ともっこプラザは小さな公園のような場所で、ともっこさまと崇められるポケモンたちの石像が飾られている。そこにオリエンテーリングで周る看板のうちの一つが設置してあるのだった。ともっこが命を賭して鬼を追い払ったことが書かれているものだ。
「向こうの広場にともっこ像が建ってんだ」
スグリが指さした先には確かに小さな祠とその中に納まる三体の石像があった。あの下には実際にともっこの亡骸が埋まっている。ゲームでは実際にともっこたちがあそこから蘇ったのだった。
それよりもトウカの目を引き付けたのはスイリョクタウンの背後にそびえる険しい山だった。本当に鬼の角と牙のような岩がところどころせり出している。まるで荒々しい彫刻が山と同化したかのようだった。
トウカが目を凝らしているのに気が付いたスグリが笑って言う。
「あの山さ気になる? 鬼が山って言うんだ」
「なんか物々しい雰囲気だね」
「だべ? 鬼さまが住んでるって言われてるんだ」
にこにこ顔のスグリにゼイユが心配そうな視線を向けた。そういえば彼女と共にジャイアントホールを訪れたとき、弟がよく山へ一人で遊びに行くと言っていた。姉として不安に思うのもわかるほど、この山は誰かの命を奪っていてもおかしくない恐ろしい風情だった。
「たしかに、強そうなポケモンが住んでそう」
「後で行ってみる? 看板も近くにあるし」
「二人がいいならぜひ」
「仕方がないわね。あたしもついていってあげる」
そして三人でともっこプラザを後にし、スイリョクタウンを経由して反対方向にあるもう一つの立て看板を目指す。りんごではなく今度は竹がまばらに生える林を抜け、先ほどよりも険しい坂道を息せき切って登った。ゼイユとスグリは地元の人間らしく疲れた様子もなくすいすいと坂道を上がる。
「にーちゃん大丈夫? 疲れてない?」
「そういえばあんた病み上がりだものね。まあ万が一には背負ってあげなくもないわ、スグが」
「さすがに、スグリには背負えないと思う……。歩けなくなったら、オノノクスに運んでもらうよ」
「試してみないとわからないべ!」
「試さなくていいよ……」
二人に度々待ってもらいながらなんとか登りきった。少し開けた平地の向こうには石畳の階段が連なっており、またこれを登らなければならないのかとトウカは肩を落とす。
「にーちゃん……少し休憩しよっか」
「もう、仕方ないわね」
「ありがとう、二人とも」
トウカがすぐそばの木陰に寄りかかって息を整えていると、上からイトマルが慌てた様子で木を滑り降り逃げてしまった。
それを少し寂しく思いながらもトウカは深呼吸をして息を整える。
「ありがとう、十分休憩できた」
「よーし、さっさと行きましょ」
改めて三人で石段に臨んだ。鳥居のようにも思える不思議な三角形の赤い門の脇には阿吽の像のようなものがある。
「これは?」
「ああ、それはヒスイガーディの像ね。厄災から守ってくれるの」
「可愛いよな。おれたちの先祖の時代にはよく人と一緒にいたらしいべ。今はあんまり見かけないけど……」
「へえ」
他愛のない雑談をしながら一段一段登っていった。まだオモテ祭りの準備は行われていないらしく、ゲームで見るよりもずっと広々として何もない道を歩いた。そして大きな施設の横を抜けるとやっと立て看板が見えてきた。
「ここはキタカミセンター! ともっこさまが奪った鬼さまの仮面とか展示されてる。で、あれが看板。ちょっと分かりづらいよな」
スグリがにこにこと案内してくれた。二つ目の看板には鬼の持つ不思議な能力のことが書かれている。鬼は四つの面を持ち、それぞれの面に応じて異なる力を使い分けることができたという記述だ。碧の面では枯れた植物を蘇らせ、赤の面では炎を燃やし、青の面では水流を操作し、灰の面では岩をも容易に砕いたという。ともっこたちが奪ったのは赤、青、灰の面で、現在の鬼には碧の面の能力しか残っていないはずだ。
ゲームでの性能でいうと被る面によって特性やタイプが異なってくる。また、テラスタルと呼ばれる仮面に嵌めこまれた結晶の力を最大限引き出した状態になると、面によって異なる能力が強化される。選択する面によって役割が大きく異なるのが鬼と呼ばれる伝説のポケモン、オーガポンの魅力だった。
看板よりも先、山へ続く道を指してスグリは言う。
「鬼が山にはあそこから登れんだ。にーちゃんに鬼さまの家、案内したい……」
「スグ止めなよ、トウカ疲れてんじゃん」
石畳のその先、今まで通ってきたものとは全く違う舗装の無いむき出しの山道を前に、思わずトウカは生唾を飲み込んだ。しかし期待に満ちた様子のスグリを裏切る選択はできなかった。
「大丈夫。最悪、手持ちのポケモンになんとかしてもらえばいいから」
「ほ、ほんと? やった……!」
「全く、たまには断ってもいいのよ」
ゼイユはやれやれと首を振るが強く止める気はなさそうだった。意気揚々と突き進むスグリに手を引かれるトウカ、その後ろにゼイユが続いて草が剥げただけの道を歩く。歯のように生えた岩の合間を縫っていき、滝の流れ込む川にかかった細い橋を恐る恐る渡った。徐々にきつくなる傾斜は間違いなくトウカの体力を奪っていったが、それ以上に自分を取り囲む壮観な風景に冒険心を搔き立てられた。
「後ちょっとで着くべ。恐れ穴っていう、鬼さまの家」
「本当に鬼が住んでるかはわかんないけどね」
そう言われた次の瞬間に視界は開き、一本の岩の道が懸け橋のように空に架かった大きな空間へ出た。左手には滝がごうごうと流れ、その涼しさがこちらにまで風に乗って伝わってきた。足を滑らせてしまわないよう注意しながら歩き対岸へ着くと、ゼイユの身長ほどの大きさの穴が岩肌に開いているのが見えた。
「こんなところで一人で暮らすなんて可哀想だよな」
「ずっと住んでるんだから思い出の場所なんでしょ」
「そうかな。……にーちゃん、入ってみる?」
スグリの問いにしばらく考えて、トウカは結局頭を横に振った。
「家なんでしょう? 勝手に入るのはちょっとな」
「むう……でも、それもそっか。鬼さまも嫌がってんのかな、おれが来ること」
項垂れたスグリはぽつりと呟いた。その傷ついた様子にトウカは返答に窮したが、ゼイユは気にも留めずに言い放った。
「そんなの鬼に聞いてみないとわかんないわよ。ま、あたしも勝手に入るのには反対だけど。頭ぶつけそうで危ないし」
何も答えずスグリは手を口元に寄せて、自分の思考にすっかり没頭しているようだった。
「もしかすっと、強い鬼さまは勝負してると現れたりして……」
「何言ってんの、スグ」
ゼイユは大きなため息を吐いた。それすら耳に入らない様子のスグリは不意に顔を上げるとトウカに向かってこう切り出した。
「そうだ……おれ、あれから強くなったし、にーちゃんが良ければ勝負さしたい」
「はあ!? ここバトルできるほど広くないわよ!?」
「シングルならできる……と思う。だから、お願い……」
「分かった。やろう」
トウカが申し出を受けると、スグリは一瞬嬉しそうにしてすぐに気合の入った顔つきになった。ゼイユは心底正気を疑うと言いたげに苦々しい表情をしている。
この場所でのバトルはゲームのときもあった。すぐに承諾してしまったのは、戦闘をしないとストーリーが進まないゲーム時代の名残のようなものだ。とはいえ今は現実。バトルコートにするには狭いこの場所で危険に晒されないよう立ち回る必要があるだろうとトウカは気を引き締めた。