リアルの方で忙しくなっていたためにかなり遅れてしまいました…
久しぶりにサイトを見たらたくさんのお気に入り登録ありがとうございます!
泣いて喜びました(過去完了形)。
――薄暗く、外界から完全に隔絶された部屋だった。
そこには窓一つなく、天井からはかろうじて鈍く灯る照明が下がっている。光は頼りなく揺れ、時間の経過さえ見失わせるような鈍重な空気を漂わせていた。
私は、唐本草矢(からもと そうや)。
SCP財団の製薬部門本会研究部、超常融合型現代薬学研究室――略してSNP(Supernatural Nowadays Pharmacy)と呼んでいる部門に所属する薬剤師だ。あのエピローグで、SCP-G001f-JPに関係する異常に“攫われた財団職員”として、あえて名前が伏せられていた人物、それが他ならぬ私である。
事件が起きたのは、実に平凡な平日の午後だった。
その日も変わらず、私は実験申請書の作成に追われ、白衣の裾を翻しながら机に向かっていた。ペンを置き、ため息混じりに背筋を伸ばした瞬間だった。視界がぐるりと反転し、足元の感覚が宙に浮き、次の瞬間にはまるで夢の中のような、不可解な風景の只中に投げ出されていた。そこは、深い霧に包まれた湖の畔――まったく知らない場所だった。
何が起きたのか、当初は理解が及ばなかった。ただ一つ確かなのは、私がこの世界に来たのは自らの意思ではなかったということ。異世界転移…? 違う。
念のため断っておくが、私は年頃の男子高校生ではないし、そういった都合の良い異世界ファンタジーにも耽ってはいない。私は大人の女性だ。日々、超常薬理と格闘し、報告書と向き合ってきた真面目な薬剤師にすぎない。これが夢なら、あまりにも冗談が過ぎている。
やがて、金髪の女性――どこか中華風のローブを纏った異形の存在が目の前に現れ、意味もなく笑みを浮かべると、次の瞬間、私はこの石造りの地下室に閉じ込められていた。
…おそらく、財団の真円博士たちが、O5評議会の命を受けて行っていた異界干渉実験。その最中、局所的な時空異常が発生したのだろう。…間が悪かった。よりによって私が、とばっちりの渦中に巻き込まれてしまうとは。
帰還できた暁には、真円博士には思う存分、愚痴の雨を浴びせてやろうと思っている…ああ、いや。そもそも帰還できたら、の話だ。
シャワーはある。トイレもある。食事も、メイドのような者が差し入れてくれる。ただ、時間が、圧倒的に、致命的に、足りない。
――“意味のある時間”というものが、だ。
空間は静かだ。というより静かすぎる。
この空間には風も、音も、命の気配すらもない。ただ、私の息遣いだけが反響して、やけに生々しく耳に残る。
ああ、せめて、有給でも取って職員寮で趣味の薬草栽培でもしていれば良かった。…今となっては、そう悔やんでも遅い。
私の肉体は生存している。空腹も満たされる。
けれど、精神の糧となるものは、一切ない。
何もすることがない。何も起こらない。何も変わらない。
…そう、これこそ“地獄”と呼ぶにふさわしい。
最初のうちは、製薬部門で伝統とされる「製薬百例暗唱大唱」*1――通称“鉄の記憶”でも唱えようかと試みた。約13,253種の薬品・理論・用語の全てを正唱できれば上層部から報奨が出る、というやつだ。だが、言葉を口にした途端、それがいかに空虚で、無意味な努力であるかに気づいてしまった。声を張る気力も次第に薄れ、沈黙だけが時間を蝕んでいく。
おそらく、もう一週間は過ぎた。いや、もしかしたらもっと経っているかもしれない。もはや日数の感覚などない。
ただ、“暇”という言葉が心の隅で膨張し続け、精神を削り取っていく。
五億年ボタン――あの都市伝説を、かつては笑い話として語っていた自分がいた。
だが今、その“始まりの一年”にさえ届かない自分がいる。
私は、崩れ始めている。確実に。
……
…………
…………………………
……ひ ま だ !
何かを言いたい。叫びたい。
けれど声にならない。言葉が出ても、意味を成さない。
笑ってしまうほどの無力感。絶望的なまでの“何もなさ”。
このままでは本当に――正気を保てない。
いや、私は財団職員だ。超常を扱う部門に身を置く者として、もっと強くなければ。
……そう、私は薬剤師。使命を持ち、この財団に身を捧げた人間だったはず。
……だった、はず?
――私は、誰だ?
……何日、何週間、何ヶ月……?
記憶が、断片になって、崩れていく。
財団……? 製薬部門……? 私の名前は……唐本……?
……あぁ……あれ? 私、どうしてここにいるんだろう?
……なにか、大切なことを、忘れているような気がする……。
いや、これはまずい。本当にまずい。
思考がまとまらない。記憶が霧のように消えていく。
ねぇ……誰か……?
…………
……あああああああああああッ!!
狂いそうだ。いや、もう狂っているのかもしれない。
言葉が、口調が、自分でも分からないくらいに変わってしまっている。
何か……何か起これ……! この沈黙を、壊してくれ……!!
私は、ただ、母さんのために頑張っただけだったのに。
薬学博士号も取って、誇りを持って働いていたはずだったのに。
なのに、どうして……?
なんで……なんで!
ガンバッタのに……せいしんが……ぐるって……まわって……アハッ!
――ココマデキタノニ……オワリ……?
はは、はははははははははははははははははは……
……
そして――彼女は、崩れた。
己の存在意義を見出せず、孤独に蝕まれ、思考も行動も“意味”を失った彼女は、もはや自律する意思を失った抜け殻にすぎなかった。
生きながら、精神を手放した機械のように――ただ、そこにあるだけの存在。
例え、爆発が起きても、扉が破壊されても、彼女は何も反応しないだろう。
感覚が麻痺し、恐怖すら遠ざかり、ただ時間だけが空しく流れ落ちる――。
――そして、その“部屋”の向こう。
「ねえ? ナニしてるの? お客サン?」
紅い眼と金髪を持つ、美しい少女が声をかけてきた。
その背には、宝石のような結晶と枯れ枝のような不気味な翼。まるで、絵画から抜け出してきた悪魔のような存在。
彼女の名は、フランドール・スカーレット。この館に君臨する当主の“妹”。
封印されて五百年、滅多に見かけぬ外界の客人を前に、少女は愉しげに微笑む。
彼女のその笑みは、虚無と狂気の境界線を行き来する、“静かな破壊”の予兆でもある。
もちろん、部屋は隔てられていた。
だが、少女にとって“隔て”など問題ではない。ジャマな小窓なんて、彼女の「キュッとして……ドッカーン」で、容易く消し飛ぶのだから。
吸血鬼が目の前に現れても、もはや防衛本能すら動かない。
それは、ある意味では“救い”かもしれない。
恐怖を感じることもできない。
けれど、彼女にとってそれは、もう一つの意味で“待ち望んだ変化”でもあった。
――ようやく、“イベント”が来たのだから。
はい、なんか久しぶりでも例にもれなく分かりにくい文章で申し訳ない…。
本編や資料編も多少(←重要)、準備(←重要(再))していますので、是非投稿したら見てみてください!
それではまた次話でお会いしましょう!
読んでくれてありがとうございました。