『友人』
──銃ぅ?そんなのそこらのコンビニにでも行って買えばいいだろ?
今日も依頼の報酬を貰おうと斡旋人のいる建物へ足を運んだ私が扉を開けて始めに聞こえてきたのはそんな一言だった。
何事かと思い目を向ければ、面倒くさい、と顔で表現しながらだらしなく座る斡旋人と、相変わらずの無表情の彼女がいた。
「……そうか」
無表情ながら、返される言葉には沈むものがあった。それで話は終わったのだろう、斡旋人から視線を外し、扉を開けたまま立つ私と目が合った。
「……あ」
「また会ったな」
こうして顔を合わせるのはあの依頼の時以来だ。相変わらず感情の薄さが目立つが、今日はそれよりも目立つ、といってはおかしいかもしれないが、目を引くものがあった。
彼女の服装が違う。今までのような手術衣ではなく、何処かの制服だろうか、白いワイシャツに帯の短い水色のネクタイ、黒い手袋にスカートという普通の格好に変わっていたのだ。
よく似合っていると思った。服に着られているのではなく、着こなしている。
そんな彼女は斡旋人と何を話していたのか、先ほど聞いた言葉から察すると銃の事だろうか?思い出されるのは依頼の時だ。確か彼女は銃を持っていなかったな。盾一つで制圧していたから気にならなかったが、持ってないのならあった方がいい。
「すまない、話が聞こえてしまった。もしかすると銃のことで困り事か?」
その言葉に逡巡した後、こくりと控えめに頷く彼女に丁度いいと考えた。前に助けられた礼もある。
「私で良ければ、教えよう。銃については人並みには詳しいと自負がある」
アリウスでみっちりと仕込まれた、過酷で決していい記憶とはいえないそれは、確かに今の私を作る血肉となっている。それがこうして誰かの手助けになるのだから、人生とは分からない。
そうと決まれば、ガンショップに行こう。ブラックマーケットには様々なものが流れる。粗悪品も多いが、掘り出し物も多いのだから。
「きてくれ」
彼女の手を引き、案内する。そう時間は掛からず目的の店に到着。店内に入る。
カランカラン、と来店を知らせるベルが鳴る。店主はその音で反応し、チラリとこちらを見るがすぐに興味を無くし視線を外した。
愛想のかけらもないが、そんなものだろう。それなりに裏の空気に慣れた私は気にすることなく店内を物色する。
「……」
彼女が背後で何やら狼狽えているような雰囲気を感じる。
「気にするな、ここはそういうところだ」
こうしてちゃんと付き合ってみると、彼女は口数も少なく表情こそないが、ちゃんと感情があるのだと知った。
「銃の事だったな、何か要望はあるのか?」
「……よく分からない、おすすめ、ある?」
おすすめ、か。単に使いやすい、であれば幾らか言えるものがあるが、きっとそういう意味では無い。
彼女の戦闘スタイルは近距離、前衛で相手の視線を釘付けにしながら戦うものだろう。なら軽いものがいいか。
「なら、これなんてどうだろうか」
店内に飾られた銃の一つを指差す。カスタムされ肉抜き等の軽量化を施された拳銃だ。火力は心許ないかもしれないが、盾と併用していくなら必要十分だろう。
「……これにする」
その拳銃を手に取り、色んな角度から見つめる彼女は頷き一つでそう言った。
どう納得したのかは分からないが、その言葉に含まれた感情からして、気に入ったか。*1
店主に金を払い、軽い説明を受け銃を構える彼女の表情は変わらないが、私には新しい玩具を前に興奮を隠せない子供のように見えてクスリと笑った。
無表情でホクホクした雰囲気を出す器用な彼女を連れて店を出る。
「ありがとう、助けられた」
「気にするな、依頼で助けられた礼だ。まだ時間はあるか?案内したい店があるんだ」
「?平気だよ」
私は再び彼女を連れて先生に以前連れてきてもらった、アビドス自治区のラーメン屋台に連れて行った。
「お邪魔する、やっているか?」
暖簾を潜り、いるであろうラーメン屋の大将に声を掛けた。
「おう、ちょうど良かった。今から始めた所だ」
「そうか、すまない。ラーメンを二つ頼む」
こちらの顔を見て大将は気のいい笑顔を向け、注文を受けて作業を始める。カチャカチャと響く作業音を耳にしながら、椅子に座り、その横に彼女を座らせる。
「お金、少ない。大丈夫?」
座りながら、心配そうにこちらに聞いてくる。確かにこちらもそこまで余裕があるわけでは無いが、こんな時くらい良いだろう。少なくとも、私の知る先生なら、きっとこうしたはずだ。
「私の奢りだ、気にしなくて良い」
オロオロと困惑した様子だったが、ふんわりとこちらに香る美味しそうな匂いには勝てなかったのだろう。素直に両手を膝の上に乗せて待っていた。よく見れば尻尾がぶんぶんと揺れている。
「そっちの嬢ちゃんは初めてだな、うちのラーメンは自信作なんだ、食ってみな」
もう出来たようで、ラーメンが目の前にゴトリ、と置かれた。割り箸を彼女に渡すと、マジマジとみてから、割り箸を割って恐る恐る一口、麺を啜る。
「……ん!」
目が見開かれる。モグモグと口が動き、堰を切ったように麺を勢いよく啜り始めた。良かった、気に入ってくれたようだ。
私も一口。うん、美味しい……先生が教えてくれて良かった。私もいつか、
横を再びみた時、私は驚いた。彼女は食べながら、無表情のまま涙を流していたからだ。本人も気がついてないようだったが、私は無言で背中を撫でた。深くは聞かない。きっと、彼女にも事情があるのだろう。*2せめて、今この時だけは、美味しい食事に辿り着けた幸運を私たちは喜ぶべきなのだから。
こうして彼女との食事は終わり、そのままお開きとなった。
その影を見たのは、偶然だった。いつも通り学校へ行こうとした私は、路地の角を曲がる人影を見たのだ。角を曲がる一瞬だけ見えた容姿に、喉がヒュッっと締まった。そんな筈はない。ありえない。あの人はもう居ない。なのに、私は考えるより先に体がその人影を追った。
路地の角を走って追い掛ける。その後ろ姿はまるで出来の悪い悪夢のようだった。あの人によく似た服装、背中。髪の色も違うのに、あの人の姿が被った。
「ッ……!ユメ先輩!」
思わず叫んだ私の声に、その人は気がつき、振り返る。振り返る一瞬が、永遠のように感じられた。頭はあの人はもういない、と理解しているのに、あり得ない夢に縋る心。口が震えてガチガチと歯が鳴る。
「?誰?」
あの人とは似ても似つかない無表情だった。分かっていた事だった。込み上がる吐き気を必死で抑えながら私は適当に繕い、その場をすぐに離れ、その後のことは覚えていない。その日から、私は眠る度にあの日の影がチラつくようになった。