もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』   作:388859

16 / 16
アナスタシアさんの一日付き人体験

 

「マスター、何か面白いことしてくれない?」

 

 いきなりの要求に、藤丸は朝から口を曲げる。

 オルレアンを攻略して二週間。怪我も快復し、今日から頑張るぞと食堂で朝食を食べていた藤丸に、アナスタシアはいきなりそう言ってきた。

 それまでの毅然とした態度はどこへやら、気安くも嘘みたいに無茶ぶりな要求である。

 

「……朝からヘビー過ぎない、それ? 俺は大道芸人じゃないんだけど」

 

「いいからやりなさい。皇女からの命令です」

 

「やんないよ。これ食べて訓練なんだから。アナスタシアだってこれからやることあるでしょ?」

 

「……はぁ」

 

 なんでこれでため息なのだろう。物憂げな表情が絵になるのがまた怒る気力を削る。

 

「あなたの察しの悪さに呆れたの。やることがあったら貴重な時間をマスターに割くわけないでしょう」

 

 やることあったらお前に構ってる暇ねーよってか。張り倒せるものなら張り倒したいところだ。

 

「てことは……暇なの、アナスタシア?」

 

「ええ、凄い暇なの。何故だか分かる?」

 

「外に出れないから?」

 

「五十点。確かにカルデアに娯楽が少ないのは否定しません。でも答えは単純、私がサーヴァントとしての力を失ったからよ」

 

 む、と藤丸は眉を潜める。

 アナスタシアは第一特異点の戦いでその霊基を削って戦い、力を失った。今のカルデアの技術や資源ではその肉体を治す術はなく、彼女は今英霊というよりは幻霊という存在に近いらしいのだが……。

 それはさておき。

 

「サーヴァントとしての役割が果たせない以上、訓練しようにもやることは限られる。本を読むのもいいけれど、それだけじゃつまらない。何よりだらけているようでは何のために残ったかも分からないでしょう」

 

「そう? ほら、最近召喚したマリーも、訓練みたいなことはしてない気が」

 

 聖杯を回収したことで魔力リソースを得た今、縁を結んだサーヴァント達は続々と召喚されている。マリーもその一人だ。

 

「別に訓練という訓練はみんなしてないし……」

 

「そこでマスター、あなたの出番よ。今日一日あなたの従者としてついていきます。今回は名前の通りサーヴァントらしく何でもするから、ね?」

 

「いや聞いてた話? ね、じゃなく」

 

 朝食のパンを齧りながら、藤丸は考える。

 別に彼女と行動を共にすること自体は何ら悪いことではない。ただどうにも、彼女と一緒にいてよかったことがない。オルレアンではジャンヌオルタを煽りに煽った結果、結果的にゼノ・ニーズヘッグを生む遠因になったり、ビリー・ザ・キッドが召喚されたり。あとは悪戯の数々、あれのせいで印象がすこぶる悪い。

 ただ、

 

(……アナスタシアの霊基がこうなったのは俺のせいだしな)

 

 よし、とパンを飲み込むと、空になったトレイを持って立ち上がる。

 

「分かった。今日一日よろしく、アナスタシア」

 

「ええ。邪魔はしないから」

 

「……ほんとかなぁ」

 

「本当よ。任せて、なんでもござれなんだから」

 

 張り切るとろくなことがなさそうと一瞬だけ思う藤丸であった。他意はない。

 

 

 

 

 というわけで、藤丸はアナスタシアと共にシミュレータールームにやってきた。

 

「なるほど、アナスタシアさんはそれでいらっしゃるんですね」

 

「ええ。たまにはサーヴァントとしての務めを果たさないと。マスターも病み上がり、手伝えることは何でも手伝うわ」

 

 マシュはそんなアナスタシアにちょっぴり感動しているようで。二週間前まであんな険悪ならそりゃそうか、と藤丸は苦笑いを溢す。

 今日行う訓練は、実戦形式のサーヴァント戦。リハビリには辛い訓練だが、シミュレーターで死ななければ肉体へのフィードバックはほとんどないことを考えれば丁度いい。

 シミュレータールームは例えるなら真っ白な映画館だ。設定し、レイシフトに扱うコフィンに似た座席に座ればあとは勝手にシミュレーションが始まる。

 

「それじゃ始めよっか、マシュ。アナスタシアは見学ね」

 

「はい!」

 

「む。私だけ仲間外れ? 何かやって欲しいことの一つ二つないのかしら?」

 

 素直なマシュ、つん、と体ごと向こうを見るアナスタシア。本当に正反対な二人だと気付かされる。

 

「じゃあアナスタシアはシミュレーターの設定をお願いしていい? はいこれ」

 

「そうこないと。任せて」

 

 設定用のタブレットを受け取り、アナスタシアは近くの普通の座椅子に座る。シミュレーションの様子は目の前のスクリーンに映し出されるし、彼女も暇ではないだろう。

 

「あの、先輩。アナスタシアさんにシミュレーターの設定をお任せしてよかったんですか? 操作が分からないのでは」

 

「あー、大丈夫。現代っ子もびっくりなフリック速度してたし、分からなかったら聞いてくるでしょ。っと噂をすれば」

 

 ごぅん、とシミュレータールームが稼働し始める。

 速やかに目の前が暗くなり、気付けば藤丸は鬱蒼と茂った森の中に立っていた。

 マシュも一緒だ。カルデアの制服ではなく、デミサーヴァントと化した彼女は、愛用の盾を構える。

 

「マスター、久々の訓練です。気を抜かずに行きましょう」

 

「うん。ええと、ひとまず周囲を警戒しながら森を進んで……」

 

 いこう、と言い切る前に。

 光が森の奥で、瞬いた。

 

「! 先輩!」

 

 鈍い衝突音。盾で防いだのは、驚くことに剣だ。それを弾丸として射出したのだろう。

 見覚えがある攻撃だ。確かそう、特異点Fで出会ったアーチャーが同じ攻撃をしてきた。今回の相手はそのサーヴァントか。

 とすれば、拙い。

 

「森の中だと狙い撃ちだ。マシュなら撃たれてから反応して防げるけど……」

 

「それでは勝てません。射手の場所を特定しようにもこの森の中では特定するのは不可能に近い。加えてリーチでこうも差があると足を止めるのも致命的です、がっ!」

 

 赤い閃光を叩き落とし、マシュが周囲の警戒を行う。

 

「逃げることすら許してもらえません。たった二発の矢で私達は身動きを封じられてしまいました」

 

 藤丸は考える。

 マシュは守りにおいて大英雄にも引けを取らない。しかし単体でサーヴァントに勝つことが難しい。切り札である宝具ですら守りである彼女は、盾や肉体での打撃でしかダメージを与えられないのだから。

 つまり基本的に誰かと組むことで真価を得るサーヴァント。しかし、そんな彼女でも勝つ術はある。

 令呪による身体強化を乗せた打撃。だが……。

 

「まずは相手を見つけないと話にもならないよな……」

 

「先輩、一度退却しましょう。このままでは削られるばかりで不利な状況が続くだけです!」

 

 そうと決まれば離れるに限る。二射目とは真反対の方角へ走り出して。

 またもや、視界の隅でチカチカと何かが光った。

 

「マ、っ!」

 

 マシュ、という叫びは轟音にかき消された。

 ラウンドシールドに突き刺さるのは、足。しなやかで長い脚は、破城槌のような勢いで突き刺さり、そのままマシュを後退りさせた。

 じゃらら、と鎖が大地を撫で、下手人は姿を現した。

 シャドウサーヴァントだが輪郭で分かる。長身の女性。顔を布で隠し、数メートルもある鎖が付属した短剣を武器に戦うサーヴァントは一人しか知らない。

 

「ライダー……メドゥーサ!」 

 

「■■■■ーー!」

 

 名を呼ばれたシャドウサーヴァント、メドゥーサは威嚇するように口を限界まで開き、上体を下げる。弓を引き絞るような予備動作。マシュが即座に腰を深く落として防御態勢を取った瞬間、怪物は躍りかかってきた。

 長い脚を使った踵落とし。同時に手に持った短剣を伸ばし、マシュの背後へ滑らせる。そのまま巻き付けば、踵落としを防御したマシュは盾に体を拘束されるだろう。しかしそれは一度特異点で体験済みの攻撃。

 

「掴め、マシュ!」

 

「はい!」

 

 礼装の瞬間強化によって向上した膂力によって、背後に回った鎖をマシュは掴む。そのまま力任せに思いっきり引っ張った。踵落としなんて不安定な態勢のメドゥーサはその力に抗えず、近くの木々へと投げつけられる。

 

「今の内だ、退こう! アーチャーとライダーの二騎に真正面からは分が悪すぎる!」

 

 マシュは頷き、無言で先頭を走り出す。藤丸もそれに続いた。

 今も狙っているであろう弓兵に思わず歯噛みする。

 

「動きにくいったらありゃしない……! ただでさえ攻め手がバフ乗せた一撃しかないのに、アーチャーのせいでそれが死角になる! かといってアーチャーだけを狙えばメドゥーサにそれを突かれる! 八方塞がりかも!」

 

「はい……アナスタシアさんの設定、かなりのスパルタです。私の弱点をよく把握されています! ですが、だからこそ打破しなければ!」

 

 アナスタシアは分かっているのだ。自力で魔術を使えないマスターと、守ることが取り柄のサーヴァント。その攻略法がこうだ。

 故に提示する。この局面、あなた達はどうするか。

 いいシミュレーションだと藤丸は思う。仮にマシュと二人で複数のサーヴァントと戦うことになれば、こうなる確率は高い。逃げるだけなら可能だが、倒すとなればその難易度は跳ね上がる。

 

「やっぱり各個撃破がセオリーだよな。そのためにアーチャーの邪魔が入る前に倒す、もしくはなるべく狙撃されない環境を作って戦うか……」

 

 組み立てろ、勝つまでの道を。

 確実でも博打でも何だっていい。今持てる手段を全て使って勝つ。

 がさ、と真横で木を揺らす音。もう追いついてきたのか。

 

「先輩!」

 

「このまま走り回る! 守りは任せた!」

 

 足を止めたらまた振り出しに戻るだけ。なら距離を離しながらも作戦を練るしかない。

 さぁ、どうくる。今度は藤丸を狙うのか。それともマシュを削ってくるか。

 そしてメドゥーサは襲い掛かってくる。

 ただし、二人(・・)に増えて。

 

「…………んん???」

 

 いや待て。なんで増えてる。メドゥーサとアーチャーの組み合わせだけでこっちは精一杯なのに。

 そこまで思考をフル回転させて、更に藤丸の目に信じがたい光景が飛んでくる。

 双剣を持った男が二人(・・)もそのメドゥーサ達の後ろから飛び出してきたのだ。

 

「……………………はい?????」

 

 いやいやいや。

 誰かは、分かる。先程から狙撃していたあのアーチャーだ。だが何故、これも二体?

 完全に足が止まる。思考がガチリとハマり、藤丸の脳裏に浮かんだ結論は非常にシンプルだった。

 

「あ、死んだこれ」

 

 直後に、アーチャーの双剣とメドゥーサの鎖が閃いた。

 ぷつんと世界が真っ黒になる。閉じていた目が開かれ、強く現実を認識する。

 首と腹の辺りがじんじんと痛む。恐らくそこを何かされて殺されたのだろう。何かの部分は考えたくもない。なのにまだ生きているギャップに、吐き気を催した。

 横で座っているマシュも同様らしい。青ざめた顔で腹の辺りを擦っていた。

 

「全く、これからだったのに……こんなに早く負けてしまうなんて、オルレアンのあなた達はどこに行ってしまったのかしら」

 

 優雅に紅茶を飲んでいるのはアナスタシアだ。横にはいつ準備したのかモンブランまである。特等席で観ていた映画のクライマックスが拍子抜けで萎えている……みたいなところか。

 藤丸はたまらず睨みつけた。

 

「いや無理だよあれ! 二人相手ならともかく、サーヴァント四人も相手して勝てるわけないでしょ!?」

 

「そう? シャドウサーヴァントの強さって確かサーヴァント未満でしょう? なら四人いてもマシュならどうにかなると思ったのだけど」

 

「設定を変えればね? でも君、普通のサーヴァント並のパワー設定にしてたろ。第一なんでアーチャーまで最後殴りこんできたのあれ?」

 

「あの組み合わせだとあなた達逃げるしかないでしょう? なら白兵戦の方が勝負になるし、アーチャーは近接戦が弱点って考えたら、逆にチャンスでしょ?」

 

「……あの、アナスタシアさん。あのアーチャーは近接戦もセイバーやランサーに引けをとらない方でして」

 

「はい? そんな詐欺サーヴァント、いるわけないでしょう。第一そんな初見殺し、あなた達が勝てるわけないじゃない」

 

 ところがどっこい、いるのである。それを何故かキャスタークラスでどついていた奴も。そういえば彼はあのアーチャーと顔見知りだったようだが、同じ国出身だったりするのだろうか?

 ともかく。

 

「もっと戦いやすい環境にしない? せめて敵を二体に絞るとか」

 

「えぇ? それじゃ訓練にならないわ。せっかくのシミュレーターなんだから無理難題をやっておくべきでしょう? 失敗しても死なないんだから」

 

「そんなシミュレーションリハビリでやりたかないよ……第一死んだときの感触はあるんだからね? ヤダよ死にに行くなんて」

 

 今も首に変な痺れがある。こんなもの沢山こさえたくない。

 

「頼むよ?」

 

「……分かったわ」

 

 藤丸の念押しでアナスタシアがぶつくさ言いながらシミュレーターを設定し始める。あーでもないこーでもないと指を動かしているのは、設定が難しいだけで彼女の娯楽のためではないと思いたい。

 やがてシミュレーターが起動し、藤丸達は再び森の中にいた。

 

「……よし。今度は勝とう!」

 

「はい!」

 

 警戒を怠らず、辺りの林を見回す藤丸とマシュ。さっきの敗北がいい意味で緊張感を持たせてくれている。

 思えば久々の訓練だったこともあってオルレアンの時ほどの必死さはなかった。もしかしたらアナスタシアはこれを見越して……るわけないが。

 それでも実践の空気を思い出した。

 気合を入れよう。自分が死ねば全て無に帰す事実を忘れてはいけない。

……とか何とか思っていた。

 僅か二百メートル先で、十字架じみた極光が立ち昇るまでは。

 

「……???」

 

 それは黒く塗り潰された星の光。この世ならざるものを灰塵と化す破壊の嵐。

 林が光によって激しく揺れ、余波で枝が折れていく。

 藤丸もマシュもそれを知っている。

 それはかの騎士王が持つ絶対勝利の聖剣。

 

「ダメです間に合いま、!!」

 

 全て遅かった。

 極光が、地面に降り注ぐ。

 人類最後のマスターは跡形もなく消し飛んだ。

 それはもう、髪の毛一本も残さない、完膚なきまでの消失だった。

 現実に戻った藤丸はすぐさまトイレに駆け込む。シミュレーターで全身消し飛ぶと吐き気がとんでもないことになるとは知らなかった。

 思う存分色々処理してトイレから出ると、同じようにマシュも口元をタオルで拭っていた。彼女も彼女で大変だったらしい。

 お互い何も聞かずに藤丸とマシュがシミュレーター室に戻ると、モンブランを食べながらアナスタシアは言った。

 

「……あなた達、真面目にやる気ある?」

 

「どっちが!?」「どっちがですか!?」

 

 思わずツッコミもハモるというものだ。

 藤丸は、

 

「言ったよね、無理難題はやめてって!? なのに溜め時間なしノータイム聖剣ブッパ!? バカだろ!?」

 

「だって特異点Fでは防げたんでしょう? なら最初から撃っても問題ないじゃない」

 

「令呪込みの宝具でギリッギリね!? でもチャージ完了してから撃たれたら、宝具撃つ暇なんてないよ! マシュはまだ宝具何回かしか使ったこと無いんだから!」

 

「お恥ずかしいことですが、先輩の言う通りです。盲点でした。まさかあんな速度で聖剣による攻撃が来るとは……」

 

「実戦で用意ドンの攻撃なんてないんだから仕方ないじゃない。それにマシュの守りは鉄壁なんだから、こうでもしないと全部防いじゃうでしょう?」

 

「……あ、ありがとうございます……」

 

「マシュ忘れちゃいけない。多分大体のサーヴァントはこんなことやらない」

 

 そもそもこんなの無法も良いとこだ。

 いきなり斬りかかられることはあっても、いきなり聖剣を解放することはない。それもチャージ即時完了。こんなもん出くわして防げるわけがない。

 

「……おかげで揃ってゲーゲー吐いちゃったよ。口の中最悪だよ。どうしてくれんの」

 

「ちょっと。人が優雅にあなた達の奮闘を見ながらケーキを食べてるのに、ゲーゲーなんて下品なこと言わないでもらえるかしら? 貴重な菓子が不味くなるじゃない」

 

「貴重ならもっと大切な日に取っておきなよ……」

 

 とにかく。

 

「頼むから。頼むから普通の奴お願いね。本当に。毎回死ぬの割と洒落にならないっす」

 

「……了解しました」

 

「本当だからね!? フリとかじゃないよ!?」

 

「? フリ、とは? 聖杯の知識にはそんなものなかったけれど」

 

「知らないならいいよ。じゃあ設定お願いね」

 

 座席に座って、藤丸とマシュは再度シミュレーションの開始を待つ。

 横目でアナスタシアの姿を見る。一応、その眼差しは真剣だが。

 

「大丈夫かなぁ……」

 

「だ、大丈夫ですよ。アナスタシアさんは操作を間違っているわけではなく、難易度設定をミスしているだけですので……」

 

「それはそうなんだけど……なんかさっきからワンチャンいけそうな難易度を探ってそうなんだよね。それで死んでるんだけど」

 

 まぁでも、藤丸達が吐いた姿で少しは彼女も難易度を緩めるはずである。

 少なくとも無理難題を吹っ掛けられることは、

 

「あ、設定間違えた」

 

「え」「はい?」

 

 アナスタシアの一言にぎょっとしたのも束の間、シミュレーター室からとんでもない駆動音が鳴り響く。ギュバォンギュバォン、とまるでドラゴンが喉を震わせるような。

 明らかに正常な挙動ではなく、アナスタシアもちょっぴり焦っているのか端末を指で叩きまくっている。

 

「……ファヴニール三体出る設定になってるけど、これ大丈夫かしら」

 

 大丈夫なわけあるか馬鹿野郎。

 そんな言葉すら言えないまま、雑な理不尽が待つ仮想世界へ藤丸とマシュは飛び込んでいく。

 

 

 

 

 十回の死亡体験を経て、藤丸の今日の訓練は終了した。

 ファヴニール三体に追い掛け回され、バグで爆誕した三頭竜ファヴニールとの死闘(ニ十分逃げ回っただけ)、明らかに強化が入ったサーヴァント戦など。実りある訓練だった……ような気がする。少なくとも実践の空気感は思い出したのでそれでいい。勝敗は言わずとも分かるだろう。

 とはいえ十回も死ねばクタクタなのも当然で。

 藤丸は何とか辿り着いた食堂のテーブルで突っ伏す。

 

「……じぬ……しんだけど……」

 

「あの……本当にに大丈夫ですか、マスター? 医務室で休んでも誰にも文句は言われないと思いますが……」

 

 マシュはこんなことを言っているが、その顔色は藤丸とどっこいだ。マスターの手前、そういった弱さを見せないようにしていそうで、今にも藤丸と同じように突っ伏してしまいそうである。

 

「だいじょぶだいじょぶ。大丈夫だから。少し慣れてきたし」

 

 深呼吸した後、椅子の背もたれに寄りかかる。

 食堂はお昼時なこともあって、職員とサーヴァント達が思い思いの食事を摂っていた。マスターではない職員達とサーヴァントが上手くやれるかロマニは心配していたが、和気藹々とした彼らを見ると心配はなさそうだ。中には自ら厨房に立つサーヴァントまでいて、ありがたい限りである。

 

「おいおい、まるで投げ捨てられた台拭きみたいにシナシナだな、マスター。まだお昼なのに、子守歌が必要かい?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべて対面に座ってきたのは、アマデウスだった。彼はオルレアンのことを記録でしか知らないが、それでも召喚されてから藤丸と変わらぬ交流があった。

 

「……俺がどんな目にあったか知ったら、多分君でも同情するよ」

 

「シミュレーター室の暴走はみんな知ってるさ。ロマニの奴が目を回してたぜ? 何せ三時間で一週間分の電力消費だ。……お、噂をすれば」

 

 アマデウスの顎をしゃくる。すると隣の椅子が荒っぽく引かれ、これまた荒々しく座る。

 アナスタシアだ。むすーっとした顔の彼女は、確か後片付けとか理由つけてシミュレーター室に残っていたが。

 

「……もしかして後片付けじゃなくて、ドクターに呼ばれて怒られた?」

 

「察したなら言わないのが殿方というものよ、マスター」

 

「あ、はい。ごめんなさい」

 

「はぁ……ロマニもクドクドと長ったらしく。いいじゃない電力くらい。マスターの訓練になったわけですし」

 

 戦闘というよりは撤退のだったが。それでも難易度はもうちょい考えてほしいなとは思う藤丸である。

 

「あらアマデウス、こんにちは。いたの?」

 

「どうも、皇女さん。そりゃランチタイムだ、みんなここに来るだろ? まぁお連れの二人はランチどころか病院食の方がよさそうだけど」

 

「お、お気になさらず。そろそろ何か摂ろうと思っていたところなので」

 

 マシュが席を立つ。

 藤丸も続こうとすると、アナスタシアに手で制された。

 

「マスターは休んでて。酷い顔よ、あなた。昼食は私が持ってくるわ」

 

「……」

 

「? 何か?」

 

「いや、今日は随分と色々やろうとしてくれるなと思って」

 

「言ったでしょ。暇なのよ。ほらマシュ、行きましょう」

 

 それだけ言ってアナスタシアはマシュと共にカウンターへと歩いていく。

 その様子に、アマデウスは昼食のポテトを齧りながら、

 

「彼女、偉く今日は張り切ってるね。何かあった?」

 

「さぁ……暇だからって言い張るけど、ご飯まで取りに行こうとするなんて、普通じゃないよね?」

 

「そりゃね。そもそも数週間前まで君ら、主従ですらなかったんだろ? それに一応皇族。平民の子供に尽くそうなんて柄じゃないだろうに……やっぱり何かやらかした?」

 

「何で俺がやらかしたのが前提なのさ……」

 

「だって君の国ってそういうお国柄じゃないか。こんな不味い飯が食えるかーってテーブルをひっくり返すんだろ?」

 

 それは昔の話、それも特殊な例だ。ちょっぴりデリケートな話題はそこまでにしておきたい。

 とか何とか雑談していると、マシュとアナスタシアが帰ってくる。

 しかし何やら様子が可笑しい。

 少し表情に陰りの見えるマシュと、意気揚々と帰ってきたアナスタシア。何故昼食を持ってくるだけでそんなに明暗が分かれているのだろう???

 

「はいマスター、今日のランチよ。どうぞ、召し上がって」

 

 アナスタシアが置いたトレーにはどんぶりが一つ。黄金色のスープに灰と黒の中間の麺、漂う鰹節の匂い。

 

「……蕎麦?」

 

「ええ。シェフの弓兵さんに、疲れてても食べられるランチを注文したら、これが出てきたの。どう?」

 

「ありがとう。個人的には渋すぎるチョイスでいよいよ厨房の人が何処の英霊かよく分かんなくなったとこだけど……」

 

 チラリとキッチンを見れば、こちらに親指を立てている弓兵が一人。

 まぁでもナイスチョイス。これなら今の体調でも食べれそうだ。

 と思っていたが……。

 

「……? アナスタシア、箸は?」

 

「?」

 

「?」

 

 いやあの。何を言っているの、みたいな顔をされても。

 

「蕎麦なんだから箸が必要でしょ? フォークで食べるわけにはいかないし」

 

「あなたはそうだけど、私はそうも行かないもの。箸の使い方なんて聖杯から知識として与えられないんだから」

 

 そう言うと彼女はフォークとレンゲを手に取って、蕎麦を絡め取る。そしてそれを持ち上げ、差し出す。

 

「はいどうぞ」

 

「………………あの、これは?」

 

「これはって、蕎麦だけど」

 

「いやそうじゃ……」

 

「冷めない内に食べて。せっかくのランチなんだから」

 

 レンゲに乗ったアツアツの蕎麦を近づけるアナスタシア。それを見てぬぐぐ、とオムライスを食べるマシュ。その顔にはここ数日で一番気持ちが乗っている。もしやさっきの陰りはそういうことか?

 

「口開けて、ほら」

 

「いや自分で食べ、」

 

 口を開いた瞬間ぶち込まれる蕎麦。荒っぽいことこの上ない。

 味は美味い。絶品だ。ダシも麺も日本で食べていたものと何ら遜色ない。

 故にズルズル啜りたい。そんな欲に駆られて仕方ない。

 

「お味はいかが?」

 

「……美味しいよ。美味しいけど、ここまでしなくてもいいよ。食事くらいは自分で」

 

「なら良かった。はいどうぞ」

 

「聞いてた??? いいってばそんなことしなくても!」

 

 レンゲから逃れようと顔を逸らす藤丸。執拗にあーんをしてくるアナスタシア。

 その様子にアマデウスはゲラゲラ笑っていた。

 

「これあれだろ! ジャパンで有名な踊り食いって奴だろ! おいゲオルギウス、シャッターチャンスだ! 本場の踊り食いだぜ!」

 

「名物みたいに言うのやめてくんない!? ダイナミックにはしたないだけだっつうのこんなの!」

 

「そうなんですか!? 先輩はこういうものが好きだとアナスタシアさんが……!」

 

「マシュも人を疑うことを覚えようね! ってあつ!? 頬! 頬だからそれ!」

 

 さっきまでのヘトヘト気分は何処へやら。

 結局蕎麦を取り戻すことには成功したものの、その頃には麺が伸びに伸びてしまっていた。それでも標準以上に美味しいのが不思議なものである。いよいよあの英霊何者なのだろう、と思った藤丸だった。

 

 

 

 

 それからもアナスタシアによる手厚いサポートが続いた。

 その全部が見事に裏目った。

 藤丸が一時間かけて書いたレポートに紅茶をぶっかけ(一緒に飲もうと持ってきてくれた)、ドクターとのミーティング中に紅茶をぶっかけ、そしてすっ転んでぶっかけられた。もう紅茶ぶっかけ祭りでも始まったかと疑ったほどである。やっちまったという彼女の顔ですぐにそれは違うと分かったが。

 そうして一日も終わり、十九時を回った頃。

 アナスタシアは凹みに凹んでいた。

 

「………………」

 

 朝の元気な彼女は見る影もない。ヴィイを抱えてトボトボと歩く姿には、声をかけることすら憚れるほどだ。

 それでも藤丸の側をアナスタシアは離れない。廊下を歩く今ですら、彼女は隣にいることを選んでいる。

……暇潰しなわけがなかった。

 

「あのさ」

 

 足を止めて、藤丸はアナスタシアと向き合う。

 

「何で今日はずっとついてきてくれたの?」

 

「なんでって……別に、暇潰しで……」

 

「朝から晩までしくじりっぱなしなのに、付き合ってくれる理由が暇潰しなわけないでしょ」

 

「し、しくじりっぱなし……」

 

 思い出して散々だったと再確認したか、彼女は眉を歪める。

 そもそも、

 

「俺が死にそうなときですらテキパキ応急処置するような子が、こんなドジばっか踏むわけない。ハッキリ言って今日のアナスタシアは変だよ。具体的には分からないけど……何というか、らしくない。わけもなく必死というか」

 

 結局話の肝はそこだ。

 彼女が何故藤丸の側にいると申し出たか。

 

「……どうだっていいじゃない、そんなこと」

 

「よくない。やっと会話するようになったんだ。全部話せとは言わないけど、それでもやっぱり出来るだけ知りたいんだよ」

 

 どうなんだ、と視線で訴える藤丸。アナスタシアはそんな主の疑問に、口を閉ざす。

 すると。

 彼女は何故か携帯端末を取り出した。

 そして彼女が何かを打ち込むと、藤丸の内ポケットが震える。

 アナスタシアから貰った端末。画面にはこう書いてあった。

 

今日はごめんなさい、マスター

 

……隣にいるんだから直接言えばいいのに、とは言わない。今も彼女にとって、藤丸の目は恐怖の対象なのだ。違うと分かっていても、越えられない恐怖はある。まだ自分達はそういう関係性なのだ。だからこそこの端末がある。

 別にいいよ、どうしたの? 何かあったんでしょ?

 

カルデアに戻ってきてからずっと考えていたの

私はこれから、何をすればいいだろうって

 

 アナスタシアは綴る。

 

あなた達が特異点攻略に邁進している中、私も何かしたい。だから出来ることをやろうとしたの

雑用でも何でもいいから、みんなの役に立とうと思った

必死になったわけじゃないの。だけど失敗していく内に段々頭が真っ白になって

 

 それで失敗しまくったわけか。

 多分彼女も、カルデアに残ると決断したときに、今の状況は覚悟していたはずだ。その胸に抱える不安も予見していた。だがいざ直面して、立ち向かって……こんなに空回りすると、後に引けなくなったのだろう。

 

でも、いつかは治るってドクターは言ってたじゃないか。それまでは羽を伸ばしたって

 

……ええ。でもね、みんなが頑張ってる間何もしないなんてこと、あなた出来る?

 

 無理だ。藤丸はそんなこと出来ない。

 最初の一歩で躓くなんてよくあること。だからこそ、彼女もそこまで重く考えてはいない、

 

こんなことなら座に帰った方が良かったかしら、なんて考えたりもしたわ。冗談だけど

 

……これめっちゃ落ち込んでるなぁ。藤丸は察した。

 無言で端末の画面を眺めるアナスタシアは、一見何のダメージも負ってなさそうだが。こんな弱気なメッセージを送ってくるとは、人間言葉にしないと分からないものである。

 とはいえ、何て言ったらいいものか。

 藤丸はあーでもないこーでもないと思考をこねくり回す。

 

 

 

 

 返信は来ない。隣で同じように白い壁に背中を預ける彼は、どうしたものかと頭を捻っていた。

 別に気の利いた言葉が貰いたかったわけじゃないし、慰めてほしいわけでもない。ただ愚痴を聞いてほしかっただけ。だけど、困らせてしまっただろうか。

 

でもさ、最初よりはマシなんじゃない?

 

……最初って?

 

召喚された直後さ。君、本当に酷かったんだよ? 俺のこと無視するわ、縮こまってろとか言うわ、訓練で凍らせるわ……それにあの特異点では暴走するわ、もう本当に大変だったんだから

 

 羅列されると本当に酷かった。顔から火が出そうだ。

 ずっとそう。自分は今もそういう存在で。

 

でも今は、みんなのために頑張ろうとしてる。それって凄い進歩じゃない?

 

……。

 

失敗しても、間違えても。君は今、俺達のために何かやろうとしてる。愚痴を吐いても、立ち向かっている。俺と一緒だろ?

 

 聞こえはいいけれど、それって結局頑張ってるだけじゃない。

 

酷いな。俺のこともそう言うの?

 

 屁理屈もいいところである。視線を向ければ、得意げな顔で操作する少年が見えて、アナスタシアはちょっとムカついた。

 頑張ってるだけだなんて、アナスタシアに言えるわけがないのだから。

 

俺も君をそう言わない。君は自分の全てを懸けて、世界を救おうとしてくれた。俺達の代わりにだ。そんな君がまだ俺達のために何かしようとしてるなんて、嬉しいに決まってる

 

 だから。

 

応援するよ。君のしたいこと、やりたいこと。それが見つかったら、俺に教えてよ。これでさ

 

……大げさな人だ、とアナスタシアは微笑む。

 たかが弱音。明日には多分忘れるくらいの痛み。日々を送る上で耐えられる程度のもの。

 それでも、響くものはある。

 

でも、いつかは治るってドクターは言ってたじゃないか

 

 ズキ、と鈍い痛みが胸を刺す。

……そんな日は二度とこない。これから先、未来永劫。

 だとしても。

 もう同じ歩幅で歩くことがなくたって、私は。

 この弱さは、抱えていくと決めたのだ。

 

 

 

 

生意気ね。あなたこそ、新しい魔術の一つや二つ覚えたの

 

 む、と藤丸は口を尖らせる。

 見れば、アナスタシアは既にいつもの不敵な笑顔を見せている。

 

酷いな。俺だって突っ立っているだけじゃないんだよ? 全部試して全部ダメだっただけだよ

 

本当に才能ないのね、マスターは。それでよく人類最後のマスターを名乗れるものだわ

 

 調子が戻ってきたらしい。中々のパンチラインだ。

 

常々思ってるよ

 

ならもっと頑張ったら?

 

 隣にいながら、視線は端末だけ。

 なのにその距離はもっと近い気がして。

 軽口は悩みも一緒に軽くしていく。膨らんだ不安に穴を空けていく。

 そうして、一日は過ぎていった。

 

 

 

「なぁるほど、それで雑用をしてたわけか」

 

 翌朝。藤丸はアマデウスと一緒に食事を摂っていた。

 話題は今キッチンで、皿洗いをしているアナスタシアのことだ。

 

「僕には理解出来ないよ。せっかくの第二の人生、それも戦力外だぜ? 戦いなんて忘れて気楽に楽しめばいいものを」

 

「そんな図太いの君くらいだろ。普通は気に病むものなんだよ」

 

 カルデアが負ければ人類は今度こそ完璧に滅びる。そんな状況で傍観者を気取る奴はいない。

 少なくともここに召喚されたのは、そんな英雄達ばかりなのだから。

 

「にしても、やるねぇマスター。ことサーヴァントを誑かすことに関しては右に出る者はいないんじゃない?」

 

「人聞きの悪いこと言うのやめてくれる? そりゃ落ち込んでたら相談に乗るでしょ」

 

「それであんだけやる気にさせてるんだ、大した特技じゃないか」

 

「……なんか詐欺の手口褒められてるみたいでスッゴクやだな」

 

「せめて口説き方って言えよ、お墨付きだぜ?」

 

 何がお墨付きだ、と味噌汁を啜る。と、

 

「誰を口説くって? 教えてくれるかしら?」

 

「んぐっ……!」

 

 背後からの声。吹き出しそうになった味噌汁を、何とか藤丸は飲み下す。

 振り返れば何故かそこにはアナスタシアが。

 

「な、なんで? さっきまでキッチンにいたんじゃ……?」

 

「休憩中よ。それであなたを見つけたのだけど……誰を口説く話をしてたのかしら? まさか私のことじゃ」

 

「違う違う! そんな邪な気持ちじゃないから! 俺は君を召喚した者としての責任というかですね……」

 

「ふぅん、そう。ならいいのだけど。私にうつつを抜かすのはしょうがないですし。召喚されたときじっと見ていたものね」

 

 うんうんと何か納得しているアナスタシア。

 実際見惚れていたのだが、本人から言われると恥ずかしいことこの上ない。

 

「むぐぐ……」

 

「じゃあまた頑張るから。応援よろしくね、マスター」

 

「……うん。頑張って」

 

 いい笑顔でキッチンに戻っていくアナスタシア。

……それだけで、今日も頑張ろうと思えたのは、我ながらどうかと思うが。

 

「見惚れてんじゃん」

 

「悪いかこの野郎」

 

 アマデウスとくだらない話を終えて、また今日も始まる。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。