もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』   作:388859

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ラストナンバー

 

 

「凍てつく冬への覚悟? なんだい、それは」

 

 ビリーが一笑に付す。

 その背中から竜の翼が飛び出し、童顔を漆の鱗が覆っていく。

 ファヴニール、いや聖杯で強化されたことを考えるとゼノ・ニーズヘッグの因子を活性化させたのか。

 

「……たかが皇女が再臨したところで、僕に」

 

 勝てると、思っているのか。

 続く言葉を、アナスタシアが右手を開いて、封じた。

 

凍れ(・・)

 

「……ッ!?」

 

 瞬間、ビリーの足元から小振りの氷山が突き出した。

 もしそのままであれば、ビリーの小柄な肉体など串刺しに出来ただろう。

 しかし既に、

 

一工程(シングルアクション)でこれか、なるほど」

 

「!、アナスタシアさん!」

 

 アナスタシアの背後。竜としてのスペックをフルに使って後ろを取ったビリーが、その爪で皇女の顔を裂こうと伸ばして。

 黒い影が、ビリーの横顔をぶん殴った(・・・・・)

 

「ご、ぉ、!?!?!?」 

 

 デフォルメ化した人形のような腕にも関わらず、それは見事な右ストレートだった。メキメキ、とそのまま首の骨ごと折って殺してしまいそうな勢いで、黒い影は拳を振り抜く。

 地面に叩きつけられたビリーはごろごろと何回か転がっていく。マシュも思わずその一撃には呆気に取られ、そしてその隙をアナスタシアは許さない。

 今度は氷塊ではなく、(ひょう)を混ぜた吹雪。

 しかし聖杯を持っているだけあって、彼は頑丈だった。すぐに跳ね起きて、逆に吹雪に向けて口を開けて魔力を放出する。

 竜種の息吹。それで何とか無力化しようとするが……足りない。

 アナスタシアの本領は強大な魔術の連射(・・)

 背後の影の目が光り、魔力がヴィイへと注がれ、放たれる。

 

「壊れて千切れて、割れてしまえ――――!!」

 

「チィ……!!」

 

 それは吹雪を超えて最早雪崩だった。

 そんなものに付き合っていられないと、ビリーは空へと一度退避する。

 今度はアナスタシアが一笑に付す。

 

「随分と必死ね。そういえば何か言ってたわね、再臨したところで僕に……何だったかしら。よく聞こえなかったけれど」

 

「ッハ! 自分でかき消しておいてよく言うよ!」

 

 再度突撃してくるビリーだが、その目標はアナスタシアではなかった。彼の直線上にあるのは……残光、忌まわしき血の城塞(スーメルキ・クレムリ)の窓。

 

「まさか、城塞内のマスターを……! アナスタシアさん、氷の足場を! 私が!」

 

「大丈夫よ」

 

 しかしアナスタシアはかぶりを振った。

 そうしている間に、ビリーは窓を割って中へ押し入る。

 中の様子を確認する術はマシュには勿論、アナスタシアにもない。これでは藤丸がいつ襲われても可笑しくないが。

 それは全くの杞憂だった。

 何故なら、ビリーが押し入った窓の階が、赤く発光したからだ。

 

「……あれは、雷? いえ、それだけじゃ、ない?」

 

 室内に雷が落ちるという矛盾。マシュは見えてないが、宝具使用者のアナスタシアには分かる。天井、床、壁が刺々しい杭に変形し、四方八方からビリーへと迫っている。

 そう、これは防御の宝具だが……城塞内の者を守る、言わば自動迎撃機能もある。アナスタシアが認めた者しか侵入を許さない、皇帝のルールがあるのだ。

 

「ぐ、くそ! ああもう面倒だな!」

 

 悪態を吐き捨て、押し入った窓から再度脱出するビリー・ザ・キッド。手酷い門前払いだったらしく、聖杯による治癒を施している。

 

「なるほどね……確かにこれじゃ、一番の弱点は狙えそうにないな。でも君、こんな宝具を使いっぱなしでいいのかな? 少なくとも霊基を消耗してる君が、こんな無茶をいつまでも通せるとでも?」

 

「……!」

 

 マシュがはっとなる。

 アナスタシアが平然としているので忘れがちだが、今の彼女は先日の暴走で霊核に傷がある。その傷を悪化させるような行いは。

 

「……アナスタシアさん」

 

「ここが要。ならば命を懸けなくては、勝てるものも勝てない。それだけの話よ。ところで話は変わるけれど」

 

 冷笑を浮かべて、皇女は言い放つ。

 

「そんな女を、まさか撃ち殺せないだなんて言わないわよね?」

 

「……へぇ?」

 

 ニヤリ、とビリーは笑った。

 露骨な挑発。だが、

 

「いいよ。あえて乗ろう、その挑発!!」

 

 ビリーは翼を限界まで広げ、最大速度で突進する。

 しかしそれに対応するのはアナスタシアの役目ではない。

 

「マシュ、お願い」

 

「え!? あ、はい!」

 

 丸投げ!?とマシュは思ったようだが、彼女は責務を果たすべくビリーの爪を、盾で受け流す。つんざくような音と火花が飛び散りながら、更なる追撃すらもマシュは対応する。

 ビリー・ザ・キッドも。チンピラ程度なら素手で戦ったこともあるだろう。しかし数々の英霊、怪物達と盾一つで渡り合ってきたマシュには敵わない。否、負けはしないが、突破は無理だ。

 そこをアナスタシアが突く。

 

「ヴィイ」

 

 背中の影が動く。マシュに竜の爪を弾かれ、態勢を崩したビリーへとまた腕を伸ばしていく。

 

「そう何度も喰らうわけ!」

 

「でしょうね。ところで足元はよく見た?」

 

「あ?」

 

 態勢を戻そうと浮いた片足で、ビリーは思い切り大地を踏みしめようとして。

 つるん、と盛大に滑った。

 彼の足元。スケートリンクのような氷が張ってあり、それで滑ったのだと状況を理解した時には遅い。

 

「――こんにゃろうめ」

 

 そんなぼやきすら、叩き潰すように。

 影の拳が、再び銃使いの横顔に突き刺さる。

 受け身すら取らせない一撃に、ビリーの体は回転しながら吹き飛んだ。瓦礫の山に突っ込んで尚勢いは止まらず、最終的に一番大きな瓦礫に衝突してようやく止まった。

 ざ、とマシュがアナスタシアの隣まで戻る。

 土煙を睨んだまま、彼女達は確認し合う。

 

「どう? 少しはスッキリした?」

 

「そ、そういうことではなく! その……」

 

「冗談よ。分かってる、あなたの困惑は最もよ」

 

「はい。……手応えが無さすぎます」

 

 再臨したアナスタシアは確かに強い。影を用いた近接戦の対応、宝具級の魔術の連射。対魔力を持つサーヴァントが相手だろうとゴリ押せるポテンシャルはある。

 しかし相手は聖杯を持っている。騎士王、竜の魔女。どちらも大英雄を越えるかと疑うほどのステータスと宝具を持っていた。それを知るマシュだからこそ、ここまで簡単に圧倒出来たのが妙だった。

 土煙が翼で吹き飛ばされる。

 ビリーはテンガロンハットを落としながらも、悠々と立ち上がる。

 

「はは……ああいや、舐めてた。うん、これは正面からまともにやり合うのはマズそうだ」

 

 そう言ってはいるが、その身に傷はない。いやないわけではなく、驚異的なスピードで治っているのだ。聖杯を持ち、竜の因子を活性化させたからだろうか。

 

「じゃあこっからは……ガンマンらしく行こうか!!」

 

 雷鳴のような銃声が二回。それは当然マシュに弾かれたが、本命はその次。

 ビリーが銃に息を吐く。すると撃鉄に火が灯り、赤熱した漆黒の銃をビリーはホルスターに収納する。

 わざわざ武器を戻したのは、それが宝具発動に必要なプロセス。ともすれば本当の意味で銃口を向けられているのは今この時。

 咄嗟にアナスタシアがマシュの盾の範囲へ逃げ込む。

 

「いいよ、隠れるといい。防げるものなら」

 

 ビリーは牙を剝き出しにして、魔力を溜め込んだ銃に手をかけた。

 

「ファイア!!」

 

 鳴り響いた銃声が妙なことにアナスタシアは一早く気付いた。それが六発同時に撃ち出されたことによるものだと、マシュの盾に弾丸が到達するその刹那に勘付いた。

 アナスタシアは勿論マシュですらその弾丸は視認出来なかっただろう。

 弾が盾に触れた途端、目の前が爆炎に染まった。

 

「っく……!?」

 

 それは大砲でもなければ、爆弾ではない。まさしく竜の息吹そのもの。それを不可視の速度で撃つ攻撃がビリー・ザ・キッドの奥の手。

 竜の息吹を六発。そんなもの何の準備もなく受け止められるものではない。

 マシュの盾が押し返される。押し寄せる炎は盾をすり抜けたが、アナスタシアは影でマシュごと己を守りながら、全方位に冷気を放出する。

 間一髪で防いだが、ビリーは既にまた魔力を銃に溜め込んでいた。

 

「そら、おかわりだ。ちゃんと食えよ」

 

 ダンダン!、と今度は竜の息吹が二回に分けて撃たれる。 

 今度はマシュもアナスタシアも備えていた。

 どっしりと構えた盾に、アナスタシアが氷の防波堤にも似た壁を作り出した。

 効果は覿面。炎は大幅に威力を殺され、アナスタシア達までは届かない。

 

「へぇ、頭回したじゃないか。でも……それがいつまで続くかなぁ?」

 

 既にリロードし終えて、更に宝具を放つビリー。

 埒外の宝具の乱射。これこそがビリーの本領か。なるほど確かにそれなら、さっきまでの戦いも納得だが、そこで疑問がまた生まれる。

 こんな簡単に受け止められる程度の攻撃、何発撃とうが意味がないのではないか?

 いやそもそも、なんでもっと出力を上げて撃たない?

 遊びの段階はとっくに越えている。であれば……これで本気なのか?

 アナスタシアはその違和感を確かめることにした。

 

「……ドクター、聞こえる?」

 

「あ、ああ。て、もしかして僕に話しかけてくれたのか!? 一回も話したことのない君が!? うわ、なんか感激というか……」

 

「今から宝具を使って彼の弱点を探るわ。その解析、お願い出来る?」

 

「え? まぁ、出来るけど……」

 

「それじゃあよろしく。マシュ、タイミングは任せる。一瞬だけ盾をどけて。それであなたの疑問も氷解するわ」

 

「わ、分かりました! では……行きます!」 

 

 マシュは言うや否や、盾を退けた。

 竜の息吹を銃に吹きかけるビリーに対し、アナスタシアはヴィイの魔眼を向けた。

 

疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)

 

 クリスタルの瞳が、その因果をも見通していく。

 魔眼を起動したほんの一瞬の後、マシュが盾を再度アナスタシアの前で構えた。それでもカルデアなら十分だろう。

 あとは結果を待つだけ。

 

「解析は五分で済む! その間、何があっても持ちこたえてくれ!」

 

 

 

 

 一方その頃、地表から遠く離れた天空。

 竜へと転じたジークフリートは、深く息を吸い込んだ。

 

「□□□□□□□□□ーーッ!!」

 

 喉を震わせる大轟音。聖剣は最早ないが、己にはそれと同等に頼れる肉体がある。

 そして戦友も。

 

「いいですか、ジークフリート」

 

 鞍もない首に己の体を押し付けて、ゲオルギウスは忠告する。

 

「図体こそ同等ですが、力は未だ相手が格上。勝とうとする必要はありません。マシュさん達が聖杯を回収するまでの時間を稼ぐ。そのための戦いです」

 

 無論だ、とジークフリートは頷いた。

 ならば構わない。

 

「私に出来ることはこうやって宝具を発動し続けることのみ。頼みました」

 

 戦友の声を受け、邪竜は思う存分解き放つ。

 彼の内に生まれた竜としての本能のままに、魔竜へ飛び掛かる。

 

「■■■■■■■■■……ッ!!」

 

 ゼノ・ニーズヘッグもかかってこいと己から飛び掛かり、何度目かの組み合いへと発展する。

 人のそれよりもっと原始的で、獰猛的な力と力の衝突。お互い尻尾すらも相手の肉体へ巻き付かせて、絞め殺そうとするほどの殺意の応酬は、まるで台風と台風が殴り合いでもしているかのような光景。

 

(……凄まじいな。かつて竜同士の争いは見たが)

 

 ここまでのものはなかったな、とゲオルギウスは思い馳せる。

 その点で言ってもゼノ・ニーズヘッグは有利だ。変生したゼノ・ニーズヘッグの尾は、それ自体が独立して動く大量の蛇の集合体。首を絞めるだけでなく、枝分かれして邪竜の目へ噛みつかんと迫る。

 そもそもの話。ゼノ・ニーズヘッグはファヴニールが進化した個体だ。後追いでファヴニールとなったジークフリートでは、勝負になるはずがない。

 だが、そんな弱音が今更何になる、と邪竜は奮起する。

 

「□□□□□□ーーッ!!」

 

 ジークフリートはその蛇の尾へ眉間を叩きつけた。竜の状態でヘッドバッドされると思ってなかったのだろう、蛇達は尽く追い返される。その面食らった蛇達のお返しにと、ゼノ・ニーズヘッグは邪竜の左肩へ乱杭歯を突き立てた。深く食い込む歯は釣り針のように返しがついているのかと思うほど外れない。ならばとジークフリートは首へと噛みついた。

 我慢比べ。痛みで悶えた方が噛み千切られるだけの勝負。唐突に始まった咬合力の争いは、すぐに決着が着いた。

 お互いが、相手を食い千切ったからだ。

 

「□□……!」

 

「■■■!」

 

 ジークフリートは苦悶、ゼノ・ニーズヘッグは余裕で距離を離す。左肩と首、どちらが重症かなど火を見るより明らかだが、魔竜はまるで意にも介さない。

 

「ジークフリート!」

 

 絶妙なバランス感覚でしがみついていたゲオルギウスは、その傷に冷や汗を垂らす。

 前足を動かすのに支障をきたすほどの深い傷。肉体的なスペック差を抱える戦いではかなり痛い負傷。しかしジークフリートの瞳には、一ミリたりとも悲壮感がなかった。

 任された使命、守られるはずだった少年の奮闘、そしてそうさせてしまった己の不甲斐なさ。

 例え邪へ堕ちようとも、矜持まで失ったつもりはない。

 だが、ゼノ・ニーズヘッグは既に傷を治して、

 

「□□……?」

 

「む……?」

 

 そこで。ジークフリートとゲオルギウスはその異変に気付いた。

 くちゃくちゃと咀嚼するゼノ・ニーズヘッグの首。そこから呑みこんだ肉が零れる。ジークフリートが食い千切ったのだから当然だが……しかしでは何故、一向に傷が治らない?

 それが大した傷ではないから? いいやそんなわけがない。蘇生すら可能とする回復力があるならば、首の負傷も治らないはずがない。だからゼノ・ニーズヘッグとて余裕の表情であったはず。

 ゼノ・ニーズヘッグはそれに気付いていない。己が絶対的優位であると確信しているからこその驕り。

 

「……もしや。ジークフリート!」

 

「□□□……!!」

 

 分かっているとも、とジークフリートは口を全開まで開ける。喉奥から集まっていくのは滾りに滾った魔力。意図を察したゼノ・ニーズヘッグは同じように口を開けて。

 首の傷口から、大量の竜の息吹が漏れ出た。

 

「バ、ォ、■■■■……!?」

 

 何故、と半狂乱のゼノ・ニーズヘッグ。それもそのはず、まさか己の息吹で延焼するなどと思うまい。ただの竜の息吹なら焦げる程度で済んだだろう。しかしゼノ・ニーズヘッグの息吹は邪竜のそれとは格が違う。都市を一息で滅ぼす威力、死者の魔力を喰らうという特性。いくら変生しようとも、聖杯に召喚された存在である限りゼノ・ニーズヘッグもまた例外ではない。

 火だるまになった魔竜への躊躇いはなかった。

 ジークフリートは溜め込んだ魔力を炎として、ゼノ・ニーズヘッグへと吐き出す。

 

「……□□□□□ッ!!」

 

「■■■■■!?!!!?」

 

 今度こそ、ゼノ・ニーズヘッグから甲高い悲鳴が飛び出した。

 例え存在の格が違っていようとも、ジークフリートの竜の息吹とて最上位のもの。無防備に食らって、無事で済むはずがない。

 ゼノ・ニーズヘッグは火に焼かれながら、地上へと墜ちていく。

 

「好機だ!」

 

 ゲオルギウスが首を蹴ると、逃がさないとジークフリートは急降下していった。

 

 

 

 

 妙だ、とビリー・ザ・キッドはようやく異変に気付いた。

 竜の息吹を宝具によって光速に近い速度で連射する。これならば火力に問題があった壊音の霹靂(サンダラー)の問題も解決する。

 一発の威力は盾の英霊なら防げる程度のもの。しかしそれを永遠に早撃ちし続けたら、盾ごと押し潰せるだろう。どれだけ頑強な盾でも、その守護は永遠なはずがないのだから。

 そういう算段のはずだったのに。

 五分間。ビリーは愛銃を撃ち続けたが、未だ敵は健在だった。

 

「……なんだ?」

 

 いつの間にか、滲んでいた汗。竜種となったビリーの体に汗をかく機能はない。なのにそう錯覚するほどのことが、目の前で起きていた。

 機関銃にも匹敵する量の火球を受け止め続けるマシュは、苦しそうな表情こそ浮かべているが、切羽詰まってはいない。その理由の一つがアナスタシアの魔術。マシュの負担を少しでも減らそうと氷の盾や防壁を矢継ぎ早に作っている。それで膠着状態に持っていけるのなら、確かに驚嘆すべきなのかもしれないが……。

 

「なんで宝具も使わない単純な守りで、この攻撃が止められる? 竜の息吹だぞ。それを何発叩き込んだと思って……」

 

「息吹? ため息の間違いじゃないのかしら?」

 

 アナスタシアは軽口を叩きながらも、氷を形成し続ける。

 何か、何か可笑しい。

 彼我の戦力差は圧倒的だったはず。

 そもそもこの盾の英霊をステータスで圧倒出来なかったのも、可笑しいのだ。いくら近接戦に長けているとはいえど、聖杯を持つビリーのスペックは神話の大英雄にすら匹敵しているはず。だからこそ殴り合いだってしたというのに。

 

「解析、出来たよ!」

 

 

 

 

「あら、時間ピッタリね」

 

 片手間に魔術を発動させて、アナスタシアは通信に耳を傾ける。

 アナスタシアの宝具は弱点の露出。つまり解析したものが一番の弱点だということ。

 

「結論から言おう。今ビリー・ザ・キッド最大の弱点は聖杯。そしてその聖杯は、八割以上損傷している(・・・・・・・・・・)

 

「……は?」

 

 驚きの声はビリー・ザ・キッドのみだった。マシュもアナスタシアも、やはりと得心がいく。

 

「……聖杯が損傷だって? おいおい、何を根拠に?」

 

「言わなきゃ分からない? マシュが宝具も発動させずにあなたの攻撃を完封したこと、ステータスをいくらでも上げられるはずなのに、近接においてキャスタークラスに後れを取ったこと」

 

 ビリー・ザ・キッドのステータス自体は確かにそう大したものではない。だが仮にも聖杯を持ったサーヴァントが、霊基を少し改造しただけのサーヴァントに劣るわけがない。

 それが認められないと、ビリーはなおも攻撃を続ける。

 

「第一、いつ、誰がそんなこと出来た? 君達に出来るわけがない」

 

「ええ、そうね。だから、聖杯を壊しかけたのは私達じゃない。ジャンヌよ」

 

 そう。

 ジャンヌの宝具、紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)。あれによってゼノ・ニーズヘッグは上半身を、ジャンヌオルタを下半身を消滅させられた。聖杯に届く攻撃などあの時しかない。

 

「……女一人消し炭に出来なかった炎で、聖杯が傷つくとでも」

 

「消し炭に出来なかったのは聖杯のせい。でしょう、ドクター?」

 

「ああ。冷静に考えれば、ゼノ・ニーズヘッグが消し飛ぶような炎で黒いジャンヌも消し飛ばないわけがない。つまりあれは聖杯がダメージを肩代わりして、何とかあそこまで抑え込んだんだ」

 

 ジャンヌの宝具は概念結晶武装。ジャンヌが燃やし尽くすと認識した相手を必ず灰にする、そういう宝具だ。故に、彼女の願いは届いていたのだ。

 

「……ジャンヌの祈りは、無意味なんかじゃなかった。ふふ、マリーやマスターの言う通り。無意味じゃなかった」

 

「だからなんだってんだ? 現に聖杯はまだ稼働している。魔力も有り余ってる。負けるわけが……!!」

 

 その時だった。

 ひゅるる、と何かが目の前に落下してきた。

 丁度ビリーが立っている場所に落ちてきたそれは、

 

「ゼノ・ニーズヘッグ……!?」

 

 首から血を流し、全身の鱗が爛れたゼノ・ニーズヘッグ。

 それが誰の手によるものか、言うまでもない。

 邪竜ジークフリートとゲオルギウスがアナスタシア達の側に降り立つ。

 

「なんでだ……!? ファヴニールなんかにゼノ・ニーズヘッグが負けるはずが……!」

 

「本来なら勝負にもならないでしょうが……今回は話が違う。魔力供給もされていない(・・・・・・・・・・・)サーヴァントに負けるほど、ジークフリートは弱くありませんよ」

 

 なるほど、とアナスタシアは合点がいった。

 当然のことだが、ゼノ・ニーズヘッグがいくら進化しようともサーヴァントという枠組みからは逃れられない。つまり蘇生を可能とする回復力も、あらゆる生命を凌駕するステータスも、魔力があってこそ成立する力。

 

「聖杯が破損している今、誰の願いが一番優先されるか。それは少なくとも、所有者であるビリー・ザ・キッドの自己満足でもなければ、ゼノ・ニーズヘッグですらない。黒いジャンヌの、レフ・ライノールのこの特異点を継続させる楔としての機能が一番優先されるのなら、ゼノ・ニーズヘッグの力は脅威じゃない!」

 

「ええ、ロマニ殿の言う通り。最早これ以上の戦いは無意味です」

 

「……ハッタリ言ってくれるじゃないか。ゼノ・ニーズヘッグ!!」

 

 傷つき、倒れ伏した魔竜が、弱々しく起き上がる。

 あれだけ有利だったはずの殺し合いを覆されたビリーには、既に余裕の欠片もない。腸が煮えくり返りながらも、冷静さを保とうと金髪をかき上げる。

 

「殺せ……!!」

 

「無駄よ」

 

 殺意を滲ませるゼノ・ニーズヘッグはジークフリートが押さえつけ、ビリーはアナスタシアが瞬時に凍結させ、その自由を奪う。

 攻撃の暇すら与えぬ鎮圧。彼らの行動が速いのもあるが、それ以上に。

 

「嘘だろ……僕が、早撃ちで負けるわけが……!!」

 

「それすら出来なくなってるって気付かない? まぁ、そうね。通常時のあなたならともかく、今は狂ってるもの。あれだけブレスを撃っていたのも、勝負勘が鈍ってるのも仕方ないわ」

 

 本来魔力消費が少ないビリー・ザ・キッドの早撃ち。しかし竜の息吹をああも乱発すれば、魔力供給が絶たれたビリーではすぐに魔力は枯渇する。

 もし、これが本来のビリー・ザ・キッドであれば。聖杯の異常を察知し、ロングレンジでじわじわと嬲り殺しにしただろう。しかし快楽に溺れ、聖杯に魅入られたバーサクサーヴァントでは、そんな腹芸など無理だ。

 

「これで終わり。藻掻くと楽に死ねないわよ?」

 

「……!!」

 

 遺言すら言わせず。アナスタシアが冷気を送り、ビリーの全身が完全に凍結した。それだけでは終わらず、その霊基を砕かんと更なる冷気を送り込む。イメージは雪玉。凝縮されていく氷像の内部は、氷でプレスされているようなものだ。中心部のビリーなどあっという間に肉塊へと化すだろう。

 そうアナスタシアは思っていたが……。

 

「楽に死ねない、なら」

 

「……?」

 

 ビキン、と。氷像に亀裂が走る。

 氷漬けにされて喋れるはずがないというのに、亀裂から夥しい魔力が噴き上がる。

 アナスタシアが再度凍結させようとするが、遅かった。

 氷が砕け散り、黄金の魔力が周囲に拡散した。

 耳朶を叩く風は真エーテルの起こすもの。明らかにビリー・ザ・キッド個人が起こせる現象ではない。

 宵の明星にも似た光の中で、ビリー・ザ・キッドが嗤う。

 

「みんなで、仲良く死んじゃおうよ!!」

 

 異変は同時に、あちこちで起き始める。

 しかしどれも共通しているのは、それが人や動物に起きた異変ではなく、世界に起きているということ。

 ザ、ザザ、と走るノイズ。それは空、大地、あらゆる空間に侵食していく。まるで虫食いだ。そして奇妙なのは、ビリーの放つ光が強くなるごとに、特異点が形を無くしていくようで。

 ついにはゼノ・ニーズヘッグさえもその光に呑まれて、どろりと溶けて消えた。

 しかしビリー・ザ・キッドは光と化しながらも意識を保っているようで、哄笑を押さえられない。

 

「か、は、ッ! あははは!! アハハハハハハハハハハハハ!! これが聖杯か! なるほど! 確かに僕は所有者とは呼べなかった! こんな力があれば、君ら程度いくらでも勝てただろうに!」

 

 光と風は激しく、それに曝されるアナスタシア達は消耗もあって立つのもやっとだ。背後の要塞がミシミシ、と軋む音すらアナスタシアの耳に入る。

 

「……ドクター! 何が起きているか、そちらで分かりますか!?」

 

「聖杯だ! ビリー・ザ・キッドが聖杯から過剰な量の魔力を放出させているんだ! 恐らくこの土壇場で、聖杯が彼を真の所有者と認めたんだろう! 本来特異点維持のための魔力すら吸い上げている! だから!」

 

「特異点そのものが崩壊している……!」

 

 そう、とロマ二は計器を睨んだ。 

 

「人理定礎値が大きく揺らいでいる! もしもこのまま魔力を放出し続けたら、特異点ごと巻き込んで聖杯が自壊、大変なことになる!」

 

「具体的には!?」

 

「聖杯と百年分の人類史を使った史上最悪のダイナマイトだ! 今の人類史でなくとも、そんな爆発は到底世界には耐え切れない! 仮に君達がこの特異点から逃げても、元となる人類史そのものが無くなってしまえば、永遠に僕達の未来は閉ざされてしまう!」

 

 全員が息を呑む。そうなれば、ここまでの全てが無意味だ。

 つまりこの魔力放出はあくまで導火線の点火。

 であれば、

 

「我々はどうしたらいいんですか!?」

 

「聖杯をビリーから引き剥がして、封印するしかない! 破壊すれば最悪の結果になりかねない以上、聖杯を冷却、通常の状態に戻して封印するのがベスト……だけど」

 

 ロマニが口ごもる。

 

「アナスタシア。今の君に、それが出来るのか教えてほしい」

 

「……私がやらなきゃいけないんでしょう。なら」

 

 アナスタシアがありったけの魔力をヴィイに集中させる。冷却なら彼女の本領だ。

 だが。

 パキン、という異音が、アナスタシアの魂から鳴り響いた。

 

「は、づ、……!?!??」

 

「アナスタシアさん!?」

 

 マシュの声が遠く感じる。異音は頭から、耳から、腕から、彼女の全身から鳴り響いていた。それは痛みではない。死だ。これ以上何かすれば砕けていくという警告。あんなに白かった手先が腫れてもいないのに、紫色へと変色している。恐らくドレスの下では既に壊死が始まっているのだろう。

 

「やっぱり……暴走した聖杯の封印は、万全の君ですら可能か定かじゃない。今の君では」

 

「それ以上は、何も、言わないで」

 

 そんなことは自分が一番よく分かっている。ただでさえ消耗の激しい霊基再臨に、マスターを守るための防御宝具の常時発動。元から傷ついた霊基でそれらをこなすのは、流石に今のアナスタシアには無理があった。

 でも、やるしない。

 魔力を必死にかき集める。霊核が音を立てて亀裂が走る。

 

「アナスタシアさん、せめて防御宝具を解除してください! でないと本当に……!」

 

「……私が、守るのよ……」

 

 パリン、と砕けていく霊基。意識は凍った湖の中にいるみたいで、どんどん暗闇へ呑まれていくようで。

 その全てから、この身に流れる魔力が現実へと引き戻す。

 今も頬に残る彼の赤い血が、アナスタシアを立ち上がらせる。  

 

「あんなに、痛いのを庇ったんだから……わた、くしが、守って……」 

 

 それで、聖杯の封印が出来るのか?

 そもそも出来るかも分からないのに?

 けれど、じゃあ誰が負傷したマスターを……。  

 

そのための私です(・・・・・・・・)!!」

 

 ふらつくアナスタシアに肩を貸して、マシュがアナスタシアの頬に手を当てる。

 彼の血をなぞる。 

 

「確かに、マスターはあなたを庇って傷を負いました。そのマスターを守りたい気持ちも、尊重したい。でも、聖杯の凍結はあなたにしか出来ないんです。この場にいるサーヴァントの中であなただけが、世界を救えるんです」

 

 そうですよね、とマシュが周りを見る。ゲオルギウスとジークフリートは肯定の意味も込めて、首を縦に振った。

 

「……聖杯をビリー・ザ・キッドが所有している今、我々の攻撃はどれも起爆剤になりかねない。ですがアナスタシア、あなただけが唯一聖杯を止められる」

 

 ゲオルギウスの言葉は、訥々と真実だけを語っていた。

 信頼されている。ここまで何もしていなかった自分が。

 アナスタシアはそのことに、今更気付いた。

 思えばマスターだって、アナスタシアを信頼していたから助けたのだ。

 思い上がっていた。

 ただの皇女が一人で世界を救えるわけがない。

 しかし、元々誰も一人で世界を救おうとはしていなかったのだ。

 

「……時間がない。出来るか出来ないかじゃなく、僕はこう言うべきだった。聖杯を頼む、アナスタシア皇女」

 

「だからマスターは、私達に任せてください。シールダーの名に懸けて、何があっても守り抜きます」

 

 そう言われて、誰が信じないというのか。

 アナスタシアは宝具を解除する。すると魔力へと還った要塞から、光に包まれた藤丸がマシュの傍らに現れた。

 意識はなく、脂汗こそかいているが、呼吸は安定している。横たわった藤丸の前で、マシュが盾を突き立てた。

 

「それじゃ、頼んだわ」

 

「、はい!」

 

 信頼されて余程嬉しかったのだろう。その満開の笑顔に、アナスタシアも微笑を浮かべた。

 バリ、とビリーが放出する黄金の光が、スパークし始める。どうやらタイムリミットが近いらしい。

 アナスタシアは全ての魔力をヴィイに込める。己の霊基に残る魔力の一欠片も残さぬように、丁寧に。

 

「さぁ、狂おうぜ」

 

 最早霊基は溶け落ち、人型の光となったビリー・ザ・キッドの誘いには、乗らない。

 あくまでこれは世界を救う戦い。

 

「みんなの信頼――――応えてみせる」

 

 背後の影。その瞳に位置する場所に灯る、月光の炎。すると影が十メートルまで体長を伸ばした。凝縮されていく魔力は一個人のサーヴァントが蓄えられる領域を超えている。

 アナスタシアの前で浮かぶヴィイ。それの後頭部に両手を構え、プラズマすら発生させながら魔力の凝縮を繰り返していくと、次第に周囲の景色すらも塗り替えていく。

 

「ヴィイ」

 

 それは極寒の大地。壊れかけの石造りの建物達が雪に埋もれていくその景色は、現実ではない。実際に雪を降らせるのではなく、簡易的な心象世界の再現。彼女はキャスター。であるならば、こんな神業染みた大魔術の真似事も可能である。

 せめぎ合う雪と光。ジュウ、と光に触れた雪が水蒸気へ変化する。既にあの光はただの魔力ではなく、熱を持った何か。世界を燃やす破滅の光だ。

 魔眼が、開かれる。

 

「全てを見なさい。全てを射抜きなさい。我が墓標に、その大いなる力を手向けなさい」

 

 発露する弱点。無論それは光の中心、聖杯。弾けていく膨大な魔力をヴィイに注ぎ込むと、奇妙な現象が起きた。

 空間が、凍り付いていく。空気中の水分を凍らせているわけでもなければ、そもそも物理法則に則ったものでもない。例えるならクレヨンで塗り潰されることに近い、異常な氷結。氷河期の到来を思わせるその冷気が、一個人に集中して注がれる。

 

「――――疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)

 

「ハハハハハハハハハハ!!」

 

 ビリーは高笑いしながら、その冷気を光で迎え撃った。

 瞬間、ボボボボボボッ!!、という爆発が連続で起きた。爆発の衝撃は地鳴りとなって走り抜け、その爆発すら凍らせ、溶かすように冷気と光が衝突する。

 天変地異と言って差し支えない光景だった。片や世界を閉じるための冬。片や世界を起爆させるための光。決して相容れることのない二つの世界。

 アナスタシアが奥歯を噛む。両手が徐々に、徐々にだが震えて。

 光が、雪を押し始める。

 

「く、ぐ……!!」

 

「、! 宝具!」

 

 雪を突き抜けて、光がアナスタシアへ殺到する。ゲオルギウスがそれを力屠る祝福の剣(アスカロン)で防ごうとするが、何せ聖杯からの光だ。汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)を常時発動させて余力がない今のゲオルギウスでは、限度がある。

 無数に走る光の線はゲオルギウスの守護を貫通し、アナスタシアのドレスを焼く。かすめた脇腹が焦げているのが分かった。

 

「、づ、……あ、ぐ……!!」

 

「どうした? 勝つんだろ? 世界を救うんだろ? やってみせろよ、やれるものなら!!」

 

 掲げた両手、そして体ごと、アナスタシアは押し返される。慌ててマシュが支えるが……あれだけ魔力を込めた冷気は薄い膜にでもなってしまったのか、光が続々と簡易固有結界である極寒のロシアへと降り注ぐ。

 いくら八割損傷していようと、そもそも何騎ものサーヴァントを召喚可能なのが聖杯。ならば二割の魔力でもアナスタシア一人の出力を超えるのは何ら不思議なことではない。むしろ限界以上に魔力を引き出した聖杯相手に、アナスタシアはよく堪えているというところか。

 冷気が、光に覆い尽くされる。

 紫色の手が裂け、血がアナスタシアの目の前で乱舞する。

 

「ぐ、ぅ、あ………ッッ!!」

 

 届かない。

 視界一杯に広がる目を焼くような光。これがある限り、アナスタシアの冷気は聖杯にまで届かない。俯いて、叫びながら魔力を込めるが、それでも少し押し返した程度で、すぐに押し戻される。

 

「聖杯、臨界点突破! このままだと三十秒以内に聖杯が自壊してしまう!! 頼む、急いでくれ!!」

 

「あと三十秒……!?」

 

 絶望的な一報を裏付けるかのように、光が更に強まっていく。

 自壊へ近づくのならば、魔力の放出が強まるのも当たり前か。見る見る内に冷気が削られていく。

 極寒のロシアが引き剥がされ、冷気がかき消えた。

 その、刹那だった。

 

「□□□□□□□□□ーーッ!!」

 

 邪竜が、光へと躍り出た。

 

「ジークフリート……ッ!?」

 

 アナスタシアが目を瞠る。

 彼はその巨体を限界まで広げると、光が漆黒の竜へ突き刺さる。

 身の毛のよだつ、肉が焼け、炭化していく音。ジークフリートはそれでもなお、身を呈して守る。それどころか光を浴びながら、邪竜は前進していく。

 

「まさかジークフリートさん、自らの体で光を受けて、アナスタシアさんの凍結を届きやすくしようと……!?」

 

「無茶だ! いくらファヴニールの肉体でも、光の中心部に行くまでに炭化してしまうぞ!?」

 

 ロマニの推測通り。ファヴニールの体はたった十秒も経たずに見る影もないほど黒ずんでいく。

 それでもジークフリートは歩みを止めない。

 まるで、何かを待つように。

 これが己の役割だと言うように。

 邪竜は、咆哮する。

 

「□□□□□ーーーーッ!!」

 

 

 

 

 その怒号で、ようやく彼は目を覚ました。

 彼がいたのは瓦礫の中。どうしてこんなところにいるのか分からないが、大分眠っていたということだけは彼にも何となく理解した。

 雑音がする。ざー、ざざ、と雨の音。

 瓦礫の破片が崩れて、外の様子が見える。

 体は……やっぱり動かせない。繊細な左手は複雑骨折してるし、足は両方捻れて立ち上がれそうもない。そういやあの魔竜の爪をまともに叩きつけられて、左半身が確かまるっと潰れ。

 ああ、だから雑音がするのか。全く、耳は命だっていうのに、片耳じゃまともに鼻歌だって出来やしない。

 目だけを動かすと、外は光で埋め尽くされていた。恐らく太陽より苛烈な何かを、真っ向から浴びて、その竜は喉を鳴らした。

 

「□□□□□ーーーーッ!!」

 

「……ここで僕を呼んでどうするんだい、全く」

 

 片耳がイカれたからか、竜の雄叫びがあのジークフリートの声に聞こえる。何を言っているかは分からないが、アクセント的に自分を呼んでいるのだと思った。

 ただしかし、困った。瓦礫の中で死に体の自分に何をしろと言うのか。

 いや……そんなこと、決まってるか。

 彼、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、右手に折れた指揮棒を持った。

 

「いいぜ、大英雄。死ぬまで奏でてやるとも」

 

 

 

 

 その冷気で、彼は目が覚めた。

 まず起きて思ったのが、痛みがそんなにないことだ。痛み止めと、適切な処置を彼女がしてくれたおかげだろう。腹に三発も弾丸喰らっておいて、立ち上がること自体はそんなに難しくなさそうだ。

 続いて礼装の確認。これは自分が使える唯一の武器だ。それが動かなければ、本当にただ待ちぼうけになってしまう。しかしここで一つ問題が発生する。

 礼装が銃弾で破損してしまったのだ。

 頼みの魔術はどれも使えない。使えても出力は三分の一まで減衰するだろう。しかしそれでも、使える状態にしておく必要がある。

 せめて……一回だけでも使えれば。

 と、そこで一つ、閃いた。

 閃いたが……。

 

(怒るよなぁ……多分)

 

 余り多用するなと釘を刺されたし、そもそも使えるかも分からない。

 まぁでも、許してほしい。

 こうでもしなきゃ、勝てないなら。

 

(俺だって、命を懸けるべきなんだ)

 

 それが人類最後のマスターとしての、責任なのだから。

 

 

 

 

 それは本当に、小さな音だった。

 恐らくそれは曲とも言えないのかもしれない。何故ならこの戦場だ、小さな音は更に大きな音で消されて、誰にも聞こえない。聴くことの出来ない曲をどうして曲と言えるだろうか。

 そう。本当に、それくらい小さな音だったのだ。

 だがそれでも……その曲は、彼女達の耳に滑り込んだ。

 

「え?」

 

「……あ?」

 

 這い寄ってくる死の如く。その曲はアナスタシア達の耳に流れ込み、その存在を定着させる。そしてそれは聖杯と一体化したビリー・ザ・キッドも例外ではない。

 むしろ、魔力の塊へと化した彼こそ、この曲の魅力には逆らえない。

 

「な、んだ? 何処からの音だ?」

 

 光の人型が動揺する。まさかこんな場所で、オーケストラなぞ聞こえるはずがない。ましてや弾くはずがない。

……アマデウスの宝具、死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)。これは死神を労る曲であって、死神を呼ぶ曲ではない。だがこと戦場において、誰もが片隅には死を想像するものであり、死神を呼ぶ曲と勘違いされやすいということは、連想してしまう程度には耳を傾けているということ。

 そしてこの曲は、魔力を乱す。

 つまり。

 今のビリー・ザ・キッドには、これ以上ないほど効果がある。

 

「が、……!?」

 

 バチン!、と。余りに拍子が抜ける音が、木霊した。

 それは魔力が乱れた音だ。ほんの少しの乱れであっても、莫大な量の魔力を放出し続けるビリー・ザ・キッドが一時的にその放出を止めるほどの誤作動を起こさせた。

 それを、ジークフリートは待っていたのだ。

 そして意図をアナスタシアはすぐに汲む。

 

「ヴィイ!!」

 

 冷気の再放出。極寒のロシアが再びオルレアンを染め上げ、一気にビリーへと雪崩れていく。

 広がる側から凍り付いていく光。ついには聖杯にまで冷気が到達し、ゆっくりとだが聖杯が冷却されていく。

 しかし、

 

「ダメだ!」

 

 ロマ二が頭を抱えて、

 

「冷却と魔力の放出が完全に拮抗している! 冷却してもこれじゃあ聖杯の完全凍結までは……!!」

 

「……それでも、やると決めたのよ……!!」

 

 ようやく手繰り寄せた勝機、諦めてなるものか。

 何か、何か一押し。あと少しだけ魔力があれば、完全に凍結出来るというのに――!!

 

「――うん、分かってる。なら、それは俺の仕事だ」

 

 その、声は。

 思わず振り向いて、アナスタシアは目を見開いた。

 そこに立っていたのは、人類最後のマスター。 

 藤丸立香。

 意識が戻ったことが驚きだが、キャスタークラスのアナスタシアは見逃さない。

 彼の礼装が壊れているのだ。確かに強化魔術を使えば、勝てる。だが礼装が壊れてしまっては藤丸は魔術を使えない。

 そのはずだったが。

 

「ああ、それと。ごめん、アナスタシア。これ(・・)、取るね」

 

「え?」

 

 何を、と問う暇すらなく。

 藤丸は、腹部の包帯を引き千切った(・・・・・・)

 瞬間、せき止めていた血が勢いよく流れ出す。藤丸は体を大きく揺らがせながら、二本の足でバランスを取る。

 絶句どころではない。冷気の放出を止めて、その頭をぶん殴ってやろうかと思う程度には、頭に血が回った。

 だがその次に起こる現象に、アナスタシアは何も言えなくなった。

 血をたっぷり浴びた礼装が起動したのだ。

 そういえば、ロマ二が言っていた。

 

――例え礼装が壊れても、魔力を注入すれば礼装は自己修復機能があるからね。それか()や生命力を使えば、礼装は使えるようになるはずさ。余り多用はおススメしないけど。

 

 そういうことか。

 アナスタシアはそれ以上何も言わない。そうさせたのは、サーヴァントなのだから。

 血を吸収し、魔力を精製したことで礼装が自己再生、強化魔術がアナスタシアにかけられる。

 効果は……いつもの半分以下。

 それで充分。

 

「頼んだ、キャスター」

 

「ええ。任せて、マスター」

 

 会話はそれだけ。それだけなのに、確かな信頼が今の自分達にはあった。

 己の霊基すら燃料にして、血だらけの両手からヴィイへと魔力を叩き込んだ。

 そして放たれるのは、先程よりなお大きい、最早氷河と呼んでもいいほどの特大の氷。

 何人たりとも逃しはしないと、氷河はビリーごと聖杯を捉えた。

 

「なん、だよっ……それえええええええええええええええ!??!!!!??」

 

 氷に溺れ、やがてその全身が氷に包まれる。ビリーの体が凍結するまで、一秒もかからなかった。しかしそれでも冷気の放出はなおも止まらない。雪玉を固めるような凍り付き方は、中心で凍るビリーの体を恐るべき力で潰していく。断末魔も、血も、肉すらも凍り付かせる残酷な処刑は十秒ほど続いた。

 そして。

 バキン、と巨大な氷が砕け散った。

 氷の残骸が、氷河に落ちる。滴るものも、破片も、全てダイヤモンドダストと化す光景は、寒気を覚えるほどの絶景に見えた。

 ほう、と白い息を溢して。アナスタシアはヴィイを受け止める。世界が極寒のロシアから廃墟となったオルレアンへと戻っていく。

 きら、と一際放つ輝きは黄金。聖杯だ。どうやら暴走状態から戻ったらしい。

 あとはこれを回収するだけ。

 そう、それだけだから。

 もう……いい。

 アナスタシアは、頭から倒れた。

 

 

 

 

 あとは聖杯を回収するだけ。

 それでもう終わり。

 なのに。

 アナスタシアが、目の前で倒れた。

 

「アナスタシア!?」

 

 駆け寄ろうとした足がもたついて、転んだ。だくだくと流れる血で、己が怪我人だということをようやく認識する。

 すぅ、とアナスタシアの姿が消えていく。それは霊体化ではなく、サーヴァントが退去するときの、あの砂粒に変えるような消え方。

 どうしてかなんて考えるまでもない。

 アナスタシアはこれまで何度も霊基の改造を行ってきた。そのツケが回ってきただけのこと。

 だけど、

 

「あと、もう少しで帰れるんだ……」

 

 砂利を掴んででも、藤丸は進む。

 

「カルデアで治療してもらえば、きっと霊基だって治る。そうすればこれからも一緒に戦える。消えなくて済む。だから」

 

 消え行くその顔に、懇願する。

 

「そんな、満足そうな顔するなよ……!」

 

 全てを受け入れた、安らかな顔に、恐怖はない。

 諦観も、誰かに壁を作るような拒絶も。

 彼女を取り巻くものはもう、ない。

 でもその安らかな感情は、この彼女だけのもの。

 今ここで消えてしまったらそれは、もう。

 

「――無意味なんかじゃないわ、マスター。無意味なんかじゃ、ないの」

 

 穏やかに。

 

「あなたはね。私に大事なことを教えてくれた。だからそれは持って帰るの。その大事なことは、私だけのものだから……誰にも取られないように、持ち歩くの」

 

 だからいいのだ、とアナスタシアは言う。

 

「……多分。もう一度会えた時、私はあなたのことを覚えていないのでしょう」

 

「何言ってるのさ。帰ろう、カルデアに。本当に、あとちょっとだけ、頑張れば、それで」

 

「でも、今度こそ仲良くなれると思うの。一度は拒絶したけれど、次は」

 

 アナスタシアは笑った。

 王族のような優雅さな笑いではなく、本当に年頃の少女のような、朗らかな笑顔で。

 

「その時は、ちゃんと。初めましてって、言うから。だから、また会いましょう、マスター」

 

「アナスタシア!」

 

 やっとの思いで通じたその手へ、藤丸は伸ばす。

 でも遅すぎた。

 砂利と血だらけの手は空を切って、黄金の魔力が頬を撫でる。

 アナスタシアはもう、何処にもいない。

 ただ。

 冷たい現実だけが、少年に傷をつけて。

 そのまま、気を失った。

 

 

 

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