もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』 作:388859
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藤丸立香、という少年がいる。
取り立てて書くこともない、平凡な少年。武の才能も、魔の才能もなく、戦略家と言えるほどの知識もない。そんな少年が、人類最後のマスターになって一週間が経った。
聖杯探索、グランドオーダー。焼却された世界を救うための旅。そんな存在に抜擢された少年は、今。
廊下で一人、踊っていた。
「……、……」
踊っているというと、少し語弊がある。
より正確には、誰もいないだだっ広い廊下で、鼻唄を口ずさみながらステップ紛いに足を動かしている。無論ダンスと言えるほどのものでもない。左右に首を振りながら、ついでに思い付きのステップを踏む。年頃なら誰だってやることだ。耳には白いイヤホン、懐から伸びるコードに繋がれているのはカルデア特製の端末。
大音量で奏でられる管楽器。低音の男が早口で捲し立て、曲はまるで高速道路を走る車のように流れていく。
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男二人のデュオ。ブルースらしく小気味いいリズムに力強い歌詞が、藤丸の心に力をくれる。
両親が教えてくれた曲の中で、藤丸が好きな曲の一つだ。
この一週間、藤丸は毎朝人っ気のない廊下を歩きながら、踊っている。それは彼がこの非常事態が分からないお気楽者でもなければ、空気が読めない愚か者でもない。
単純な話、これは習慣だ。少なくとも、藤丸立香にとっては正気を保つ術なのである。
世界が滅びる前に、いつも元気をくれた曲達。
しかし今は全て燃え落ち、唯一残ったのはその音楽と、思い出だけ。
故に藤丸はイヤホンを耳から外さない。滅ぶ前の日々を忘れないように、自身にのし掛かるプレッシャーから逃げるように。
届く音楽に任せ、首を振り。周囲に人がいないことに、ちょっとしたステップ紛いのことまでしてる姿は、正直痛いし間抜けだ。だが、だからこその息抜きであり、あくまで健全な男子としては仕方がないと藤丸は開き直った。
「フォウ!」
「むお?」
と。
ころころ、と鈴が鳴るような声。前からやってきた白い毛むくじゃらの動物が、藤丸の周囲を駆け回る。イヤホンを外すと、彼はそれに話しかけた。
「おはよ、フォウくん。君はずっと元気だなあ、感心感心」
「フォウ、フォフォウ!」
「え、元気出せよって? やだなあ、こっちはこれでも元気出してるつもりだよ? まあこの状況だと、空元気にしか見えないか」
少し苦笑い。こんなリスの親戚みたいなのにまで心配されるとは。
何せ窓の外はずっと曇天、絶えず吹き荒ぶ豪雪。壁や床、身にまとう服すら真っ白なカルデアは日本育ちの藤丸からすると、まるで大学病院のように清潔で、汚れがなくて、落ち着かない。何処までいっても余所者の気分だ。
青い空と自宅が少し恋しくなってきたけれど、それはそれ。いちいち言っていたらキリがないのは、この一週間で理解していたし、何より自分は一人ではない。
「あ、先輩。おはようございます。ここにいたんですね」
フォウくんを一通り撫で終わったところで、廊下の向こうから一人の少女が歩いてくる。
少女、マシュ・キリエライトはいつも通り起伏のない表情で、しかし眼鏡の奥の瞳を少しだけ輝かせながら、
「昨日のシミュレーションで随分お疲れみたいでしたので、ドクターに今日の起床時間を遅らせてもらったのですが……あれだけ踊れるのなら、大丈夫ですね」
「ぐぬ。もしかして、見てた?」
「はい。不思議なダンスでしたが、もしやあれが日本の盆踊りというものですか?」
「ふ、普通のダンスですぅ……」
下手くそなのは自覚していたが、まさかそこまで変だとは思っていなかった。少しガックリする藤丸。
何故か盆踊り(偽)を真似していたマシュも、すぐに失言だったことを察し、
「す、すみません。ダンス自体、私にとっては未知のものだったので……ダンスとは、楽しく身体を動かすことだとドクターから伺っていますから、何も問題はないかと。はい」
はいじゃないが。こちとらステップ踏んでたつもりなのに暗黒盆踊りと勘違いされたのだ、せめて鏡の前で練習しようと心に決める藤丸。
さて、と二人でだだっ広い廊下を歩いていく。
「今日の予定を確認しますか?」
「ううん、大丈夫。流石に今日は何するか分かってるから」
フォウを肩に乗せて、藤丸はふう、と息を吐く。
「……いよいよサーヴァントの召喚、だもんね」
サーヴァント。
古今東西存在していた、歴史の偉人や英霊などが使い魔としてこの世に現れた存在。
魔術の中でも最高ランクの召喚術……何だとか。そもそも藤丸は魔術師でもないので、それがどのくらい凄いことなのかいまいち想像出来ない。というか、魔術のま、どころか箒に乗って世界一周とかやれる!?みたいな藤丸からしても、この状況そのものがスゲーことなのでは?と思うのだが。
「スゲーこと、ですか。確かに類を見ないことではありますが、これからサーヴァント召喚は何度か行うことになりますので、慣れていくと思いますよ」
「そうかなあ……サーヴァントって言ったらマシュも一応そうなんでしょ? だったら召喚する必要なくない?」
「そ、それはそうなのですが……」
忸怩たると言った顔のマシュ。
こう見えて、マシュはデミサーヴァントと呼ばれる人間と英霊の融合体なのだ。クラスはシールダー。冬木の特異点ではそれはもう盾をぶんぶん振り回したり、守ってくれたり、八面六臂の活躍だった。
しかしマシュ本人はそうでもなかったらしく、
「いえ、あのときはクー・フーリンさんがいらっしゃったので、私は守りに徹することが出来ただけですし……次の特異点、オルレアンを私単独で攻略するにはやはり力不足かと。守るだけでは勝てませんから」
「うーん、そっかあ……でもなあ」
「? 先輩は何か心配事でも?」
「そりゃあ心配だよぉ……」
だって英霊である。前回の特異点冬木では、クー・フーリン以外みんなサーヴァントは敵だったが、誰も彼もおっかなかった。よくあんなクレイジーな面々に追っかけられて、チビらなかったもんだと自分を褒めてやりたいところである。
そんなわけで英霊=おっかないの図式が出来上がった今、新たにサーヴァントを召喚するというのは怖い。しかも今回の召喚は完全なランダム。一応触媒というもので召喚する英霊を絞ることも可能らしいが、
――初めは何事も肝心だからね。君というマスターをサポート、または理解者を呼ぶとするなら、ここは触媒無しの召喚の方が都合が良いのサ☆
と、TSした近代芸術家おねーさんに言われてしまっては、ぐうの音も出ない。万能の天才を自称するだけあって、そこは信用出来る。
「うーん……マシュはどんなサーヴァントだったら嬉しい?」
「そうですね……やはり、私は攻めが不得手なサーヴァントなので、前衛、または遠距離での攻撃が出来るサーヴァントが望ましいかと。それこそクー・フーリンさんのような歴戦の勇士であれば、なお良しです」
「いやそうじゃ……いやそういうこともあるけど。例えばほら、怒りっぽい人よりは、優しい人がいいでしょ?」
「?……人理を修復する上で、性能以外に重視することがあるのですか?」
「あー……」
そういうことじゃなく、
「ほら、レフ・ライノールよりはさ。ドクターみたいなサーヴァントが来てくれた方が嬉しいでしょ?」
「……なるほど、そういうことでしたか。ならご安心を、マスター。あなたの声に答えてくれるサーヴァントはきっと、あなたと同じように善良な方に違いありません」
そこまで褒められる人間じゃないんだけどなあ……と言いたくなるほどの褒めっぷり。
そうしていると、召喚を行う部屋にたどり着いた。扉の横にあるパネルに手を置くと、魔術回路だかなんだか確かそんな器官が認証代わりになり、空気の抜ける音と共に扉が開いた。
「お疲れ様です」
二人で挨拶をすると、カルデアの職員達が反射的に挨拶を返した。
中は外とは違い、照明などは最低限しかなかった。儀式だというし、明るさとかも大事なんだろうか? 前から順番にパソコンにも似たコンソール、なるべく端に寄せられたケーブル、そして奥に広場のような真ん丸の空間があった。
「や、二人とも。調子はどうだい?」
「特に藤丸くんは良くなくちゃ困るねえ。なんてったって、今日は記念すべき我々の後輩を迎え入れる日なんだから」
前方からそんな風に声をかけてきたのは、二人の男女だった。
片方は優男。身長は高いが、やや猫背で、目も垂れていてなんだかふわふわとした雰囲気をしている。おまけにあのろくに手入れされてなさそうなぼさついたポニーテール、見ていて少し気が抜けてしまう。
もう片方は美女。それも絶世。魔女っぽさと、科学者っぽさをゴチャゴチャにしたような衣装と、細身には不釣り合いなガントレット、更には身の丈ほどもある杖と、なんだか雑多なのだが……それが全部絵画の女性のように浮世離れしている。
優男、ロマニ・アーキマンは。
「おいおいレオナルド、あんまりプレッシャーかけるような真似しないでくれ。彼は魔術師ですらないんだ、こっちも全力でサポートするけど、失敗の確率は減らしときたいんだからさ」
弱気なロマニに、女性――いや、サーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチはいつものように朗らかに笑う。
「何言ってるんだロマニ、この万能の天才を疑ってるのかい? 大丈夫さ、私の計算だと失敗は一パーセントにも満たない。胃を苛めるより、素直に楽しんだ方が健康的だと思うけど?」
「いえ、ダ・ヴィンチちゃん……あんなことがあった後ですし、そう簡単に楽しめることでもないのでは……」
あんなこと、とマシュが語るのは、カルデアの所長ーーオルガマリー・アニムスフィアが、死去したことだ。
魔術の名門であるアニムスフィア家の当主だった彼女は、高慢で、やや他人に攻撃的で、お世辞にもいい人とも言えない印象を藤丸は抱いている。だが嫌いかと言われるとそんなことはなく、むしろそんな態度が彼女なりの足掻きだったのだと察するくるいには、藤丸からしても好印象だった。
しかしそんな彼女も死んだ。
信じていた相手から裏切られ、助けを求め、それに応える者は誰もいないまま。
ならばこそ、気を引き締めなければいけない。
室内の空気が一段と重くなる。カルデアスタッフ達も、オルガマリーに対しては複雑な感情を持っているが、それでもやはり暗くなってしまう程度には信頼されていたのだろう。
と、ダ・ヴィンチが杖を床にこんこんと打ちつける。
「あーもう暗くなるからこの話はやめやめ。だからこそ私達は彼女の分まで、人生を楽しまなきゃいけないのさ。例えば英霊召喚なんかは尚更ね!」
「はあ……全く、君は少し空気を読んでくれよ本当に……」
とにかく、とロマニはコンソールを操作しながら、
「藤丸くんは配置についてくれ。マシュは万が一に備えて藤丸くんを守れるように待機」
「了解です」
「了解。マシュ・キリエライト、マスター藤丸立香の防衛にあたります」
召喚の手順は簡単だ。
まずは一級の聖遺物であるマシュの盾を召喚魔術用の魔法陣の上に設置後、カルデアの電力と接続する。
すると召喚陣が起動。あとは藤丸が詠唱し、呼び掛けるだけ。
平凡な少年に、答えてくれる本物の英雄を。
「―――告げる。
汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
白熱する。実体化した魔法陣は三本の線を浮かび上がらせ、回転を始める。
必死で覚えた詠唱に、徐々に淀みが無くなっていく。少年を人ではなく、ただの歯車へと変えていく。
この儀式を行うための歯車へと。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者……」
淀みない詠唱。その中で藤丸は思う。
第一特異点に向けての召喚は、この一回だけ。だからこそ、この魔術にかかる期待とプレッシャーは想像を絶する。
カルデアに存在するサーヴァントは、たった二騎。内一人はカルデアの維持などで特異点攻略には出られないし、マシュはあくまで防衛。
対し相手は、聖杯を擁した超一級のサーヴァント。リソース差、戦力差は如何ともしがたい。
たった一騎召喚したところで、本当に覆るのか。正直藤丸には即答出来ない。
でも。
(……それでも、頼るしかないんだ)
誰でも良い。
誰か来てほしい。
自分を、マシュを助けてくれる誰かが。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ! 天秤の守り手よ!」
詠唱を終えた瞬間、回転していた魔法陣が臨界を迎え、天井へと立ち上った。光の柱の勢いは凄まじく、思わず室内の人間は目を瞑る。
光が止む。いつの間にか立ち込めていた煙に、藤丸が思わず手で払ったとき。
一陣の風が、煙を吹き飛ばした。
「……う、お……!?」
吹雪のような風。科学、魔術両方の技術で温度調節されたカルデアにおいて、その風はまさしく、死を感じさせる風だった。死神の手で頬を撫でられると言っても良いその苛烈な風に、藤丸が思わずその原因を探し。
そして、見惚れた。
「……あ」
間の抜けた声が出たことを、一体少年はどの時点で自覚したか。
それは召喚陣の上に、降り積もる雪のように、立っていた。
少女だ。恐らくマシュとそう変わらない年齢の少女。しかしその雰囲気は、マシュとはベクトルの違う儚さがある。
例えるなら、氷だ。氷の結晶。触れてしまえば人肌の熱だけで溶けてしまいそうなほど、その少女は可憐で、美しかった。
雪で織り込んだような長い白髪、細い体躯を包むドレスは、すっぽり足元まで覆っていて、まさしく北国のお姫様といった風貌だ。胸に抱えた顔のないぬいぐるみが、更にその印象を際立たせる。
そして何より、その前髪に隠れた片目。
青く、それこそ水晶を埋め込んだように見えた瞳。しかし藤丸は、それに違う情景を思い浮かべていた。
空。
今はもう見られない、澄み渡る青空のようなその瞳に。藤丸立香は魅入ってしまう。
これが……英霊、なのか?
「……あ、あの」
「……」
半ば無意識に話しかけたが、氷の少女は一瞥をくれる。射抜かれてたじろぎそうになったが、藤丸は意を決して足を踏み出した。
「あ、初めまして。その……俺、藤丸立香です。その、さ、サーヴァントさん、です、よね……?」
「……、」
「ああ、えぇっと。事情は分かってる、んだよな……? いや改めて説明した方がいいよな。うん、これから一緒に戦うわけだし俺の口から説明した方が」
「―――─
「えっ」
すい、と。
少女は藤丸の前を通りすぎ、そのまますたすたと歩いていき、部屋を出ていこうとする。
「……は? いや、ちょっと待って――!」
追いかけようとして、世界が一回転する。
足が滑ったのだ。何故かと言えば、丁度踏み出した足元に氷があったからで。
やけにゆっくりと落下する世界で藤丸は見た。
召喚した彼女が、そんな藤丸を見て、鼻で笑うところを。
これが。
氷の少女――アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァとの、最初の出会いだった。