もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』   作:388859

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主よ、この身を

 

 哮り立つ魔竜は、嘲るように、見下すように狂声を響かせる。

 ゼノ・ニーズヘッグ。

 海魔と同じ乱杭歯が何段も生えた口内、目は何も反射しない白目が眼窩から溢れそうで、その巨体は絶えず鱗が触手のように波打って不気味だ。忙しなく動く尾は何匹もの蛇へと変化し、獲物を見つけて踊るように乱舞している。

 そして何より……生命体として次元が一つ違った。

 瓦礫と化す監獄城の中で、全員が理解する。

 あれには、勝てない。

 この特異点に召喚された全てのサーヴァント達が協力しても、ひっくり返せる領域を越えている。ドラゴンスレイヤーが束になろうとも、それは例外にはならない。特異点Fの主であるあの騎士王ですら、この魔竜の前では霞むだろう。

 故に、その危険性を一番理解したジャンヌが、藤丸(マスター)に怒鳴りつけた。

 

「走って!!」

 

 藤丸は、即座に動けなかった。

 立ち向かえば死ぬと分かっている。

 だが、背中を見せる行為そのものが死に直結すると、藤丸の本能が察知した。

 その事実が藤丸の意識を絡め取る。

 そしてその遅れが、決定的なものへと変わる。

 ゼノ・ニーズヘッグの喉が、少し膨らんだ。

 

「っ、我が神よ! 我が同胞を!」

 

「疑似宝具、展開!」

 

 二重の守護が発動する最中、ゼノ・ニーズヘッグはその口を開いた。

 ワンアクションの竜の息吹(ドラゴンブレス)。吐き出された蒼炎は余りに勢いが強く、その密度たるや監獄城そのものを覆っていくほど。

 バヅン!、と光が弾ける。礼装の袖が焦げて、藤丸の背筋に怖気が走った。聖女、そして盾の英霊の宝具を貫通するほどの熱波。

 

「! 私の守護が、一瞬で!? それほどの威力が……!」

 

「いいや違う! 破られたんじゃない! 喰われているんだ、魔力を!」

 

 ロマニは推察する。

 

「ゼノ・ニーズヘッグの魔力が徐々に上がっている。息吹を吐きながらこの魔力の上がり方は異常だ。つまり奴は、サーヴァントを喰らって魔力を吸収する能力を得たんだ。どんな守護でも魔力で動くサーヴァントである以上、それは餌に過ぎない!」

 

 マシュの宝具がすぐに突破されないのは、彼女がデミ・サーヴァントだからか? 半分は現代を生きる彼女なら、奴の能力も効き目が薄いのか。

 だがそれは彼女の守りが奴の息吹を上回っているのならの話。

 防いだ時間は二十秒にも満たなかった。

 最後の抵抗にマシュが盾を床に縫い付け、

 

「駆けろ、幻想戦馬(ベイヤード)!!」

 

 白い影が、藤丸達の前に割り込んだ。

 愛馬、ベイヤードに跨ったゲオルギウスとジークフリート。

 体が上下左右に引っ張られるような激しい揺れ。半ば轢かれるに近い形で助けられたが、息吹の範囲から逃れられない。

 全員が炎に飲み込まれ……そして、城を飛び出した。

 

「……え?」

 

 困惑も束の間、藤丸の体は数秒の浮遊の後、石畳を転がった。

 節々を打ち付けながらも、藤丸は役目を終えて消えていく白馬を目にした。

 藤丸は知らないが。幻想戦馬(ベイヤード)は跨るものを一度だけ無敵にして、致命傷を無効化する効果がある。しかし跨がる者、という解釈は多くても二人だろう。それを捻じ曲げた反動でベイヤードは消滅したのだ。

 役目を果たした愛馬を一瞥だけして、ゲオルギウスは無理矢理藤丸を立たせた。

 

撤退(・・)です! マシュさん、マスターと共にもっと遠くへ! あれから少しでも距離を離さなければ……!」

 

「……いえ、無駄です。逃げられるとは到底思えない」

 

「ああ。俺も同じ考えだ、ジャンヌ・ダルク。あの竜からは何人も逃れられない」

 

 ジークフリートは、サーヴァント達の中でも一際傷を負っていたが……何より気になったのは、その素肌が所々黒く変色していることだ。まるで鱗のように。

 

「あれは神話の怪物の成り損ない。その力は既にオルレアン全域を燃やし尽くす勢いだ。逃げる場所はない」

 

「ではあれを倒すと? ファヴニールにすら敗れた(・・・)我々がこのまま挑めば、それこそ死ぬだけでしょう!?」

 

 ふと、藤丸は問いかけた。

 

「……ごめん、清姫とエリザベートは? それにアマデウスだって」

 

「清姫とエリザベートはファヴニールに喰われました」

 

 喰われた。藤丸はその意味を咀嚼するのに、やたら時間がかかった。

 ロマニが泡を吹く。

 

「サーヴァント数騎に大量のワイバーン、そして宝具の魔導書……そんなものを全部竜が取り込んだら……」

 

「大英雄であろうとも、そう勝てはしないだろう」

 

 ようやく現実を飲み込んだ藤丸は、胸の奥がぎゅっと絞められるような痛みを感じた。

 

「じゃあ、三人は……死んだ、んだよね」

 

「ああ、アマデウスは生きていますよ。大分憔悴していますが」

 

 不幸中の幸い、なんて気休めは思いもしなかった。関わった時間は短いが、別れにすら立ち会えなかったのはこれで二度目。

 それに最悪なのは。

 

「ファヴニールは五体(・・)のサーヴァントを喰らった。いや、ジル・ド・レェを含めれば六体か。なるほど、何のためにワイバーンを喰わせていたのか不思議だったが……俺達を誘い出し、その燃料にするためだとすれば、辻褄が合う」

 

「随分冷静じゃない、竜殺し。格上相手はいつものことかしら?」

 

 ゼノ・ニーズヘッグの頭に飛び乗って、ジャンヌオルタは鼻を鳴らす。

 瓦礫を踏み潰して立つその威容に、全員が思わず武器を構えた。そうしなければ話すことすら命取りだと言わんばかりに。

 

「でももう手遅れよ。ファヴニールにすら劣る英霊がいくら束になろうと、このゼノ・ニーズヘッグには勝てない。お前達に、この世界に許されるのは、這い蹲ったまま貪られることのみ」

 

……確かに、この魔竜は強い。しかし大きな疑問が残る。

 

「何故、こんな大掛かりなことを? 俺達は、変生前のファヴニールにすら勝てなかっただろう。はっきり言ってこれは過剰だ。無駄なリソースだ。竜の魔女と言えど、仲間を、それもお前にとっては生前から親交のある戦友を切り捨てるほどの価値は無いと思うが」

 

「ええ、そうよ。あなたが一番理解してるのね、ジークフリート。身を削って戦っても、あなたはファヴニールに歯が立たなかったもの」

 

 それでも、あえてこんなことをしたのは。

 

「アナスタシア、あなたが理由よ」

 

「……私?」

 

「ええそう。あなたが変生した、あの巨人。あれにはファヴニールも五分五分だったでしょう」

 

「買い被りすぎよ。あの私にそんな力はない」

 

「五分五分かもしれない、それが許せないのよ」

 

 それはジャンヌオルタなりのポリシーなのだろう。言葉が熱を帯びていく。

 

「拮抗なんて認めない。それではお前達の信念がまるで、我らの憎しみと比肩するかのよう。そんなわけがない。そうであるはずがない」

 

「蹂躙された憎しみは、蹂躙でしか晴らせない。そういうことかしら。なるほど」

 

 だから、とジャンヌオルタはただ一点を見入る。

 この特異点で唯一、敵と成り得る相手を。

 

「アナスタシア・二コラエヴナ・ロマノヴァ。私の復讐とあなたの復讐、どちらが強いのか、殺しあいで決めましょう?」

 

 つまり、ジャンヌオルタは待っているのだ。

 カルデアなど幾らでも潰せるが、それではもう止まれない。

 あのアナスタシアを潰すためだけに全てを擲ったのだ。

 全ては復讐を、完璧な形で完遂するために。

 

「……、」

 

 アナスタシアは、ただ黙ってその挑発を受け止めた。

 しかし答えはしない。

 彼女とて分かっているのだ。あれは衝動的な出来事であって、今のアナスタシアがどれだけ願ってもあの巨人にはなれない。

 だが、外に方法は。

 

「その必要はありませんよ、アナスタシア」

 

「……ジャンヌ」

 

 押し黙るアナスタシアに、ジャンヌはその手を握って微笑んだ。

 

「あなたにそんなことはさせられない。あれは私の友から生まれたもの。私が向き合うべき、憎悪なんです。だから」

 

 聖女は宣言する。

 不退転の炎をその目に宿して。

 

「私が相手です。竜の魔女、そして我が戦友よ。憎悪でもなく、救済でもなく。憐れみをもってあなた達を倒します。それが私がここにいる理由です」

 

「……憐れみ、ですって?」

 

 ジャンヌオルタの瞳が縦に裂ける。 

 

「言うに事欠いて、今更憐憫など持ち出すか、この私達に!!」

 

「ええ」

 

 ならば、とジャンヌオルタは旗をゼノ・ニーズヘッグに突き立てた。

 

「お前はここで死ね。もう一度炎に焼かれて、何も残さぬ灰となれ!! ジャンヌ・ダルク!!」

 

 ゼノ・ニーズヘッグが主の命令に従い、蛇へ変化した尾を口元へ運んだ。

 尾から口へ収束していく夥しい魔力。それは炎へと転じると、球体に凝縮されていく。太陽ではなくさながら青い月のような、仄暗い輝きをも帯び始めたところで、半泣きの通信が藤丸の耳に入った。

 

「おいおい、見間違いじゃなければ騎士王が放った聖剣の三倍もの熱量だぞ!? あんなのどうやって……!!」

 

「マシュさん、アナスタシア」

 

 しかしジャンヌの瞳の炎は消えない。

 

「どんな手を使っても構いません。何があろうとも、私達を守ってください」

 

「で、ですが、あれから守る術が我々にはありません!」

 

「言ったでしょう。私達は最初から聖杯を回収するだけ。二度は言いません、始めます(・・・・)

 

 ジャンヌがマシュへ押し付けたのは、彼女の象徴でもある旗だった。

 信仰の証であり、守護を持つ大事なもの。それが何を意味するか、分からない者はいない。全員が瞠目する中で、ジャンヌは座り込むと、腰の剣を引き抜いた。

 聖カトリーヌの剣。生前一度も抜かれなかった武器で、ジャンヌは何故か自らの手の平を裂く。

 血が剣へと流れ落ち、ジャンヌは剣を掻き抱くと、跪いた。

 瞬間。

 紅蓮の炎が、聖女を中心に巻き上がった。

 

 

 

 炎に灼かれているというのに、ジャンヌ・ダルクはむしろ懐かしさすら覚えていた。

 短い生涯の中で、今もその風景は鮮烈に残っている。その手を汚すことは無くとも、煽り、戦へと発展させたのはジャンヌ・ダルク。大義を理由に殺戮を行った者は、裁かれねば辻褄が合わない。

 そう、だからジャンヌ・ダルクにオルタなど生まれない。例えその結末が凄惨な拷問や処刑であろうとも、この炎を願ったのは他ならぬジャンヌなのだから。

 故の奇跡、故の第二宝具。

 

「……ふざけるな。復讐は望んでないとでも言うつもりか!? なんて傲慢な!!」

 

 怒り狂う魔女。あれは彼女自身から生まれた怒りではない。そうあれと、そうでなければと無念の内から生まれた。

 だからこそ憐れむ。それでしか存在理由を満たせない迷い子には、ジャンヌも祈ることしか許されないのだから。

 

「諸天は主の栄光に。大空は御手の業に」

 

 焦げていく。

 魂が、核が、焦げて、くべられる。

 

「昼は言葉を伝え、夜は知識を告げる。

 話すことも語ることもなく、声すらも聞こえないのに。

 暖かな光は遍く全地に、果ての果てまで届いて」

 

 祈祷は続く。

 しかし、それを待つほど敵も悠長ではない。

 

「消えろ!!」

 

 魔女の一声で魔竜が火球を放った。

 凝縮されてなお、その火球は一般的な教会を丸ごと包み込む大きさだった。

 触れればサーヴァントであっても消し飛ぶ、超高密度の炎。それを前にしても、ジャンヌは祈りを辞めない。

 信じてきたものを、託したから。

 

「お願いします……どうか、どうか!! この私に、皆さんを守れるだけの力を!!」

 

 盾の乙女が旗と盾を手に、果敢に躍り出る。

 黄金の光と、新雪のような盾。それが、規格外の炎と真っ向から衝突する。

 鼓膜が破裂するかと思うような重低音。視界は白熱し、巨大な火球は最早星が降ってくると間違えてしまうほどのスケール。

 そう、衝突。本来なら衝突なんてせず喰い散らかされるはずの守護は、どういうわけか今回は競り合っている。

 簡単な話。

 あの炎は死者を喰らうもの。生者である彼女には意味がない。だからジャンヌは旗をゲオルギウスではなく、彼女に預けたのだ。彼女が守護の力を持つなら尚更。

 

「天の果てから上って、天の果てまで巡る。

 我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる」

 

 しかし、その守護も長くはない。

 副次効果がなくとも、騎士王の聖剣の三倍の熱量。そんなものを防ぎ切る守護は、神でなければ持ち合わせないほどのもの。

 だからこそ、祈り続ける。

 その献身に報いるために。

 信じて、その炎を浴び続ける彼女のために。

 

「我が終わりは此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に。

 我が生は無に等しく、影のように彷徨い歩く」

 

「く、ぐ、う、あああああ、ああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 絹を裂くような悲鳴。ジャンヌの旗が燃え落ち、火球が盾に牙を突き立てる。

 亀裂が走った守りは薄氷にも劣る。

 祈りは辞めない。辞めるわけにはいかない。

 死者ではこの状況を打開できない。

 ならば、と赤い閃光が背後で光り輝いた。

 

「令呪をもって命ず!! 頑張れ、マシュ!!」

 

「う、あ、ああああ、ああああああああああああ!!」

 

 突き立てられた牙を弾くように、盾の守護が復元する。

 藤丸の持つ最後の令呪。

 猛獣を外へ追いやるように、マシュは必死に己が盾を押し込んだ。

 

「我が弓は頼めず、我が剣もまた我を救えず。

 残された唯一つの物を以て、彼の歩みを守らせ給え」

 

 ジャンヌを焼き尽くす炎が指向性を変えていく。

 それは十字架のようで、磔にされた人のようで、そして欠けた太陽のようだった。

 

「――――主よ、この身を委ねます」

 

 瞬間、世界が熱で埋め尽くされ、弾けた。

 それは言うまでもなく、火だった。ゼノ・ニーズヘッグの青いまやかしの炎では到底到達しない、真なる魂の炎。まさに紅蓮と称される清廉な炎は、祈祷し終えたジャンヌの頭上に浮かび上がり、収まりきらずに地面を撫でては融かしていく。

 

「心象をめくり上げたはずなのに、固有結界じゃ、ない……? いや、これは……!」

 

 ロマ二の推察通りだ。己の心、心象風景を具現化する大魔術が固有結界。

 しかしこれはあくまで亜種であり、一度も使わなかった聖カトリーヌの剣として結晶化したもの。

 これこそは聖女を焼き尽くし、世界へと焦げ跡を残した断罪の炎。

 ジャンヌ・ダルクが持つ第二宝具、紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)

 その最期を攻撃として解釈した、

 

「概念結晶武装……!」

 

 白い法衣にも似た戦乙女衣装に変貌した聖女は、高らかに叫んだ。

 

「────絶望の後には、必ず希望が待つ(L`espoir vient apres desespoir)!!」

 

 

 

「藤丸くん! ジャンヌの宝具は一発限りのものだ! それを放ったが最後!」

 

「……はい、分かってます」

 

 いくら魔術の知識がない藤丸でも、この宝具の凄まじさ、そして代償は察していた。

 これはジャンヌの最期を再現したもの。ならばそれは、ジャンヌ・ダルクという英霊の消滅とて再現する。

 その証明として、彼女の体はもう。

 

「……ジャンヌ」

 

「はい」

 

 燃える世界でも、死に装束を纏った聖女は何ら変わりなかった。むしろ私はこう生きたのだと、胸を張るように火に炙られていた。

 だったら、言うことは一つしかない。

 

「俺達で精一杯フォローする。だから、黒い彼女のこと、任せた」

 

「はい……行きます、マシュさん!」

 

 喰い破られかけた守護を解除して、マシュが下がる。

 ジャンヌの炎はその守護の魔力すら取り込むと、火球と激突した。

 拮抗など、するわけがない。

 幾らサーヴァント六騎分の魔力と魔力炉があろうとも、ジャンヌの炎は心の具現化。彼女が倒すべきと見做したものを焼き尽くす概念。いかに強力であろうと、その意志の強さは神ならともかく……たかがおとぎ話の竜が、喰らいつくせるものではない。

 視界を埋め尽くす火球は爆ぜて、見えるのは驚愕に包まれたジャンヌオルタ。

 

「アナスタシア!!」

 

「……ええ! ヴィイ!」

 

 藤丸の指示に従い、アナスタシアは魔眼を発動させる。

 目標はゼノ・ニーズヘッグ……ではなく、ジャンヌオルタ。宝具である以上、因果をも無視した弱点の露出もあの魔竜の魔力供給くらいにしかならない。

 しかしジャンヌオルタは別。そして藤丸もアナスタシアも、彼女なら必ずゼノ・ニーズヘッグを突破すると信じた。

 アナスタシアがジャンヌの立っている床に手をかざし、地面から氷がせり出した。それは足場だ。氷の足場の行先は決まっている。ジャンヌオルタまでの最短ルート、ゼノ・ニーズヘッグの頭部に届くまで。

 

「行って、ジャンヌ!!」

 

 勿論とジャンヌが頷く。

 それはまさしく特攻だった。己を焼き尽くす火ごと、相手を巻き込んで四散しようとする様に、ジャンヌオルタは鼻白みながら黒い旗を振りかざす。

 

「こ、これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……! 吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・へイン)!!」

 

 ジャンヌオルタの宝具。

 おどろおどろしい紫焔が頭上から雨となって降り注ぐが、

 

「撃ち落とす! 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

力屠る祝福の剣(アスカロン)!!」

 

 その紫焔を、並走していた二人の竜殺しが地上から叩き落とす。

 ジャンヌオルタはもう目の前。ゼノ・ニーズヘッグが最後の足搔きだとジャンヌに喰いつこうとしたが。

 ジャンヌは氷の足場から跳んで、自ら竜の口へ飛び込んだ。

 

「──終わりです、竜の魔女。あなたの悪夢は、ここで終わる」

 

 刹那、魔竜の口が閉じ。

 世界が火に包まれた。

 音が消えたかと思うほどの轟音。光は目を閉じていても突き刺すようで、とても何が起こったかは見れない。爆風が少し離れた藤丸達にまで殺到し、遅れて悲鳴のような何かだけは聞こえた。

 ずず、と光が点滅する。その頃になってようやく、藤丸達は目を開いた。

 まず目についたのは、上半身が消し飛んだゼノ・ニーズヘッグだった。下半身も形は残っているものの、黒ずんで炭化したまま倒れている。

 そしてジャンヌオルタは……。

 

「……、ぁ、……」

 

 ゼノ・ニーズヘッグとは真逆。ジャンヌオルタは下半身が吹き飛んでいた。ジャンヌの宝具は魔竜の口の中、つまりはジャンヌオルタの真下で放たれた。上半身だけでも残ったのが驚異的と言えよう。しかし霊核も肉体も破壊されたジャンヌオルタは、既に存在を維持することが難しく、半ば魔力へとなりかけている。聖杯があるから何とか生きてはいる……というところか。

 あれではあと数分、数十秒と持つまい。ジャンヌの決死の宝具は、完全に致命傷を与えていた。

 

「……やり遂げたのね、ジャンヌは」

 

 側で見届けていたアナスタシアが、そう呟く。しかし少しも誇らしげではなく、むしろそうなってほしくなかったと言いたげだった。

 確かにジャンヌは役目を果たした。英霊達ではゼノ・ニーズヘッグに勝てない以上、これが最適解だっただろう。それでも。

 それでも胸の奥に残るこの感情を否定することは、藤丸にも出来そうもなかった。

 

「……そうだね」

 

 それだけ言って、藤丸は立ち上がる。

 聖杯を回収しなければならない。そうすればこの特異点は修正されるのだから。

 

「マシュ、聖杯の回収を……」

 

「ちょっと待った!!」

 

 全て終わったというのに。ロマニは声を荒げて、

 

「今こっちで急激な魔力の増大を確認した!! 君達の目の前、何か見えるか、みんな!?」 

 

「何かって……」

 

 あるとすれば、死にかけのジャンヌオルタと、それと。

 それと今しがた断面から、綺麗な上半身が生えた(・・・・・・・・・・)ゼノ・ニーズヘッグくらいで、

 

「……は?」

 

 その信じがたい光景に、藤丸は自分が幻覚を見ているのかと思った。

 予兆も、宝具を開帳するときのようなプレッシャーだってない。本当に、まるで脱皮でもしたかのような光沢を放って、ゼノ・ニーズヘッグは復活した。

 その咆哮は歓喜のものか。はたまた蘇生した開放感からか。どちらにしろ、

 

「まずい……! 聖杯を!!」

 

「ほい、横槍失礼」

 

 パァン、という乾いた音が、嫌に響いて聞こえた。

 同時に蹴られたような衝撃が膝を、藤丸が襲った。人形のように倒れて、そこで。

 何かが貫通した、己の足を目の当たりにした。

 

「っ、が、ぁ……!?」

 

「、マスター!!」

 

 遅れて痛みが脳に直撃して、喉から嗚咽が溢れる。今ままで感じたことのなかった激痛に、脳がバグを起こしてしまったような混乱が少年を襲う。アナスタシアが血走った目で、下手人を睨んだ。

 ビリー・ザ・キッド。

 アナスタシアにとって天敵の彼は、ジャンヌオルタの側でくるりと銃を回す。

 

「やぁマスター。随分派手に自爆されたじゃないか、半分肉塊に見えるよ」

 

「……お前、は……」

 

「あー、いいよ別に返事しなくても。あとはこっちで勝手にやるから」

 

 ジャンヌオルタが何か言う前に。

 六発、竜の魔女の頭に弾丸が撃ち込まれた。

 ジャンヌオルタの傷からして、殺すなら一発で充分だ。しかしビリーは体を悦びに震わせて、その凶行に及んだ。

 今だと、音もなく地を蹴ったのはジークフリートとゲオルギウス。快楽に溺れている今なら自慢の早撃ちの精度も落ちると踏んだか。しかしゼノ・ニーズヘッグがビリーを守るように息吹を吐いて、二人を退かせた。

 そうなれば誰も動けない。何故なら彼の後ろには全快のゼノ・ニーズヘッグがいる。今近づけば、息吹の一つで絶命することは目に見えていた。

 

「聖女の頭を撃ち抜けなかったのは残念だけど、同じ顔の女はぶち抜けたし、これでよし!」

 

 残虐な行動とはまるで結びつかない無邪気な笑顔で、ビリーは亡骸からそれを拾った。

 聖杯。

 マスターを自ら殺したビリーは本来即退去するが、聖杯を持ってしまえば関係ない。ビリーはそれを取り込むと、薄れかけた体が実体を持った。

 また振り出しに戻ったその事実に、痛みに悶える藤丸ですら絶望する。

 

「やっと倒した化け物が蘇生してびっくりした? 僕も聖杯を持ってようやく知ったんだけどさ、どうにもこいつってあと何回か蘇生する(・・・・・・・)っぽいんだよね、青髭の旦那の宝具のおかげかな?」

 

「……、」

 

 最早言葉も出ない。

 あと、数回。あやふやな情報の開示が、こちらをおちょくるようなものだと理解していても、藤丸達は思惑通りそれを呑みこむしかない。

 でも、とマシュが信じられないものを見るように。

 

「それなら、わざわざ黒いジャンヌさんを見殺しにしなくても……」 

 

「ああ、それ? いやさぁ、面倒でしょ、だって。復讐だの救済だ、引き金を引くにはちょっと気が乗らないっていうか」

 

「めん、どう?」

 

 彼女達の命題。それにビリーは唾を吐く。

 

「殺すか殺されるか。それだけだろ、この世界。いくら理由を欲しがろうと、そんなのは感情を紛らわすための方便だ。そんな難しくされても、土台僕とは反りが合わないっていうか」

 

 それに、

 

「黒いジャンヌに対抗するためにあのジャンヌが召喚されたなら、なんかあるでしょ、ヤバいのが。幾らドラゴンが不死身でも、それに巻き込まれて聖杯が奪われたら元も子もない。楽して仕事するなら、それに越したことはないもんね?」

 

 だから、

 

「無意味だよ、あの聖女サマ達の死は。無駄死にさ。言い合って戦って、シミの一つになれて。さぞ幸せだろうさ」

 

 

 

 

 マリーは他者を庇って死んだ。

 ジャンヌはその身を賭して戦い抜いた。

 黒いジャンヌとて、行いはともかく信念があった。譲れない願いが、あったのだ。

 だから。

 アナスタシアは、その発言が我慢ならなかった。

 

「……無意味なんかじゃない」

 

「ん?」

 

 アナスタシアはマスターから目を離す。

 彼のことはマシュが守ってくれるはずだから。

 

「マリーも、ジャンヌも、黒いジャンヌも。それぞれ命を賭していた。少なくとも、お前のように逃げ隠れするようなことはしなかった」

 

「心外だなあ。賢いって言ってくれよ。これは戦争、聖杯戦争だぜ? やーやー我こそはなんて名乗らなきゃいけない決まりなんてないんだ」

 

「そうね、これは聖杯戦争。だから負けられないのよ。叶えたい願いもない、あなたにだけは」

 

 全員が命を懸けた。

 己の願いと共に。

 ならば、今度は自分がその番だ。

 

「……お願い、ヴィイ」

 

 対抗出来る術は一つ。あの復讐の巨人となること。

 だから願う。あれはアナスタシアの持つスキル、シュヴィブジックが作用したもの。

 あの時は復讐でしかなかったが、今は違う。

 今なら、きっと。この感情を正しい方向に使える。

 

「ダメ……だ、アナスタシア……!!」

 

「……まさかアナスタシアさん、あの姿になろうとしてるんですか!?」

 

 マスターとマシュはどうやら何をしようとしてるのか勘付いたらしい。

 それでも今、戦えるのはアナスタシアだけ。

 なら。

 主の願いを叶えようと、ヴィイが暗い光を帯びていく。変生するための魔力は光から風へ、そして吹雪へと形を変えていく。

 ビリー・ザ・キッドはその明らかな隙を止めはしなかった。

 むしろどうぞ勝手に、そんな言葉すら聞こえてきそうなほどの余裕があった。

 余裕でいられるのも今の内だ。

 

「……ヴィイ。私の全てをあなたに捧げる」

 

 だからお願い。

 

「どうか、私の願いを叶えて……!!」

 

 そして。

 ぱしゅん、と吹雪が掻き消えた。

 

 

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