【ポケモンSBVW】緋炎と紫電と冷灰の子   作:黒蜜殿

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プロローグ
#1


 光が見えた。まばゆい光だ。

 

「ここは時間も空間も超えた私の宇宙。よく来てくれました。私はアルセウス。あなたたち人がそう呼ぶ者」

 

 光はそう語りかけた。アルセウス、その名前を知っている気がした。姿さえも。

 

「顔をよく見せてください。……とてもよい出来です」

 

 この光も、どこかで見たことがあるような気がする。

 

「なんと呼びましょう。そうですね……」

 

 でもあれは画面の中、ゲームの話でしかないはず。

 

「ちょうどいい言葉がありました。あなたの名前は……」

 

 じゃあ今自分が思考する時間、存在するこの空間は、一体何なのだろう。

 

「トウカ。そう付けることにしましょう」

 

 瞬間、世界がはっきりと浮かび上がった。

 見渡す限りの岩肌、どうやらどこかの洞窟のようだ。しかしセピアのような灰色のような、どこか悲しい色合いをしていた。肌に触れる感触すら薄く、まるで夢の中のようだった。

 

「トウカ、なぜあなたが今この場にいるのか知りたいですか?」

 

 光はこの世界でもまばゆく輝いていた。身を起こして頷くと、光は落ち着いた声で話し始めた。

 

「幸か不幸か、あなたはこちらの存在と共鳴し、魂だけの状態でこの世界へ迷い込んでしまったのです。ポケモンという存在に聞き覚えはありますか?」

 

 ポケモンのことは知っている。しかし彼らは実在し得ないはずなのだ。

 トウカはおぼろげながら、かつての自分の記憶をおぼろげに思い出した。どこにでもいる、いや少し落ちこぼれ気味の大学生としてだらだらと過ごしていた自分は、ポケモンというゲームをそれなりに楽しんでいた。ストーリーに感動し、育成を楽しみ、大したことはないが対戦に熱中したこともあった。しかしその世界にポケモンはいない。何度いてくれたらと思ったことだろうか。

 

「信じられないでしょうが、あなたがこれから向かう先は、ポケモンと人が助け合って暮らす世界です。これからたくさんのポケモンと出会うでしょう」

 

 洞窟の中に風が吹き込んだ。いや、突然音が聞こえるようになったというべきだろうか。気づけば外から光が差し込み、色彩のなかった世界が鮮やかに移り変わった。

 

「トウカ。あなたと共鳴するポケモンに出会うのです。そして、苦難を乗り越えてください。全てが終わったとき、姿を見せましょう」

 

 光は神々しい姿を形どった。その存在から放たれる光は暖かくて、トウカは眠りに落ちるように意識を失った。

 

 

緋炎と紫電と冷灰の子

 

 

 目を覚ますと、トウカは温かみのある色合いの部屋で寝かされていた。違和感を感じて腕を見やると点滴のようなものが繋がれていた。きっとここはどこかの病院なのだろう。とりあえず体を起こそうとしてみたが、腕に上手く力が入らなかった。

 思うように動かない体に悪戦苦闘をしていると、軽い蹄のような乾いた足音が聞こえた。そのうちにぬっと姿を現した足音の正体は、かつて画面の中で見た、タブンネと呼ばれるポケモンだった。

 タブンネはトウカににっこりと笑いかけると足早に立ち去って行く。そしてしばらくしないうちに複数の足音が聞こえてきた。

 

「お目覚めになりましたか!」

 

 最初に入ってきたのは髪型が特徴的な女性だった。清潔そうなエプロンを身に着けているので、おそらくジョーイさんと呼ばれる人だろう。

 

「類を見ない状態でしたのでどうなることかと思いましたが、ひとまずご無事そうで何よりです」

「そうだね。一旦は嬉しいところだが、これからどうするか……」

 

 続いて入室した人物に、トウカは内心驚く。利発そうな雰囲気と、そして何より特徴的な耳飾りは、ゲームの主要人物の一人であるブライアに違いなかった。

 

「この子、今のところ何も分かってないんでしょ? 家族とか住所とか……。絶対なんかありますよ、先生」

「しかし私はテラスタルの研究が……」

「テラスタルに関わりがあろうとなかろうと、身寄りのない子供を一人放り出すなんてできないですよ!」

 

 ブライアに嚙みつきながらやってきたその女性は、一番見知った存在だった。ゲームの主人公と仲良くなるキャラクターの一人である、ゼイユだ。彼女はトウカと目が合うとつかつかと駆け寄ってきて、ほとんど耳元で怒鳴るように尋ねてきた。

 

「あんた、何か覚えてる?」

 

 トウカが覚えていることといえば、先ほどのアルセウスとの会話、そして別の世界での記憶だけだった。それをこの場で伝えても余計混乱させるだけだろう。それに、家族だけでなく住める場所すら分からないのは事実だった。

 

「何も覚えてないです」

 

 掠れた声で答える。その返事にゼイユはがっくりと肩を落とし、ブライアの方を見やった。視線を受けたブライアはどうしようもないというように肩をすくめる。

 

「ジュンサーさんにも話を通して保護者を探してみてはいるのですが、全く手がかりがないようで……」

 

 ジョーイさんも顔を暗くする。なんとなく重い雰囲気になった部屋の中で、ゼイユがいいことを思いついたように意気揚々と提案した。

 

「この子、学園で面倒見ましょうよ!」

「な、今なんと?」

「見た感じ私の弟ぐらいの年っぽいし、生徒として入学させたら学園で保護できるじゃないですか!」

「しかし、そのような特例が認められるかどうか……バトルの腕前が保証されていれば多少はましになるだろうが」

 

 ゼイユはぐるっとこちらを振り返った。

 

「あんた、ポケモンは?」

「今のところは、誰も」

 

 またもやゼイユは肩を落とし、今度は大きなため息までついた。だが何もわからないまま世界に放り出されるのをどうしても回避したいトウカは、入学を認められるために必死で言葉をつづけた。

 

「でも、バトルの知識なら誰にも負けません」

「ふうん?」

 

 ゼイユが面白がるように目を細めた。審査する目つきになったブライアは一歩前へ出て、教師らしい態度で問いかけた。

 

「ではまず序の口から。君の目覚めを伝えてくれたタブンネ君のタイプは?」

「ノーマルです」

「ではノーマルタイプの特徴は?」

「弱点はかくとうタイプです。また、ノーマルタイプの技はいわタイプ、はがねタイプに半減されます。ゴーストタイプの技は無効化し、逆にノーマルタイプの技はゴーストタイプには通じません」

 

 ブライアは頷いた。トウカは畳みかけるように喋る。

 

「ノーマルタイプは全タイプのうち唯一弱点をつくことができませんが、半減される相手も少なく、攻守ともに特徴が薄いといえます。よって特に苦手な対面というものが少なく、耐久することに秀でたポケモンが多いです。耐久が得意なポケモンにとって攻撃は重要なものではありませんので、弱点をつくことができないという短所が気にならないのも耐久型と相性がいい理由になります」

 

 そこでトウカが一息つくと、ブライアは感心を隠しきれない満面の笑みで拍手をした。ゼイユは驚きの表情で固まっている。

 

「この子、すごいですね!」

 

 ジョーイさんの手放しの誉め言葉に、トウカはむず痒い気持ちでそっと布団で口元を隠した。

 

「これはたしかに、うちで面倒を見るべき子かもしれないね」

「先生、それって……!」

「シアノ学園長に掛け合ってみよう。あの人ならおそらく、二つ返事でオーケーしてくれるだろうね」

 

 ブライアの言葉を聞いたゼイユは飛び上がるように喜んだ。そしてトウカの手を無理やり取り、ぶんぶんと激しく振る。

 

「あんた、うちの学園来れるって! せいぜい嬉しく思いなさい!」

「一応言っておくが、まだ入学できると決まったわけではないからね。ジョーイ君、しばらくこの子の面倒を見ていただいても?」

「もちろんです。良かったですね、トウカさん」

 

 当事者のはずなのになんだか他人事のように感じてしまうのは、この世界をゲームとして楽しんでいた記憶があるからだろうか。

 ゼイユとブライア――いやブライア先生と呼ぶべきだろうか――の言う学園とはおそらく、イッシュ地方にあるバトルの名門校、ブルーベリー学園のことだ。ゲームではプレイヤーは留学という形で短期入学することとなり、ゼイユとブライア先生、そしてゼイユの弟と共に困難を潜り抜けることとなる。

 果たして自分は成し遂げることができるのだろうかと思うと、学園に入ることも恐ろしく思えてきた。しかし、すでにゼイユとブライア先生はお祝いムードであり、バトルの意気込みを見せてしまった今、尻尾を巻いて逃げるようなことはできない。覚悟を決めようと思っても、やはり不安で押しつぶされそうだった。

 

「そういえば、あんた名前は? 覚えてる?」

「名前は、トウカです」

「そう、トウカっていうんだ。私はゼイユ。お姉様って呼んでくれてもいいわよ。ま、よろしくね」

 

 そうして差し出された手に戸惑いながらも、握手をした。

 

「あんた、なんか手冷たくない?」

「長い睡眠から起きたばかりですので、血の循環が滞っているのかもしれませんね……」

 

 ゼイユとジョーイさんは首を傾げる横で、ブライア先生が、トウカににこやかな表情を向けた。

 

「私はブライアだ。ブルーベリー学園で教師をしているんだが、研究が忙しいので会う機会は少ないだろうね」

「お世話になります」

「いやいや、いいんだ。大人は青少年を助けるべきだからね。……そういえば、トウカ君はまだ手持ちのポケモンがいないんだろう?」

 

 すっかりそのことを忘れていたトウカは、またもや不安の谷に突き落とされた。ポケモンは強い能力を持ち、人々に恐れられることすらある。そんな存在を捕まえるなんて到底無理だと思った。

 トウカの心内を読み取ったのか、ブライア先生は少し考えるそぶりをする。

 

「そうだ、ゼイユ君がトレーナーのお手本としてポケモンの捕獲を手伝うのはどうだい?」

「げっ。必要ですか? それ」

 

 ゼイユはあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「トウカ君はずっと意識を失っていたんだから、体力もそんなにないはずだ。一人でポケモンを捕まえに行くのは危ないだろう」

「たしかにそうですけど……。ま、あたしが最初に面倒を見るって言いだしたんだし、仕方ないか。言っとくけど、あたしのポケモンは出さないからね。あくまで付き添いよ付き添い」

 

 ブライア先生の言い分をのんだゼイユはトウカに強く念押ししてきた。内心、最初から高レベルのポケモンを仲間にすることを期待していたトウカはかなり落胆したが、ポケモンと共に成長できることが楽しみでもあった。

 

「では、私は一足先に帰ってシアノ学園長と話をつけてこよう。ゼイユ君、許可が下りたら連絡するのでトウカ君の案内を頼む」

「分かりました。トウカ、入学までに学園にふさわしいトレーナーになるのよ!」

「……頑張ります」

 

 そしてブライア先生は病室を出て行った。

 ゼイユはふとジョーイさんのほうを振り返って尋ねる。

 

「そうだ、ジョーイさん。トウカってもう歩き回って大丈夫なんですか?」

「一応リハビリをしないといけないけれど、数日で歩けるようになると思うわ」

「そうですか……。トウカ、一日でリハビリを終わらせるのよ! シアノ学園長は何か決めるの超早いから、ブライア先生が学園につく明日ぐらいには入学決定してると思いなさい!」

「そんな無茶を言われても……」

 

 ゼイユの剣幕にジョーイさんも苦笑いだった。

 

「まあまあ。そろそろ暗くなってきたし、ゼイユさんも疲れたでしょう。ポケモンセンターの部屋をしばらく貸しますので、のんびりトウカさんの経過を見守ってくださるとありがたいです」

「もうそんな時間!? じゃあお言葉に甘えさせていただきます。トウカもしっかり休むのよ!」

「では、ゼイユさんを案内させていただきますね。トウカさん、明日のリハビリ、一緒に頑張りましょうね」

「はい。ありがとうございます」

 

 慌てるゼイユに合わせてジョーイさんも出て行った。急に静かになった病室に一気に寂しさが押し寄せてくる。布団の中ぎゅっと体を抱きしめてみても、大した温もりは感じられなかった。

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