるほどに静かな深海基地の奥深く、最深部へと生徒達と先生は走った。そこに広がっていたのは、沢山の管が部屋全体に伸びる部屋。管に繋げられているのは、培養槽に浮かぶ少女。そして、その前に、膝をつき、手を地面につく少女──生徒達の視線と反応からして、件の大神リル本人だろう。
しかし、小鳥遊ホシノにとって最も驚いたのは、培養槽に浮かぶ少女は、容姿こそ多少の違いがあるものの、間違いなくユメ先輩そのものであった事だ。
「ユメ──」
「リル!?大丈夫か!?」
思わず言いそうになった言葉を遮るように、サオリがその惨状を見て悲鳴を上げるようにリルへ駆け寄った。
足は赤黒く変色し、片腕は千切れ、声に反応してこちらに向ける顔は片目が潰れて血の涙が流れていた。
「来ちゃった……か……」
途切れ途切れ呟くリルは、震える体を必死に抑え、まだ残る手で駆け寄ってきたサオリの体に触れて、押してそれ以上こちらに来ないように弾いた。
「リル……?」
その一部始終を見守っていた便利屋も、カスミも怪訝な顔だ。しかし、傷からして重症なのは間違いない。放置はできない。
その行動に、何か意味を感じたサオリはしかし、その意図を読みかねていた。
「……早く逃げて、限界が来る」
言いながらリルは、ボロボロのまま立ち上がり、こちらに体を向けながら後ろへ足を進める。──培養槽の周りの奈落に落ちるために。
「待て!止めろリル!」
そこでサオリが意図にようやく気がつく。走って止めようとするサオリに、無表情だったリルの顔が、少しだけ笑った。
「──ホシノちゃん」
もう、一歩後ろに足を運べば、奈落へ身を落とすだろう。だけど、その前に。
「奪ってしまったものは、ちゃんと返したよ。これでお終い」
偶然、生まれてきてしまった自分はこれで消える。誰かを苦しませる亡霊は居なくなる。
「サオリ、あの時食べたラーメン、とっても美味しかった。カスミ部長、約束守れなくてごめんなさい」
「やめろリル!それはまるで──」
遺言じゃないか。心残りを一つ一つ丁寧に降ろしていく作業。
生徒達はそれを見ることしかできない。何もかもが手遅れ。手を伸ばすことも間に合わない。
中の人を移した私の身に最初に起きたのは、今までの全てを上書きするような飢餓感だった。
頭の奥底に響く音はとても痛い。これか、あの子供達が説明していたものは。抑えていた中の人が消えた今、それが表に出ようとしている。
──プログラム起動まで95%
その衝動を必死に抑えつける。私は知っている。死ぬほど辛い飢餓を。だけど、誰かと食べる食事は本当に美味しくて、数少ない思い出が私の腹を満たしている。だからこんなの耐えられる。
私が私では無くなる前に、動ける。落ちようとする私の前に、少し前に会ったばかりなのに、随分と懐かしく感じる人たちが現れた。
──参ったなぁ、こうなる前に終わらせたかったんだけど。ま、いっか。
喋ってみたらまだ私の口はすんなり回るらしいから、この際言いたかった事は言っていこう。
私の初めての友達、サオリ。こんな私に親切にしてくれた。一緒に食べたラーメンの味は私の大切な思い出。
私の上司、カスミ部長。大勢で一緒に食べる弁当は本当に美味しかったです。ありがとう。
便利屋の皆。騒がしかったけど、退屈しないキラキラした毎日は私の大好きな思い出だった。──あぁ、でも一つ。申し訳ない事もある。
──プログラム起動まで98%
ホシノちゃん。ごめんね。私にその記憶はないけど、今まで私に向けていた表情は、あの感情は全て、私のせいだった。
私がいなければ変わったのかな?いや、どうだろうか。だけど、ちゃんと中の人は無事で返したし、こうして消えればホシノちゃんを苛む亡霊は居なくなる。だから、そんな顔しないで。
あぁ……怖いなぁ。死ぬって怖い。決めたはずなのに、こうして進む足は震えて、躊躇いそうになる。でも、消えなくてはならない。私の大切な人達を喰いたくない。だから──さようなら、世界。
最後の一歩は、あっけなかった。一瞬の浮遊感の後、下に下に。あっさりと落ちていく。
──プログラム起動完了。『ragnarok』起動。
最後に聞いた言葉は、そんな無機質なアナウンスだった。
落ちていくリルを、誰も止めることができなかった。涙を流し地面を拳で叩くサオリ。きつく一文字に口を結ぶカスミ。今も助けようと奈落へ飛び込もうとするアルを便利屋の面子が必死に抑える。
ホシノは、ユメ先輩が帰ってきたのに、自分の中にある後悔を前に、どんな顔をしていいのか分からなかった。
自分のせいで、自分の望みが、誰かを殺したという事実に、体の芯から震えた。だというのに、ユメ先輩が帰ってくるという事実に喜ぶ自分が何処かにいる事に怒りがあった。
──ふざけるな、こんな一方的な、終わり方なんて望んでない。
その一部始終を見ることしかできなかった先生の表情は硬く、そして暗かった。
リルが言っていたことを正確に理解できたからこそ、自責の念に駆られていた。
彼女は、守ったのだ。自らの中に囚われた生徒を解放し、その身に宿す災厄から皆を守った。自らを犠牲にすることで──
しかし、事態はそれ以上に深刻になっていく。その時報を告げたのは、先生に向けられた通信。
『先生!?聞こえてますか!?今すぐそこを離れてください!』
通信相手はヒマリだった。
「離れるって……もうリルは」
『いえ!まだ反応は生きてます!それよりも早く……!そこでは巻き込まれます!』
「え?」
リルは、まだ生きている?その事実を喜ぶ前に、事態は悪い方向へ進む。
『各地にいた預言者達が、一斉に動き出してそちらに向かっています!時間がないんです!早く──』
通信はノイズが走り、切られてしまった。それと同時に、基地全体が大きく揺れ出す。だから急いで生徒達と培養槽の中にいた生徒を連れて先生は脱出する。
奥底で目を覚ますのは厄災。黄昏を喰らい終末を呼び起こす狼。集められた預言者達は、自らその身を差し出し、喰らう事で氷浮かぶ海面にその巨体を浮上させるほどに成長したその名は──
──warring !warring!
──『fenrir』
Q.新たな予言者ってどんな奴?
A.簡単に言えばゴットイーターとかG生物みたいなやつ