もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』   作:388859

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オルレアンへ

 

 一夜明け、その異変に一番最初に気付いたのは、呪いを解呪したジークフリートだった。

 

「……ワイバーンの気配を感じない?」

 

 朝食を終えて、これからのことを話し合おうとしたときに、ジークフリートは報告した。

 

「ああ。最初は気のせいかと思ったんだが、森の上を通り過ぎるワイバーンが一匹もいなかった。これまで奴らは、あの黒いジャンヌに操られなければ好き勝手に行動していた。それこそ烏のようにだ」

 

 確かに、と藤丸は思い返す。

 馬車や徒歩で移動するときも、自由に空を飛ぶワイバーンは常にいた。しかし今やその影すら見かけない。

 

「そこでリハビリがてら、ワイバーンに占領された街へ行ってみたんだが……奴らは何処にもいなかった。代わりに遠くで奴の気配が強まるのを感じた」

 

「奴?」

 

「ファヴニールだ」

 

 暴走したアナスタシアと同等の怪物。その気配が強まる、ということが良いニュースではないことは藤丸でも分かった。

 

「奴の血を浴びたことで、俺と奴はお互いの気配を共鳴することがある。俺の感覚が間違いでなければ、奴から無数のワイバーンの気配を感じた。同時に、奴の霊基も強化されている」

 

「……うーん? まさか、フランス中のワイバーンを食らわせて、ファヴニールを強化してるとか? いやいくらなんでもそんな無駄なことを……」

 

「聡いな。恐らくはそうだ」

 

 ジークフリートの肯定に、ロマンが口をあんぐりと開ける。それだけはないだろうと思っていたらしい。

 

「ジャンヌオルタはアナスタシアの暴走を目にして、それに対抗……いや、完璧に勝つには今のファヴニールでは些か足りないと思ったんだろう。そこでフランス中のワイバーンに命令し、ファヴニールに食らわせることで霊基を強化しようとしている」

 

「とんだ心配性だなぁ!? アナスタシアのあの状態は偶然の産物だよ? そうホイホイなれるものじゃない。その対策までするなんて……」

 

「むしろ、あの状態のアナスタシアと戦わせるために、ファヴニールを強化しているのかもしれない。だとすれば狙われるのは君だ、アナスタシア皇女。どうか気をつけてほしい」

 

「……大丈夫よ。気持ちの整理は出来てる。同じ手は二度と食らわないわ」

 

 アナスタシアは毅然と振る舞う。藤丸は昨日のことを思い出して落ち着かず、質問を投げた。

 

「……思ったんだけど、ファヴニールはワイバーンを食べて大幅に強化されるものなの? 雑種の竜と邪竜じゃ、そもそもスケールが違うし、大して強化されないならむしろワイバーンの数が減って動きやすいんじゃ?」

 

 竜の血を浴びて特異な身体となったジークフリートや、その他の竜にまつわるエピソードは神話において沢山ある。しかしそれはあくまで竜より弱い、ないしは同等の存在である。

 ならばファヴニールが自身より弱いワイバーンを食らったところで、大した力は得られないのではないか?

 

「一理ありますね、先輩。ただし、それはあくまでワイバーンとファヴニールが本当にただの雑種の竜と邪竜だったら、の話です」

 

 いいですか、とマシュは続ける。

 

「ファヴニールもワイバーンも、聖杯によって召喚されたものです。つまり元を辿れば、ファヴニールもワイバーンも同じ魔力で動いています。食らう、というよりは、リソースの入れ替えですね。ワイバーンに費やしていた聖杯のリソースをファヴニールに集める。そうなれば恐らく」

 

「俺やゲオルギウス殿、ドラゴンスレイヤーすらも倒す、ドラゴンスレイヤーキラーが生まれる。……かなり拙い状況だ。こうやって話し合いの最中でも気配はどんどん強くなっている。早く手を打たねば、あの邪竜に俺達は打つ手がなくなってしまう」

 

 今ファヴニールを倒そうにも、ジャンヌオルタは必ずファヴニールを守るだろう。ワイバーンがいない今、彼女が持つ戦力はサーヴァントのみ。頭数は上回っているが、その後に待つジャンヌオルタ、そしてファヴニールと連戦するのは流石に無理だ。撤退して態勢を整える暇もない。

 かと言ってサーヴァントの数をじっくり減らすのは時間がかかりすぎる。その間にファヴニールがフランス中のワイバーンを吸収し尽くせば、敗北は免れない。

 

「……ジークフリート、ファヴニールがフランス中のワイバーンを食らうのにかかる時間は?」

 

「すまないマスター、そこまではっきりとは。しかしあと半日もすれば、俺達全員を単独で相手取るほどのリソースは得るだろう。そうなればもう手がつけられない」

 

「たった半日で!? じゃあ僕らは半日の間に、ジャンヌオルタの監視をすり抜けて、ファヴニールを倒さなきゃいけないのか!? んな無茶な……!」

 

「残念ながら、出来なければ死ぬしかない」

 

 そりゃそうだけど、とロマニがモニターの前でぐねぐねと頭を抱える。藤丸としても、同じ気分だった。

 ファヴニールを倒して終わりではない。本当に狙うべきはジャンヌオルタなのだ。しかしあの邪竜を従える魔女にそんな隙はない。ファヴニールを盾にされるだけで、藤丸達は苦戦を強いられる。 

 そこで、ジャンヌがおずおずと手を上げた。

 

「……あの、考えたんですが。そもそも聖杯を回収さえすれば、全員相手取る必要はないんですよね?」

 

 しん、と場が静まり返る。

 それはそうだけど、という言葉が、全員の喉にせり上がる。

 

「……いやいやいや! 確かに聖杯を回収すれば、特異点は修正されるだろうけど……聖杯の位置も分からないのに、どうやって回収なんてするのさ? 大体敵だってそれが分かってるからサーヴァントを何騎も召喚してるんだよ?」

 

「彼女の本拠地はオルレアンです。残虐ではありますが、彼女も元は私と同じ。であれば、最も戦力を集めているオルレアンに聖杯は保管しているでしょう。ドクター、あなた方なら聖杯の反応を追えますよね?」

 

「ま、まぁ」

 

「ならばファヴニールの足止め、サーヴァント達の足止め、そしてジャンヌオルタを打倒する三組に分け、彼女を打倒した後に聖杯を奪い取り、特異点そのものを修正してしまえばいい」

 

 部隊を三つに分けた、三点同時攻撃ということか?

 極めて合理的な判断ではある。

 思わず全員で唸るくらいには。

 というか、

 

「……ウキウキで準備してる奴を、後ろから直接ぶん殴りに行くような感じだね………」

 

「な、なんですか藤丸さん、その目は? 私、間違ってませんよね?」

 

「はい、ジャンヌさんの提案はとても理に適っています。適いすぎて我々も一瞬ほんとにいいのかな?となってしまったくらいには、素晴らしい提案です」

 

「ぶっちゃけ騙し討ちみたいなもんだよねぇ。ま、戦争なんだから細かいことはいいっこなしさ。あっちも大概だしね。フランスにドラゴンなんて持ってきてるんだもの」

 

 アマデウスの言葉が全てだった。当のジャンヌはちょっぴりショックを受けた。

 

「……うーーーーん……可能、なのか……? 確かに全てを相手取る必要はないけど……いやそれはつまり、ファヴニールもサーヴァントも全部すっ飛ばすってことで……本当にいけるのか? いやでも失敗したら……」

 

「どっちにしても、考える時間はそんなにないよ、ドクター。半日しかないなら、これくらいの速度でやらなきゃ多分俺達は勝てない」

 

 取れる選択肢はない。

 ならば行き先は決まった。

 

「行こう、オルレアンへ。決着をつけるんだ」

 

 

 

 

 馬車での移動でも、オルレアンまでは約二時間かかった。ワイバーンと戦うことはなく、道程自体は快適ではあるのだが……。

 

「……多いな。まるで渡り鳥だ」

 

 ジークフリートの目線の先は、空。無数の黒い影が藤丸達の馬車を越えていく。ワイバーンだ。それも多方面から集まっていく様は、鳥というよりは蝗害に近いのかもしれない。

 

「これが全部、ファヴニールの力になるのか……」

 

 考えただけでゾッとする。

 ワイバーンの群れも相当悪夢だが、最強の邪竜が更に強くなるのは質が悪すぎる。

 そうして馬車は、何事もなくオルレアンへと到着した。

 

「……、」

 

 オルレアンは、既にワイバーンのテリトリーになっていた。既に滅ぼされた後の街は、あちこちの建物にワイバーン達は止まっていて、さながら電線に止まる烏のよう。こべりついた血は乾燥して黒ずみ、一歩進むごとに灰を踏む音が嫌に木霊した。

 いつもなら、ワイバーン達はいの一番に火球を吐いてくるが……。

 

「……立ち向かっても死ぬだけだと分かっているようですね。我々も無駄な消耗は避けたいので好都合ですが」

 

 ゲオルギウスは最後尾で辺りを注意深く観察する。

 進むべき道ははっきりしていた。何せ集まっていくワイバーン達が勝手に道案内してくれる。

 そして、目的地へ辿り着く。

 暗雲立ち込むオルレアンに、それはあった。

 人々を浚い、囚え、苦しめる魔女の根城。この特異点の主の住まう城の名は、監獄城。

 一見、見た目は他の建物と変わらない、普通の城だ。しかしその前には、焼き焦げて漆黒になった十字架が何本もあり、その下には夥しい数の骨や灰が転がっている。

 城の中はどうなっているのか、考えたくもない。これまでで一番濃い死の気配。

 

「……マスター、気をつけろ。奴が来るぞ(・・・)

 

 ジークフリートの胸元にある蛍光色の痣が、点滅する。

 瞬間だった。

 太陽が影に隠れ。

 邪竜が、目の前に降り立った。

 十字架と骨を踏み潰したファヴニールは、昨日とは様子が全く違った。

 大量の魔力によるものか、はたまた霊基が進化したのか。既に昨日のアナスタシアを越える魔力量だ。奴の放つ息吹を想像するだけで身の毛がよだつ。 

 

「ようこそ、我が監獄城へ。お気に召したかしら?」

 

 その邪竜から、ジャンヌオルタの声はした。

 恐らく魔力を連結させているのだろう。ジャンヌオルタそのものは、この城の中か。

 

「ちゃんと約束通り来てくれたのね。嬉しいわ、アナスタシア皇女殿下」

 

 呼ばれたアナスタシアの表情は、固かった。何かを心の底へ追いやるように。

 

「ええ。お望み通り来てやったわ、ジャンヌ・ダルク。ただし、復讐のためではないわ」

 

「……へえ? もしかして、自分にはそんなこと出来ないと認めたのかしら? あれだけの大口を叩いておきながら」

 

「そうね、あなたの勝ちよ。私には出来ない」

 

 アナスタシアがあっさり認めたことで、ジャンヌオルタは黙る。こうも手の平を返すとは思ってなかったのだろう。 

 だが、恥を晒しながらも、アナスタシアの目は少しも輝きを失ってはいない。

 

「だからこの戦い、負けるわけにはいかないの。こんな私を、まだ頼りにする人々がいる。せめてその期待には応える、それだけよ」

 

「……期待、ね。なんて面白みのない返答かしら。気持ちの悪い。これは苦労してファヴニールを強化したのも無駄だった」

 

 かしら、と言いかけたときに、アナスタシアの持つヴィイが魔力を解き放った。

 形成された氷柱は矢のようにファヴニールへ襲いかかり、その吐息で霧散する。

 

「まあ、あなたを凍らせて砕きたい衝動を、抑える気はないけれど」

 

 叩き割られた氷柱の欠片に、ファヴニールは低く唸った。ともすれば、にこやかに微笑んでいるようにも見える。

 

「そうでなくては。お行儀のいい聖女とは違ってあなたは最高です、アナスタシア皇女。串刺しにして燃やしてやるから覚悟することね」

 

「だそうよ、ジャンヌ。言いたいことがあるなら今の内に言っておくことをオススメするわ。じゃないと今にも爆発しそう、あの女」

 

「あなたという人は……やる気充分というより、本当に喧嘩っ早いですね……」

 

 ジャンヌはお言葉に甘えて、と一歩前に出る。

 

「……一つだけ、戦う前に問いたいことがあります」

 

「ええ、どうぞ。冥土の土産に答えてあげる。いかに自分が愚かで間抜けな人間か」

 

「あなたは本当に、ジャンヌ・ダルクですか? 自身を持って、胸を張って、そう言えますか?」

 

 ジャンヌオルタは、聖女の質問に鼻で笑う。

 

「何を分かりきったことを。私はジャンヌ・ダルク。このフランスを地獄に叩き込むために、焼却された過去から生まれた者。それだけが私の」

 

「いいえ。あなた(わたし)は、誰も恨みなどしない」

 

 言葉だけなら、軽いものだった。

 まるで子供の主張。現実を知らぬ人間が、復讐など意味がないと叫ぶような幼稚さ。

 しかし、彼女は聖女。その言葉の重みは、他ならぬジャンヌオルタが一番知っている。そこだけは覆ることがないのだと。

 

「仮にそんなモノがあなたに生じたとしたら。それは付け加えられた何かに過ぎない。私にとって、そんな感情は何処にも存在しない」

 

「……これだから聖女という奴は嫌いよ。地獄を目の当たりにしてなお、その存在を認めない心こそが、お前を燃やし尽くした過ちだというのに」

 

「ええ、でしょうね。だからこそ、今更変えられない」

 

 姿形は瓜二つでも、魂は違う。

 声は同じでも、存在が違う。

 旗を上げようとも、信じるものが違う。

 

「ならば来るがいい、聖女。私はこの城にいる。今こそ決着をつけるときだ」

 

 号令に、ファヴニールが咆哮した。

 体の芯まで響くその叫びに、ワイバーン達も呼応して吼える。すると、何処からか現れた三騎のサーヴァントが、ファヴニールに並んだ。

 ジャンヌオルタの使役するサーヴァント達。未だに藤丸達は戦ったことすらなかったが、ジークフリートやエリザベート、アマデウスのおかげで既に真名も割れている。

 白百合の騎士、シュヴァリエ・デオン。串刺し公、ヴラド三世。血の伯爵夫人、カーミラ。

 一筋縄でいかない強敵ばかりだ。

 

「ならば始めましょう。これで雌雄は決する。邪竜百年戦争の始まりだ!!」

 

 そして、ファヴニールが深く、息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 作戦の流れはこうだ。

 ファヴニール、そしてバーサクサーヴァント達。その全てを城外で押し留める。あとはジャンヌオルタを打倒し、聖杯の在り処を吐かせて回収する。

 作戦はここまで決まっていた。

 

「竜の魔女は恐らく、あの城の中です。であれば、やることは決まっています」

 

「ああ、俺が道を切り開こう」

 

 先頭のジャンヌよりも前へ、ジークフリートが躍り出る。

 既にファヴニールの口からは炎が漏れている。しかし関係ない。既にジークフリートも、己が聖剣を展開させていた。

 猛る魔力は暗闇を裂くが如く、竜殺しは剣を振りかぶる。

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽に至る……!」

 

 ファヴニールがブレスを吐くと同時に、ジークフリートもまた、聖剣を振り下ろした。

 

「撃ち落とす!! 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

 聖剣から放たれる、真エーテルの塊。光の刃、というよりは濁流にも似たそれはファヴニールのブレスと衝突し、四方へ弾ける。

 炎と剣気が暴れ、地面と建物に亀裂が走る。ワイバーン達は巻き込まれないようにか、すかさず空へ飛び立った。

 

「会心の一撃を相殺か。やはり強化されただけはあるらしい。だがこれで」

 

「我々が進める!」

 

 ジャンヌを先頭に、藤丸達はファヴニールの横を突っ切ろうとする。無謀にも見える行進。だが、ファヴニールをジークフリートが抑えるのならば……あとは進むだけなら、大した障害にならない。

 

「そうやすやすと、城へ進めるとでも……!」

 

「進めさせますわ。それこそが私達の役目なのですから」

 

 ヴラド三世が生やした杭を焼き尽くすのは、清姫だ。扇子を振るい、炎を撒き散らして藤丸達の行く道を作る。

 バーサクサーヴァント達を止めるのは、清姫、エリザベート、ゲオルギウス、そしてアマデウス。

 藤丸は振り返らない。振り返る暇があるなら走って、急いで決着をつけなくてはならないのだから。

 

「行きます! マシュ、共に!」

 

「はい!」

 

 ジャンヌとマシュが力を合わせて、城門を吹き飛ばす。

 この先へ行くことが、藤丸の今のやるべきこと。

 それ以外は、みんなに託す。

 

 

 

 

 その背中を、ジークフリートは見ていた。 

 英霊達の戦争の中、自ら最前線へ飛び込んでいく少年を。

 

(……語った言葉は、少なかった)

 

 ファヴニールの前足をジークフリートはかわすと、返す刀で足首を斬りつける。しかし竜種に特効を持つ聖剣ですら、漆黒の鱗に弾かれてしまう。

 それでも、やり遂げなければ。

 それがジークフリートがここにいる理由なのだから。

 ジークフリートは転がりながら、立ち位置をファヴニールと入れ替えた。その先にいる人物と近くなれるように。

 

「ゲオルギウス。あなたに頼みがある」

 

 呼ばれ、背中合わせになる形でゲオルギウスは剣を構える。

 

「手短に。こちらもあまり余裕がないもので」

 

「あなたの宝具には、竜種を付与するものがあったな。それを俺にかけてくれ」

 

「あなたに?」

 

「ああ。頼めるだろうか?」

 

「話している暇があるのか、聖人!!」

 

 牙を剥き出しにして、ヴラド三世は地を蹴る。王としての矜持すらかなぐり捨てるような突撃。更にはファヴニールが鉄塔のような尻尾で、全員まとめて薙ぎ払おうとしていた。

 猶予はない。ゲオルギウスは剣を持っていない左手を、ジークフリートへ向けた。

 

汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)! そして力屠る祝福の剣(アスカロン)!」

 

 竜の刻印がジークフリートの全身を包み込む。ゲオルギウスはすぐに防御のために宝具を発動させたものの、挟撃される形になった今、ジークフリートまで守り切れるかは分からない。

 

「ジークフリート!」

 

「問題ない。上手くいきそうだ」

 

 ゲオルギウスが問う暇もない。

 何故ならジークフリートが、ゲオルギウスの守護領域から外れて、ファヴニールの尾を受けたからだ。

 凄まじい轟音と土煙。大地は陥没とまでは行かずとも、その衝撃でゲオルギウスの体は浮かんだほどだ。

 だが、

 

「……俺は、マスターに任された。全員で束になっても勝てるか定かではない、相手をだ」

 

 土煙が魔力によって吹き飛ぶ。見えたのは、ファヴニールの尾をその剣一つで受け止めるジークフリート。

 べき、という異音は、ジークフリートの骨が軋む音ではない。むしろその逆。彼の体から生えてくるそれは、まるで。

 ファヴニールと同じ、竜の体。

 

「だから俺は、どんな手を使ってでも、再び貴様に勝つ。例えお前に近づくことになろうとも、これが俺の役割だ──!!」

 

 魔力の昂ぶりと共に、ジークフリートはファヴニールの尾を弾き返した。たまらずたたらを踏んで、邪竜は様子を見るように距離を取る。

 その現象は、ゲオルギウスにも見覚えがあった。サーヴァントとしての性能をレベルアップさせるのではなく、土台そのものをグレードアップさせるそれは。

 

「……霊基再臨。なるほど、これなら」

 

 しかし、本来の霊基再臨とは些か違う。これはジークフリートに宿る竜種の因子を、ゲオルギウスの宝具によって活性化させたことで、無理矢理霊基を拡張しているに過ぎない。ともすれば、霊基そのものはむしろダメージを受け続けている。

 

「ジークフリート、あなたは……」

 

「俺はこれまで、守るべきものを守れなかった。そのために召喚されたにも関わらず、呪いに屈していた」

 

 だから、と柄を握り締める。

 

「この戦いだけは、負けるわけにはいかない。ならばこの命の使い所、ここ以上の場はないだろう?」

 

「……私の宝具には時間制限がある。恐らくあなたがその姿を維持していられるのは、三十分ほど。それは理解していますか?」

 

「ああ。その時はまた、頼む」

 

 ゲオルギウスは返答しない。

 代わりに地を蹴って、己の敵に切り込んでいく。

 ジークフリートにはそれで充分だった。

 同じように、竜殺しは跳んだ。

 

「行くぞ、我が宿敵よ。お前を今日、もう一度打倒する!」

 

 

 

 監獄城内部は、予想通り酷いものだった。

 城門から走り続けていく中でも、血を見ないことはない。死の香りが消えることはない。腐った死体と汚れた骨が埃のように放置され、それだけでこの城の内情が分かるというものだ。

 しかし、ここに来てそれで止まる理由などない。

 むしろこんな悪逆を許すまいと、藤丸達は昂ぶっていた。

 

「やぁ!!」

 

 道を塞ぐ骸骨、いや竜牙兵達を、マシュは盾でまとめて吹き飛ばす。その隙を狙おうとする増援の竜牙兵を、ジャンヌとアナスタシアが蹴散らしていく。

 礼装の魔術を使うこともない。今のところは、順調だ。

 いや、

 

「……順調すぎる」

 

「そうだね。恐らく、誘い込まれていると見るべきだ。今襲いかかってくる敵も足止めというよりは、肩慣らしに近い」

 

 ロマンはマッピングした地形図を確認する。

 

「構造的に正面の扉の先が最奥だ。気をつけて、どんな罠があるか……」

 

「なら、遠慮はいらないってことでしょう?」

 

 そう言って、何やら魔力を溜め始めるアナスタシア。察した藤丸は、礼装の魔術をアナスタシアにかける。

 瞬間強化、藤丸が使える三つの魔術の内の一つ。アナスタシアは一瞬驚くように肩を震わせ、すぐに発射体勢に入る。

 

「魔眼起動。疾走(ヴィイ)精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ)

 

「ジャンヌ、マシュ! あの扉をぶっ飛ばして!」

 

 首肯し、扉どころか周辺の壁ごとジャンヌとマシュは破壊し、アナスタシアが宝具を発動させる。

 殺到する冷気は、これまでで一番の勢いで大広間を席巻した。天井を擦るほどの氷山が形成されるほどで、藤丸達は大広間の外で様子を伺う。

 ぶしゅ、と湿った音。イソギンチャクのような触手を生やしたその生き物は、部屋に入った者を食らおうとしたのか、極寒の冷気に耐えきれず、天井から地に落ちていく。もし何の準備もなく行けば、中の敵と挟まれていたところだ。

 

「これはこれは、手荒い土産だ。我が海魔も一網打尽とは、流石はロシアの皇女。獰猛な狼のような攻撃です」

 

「だから言ったでしょう、ジル。あの女にそんな罠は無意味だって」

 

「同感。あれ、僕らを怖がって放ったんだぜ? 臆病にもほどがあるだろ?」

 

 声は三つ。

 すると氷山が二つに割れ、中から炎が噴き出した。紅蓮の炎は執拗に氷山を溶かし尽くし、中から彼女達は出てきた。

 ジャンヌオルタ、そして痩せこけた頬に魚のように飛び出した目の男。

 

「……ジル・ド・レェ」

 

 ジャンヌが複雑な声色で名を呼ぶ。

 ジル・ド・レェ。かつてはジャンヌと共にオルレアンを奪還した騎士であり、元帥の称号を賜ったほどの戦略家。

 そして、幼子達を虐殺し、民に悪政を敷いた悪鬼である。

 

「ええ、お久しぶりです。聖女(・・)ジャンヌ・ダルク」

 

 ジルの顔は穏やかだった。しかし、わざわざ聖女と呼んだことは、ジャンヌとの隔絶を意味していた。

 それだけで、今のジャンヌにはやるべきことが明白となった。

 加えて、もう一人。

 

「やあ皇女サマ、ご機嫌麗しゅう。お体の方はどうかな? 僕がくれてやった鉛玉はちゃんと吐き出したかい?」

 

「……、」

 

 ビリー・ザ・キッド。彼は爬虫類特有の長い舌をチロリと覗かせる。

 アナスタシアは黙り込む。様々な感情がその体を駆け巡って、返答すらしないほど抑えつけるのが大変なのだろう。

 だから答えたのは、彼女ではなく、藤丸だった。

 

「そう言えるのも今の内だ」

 

「ん?……ああ、君が人類最後のマスター? なーんだ、本当に一般人なんだね。抜きがいもない。流れ弾で死にそうだ」

 

「そうはさせません。そのためのシールダー()です」

 

「そんでお守り付き? こりゃ傑作だ、ははは! 口先ばかりの子供は、戦いで一番早死するタイプだぜ?」

 

 ゲラゲラ笑うビリーに、藤丸は何とも思わない。全くその通りだとすら思う。マシュは少しむっとしているが。

 アナスタシアも落ち着いたらしい。ふぅ、と息を吐いた彼女は、マシュに並ぶ。

 言葉はそれまで。

 サーヴァントの頭数は一緒。小細工もいらない。

 

「始めましょうか」

 

 茶会でも開くような、ジャンヌオルタの軽い言葉。

 しかしそれだけで、最後の戦いは始まった。

 

 

 

 

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