オリエンテーリングの開始まで間もないことに焦りながらも、トウカはスグリを探すためにスイリョクタウンを駆けた。まず赴いたのはスグリの自宅だ。りんご畑の方面から見て公民館の一つ前に丁字路がある。何回かゼイユとスグリがその角を曲がって帰るのを見ていたので、自宅の位置はおおよそ見当がついていた。
二人の家はゲームで見たものと全く同じ印象の家屋だった。屋根の上にホーホーが止まってうつらうつらしていたが、トウカがその下に近づいたのを察知したらしく突然目を開けてばさばさとどこかへ飛んで行ってしまった。
ホーホーの羽音に一瞬肩を揺らしたトウカは気を取り直して庭の門をくぐり、丈の短い草が侵食している砂利の中の飛び石を渡った。玄関の引き戸の前に立ちインターホンを探していると、ふいに横からがらがらと窓の開く音がして、「お客さんかい?」と声をかけられる。顔を向けると、腰は曲がっているものの足取りは丈夫そうな老人が、縁側に立ってこちらを見ていた。ゲームでも見たことがある、ゼイユとスグリの祖父だ。
「すいません、勝手に入っちゃって……スグリくんを探しに来ました。トウカと申します」
礼儀正しく頭を下げるトウカに老人はにっこり微笑んで一つ頷いた後、不思議そうに言った。
「スグリはもう公民館へ行ったと思うが……」
「……怒らせてしまったようで」
正直にそう返すと老人は眉尻を下げた。その体はますます背中が丸まって小さくなったように見えた。力なく首をそっと横に振った後、彼はトウカの目を控えめに、それでも芯の通った目で見据えた。
「あの子は繊細だから……いろいろ迷惑をかけると思うが、どうか仲良くしてやってほしい」
真っすぐに家族を思いやる視線を受けたトウカはぐっと手を握りながらも、ただ「はい」と返事をするしかなかった。一つお辞儀をして踵を返したとき、優しい祖父というものに後ろ髪を引かれる思いがするのを、ひたすらに気のせいだと誤魔化した。
トウカは収穫が無いまま来た道を戻り、スグリが行きそうな場所の候補を頭の中で浮かべては消した。一旦公民館へ戻るとどうやらキタカミの大地を軽く見てきたらしく興奮を抑えきれない様子のブライア先生と、それに振り回されたのかすっかりくたびれたゼイユが、入り口の前で学生たちが揃うのを待っていた。
スグリがどこかへ行ってしまったのは彼自身の問題で自分の責任ではないと知りながらも、このことが林間学校の妨げになっているだろうことがトウカの顔を強張らせた。
暗い面持ちで駆け寄ってくるトウカを見つけたゼイユが苛立った声で叫んだ。
「遅いじゃない! あんたとスグを待ってたんだから」
そしてすぐにトウカがスグリと一緒じゃないことに気が付いたらしく、不審そうに眉をひそめた。その横で相変わらずマイペースなブライア先生が呑気に笑顔で手を振っている。
トウカがゼイユに恐る恐るスグリがどこかへ行ってしまったことを伝えると、彼女は案の定手をわなわなと震えさせ始めた。怒鳴り声の嵐に備えてトウカは少し身構えたが、ゼイユが口を開く前にブライア先生が嬉々として提案した。
「それなら今日はゼイユくんが皆を案内するのはどうだろうか」
ゼイユはすぐさまブライア先生の方をきっと睨んだ。
「ハアア!? よそものの引率なんて嫌です! それに、先生が単独行動したいだけですよね!?」
そうまくしたてると気持ちが落ち着いたのか、ゼイユは大きなため息を吐いてトウカの方を向き直り、腕を胸辺りで組んで落ち着き払ったように言った。
「分かった。それなら今日はあたしとブライア先生がオリエンテーリングの案内役を引き受けるから、あんたはスグリを探してきて」
「え、私もかい?」
「当然です!」
単独行動を禁じられたブライア先生はあからさまにがっかりとした顔をしたものの、すぐに気を取り直してトウカに笑顔を向けた。
「仕方ない。若者の青春のためだからね」
その温かい声にトウカは全身の緊張がほぐれていくのを感じた。
二人に礼を言ったトウカはすぐにスグリ探しに再出発した。次に向かうのはスグリが夜な夜な家出して向かうらしい、恐れ穴だ。一人になりたいスグリはきっとそこにいるんじゃないかとトウカは直感していた。
スイリョクタウンを出て緩やかな坂道を登り始めたトウカは、前に進みながら鞄の中を探ってオノノクスのボールを取り出した。恐れ穴までの道のりは長く険しく、しっかり休んだとはいえトウカの足は持ちこたえられそうになかった。
「オノノクス、恐れ穴まで運んでもらってもいい?」
そう頼むとオノノクスは静かに一つ頷いてトウカの身体を持ち上げた。オノノクスの顔を見るのはアカツキのとき以来だ。しっかり休むことができたようで、今はすっかり元気そうだ。
「サザレさんたちを守ってくれてありがとう。おかげでサザレさんもガーディも無事だよ。そうだ、サザレさんからお礼にって、あのガーディの弟を貰ったんだ。今度紹介するね」
トウカがそう言うとオノノクスはまた無言で頷くだけだった。体を張らせたから嫌われてしまったかと思って伺おうとしたが顎しか見えず、表情はよく分からなかった。
メタモンにも持ち物をプレゼントしたことだし、オノノクスにも何か贈ろうか。ブルーベリー学園に帰ったら何かしらを買ってあげようと思う。
キタカミセンターに差し掛かると、そこはいよいよ祭りの雰囲気が漂っていた。三角の鳥居にひとたび入れば両脇に提灯がずらっと飾り付けられており、その切れ目に一つ二つ屋台が並べられている。今はそれが真昼の陽に照らされて爽やかに映し出されているが、おそらく夕方にはもっと風情のある景色になるだろう。伝統を受け継ぐことの美しさをひしひしと感じながらトウカは鬼が山を目指した。