もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』 作:388859
一四三一年。百年戦争真っ只中のフランスでは、フランス側のシャルル七世が、イギリス側についたフィリップ三世と休戦条約を結び、休戦中である。
神秘が世界から遠退いて久しい時代において、戦争は比較的遅く進行する。そのため一時的な休戦もしばしばあった。それはこの特異点でも、全く変わらない……らしい。
「……はぁ」
あの後。藤丸達は誤解を解いて、騎士の一団、フランス兵達と情報を交換した。
何でも今のフランスは、最早百年戦争など比ではない未曾有の危機なのだという。
その危機とは、竜の魔女、ジャンヌ・ダルクのことだ。
ジャンヌ・ダルク。藤丸のような一般人でも名を知る、超有名な英雄。
そんな英雄が死の淵から戻り、更には虐殺を繰り返しているのだとか。しかも藤丸達も見た竜に乗って。最早ゲームのそれである。
ワイバーンは冬木で見たスケルトン並みに存在する上、人間の兵士が槍一本で敵う相手ではない。フランスが滅亡するのも想像に難くなかった。
「……どこでもぶつかるなら、片っ端から凍らせてもいいんじゃないかしら」
アナスタシアがまたヴィイの魔眼をそうやって光らせたが、そこは藤丸が何とか説得した。何ともおっかない皇女様である。フランス全土の爬虫類を冷凍保存したところで世界は救われるわけではないのだし。
無論、この時代にワイバーンがいるわけもないし、ジャンヌ・ダルクがドラゴンライダーなわけもない。まあ『かっけぇなあ……ドラゴンってどんな乗り心地なんだろう……』と藤丸は思わなくもないが。
そもそもジャンヌダルクって何した人なの……? 一般人日本史もあやふやな藤丸はそこからである。
「ジャンヌ・ダルク。農夫の娘として生まれた彼女は、神の啓示を受けたとして軍に所属し、百年戦争に参戦。劣勢すらも跳ね返したその姿は、オルレアンの乙女とすら称されるほどの英霊です。間違いなく、フランスはおろか世界的な知名度を誇る方ですよ、先輩」
「なるほど……ドラゴン本当に関係ないんだね」
マシュの説明はまとまっていて、大変分かりやすいのだろう。しかし悲しいかな、ぶっちゃけたところピンと来ない。
「貴族でもない、単なる農家の出ですから、知らなくても無理はありませんよ。むしろ知っていれば、私を見て落胆するかもしれませんし」
白い旗を片手に、苦笑いを溢したのはジャンヌだ。
ドラゴンライダーのジャンヌ・ダルクとは別の、本物のジャンヌ・ダルク。つまりこのフランスには善と悪のジャンヌ・ダルクが一人ずついるのである。
「同じ英霊が一つの聖杯戦争で召喚されることは、ほとんどないことなんだけどね……まあお互いがカウンターとなるなら、無い話じゃないか」
ドクターはそう言っていた通り、彼女はこちらに協力してくれることになった。幸先は非常にいい。
現在地はフランス、ラ・シャリテへ向かう道中だ。ドラゴンライダーのジャンヌ・ダルクのせいか、現地人と出会ったのはレイシフト直後のみ。それだけドラゴンライダー、もとい敵のジャンヌ・ダルクの虐殺が凄まじいのだろう。それなりの規模を持つラ・シャリテならば、情報も揃うかもしれないと、一行は向かっていた。
「すみません、私がルーラーとしての力を失っていなければ……」
ジャンヌがこのフランスに召喚されたのは、たった数時間前だったらしく、おまけにサーヴァントとしての幾つかの機能を失っているんだとか。
その一つが七つのクラスに当てはまらないクラス、ルーラーのスキル。
「エクストラクラス、ルーラー。過去の聖杯戦争においては調停、または監督役として召喚されるクラス……聖杯戦争に召喚されたサーヴァントのクラス、真名、居場所まで諸々分かるんだけどね。その機能が喪失してるなんて、やっぱり異常事態だ。そんなことはまずあり得ない」
「ええ。私もこんな事例は初めて……と言っても、過去に参加した聖杯戦争の記憶すら破損してるので、何もかもが初めてなんですが」
ドクターの言葉にジャンヌが頷く。
つまるところ、
「ジャンヌは頼りになるサーヴァントってことでいいんだよね? そんな凄いことが出来ちゃうんだし」
「は、はあ。一応はそうなる、かもしれませんが……今の私にその機能はないんですよ?」
「俺達みんな、戦いに関しては素人でさ。特に俺は指揮なんてやったことないから、もしも俺が慌ててドジ踏んだら、ジャンヌが指揮を取ってほしい」
藤丸の提案に、ジャンヌは目を丸くする。
「……いいのですか? その、私も初陣みたいなものですが」
「誰だって初陣みたいなものよ、聖女さん」
後方で殿を務めるアナスタシアは、やはり無表情なまま、
「カルデアで訓練をしていたマシュや、英霊である私はともかく、マスターが指揮官になったのは、ここ二週間のこと。付け焼き刃ほど手元の狂うものはないわ。記憶のあるなしはともかく、一番覚えのある貴女に委ねるのは当然ではなくて?」
「アナスタシア皇女まで……分かりました。有事の際は私が指示を。それでいいんですね、藤丸さん」
異論はない、と藤丸は頷く。
自分の弱さは特異点Fで思い知った。それを棚にあげれば、今度こそ全員死ぬ。
無意識に指が拳を象った。
初めて聞いた断末魔は何処までも少年の心に突き刺さって、抜け落ちる気配がない。
あれを忘れてはいけない。
この先、どれだけのことがあっても。
「……随分と弱気ね、マスター。もっとあなたは能天気な人だと思っていたけれど」
ぽつり、とアナスタシアが呟く。
……皮肉を言われるくらいには心の距離が縮まったのか、と藤丸は苦笑する。
ワイバーンを異常なまでの殺意で凍らせた彼女も、今の皮肉屋な彼女も。きっとアナスタシアの本心なのだろう。
だからこそ、藤丸は彼女のことがよく分からなくなっている。
「流石に人命が懸かってたらね。アナスタシアも、いざとなったら俺の指示無視して動いていいから。戦術とかも一応学んでるんでしょ、生前」
「多少は心得があるわ。まあでも、それこそ付け焼き刃よ。私は戦場なんて出たことはないし、何よりただの皇女だもの。大人しく前衛は聖女さん達に任せるわ」
「そっか」
「ええ」
会話は続かない。藤丸がどれだけコミュニケーションを求めても、アナスタシアは口をつぐみ、それらをシャットアウトする。
ああ、でも。
アナスタシアはそれこそ、ひやりとするような言葉を溢した。
「――いざとなったら。そんなこと、どうでもよくなるかもしれないけれど」
それはどういうことか、と問う前に、通信が入った。
「ちょっと待った! その先でサーヴァントの反応が探知された。方角的にラ・シャリテ、目的地だけど……」
「だけど?」
「遠ざかっていったね。恐ろしく速い撤退だ、もうロストしたぞ? ええと、そこから何か街が見えるかい?」
言われ、ようやっとその異変に一行は気が付いた。
遠くで立ち上る煙。そして空に届かんと揺れているのは、特異点Fで飽きるほど見た災厄。
「炎……!? マスター!」
「うん! みんな、急ごう!」
四人は隊列を組んだまま、走り出す。
最悪の予想が外れてくれと、そんな叶わぬ願いを抱えて。
そこに、最早街と呼べるほどの文明は残っていなかった。
食い千切られたように崩壊した建物からは、ぽつぽつと炎が吹き荒れ、進めば進むほど肌を焦がされ、黒煙は肺を炙っていく。しかし進めないほどではない。それが意味するのは、燃やすほどのものが残っていないということ。
その事実から逃れようと目を凝らせば、炎よりも明確に赤い血液が、辺りに飛散している。
ラ・シャリテ、という町は、とっくに死んでいた。
「ドクター、生体反応は……!?」
マシュが一縷の望みを託すが、ロマンの返答は暗かった。
「……駄目だ。その街に命と呼べるものは何も残ってない」
「そんな……」
力なく目を伏せるマシュ。ジャンヌも悔しそうに歯噛みし、目を皿のようにして走らせる。生存者を探しているのか。アナスタシアは……こんなときでもクールで、目だけをきょろきょろ空へ向けている。
藤丸も気持ちは同じだ。だが勘で分かる。特異点Fのあの火災を見たからか、炎の質こそ違えど、起きている現象は同じだ。
ここを生き延びられる人間は、いない。
藤丸の側。瓦礫から抜け出したと見られる男性の遺体が、そこにはあった。
炎に焼かれたのだろう。肌は炭化しながら、必死にもがいた結果か、伸ばした手は崩れかけていた。
その手を掴もうとして、藤丸は自身の手を戻す。
間に合わなかった自分にその資格は、無い。代わりに藤丸は腰を下ろした。
「……ごめん」
無人の町。終わってしまった地獄。そこで確かに残った男性の目蓋を、藤丸は閉じた。
直後だった。
開いた通信から、甲高いアラートが響き渡る。
「サーヴァント反応探知! さっきの奴らだ! 数は……おい冗談だろ、全部で五騎!」
「な、……!?」
五騎。実力はともかく、頭数の時点であちらが上回っている。
じっとりと、汗が藤丸の背に浮かぶ。
「って、反応がもう頭上に!? 全員そこから離れろっ、来るぞ!!」
刹那、町を影が包み込んだ。
それが何だったのか、藤丸には到底理解出来ない。ただ、砦が丸ごと浮かんだようなサイズの何かは頭上を飛び去ったかと思えば、藤丸達の前に五人のサーヴァントが降りていた。
一人は青白い肌の貴族然とした男。手に持つ槍から滴る血が、この地獄を作り出した一端なのは間違いない。
一人はまた青白い肌の女性だが、違うのはその露出度だ。己の美貌を明け透けに見せているというのに、仮面で隠した顔からは気品すらあった。
一人は修道女。身の丈と同等の十字架を難なく扱うところから、恐らく白兵戦もこなすのだろう。
一人は可憐な騎士。刺突に特化したレイピアは既に引き抜かれ、今か今かとその穂先が藤丸達の間で揺れている。
そして最後。黒い旗を掲げ、それらのサーヴァントを束ねる竜の魔女。
ジャンヌ・ダルク。
「……、」
分かっていても、藤丸達は動揺した。一般的な聖女を完璧にイメージさせるジャンヌと比べ、あちらのジャンヌは衣装も、顔すらも瓜二つなのに、その気配や表情は、聖女などと語るのも烏滸がましい。
「……なんて、こと。或いは、と思ったときも確かにあった。だけど……ああ、実際に見ると、なんて」
黒いジャンヌ・ダルク、いやジャンヌオルタは、本来の自分を見て、嘲笑する。
「なんて惨めで、穢れを知らないのかしら! ああ、笑い死んでしまいそう! こんなものと同じ顔をしているだなんて、吐き気で笑い死んでしまいそうだわ! こんな小娘に頼らねば滅んでしまう国だなんて、砂の城より脆く、ネズミにも劣る運命!……私が滅ぼさなくても、誰でも滅ぼせるんじゃない?」
思わず。ジャンヌは、旗を持つ手をぐっと強めた。
恐れる、というよりは、信じられないという顔で。
「……貴女は、誰ですか?」
「それはこちらの質問ですが……そうですね、上に立つものとして教えてさしあげましょう」
ジャンヌオルタは何の躊躇いなく、宣言した。
「私はジャンヌ・ダルク。甦った救国の聖女ですよ、もう一人の私」
「……、馬鹿げたことを。貴女は聖女などではない。私がそうではないように」
「馬鹿げたこと? 本当にそうかしら?」
くくく、と笑いを噛み殺す。やはり分からないかと。
「血を血で洗う戦争を繰り返し、フランスを救う。その過程は違えど、目標自体はそう変わらないつもりですが?」
「救う……? これの何処が!? 確かに私は矢面に立ち、戦争で沢山の血を流すのも厭わない方向に誘導した。しかし、こんな虐殺を起こした覚えはない!」
「ええ。でも、同じようなことはしたでしょう?」
ジャンヌが鼻白む。
そう、自分が聖女ではないと認めているからこそ、ジャンヌは自身の行いを善と認められない。
憎悪に蝕まれようと、ジャンヌオルタはそれを知っている。
「馬鹿なのは私達でしょう、ジャンヌ? 何故こんな国を、愚者達を救おうと思ったのです? 裏切られ、見捨てられたというのに!」
「……、」
「蘇った私に、主の声は聞こえない。それはつまり主はこの国を見限ったということ。であれば、私は主の嘆きを代行せねばならない。全ての悪しき者を討ち滅ぼし、焼き尽くす。それこそが私の救済。ジャンヌ・ダルクのあるべき姿!」
ジャンヌは。
既に理解をしようとしていなかった。
恐らくジャンヌオルタの言葉の全てに、身に覚えが無かったのだろう。
それこそ他人を見るような目で彼女は、
「……貴女は、本当に私なのですか?」
「この期に及んでまだそれですか。貴女という聖女は、火で炙られても学ばないなんて……見た目通り、憎悪も憤怒もない、ただ掲げられた旗みたいな女ね」
痛烈な言葉に、ジャンヌは何も言い返さない。ジャンヌオルタの言う通り、彼女にはそれらの一切が理解の範疇に無いからだ。
故に。
「貴女なら分かるのかしら、アナスタシア皇女。無惨にも頭をくり貫かれ、焼かれ、溶かされた、悲劇の人なら」
その矛先は、この場で憎悪を持つ者に向いた。
「あら、私?」
全員の視線が自分に集まっていくのを感じ、アナスタシアは薄く笑った。
ジャンヌオルタの背後で控えるサーヴァント四騎は、まるで猟犬のようで、あの黒い旗が下がれば、それだけでこちらに襲い掛かるだろう。
でも、何故か。
アナスタシアは笑えた。
「ええ、アナスタシア皇女。ロマノフ朝最後の皇帝、ニコライ二世の娘。古き指導者というだけで家族を惨殺された貴女なら、私のこの憎悪も理解出来るのでは?」
「……そうね。感じるものはあるわ」
「あ、アナスタシアさん!?」
色めき立つマシュ。その姿が何とも純粋で、アナスタシアにとって眩しい。
「確かに。私はあなたの憎悪に共感している。憤慨し、狂う姿にも、私はそこまで可笑しいことだとは思わない」
ただ、と、
アナスタシアは、こう付け加えた。
「あなたが
「……なに?」
ジャンヌオルタの殺気が、一段階上がる。
それこそ、ジャンヌに向けるものよりも大きな。
けれどアナスタシアは口を閉じない。同じ憎悪を持つからこそ、ジャンヌオルタのスタンスが気に食わない。
「だってあなた、要はこの国が憎いのでしょう? 自分を助けてくれなかった、裏切ったこの国が憎くて、仕方ない。なのに主の言葉を代行? これが私なりの救い? まるで私は復讐だなんてしていません、なんて……子供のように未練たらしく言いたげよ? 国を殺したいのに、そんな調子で復讐を成し遂げられるのかしら?」
「復讐……? この私が? まさか。当然の報いを与えているまでで、そんなつもりは」
「あなたがルーラーだから、上品に言葉を変えているだけ。そうでしょう?」
そう。
あくまでジャンヌオルタはルーラー。例え聖杯戦争そのものが破綻していようと、反転していようと、クラスの枠に当て嵌められたら、抗えない。
「復讐って大っぴらに言えたら、さぞ胸がすくでしょうね。でも言えない。あなたはルーラーである限り、不完全燃焼のまま、その憎悪を抱え続ける。建前を作らないと虫も殺せず、私怨すら晴らせないって、どんな気持ちなのかしらね?」
「……戦場に出たこともない小娘が、私の憎悪の何を語れると?」
ジャンヌオルタの言葉は間違ってない。
アナスタシアはジャンヌのように、大勢の人間から石を投げられたことも、生きたまま火で焼かれたこともない。
ただ。
「少なくとも、私は
「な、……!?」
驚きは敵味方問わず。どうせいつかはバレることだ。ならば、ここで言っても構わない。
「私は今も覚えている。家族の死を。蹂躙を。恥辱を。誇りも尊厳も汚されたあげく、別れの言葉すら許されなかったあの離別を。私は片時も忘れず、それを胸に生きている」
アナスタシアから、冷気が漏れ出す。それは言葉を連ねる度に広がり、やがてラ・シャリテの火を吹き消していき。
「故に、私はこの悪逆を為したあなたを、許すつもりはない。消えなさい、竜の魔女。理不尽な死ほど、私が嫌うものはない」
背筋が震えるような冷気が、藤丸の頬を撫でた。
目が覚めるような零度は背後から。
見ている。
アナスタシアが、自分を見ている。
ジャンヌオルタの主張は分かった。所業も理解した。
それであなたは、ここでどうするの?、と。
値踏みするような視線に、藤丸は息を呑んだ。
……憎悪とか、復讐だとか。そんなもの、ついこの間まで一般人だった藤丸には分からない。いや、きっと今後理解する日はないのかもしれない。
だが、これだけは自分でも言える。
あの遺体を作り出した時点で、むざむざ彼らを見過ごす理由は一個もない、と。
「……アナスタシアは後衛、ジャンヌとマシュは前衛。手筈通りによろしく」
「はい!」
「ええ!」
「藤丸くん!? おいおい無茶だって、ここは一旦退却しなきゃ……!?」
指示に前衛二人は頷き、各々の武器を持ち直す。ロマンが慌てて撤退を提案するが、手遅れだ。
「無理ですよドクター、逃がしてくれそうにない」
「……虫がぞろぞろと、武器を握って」
かつん、と。ジャンヌオルタが不愉快そうに旗を打ち付けた。今にも舌打ちが飛び出しそうな顔で、
「生きて帰れると思わないことね。お前達は、ここで殺す」
その宣告に、アナスタシアがくすりと笑う。しかし目が笑っていない、明らかに喧嘩腰だ。
「あら、怒らせてしまったみたいね」
「……さっきの、どうなるか分からないってこういうこと?」
「さあ、どうでしょう。少なくとも私は事実を並べただけ。嘲りなんてとてもとても」
「……あとで全部話してもらうよ、君が召喚に応じた理由」
アナスタシアは返事しなかった。まだ話す気はないということか、と藤丸は半ば呆れる。コミュニケーションの大事さが身に沁みるものだ。
「戦力的にはこっちが圧倒的に不利だ。加えて相手の真名は分かってない。いいかい、あくまで撤退戦だということを念頭に入れておくように」
「了解ですドクター。勿論、そのつもりです」
果たして。ジャンヌオルタは旗を振り下ろす。
「行きなさい、我がサーヴァント達!!」
そして、楔から解き放たれた四騎のサーヴァントが、殺意を垂れ流しながら襲い掛かる。
ハズだった。
「エクスキュゼモア! 少し通りますわよ!」
可憐な、蝶の羽ばたきのように長閑な声。
しかし起きた現象は、全員の出鼻を挫いた。
ギャギャギャッギャ!!、とドリフト染みた挙動で、藤丸達の前に馬車が走り込んできたのだ。
ただの馬車ではない。全身ガラス製であり、馬車を引く馬すらもその例には漏れない。そんな馬に、ちょこんと座っているのはアナスタシアやマシュとそう変わらない少女。
「さ、乗ってください皆様! 通りすがりで名乗りもせずに申し訳ないけれど、誰だって死にたくはないでしょう?」
と、茶目っ気たっぷりにウィンクする少女。よく見ればこの惨状にはやや浮わついた真っ赤なドレス? アイドル衣装? 全員が呆気に取られたが、意味を理解した藤丸は即座に指示を飛ばした。
「……、みんな、あの馬車に!! マシュ、アナスタシア、壁を!!」
「っ、はい! 宝具、展開します!!」
「ええ!」
「、逃がすなっ、サーヴァント達!!」
ジャンヌが藤丸とアナスタシアを抱えている間に、マシュが馬車まで跳躍。着地と同時に馬車に盾を叩きつけ、盾そのものがブレる。
発動までかかるコンマ数秒。それを、アナスタシアが作り出した氷壁が時間を稼いだ。四騎のサーヴァントが一瞬で砕いたがもう遅い。
そして浮かび上がるのは、光の盾。人理を守らんと、少女の願いに呼応する確かな守護。
「
殺到する、サーヴァント達の猛攻。その全てを、マシュの展開した盾は防ぎ切る。
その守護に、馬車の少女は瞳を輝かせながら、
「まあ、守ってくれてありがとう! それじゃあ……お待たせしました、アマデウス。機械みたいにウィーンとやっちゃって!」
声は馬車の中。飛び込んで中でぐちゃぐちゃになった藤丸達をよっこらしょと乗り越え、現れたのは、指揮棒を持った珍妙な格好の男。
「任せたまえ、マリア。
宝具。何らかの攻撃が来ると、思わずサーヴァント達は身構えたがそれは間違いだ。何せ物理的な攻撃ではない。
「く、ぉ、……!?」
何処からともなく聞こえてくる旋律。虚空から轟くオーケストラは、音色だけは一級品であり、藤丸は一瞬聞き惚れたが、敵サーヴァント達が一斉に膝をついたことでそれが宝具によるものだと察した。
してやったりと、ガラスの馬に騎乗した少女は優雅に言いのけた。
「それではごきげんよう、皆様。オ・ルヴォワール!」
そして。
藤丸達はその場から、撤退した。
「……追跡は無理そうね。忌々しい」
チッ、とジャンヌオルタは舌打ちする。
顔合わせ程度に考えていたが、それでもこうも鮮やかに逃げられると……呪い殺したくなる。
「どうするのかしら、マスター? 追い掛けるとしたら私は外してくださる? まだ今日の分の血が足りないのよ」
仮面の麗人、バーサーク・アサシンが悩ましげに言う。ただめんどくさいだけだろうに、とジャンヌオルタはやや眉をひくつかせる。
「ライダーに追い付くなら、こちらもライダーでしょう。ライダー!」
「分かっているわ」
前に出たのは、修道女のサーヴァント、バーサーク・ライダー。
「貴女の竜なら追い付けるでしょう。見つけたら知らせなさい。まあ、一人で片付けても構わないわ」
「了解」
口数も少ないまま、バーサーク・ライダーが跳躍したかと思えば、空から飛来した円盤のようなものに飛び乗り、そのまま藤丸達が向かった方へ消えていった。
ジャンヌオルタはサーヴァント達へ今後の方針を伝える。
「私は戻ります。貴方達は好きにしていただいて結構、それが一番フランスを滅ぼすには効率が良いでしょうし」
サーヴァント達はその命に頷く。
誰が来ようと、ジャンヌオルタには聖杯がある。それによって生み出した竜の群れや召喚したサーヴァント達がいれば、負けることはない。
ただ。
「……あの小娘に言われっぱなしのままなのは、面白くないわ」
復讐。ジャンヌオルタの軍師であるジル・ド・レェが、時々口にしていた言葉。
無論ジャンヌオルタはそのつもりで行動していた。恥辱には恥辱を、炎には炎を、斬首には斬首を。報復してきたつもりだった。
だが。
──あなたが可哀想だなと、そう思っただけよ。
ジャンヌオルタは口の端を歪ませる。
「……あの女、殺してやるわ。最も嫌う方法でね」
そう、例えば。
銃殺なんてお似合いだろう。
ジャンヌオルタは想像し、笑みを溢した。