教室の中にはすでにゼイユとブライア先生がいた。
「やあ、トウカ君、スグリ君。元気そうで何よりだ」
気さくに片手を上げるブライア先生に、トウカは頭を下げる。
「ありがとうございました。おかげさまでなんとかやっていけそうです」
「いいんだよ。バトルはできるようになりそうかい?」
ブライア先生の質問に、トウカが口を開くよりも先にスグリが嬉しそうに答えた。
「に……、トウカすごかった! ナックラーの巣に落ちたとき、トウカのメタモンに助けてもらって」
「あんたやけに制服汚れてると思ったら、ナックラーの巣におちたぁ!?」
「ううう、そんな騒ぐことじゃねえべ」
ブライア先生は姉弟をほほえましそうに一瞥した。
「そうか。トウカ君はメタモンを捕まえたのか」
「はい。先ほどアローラロコンも捕まえてきたところです」
「トウカ君のことだからきっと理由があるんだろう?」
いつの間にか姉弟も静まってトウカの言葉を待っていた。少し気恥ずかしい気持ちもあったが、期待に応えようと口を開いた。
「この理由だけではないですが、バトルの観点から言うと、メタモンとアローラロコンはパーティ構成を選ばず活躍してくれるかと考えたからです」
「ほう」
「まずメタモンについてですが、相手に変身して戦うことができるので、種族としての能力の差をその時点で埋めることができます。また持ち物を活用すれば必ず相手の能力値に上乗せされた能力で戦うことができるので、常に優勢を作ることができます。次にアローラロコンについてですが、オーロラベールという技が耐久面で非常に強力です。以上の点から、この二体は相手や仲間に依存せず活躍することができるといえます。……これでどうでしょうか?」
一息ついて周りの反応を伺う。
「いやあ、素晴らしい説明だね。ゼイユ君はどう思う?」
「ま、あたしが見込んだだけのことはあるわね」
なんとか気に入ってもらえたようだ。スグリも目を輝かせて食い入るように俺を見つめていた。
「ただ、もっと重大な理由がありまして」
「重大な理由?」
これを話すのはなんとなく気乗りがしなかった。自分がこの世界とは違う世界の記憶を持つことと関係していそうで、それをこの世界の人たちに話してもいいものかどうか、少し恐ろしかった。しかし、どうしても一人では解明できそうにない謎だった。
「原因は分からないのですが、俺は……メタモンとこおりタイプ以外のポケモンにひどく避けられる体質のようなんです」
「メタモンとこおりタイプ以外のポケモンにひどく避けられる体質……?」
「なにそれ、めちゃくちゃ過ぎない?」
「で、でも、たしかにそうだったよ!」
スグリが力の籠った後押しをした。
「サバンナエリアではポケモンたちがおれたちを避けて走ってたし、コーストエリアのヤドンですらトウカには近づかなかったべ! でもポーラエリアでは、ユニランとかチラーミィは逃げてったけど、パウワウとかロコンとかは逃げなかったんだ」
ゼイユは腕を組み、一旦疑うのをやめたようだった。ブライア先生は少し考えこみ、何かに思い当たったように目を見開いた。
「もしかしてそれは、トウカ君がジャイアントホールで倒れていたことと関係しているんじゃないか?」
「じ、ジャイアントホール?」
「スグ知らないの? イッシュ地方にある大きなクレーターよ。言い伝えによれば化け物が眠ってるらしいけど」
「ば、化け物!? そんなとこで倒れてたって……」
「それにジャイアントホールで出現するポケモンはこおりタイプがほとんど。本来珍しいはずのメタモンもよく見かけるそうなんだ」
「たしかに一致してるわね」
ジャイアントホールの奥の洞穴、俺が倒れていたらしい場所では、本来キュレムが休眠しているはずだ。俺とキュレムには何らかの関わりがあると考えるのが妥当だろう。それはどんな繋がりなのか。アルセウスは共鳴と言っていた。俺と共鳴したというポケモンが、キュレムなのかもしれない。
「まあ、今考えても仕方がなさそうね。ブライア先生、本題に入りましょう」
「おっと、忘れてしまうところだった」
ゼイユが声をかけるとブライア先生ははっとした。
「実はスグリ君にトウカ君の面倒を頼みたくてね」
「お、おれが?」
「そう。トウカくんはスグリくんと同じ1-4クラスに入ることが決定したから、いろいろサポートしてあげてほしい」
「同じクラス……! はい! 頑張ります!」
もし嫌そうにされたらと内心ビクビクしたが杞憂だったらしい。笑顔を向けてくるスグリについ微笑み返す。
「まあそういうわけで、トウカ君。キミはこれから1-4の教室に席が用意される。うちの学園は基本テラリウムドームで授業を行うから、クラスはあまり関係ないがね。そしてもう一つ。これはキミの寮室のカギだ。」
そう言ってブライア先生はカードキーを差し出した。ゲームでは描写されていなかったところなので少し面食らう。
「あ、これ……おれの部屋と近い」
スグリが覗き込んで言った。
「スグリ君の部屋になるべく近い空き部屋を選んだからね」
「授業以外でもスグに面倒を見させるつもりですか……」
ゼイユが呆れたようにため息をついた。
「で、ゼイユ君を呼んだのは今の情報の共有と、出張のお供を頼みたかったからだね」
「えー! またですか」
「今度はパルデアだよ! テラスタルし放題だし、ゼイユ君にとっても楽しい旅になることを保証するよ」
「どうせまた受理されない申請書を出しに行くだけでしょ」
パルデアと言われてトウカは思わず声を上げそうになった。ゼイユとスグリと出会う主人公が最初に旅をするのがパルデア地方だ。その大陸の中央には底が見えない大穴が開いており、凶暴なポケモンたちが潜んでいる。主人公のおかげでそれは解決するのだが、果たしてこの世界ではどうなっているのだろうか。
「ゼイユ君、それにスグリ君も、今度の林間学校でパルデアの生徒と交流を深めることになることになっているんだろう? パルデアの空気を味わうことは有益だと思うけどね」
「あたし、そもそも林間学校自体が嫌なんです。よそ者がキタカミに入ってくるとか考えたくもないし」
ゼイユは嫌がるそぶりを隠さなかった。
どうやら今の段階では、ゼイユとスグリの二人はまだ林間学校に参加する前らしい。果たしてそこでゲームの主人公と出会うのか、キタカミでの冒険のストーリーは進むのか、トウカは気が気ではなかった。
「せ、先生」
「ん、何だい?」
スグリがおずおずと手を上げた。しばらく服の袖をいじって気を落ち着かせて、勇気を振り絞るように声を出した。
「今度の林間学校、トウカも一緒って、だめ……ですか」
「はああ!?」
ブライア先生よりも先にゼイユが反応した。
「あんた何無茶なこと言ってんの! もう向こうとの打ち合わせも済んでんのよ!?」
「で、でも、トウカもキタカミを見てみたいって言ってて、おれもトウカがいたほうが安心だし」
「そんなわがまま通るわけがないでしょ。そもそもトウカは意識不明の状態から回復して間もないのよ!」
「そうだね。人数を増やすとなると、レクリエーションのペアを組めなくなってしまう。今回は残念だが……」
「ブライア先生」
悲し気なスグリを助けたくて、つい口をはさんでしまった。
「ブライア先生のことですから、林間学校でも研究のためにしたいことがありますよね」
「まあ、包み隠さず言えばその通りだ」
「ではゼイユさんはその補助を行い、代わりにレクリエーションには僕が参加するというのはどうでしょう。ゼイユさんの口ぶりから察するに、外部の人間であるブライア先生だけでは調査しづらいこともあるのでは?」
「おお!」
ブライア先生はその手があったかと言いたげに手を打った。ゼイユは背後から刺されたとでも言いたげにトウカをきっと睨む。
「あんたねえ! あたしにブライア先生の世話までさせるっていうの?」
「ごめん、どうしてもキタカミに行ってみたくて」
「……そ、そういう理由なら許してあげなくもないけど」
ゼイユは本当に地元のことが好きなようで、キタカミのことを出すとあっさり引き下がった。
林間学校での主人公との邂逅がこの世界でも起こるのかどうか、それをこの目で確かめる機会を逃したくはなかった。それにキタカミには伝説のポケモンや幻のポケモンが存在しているはずだ。彼らの状態がどうなっているのかも、可能ならば確認しておきたかった。
「まあ、レクリエーションでよそ者の相手をするよりはブライア先生の監視をしてるほうがいいし? あたしも賛成してあげる」
「ねーちゃん、ありがとう!」
「ふん。せいぜい感謝しなさいよ」
「よし、ゼイユ君も異論がないのであれば、林間学校にはこの4名で向かうとしよう」
ブライア先生がそうまとめて、その場は解散になった。別れ際、トウカが教室を出ようとしたとき、ブライア先生は不思議そうに尋ねた。
「そういえばトウカ君。私が林間学校の引率をすることを、君に話していたかな」
「……いえ、スグリから聞きました」
「そうか。仲が良さそうでなによりだ」
前世の記憶がバレることを恐れたが、あっさりと解放されてほっとした。その後、ゼイユと別れてトウカとスグリは長い廊下を歩く。
「にーちゃん、さっきはありがとう。おれ、にーちゃんと一緒に行けることになってわや嬉しい」
「俺も今から林間学校が楽しみだよ。提案してくれてありがとう」
スグリはくすくすと笑った。
自分の部屋にたどり着き、スグリと別れて扉を開けた。ほとんど造り立てのような新しさが蔓延している綺麗な部屋だった。軽くシャワーを浴びて寝る準備をした後に、手持ちの2体をその場に出した。
「モン!」
「コン!?」
メタモンはやはりすぐに俺に変身し、尻尾を立てて部屋を見まわすロコンを抱き上げて頬ずりをしていた。
「メタモン、ロコンが怖がってる」
「モン……」
注意するとメタモンは大人しくロコンを下ろした。ますます尻尾を立てたロコンは俺のそばに寄ってきてうずくまる。
「コン!」
「モーン……」
ロコンにも怒られますますメタモンはしょんぼりする。自分以上に表情豊かで、一体どこでその表情を学んだのかと不思議に思う。
「とりあえず、明日はロコンを進化させよう。たしかこおりのいしが必要だったから、ポーラエリアに落ちてないか探しに行かなきゃ。ついでに技構成も確認しておきたいけど、どうやって確認するんだ……」
「コン?」
ゲームのときは全て数値で表されていたから育成が楽だったけれど、それらを確認できないこの世界でどう育成すればいいのか、トウカはさっそく挫折しそうだった。スグリにはポケモンを育てることも楽しむのが大事なんてかっこつけた言い方をしたが、自分自身がそれをできるかどうかは自信がなかった。
ぶんぶんと頭を振って不安を追い払う。まずはできることをするだけだ。こおりのいしを探すくらいなら、きっと自分にもできるだろう。
「じゃあ俺は寝るけど、好きにしてていいよ」
トウカがそう言って布団にもぐると、メタモンとロコンも入り込んできてぎゅうぎゅうになった。
「好きにしてていいよって言ったのに」
「モン!」
「コンコン」
嬉し気な声に、これも悪くないかと思った。誰かと一緒に眠るのはずいぶん久しぶりのような気がした。じんわりと泣きたくなった。メタモンがロコンごと抱きしめてきて息苦しかったが、何故か満ち足りた気持ちにもなった。