自分はここで死んでしまうのか。そう諦めたくなるほど絶望的な光景。それでも、トウカは腕の中のサザレの温もりを手放すわけにはいかなかった。
アカツキに見せつけるように右手を突き出して構えた。赤い月に光が集まっていくように、トウカの右手はダイアモンドダストのようなきらめきをまとっていく。アカツキが勝利の雄叫びを上げるよりも、トウカから光芒が発せられるほうが早かった。その右手から放たれた氷の光線はアカツキの頭を凍り付かせ、その氷はさらに体も侵食していった。身動きが取れなくなったアカツキはもんどりうってその場に倒れる。起き上がったキュウコンがチャンスとばかりに吹雪をお見舞いして、いよいよアカツキは動かなくなった。
アカツキを捕獲するべきかとトウカが逡巡した瞬間、横のガーディが悲痛な声を上げてサザレに寄り添った。見ると気を失ったサザレの体も徐々に凍り付いている。トウカの力の影響がサザレにも及んでしまったのだ。
トウカは慌ててサザレから離れ、オノノクスが気絶した今どうやって彼女を運ぼうかと考えた。そして鞄からボールを出し、メタモンを繰り出す。
「メタモン、アカツキに変身して彼女を運んで」
そう言いながら氷漬けの巨体を指さすと、メタモンは頷いてすぐにアカツキの恐ろし気な風貌を寸分違わずコピーした。サザレを抱えてその背中によじ登りガーディも呼ぶ。そしてほのおタイプらしく暖かいその体でサザレの体温をもたせながらアカツキとなったメタモンを走らせた。その後ろをキュウコンが辺りを警戒しながら続いた。
崖に氷の足場を作りメタモンに登ってもらう。トウカの異能力を初めて目の当たりにしたというのにメタモンとキュウコンは思いの外冷静だった。
無事にスイリョクタウンに着きひとまず安心したが、サザレの看病の当てが見つからない。ここのポケモンセンターは夜は無人になり使うことができないようだった。ゲーム時代は昼夜問わずジョーイさんらしき人が常駐してくれていたのだが現実ではそうもいかないらしい。
仕方なく公民館の中に運び込みトウカのベッドに寝かせる。ガーディの体温もあれば十分暖を取れるだろう。トウカの姿に戻ったメタモンはベッドの傍に座り込んで熱心にサザレを看病してくれているようだった。
明日にはパルデアの人たちも到着する。トウカも休まなければならなかったが不安で眠れそうになかった。疲労のにじんだ顔でトウカがぼんやり立っているとその腕を誰かがくいっと引っ張った。見ると袖を噛んだキュウコンが心配そうな顔でトウカを見上げていた。
「心配させたかな。ごめんね」
そう言ってしゃがみ目線を合わせるとますます強い力で引っ張られる。体制を崩して顔から床に落ちそうになったところをふかふかの尻尾が受け止めてくれた。
「もしかして、ベッドの代わりになってくれるの?」
「キュウ」
キュウコンは言葉少なに頷いた。トウカがほほ笑んだのを見て安心したのか大きな口であくびをして寝入ってしまった。
「ありがとう、キュウコン」
トウカはキュウコンのすべらかな毛を撫でて目を閉じた。キュウコンの規則的な寝息が心地よくて、固い床の上でも安らかに眠ることができた。
翌朝、眠りが浅かったせいか、小さな呟きでトウカは目を覚ました。身を起こすとすっかり目覚めたらしく、ガーディを抱えながらベッドの上で辺りを見回すサザレが目に入った。看病していたはずのメタモンはその枕元で突っ伏してすっかり寝入っているようだった。トウカと目が合うとサザレは不思議そうな顔で尋ねた。
「あれ、トウカくんが二人?」
「そっちのは俺の手持ちのメタモンです」
「へえ、そうなんだ。すごいそっくり……って、もっと聞かなきゃいけないことあったね。ここはどこかな。アカツキはどうなったの?」
「ここは俺が滞在してる公民館の一室です。アカツキからはなんとか逃げてきました」
氷漬けにしたことは黙っておくことにした。あの程度の氷漬けなら状態異常扱いで自然と治るだろう。
トウカの返答を聞いたサザレは情報を頭に入れるように何回か頷いて、いきなり何かに気が付いたかのようにばっとこちらに向き直った。
「ここ公民館!? 公民館の人に話は通したの!?」
「話を通すって……あ、まだ誰にも報告してないですね。無断で連れ込みました」
サザレの言葉でトウカもようやく今こうして二人で部屋にいることが誤解されかねないことに思い至った。それでも特に焦ることもなくいつも通りのトウカに、サザレは苦笑してお姉さんらしい諭すような口調で茶化した。
「連れ込むとか言っちゃだめだよ、少年! まあ、そこはワタシからちゃんと伝えるよ。トウカくんがいなかったらワタシどうなってたかわからないし、君には本当に感謝しなくちゃね」
「ぐふん」
「ガーディもありがとう」
無事を喜びあう一人と一体の光景に、トウカも危機に瀕した自覚がやっと湧いてきた。自分の命がまだここにあることの実感でもあった。
「……ワタシ、スランプでさ。これでも小さい頃は天才カメラ少女って言われるくらい、周りから褒められてたんだよ」
サザレは出し抜けにそう言ってトウカが枕元に置いたカメラを手に取った。
「でもここ数年は何を撮ってもしっくりこないし賞もとれない、認められない……そんなのがずっとずーっと続いてたら、なんで写真撮ってるのかわかんなくなっちゃった」
しんみりとするサザレに、彼女の膝の上のガーディが案じるように声を上げた。サザレはカメラを下ろしてガーディを撫でながら言葉を続けた。
「そんなときにアカツキの噂を聞いてさ。すごいポケモンを撮れれば自分の中で何か変わるかもって、家飛び出してきたんだ」
トウカはなんとなく、サザレのことが羨ましくなった。ある意味で自身の才能への信頼を感じた。もし自分が彼女の立場なら変化を期待して家を飛び出すなんてことができるだろうか。いや、そもそもカメラの腕を認められたところでその道を志すという選択すらできないかもしれない。
「サザレさんならきっと大丈夫ですよ。カメラの才能を信じてあげられているんですから」
「才能を信じる、かあ……。たしかにそうかも」
サザレは微かな笑みを浮かべた。
トウカが起きたことに気が付いたらしいキュウコンが立ち上がって大きく伸びをした。枕にしてくれていた尻尾がふんわりと広がってトウカの頬にぽすっと当たるが、キュウコンは意に介さずにそのまま体を震わせてトウカの頬に尻尾をべしべしと叩きつけた。ぞんざいな扱いを受けつつも無表情を崩さないトウカがツボに入ったらしくサザレが吹き出した。すっかり元気になった様子だ。
そしてサザレは公民館の人に説明しに行くといって先に部屋を出ていき、静かになった部屋の中でトウカはのんびりと支度をした。今日はもうパルデアの人たちも到着する。なるべく粗相のないようにしようと改めて気合を入れた。
ポケモンたちを入れた鞄を背負って部屋を出るてロビーへ向かうと、公民館の受付で話し込んでいたサザレがトウカに軽く手を上げた。
「トウカくん、改めてなんだけど、巻き込んでしまってごめんね。助けてくれてありがとう」
「サザレさんは気にしないでください。俺が勝手にやったことなので」
「キミ、なかなか男前なことを言うね。これはモテちゃうわけだ」
ただ本心を言っただけなのにサザレに褒められてトウカは少し面食らった。むしろサザレを危険な目に遭わせたのは自分のせいなのに。アカツキが普段より活発に動いていたのもサザレの身体を凍てつかせたのもトウカが原因だというのに。そう思うと褒め言葉すら素直に受け止められなかった。
思わず黙ってしまったトウカにサザレはウインクをして「冗談だよ」と言った。そしていいことを思いついたらしく、今度は明るい笑顔でトウカに切り出した。
「今から写真の現像が楽しみだよ……そうだ! お礼をしなくちゃね! お世話になったから奮発しちゃいまーす!」
いいことを思いついたと言わんばかりにサザレはウキウキとした様子で鞄から水色のスカーフを取り出した。トウカが学園の雑貨屋で買おうと思っていたポケモンの持ち物だ。
「これ、こだわりスカーフっていう結構使える道具!」
「丁度欲しかった奴です。ありがとうございます」
「お! 知ってたか。さすがブルーベリーの学生だね! 喜んでもらえて良かった良かった」
トウカはサザレからスカーフを受け取り、丁寧に鞄の中に仕舞った。
このこだわりスカーフは場に出ている間同じ技しか使えなくなる代わりに素早さが1.5倍になる持ち物で、相手の能力値をそのままコピーするメタモンと特に相性がいい。後でメタモンにプレゼントしてあげようとトウカは内心浮足立った。
サザレはまだお礼をし足りないらしく鞄を探りながら続けた。
「それと……実はワタシのガーディって戦い好きな弟くんがいるんだけど、ワタシよりキミといたほうが強く育ててくれそうだなって」
そう言ってモンスターボールをトウカに渡す。口ぶりから言ってヒスイガーディの入ったボールだろう。こおりタイプ以外の野生ポケモンを捕まえづらいトウカは表情には出さないものの小躍りしそうほど嬉しくなった。
「ありがとうございます。大切に育てます」
「うーんと強く育ててあげてね」
トウカの感謝の言葉にサザレは満足げな笑みを浮かべた。ポケモントレーナーとしてのトウカを信頼しているという表情だった。そして出口の方に向き直って名残惜しそうに言った。
「……さてと! 目的も果たしたしワタシはそろそろ行くよ。寂しいけどお別れだ」
その横を付いていくようにサザレのガーディが寄り添い、別れを惜しむようにトウカの顔を見上げた。サザレもそれに気が付いたように微笑んだ。
「ガーディは二匹が対となってるポケモン! 大事に育ててくれたら、お互いが離れてたって、また偶然会えちゃうかもだ!」
「そうですね。俺もサザレさんとまた会える気がします」
トウカの声にサザレは爽やかな笑顔を見せた。いよいよ一歩進んでサザレは改めて別れの言葉を口にした。
「それじゃあしばしの別れだ。また会おう、トウカくん!」
「ぐっふーん!」
走り出したサザレの後を追うようにガーディも駆け去っていった。旅人らしいその自由さがトウカには眩しく思えた。