シャドウガーデンの教育育成担当のラムダは珍しく王都を訪れていた。
理由は下着の採寸である。
女性として成熟し、成長が終わっていたはずの体は敬愛する主と体を重ねたことで少しずつではあるが成長し続けており、付けていた下着のサイズが合わなくなってしまったのだ。
胸部装甲(偽)を持つエルフが聞けば悔しがる事は間違いない。
下着のサイズならアレクサンドリアでも採寸できるのだが、最近主と会えていなかった彼女はわざわざ王都まで来たのだ。
主に会いに来たなど恥ずかしくて口が裂けても言えないので偶然を装うとしているのがまた彼女らしい。
「黒はやりすぎだったか?」
今まで白を使ってきたが思い切って黒を選んだ。
肌の色とは反対の白は主からも高評価を得ていたが、反対の黒に挑戦して不安と期待が表情に入り混じっている。
「ん?子ども?」
離れた曲がり角から6歳ほどの子どもが走って来ている。
「待ちなさい!!」
その後ろからは上司達の声も聞こえてくる。
「猫の着ぐるみ?」
走ってくる子どもは何故か猫のパジャマを着ている。
腰の辺りに尻尾がついて、パーカーには猫耳が付いている。
「誰かが産んだ?...しかしそんな話は聞いていない」
幼い時の主の顔は知らないが幼くすればそうなると思える顔立ち。
誰かの子供だとしても年齢が合わない。
隠し子がいたとしても、子どもの年齢からすれば主が9歳の時に産まれた事になる。
あり得ないし、もしいたとすれば情報が来ているはずなのにそんな事は聞いていない。
「ラムダ!シャドウを捕まえて!!」
子どもを追って現れた七陰から告げられた衝撃の事実。
走ってくる子どもが主の子どもではなく本人という衝撃の事実。
「シャ、シャドウ様!?」
驚いたが納得もした。
訓練を受けなければあり得ない静かな走り方、そして力強い眼差し。
驚いたのも束の間の事、捕まえようと身を屈めて手を伸ばすが
「へ」
小さくなった主は腕の間をスルリと通り抜けスカートの中に潜り込み足にしがみついた。
「シャドウ様!?何をされているのですか!?」
やはり恥ずかしいのか顔を赤くしてスカートの中にいる主を引きずり出そうとする。
「イヤだ。絶対出ない」
「ふぁ...か、可愛い」
主に頭をやられている彼女には効果が抜群だった。
今日も清々しい朝を迎えることは出来なかった。
怖くて目は開けれていないが状況はよろしくない。
体に鎖が巻きつけられて、周りには複数人の気配があり僕の顔を覗き込んでいる。
「寝たふりは止めて起きなさい」
起きるしかないか。
「おはよう、シャドウ」
「おは...」
「朝の挨拶ぐらいちゃんとしなさい」
僕も礼儀だからちゃんとしたいよ。
でもその前に僕の口に放り込もうとしたその錠剤が何か教えて欲しい。
「これ?これは.....元気になれるお薬よ。だから飲みなさい」
毒々しい紫色の薬が元気になれる薬のはずがない。
「ほら、飲みなさい」
薬がぐりぐりと押し付けられるが飲まない。
碌な事にならないのは分かり切ってる。
「飲みなさい」
絶対飲まない。
「飲みなさい」
劇薬なのを分かって飲むほど僕はバカじゃない。
「仕方ないわね、ベータやりなさい」
「はい」
ベータが覆いかぶさってきたけど何をするつもりなんだ?
キスだとするなら僕の方が有利だし、口移しだってさせるつもりはない。
「失礼します」
ベータの胸部装甲が顔に押し付けられた。
相変わらずベータの胸部装甲は大きいし、柔らかい。
なんか歯軋り聞こえる気がするけど気のせいだ。
本当に柔らかい。
柔らかい。
柔らか....
「んーーーーーーーーー!!」
息が!鼻が塞がれて息ができない!!
「んーーー!んんーーーーーー!!」
体をよじって抜け出したいが鎖が邪魔だ!息できない!
「もういいわよ」
「はい」
やっと解放された。とにかく酸素を....
「隙あり」
「え?......あ」
深呼吸した時に投げ込まれた何かを飲み込んでしまった。
アルファの手にあったはずの錠剤がない。
や、やられた。
「熱い、何これ」
血は沸騰したのかと思うほどに熱くなり、体から力が抜けていく。
蒸気も出ている。
これ縮んでないか?
こんな事の為に僕に薬を盛ったの!?
蒸気が収まると、小さくなった手と足があるのを感じた。
体中を触って確かめてみるがやはり縮んでいる。
「ちっちゃくなってる!!」
『きゃあ~~~~~~~♡』
「ボスちっちゃいのです!!」
五月蠅い。
「解毒剤ちょうだい」
『可愛い~~~~~~~~♡』
「かわいいのです!!」
「五月蠅い」
6歳児の体なんて不便でしかない。
早く元に戻せ。
「ふぐぅ」
「本当に可愛いわ♡クレア・カゲノーはずっとこんな幸せを感じてたのね.....癒されるわ~~~~」
「は、離せ」
「ズルいですわアルファ様!!」
今度は何?
「ふみゅ」
「可愛いですわ♡こんな至宝があるだなんて!新しいシャドウ様人形を作らないと!!」
「だから、離せって」
「ガンマ、交代」
またかよ。
「ん、可愛い、腕に収まるのいい、可愛い♡」
「この、マッドが...」
「ちょと!イータ代わってよ!」
体が縮んでるせいで力が出ない。
「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い♡あ~~もう無理~~~~こんなの我慢しろって方がおかしいよ!主可愛い♡えへ、えへへへへへへへ♡」
「離せ」
ゼータは本気で怖い。
「代わるのです!雌猫!」
「うみゅ」
「えへへへへ♡ボスの手ちっちゃい!足もちっちゃい!ボス可愛い♡」
デルタだけまともだ。母性本能ってやつなのか?
「ちょっとデルタ代わりなさいよ!」
「何するのですイプシロン!」
「ぶふっ」
イプシロンの胸部装甲(偽)に顔が埋もれる。
「あ~~~もう可愛い♡ほっぺたもモチモチしてるし可愛いすぎる~~~~~~~~♡」
「ぐ、ぐるじい」
だから、息が、できないんだって。
「代わりなさいよイプシロン!!」
「何するのよベータ!いいところだったのに!」
今の僕がベータの胸部装甲に埋もれると窒息する...
「夢にまでみた小さいシャドウ様を抱きしめられるなんて......ふへへへへへへへへへへ♡」
「たす....だずげ.....」
し、死ぬ.....誰か、助けて。
「ベータ交代しなさい!」
「アルファ様はさっきしてたじゃないですか!!」
「関係ないわよ!交代しなさい!!」
「た、助かった」
死ぬかと思った。
「何事ですか!!」
扉が開いて臨戦態勢のケルベロスが入って来る。
この状況を収集できるのは彼女達しかいないか、できれば頼りたくはないが。
「助けてニュー」
「え......シャドウ様?」
何で分かるの?
センサーでも付いてるの?
「うん、だから皆を止めて」
「....」
「ニュー?」
固まってしまった。
「おーい」
何で動かないんだ。まさかアルファ達と同じで衝撃を受けたとかか?
「あ、あ、あ、あ、あ」
オメガがガタガタ震えてる、何か良くない物でも食べ.....
「あああああああああああ!!」
猛ダッシュで突っ込んでくる。
バーサーカーの方だったか。
「止まりなさいこの馬鹿!!何をしようとしたんですか!?」
「少しは理性を保て!!」
意識を取り戻した2人に取り押さえられた。
カイが言っても説得力0だからな、この前2人で出掛けた時襲ってきたじゃないか。
「離せ!!離せぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「黙れ!!」
「ぐふぅ」
結構強い当て身が入ったな。
「失礼しました」
雑に引きずられていく。
ちょっとだけかわいそう....そんなことなかったな。
「ねえ」
僕の取り合いで叫びあっているから聞こえてないみたいだ。
「おい」
圧を込めて呼び掛けてようやく反応する。
「正座」
「あの....」
「正座」
「はい」
全員ベッドから降りて正座する、僕はダボダボの服を着たままそれを見下ろす。
「いつから計画してたの?」
「この前ニューをお姉ちゃんって呼んでた時から」
「はぁ」
「怒ってる?」
「呆れてる」
怒りはとっくに通り越した。
嫉妬したからって僕を縮める事はないだろう。
「イータ」
「ん、なに?」
「解毒剤ある?」
「ある」
解毒剤があるのならこの酔狂に付き合うのもいいか。
「僕が飽きるまでなら付き合うよ」
「い、いいの?」
ここらでガス抜きしておくのもいいかな。
「いいけど、その前に服頂戴」
シャツはいいけど下はズボンを巻き付けているから着替えたい。
「服ね、用意してるから大丈夫よ」
用意してたのか。
「ありがとう」
「手伝うわ」
「1人で着る」
「手伝うわ」
視線が下半身に行っているから考えてることが手に取る様に分かる。
「1人でもできる」
「でも....」
「部屋から出ていかないと1週間は口きかない」
「うっ、分かったわ」
肩を落として部屋を出ていく。
受け入れたら僕の尊厳が確実に死んでいた。
「屈辱だ」
子どもの時は何も思わなかったが成長してから、着るとなると羞恥心がある。
はあ、こんな事になるならやらなきゃ良かった。
性癖拗らせた人達の相手も大変だ。
「入って来ていいよ」
バン!!
もうちょっと静かに開けろよ。
『ああああああああああああああ!!』
「五月蠅い」
『可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ♡』
「ボス可愛い!」
本当に五月蠅い。
ニューとカイが追加されてるから余計に五月蠅い。
『ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁ♡』
「五月蠅い、黙れ」
本当にしつこい。
「ね、いいでしょう?」
「何が?」
「小さくなったからいいでしょう?ね?ね?ね?」
圧が凄い。
そういう呼ばれ方をされたいから行動した行動力の凄さに驚くべきなのか、欲望に忠実な部分に呆れるべきなのかよく分からない。
「お姉ちゃん」
「違う」
「何が?」
「アイリス王女の時は名前が入ってた」
何その執念、名前が入っていようが大して変わらないだろう。
「変わるわよ、名前が入っているの入っていなのでは幸福度に凄まじい差があるの」
「知らないよ、心読むな」
嫉妬深いにも程がある。
「嫉妬じゃないわ、これは....正当な報酬よ。組織の長として貴方が払うべき私達への報酬の一部を要求してるだけ、断じて嫉妬ではないわ」
すっごい早口でまくしたてるな。
僕が払うべき報酬って....君ら僕の知識で稼いでるんだからそれでいいじゃないか。
散々搾り取ってるんだからそれでいいじゃないか。
「ほら、呼んでみて。『アルファお姉ちゃん』って」
そんなキラキラした目で見られても。
「わくわく」
それは口に出すようなことではないと思う。
「わくわく」
.....あれなんだこれ?.....いや、そんな訳ない。
「ねぇちょっと」
「.....」
「え.....まさか」
違う、そんな訳ないんだ。
「て、照れてるの?」
「て、照れてない」
そんな訳ない、こんな事で照れるわけない。
『照れてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ♡』
「照れてない」
『可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ♡』
「ボス照れてるのです?」
「照れてない」
「ボス照れてる!!」
照れてない。別に身内だから恥ずかしいとかそんなのはない。
「照れてないんなら呼べるでしょう?ね、ほら呼んでみて」
「ア.....」
「わくわく」
「ア、アルファ....お姉ちゃん」
「あはぁぁぁぁぁぁ♡可愛いぃぃぃぃぃ♡」
僕はどうして屈辱を感じているんだ。
「シャドウ様!次は私!私です!!」
「...ベータ...お姉ちゃん」
「あぁぁぁぁぁぁぁ♡」
膝から崩れ落ちた。
「次は私です!お願いします!!」
「ちょ、ずるいわよイプシロン!」
「そうだよ!抜け駆けしないで!!」
「胸、もぐぞ」
「イプシロンお姉ちゃん」
「うひぃ♡」
イプシロンも崩れ落ちた。
「お姉ちゃん.....ふひひひひひひひひひひひひ♡」
こわっ。
「シャドウ様!私もお願いします!」
「ガンマお姉ちゃん」
「幸せぇぇぇぇぇぇぇ♡」
「主!ほら『ゼータお姉ちゃん』って呼んでよ!!」
「ゼータお姉ちゃん」
「頭おかしくなるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁ♡」
祈るように手を組みながら崩れ落ちた。
「マスター、ほら、お姉ちゃん、だよ?」
「イータお姉ちゃん」
「ふぎゅ....これは、凄い、録音してて、良かった」
録音してるの?
それは恥ずかしいな。
「ボス!デルタのこと忘れてる!」
「デルタお姉ちゃん」
「デルタ、ボスのお姉ちゃん?」
「そう呼んでるだけ」
「デルタはボスのお姉ちゃんなのです!ちっちゃいボスはデルタが守るのです!!」
「うん、もうそれでいいよ」
この体でデルタの相手をすると疲れるからもうそれでいい。
無駄に体力は使いたくない。
7人を相手にしただけでいつも以上に疲れている。
「シャドウ様!」
2人が帰ってきてる。
「私達もお願いします!」
「この前呼んだでしょ?」
「名前が入っていません!」
どうしてそこまで拘る?
入っていようが入っていまいが違いはないだろ?
『違います!!』
だから僕の心を読むなって。
『わくわく』
うーん呼ばなかったら呼ぶまで迫ってくるな、これ。
仕方ないか。
「ニューお姉ちゃん」
「耳がぁ!!耳が犯されるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
耳を抑えて陸に打ち上げられた魚みたいにのたうち回っている。
「シャドウ様!お願いします!もう我慢できません!!」
「カイお姉ちゃん」
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!頭が!頭がおかしくなるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ♡」
ガス抜きにはいいと思ったけど、ここまで溜めこんでいたとは思わなかった。
しかしお姉ちゃん呼びがここまでの破壊力を持つとは、この姿だからというのもあるだろうけど。
リスクが高いがアルファ達に言うことを聞かせるための手段として一考する価値はあるか。
屈辱だ。
「次はこれよ!」
「いえ、こっちです!」
力で敵わないから反抗できずされるがまま、やりたい放題だ。
「いい!いいですよ!こっちに目線を下さい!!」
「クソ!!フィルムが足りない!!だがこれを撮らないなんて有り得ない!!」
ミツゴシブランドの子ども向けの服を次々に着せ替えられている。
まるでマネキン扱いだ。
「ボス元気ない?」
「そんなことないよ」
「でもしょんぼりしてるのです」
「大丈夫、大丈夫。気にしないで」
元気がないんじゃなくて、考えるのを放棄しようとしたけど屈辱感で失敗してやる気がなくなっただけ。
見た目は6歳だけど中身は15歳、この歳になって子ども向けの服を着せられるなんて屈辱だ。
もしこれをアレクシアに見られたらもう学園には通えない。
絶対にネタにしてからかわれる。
「次は私だね。とっておきだから皆期待してて!!」
さっきまで着せられていた短パンと半袖シャツが脱がされる。
抵抗するのがしんどい。
『きゃわいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ♡』
「ネコちゃん♪ボス可愛い♡」
「主が......主がネコちゃんにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ♡」
ゼータが着せたんじゃないか。
何このパジャマ。腰の所から尻尾が生えてるしフードには耳まで生えてる。
「フィルムが切れた!!補充行ってきます!!」
ニューとカイが勢いよく部屋から出ていく。
「私達も行くわよ!!」
「まだ試したいのもありますしね!」
「この際、試作品も持ってきましょう!!」
「よくわかんないけどデルタも行くのです!!」
そして部屋から出ていく。
「逃げよ」
今ならなんとか逃げられる。
勿論ミツゴシの外には出られない、だがここには僕を守ってくれそうな人が沢山いる。
誰かに匿ってもらえればそれでいい。
「廊下が長い」
体が縮んでいるせいで、足も短くなっている。そのせいで普段なら何も考えずに歩くだけの廊下が何100mも続いている様に感じる。
階段も同じく一段一段をゆっくりと降りる事になる。
「誰もいない」
下の階に降りて誰かに匿ってもらおうと思ったが誰もいない。
事前に近づかないように遠ざけておくとは用意周到だな。
どこでもいいからとりあえず隠れて......
「こっちからボスの匂いするのです!!」
クソ!もうかよ!
これ以上着せ替え人形にされてたまるか!
ドタドタと走る音が上から聞こえてくる。
速く誰か見つけて匿ってもらわないと。
「ヤバイ、追いつかれる」
上からなっていた足音が後ろから聞こえてくる。
「ん?子ども?」
曲がり角を曲がるとラムダがいた。
なんという奇跡的なタイミング!ラムダなら僕を守ってくれる。
「待ちなさい!!」
もう追いついたのか。
でもこの距離なら僕がラムダに......
「ラムダ!シャドウを捕まえて!!」
おっとぉ。
「シャ、シャドウ様!?」
これは僕を守ってくれそうにないな。
状況が掴めていないようだが僕を捕まえる気のようだ。
....ごめん、ラムダ。
今の僕に思いつく安全な場所はもうそこしかないんだ。
だからごめんなさい。
ラムダに近づくと捕まえようと腕が伸びてくる。
「へ」
腕の間をすり抜けスカートの中に入り足に全身でしがみつく。
「シャドウ様!?何をされているのですか!?」
スカートの中から引きずり出そうと色々しているが僕は絶対に出ない。
「イヤだ。絶対出ない」
「ふぁ...か、可愛い」
これでラムダは僕の味方になってくれた......はず!
「何をしているの?今すぐそこから出てきなさい」
お怒りのようだが僕にはラムダという保護者がいる....保護者って何だっけ?
「あのシャドウ様、私も恥ずかしいので.....出てもらえると嬉しいです」
「アルファが僕を虐めるんだ」
「どういう事でしょうアルファ様?」
噓は言っていない。
僕は抵抗したのに無視して着せ替え人形にしたんだから虐めているのと同じだ。
「い、虐めてないわよ!ちょっと着せ替え人形にしただけじゃない!」
「.....それでしたら虐めたとは言えませんね」
おい、僕を守れよ。
「僕はイヤだって言ったのに」
「アルファ様?」
「シャドウ!それは卑怯よ!!」
.....ごめん、ラムダ。
事故なんだ、見るつもりはなかった。
上目遣いで見上げようとしただけで決して見ようとしたんじゃないんだ、スカートの中にいたのを忘れてたんだ。
.....しかし、黒か。
肌の色とは反対の白も悪くなかったが、黒は黒でくるものがある。
ラムダが黒を選ぶとは意外だ。
カワイイ系が好きだからピンクとかもっと明るい色を選ぶと思ってたから意外だ。
普段使いでそのスケスケを使うのなら僕も色々と話したい。
ないとは思うが他の男に見られるのは嫌だからね。
「あの....シャドウ様」
「どうしたの?」
「その....そんなに熱心に見られると....恥ずかしい、です」
流石に気づくか。
「何してるんですかシャドウ様?」
「この機会に教育しておくのもいいかも」
「それもそうね」
教育!?一体僕にナニをする気なんだ!?
「怖い...ラムダ助けて」
「ぐっ、可愛い」
「ラムダ?」
「とにかく状況を説明していただければ助かります。まだ頭が追いついていないので」
「アルファ様」
「何かしら?」
「バカですか?」
うわ、ハッキリ言うな。
「私達は悪くない、悪いのはシャドウよ」
「だからといって自衛が難しくなるような状態にする必要があるとは思えませんが?」
「....でも」
「でも?何ですか?」
「.....何もないわよ」
立場はアルファ達の方が上だが、表の世界での立ち振る舞いを仕込んだのはラムダだから強く言われると反論できない。
やはりラムダを頼って正解だった。
「ひゃ」
ごめん、息がかかった。
「出てきてもらえないでしょうか?....本当に恥ずかしくて」
恥ずかしがる理由が分からない。
こんなのは比べ物にならないほど恥ずかしい事を一杯してるじゃないか。
メイド服とか他にも色々と。
「これ以上は....」
泣きそうになってるから出た方がいいな。
スカートの中から出るとジッと見つめられる。
「もう着せ替え人形にしない?」
「....しない、わ」
なんだか不安だな。
「僕はオモチャじゃないのに、オモチャみたいにされてイヤだった」
必要なのはアルファ達に罪悪感を抱かせる事だ。
顔を俯かせて目を潤ませながら声を震わせる。
「ううっ」
アルファの顔が苦痛に歪む。
他の皆も苦しそうにしている。
「....ごめんなさい」
「ボス、ごめんなさいなのです」
あ、デルタに謝られると僕にもダメージがくる。
早まったか。
「シャドウ様、もうしませんので許してくださいませんか?」
「しない?」
「しません」
「分かった、いいよ」
息を飲む。
先程の今にも泣きだしそうな表情から一変して幼い少年の眩い優し気な笑顔にただ息を飲む。
自分達はなんという事をしてしまったのだろう、主をオモチャにして悲し気な表情をさせるなんてあっていい事ではなかったのにと懺悔する。
(勝った)
何度も地雷を踏みまくったシドは少しだけ、ほんの少しだけ学習したのだ。
あえて罪悪感を抱かせてから途轍もなく優しい表情を見せる事で、コントロールする。最低である。
それに気付かない彼女達も鈍感すぎる。
「いいの?」
「いいよ」
「ありがとう」
許しを得て部屋に戻ろうと歩き出す。
「ラムダ、抱っこして」
聞こえてきた言葉に踏み出した足を止める。
抱っこ?抱っこだって?
振り向くとシドがラムダに向かって両手を伸ばしている。
嫉妬の視線を受けたラムダは冷汗を滝のように流す。
「だ、抱っこ、ですか」
「ちっちゃくなったから歩くのがしんどい、抱っこして」
シドはどうせ子どもの姿なのだからと恥も外聞も捨て、その姿にふさわしい振る舞いをする。
ラムダの前に天秤が現れる。
片方の皿には向けられる嫉妬の視線に負けてシドを突き放すという選択肢が、もう片方の皿には小さくなった主を願いのままに抱き上げるという選択肢が乗せられている。
どちらを選んでも地獄ではある。
突き放して罪悪感を感じるか、幸せを感じながら上司と同僚の嫉妬の視線を受けて胃を痛めるか。
そしてラムダは久々に主と出会えた事と頼られた事で頭が緩くなっていた。
「ありがとう」
欲望に負けて小さくなった主を抱き上げ優しく抱きしめる。
そして目の前にある幸福を選んだ代償はやってきた。
嫉妬の視線が向けられる。
妬ましい、羨ましい、代われよそこ。
言葉に出していなくとも視線から伝わってくる。
もう少し考えてから動くべきだったと反省しながら胃を痛める。
「ラムダ、どうしたの?」
腕の中にいる主が不思議そうに首を傾げるとパーカーについた猫の耳も合わせて揺れる。
「なんでもありません、お気になさらず」
胃の痛みに耐えながら笑顔を向ける。
向けられる嫉妬の視線は自分がした選択の結果なのだから受け入れるべきなのだ。
(ああ、なんと幸福なのだろう....これでしばらくは頑張れる)
小さくなった主を抱きしめることのできる天国と、上司と同僚から嫉妬の視線を向けられる地獄を同時に歩くラムダの胃は人生初の痛みを感じている。
だがラムダに後悔はない、ちっちゃくなっても大事な主がいるからだ。