翌日、一日どころか半日で十分歩けるようになったトウカは、不思議がるジョーイさんに見送られながらゼイユとポケモンを探しに出かけた。
「あんた、欲しいポケモンいないの?」
「欲しいというか、強ければありがたいぐらいしか……」
「もう一度言っておくけど、あたしのポケモンは出さないからね! あんたがボール投げられる相手にしなさいよ」
なぜかゼイユに怒られながら町を歩く。塀で囲まれたような独特な立地が目立つ町だ。
「特に希望がないんだったら、ポケモン探しついでにあんたの倒れていたところ、行ってみない?」
「倒れていたところ?」
「そう。……本当に不思議。普通誰も立ち入らないところなのにあんたが倒れてたんだから。私たちが調査のために訪れてなかったら、あんたきっと……。ま、異論がないなら決まりね。行くわよ、ジャイアントホール!」
ゼイユがこちらに向けたまなざしは、日差しを受けて金色に輝いた。
ジャイアントホールは、イッシュ地方で化け物として語り継がれる伝説のポケモン、キュレムが眠っているとされる場所だ。そんなところで倒れていたなんて、今更だが強い寒気がやってきた。しかし思い返してみると、トウカがこの世界にやってきて最初に目にしたあの岩肌は、たしかにジャイアントホールのようだった。とはいえ見たことがあるのはゲームのドット絵でしかなかったのだが。
ゼイユの先導で淡々と進む。時折草むらが揺れたり鳴き声がしたりすることはあったが、ポケモンが目の前に姿を現すことはなかった。
「おかしいわね。調査で来たときはもっと野生のポケモンを見かけたんだけど。ま、大量発生があるわけだし、その逆もあるってことよね」
一瞬眉をひそめたものの、ゼイユはあっけらかんと足を進めた。西日が強くなったころにジャイアントホールの近くに到着し、ドット絵ではわからなかった迫力に思わず息をのむ。点々とできた窪地にはすっかり木々が生えていて、ところどころ雪が残っていた。
感動して立ち止まったトウカはゼイユに急かされ、慌てて下へ降りていく。しばらく木をかき分けて進み、ふいにゼイユが指をさした。
「あの洞穴の中であんたは倒れてたのよ」
その方向を見ると、木々に囲まれて目立たなかったが確かに洞窟の入り口があった。ゲームではキュレムがいた場所だ。
「私、あんたぐらいの弟がいてね。よく一人で山に遊びに行くの。そこの洞穴に鬼様がいるんだ!って、止めても聞かなくてさ。だから倒れてたあんたを見たとき、弟のことを思い出して……放っておけなかった。ほんと、感謝しなさいよね」
ゼイユはしんみりと言った。その弟のことも自分は知っている。ゼイユと同じく主人公と親しい登場人物のうちの一人で、後に主人公に敵愾心を抱くことになる繊細な子だ。なんとなく彼のやるせない気持ちが分かるような気がして、特別気に入ったキャラクターでもあった。
トウカはゼイユを見上げた。強い口調とは裏腹に優し気な表情をしていた。
「ありがとう、ゼイユ」
「特別に、その言葉だけで許してあげる。ブライア先生にもお礼を言っておくのよ。あと、シアノ学園長にもね。さて、入ると汚れちゃうから、この辺で探すわよ」
そうゼイユが歩き出そうとした瞬間、草むらからがさっと音がして、人の手が飛び出してきた。
「きゃあ! もう、なんなのよ!!」
ゼイユが思わず叫んだ。トウカはその声に驚いて一歩後ずさりをした。
トウカとゼイユがびくびくしながら見守っているとその手は地面を探るようにゆっくりとこちらへ向かい、続いて顔と体も現れた。
「これって、トウカ、あんたにそっくりじゃない!」
くすんだ灰色のショートヘア、生気のない顔の少年がそこにはいた。瞳はどこか虚ろに光を反射して、まるで人形のような表情だ。
そういえば今の自分の姿を把握していなかった。この不気味な人間が自分とそっくりだと言われ少しショックを受けるが、さすがに同じ造形の者が現れたことに対する動揺のほうが強かった。
もう一人のトウカは作ったような笑顔を浮かべると、どろどろと溶けるように変化する。それが小さくなりだんだん紫に色づくと、見たことのある姿になった。
「メタモン! もう、驚かせないでよ」
ゼイユは長々と息をついた。
メタモンはにこやかにトウカに近づいて友好的な素振りをする。腰が引けたままのトウカにゼイユが提案した。
「その子捕まえたら? なんでかは知らないけど、あんたのことを気に入ったみたいよ」
メタモンは変身することが得意なポケモンだ。姿かたちだけではなく、性能や覚えている技までコピーする。ゲームのとき、持ち物などで絶対に相手より素早くなるようにして上から殴り合って勝つメタモンが流行った覚えがある。もしかすると、自分の知識と合わせれば強く扱えるかもしれない。
メタモンの顔をよく見るために座り込むと、メタモンは嬉しそうに体をくねくねさせた。シンプルで愛嬌のある見た目だ。トウカが予めゼイユに貰ったモンスターボールを懐から取り出すと、メタモンは捕獲されるのを待っているかのように俺をじっと見つめた。
「俺と一緒に来てくれる?」
「モン!」
その無邪気そうな笑顔にトウカもつられて口角が上がる。覚悟を決めてボールをメタモンにそっと押し当てた。ボールは思っていたよりも強い力でぱかっと開き、青白い光線に包み込まれたメタモンをしまい込んだ。
「よし! これで捕獲完了ね!」
ゼイユは肩の荷が下りたかのように大きく伸びをした。
「ブライア先生から入学手続きが進んでるって連絡来たから、明日にはさっそく学園に向かっちゃいましょ!」
うきうきとするゼイユに続いてトウカも帰路につく。学園での生活に心躍るのを実感しながら、トウカはボールをぎゅっと握った。
その日の夜、学園生活を心待ちにしすぎたからか、この世界で初めて夢のようなものを見た。
トウカは観覧車に乗っていた。黒雲は分厚く、雷が数えきれないほど走った。どこかで見たことのある空模様だと思った。外の景色とは対照的に、不気味なほどゴンドラは静かだった。
向かい合う席に目をやるとそこにはスグリが座っていた。荒れる空を不安そうに見上げていた。何も喋らなくても、胸騒ぎのような共感がゴンドラを満たしているのを感じた。天気が悪いときの教室とかこんな雰囲気だったなあと、懐かしむような気持になった。
まるで友達に話しかけるかのように言葉を発した。
「スグリ」
するとスグリはどこか虚ろな目をこちらに向けた。前髪は顎の先まで伸びていた。だぼついた上着のせいで細い体がますます華奢に見えた。夢破れた少年、というような風体だった。
「ここってライモンシティの観覧車かな。そういうイベントあったよな。あんまり覚えてないけど、懐かしいなあ。確かジムがジェットコースターになってるんだっけ? それも乗ってみたい。あと、ヒウンシティのアイスもおいしそうで、食べてみたかった」
ゴンドラは静かに高度を上げ続けた。眼下に広がる森は白く凍り付いて、まるで世界は終わってしまったかのようだった。
「俺はスグリに諦めてほしくなかった。……理想を目指して一緒に走っていきたかった。でも、それを諦めざるを得ないほどの真実は、消すことができなかった。スグリは、決して主人公になれないという、どうしようもなく残酷な真実」
ぽつりぽつりと呟いた。少し詩的な言葉たちはここが観覧車だからだろう。どうしようもないことを引きずる自分が情けなくて、半ばやけくそで自嘲する。
「あーあ、なんでこんなにムキになってしまうんだろう。たかがゲーム、たかが架空の物語なのに」
スグリは何も言わなかった。ただその金色の瞳は真っすぐ射抜いていた。心の中では気づいていた。己の弱さを受け入れて、本当の宝物をスグリは手に入れた。それは紛れもなく、一つの強さだった。
「スグリはなんで諦めてしまったの。……俺には無理だったのに。無理だったのに!」
自分でも何を言っているのか分からなかった。ただ夢中で叫んでいた。スグリの姿も見えないくらい視界がぼやけた。ゴンドラの静けさにますます追い詰められそうだった。
ふいに大きな衝撃が来て、浮遊感を感じる。ばらばらと観覧車の部品のようなものと一緒に落下した。それらは真っ黒だった。
気づけば信じられないほど青い空に、爽やかな白い雲が吸い込まれるかのように流れていた。足の真下で灰色のビルが流れて行った。見渡すと緑の木々が照り映えて、カラフルな車たちは行儀よく並んでいた。
何気なく美しい風景。どうしてこの世界を愛してあげられなかったんだろう。
コピペミスってたことを投稿して1時間後に気づきました。恥ずかしすぎて穴があったら入りたいぐらいなのでダグトリオでも育ててきます。