状況を整理しよう。
ふーっと、ため息を吐きながら冬城丈二は目を閉じた。
問題点は3つある。
1つ目は昨日の記憶がかなり曖昧だと言うことだ。
いや、正確には違う。より正確に言えば、昨日のある一定の時間を超えての記憶がないということだ。
記憶がなくなるまでの行動は正確に覚えている。昨日、私立結ヶ丘高等学校の合格発表を見に行き、自分が合格していることを確認した。
喜びのあまり、家から持ち出してきた水筒の中身を確認もせずに飲んでしまった。
…今、思えばそれが間違いだったのかもしれない。
ウチの両親は外に出かける時に水筒に酒を入れて行くことがある。
なので、念のために普段は家の水筒を持ち出す時は中身を確認するようにしているのだが、テンションが上がりすぎたせいで忘れてしまっていた。
間違いない。原因はアレだ。
ガクッと項垂れる。あの程度の酒で酔っ払って記憶を失ったのか…初めての酒とはいえ…どうりで軽く頭も痛いわけだ…
2つ目の問題は俺が全裸だということだ。
まあ、これはそれほど問題ない。両親の転勤の関係で、4月から一人暮らしを始めることになったのでアパートを契約したのだが此処はその部屋だ。
元々、昨日は今日はそこに泊まると言って家を出たので親への報告は問題ないし、自分の家で全裸になったからといって問題などあるわけが無い。
寝る時に服を脱ぐ習性など無いので気になる程度の問題だ。
だが3つ目の問題…というか、1番の問題はこれだろう。これに比べたら他の問題など問題ですらない。
丈二はチラリと目を隣に向ける。
「すう…すう…」
隣にいるオレンジ髪の全裸の女の子の存在である。
どうすんだこれ…
丈二は全力で現実から目を背けたくなった。
自分の家。
名も顔も知らぬ女の子が同じ布団で寝ている。
二人とも全裸。
これは間違いない。
記憶にないが、確実にヤっている。何がとは敢えて言わないが。
何故だ、何故そんな素晴らしい記憶がないんだ!
いや、問題はそこではない。
問題はそれが双方の同意を持って行われた行為であったかどうかということだ。
双方の同意があれば全く問題はない。いや、問題はないことはないかもしれないが少なくとも犯罪ではない。
しかし、これが同意がない行為だった場合話が変わる。
即刻、ギルティ。折角、受かった高校入学が拒否されるのは当然としてお縄も間違いないだろう。
逃げる…無理だ。此処は自分の家だ。
自分の理性を信じる…無理だ。思春期の男の理性など政治家の弁明より信じられない。
謝罪する…無理とは言わんが許してくれんのかこれ…
誤魔化す…無理だ。全裸の男女二人が同じ布団に入って寝ていて、誤魔化す方法などあるわけが無い。自分はともかく、寝ている女の子に服を着せるなど不可能だ。
方法ねぇなぁ…丈二は全てを諦めるように窓の外を見ると青空が広がっていた。ぐちゃぐちゃになったこの娘の服と思われる存在が布団の近くに散乱している地獄みたいな光景が広がっていても空は晴れるらしい。
とりあえず俺だけでも服着るかと考えて、女の子を起こさないようにゆっくりと掛け布団をはだけようとすると
パッチリと目を覚ましていた女の子と目が合った。
時が止まった。
背中に冷や汗が流れて止まらない。え、何これどうしたら良いの!?
女の子は現状がわかっていないのか目をぱちくりさせていたが、自分が裸であることや丈二の存在などを認識すると、顔を真っ赤にさせて目に涙を溜める。
次の行動に予想がついた丈二は女の子の側に近づく。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
当然の反応として悲鳴を上げた女の子の口を丈二は慌てて塞ぐ。こんな状況で騒がれて、第三者に来られでもしたら本格的に終わるとの判断だ。
思考は犯罪者のそれである。
「悲鳴をあげるのは分かるがとりあえず落ち着いてくれ!事情を説明するから…声はあげないでくれ…いや、ください!お願いします!」
絵面はヤバいが、丈二の必死の説得に感じるものはあったのか女の子は暫く逡巡すると、ゆっくりと首を縦に振る。
それを確認すると、ゆっくりと丈二は女の子の口から手を退け、ゆっくりと少しだけ距離を取るとそのままジャンピング土下座に移行した。
「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え、ええ…ちょ、ちょっとあの…?」
女の子は自らの肌を隠すために、掛け布団を首までかけると土下座をした丈二に声をかける。
「いや、あの…土下座より説明を…」
「この状態のまま、何でも説明させていただきます!」
とりあえず全力で謝罪の意気を示した。謝罪をして許されるかどうかは知らないが、これしか方法がなかった。
「とりあえず、此処は…何処ですか?」
「私の家にございます」
「つまり…私を誑かして無理矢理自分の家に…」
「違います!」
覚えていないが、とりあえず否定しておいた。
「じゃあ、何でこんな事に…」
そんなものこっちが聞きたい。と言うか、この反応からするともしかしてこの娘も覚えていないのか。
「音楽科に落ちた日に処女も喪失かぁ…まあ、こんな私には相応しいかもしれないわね…」
ははは、と死んだ目で呟く女の子を見て丈二は軽く頬を引き攣らせる。どうやら、若干元々精神を抉られていたらしい。
「音楽科って…音楽をやってるのか?」
「別にやってない…ただ、音楽が好きなだけよ」
「へぇ、そりゃ凄いな」
何かを好きと明言できるものがあることは素晴らしいことだと思うのだが、どうやらこの娘にはわかってもらえないらしい。
「別に凄くなんかない…音楽科も落ちちゃったし、私の音楽はもう終わりよ」
終わるというのがどういう意味なのか詳しくは分からないが、自分が処女を失ったという現実を前に音楽科に落ちたという話をするという時点でこの娘がどれだけ落ち込んでいるのかは分かる。分かるが…とりあえず訂正しておく必要はある。
「終わってなんかいねぇよ」
「え?」
女の子は予想外のことを言われたかのように顔を上げる。
「音楽科に落ちた?それで音楽が終わる?そんなわけねぇだろうよ」
この娘の事情は知らない。だが、たかが試験に落ちたくらいで諦める必要なんてない。
丈二は土下座の体制から移行して、立ち上がった。
「お前は今此処にいる。なら、今此処がスタートラインだ。歌なんて普通科でだって歌える。歌って、歌って、歌い続けて…それで将来馬鹿にしてやれよ。お前を落とした試験官に馬鹿野郎ってよ」
目的が音楽科に入学することであれば話は変わるが、そうでなければ諦める必要などない。どんな環境でも歌えるのが音楽なのだから。
丈二の話を聞いて途中から顔を赤くしていた少女は丈二の話が終わって暫くすると口を開いた。
「あの…とりあえず先にお願いしたいんだけど…」
「何だ?何でも言ってくれ」
今ならこの娘のために、何でもしてやるつもりだった。どんな無茶を命じられても応えられるように固い決意を秘めて、真剣な目で女の子を見つめる。
「その…あの…」
女の子は真っ赤になりながら目を逸らすと、ボソボソと消えいるように呟いた。
「何かいうより先に…せめてパンツを履いて…」
「あ」
そういや、まだ全裸だった。
女の子の名前は出てきていませんが、皆様の想像通りあの娘です。