【ポケモンSBVW】緋炎と紫電と冷灰の子   作:黒蜜殿

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#16

 そのまま自室に戻って次の日を迎えた。明日にはキタカミへ出発すると考えると胸が高鳴った。この世界に来て初めての遠出だ。浮足立ちながら旅の準備をする。といっても、替えの制服を用意するだけだが。

 旅支度はすぐに終わってしまい、しばらく学園を離れる前に挨拶をとリーグ部に顔を出してみる。同じことを考えたのかゼイユとスグリがすでにその場にいた。

 

「あ、にーちゃん」

「お! キョーダイじゃねぇかぃ」

 

 ゼイユの背中に引っ付くスグリが真っ先に気づいて声をかけた。つられるようにしてカキツバタがひらひらと片手を上げ気だるそうに笑った。簡単な挨拶を交わしながらスグリの横に立つ。

 

「いやぁ、三人揃ってんのを見るとオセロみたいで面白いねぃ」

「うっさいわねカキツバタ! あんただってオセロみたいな髪色してるじゃない!」

 

 また人をからかってはゼイユに絞められるカキツバタを横目にタロが声をかけてきた。

 

「トウカさん! 林間学校へ参加されるんですよね」

「はい、皆さんに報告するのが遅れちゃったんですけど」

「いえ、もうゼイユさんから聞いてるので大丈夫ですよ! 楽しんできてくださいね! 可愛いお土産待ってますので!」

 

 キタカミに可愛いお土産なんてあるだろうか? トウカはスグリと顔を見合わせた。

 

「頑張って探してきます」

 

 心にもない返事をしていると次にアカマツがやってきた。タロの隣で快活な笑顔を浮かべる。

 

「トウカとスグリが仲良さそうで何よりだ! オレもお土産強火で期待してっからな!」

「が、頑張ります」

「げ、激辛もちとかあったかな……」

 

 スグリがアカマツの明るさに気圧されるようにトウカの後ろに身体を隠しながらそっと呟いた。

 突然横からばたばたとすさまじい音がし思わずそちらを見ると、ゼイユとカキツバタがまるでプロレスのように取っ組み合いをしそれをネリネが真剣な顔でジャッジしているところだった。タロが「あーもう!」などいいながら仲裁へ向かう。アカマツは苦笑をしてこちらに向き直った。

 

「けどよ、スグリの友達が増えたみたいで、トウカが来てくれて本当に良かったぜ。まさかあんなすぐに仲良くなれるなんてなあ」

「い、言い過ぎ……」

 

 スグリは照れた様子で下を向いた。カキツバタはともかく、他の部員ともあまり仲良くしてこなかったのだろうか。思っていた以上のスグリの人見知りに、初対面で打ち解けられたのがますます不思議に思えてくる。

 

「スグリはオレの料理もなかなか食べてくれなくてちょっと寂しかったんだけどさ。トウカがいるならきっと大丈夫だな!」

 

 アカマツは無邪気にグーサインを出してにっと笑った。本当に良い奴なのがひしひしと伝わってくる。もはや勝手にこちらが罪悪感を抱いてしまうぐらいの善性に、トウカは目がやられてしまいそうになった。

 

「アカマツさんは料理好きなんですか?」

「おう! アカマツでいいぜ! オレは料理とポケモンバトルが好きなんだ!」

「へえ、食べてみたいです。……アカマツの料理」

「敬語もいらないよ! そうだな、せっかくの注文だし、林間学校出発を祝していっちょなんか作るか!」

「なんだなんだぁ? アカマツがなんか作ってくれるってのかぁ?」

 

 アカマツが料理のやる気を出したところにすかさずカキツバタが食いついてくる。決着がついたのかと思い見やると、カキツバタを睨むゼイユはタロとネリネに両脇を抑えられて手出しができない様子だった。その周りがすっかり散らかっているのを見てトウカは思わず胃を抑えた。同じように辛そうな顔のタロと目線で分かり合った。

 その後アカマツの提案でテラリウムドームでバーベキューをすることになり、調理班と部室の片づけ班に分かれる。タロの手伝いをしようと思ったが林間学校組は楽しい方をしてくださいと、タロ自身に調理班に回されてしまった。とはいえ仕事は少なく、アカマツの私物のバーベキューセットをサバンナエリアに運び込むだけだ。後はアカマツが全て準備してくれた。

 同じように調理班に回されたゼイユとスグリ、そして明らかに楽をするためだけに来たカキツバタとのんびり準備が終わるのを待った。カキツバタは「この四人だとオセロの最初みたいだねぃ」などと変なことを言ってはまたゼイユに睨まれており、剣呑な空気が流れている。重い雰囲気を和らげるためにトウカはカキツバタに話しかけた。

 

「そういえばカキツバタさん、あのキバゴ、オノノクスになったんですよ」

「おお! そいつぁやるなあ、キョーダイ。 オノノクス、扱いにくいだろ? オイラも手持ちにいるから分かるぜぃ」

「そうですね。げきりんで暴れ出したときはどうしようかと思いました」

「ありゃりゃ、無事止められたかねぃ」

「俺が無理やり止めました。死ぬ覚悟で」

 

 トウカの言葉にゼイユとスグリが息をのむ中、カキツバタはへらへらと笑った。

 

「驚いたぁ。オイラよりよっぽどドラゴン使い向いてるぜ、キョーダイ」

「無理やり止めたって……あんた生身で突っ込んだの!? げきりんしてるオノノクスに!?」

「そのときはオノンドだったけどね。なんとか止まってくれたよ。怪我もしてない」

「でも、そんな無茶な……」

「わやじゃ……」

 

 ゼイユは不安げに拳を握って胸に押し当てた。彼女は倒れていたトウカの面倒を懸命に見てくれた人だ。そのゼイユの前でこういう話をするべきではなかったかとトウカはひっそり後悔した。スグリは逆に目をキラキラとさせてトウカを一心に見つめている。

 

「俺の前ではポケモンですら逃げていくし、プレッシャーみたいなのが出てるのかな。まあ、そんな奴が突っ込めば止まってくれるかもって打算もあったし……正直、テラリウムドームがこれ以上壊れるなら俺が怪我した方がましかなって」

「そんなわけないじゃない! あんたが危険な目に遭うくらいならこのちんけなドームが壊れた方がましよ!」

「言い過ぎだぜぃ、ゼイユ。心配になんのはわかるけどよう。時にはそういう覚悟も必要になんのよ、ポケモントレーナーは」

「三留してる奴が何よ!」

 

 ゼイユはいよいよ殴り掛かりそうだった。彼女を押しとどめようとトウカが席を立ったとき、不意にスグリが呟いた。

 

「トウカ、主人公みたいで羨ましい。不思議な体質で、家族も何も分からなくて、物語の主人公みたい」

 

 その言葉に場が凍る。一瞬置いて、ゼイユはテーブルをばんと叩き、わなわなと震えながら立ち上がった。

 

「あんた、今なんて言った? トウカが羨ましいって? 家族が分からないことが羨ましいって!?」

「ゼイユ、落ち着いて!」

 

 握りこぶしを作ったゼイユの手をトウカが走りこんで抑える。その目は何故か涙で潤んでいた。ゼイユはさっと顔を背けて言った。

 

「スグリ、トウカの気持ちも考えなさいよ。頼れる人が誰もいない中、記憶すらない中でたった一人頑張らなくちゃいけないのよ。寂しいに決まってるじゃない、苦しいに決まってるじゃない……」

 

 その言葉にスグリはバツが悪そうな表情をした。トウカはスグリの失言を気にしているわけではなかったが、ゼイユの自分を心配する気持ちの強さに思わず心を打たれた。力の抜けていく彼女の手を離しながらトウカはしんみりと伝えた。

 

「ありがとう、ゼイユ。心配してくれて」

「……あたし、ちょっと用事を思い出した。トウカはここでスグを見てて」

 

 トウカの言葉への返事はないまま早足でゼイユはどこかへ行ってしまった。ますます重たくなった空気に、勘弁してくれと言いたげにカキツバタが肩をすくめた。席に戻ると隣でスグリががっくり項垂れていた。慰めようとしたトウカより先にスグリが口を開いた。

 

「ごめん、にーちゃん。おれ、にーちゃんにひどいことさ言っちまった」

「気にしてないよ。誉めてくれたんでしょう」

「違う。おれ、本当にただにーちゃんが羨ましくなって、にーちゃんのこと何も考えられてなかった……!」

 

 そして控えめなすすり泣きが聞こえてきた。どうすべきかとカキツバタと視線を合わせる。無言の相談の後、カキツバタは静かに席を立ちあがり、「そろそろアカマツの様子でも見てくるかねぃ」などと言い残して去っていった。

 気にしてないと既に伝えた以上、あとはスグリ自身が自分の気持ちを整理するしかない。トウカはそう考えて、ただぼんやりと待った。

 スグリは自己肯定感の低い思春期の少年といった感じのキャラクターだった。前世の自分はそんな彼のことを同類のように思って気に入っていた。ということは、失われた記憶の中の自分も彼のように傷つきやすく、すすり泣いてばかりだったのかもしれない。そんな思い出を今の自分は受け入れられるだろうかと、答えられないと知りながら自問した。

 遠い目でサバンナエリアの地平線を眺めていると、スグリがぐすっと鼻を鳴らして話し始めた。

 

「おれずっとねーちゃんについてばっかりで、一人じゃ何にもできなくて、そんな自分が弱くて嫌だった……。にーちゃんは一人でも強くて、ポケモンっこ育てんのも上手くて、本当に憧れで……にーちゃんも苦しんでるってこと、おれ分かってなかった」

 

 スグリの素直な吐露に、トウカは優しく答えた。

 

「俺は一人でも強いんじゃなくて、一人で強くならないといけなかったからそうなっただけ。憧れられるような人間じゃないよ。むしろ、スグリのほうが羨ましいぐらい」

「……え?」

 

 スグリは初めて顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった、それでも輝いている顔だ。トウカは顔を見たらスグリが恥ずかしがるだろうから、本心ではその輝きを目に入れたくなかったから、敢えて視線を外して続けた。

 

「俺はスグリみたいに素直になれなかったから。一人で戦うのに慣れすぎて、誰かを頼れなかったから……記憶はないけど、そんな直感があるんだ」

「一人で戦える方が何倍もかっこいいに決まってるべ」

「一人で戦ったって、誰かに認められなきゃ無価値だ」

 

 思わず吐き捨てるような語調になり、慌てて取り繕う。

 

「助け合うヒーローだってかっこいいでしょう?」

「……そうだな」

 

 納得したようなスグリに胸をなでおろした。スグリが涙を拭って息を落ち着かせていると、気まずそうな顔でゼイユも戻ってくる。

 

「ねーちゃんも、ごめん」

「いいのよ。だってあたし、あんたのねーちゃんだもん」

「うん……」

 

 二人とも涙のにじんだ声だった。揃って泣かれたら収集が付かなくなるとトウカが内心冷や汗をかいていると、頃合いを見計らったようにカキツバタがのんびりとやってきた。

 

「おーい、お三方や。そろそろ準備ができたらしいぜぃ」

 

 そしてちょうどよく、部室の片づけをしていたタロやネリネがバーベキューを食べに来たリーグ部の部員数名を引き連れてやってきた。

 一気に場は賑やかになり、アカマツが肉を焼き始めるとますます騒がしくなった。ゼイユとスグリもいつの間にか笑顔になり、トウカは心の底から良かったと思った。なんとなく、二人との絆が深まったような気がした。明日からのキタカミを待ち遠しく思いながら、日が暮れるまでリーグ部のみんなと和気あいあいと過ごした。




こっちのほうがめでたい雰囲気ですね……。これを元旦に持ってきたかったです。
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