トウカたちは公民館の前で駄弁りながらブライア先生たちの到着を待つことにした。ゲームの中のゼイユとスグリに初めて会う場所もここだった。バスで車酔いをした生徒を介抱するブライア先生の代わりに、主人公が到着を伝えるために公民館へ赴くと、その入り口で会話をしていたゼイユとスグリに見つかりバトルを仕掛けられるのだった。
主人公の立ち位置が誰かに代替されるだけでゲームと筋書きは同じだとしたら。そう考えながらトウカがスイリョクタウンから延びる車道に目を向けると、誰かがにこやかに走ってくるところだった。トウカと目が合った彼女は大きく手を振った。
「あれ、パルデアの生徒じゃない?」
「え、あ、ほんとだ」
「よーし。キタカミの土の味、噛みしめさせに行くわよ!」
ゼイユが意気揚々と歩き出したのも束の間、一つ結びの黒髪を風になびかせながらやってきたその少女はスイリョクタウンにたどり着く直前で息を切らして立ち止まり、またよろよろと数歩歩いては苦しそうに肩で大きく呼吸した。
敵対する気で満ちていたゼイユはその表情を一変させ、心配性らしく急ぎ足で見知らぬ学生に駆け寄った。
「ちょっとあんた大丈夫!?」
「アハハ、わたしは大丈夫……ちょっと疲れただけー……。それよりも、バス停に車酔いした生徒がいるから……お薬持って行ってあげて……」
「もう! いきなりなんなのよー! トウカ、スグとこの子を見てて! あたしが薬持ってくから!」
ゼイユはなかなかの剣幕でトウカに命令し即座に公民館へ走っていった。トウカはスグリと顔を合わせ、とりあえず息の上がった少女を町の塀に腰掛けさせて休ませることにした。
しばらくして薬を調達したらしいゼイユがバス停の方へ駆けて行き、ようやく息を整えられたらしい少女が快活な笑顔を浮かべてトウカたちにお礼を言った。
「ふぅ、ありがとう! おかげですっかり落ち着いたよー! わたしはネモ! ちょっとの間だけど、よろしくね!」
「こちらこそ連絡ありがとう。俺はトウカ。で、こっちが」
「ス、スグリです……」
トウカの背後からスグリは顔をちょっと出して自己紹介をした。ネモという名前を聞いたスグリは目をきらきらとさせている。
ネモはパルデア最高峰を表す肩書、チャンピオンランクと呼ばれる凄腕ポケモントレーナーだ。ゲームでは主人公の唯一無二のライバルとして共に切磋琢磨し、何度もバトルを楽しんだ仲だった。その性格は明るく品行方正で、ポケモンバトルに目がないことぐらいしか欠点のない素敵な人格者だ。
「トウカとスグリね! 背の高い子はスグリのお姉ちゃんとか?」
「あ、えっと、そうです……な、名前は、ゼイユ……」
「ゼイユ! 皆いい名前だね! 仲良くしよー! あ、ポケモン勝負好き? ブルーベリー学園ってバトルに力入れてるんだよね?」
「え、えっと……にーちゃん、この人、なんか、圧がわや強い……」
スグリは困ったようにトウカに耳打ちをした。ネモは裏表が無いからこそ、ポケモンバトルへの情熱をそのまま相手にぶつけるところがある。トウカもその熱量を浴びて面食らいはしたものの、ネモに悪気はないことを知っているので、むしろその無邪気さが嬉しかった。
「ブルーベリー学園ではダブルバトルがメインなんだよ」
「ダブルバトル!? ポケモン同士のコンビネーションも問われるからすっごい奥が深いよね! わたしもこの機にダブルバトルに挑戦してみようかな?」
「いいね。俺でよければいつでも練習相手になるよ」
「じゃあ早速やろー!」
ネモは嬉しそうに塀から立ち上がってボールを突き出した。ネモが来ると聞いたときからどうせこうなるだろうと思っていたトウカは何の迷いもなくボールを取り出す。スグリだけが困惑したかのように二人の顔を見比べていた。
「え? え?……にーちゃん、ほんとにバトルすんの? 今ここで?」
「公民館の前使っちゃダメかな」
「さすがにダブルバトルは……」
「じゃあシングルバトルね!」
「ちょっと! あたし抜きで何話進めてんの!」
気づくとゼイユがトウカの後ろに立っていた。走って往復してきたらしく髪は乱れていたが、息は全く切らしていない。
「よそものを地面に這いつくばらせるのはあたしなんだから!」
「あ! えーっと、ゼイユだよね! わたしはネモ! よろしくね!」
「え? ……まあ、よろしくしてあげないこともないわ!」
一瞬でネモの眩しい笑顔にやられたらしいゼイユはすぐにその牙を収めた。
そこにブライア先生がぞろぞろと生徒を引き連れてやってきた。その数はネモを含めて四人。トウカとスグリを合わせた六人でペアを三組作り、オリエンテーリングを行う段取りらしい。
丁度全員揃っていたので生徒同士軽く自己紹介をし、まだ昼下がりだったが明日からのオリエンテーリングに備えてパルデアからの生徒はもう公民館で休むことになった。バトルができなかったことを残念そうにするネモにトウカは声をかけた。
「俺も公民館で泊ってるからいつでもバトルできるよ」
「え、そうなの! 嬉しい! じゃあ、連絡先交換しよ! ゼイユとスグリも!」
お互いのスマホロトム(トウカのはロトムが出ていってしまったものだが)をかざし、連絡先を交換しながらネモはゼイユたちにも声をかけた。
「いいわよ。交換してあげる」
「お、おれはスマホ持ってないから……」
「あ、そうなんだ。じゃあバトルしたいときは呼びに行くねー!」
「え……」
「ちょっと。スグを怖がらせないでよ」
ゼイユの圧を受けながらもネモはマイペースだった。
その後疲労が抜けきらないトウカも休むことになり、ゼイユとスグリと別れネモと共に公民館へ戻った。ロビーのソファに並んで座り、ネモは荷物を片付ける時間すら惜しんでトウカに学園の話をせがんだ。
「テラリウムドームっていう、四つの自然を再現したエリアを持つ水中庭園があって、そこには野生のポケモンがたくさん住んでるんだ」
「学園の中にポケモンが住んでるの!? すごいね! 捕まえ放題だ!」
「うん。授業もそこで行われてる。けど、授業は別に出なくてもいいんだ。ブルレクっていう課題も別途出されるから、それさえやっていればいい」
「授業出なくてもいいの? じゃあ、クラスメイトと仲良くなる機会は……」
「ほとんどないね。俺も部活が同じ人ぐらいしか面識がないんだ」
「そうなんだ……」
ネモは悲しそうな顔をした。ネモにとって、クラスメイトと会える教室というのはそれだけで価値のあるものなのかもしれない。トウカは学校での友情にそこまでこだわる方ではなかった。
いや、本当にそうだろうか。トウカは急に自信が無くなった。前世でも学校には通っていたはずだが、学校のことも何も覚えていなかった。
ふと気が付くと、心配そうにネモが顔を覗き込んでいた。
「トウカ、大丈夫?」
「ごめん、疲れてるだけ。……今度はネモが学校の話してよ」
「お! いいね! 何から話そっかなー……」
ネモはいろいろなことを話してくれた。授業のこと、先生たちのこと、宝探しでジムを巡ったこと。
彼女の話を聞いているうちに、トウカはゲームの主人公として旅をしたパルデアの景色を思い出していた。ポケモンの背に乗って陸を走り、海を渡り、空すらも飛んだ。知らないポケモンに出会う度に心が躍った。知らない景色に出会う度に胸が高鳴った。こんなに温かい気持ちになったのは、久しぶりかもしれない。
宝探し、それは自分の可能性を探す冒険のようなものかもしれない。前世のトウカにとって、宝物とはなんだったのだろう。
「いいなあ、冒険って。ブルーベリー学園は海の中にあるから、ほとんど閉じ込められてるようなものだよ」
「トウカも旅をしてみたら? イッシュ地方も冒険しがいがありそうだよ! パルデアに来たいなら、わたしが案内してあげる!」
「たしかに。どこへだって、自由に行けるんだ」
「そう! 何をするのかだって自由なんだよ!」
ネモは両腕を宙にぱっと広げた。まるでそこに可能性が無限に広がっているかのように。まるでその腕の中に、輝かしい未来が広がっているとでも言うかのように。
死ぬまでは。トウカの中で誰かが言った。死んだら可能性は収束する。死んだ瞬間に命の価値は決まるのだ、と。