リーグ部室では話を聞きつけたらしいランク上位の面子が勢ぞろいしており、トウカは熱烈な歓迎を受けた。カキツバタから半ば押し付けられるように入部届を受け取り、ペンで必要事項を書いて渡す。
「よーし、これでトウカも晴れてオイラのキョーダイってわけだ!」
「うおお! 中火で燃えてきた! オレも抜かされないように頑張らなきゃなあ!」
「あたしも手加減はしないわよ。四天王の仕事は嫌だけど、敗北はもっと嫌いだから」
ほとんどどんちゃん騒ぎの中、ロコンの進化のために帰りたいとは言えなかった。
カキツバタが持ち込んだ大量のお菓子をつまみながら、リーグ部らしくバトルの話に花を咲かせる。
「で、トウカとスグリのバトルの感想を聞かせてくれよ。ネリネやい」
「勝負自体は単純。しかし合理的な試合運び。おそらく手持ちが多様になれば、どちらも格段に上達するでしょう」
「ネリネに褒められるなんて二人ともやるじゃない! さっすがあたしの弟たちね」
「おいおい、キョーダイ呼びはオイラの専売特許だろい?」
「あんたなんかに任せられるかっての! ただでさえトウカは……」
そこまで言ってゼイユは慌てて口を押えてこちらを見る。
「いいよ。別に隠してないから」
「ごめん、配慮が足りてなかった」
「どうしたどうした?」
不思議そうに伺うカキツバタに、なるべく明るい顔で答える。
「俺には家族も帰るところもないんだ。たぶんゼイユはそれを言いそうになったんでしょう」
「そう。……あんまり知られたくないわよね」
「いいや。なにせ記憶もないから実感も湧かなくて。家族として扱ってくれるのはすごく嬉しいよ」
思っていた以上に深刻な話に、ネリネですら動揺したようだった。
「そういえば、身寄りがないって言っていたっけな」
カキツバタの言葉を引き継ぐようにして言う。
「それに俺には、俺自身分からない謎が多いんです。スグリが夢で俺と会ったって話も、何か重大なことと関係しているのかもしれない。……正直、もしかするとみんなを何かに巻き込んでしまうんじゃないかと不安で仕方がなくて……」
なんとなく弱音のようなものを吐いてしまった。気を使わせてしまったんじゃないかとますます落ち着かない気持ちで慌てて弁解しようとしたが、カキツバタに遮られた。
「そんなの気にする必要なんてないぜ。なにせオイラたちは強いんだ。大船に乗った気持ちでどーんと構えようぜい」
「カキツバタは適当に捉えすぎです! そういうの、良くないと思います! でもトウカさんが不安になる必要はないですよ。私たちみんなで力を合わせれば、何か解決するかもしれないじゃないですか!」
「そうだぜ! 難しいことはオレには分かんねーけど、何かあっても負けねーくらい強くなればいいってことだろ?」
頼もしい返事にトウカは心動かされそうになった。でも心のどこかで、もしこの子たちが危険に晒されたら、お前は責任をとれるのかという声がした。
「トウカ自身も強くなればいい」
揺るがない声にトウカははっとする。
「ネリネたちは全力で支援する」
「……そうよ! ネリネの言う通りよ! あんた頭いいんだから、最強になること間違いなしよ!」
「おれたちはにーちゃんを信じてる」
スグリが真っすぐな視線でトウカを射抜いた。
「だから、にーちゃんもおれたちを信じて」
トウカはうるんだ瞳を隠して目を閉じた。息を深くついて、掠れた声で答える。
「わかった。みんな、俺を信じてくれてありがとう。……俺も、みなさんを信じます」
「その意気だぜい、キョーダイ」
カキツバタのどこか軽薄な声色が今はありがたかった。
その後夜は更けて、トウカとスグリは部屋への廊下を歩いていた。珍しく黙っていたスグリはぽつりと尋ねた。
「リーグ部の人、みんな良い人だべ?」
「良い人だね」
トウカの返事にスグリは力なく頷いて続ける。
「でもおれ、あの人たち少し苦手だ。なんか、バトルの楽しみ方が、おれみたいな何もない奴には真似できなくて……。ネリネさんは別だけど、タロさんとかアカマツさんとか、みんな好きなポケモンを好きなように戦わせてるだけなんだ。でもそれで勝ってきた。一生懸命勉強してポケモンたちと向き合っても、おれじゃ届かん」
そして鞄からモンスターボールを取り出して悲しそうに眺めた。
「おれはおれのポケモンっこが好きだ。オタチもヤンヤンマも、キタカミさ居たときから一緒にけっぱってきた。でも、この学園じゃ通用せん。いろんな人に手持ちを変えろって言われた。おれはこいつらを諦めたくない。でも、負けたくもね。おれは……おれは、どうすればいい?」
スグリはほとんど泣き出しそうになりながらトウカを見上げた。
「簡単なことじゃないか。その子たちで勝つんだよ」
「でも、実際に勝てたことはなくて……」
「スグリがその子たちの実力を信じなくて、どうするの」
スグリははっとボールを見やった。両手で包み込んだオタチとヤンヤンマをぎゅっと抱きしめる。
「たしかに、その子たちがバトルで使われることはあまりない。でも、それはつまり、相手にとって予想外の痛手になりうるということなんだ」
「予想外……」
「そう。アカマツくんやタロさんが強いのは、好きだからこそ努力を努力と思わない。何回戦っても飽きないからこそなんだと思う。ということは経験に基づいて戦略を組んでるわけで、例えばアカマツくんはほのおタイプの使い手だろう? 挑戦者はみずタイプやいわタイプ、じめんタイプのポケモンを多く採用してくるはずだ。だからそれらに対抗できるくさタイプの技をいくつか覚えさせているんじゃないかな」
「たしかに、アカマツさんはソーラービームみたいなくさタイプの技もよく使ってるべ」
「でしょう? だからタイプ相性で攻めるより、タイプ相性が関係ないぐらい積んで攻めるとか、逆に耐久型のポケモンでどくどくを使って削りきるとか、他の戦略なら勝つ確率が上がると思うよ」
「……! たしかに、ありがとうにーちゃん! おれ、もっとオタチとヤンヤンマのこと考えて、バトルの勉強する!」
「助けになったのなら良かった」
その後笑顔のスグリと別れ、自室に戻って一息ついた。鞄をベッドの傍に置きさっさとシャワーを浴びる。そして拾った道具類を机の上に広げ、こおりのいしを手に取った。
「みんな、でておいで」
俺の姿のメタモンは褒めてほしそうに抱き着いてくる。ロコンは少し不機嫌そうな顔だった。
「メタモン、ロコン、初戦闘お疲れ様。ありがとうね」
「モン!」
「コーン」
満更でもなさそうなロコンにほっとしつつ、キバゴに目をやる。相変わらずトウカとロコンから距離を取りながら、でも戦いたくてうずうずしているといった感じだった。
「キバゴは、しばらく特訓しようか」
「バゴ!?」
「弱いって言いたいんじゃなくて、俺がキバゴにもっと早く強くなってほしいからだよ。キバゴは単純な能力勝負でも十分強いからね。実戦経験を積むより特訓で能力を伸ばした方がキバゴにとっても役に立つ」
いまいち納得してくれていなさそうなキバゴを、メタモンがすかさず頬ずりしにいった。キバゴの相手はメタモンに任せて、俺は手の中のこおりのいしをロコンに見せた。
「ロコンは初めてのバトル、どうだった?」
「コン……」
ロコンはもっと強くなりたい様子だった。完璧主義なのかもしれない。先ほど不機嫌そうだったのも、スグリとのバトルで何か不満があったからだろう。
「ロコン。この石を使えば、ロコンはキュウコンへ進化する。あらゆる面で強くなれるよ。ただ急激に変化するからもし嫌だったら……」
「コン!」
ロコンは俺の言葉が終わらないうちにこおりのいしに触れた。その体は青白く発光し、みるみるうちに姿かたちが変わっていく。小さかった体は細くしなやかな体躯になり、丸まっていた尻尾たちはふわふわと美しくなびいた。
「モン!」
「バゴバゴ」
メタモンとキバゴはおめでとうと言っているようだった。光の中から現れる儚くも威厳のある姿に、トウカも感動の念がこもった声で祝った。
「おめでとう、キュウコン」
「キューン」
キュウコンは急速に成長した体を実感するかのようにぐっと伸びをし、キバゴを見下ろして悪い笑みを浮かべた。
「キバ!」
キバゴも負けじとにらみつける。どうやらこの2匹はライバル関係になってしまったようだ。ポケモン同士の関係にも気を配らないといけないのかと俺は天を仰いだ。