【ポケモンSBVW】緋炎と紫電と冷灰の子   作:黒蜜殿

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林間学校編
#17


 キタカミに経つ日の朝、いつも通りメタモンに絡みつかれながら起きたトウカは朝食を頬張りながら荷物を確認していた。突然、遠慮がちにドアがノックされる。出てみるとすっかり準備を済ませたスグリが立っていた。

 

「にへへ、ねーちゃんに起こしてこいって言われちゃって」

「もう皆準備できたの? ごめん遅れちゃったかな」

「全然。ブライア先生もまだだべ」

 

 一旦部屋に招き入れると、のんびり布団の上でごろごろしていたメタモンが嬉しそうにした。起き上がろうとするのをその横のキュウコンが冷静に止める。スグリとポケモンたちが挨拶のようなものを交わしているのを聞きながら朝食を流し込み支度をした。

 

「おまたせ」

「忘れ物さ大丈夫?」

「うん。荷物自体少ないし」

 

 会話をしながら鍵をかけて廊下を歩く。エントランスに出ると爽やかな朝の陽ざしが降り注いでいた。

 

「ねーちゃんはブライア先生を迎えに行ったんだけど、やっぱり苦戦してるみたいだな」

「あの人、研究に夢中になって用事忘れそうだもんね」

 

 海風に髪をなびかせながらスグリは呆れ顔で呟いた。トウカも苦笑する。ブライア先生が興味の惹かれること以外に関しては適当な人間であることはゲームのときからうっすら分かっていた。

 日向ぼっこをするかのようにのんびりとスグリと待っていると、ゼイユに引っ張られるようにしてブライア先生が姿を現した。

 

「やあ皆。すまない、少し遅くなってしまった」

「少しどころじゃないですよ! 全く! トウカも遅い!」

「ごめん、ちょっと早起きするの苦手で」

 

 相変わらずゼイユはグラエナのように牙を剝いている。そんな彼女の様子を顧みることもなくマイペースにブライア先生は出発の合図をした。

 フキヨセシティまで空を飛んでいき、飛行機でイッシュ地方を飛び立つ。窓側に座ったスグリは横を飛ぶポケモンたちに目を輝かせた。

 

「にーちゃん! あれ、カイリュー! わやかっこいい!」

「ほんとだ。飛行機と並んで飛べるのすごいね。さすがカイリュー」

「おれもいつかカイリューと一緒に空飛びたい……!」

「イッシュ地方にも生息してるんじゃなかったっけ。進化前のミニリュウが。たしか、ソウリュウシティあたりに」

「ミニリュウが住んでいるのはリュウラセンの塔だね。セッカシティのほうが近いよ」

 

 後ろからブライア先生が補足した。その隣ではゼイユがアイマスクをしてちゃっかり安眠している。

 

「へえ! いつか行ってみたいべ」

「じゃあ今度一緒にイッシュ地方回る?」

「え! トウカと? 楽しそう! ライモンシティで遊んだりヒウンシティでアイス食べたり……あ、本物の電気石の洞穴にも行ってみたい! あと古代の城で冒険とか!」

「ほんと、スグはお子ちゃまよねぇ」

「ねーちゃんは黙ってて!」

「あんたがうるさいせいで眠れないんだけど!」

「いやあ、皆仲が良くていいね」

 

 いよいよ収拾がつかない会話を聞き流しながらトウカはイッシュ地方でやらなければならないことは何なのかぼんやり考えた。まずキュレムの手がかりを得ること。これはトウカの存在理由に関わる重大な事柄だ。プラズマ団の悪事を暴くこと。これはこの世界には存在しない、ゲームの主人公の代わりにしなければならないことだ。どうせキュレムのことを追いかけていればぶつかることになる相手だとトウカは直感していた。そして、そのプラズマ団に敵う力を手に入れること。これが最も迅速にやらなければならないことだ。

 トウカがイッシュ地方周遊を提案したのはただスグリと旅をしたいからではない。イッシュ地方にはライトストーン、ブラックストーンと呼ばれる石が眠っている。それらは伝説のポケモンであるレシラムとゼクロムが休眠した姿で、英雄として認めた人間の前で石から元の姿へと蘇るのだ。ゲームの主人公は彼らの力を用いてプラズマ団を打破した。逆に言えば、それらを手にしておかないとプラズマ団に勝てない可能性があるのだ。

 もし既にプラズマ団がどちらの石も手に入れていたら? もし既にキュレムの力をも手中に収めていたら? 一度恐れを抱いてしまうと逡巡が止まらなかった。

 

「にーちゃん大丈夫?」

「え、あ、ごめんスグリ。考え事に夢中になってた」

「それならいいけど。なんだか具合悪そうに見えるべ」

「乗り物酔いかも。飛行機初めてだし」

「トウカも乗り物酔いとかするのね」

 

 気が付くとスグリが顔を覗き込んでいた。その金色の目に不安を見透かされたような気がして、慌てて平静を取り繕う。ゼイユからあくび交じりの声が聞こえてきて、その緩みに日常感が戻ってくる。

 

「そりゃね。俺だって人間だし」

「正直、あんたが実はポケモンでもあたし驚かないわよ」

「トウカがポケモンだったらきっとこおりタイプで特性プレッシャーだべ」

「ってことはマニューラね。ねこだましもこおりのつぶても使えて強いじゃない」

「ダブルバトルならふくろだたきで味方の弱点保険起動させるのも強いね」

「それならスグに弱点保険持たせておかなきゃ」

「え!? おれもポケモン扱い!?」

 

 三人で和気あいあいと喋りながら空の旅を楽しんだ。数時間後、気が付いたときには着陸準備のランプが点灯していた。雲間を抜けて現れる山の多い土地に、遠くに来たと実感した。そして空港に到着し、交通機関を乗り継いでキタカミの里へ向かった。

 目的地に近づけば近づくほどのどかになっていく風景に癒されながらバスに揺られてしばらく後、停留所に到着しようやくキタカミの土を踏みしめた。

 軽い荷物を背負ってバスを下りると澄んだ空気がトウカを歓迎してくれているかのようだった。瑞々しい田園風景がどこか懐かしい雰囲気を漂わせていた。

 皆の後をついてのんびりと歩く。キタカミの里唯一の町、スイリョクタウンへと向かう道だ。ここにもポケモンが住み着いているはずだがトウカの前に姿を見せることはなかった。

 

「やっぱポケモン少ない……」

「それはちょっぴり残念だけど、ここの景色好きだな」

「へえ? 見る目あるじゃない!」

 

 言葉を交わしながらスイリョクタウンに足を踏み入れ、すぐ目の前にある公民館を見上げた。その入り口の傍らには簡易的なポケモンセンターが設置されている。

 わざわざ出迎えに来てくれたらしい館長は快くトウカのことを歓迎してくれた。中に入ると受付のピクシーに不思議そうに覗き見られ、何か騒ぎになったらどうしようかと冷や汗をかいたのも束の間、ピクシーはすぐに笑顔になってはしゃいだ様子を見せた。

 荷物を置いてくるということでゼイユとスグリは一旦家に戻るようだった。その後キタカミを回ることを約束し、トウカも公民館の一室に向かう。公共施設らしい飾り気のない部屋に着替えなどを置いて、冒険に必要な最小限の荷物だけ持って出た。思いのほか早く準備が終わってしまったトウカは二人を待つ間手持無沙汰に公民館のロビーを見て回った。

 大きなモニターに映し出されるキタカミの景色はゲームよりもずっと迫力があって思わず息をのんだ。まさに鬼の牙のような岸壁の山は恐ろしく思われるのも頷けるほどだった。その脇には地元のコミュニティのパンフレットなどが置いてあり、それを見ているだけでも十分楽しかった。

 少しして身軽になったゼイユとスグリがやってきた。館長に小言を言われるのをいつものように聞き流すゼイユに手を引かれながら外に出る。

 

「さーて、まずはどこから行こうかしら」

「とりあえずオリエンテーリングみたいに看板を見て回るのはどう? 他校の子と組まないといけないならにーちゃんに看板の内容説明できないし」

「それはそうね。じゃ、ともっこプラザから行きましょ!」

「ね、ねーちゃん! 急ぎすぎ」

 

 向かう先が決まるや否やゼイユはなだらかな丘に続く道を走り出した。スグリはため息を吐き、しっかり者のような顔を作ってトウカに言う。

 

「ごめんな、ねーちゃん久々の地元でテンション上がってるみたい……。にーちゃんはおれが案内するから、安心して」

「ありがとう、スグリ」

 

 そして数歩スグリの後をついて歩くと、ふと青髪の女性が目についた。首から下げたカメラが印象的な人、ゲームのときもいた。たしかサザレという人だ。強力なポケモンと遭遇するイベントのためのキャラクターだった。声をかけるべきか一瞬迷い、結局スグリの背を追った。

 町から出てりんご畑の光景の中、スグリはトウカがちゃんとついてきているかが不安らしく、ちらちらと振り返ってはその足を止めた。少し申し訳なく思ってトウカは提案した。

 

「手でも繋ぐ? そうすればここにいるって分かるでしょ」

「え! えっと、にーちゃんがそれでいいなら……」

 

 あたふたとするスグリの手を取ると、彼は気恥ずかしそうに俯いた。トウカの手をおずおずと握り返してぎくしゃくと歩き出す。その小さな歩幅に合わせるトウカは自然とゆったりとした足取りになった。

 りんごの木の合間からバス停のある田園風景が広がっているのが見えた。開放感があって、冒険が始まる気配がして、いい景色だった。思わず鼻歌がこぼれた。穏やかで切ないメロディはゲームのフィールドbgmだ。このキタカミの風景のために作られた曲は殊更トウカのお気に入りだった。

 

「にーちゃん鼻歌……」

「あ、ごめん。気が抜けちゃって」

「い、いや、そうじゃなくって……すごく綺麗って言いたかった」

「そっか、ありがとう。もしかすると何か楽器とかやってたのかもね、以前の俺は」

 

 つい口調は寂し気になってしまう。かつての自分に鼻歌を褒めてくれる人はいたのだろうか。

 スグリも何か申し訳なさそうな顔で黙ってしまった。先日ゼイユに怒られた一件もあり、トウカの過去にどれほど触れていいのか分からないようだった。結局、言葉の無いままともっこプラザに到着し、ゼイユに「遅い!」と怒られた。

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