もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』 作:388859
ファヴニールとの戦いは、一騎当千の英雄であるジークフリートからしても、二度と戦いたくないと思ってしまうほどの戦いだった。
土台肉体のスペックが違う。存在のクラスが違う。聖剣があろうとも、才があろうとも、なお届かないと思わせる。そして邪竜の名の如く、ファブニールは狡猾だった。人間である限り、ジークフリートが単独でファブニールを上回れるわけがない。
だが、当時と今では違うものがある。ジークフリートの持つ宝具、
同じ肉体を持つジークフリートが、そう簡単に負ける道理はない。
「ぬ、ぅうっ!!」
真エーテルを纏った聖剣を、ジークフリートが雄叫びを上げて振り抜いた。火花と共に聖剣自体は鱗に弾かれる。しかしずっと聖剣で斬られ続けた邪竜の表皮は、既に傷だらけになっており、漆黒に染まる鱗は赤みすら帯びている。
対し、ジークフリートは大きな傷こそないが……血に滲んでいない場所はなく、骨も折れていないだけで四肢を動かす度に痛みが走った。
息が整わない。例えるなら崖際に落ちて、指だけで体を支えている状態。
あと数度の激突で、詰む。そのことが分かっていながら、ジークフリートは力強く聖剣を構えた。
それが気に食わないのか、ファヴニールは低く唸る。さながら小賢しい、と言わんばかりだ。
「だろうな。だが逆に聞くが……共食いしておきながら、お前は人間一人殺せぬほど弱くなったのか?」
「■■■■■■■!!」
ファヴニールは咆哮し、息を勢いよく吸い始める。
聖剣の真名解放を、と真エーテルをかき集めようとするジークフリートだが……一瞬、意識が霞んだ。
血を流し過ぎたわけではない。戦い始めて早三十分。霊基再臨の時間切れが近いのだ。再臨時に生えた角と尻尾が消えかけている。
ファブニールが口を閉じた。あとは吐くだけ。真名解放ではもう間に合わない。
しかしジークフリートは慌てず、地を蹴って、浮かんだ。
竜の翼。それによって一気に加速し、口を開けようとするファヴニールの顎下へと潜り込もうとする。
しかし、一歩遅い。ファヴニールがほくそ笑むように息吹を放った。放射された炎は、急加速したジークフリートに避ける手段がない。真正面からその炎を浴びて。
「忘れたか? 俺とお前は同じ体を持っている。ならば、一瞬だけなら問題ない!」
ジークフリートは落下しながら、思いっきりファヴニールの顎下を蹴り上げる。
強制的に閉じられる口。行き場のない炎は閉じられた口内を蹂躙した後、逆流して喉、食道の順で行き渡る。流石のファヴニールも自慢の息吹を自分で喰らえば、
「ゴ、■■■■■■■■■■!?」
悶絶は免れない。
悲鳴には低すぎる声と共に、ファヴニールの喉から腹までが白熱する。表面上はそれだけだが、内側で果たしてどうなっているか。
これが放つ直前ならば、ファヴニールは
ジークフリートの読み勝ち……とも、言えなかった。
「ぐ、……ぅ、く」
何とか着地したジークフリートは、激痛に顔を強張らせる。見れば、背中の翼が炭化していた。突き抜ける際に防御として使ったからだろう。一瞬であっても、ファヴニールの息吹はそれだけの力を秘めているのだ。
そして元の姿へ戻る。反動でジークフリートは、せり上がった血を吐き出した。
視界が揺れて、定まらない。霊基が軋み、魂すら塵になって消費されていく感覚。身の程知らずが手を出した結末を、ジークフリートは嫌と言うほど知っている。
「ジークフリート!」
ゲオルギウスが肩を貸し、ジークフリートは何とか倒れずに済んだ。聖剣を支えにしながら、
「ゲオルギウス……そっちは……?」
ファブニールを相手していたジークフリートに、周囲を観察する余裕はなかった。それほどの相手に、三十分持ち堪えた時点でジークフリートの力が伺えるが。
ゲオルギウスは頭を振る。
「やっと一人、倒せそうなところです。あなたがファヴニールを引き付け、時には同士討ちを狙ってくれたおかげですよ」
ほら、と促され、ジークフリートは目を凝らす。
そこは、
「……終わりよ」
丁度エリザベートが、自身の槍をカーミラの腹に突き刺したところだった。デオンもヴラド三世も、相当傷を負っているようで、カーミラを助ける者はいない。
絶叫が木霊し、エリザベートが苦い顔で槍を引き抜く。カーミラはエリザベートにとっては未来の自分とも言える存在だ。その相手を刺すのは、自己否定に等しい行い。
「……なに、その顔は……? 生娘のような反応ね……美しいものを、いくら、でも、壊してきたくせに……」
「……ええ、そうね。だからこそ、アンタは止めなきゃいけない。自己否定なんてお断りだけれど、アタシのような終わった人間が蒸し返していい時代でもない。流行んないわよ、そんなお話は」
カーミラの退去が始まる。エリザベートは律儀に、それを見届けるようだった。
「あと少しでこちらは終わりです。そこからは我々も共に、あの邪竜と戦います」
「……いや」
ジークフリートは頷かない。
「お前達はマスターのところへ。ファヴニールは俺が相手をする」
「……しかし、今のあなたでは」
「俺達では勝てないから、短期決戦を挑む。そういう話だったはずだ。まだファヴニールが消えていないということは、マスター達は苦戦している。お前達の助けが必要だ」
喉を掻き毟りながら、ファヴニールが睨む。
助け起こされながら、ジークフリートが睨む。
お互いの本能が語っていた。
コイツを殺すのは/止めるのは、自分の役割だと。
「……ゲオルギウス。もう一度、宝具を頼む。そうしたらあと三十分、俺は一人で耐えてみせよう」
「……、」
ゲオルギウスの煩悶は最も。
一度の霊基再臨でこの消耗。しかもジークフリートは霊基再臨状態でも、傷を受けないようにするのが精一杯だった。仮に宝具を使っても、消耗した今では稼げる時間は目に見えている。
それでも稼ぐと言い切った。
かかっているのは世界の命運。
「……分かりました。では」
ゲオルギウスが剣をジークフリートに向ける。
宝具が発動した直後。
目が霞んでいたジークフリートが、傷ついたファヴニールをはっきりと見たのはその時だった。
それで、気付いた。
ファヴニールの視線が、何故か隙だらけのジークフリートではなく。背後へ向けられていることに、やっと気付いた。
老獪なこの邪竜が、何を考えているのか。ジークフリートはすぐに察し、叫んだ。
「今すぐそこから離れろ、エリザベート!!」
直後、邪竜が驚くべきスピードで跳んだ。
さながら新鮮な肉に飛びかかる獣のような挙動。ファヴニールの巨体でその行動を止められる者はいない。ジークフリートはゲオルギウスと共に転がって難を逃れる。エリザベート達も同様だ。
「……何が……!?」
ゲオルギウスのその言葉に、ジークフリートは答えない。
何故なら、答えをすぐにファヴニールは見せてきた。
カーミラの上半身を噛み千切る姿を。
咀嚼する音が、妙に響く。全員が身動ぎ出来ない中で、ファヴニールは残りの下半身を口に運ぶと、無造作に前足を振るった。
掴んだのはヴラド三世とデオン。それで何をしようとしてるのか察したのだろう、彼らは暴れ出す。
「貴様、正気か!? 邪竜と言っても程度が……!」
「や、めろ……! 私は、まだ……!」
ファヴニールは意にも介さず、彼らを口へ放り込んだ。
悲鳴も慟哭も、口を閉じては誰にも届かない。ただ邪竜は恍惚とした表情で、それを平らげた。
別に人が食われたことに、サーヴァント達が衝撃を受けたのではない。味方を食らうなんて何のために、という疑問と衝撃が大き過ぎて、動けなかったのだ。
しかし、すぐにファヴニールの行動の意味を理解する。
「■■■■■■、■■■■……!!」
メキメキメキメキィ!、とファヴニールの内側で何かがズレていく。それはまるでジークフリートが霊基再臨を行ったような変化。
ゲオルギウスが眉間に皺を寄せた。
「……ファヴニールはワイバーンを食らって強くなっていた。聖杯からのリソースをワイバーンから奪う形で。ならば同じ聖杯から召喚されたバーサクサーヴァントも……」
「ああ。喰らえば、奴の力となるだろう」
魔力を迸らせながら、ファヴニールの再臨は終わる。
外見上の変化はない……ように思える。だが、その質が違った。既にオルレアン全域のワイバーンを食らってもまだ届かない域に、ファヴニールは進化していた。
弱いなんて皮肉を言うべきではなかったな、とジークフリートは自省する。
「……ゲオルギウス。前言撤回だ」
ジークフリートは聖剣を担ぐ。
「あの化け物を、俺達全員で止めるぞ」
「ええ!」
人類史が誇るドラゴンスレイヤーの二人は、己が武器の真の力を解放する。
蛍光色と黄金の光が立ち上る。ファヴニールはまだ霊基再臨の余韻に浸っている。叩くなら今しかない。
二人は同時に石床を蹴り、肉薄する。目を付けたのは首。目標目掛けてゲオルギウス、ジークフリートが同時に剣を振り下ろした。
「
「
ゲオルギウスの宝具は突く形で発動し、それで付けられた傷へジークフリートが剣を叩きつける。
「……ぬ、……っ!!」
動かない。刃が入らないのではない。まるで白刃取りでもされたかのように、聖剣が首の肉に挟まっている。聖剣が放出する破滅の光は間違いなく邪竜の肉を焼き尽くしているのに、それすら意に介さないような無慈悲なまでの力。
視界が翳る。見れば、半分切断された首でファヴニールがこちらへ振り返っていた。
その眼差しに怒りはない。痛みも感じない。ただ。
ああ、お前がそんなものか、と落胆するような。
「転身火生三昧!!」
ゴォウ!!、と青い炎が視界の外で弾け、ファヴニールの横顔を燃やしていく。
その炎は蛇のような竜。清姫が宝具によって変生した姿だ。実体のない炎の体を生かした素早い動きで、あっという間にファヴニールの全身に巻き付いていく。
「バカ! 何をぼーっとしてんのよ、バックダンサー達! そこのアオダイショウが気を引いてんでしょ、さっさと戻ってきなさい!」
エリザベートの言葉でようやく、ジークフリートは我に返る。聖剣を蹴り上げて抜くと、新しく生えた翼で退避する。ゲオルギウスも愛馬で駆け、二人はエリザベートの元へ戻った。
「ったく、大の男が二人してボケっと突っ立ってるなんて、何考えてんのよ!?」
「すまない。俺の宝具を受けてあんなに無表情だった奴は……何分初めてでな。流石に少し動揺した」
「ええ。宝具で首を裂かれてああも反応しないとは……今も清姫の攻撃に意を介していません」
効いていないわけではないはずだ。清姫の炎は確かにジークフリートが切り裂いた首の肉を焦がし、再生も出来ない。しかしファヴニールはその炎を一瞥すると、右足で払った。
「ガ、!?」
青い竜は引き剥がされ、ファヴニールは続いて右足を突き出した。
炎が吹き散らされる。宝具が解除され、清姫は受け身も取れず地面を転がった。
一瞬彼女の安否が気になったが、そんなことを気にしている場合ではない。
既にファヴニールは尖塔染みた尾をジークフリート達へと叩きつけようとしている。
「
「
カウンターは現状の最高火力。たかが尾の一振りに、過剰とも言える宝具の使用。
しかし、激突の瞬間ジークフリートは己の判断が間違っていなかったと悟った。
聖剣と尾が衝突した刹那、ジークフリートの足が床を抜け、膝まで地面に埋まった。
「く、ぐ、おおおおお……!!」
苦悶の声をあげながら、何とか堪える。聖剣から放出される光が目の前の尾に潰され、まるで煙草の煙のようにか細く散っていく。
もし宝具を撃っていなければ……ジークフリート達はこの一撃を受け止めきれず、そのまま全員床のシミと化していただろう。それほどの一撃だった。だが流石にジークフリート達の宝具を上回りはしない。
聖剣の光が増していく。ゲオルギウスも守りに使っていた宝具を転じさせ、攻撃へと移る。すると尾はゆっくりながらも押し返されていく。
「ちくしょう、なんてでたらめな奴だ! 君らでこれだなんて!?」
「口を、動かすのはいいが……お前の宝具で気を逸らせないか、アマデウス?」
「ハハハ、無茶言うなぁ! でもしょうがない、そこまで言うなら聴かせてやるさ! 僕もぺしゃんこになって死ぬのは嫌なんでね!」
アマデウスが指揮棒を構え、そして振ろうとしたときだった。
ファヴニールの口から、炎が漏れているのが見えた。
「まさか……!」
大量の血を首から吐き出しながらも、ファヴニールは魔力の集束を止めない。それはやがて血を蒸発させるまでの熱を持ち始める。
竜の息吹。尾を全力で押し返している今、ジークフリート達三人にそれを防ぐ術はない。
あくまで三人には。
「そっちだけで盛り上がってんじゃないわよ!!」
ファヴニールの足元。派手なピンクの魔法陣から現れるのはチェイテ城。それはファヴニールを浮上させるように出現し、背後のエリザベートが息を大きく吸えば。
アマデウスが指揮棒を勢いよく振り下ろすと同時に、歌い出す。
「
「
アマデウスが奏でる極上の音色すらも破壊する、破滅的な歌声。それをチェイテ城のアンプで増幅させ、最早戦略兵器にも匹敵する怪音波が、至近距離からファヴニールへと直撃する。
声にならない悲鳴が邪竜から聞こえた……ような。ジークフリート達も何せ至近距離だ、鼓膜が破壊されるのはお互いである。だが苦しんでいるのは確かなようで、ファヴニールはその歌に悶えている。
「なるほど、肉体はともかく鼓膜まで強化する意味はないからよく効くわけだ! 確かに君の言う通りだな、ジークフリート! これなら僕の宝具も効いてそうだ!」
「……いや」
どうやら嫌がらせ以上の意味はなかったらしい。
ファヴニールは牙を剥き出しにして、足元のチェイテ城を踏み砕いた。
「La……!?」
アンプで増幅されなくなった歌声は、余りに小さい。ファヴニールは歌い続けるエリザベートを前足で掴むと、そのまま口元へと運んでいく。
「喰うつもりか……!!」
真エーテルを剣に込めながら、ジークフリートは聖剣を大上段に掲げる。翼を広げ、そのまま最高速でファヴニールへと飛翔する。狙いはエリザベートを掴む前足。切断する勢いで聖剣を前足首に振り抜く。
が、焦ったジークフリートは目の前にいる邪竜が狡猾なことを忘れていた。
ファヴニールが、ジークフリートの前にエリザベートを差し出した。
「!……うお、おおお!」
余りに古典的な肉壁。しかしだからこそ効果は覿面。
腕の力だけでは止まらない。臀部から伸びる尾が、ジークフリートの手を縛ることでやっと止まったが、それが決定的な隙となり、ファヴニールは逆の前足でジークフリートを掴んだ。
一部の隙間もない鷲掴み。藻掻くことすら許さぬと、竜の爪が竜殺しの体に食い込む。
「く、ぐ……!?」
爪がジークフリートの肉体を抉る。背中の翼が嫌な音を立てて砕けるのが分かった。
万事休す。ゲオルギウスですらもう届かない。ジークフリートは邪竜の目と鼻の先まで持っていかれて。
「ピアニスト!! 今度こそ、ホントのラストナンバーよ!!!」
エリザベートが、声を張り上げた。
別に、彼らに感じ入るものがあったわけではない。
世界を取り戻すと息巻くカルデア、そんな彼らに賛同するサーヴァント達。その姿はまるで本物の英雄譚みたいで。
この身は反英雄。血を浴びて、痛めつけてきただけの殺戮者。だから正直、その思想自体は認めても、本気になれるかと言われれば疑問がある。言うなればこれは己に何の見返りのない戦い。反英雄であるエリザベートが本気になれるわけがない。
……そう。本気になるわけがないと、思っていたのに。
なんでまだ、みっともない断末魔もあげずに、諦めていないのか。
「……
意識に入り込むような音色が、ファヴニールの意識を揺さぶる。邪竜が止まった時間は一秒。しかしそれだけあれば、息を吸い、歌うことは可能。
「
放たれる超音波の竜の息吹。しかし
耳を傾ける価値もない、と。
……何をムキになる。
こんなトカゲに歌を理解する知能なんてない。
けれど。
もういいと目蓋を閉じると、残影が見えるのだ。
真っ暗闇の中で、進み続ける何か。
行き先が見えなくても、這いずっていても。進めば何処かにたどり着くと信じている、愚直な光。
(……ああ、そうね)
それが何かは知らない。
でも、魂が叫ぶのだ。
その光こそ、反英雄たる自分がここにいる理由。
どれだけの罪を犯しても、それで終わるなと。
その光は、月のように輝いている。
(それに、悔しいじゃない?)
本物のアイドルならば、例え死者を喰らうドラゴンだろうとも。
己の声だけで、その全てを魅せるが華だろう――!!
「La、LaLa……!!!」
喉を酷使する、酷い歌い方だった。美声をすり潰し、より大きな音を響かせるだけの、雑音。デスボイスなんて洒落たものではない、正真正銘ただの下手くそな歌。
だがそれでよかった。
必要なのは意地だ。美しい歌ではなく、魂を燃やす歌。
途中退席なんて死んでも許すものかと歌い続ける。
そうすれば……後に続く者だって、現れる。
青い竜が奔る。竜化した清姫だ。
これで宝具の発動は何度目か。消耗は相当なはずだが、それでも炎の勢いは苛烈で、ファヴニールの手に巻き付いて燃やし続ける。
「■■……ッ」
「La……ぁ、が、La……!!」
うるさいと言わんばかりに、ファヴニールがエリザベートを握り込む。しかし彼女は歌うことをやめない。清姫も己の体が引き千切れても可笑しくないほど、ドラゴンの手を締め付ける。
ファヴニールに与えられたのは些細な傷。しかし、それでも無視出来るほどのものではない。
邪竜は痺れを切らして、やっとジークフリートを離した。
「、……ゲオルギウス!!」
「承知!」
枯れた喉でも、彼は意を汲んでくれた。ゲオルギウスは即座に霊基再臨が解けたジークフリートを救出する。
代わりに竜化した清姫が捕らえられるが……それでいい。清姫も流石に優先順位くらいは理解しているだろう。
ここでジークフリートが死ねば本当に為す術が無くなる。だからこそエリザベートも清姫も、そしてアマデウスですら覚悟した。
食べやすいように体が潰されていく感覚で意識が薄れていくが。
それでも、託す。
(今回のメインステージは譲ってあげるわ、ドラゴンスレイヤー)
だから、ラストはあなたが務めなさい。
例えどれだけ酷い舞台でも。
そして、エリザベートの意識は完全に断絶した。
恐ろしい音が響いていた。
簡単に命がすり潰される音。
それで彼女達がどうなったのか、ジークフリートは既に察していた。
ゲオルギウスに助け起こされながら、ファヴニールを見る。
口からたっぷりと血を垂らす奴は、魔力がまた上昇している。霊基の性能も天井知らずだ。それに比べてこっちは死に体。霊基再臨すら強制的に解除された肉体は、バックファイアでまともに動けない。
ファヴニールはその前足をジークフリートへ向ける。
「く、っ!!」
ゲオルギウスが守りの構えを取る前に。
その前足は槍の突きのように鋭く走り、その後方へ叩きつけられた。
風切り音が耳朶を潰し、一帯の土砂ごとジークフリート達の体も巻き上がった。
どさ、と倒れた音は三つ。
指一本動かすのも激痛が走る中で、ジークフリートは見た。
左半身を無残に潰されたアマデウスを。
「……アマ、デウス」
退去が始まっていないのが不思議なほどの負傷。それでもアマデウスは、寸でのところで堪えている。
それに比べて何と不甲斐ない。竜殺しと言われようが、この体たらく。
ファヴニールは既に興味を無くしたか、ジークフリートの視界にはいない。
全力を尽くして。
これ以上ない、敗北だった。
時は、オルレアンへ向かう途中まで少し遡る。
作戦を照らし合わせる段階で、ロマニはこう言ったのだ。
「ジャンヌオルタと戦う際、サーヴァントの頭数が同じなら、不利なのは圧倒的にこちらだ」
「……そうなの? 確かに直接戦闘は無理なサーヴァントもいるけど、本命は聖杯を回収することなんじゃ?」
今回の作戦、藤丸を含め、全員で他のサーヴァントやファヴニールに勝つのが目的ではない。あくまで聖杯を回収すること。
「足止めしながら聖杯を探して、なるべく戦わずに全無視で回収。元々無理がある作戦なことは、ドクターも承知の上。でしょ?」
「確かにそうなんだけど、これは君の問題でもあるんだ、藤丸くん」
「俺が?」
「サーヴァントの頭数が同じなら、君を守るサーヴァントはいない。つまり君を狙われた瞬間、こちらは優位を取られる」
「あ……」
特異点Fでは、常にマシュかクー・フーリンが意識を割いてくれていた。この第一特異点でも、それは変わらない。数的優位や、マシュの背後で控えていたり。
だが今回藤丸は、単独で生き残らねばならない。
「恐らくジャンヌオルタ、またはその配下のバーサクサーヴァントは、隙あらば君を狙いに来る。サーヴァントが襲うならマシュ達が見逃さない。ただもし、何らかの方法で狙われたら、サーヴァントを
「……それは」
何を犠牲にしても負けない戦いをしろ、ロマニはそう言いたいのだろう。
しかし。
藤丸は気づかれないように、アナスタシアを見た。
凡人の自分に、その喪失が耐えられるのか。
耐えたとしても、変質しないと言い切れるのか。
「……はい」
藤丸は頷いた。
それが、人類最後のマスターに課せられた、責任なのだから。
「だからこそ、取れる作戦もあるけどね。いいかい、もしも君が捕まったらね……」
二振りの旗が、交差する。
重い金属音と歓声のようなはためき。同じ顔、同じ肉体でありながら、その力はジャンヌオルタが上回っているようで、ジャンヌの体が桁外れの膂力に沈む。
「そんな、ものですかっ!」
「……何、の!」
ジャンヌは旗を滑らせて力を逃がすと、体勢を崩したジャンヌオルタの腹部へ足を突き出した。魔女の体は紙のように空へ舞ったが、天井から落下した何かが受け止めた。
ジル・ド・レェの使役する海魔だ。
「あら、いい足場」
ジャンヌオルタは海魔を踏み潰し、加速。紅蓮の炎を纏った黒剣を振り下ろす。更に追従してくる槍のせいで、剣を防いでも意味がない。
だが、こちらには守りのスペシャリストがいる。
「させません!」
マシュは巨大なラウンドシールドを地面に叩きつけ、ジャンヌオルタの一撃を受け止めた。遅れて殺到する槍すらも防いでみせると、盾を構えたまま突進する。
「チッ……ビリー・ザ・キッド!」
「無理!」
たまらずジャンヌオルタが応援を求めるが、ビリーはテンガロンハットを押さえながら、大きく下がる。
アナスタシアだ。彼女はマシュやジャンヌからは一歩下がって、砲台のように冷気を放出している。
「こっちも取り込み中! ったく、やりにくいなぁ! あんなにガチガチに守られたら、僕の早撃ちも意味がない」
「ええ。か弱い淑女一人、殺せないものね。意味がなさそうな技」
「ははは、ブチ抜いてやりたいな、その目ん玉」
軽口を言いながらも、英霊達はまだ激突する。
状況は、藤丸が思っているよりも良かった。
ジャンヌオルタの力は凶悪だ。恐らく全開のジークフリートにも迫るステータス、竜の息吹にも似た呪いの炎と槍。だがその全ては、ジャンヌとマシュを大きく上回るほどではない。
そしてビリーはあくまで銃使い。近接戦、特に防衛戦を得意とするジャンヌやマシュからすれば、正確性と速度こそ怖いが威力はない。その長所もアナスタシアが逐一魔術を放つことで防いでいる。
……皮肉というべきか。ここに来て、アナスタシアは自分から前に出て戦うのではなく、あくまでサポートするような立ち位置にいる。連携のれの文字すらなかった彼女が。
(……拮抗には持っていけてる、はずだ)
藤丸は全体の戦況を見て、そう判断した。
そしてそれはそう悪いことではない。ここは監獄城の最奥。ここならば聖杯の反応を探せる。
「どう、ドクター? 聖杯が何処にあるか分かる?」
「ここにあるのは間違いない。ただ……ファブニールの魔力が膨れ上がってから、一種のジャミングのようになってる。解析にはもう少しかかりそうだ」
既にファブニールの魔力は、ジークフリート達では足止めにもならない程度に増大した。まともにかち合えば、あの邪竜単体で特異点全土を焦土に出来ると、ロマニは踏んでいるようだ。
しかし、藤丸達は振り返らない。聖杯の場所さえ分かれば、ジャンヌオルタを無視して聖杯まで一直線に向かうしかないのだ。
当初と何ら変わらない。
ただ……同じように戦況を見渡す存在がいる。
ジル・ド・レェ。
「……ふぅむ」
彼は藤丸と同様に、ジャンヌオルタやビリーの背後で待機している。
使い魔を使役する彼はキャスター。前線に出ないのは何ら可笑しいことではない。だが支援魔術の一つもジルはかけない。時折ジャンヌオルタの手助けをするくらいで、金魚のような瞳はぐるりと戦場を見回している。
正直不気味だった。見た目に騙されることなかれ、彼は軍師と称された戦略家。ならばその彼が様子見に徹するのは。
ジャンヌオルタがマシュとジャンヌをまとめて弾き返したところで、ジルが語り出す。
「サーヴァントの数はともかく、ファブニールがいる以上、戦力差は歴然。なのにこうして向かってきた。狙うならば短期決戦かと思いましたが、漫然と打ち合うところからその予兆はない。そして不確定要素のマスターは後方で待機しているだけ、と」
とんとん、と眉間を指で叩く。
「これは困りましたな、ジャンヌ。どうやら相手は何かを待っている様子。いや……ああ、なるほど。探しているのですかな、
「……だったら?」
藤丸は否定しなかった。
今の言葉に出して確認する行為に意味はない。ジルは恐らく、こちらの作戦を大方理解したのだから。
「そして企みが露見しても動じないのは、無理がある作戦だと自覚していたから……なるほどなるほど。確かにあなた方に今のファブニールを止められる術はない。だが聖杯だけを掠め取ることなら、不可能ではない。大胆な作戦はいつもあなたの提案でしたな、聖女ジャンヌ」
「……ええ、そうですね。あなたは、いえあなた達は、いつもそんな私についてきてくれた」
だから、とジャンヌは隠すことなく言い放った。
「私はこの特異点を修正する。それが今のあなたに施せる、唯一の行いに他ならないのだから」
「……行い、ですか。救いでも贖いでもなく、ただの行い、と」
ジルは気にも止めない様子だった。むしろ彼は笑いすら込み上げたようだった。
ねっとりとした、まるで口の中に詰めた泥を見せるような笑み。
ゾッとした。
藤丸は初めて、その闇を垣間見た。
「――何ともまあ、お優しい。だから、私もそれに見習うことにしましょう」
ズボァ!!、と何かが引き抜かれた。
音は藤丸の背後。振り返る間もなく、何かに藤丸は体を絡め取られ、宙へ持ち上げられる。
タコの足じみた触手だ。それが床から生えて、藤丸の体を締め上げていた。ジルは戦場を注視しながら、ちゃんと仕込みを完了させていたのだろう。
「結局のところ、そこの凡夫が死ねばそれで終わりでしょう? 聖杯だけを回収しても、この人間がいなければカルデアは終わり」
「マスターっ、!?」
マシュが即座に救助へ向かおうとするが、それをジャンヌオルタが許さない。聖女すら上回る剛力はむしろ苛烈さが増し、マシュだけでなくジャンヌが加わっても押されていく。
「行かせるわけないじゃない。ここからが楽しいんだから!」
「ぐ、このっ!」
「それはサーヴァントも同じ。膠着状態とはすなわち、張り詰めた弦のようなもの。小さな要因で隙はいくらでも突けましょう」
「……、」
そして前衛がいなければ、悪漢王の早撃ちに勝る後衛はいない。アナスタシアは遠距離から藤丸を助けようとしたが、ビリーの前で余所見をすれば、たちまち彼の銃口は藤丸とアナスタシア、どちらの心臓も撃ち抜くだろう。
藤丸を助ける者は、いない。
徐々に、その体が締め付けられていく。血流が止まり、手足がじんじん痺れていく。
ローブを引き摺りながらも、ジルは真っ直ぐと歩いてきた。藤丸の前へ。
「さて。聡い君ならば、何故己がまだ生きているか、分かりますね?」
「……さぁ、なんで、だろ」
「あなたが唯一、カルデアと交渉出来るピースだからですよ」
交渉? 一体何の?
藤丸の問いは、すぐに答えが出た。
「聞こえているのでしょう、カルデアの皆様方。今回は折り入って相談がありまして」
ジルの目が、藤丸の瞳を捉える。否、その先にあるカルデアを。
「取引です。あなた方の持つ聖杯を全て渡しなさい。そうすれば、この少年だけは見逃しましょう」
「な、……!?」
思わず藤丸は絶句した。
既にジャンヌオルタは聖杯を持っている。にも関わらず二個目の聖杯を求めるなど、どれだけこのサーヴァントは欲深いのか。
ロマニもたまらず声を荒げた。
「僕らにとって、聖杯はリソースであり回収すべき目標だ。いくら藤丸くんが人質であっても、それを渡すなんて天地が引っくり返ってもあり得ない!」
「……おや、そんなに驚くことですかな? 彼を失えばそれで、あなた方の旅は終わる。つまりこの少年の命はあなた達全員の命と同価値。しかし聖杯はそうではない。奪われようが、また取り返しにくればよい」
簡単に言ってくれる。そもそも今のカルデアには英霊召喚を行えるほどのリソースも、これ以上特異点攻略を遅らせるスケジュールの余裕もないのだ。
しかしジルはそんなことお構いなしだ。
「聖杯は願望機。であるならば、私は自分の願いを叶えたい」
「……自分の、願い?」
「ええ。この国を滅ぼす。それが我が願い」
復讐。この特異点で何度も目にしてきた。
いいや、特異点そのものが復讐で成り立っているならば、それも納得出来る。
「あなたには経験などないでしょう。神の如き救いですら、この世では何の意味もなさず、安易に失われる。言うなれば希望! 言うなれば信仰! 私はそれを失った!」
そこに元帥と呼ばれた騎士の面影はない。ただ、旗印とした少女を失い、憤怒に狂う男しか。
「だから、滅ぼす。彼女を裏切った国は何処にもない。ただ不毛の地として地図に焦げ跡を残すだけでいい。それを果たすためには聖杯が必要なのです!」
「……その復讐を、ジャンヌが望んでなくても?」
「だが、魔女は違う。
さあ、とジルは手を広げる。
「聖杯を渡しなさい。ここで死にたくはないでしょう?」
「……ああ、そうだね。死にたか、ない」
藤丸は体に力を込める。それだけで、礼装が起動する。
「だから、ちょっとだけ、抵抗させてもらう」
「……!」
海魔による締め付けが二段階ほど強くなる……その前に、藤丸が発動した魔術の効果が現れる。
緊急回避。いかなる攻撃であっても、体を操って無理矢理回避させる魔術。触手に絡め取られていた藤丸の体は、その魔の手からずるりと抜けた。
「ぐ、……!」
体に走る激痛。それもそのはず、本来はサーヴァントのような頑強な肉体にかけるからこそ無茶な回避が行える魔術。人間でも効果は同じだが、触手の怪力から抜けるその負荷は、脱臼や骨折に等しい激痛を全身にもたらす。
「虫のように飛んで、忌々しい! それが何だと言うのだ! 一度抜け出したところで、もう一度捕まえることなど!」
「令呪を持って、命ずる」
だが。あとは呼べばいい。
「こっちに来て、マシュ」
「はああああああああああっ!!」
海魔を侍らせるジルの背後。令呪によって転移されたマシュが、盾を横薙ぎに振るった。
ジルの体が、折れ曲がる。そのまま切断しまうのではと思った時には、ジル・ド・レェは壁に叩きつけられた。
轟音と共に藤丸は床に落ちる。痛みは酷いが、それでもやった価値はあった。マシュに助け起こされるとロマニが歓喜の声をあげる。
「よくやった藤丸くん! 作戦通りだ! 狙われたときは自分を囮にする、完璧だよ!」
「私としては大変遺憾ですが、とにかくマスターが無事で良かったです。怪我はありませんか?」
「っ、あぁ……」
腕を回しながら、藤丸は答える。
「大丈夫、動ける。でも、もう一度はカンベン。運が良かっただけだもの。直接ジル・ド・レェに首を絞められたら、俺の首が裂けてただろうし」
「本当にそうよ。運が良かっただけ」
ぴしゃりと言ったのはアナスタシアだった。ビリーを牽制しながら、彼女も藤丸の様子を見に来たらしい。
「もう少し自分を大事にしなさい。幾らサーヴァントが守ろうとしても、勝手に死なれたら助けようがないでしょう」
「……ご、ごめん」
「まあいいわ。生き残っただけ良しとしましょう。ほら、お手柄よ」
土煙が晴れる。
ジル・ド・レェは、壁にもたれかかっていた。マシュの一撃が背骨を圧し折ったか、出血こそ少ないが時折体が痙攣している。背後の壁に潰れた海魔の死骸が飛び散っており、それで衝撃を殺したのだろうが、あの様子だと関係なかったか。
ジャンヌオルタが藤丸達の前に立ち塞がる。丁度ジルが隠れるように。
「立てるの、ジル?」
「、……少々、難しいかと。主要な臓器ごと、潰されました。回復は難しい」
「聖杯を使いなさいよ、保管してるのはアンタじゃない」
「そうは行きません。もう既に
何故か。
ジャンヌオルタはその出し惜しむようなジルの言葉に、嘲りではなく哀れみにも似た感情を浮かべたのだ。
「……そうね。ファヴニールの準備も終わったようだし。ジル、お疲れ様」
「ええ、さようなら。我が憎悪、ジャンヌ・ダルク」
最後に笑って、ジルは手に持った本を傷口に突っ込んだ。
瞬間、ぼぐん!、とジル・ド・レェの体が膨張した。
風船などという生易しい比喩では収まらない。彼の体はぱっと四倍ほど膨らむと、そのまま輪郭がジル・ド・レェという人型から逸脱していく。
海魔。造形は世界で一番巨大な花、ラフレシアにタコの手足がついたような、歪なもの。本来は蕾にあたる場所にはシュレッダーじみた牙がびっしりあり、それが産声代わりに歯軋りを響かせた。
ロマニは解析しながら、
「あの本、まさか宝具か!? ジル・ド・レェに魔術の素養があるなんて可笑しいと思っていたけれど、あれによって海魔を召喚していたのなら、彼は自分自身を核にして海魔に変化した? だが、どう見たって……!」
「ええ、制御なんてしていない。ジル・ド・レェはここに死んだ」
ジャンヌオルタに悲嘆の色はない。
彼女が顔に浮かべるものは、憎悪以外にあり得ない。
「生まれたのはフランスに、神に裏切られた一人の男の成れの果て。この地を滅ぼす海の災禍!」
「■■■■■■■■■■■!!」
轟く。
海魔の咆哮は監獄城を揺るがし、触手が四方八方へ伸びていく。敵味方関係ない魔の手にたまらず藤丸達は防御を強いられる。当然ジャンヌオルタやビリーも。
理性の欠片もない怪物に、ジャンヌは叫んだ。
「ジル! この特異点をつくったのはそこの魔女じゃない! あなたなんでしょう!?」
「……え?」
どういうことだ。ファヴニールを従え、バーサクサーヴァントを召喚したのは竜の魔女たるジャンヌオルタである。ジル・ド・レェはあくまでその補佐。
いや、と藤丸は思い出す。
――聖杯を使いなさいよ、保管してるのはアンタじゃない。
――そうは行きません。もう既に
彼女達は先程そう会話していた。
聖杯は特異点を維持させる楔。
ジル・ド・レェはそれを使ってしまったと言った。
だが、その聖杯は確かに存在する。
そうでなければ特異点も、サーヴァント召喚も、そしてファヴニールも存在しない。
ジャンヌはあくまでジルへと訴える。
「私にオルタなどあり得ない。何故なら私に、ジャンヌ・ダルクには憎悪も、復讐心もない。そんなものがあっては私という英霊は存在し得ない。だからそんな側面が生まれるわけがない。それでも存在するのは……」
「ジル・ド・レェが、自分に都合のいい存在を願ったから」
ジャンヌオルタが胸元に手を当てる。
光と共に現れたのは、黄金の杯。見間違いでなければ、それはジャンヌオルタの体の中から現れていた。
ロマニが唖然とした声で、
「まさか……解析に引っかかっても聖杯を特定出来なかったのは、ジャンヌオルタが聖杯そのものだったから、だなんて……でも」
「なんでそんなことを、と? そうね。あなたみたいにお気楽に外から見てる奴には、一生分からないでしょうね」
「お前が憎まなくとも、彼が憎んだ」
故に。
「聖女が恨まなくとも、魔女が恨んだ」
ジャンヌ・ダルク? 聖女?……そんなものは関係ない、とジャンヌオルタは、男の願いを語る。
「この胸に宿る炎が空虚であろうと、私は憎んだのだ。このフランスを滅ぼすと。お前は赦すだろう。救おうとするだろう。だから私は壊す。犯す。潰す」
「それほどまでに憎んだのなら! 他ならぬあなたがそう望んだのなら、どうして成し遂げる前に死んだ!? こんな死を選んだ!?」
「復讐を成し遂げる前に死ぬのなら、命を投げ捨てるような真似をするのなら、一体何のために、そう言いたいのかしら。では逆に聞くけれど、聖女ジャンヌ・ダルク。憎悪がそんな生っちょろいもので消えると思う?」
「……フランスを滅ぼすためなら、自死をも厭わないというのですか? ここまでの残虐すらも?」
「無駄よ、ジャンヌ。彼女の目は最初からそうだった」
アナスタシアは震え上がるように、
「人が何人死んでも、何を壊しても。それで収まる衝動ならとっくに止まっている。そうでしょう?」
「よくご存知ね、皇女殿下。ならば、お分かりでしょう?」
ジャンヌオルタは手の平に炎を灯し、握り潰す。
「死して尚止まらぬこの炎こそ、我らを突き動かすもの。それすら分からぬ高潔な者に、この災禍を止められない」
「止めます!」
「いいえ、もう終わりよ。あなたも来なさい、
遠くで咆哮が聞こえたと思った瞬間。
ジャンヌオルタの後方の壁を、竜の顔が貫通した。
邪竜ファヴニール。ジークフリート達が食い止めているはずだが……この距離なら
そうではなかった。
ファヴニールは口を開くと、ジルだった海魔を
「……は?」
藤丸は思わず呆け、ファヴニールが身を捩る。海魔は流石に口に合わなかったかなんて思いもしたが、そんなわけがない。
監獄城が崩れていく中、邪竜の外見に変化が起きる。
鱗は更に黒く、尾は無数の蛇となって尻尾自体が一つの生き物のよう。牙は海魔と同じ乱杭歯に生え替わり、竜というには余りにその生物は逸脱していた。
ジャンヌオルタはその獣を見上げる。
まさしく、神を目の当たりにするように。
「ワイバーンのリソースをファヴニールの霊基強化に使い。ジルの宝具、
竜の魔女は笑いながら、新たな竜の誕生を祝福する。
「その名も、ゼノ・ニーズヘッグ。このフランスを滅ぼす、最後の魔竜だ!!」