今日は試合があるので会場に来て席を探している。
特別席と書かれているので来たくはなかったが何されるか分かったもんじゃないので来るしかなかった。座席案内があったので案内通りに進むとゴージャスな扉の前に着いた。
間違いの筈と思ってスタッフに確認するとここだった、帰りたい。
中に入ると特別席なんて生易しいものではなかった、ハイパーVIP席だ。
座っているのも大貴族の皆様とご家族、学園カーストのトップ勢もいる。
ブシン流1部の授業で一緒だった騎士団長の娘さんに公爵家のイケメン次男、そこに紛れ込んだ男爵家長男の僕。場違いでしかない。
席に着くと、隣には王族の方がいる。
「あら、あなたは?」
アレクシアの姉で、第一王女のアイリス・ミドガルだ。
なんて策士なんだ、隣に王族が座っている席を用意して逃げられないようにするなんて。
だが、僕もいつまでも尻に敷かれているわけではない!
「私はシド・カゲノーと申します。席を間違えてしまったようなので失礼します」
残像が出る程のスピードで回れ右をして退出を試みる。
「クレアさんの弟さんですか?なら席を間違えてはいませんよ」
王族に話かけられて無視するわけにはいかない。
「どうぞ座ってください」
「....失礼します」
これがアレクシアなら無視して...いや、無理だな。
逃げようとしたら前みたいに指をしゃぶってくるかもしれない。
「クレアさんからはよくシドさんの話を聞いています。」
「そうですか」
「アレクシアとも仲良くしてくださっているとか」
「そうですね」
「その...」
頬が少し赤くなりチラチラとこちらを見ている。
「アレクシアとは、そ、その...どこまでい、行ったんですか?」
公衆の面前でとんでもないこと聞くなよ、さてはムッツリだな。
「手をつないだくらいですよ、誓ってやましい事はしていません」
手は出していない、手を出さないと不満そうだが無視している。
「そうですか、良かったです」
安心した表情になり、ぼそりと呟いた。
「後であれを回収しないと」
あれ?あれって何なんだろう。
騎士団長の娘さんと公爵家次男のイケメン君が話に入ってきた、話題は注目選手についてだ。
アイリス王女の注目選手は節穴さんらしい、あんなのでも帝国では有名だったらしい。
節穴さんが有名人とは、もしかしてこの人達も節穴なのか?
それとなくジミナについて聞いておく。
「ふし...アンネローゼ様の対戦相手のジミナ・セーネンとかどうですか?彼も初出場ですよ」
空気が読めないモブっぽく聞くことができた。
「ジミナ・セーネンですか、彼の試合はまだ見ていないのでなんとも」
まだアイリス王女はジミナの事を知らないのか。
「運が良かっただけですね、アンネローゼ様には勝てませんよ」
「僕もそう思う、彼は本戦には相応しくないね」
2人共ジミナを雑魚認定。
ここまでジミナの印象操作を頑張ったかいがあった、これで節穴さんを倒すことで『いや、あいつ強いぞ!』ってなる筈だ。2人の驚く顔が目に浮かぶようだ。
なんかエルフの凄い人が来ているらしいけど興味なかった。
試合の時間が近づいてきたので選手控室に向かう。
姉さんは無事に勝ったようだが僕と当たったらこっちも本気でやらせてもらう。
決してストレス発散とかではない。
廊下を歩いていると灰色のローブの人とすれ違った
「ちょっと待って」
と思ったら腕を掴んで引き止められた。
近づいて来て匂いを嗅がれる。特に首筋を集中して嗅いでいる。
僕の顔を見て首を傾げている、耳触らないで欲しい。
「君はハーフなのか?」
「人間ですよ」
「でもこんなに濃いエルフの匂いがする」
エルフの匂いには心当たりが多いから誰のかは分からない。
首筋を嗅いでいたのは消えているが今までに大量にキスマークを付けられたからだろう。
言ってることがデルタみたいだな、この間も
「知らないメスの匂いがするのです!許さないのです!!」
って、襲い掛かってきたからこの人からも一歩引いてしまう。
「本当にエルフじゃないのか?」
「違います」
「先祖にエルフがいたりとかは?」
「聞いたことないです」
手を離してくれた、だが疑わしそうだ。
「やっぱり...」
「だから違いますって」
肩を落として落ち込んでいる。
「私はエルフを探している」
「そうなんですか」
「可愛い子だった。私の姪なんだ」
「そうなんですか」
「私によく似ているエルフを知らないか?」
「顔が見えないから分からないんだけど」
「そうだった」
この人天然かよ、ローブがとられて素顔を見る。
めい、名、MEI?...ああ姪か。これはちょっとマズイかもな。
その顔はアルファと瓜二つだ、この人は多分アルファの叔母さんだ。
何も反応しないようにしないと。
「ちょっと知らないかな」
「本当?」
「うん」
「そうか」
残念そうに肩をすくめて自然な動作で斬りかかってきた。
殺気も予備動作もない必殺の一撃。
彼女の剣は首に触れて止まった。
このタイミングで腰を抜かして転べばモブっぽいのかもしれない。
だが最近分かった、モブムーブをしようとすれば事態は寧ろ悪くなることをローズ先輩を庇ったことで学んだ。
だからこの場合の最適解は何もしないことなので、棒立ちのままでいる。
「見えてた?」
「見えてないよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「なんで避けなかったの?」
「殺意を感じなかったし、それにそんなことする人には見えませんでしたし」
「そうか」
剣を鞘に戻して手を差し出してくる。
「私はベアトリクス。君は?」
「シド・カゲノーです」
手を握るが、確かめる様に握ってくる。
「いい手だ、君は強くなる」
綺麗な微笑みだ、やっぱりアルファに似てる。
「時間を取ってすまなかった」
最後に謝って立ち去った。
このことはアルファにバレないようにしないと、叔母と姪の殺し合いなんてアホすぎる。
アルファなら血縁であろうと嫉妬しかねないからな。
ジミナに変身して試合に出る、相手は節穴さんだ。
節穴さんは僕の強みがスピードだと思っているだろうから予想以上のスピードを見せて圧倒してみよう。
「アンネローゼ・フシアナス対ジミナ・セーネン!試合開始!!」
始まると同時に間合いに飛び込んできた。
節穴さんには僕がスピードだけで他は素人に見えているから、脚を止めてスピードを潰しにきたのだ。
不意をついた一撃だが防ぐ。
普通なら止められないタイミングで止めたので脚が止まってしまう。
連続で攻撃がくるが全て防ぐ、もうそろそろかな。
ここで敢えて体勢を崩す、そうすれば
「勝った!!」
当然、剣が振り下ろされる。
「え?」
節穴さんの目には僕の残像が写っているはずだ。
「残像だ」
振り向いてくるが、また残像を残して回り込む。
節穴さんが気づくと同時に節穴さんをかちあげて、それに合わせて飛び上がり地面に叩きつける。
華麗に着地してまた無気力な状態に戻る。
立ち上がった節穴さんはまだ諦めていなかった、それでこそだよ。
「認めましょう、あなたは強い!」
スピードで勝てない節穴さんに残された手は一つカウンターだ。
追い詰められても尚折れない心、勇者みたいだな。
なら陰の実力者としてそれに応えないと。
残像を残し回り込むと彼女も合わせて剣を抜く
「そこ!!」
剣は僕の動線上に置かれている、このままだと当たってしまうだろう。
だがそれは間合いの寸前で止まることで躱すことができる。
「合わされたの?」
彼女の手札を潰して自分の間合いに誘い込む、これで力の差を見せつけられただろう。
これ以上はもうすることがないので上段から剣を振り下ろした。
「勝者ジミナ・セーネン!」
地面に倒れている節穴さんに背を向け立ち去る。
『いや、あいつ強いぞ!』が聞けなかったのは残念だった。
「待ってジミナ!!」
廊下を歩いていると節穴さんに呼び止められた。
「完敗だったわ。本当に何もできなかった」
その格好は何とかならないのか?
胸にサラシを巻いて一枚羽織っているだけとか、恥ずかしいと思わないのか。
「いい勉強になったわ。ありがとう」
手が差し出されたのでゆっくりと握る。
「枷を外したのは初めてだ、恥じることはない」
本気を出した訳ではないがまあ目標として見られるのは悪くない。
「どうすればそれ程....あなたみたいに強くなれるの?」
どうやってか。ラムダにガチの説教を受けた修行だから教えるわけにはいかないしな。
「全てを捨て....ただ強さを追い求めた愚か者だ」
流浪の剣士みたいな感じだけど、こんな感じがいいかな。
もうこれ以上話すこともないので立ち去る。
「待って!!まだ聞きたいことがあるの!!」
呼び止められるが振り返ることなく手を振って立ち去る。
「待ってください!!お金払いますから待って!...あ、そうだ親友。俺の親友預けるから3日待って!お願いします!3日以内に迎えに行きますからーーーー!!」
去り際にヒョロの断末魔が聞こえたが気のせいだろう。
かなーり良かったね。
楽しかったので気分よく寮に帰れている。
昔ローズ先輩を助ける時に使ったスタイリッシュな剣を使うことができた。
優美すぎてシャドウの剣とは違うから使わなかったけど、努力が無駄にならなくて良かった。
節穴さんのお陰でブシン祭での目的は7割は達成できた。
問題は締めなんだけどかなり悩んでいる。
シンプルに行くなら優勝なんだけど次の相手のアイリス王女が山場なんだよね。
誰もが認める強者を倒して姿を消すのもあり、謎の実力者っぽさが出る。
悪落ちパターンもいいかも、実は暗殺者でルール無視のガチバトルパターン。
自然に退場できるのもいい。
「悩むなぁ。他にも熱いのが色々あるし」
「楽しそうね」
「そりゃ、楽し....あ」
寮の前にはニッコニコの姉さんがいる、首には青筋が浮かんでいる。
コツコツと足音を立てて近づいてきて止まると
「食いしばりなさい」
笑顔のまま右腕を振り上げて
バチーン!!
と音が響いた。