ごめんなさい
大人だって泣きたい
アレクシアは基本自分で何とかして生きてきた。
不仲だった姉とも最近は仲良くできているし、向き合っている。
だが今回の事はどうにもならない。
今までに自分は何度も壁に当たって何とかしてきた、凡人と言われても努力して壁を乗り越えてきた。女としての壁はなかなか越える事は出来ていないが。
以前から姉を危うい性格だと思っていたが、今回その性格が災いした。
今まで負けたことがなく、才能があるので壁にもぶつかった事がなく、力で解決してきたが今回その力が通じない相手に会ってしまった。
妹として支えるべきなのだろうが今の姉にはちょっと引いている。
自分で何とかしたかったが、どうにも出来ないので原因に何とかさせるのがいいのかもしれないが女の勘がそれは止めろと言っている。
彼はモブと言っているが交際している自分からすればとてもモブとは言えない。
彼の友人2人はゲスだが、彼は物腰丁寧で一部の女生徒からは注目されている。
紳士なんて言葉では表せない程に女性に優しく、一切の下心がない。優しいだけかと思えばその体はしっかりと鍛えられており性格とのギャップが凄まじい。
だから姉があの男に絆されて色目を使い始めたりしないか、取られないかとか心配があるが仕方ない。
「あいつに任せるしかないのよね」
痛む頭を抑えて呟く。
部屋を出て早足で目的地に向かう。責任感の強い(自称)男の元へ。
寮の自室でベッドに寝転がりながら、ブシン祭の事を思い出す。
スタイリッシュな剣で強者達を倒していき、最後に王国最強を倒す。途中色々と上手くいかなったが、結果だけ見ればブシン祭は大成功だ。
今王都では謎の実力者シャドウと秘密結社シャドウガーデンの話で持ちきりだ。ジミナ君という如何にも弱そうな人に変装したお陰でシャドウの強さが2割増し位になっている。
ありがとう、ジミナ君。君のお陰で僕の陰の実力者プレイが充実したものになった。
会ったことはないけどありがとう!
寝転んでいると部屋の扉がノックされる、誰がノックしたのかは魔力で分かったので無視する。
ガチャガチャとドアノブが震える。鍵閉まってるから無理だよ。
今はブシン祭での思い出に浸っているから邪魔....カチャッと鍵が開いた。
何で鍵が開くんだよ、合鍵は誰にも渡してない姉さんだって持ってないのに。
「やっぱりいるじゃない。私を無視しようなんていい度胸ね」
扉を開けてアレクシアが入ってくる。
「何で当たり前みたいな顔して入ってくるの?」
「私はあなたの恋人よ」
「...そうですね」
何も言い返せない。合鍵持ってるのは怖いけど。
「僕が全裸で寝てたらどうするんだよ」
「そういう趣味でもあるの?」
「物のたとえだよ」
実際今の僕はパンツとシャツしか着ていないからそう思われても仕方ない。
何も反論できない。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「嫌だよ」
「言い値で払うわ」
「絶対に嫌だ」
深い溜息をつくと、深呼吸して開いている扉に向き
「シド・カゲノーは、シャ....」
「待て待て待て待て待て!分かった!分かったから!」
大声でとんでもないこと叫ぼうとするなよ。「シャ」の時点で予想はついたから止められて良かった。正体バレはタイミングが重要なんだ。
こんな昼間とか時間的には一番あり得ない。
「で、何の用?」
「ちょっと手が掛かる案件で手を借りたいのよ」
「公務とかなら僕にできることはないよ」
「公務じゃないけどあなたにしかできないことよ」
僕にしか出来ないこと?何それ。
「下で待ってるから、取り敢えず服着なさい」
部屋から出て階段を降りていく。
女性と話すのに流石にパンツとシャツだけは良くなかった。
着替えて部屋の戸締りをしっかりし、鍵をかけて寮を出る。
寮の前には馬車が止まっていて既にアレクシアが乗っているので僕も乗り込む。対面に座ったのに何故か隣に移動する。手には黒い布が握られている。
「何それ?」
「目隠しよ、これから連れていく所は一応機密情報だから」
目隠しが巻かれるが、僕には意味ない。
昔視覚を潰してそれ以外の感覚を研ぎ澄ます修行をしていたので匂いと空気の動きで大体の事は掴める。
馬車が動き出すと腕に両手を絡めてきて、程よい大きさの胸がムニュリと押し付けられる。
ベータの方が大きいが、恥じらいながらしているのでちょっと興奮してしまう。
「僕にしかできない事って言ってたけど、そんなことあるの?」
「あなた責任感は強いのよね?」
「まあ、それなりには。それがどう...」
「ならいいわ」
会話が終わって気まずい沈黙が続く。
太ももを触ったり腕を触ったりして何かを確かめている。掌を触った所でピタリと止まった。
忘れてたけどそこには歯形が付けられている。
「何かしら、これ?」
右手を掴んでいる、見えないが怒っているのが分かる。
「自分で...」
「女の匂いがするからあなたの訳ないでしょ」
デルタかよ。本当は獣人とかじゃないよな?
「完全防音だから、ここでの会話は外には聞こえないわよ」
防音仕様かよ、黙って収まるまで待つのは逆効果だ。
「....」
「黙ってるってことは認めるのね」
「....」
「あの金髪エルフかしら?」
「何で分かるの?」
「やっぱり」
カマかけられた、こんな簡単に引っかかってしまうとは情けない。
「私には手を出さないのに、他の女には手を出すのね」
だって王族じゃん、魅力が無い訳じゃないけど手を出すと陰の実力者プレイが出来なくる。
「魅力ないの?」
「そんなことないよ、温泉で見ただろう」
「そ、そう、ね」
温泉の話を持ち出したら慌てだした。覚えて無かったのか?
「訂正するけど出さないんじゃなくて、出せないんだよ」
「どういう意味よ?」
「自分で言うのもなんだけど大きいからさ」
「え、ええ。そ、そう、だったわね」
頑丈なアルファ達だから、初めてでも壊れる事はなかったがアレクシアだとそうは行かない。
「だからゆっくりと慣らしてから...」
「なに馬鹿正直に話してんのよ!!」
「ぐふ」
脇腹を殴られた、痛い。顔は見えないけど赤くなっているのが分かる。
さっきよりも力が強くなっている。
外の空気が変わった、地下道に入ったのかな?じめっとした空気になった。
いつまで乗るんだろう?
地下道から出て目隠しを付けたまま何度か乗り換える事になった、多分追跡を気にしてるのかもしれないけど一流のストーカーであるケルベロスの前では無意味だ。帰った後が怖い。
乗り換えてから10分位すると馬車が止まった。
「外していい?」
「まだよ、中に入ってから外すわ」
馬車から降りると手を引っ張られて歩く。
建物の中に入ったのか生活臭がする。
「外していいわよ」
目隠しを外す。そこそこ大きめの屋敷に来たようだ。
人の気配が全然しないし、壁も厚めに作られていて防音もしっかりしている。
目隠しをしていたし、機密情報と言っていたのでここは王族の隠れ家だろう。
もしかしてここで処刑されるとか?アレクシアがいるからそれはないか。
「ついてきて」
階段を上って2階に行き、廊下を歩く。
歩いていると両開きの扉の前で止まる。
「ここよ」
ノックもせずに扉を開けて部屋に入る。
部屋には大きめのベッドが置かれていてシーツが丸まって膨らんでいる。
アレクシアがベッドに近づいて乱暴にシーツを剝ぎ取るとそこには
「これがあんたにしかできないことよ」
膝を抱えて丸まっているアイリス王女がいる。
顔をゆっくりと上げると泣いていたのだろう目の周りが腫れている。
「シド....カゲノーさん」
「シド・カゲノーです。アイリス様」
僕と目が合うと突然
「うああああああ」
泣き始めた。
涙もボロボロと零れて子供の様に泣きじゃくっている。
なだめようとして近づくと抱きついてきて泣き続ける。
「何これ?」
「じゃあ、任せるわよ」
そう言って部屋から出て行った。
この間ガンマに泣かれたけどそれよりも酷い、子供みたいだ。
ベッドに座って頭を撫でながら背中を擦ると抱きしめる力が強くなってその胸が押し付けられる。
泣いてる相手に欲情するなんて絶対に駄目だ!
心を無にして頭を撫で続ける。
「わだぢ...わだぢは」
泣いている所為で上手く喋れていない。
10分位すると泣きつかれたのか寝てしまったので静かに横たえる。
寝ながら鼻をすすっていて涙を流している。
静かに扉を開けて部屋を出て扉を閉める、部屋の前にはアレクシアが仁王立ちしていた。
「どう?」
「一応落ち着いたよ。それで、あれが僕にしかできないこと?」
「そうよ」
意味が分からん、どうしてアイリス王女を宥めるのが僕にしかできないことなんだ。
他の男でもいいだろ、あのイケメン次男とかいっぱいいるじゃん。
「何であんな事になったの?」
「昔からいつかああなるとは思っていたのよ、それが起こっただけ」
「原因がわかるの?」
すると僕を見つめてくる、原因には心当たりがないんだけど。
「この間、どこかの誰かさんに完膚なきまでにボコボコにされたのが原因よ」
ジト目で見ながら、心当たりはあるでしょう?と視線から伝わってくる。
心当たりしかありませんでした。
「今までに負けた事が無かったから、何もできずに負けたのがショックだったのよ」
そんなこと言われても困るんだけど、こっちはただ試合をして勝っただけなのに。
「責任感が強いのよね?」
「いや、でもこれは....」
「責任取れるわよね?」
「分かった....一個聞きたいんだけど」
「何よ?」
「あの熊の人形は....」
「言わないであげて」
見た目と違って可愛い系が好きらしい。
再び扉を開けて部屋に入ると、起きていてベッドに座っている。
サイドテーブルに置かれていたコップに水を入れて渡す。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます...お見苦しい所をお見せしました」
コップの水を一気に飲み干すと、テーブルにコップを置く。
何か話したそうだったのでベッドに腰掛ける。
「私...頑張ったんです。褒めて欲しかった訳じゃないんです、でも...」
そこからポツリポツリと話し始めた。
騎士団を立ち上げたものの予算も人も集まらず、学園が襲撃された時に無理をして引き抜いた団員が死んだことによって風当たりが強くなったこと。
誘拐事件と襲撃事件と立て続けに起こった事件を解決できず、既に維持が厳しくなっている。ゼノンが誘拐事件を起こした事でブシン流に対する当たりが強くなり、自分も巻き込まれている。ブシン祭で優勝すれば巻き返せると思っていたのに訳も分からず負けてしまった。
ベアトリクスの手を借りたのにシャドウを倒すことが出来なかった。
話し終わると膝に顔を埋めてまた泣き始めた。頭を撫でて落ち着かせようとするがさっきよりも泣いていて撫でるだけじゃ落ち着かない。
「アイリス様は....アイリスは頑張っているよ」
不敬罪とか言われても仕方ないが、今はこれくらいしか思いつかない。
様を外してできるだけ親近感を持たせ、ちゃんと話しができるようにする。
「でも....私、負けて....」
「そんなことでアイリスが悪く言われる理由にはならないんだから」
「わだぢ...」
また泣きそうになっている。背中に腕を回して優しく抱きしめアイリスの頭が肩に乗るようにする。
「大丈夫、大丈夫だから」
言い聞かせるように優しく言うとまた泣きだしてしまった。
泣き疲れて落ち着くとキューと締まりのない音が鳴った。アイリスの顔は泣いたのとは別の理由で赤くなっている。
「何か持ってきますね」
ベッドから立ち上がろうとするが
「待って」
腕を掴まれて動けない、随分と弱々しくなっている。
「直ぐに帰ってきますから」
5分程して手を離してくれた。
廊下に出ると笑顔だが目が笑っていないアレクシアがいた。
「『アイリス』ねぇ」
冷汗出てきた。背中に氷が刺さったようだ。
というか聞いてたのかよ。
「すいませんでした」
「いいのよ、距離を近づけたかったんでしょう。だから別に....怒ってないわ」
怒ってないんなら今の間は何だよ。
「調理場はどこにありますか?」
「別に私に敬語を使わなくてもいいのよ」
「調理場、どこにある?」
「....下の階にあるから、早く行きなさい」
ダッシュで階段を降りる。
今度イータに検査して貰おう。
僕に関わった年上は何かおかしくなってるからそういうフェロモン、女性をおかしくするフェロモンが出ていないか調べて貰おう。調べて貰う相手がおかしくなっているから余り結果は信用できないが。
弱っている状態では丁度いい温度の温かい食事がいいと思ったので時間がかかってしまった。
作ったのはお粥だ。消化もいいしぴったりだ。
器を持って部屋に戻ると部屋の前でアレクシアが慌てていた。
「どうしたの?」
「は、早く入って!」
背中を押されて部屋に入ると
「ひっぐ...ひっぐ」
少しの間席を外していただけで魔力が漏れ出る程不安定になっていた。
サイドテーブルに器を置いてアイリスに近づいて抱きしめる。
「大丈夫ですよ」
背中をポンポンと優しく叩く。
「ごめ、ごめん、なさい」
また泣きそうになるが頭を撫でて落ち着かせる。
「お粥を持ってきましたから食べて下さい」
テーブルを移動させて食べやすい位置に移動させる。
ベッドの淵に座っているが食べようとしないし、モジモジしている。
これはもしかしてあれか?
「食べさせましょうか?」
顔を赤くして頷く。やっぱりか。
隣に座りスプーンを持って少しずつ食べさせていく、冷ます時に息を吹きかけるのがくすぐったい。
そこまで量は多くないのに1時間かけてゆっくりと食べた、食べ終わる頃にはすっかり冷めていたが。食べ終わると、僕の膝の上に座って肩に顔を埋める。
やっぱりこれが終わったら検査して貰おう。
「このまま...寝てもいいですか?」
「ちょっとそれは...」
「我儘なのは分かっています....でも、お願いします」
「....分かりました」
少しすると寝息を立てて寝てしまった。本当に寝るとは。
「もう、落ち着い....た」
部屋に入ってきたアレクシアは僕とアイリスを見比べると剣を抜く。
何で怒って...今のアイリスの座り方、座位にしか見えないな。
「私より先に姉様に手を出したのね」
「違うから」
「大丈夫、痛みはないわ。一撃で終わらせてあげるから」
「だから違うから、寝てるだけだから」
疑わしそうな顔で近づいて来て、躊躇なくアイリスのスカートをめくった。
「....シテないわね」
「だからそう言ってるじゃん」
「良かったわね、手を出してたら本当に殺してたから」
怖い、なんか言ってる事がアルファ達に似てきてるんだけど。
疲れた、正直帰りたい。
「帰っていい?」
「そうね....ここまで落ち着けば問題ないでしょう。帰っていいわ」
膝の上からアイリスを降ろして起きないようにゆっくりと寝かせて部屋を出る。
玄関に向かう。
「謝った方が良かった?」
「余計ややこしくなるだけよ」
「それもそうか」
罪悪感が凄いけど確かにややこしくなるだけだ。
玄関に着くとまた目隠しを付けられて外に出る。
「ちょっと待って」
馬車に乗り込もうとすると呼び止められた。
「まだ何かあった?」
他に何かここでやることがあるようには思えないんだが、なんて考えていると唇に何か柔らかい何かが当たった。よく知っている感触だ。
「えっと」
「...ぅ」
「ありがとう?」
「早く乗りなさいよ!」
馬車の中に押し込まれた。
ついにアレクシアとキスをしてしまった、好きではあるがついにしてしまった。
今までは恋人らしいことをしていなかったからアルファ達はそこまでの嫉妬をしていなかったが、これからはそんな甘い事も言っていられなくなる。
付いてきているケルベロスを黙らせるか?
いや、それだけじゃ足りない。アルファ達の嫉妬なんて消し飛ぶ程の何かが必要だ。
ちくしょう、僕の体しか思いつかない。
しかも自分で泣かせて優しくするとか、なんて最低なんだ。
寮に帰ると部屋にケルベロスが侵入していたので、僕の秘技『壁ドンディープキス』でケルベロスを討伐し、服を着替えてイータの研究所に直行した。もう気になって仕方がなかった。
研究所についてイータの部屋に入ると
「お久しぶりです!シド君」
白衣を着たシェリー先輩に出迎えられた。何も変わっていなかった、良かった。
「久しぶり、マスター」
イータもいた、相変わらず髪はぼさぼさだ。
「私もイータさんみたいにマスターって呼んだ方がいいんでしょうか?御主人様?盟主様?シャドウ様?...何て呼べばいいんでしょう?」
相変わらず変な所を気にしているな。
「別に先輩の好きな様に呼んでくれて構いませんよ」
「もう先輩じゃないですよ、シド君」
そんな風に話しているとイータに腕を引っ張られた。頬はリスみたいに膨らんでいる。
「マスター」
「何?」
「私も、もうすぐ、シェリーと、同い年」
「そう言えばそうだったね」
「私も、先輩って、呼んで」
他の皆と比べると随分と可愛い嫉妬だな。
「イータ先輩」
「ふぐぅ」
胸を押さえて苦しそうにしている。
「録音機、早く、作らなきゃ」
「頑張りましょう!」
この2人結構仲いいな。
「シェリーは、天才」
「そんなことないですよ」
照れているがシェリーは学者としては天性の才を持っていると思う。
「これ、シェリーが、作った」
机の上に大量の線が繋がった装置が置かれる。
「何これ?」
「改良型『脳ミソちゅーちゅー君』試験機です!」
知らない間に天才と天災は化学反応を起こしてとんでもない物を生み出していた。僕の知っているシェリーはもういなかった。
「これは小型、軽量化を重ねて生み出した最新版です!より精度の高い記憶の抽出が可能になり使用した対象が廃人....再起不能になることなく記憶を抽出する事ができるようになり、更に使用者の魔力操作の練度により欲しい記憶だけ取り出せるようになり、抽出した記憶は専用の解析装置で鮮明に映し出すことができます!さらにさらに.....」
シェリーもマッドサイエンティストになっていた、悲しい。
廃人って聞こえたのはきっと気のせいだ。
このままだとずっと喋り続けそうなので本題に戻す。
「今日は頼みがあって来たんだ」
「マスターが?珍しい」
「検査して欲しいんだ」
『脳ミソちゅーちゅー君』を机の上から叩き落とし机の上に飛び乗り、覗き込んでくる。
2人の顔つきが一気に変わった。まさしくマッドサイエンティストといえる表情だ。
「気になる事があるから血液検査して欲しい」
「気になる事?」
「....フェロモン」
『?』
「フェロモンが出てないか気になったんだ」
『?』
うん分かる。そういう表情をする気持ちは凄く分かる、自分で言って何言ってるんだと思うもん。
「と、とにかくサンプルを用意しましょう」
棚からシャーレを取り出して机の上に置く。
「一滴でいい?」
「一滴で十分ですよ、というよりそれ以上出すと....」
「喋りすぎ」
イータがシェリーの口を塞いでいる。
それ以上出すと録な事に使われないと言いたかったんだと思う。
指を嚙み切ってシャーレの上に血を垂らすと蓋がされよく分からない装置に入れられる。
「1日すれば結果は出ますから」
1日か結構早いな。
「ところで、マスター」
「何?」
「フェロモン、どういう事?」
やっべ忘れてた。
いつもの無表情じゃなくて答えるまで帰さないと言っている、ベッドの上以外では表情が変わらなくて心配していたけどそんな顔もできる様になったんだね。全然嬉しくないけど。
ガシャン!と入口にシャッターが降りてきた、頑丈な作りになっているから突破するのに時間がかかりそう。目の前にはジト目の2人がいる。
「最近ちょっと色々あって...」
「噓ついてる」
「そんなことは...」
「自白剤、用意」
「分かりました♪」
「言うから止めて」
シェリーは懐から謎の液体が入った瓶が取り出し蓋を開けようとするので止めた。このマッド共め!
「最近女性と会うことが増えたから」
「マスター、私の事、蔑ろにしてる」
「うん、それはごめんね」
「私だって...」
「ごめん」
胸が痛い、僕本当にクズじゃん。
「その....僕に関わった女性がおかしく?なってるから、そういう匂いが出てるんじゃないか調べようと思って」
急に静かになった、沈黙が気まずい。
喋るまで待っていると、息を合わせたように2人が飛びついて来た。
「な、何?」
「匂いなら、嗅ぐ方が、早い」
「そそ、そうですよ!決して疚しい気持ちは...ありません!」
今の間は何だよ?疚しさしかないじゃないか。
2人は全身の匂いを嗅ぎまくり、突然顔を上げ離れる。
「結果、出た」
「いや、検査は?」
検査した意味は?
「マスター、女をダメにする、フェロモン、出てる」
「いや、検査は?」
「かなり濃い、これは、危険」
「いや、検査は?」
「そんなもの、必要、ない」
おい科学者、なんの為の検査だよ?
「暫く、女と距離、置くべき」
「それ、監禁したいとかじゃないよな?」
2人揃って顔を逸らす、お前らもか。
「隔離措置、推奨」
「だから、検査は?」
「必要、ない!」
言い切った、何て奴だ。科学者としてのプライドとかないの?
それわざわざキメ顔で言うことか?
「マスター、ダメ女製造機」
「酷い」
「酷く、ない」
「風評被害だ」
「そんなこと、ない」
「根拠もないでしょ」
「ある」
絶対に碌でもない根拠だ。
「私達、マスターに、ダメ女に、された」
イータの隣ではシェリーが何度も頭を縦に振っている。
「そんな事してない」
「マスター居ないと、生きてけない」
何それ?怖いんだけど。
ダメ女製造機だって?言い過ぎだろう。僕の周りにダメ女なんて1人も....
一緒に帰るために生徒会の仕事を片付けた王女様。
やたらと迫ってくるツンデレ。
僕の妻になる為に画策するお姉ちゃん。
僕の観察日記を付けているエルフ。
人の逢瀬に乱入してくるケルベロス。
知らない女の匂いが付いていると襲い掛かってくる獣人。
叔母と手を繋いだだけで、繋いだ手に嚙みついてくる金髪エルフ。
うん。ダメ女しかいないな。
現実とちゃんと向き合わないとけないな。
僕はダメ女製造機だった。
シドを見送って屋敷に戻ったアレクシアの顔は赤くなっていた。
「私...しちゃったのよね」
唇に触って感触を思い出す。
硬いのかと思っていたら意外に柔らかく温かい、それにこれはただのキスではなく宣戦布告だ。
彼に近づく女に自分の存在を示し黙って見ているつもりもないし、諦めるつもりもないということを伝えるためだ。
「諦めてたまるもんですか」
決意をし、早足で姉が眠っている部屋に戻る。
部屋の扉を開けるとベッドの上には熊の人形を抱えていた姉が起きていた。
(まさかいなくなったのに気づいて起きたわけじゃないわよね?)
眠ってから起きるまでが早すぎる。
「シドさんは...その」
「帰って貰いましたよ、もう時間も遅いですし」
(シドさん...ね)
連れて来た時は『シド・カゲノーさん』なのだったのが今は『シドさん』なのだ、嫌な予感がしてきた。熊の人形を強く抱きしめてぼそりと呟いた。
「...男爵...年下...禁断の関係」
アイリスが呟いたのをアレクシアは聞き逃さなかった、そしてやっぱりかと思った。
あの男は女たらしなのだ、無自覚なのがたちが悪い。
女が弱っている所に優しくしたり、望みに答えたりと女を惚れされるような事しかしていない、これが分かってやっているのであればほだされたりしないが、やっている本人に自覚がないので嫌うこともできない。自分もそうである事を認めたくないがあの男に落ちた女には共通点がある。
「あの...アレクシア」
「何ですか?」
「その....お付き合いしているんですよね?」
「そうですけど、それがどうしました?」
他にも女がいて、彼を狙って争っている事は言わない。
「こ、これは...その、知り合いの、話なんですけど」
こういう時は大抵、本人の話だということは分かっているので姉の話だと思った。
「知り合いに妹さんがいて、恋人がいるんですけど。知り合いが妹の恋人を好きになってしまったんですけど」
「それでどうなったんですか?」
熊の人形の形が変わる程に強く抱きしめ耳まで赤くなっている。上目遣いでアレクシアを見ている。
「その...し、姉妹で1人の男性を...共有するのはやっぱり、ダメ...ですよね?」
そう、彼に落ちた女は認めたくはないが自分含めてアホになってしまう。
そして姉もアホになってしまった。
王国最強の女は妹の恋人、しかも年下の少年に恋心を向け姉妹で共有できないか妹に遠回しに提案するアホな女になってしまった。
高潔で人々を導く王女はもういない。