自室に戻る前にやりたいことがあった。周囲に誰もいないことを確認して目を閉じ、オノンドが暴走したときのことを思い出す。不安、焦り、命を投げ出す覚悟を一つ一つ噛みしめながら氷のイメージをする。体の芯が冷えていく感覚に、トウカはやっぱりと思った。ほとんど直感だったが、あの氷の塊は自分から発生したという確信があった。ジャイアントホールで目覚めたこと、自分の体温が極端に低くほとんどのポケモンに避けられること。それらの不可思議な点が一体のポケモンの存在で繋がる。アルセウスの言った共鳴したポケモンとは、きっとキュレムだ。
氷の怪物が吐く吐息を想起しながら手を押し出すと冷たい風が巻き起こり、目の前の短い草たちが霜で覆われていった。地面に手を触れてより冷たい氷を意識すると今度は土が氷結し氷の道が出来上がる。腕を振り上げると地面から鋭いつららが勢いよく生えた。トウカは震える息を吐いて、両手をぎゅっと握りこんだ。これは間違いなく誰かを死に至らしめることができる力だ。
ゲーム内でのキュレムはプラズマ団という悪の組織に利用され、その力を振るった。あくまでエネルギー源としての扱いだったと思うが、町一つを氷漬けにできるほど強力で恐ろしく、まさに怪物の名に相応しい脅威だった。
何故かわからないが、その力が自分にも備わっている。トウカは顔を青くした。体に時限爆弾が巻き付いているような気分だった。もし暴発でもしたら一体何人の命を奪うことだろう。そもそも、キュレム自身は今どうなっているのだろうか。
そこまで考えてはっとした。キュレムがジャイアントホールにいなかったのは間違いない。それはキュレム自身が動いているからか、もしくは拉致されて利用されているからか、どちらにせよイッシュ地方に危険が忍び寄っていることは明白だった。
「そうだ! スマホで調べれば……」
スマホロトムを呼び出しインターネットを開いていろいろ調べてみる。キュレムで検索をかけると眉唾の話しか出てこない。ふと思いつきプラズマ団で検索をしてみると、怪しげな公式サイトや演説の様子などがヒットした。
プラズマ団は主人公の手によって壊滅させられた悪の組織で、トレーナーからポケモンを開放することを謳っている宗教のような集団だ。実際はその実権を握るゲーチスという男ただ一人がポケモンを使役し絶対的な力を得ることを目的としている。まさに我欲の塊だ。そんな彼らが伝説のポケモンであるキュレムを手にしていたとしたら。
「あ! にーちゃん!」
突然呼びかけられ、慌ててスマホロトムを仕舞う。見るとぶんぶんと手を振るスグリとそれに呆れたように立っているゼイユがいた。
「二人とも、どうしてここに?」
「タロさんから聞いたんだ。さっきサバンナエリアでトウカさんと会いましたよって」
駆け寄ってきたスグリが答える。ゼイユは大人びた顔でゆったりと歩いてきた。
「スグったらすっかりあんたに懐いちゃってさあ」
「え、でもねーちゃんだって」
「スグ、うるさい!」
「ううう」
余裕の表情が剥がれて怒りをむき出しにするゼイユに、スグリは盾にするかのようにトウカの後ろに隠れた。
「あんまりそうやって高圧的に怒るの良くないんじゃないかな」
「なによ! 手ぇ出てないじゃない」
「怒鳴り声も十分怖いから。それに、ゼイユも俺を気に入ってくれてることぐらい分かるし」
「な……!」
「そうだべ。ねーちゃん分かりやすいんだから」
ちょっとからかうぐらいのつもりだったがゼイユは思いのほか顔を真っ赤にした。今度はスグリが呆れたような顔をする。ゼイユはゴホンとあからさまな咳払いをし、本題を切り出した。
「そ、れ、よ、り、も! 林間学校よ、林間学校! 明後日からあたしたち出発するんだけどトウカちゃんと知ってた?」
「え、明後日?」
「やっぱり知らないじゃない! 日程が決まったから学園長がスマホ渡すついでに説明するって言ってたのに!」
「まあ、そういうとこあるからな……。一応探しに来て良かったべ」
姉弟は揃って学園長に対してため息を吐いた。意外と似ていて面白いなと思い、家族のいない寂しさがふいに浮き上がってきたのを胸の中で押さえつけた。
「林間学校があたしたちの実家、キタカミの里で行われる関係で、あたしたちだけ早めに向かうことになったの。おかげでトウカにゆっくりキタカミを紹介できるわね」
「ブライア先生はおれたちを引率した後、パルデアの生徒を迎えに行くためにすぐに出発するんだって」
「全く、よくあんなに頻繁に飛行機乗れるわよね」
いつの間にかそんなに話が進んでいたのか。てっきり林間学校は数か月後かと思っていたトウカは目をぱちぱちとするしかなかった。そんなトウカの様子に構わずゼイユはその腕をとる。
「ところで、立ち話もなんだしあたしの部屋で話しましょうよ」
「んだな。ついでにキタカミの話さもっとしたい」
そうしてゼイユとスグリに引っ張られるようにして部屋に連れていかれ、キタカミらしい緑茶でもてなされた。二頭身のフィギュアが目を引く整頓された部屋だ。キタカミ名物のりんごもゼイユが剥いて出してくれる。みずみずしくほんのりとした甘さで、身体中に潤いが染み渡るような美味しさだった。
「どう?」
「美味しいね、これ」
「だべ!? キタカミのりんごさうんめーよな!」
「スグ、うるさい! あたしの部屋で騒がないの!」
二人の賑やかさが逆に居心地がいい。暖かい緑茶を飲んでほっと一息ついた。叱られて拗ねるスグリに引っ付かれながらトウカは尋ねる。
「林間学校って何をするの?」
ゼイユはくつろいだ様子で頬杖をついて答えた。
「キタカミの里に伝わる伝説の看板を読んで回るの。オリエンテーリングみたいなものね。どうせブライア先生がてらす池に行きたいからそれっぽいのを作っただけよ。あ、てらす池っていうのはキタカミにあるすっごく綺麗な池のことね」
「でもおれあの伝説すごい好きだから、トウカと一緒に回りたい」
「それはダメ。一応他校との交流がメインだから、ブルーベリーの生徒同士じゃ組めないはずよ」
「えええ……」
「じゃあ、今スグリが俺に教えてよ」
「あーあ、知らないわよ。スグの話長いんだから」
残念そうなスグリにトウカがそう声をかけると、みるみるうちに華やいだ顔になった。意外と感情が分かりやすいのもゼイユと似ているなと思う。当のゼイユは呆れたようにスマホロトムをいじり始めた。
「えっと、キタカミには鬼さまっていうポケモンがいて! わや強くて! 三体のポケモン相手にぼこぼこにしたんだべ!」
「スグってばほんと鬼のこと好きよねー。あのねトウカ、鬼さまってのはわるーい奴で、ともっこさまって呼ばれる三匹のポケモンがそいつから村を守ってくれたの!」
「でも鬼さますごくかっこいいべ! だって、四つも強い力を持ってたんだべ!? ほとんどともっこさまに封じられちゃったけど……」
「でもって何よ! あたしのほうがキタカミ伝説詳しいっての! 鬼って人の魂抜き取るぐらいひどい奴なんだから!」
「そんなの嘘に決まってるべ!」
言い争う姉弟に挟まれたトウカは生きた心地がしないまま緑茶をすすった。ゼイユはともかく普段内気なスグリもこうして声を荒げている辺りトウカにかなり心を開いてくれているのだろう。そう思えば悪い気はしなかったが、このいさかいを止める術もなくただ二人の口論を聞き流すしかできなかった。
大晦日ですね。小説書くのに夢中になって大掃除すらやってないのですが皆さんは良い年末年始をお過ごしでしょうか。どうぞよいお年をお迎えください。