【ポケモンSBVW】緋炎と紫電と冷灰の子   作:黒蜜殿

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スカーフを貰ったことが嬉しいのかメタモンがはしゃいで仕方がないので、ガーディも出して部屋の中で遊ばせる。トウカは再びごろんと横になったが、室内が騒がしくなっただけでずいぶんと気持ちが楽になった。人付き合いは苦手だけど一人ぼっちも苦手、トウカは心の中の自分メモにそう追記をした。

 なにかの任務のように自分のことを探ろうと思えば、むしろ冷静に欠落した記憶と向き合うことができそうだった。トウカは仰向けになって天井を見上げ、日差しがだんだんと暗くなっていくのを感じながらネモとの会話を思い出していた。

 スター団、というよりも学校生活のイメージが、トウカの記憶を刺激したように感じた。ということはいじめだろうか。たしかにそうであれば思い出すのをためらうのも納得できるがぴんと来るものはなかった。なんとか自分の学生生活を思い出そうと苦闘する。

 騒ぐメタモンとガーディの声が人の声のように聞こえてきた。騒がしい教室、模試の結果を伝え合う学生たち。だんだんと周りが見えてきた。窓際の席だろうか、真横に窓がある。目の前に人がいる。こちらを向いて座っている。長い前髪のせいでその人の顔はよく見えない。スグリと同じくらい長い前髪。

 はっとトウカは目を覚ました。少し眠ってしまっていたようだった。メタモンとガーディは眠るトウカに気を使ったらしく、小さな声でくすくすと笑いながらじゃれあっている。

 スグリの顔が脳裏によぎった。いよいよパルデアの人たちがこの里に来た今、彼は何を思っているのだろうか。ゲームでは、主人公という強くてかっこいい同世代の存在にずいぶん感銘を受けたらしく、家で主人公のことばかり喋っていたとゼイユから聞くことができる。今頃、ネモの話でもしているのだろうか。

 トウカは自分の胸に冷たい風が吹き込んでくるような気がした。その風音から耳をふさぐように、トウカは壁を向いて膝を抱え丸くなった。ゼイユとスグリが食卓を囲む情景が視界に染みついて拭いきれなかった。温かい家庭の団らんの光景。

 記憶もなく、家族もなく、誰も自分の存在を規定してくれない。この胸の穴はどうしようもなく埋めがたいとトウカは分かっていた。でもそれを認めてしまっては、自分の居場所を得るための冒険すらできなくなる。だって帰る場所が無いのなら、どこからを冒険と言うべきか分からない。

 トウカが身体を丸めたことでベッドの上に出来上がった空間に、ガーディがふんふんと鼻を鳴らしながらはしゃいだ様子で飛び込んできた。背中に頭突きを食らったトウカは口から胃が出るかと思うほど壁に腹をぶつけ、驚く声すらも出せないまま痛みに身もだえた。それをメタモンが心配するように、ガーディをトウカのお腹側にそっと移してから、トウカの背中に抱き着いて胴に腕を回した。

 

「し、心配してくれてるの? 大丈夫だよ……ありがとう」

 

 かすれた声でトウカがそう言うと、メタモンは甘えるようにトウカの肩に顔をうずめた。このメタモンはただ無邪気に見えて、かなり賢い気がする。トウカの心情を理解して寄り添おうとしてくれているように見えた。

 メタモンに下ろされたままトウカの腕の中で丸まるガーディの暖かい身体のおかげで痛みはすぐに和らいでいった。元はと言えばこいつのせいで生じた痛みなのだが。そういえば、サザレから貰うガーディの特性はいしあたまだったような気がする。その頭突きを食らってよく骨折しないものだと、出自の分からないこの身体にもそれなりの敬意が湧いてきた。

 まぶたが重たくなっていくのを感じた。ポケモンたちと一緒にいると、胸に火が灯ったように安心する。その混じり気のない感情は雪のようにトウカの心にそっと降り積もった。その柔らかい雪の上で安心しきったようにトウカは目を閉じた。

 その日の夜は夢を見ず、清々しい朝を迎えた。いつものように支度をして自室を出ると、公民館のロビーでは既にネモが浮足立った様子でソファに腰掛け、キタカミの景色が映し出されるモニターを食い入るように見つめていた。

 

「おはよう、ネモ」

「あ! トウカ、おはよう!」

 

 声をかけるとネモは勢いよくこちらを振り向き元気に手を振った。オリエンテーリングへ向けて浮足立っているようにみえるが、これが普段通りという可能性も彼女の場合は否定できない。なんにせよ上機嫌なネモに手招かれ、トウカはおずおずネモの隣に腰を下ろした。

 

「聞いて聞いて! 昨日頑張ってたくさんポケモン捕まえてきたんだよ!」

「すごいね。何体?」

「えーっと、十は超えてるかな。手持ちの相性を見ながらになるけど、五体はここで育てるつもり!」

 

 ネモの言葉にトウカは目を見開いた。昨日の数時間で十体以上を捕まえた? 体質的な問題があるとはいえ、トウカは数日かけて三体しか捕まえられなかったというのに。

 ポケモンにかける情熱の違いをひしひしと感じたトウカは、尊敬の念を声に乗せて言った。

 

「ネモ、ポケモン捕まえるの好きなんだ」

「うーん、捕まえるのが好きっていうより、出会って一緒に成長するのが好きなのかな」

 

 ネモはしみじみとそう言った。口には出さず、トウカは心の中でネモらしいと呟いた。まだ見ぬ未来を恐れず、希望を信じて突き進む人だ。その輝きが目に痛く感じてトウカは視線を床に落とした。

 

「そうだ! トウカに見せてあげなきゃ!」

 

 ネモははっと思い出したかのように鞄をごそごそ漁り始めた。やがてボールをいくつか取り出し、一つ一つ開けていく。

 

「この子はオタチでこの子がロコン! で、この子はハスボーでこの子がウパー! ウパーはパルデアにもいるんだけど見た目が違うんだよ!」

 

 にこにこ顔のネモに紹介されていくポケモンたちは、皆ネモの足にくっついて遠巻きにトウカの顔を見上げていた。

 

「それでこの子が――」

 

 ネモがそう言って最後のポケモンを出したとき、誰かの影がトウカの身体を覆い隠した。ネモが先に気が付いて手を振るが、影は挨拶を返そうとはせずただ小さな声を絞り出した。

 

「そのポケモン……おれが見せようと、思ってたのに」

 

 トウカは振り向いた。俯いたままじっとして動かない、スグリがそこに立っていた。その腕には先ほどネモが繰り出したのと同じポケモン、りんごに似た姿のカジッチュが抱えられていた。

 

「わあ、カジッチュ! お揃いだね!」

 

 ネモが朗らかにそう言ったがスグリはただ下唇を噛み、しばらく立ち尽くした後何も言わずにすたすた公民館を出ていってしまった。

 残されたトウカとネモはあっけにとられてその後姿を見送っていたが、すぐにトウカがはっとして立ち上がる。

 

「ごめんネモ、追いかけてくる」

「え、うん」

 

 そう言い残してトウカは駆け足で公民館を出た。オリエンテーリングの準備のため既に生徒がちらほらと集まっていたが、もうスグリの姿はどこにもなかった。

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