もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』   作:388859

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The Loco-Motion

 

 ラ・シャリテから退却し、藤丸達が向かった先は、ジュラの森という場所だった。

 

「日が暮れれば、あちらも簡単には追ってこられないでしょう? 何せサーヴァントがこーんなにいるんだもの!」

 

「おや、もしかして僕を戦力に数えているのかいマリー? うーん困った。シューベルトならともかく、魔王にもドラゴンにも縁なんてないただの音楽家なんだけど?」

 

 そう言っていたのは、藤丸達を助けたサーヴァントの二人。赤いドレスの少女、マリー・アントワネットと、指揮棒で額を叩く男、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだった。

 かたやフランスで最も有名な王妃、かたやフランスで知らぬ者はいない音楽家。何ともらしいサーヴァントの二人は、このフランスの危機に手を取り合ったのだが……。

 

「ま、正直フランスがどうなろうが知ったこっちゃないけど、マリアを放っておくことの方が問題だしね。僕にだってそれくらいの矜持は残ってるさ」

 

「ありがとう、アマデウス。ふふ、あなたのそういうところ、わたしは好きよ? というわけだからあなた達に協力します。よろしくお願いしますね、異邦の方々!」

 

 こうして、カルデアに大きな戦力が加わった。これでサーヴァントの頭数だけなら相手に迫ってきた。一日目でこの成果はかなりのものだろう。

 現在の時刻は夜。ジュラの森で夕食を終えて、藤丸達はここで朝を迎えることにした。何せレイシフトからここまで休みらしい休みもなかったため、藤丸は疲労困憊。幸い追手の影もないため、サーヴァント達が交代で見回りを行えば、そうそう奇襲されることもないだろう……というのが、ロマニの見解だ。

 

「今日はお疲れさまでした、マスター。お疲れでしょうから、ゆっくりお休みになってください。その間はこのマシュ・キリエライトが、全霊をもってマスターの安眠を守りま、」

 

「はーいマシュはわたし達とこっち。ほら、ジャンヌも。今日は夜更しいっぱいしちゃうんですから!」

 

「あ、あはは……見回りはこちらでもしますので、藤丸さんはどうかお休みに。明日も厳しい戦いになるでしょうから」

 

 仮にもサーヴァントであるマシュを有無を言わさず引っ張るマリーに、ジャンヌもアマデウスも苦笑いを隠さない。

 というわけで、その場は解散になったのだが。

 寝る前に、藤丸立香にはやるべきことがある。

 

「……三十二、三十三、三十四……」

 

 焚き火から少し離れた場所に、マットを敷いた藤丸は、リズムよくトレーニングを行っていく。毎日どんなに疲れてもこれだけはやること、とロマニから渡されたメニューは、疲れの溜まった体でも何とかこなせる量だ。

 音楽プレイヤーからイヤホンを通して流れる曲が、この殺伐としたフランスから藤丸を隔離してくれる。それこそ逃げるように、いつもより音量を大きくして。

 町を守れなかった。人を助けられなかった。敵を倒せなかった。突っ立っているだけだった。

 別にご都合主義の正義の味方になっただなんて、思い上がってはいない。

 けれど世界を救う目的に対して、目の前で消えていった命は余りに多かった。そして自分は何もしていなかった、アナスタシアが言った通りになった。

 

(……じっとなんてしてられない。休むのも大事だけど)

 

 少しでもいい。

 強くなりたい。足手まといになりたくない。

 いや、そんな上等な理由だけではないか、と藤丸は息を切らしながら思う。

 流れる曲が切り替わる。陽気な洋楽は、今の気分とは真反対だが、運動するには丁度いい。

 

「おー、精が出るねえ。五体のサーヴァントに追っ掛けられてそれだけ元気なら、僕の護衛は必要ないかな?」

 

 けらけらと、木に背中を預けて笑っているのは、一人残ったアマデウスだ。

 

「まさか。むしろもっと側にいてほしいくらいだよ。仮に襲われたら生き残る術がないし」

 

「それは安心しなよ。僕は音楽家だぜ? つまり耳がいい。少なくとも遠くで女子会トークをしてる彼女達の吐息すら聞き分けられるくらいにはね。獣やサーヴァントの音はすぐに分かる、退却するくらいの時間は稼ぐとも」

 

「使い方次第で英雄にも悪人にもなれそうな特技だね」

 

「得てして力とはそういうものさ。そういう意味で僕のこれは、言わなきゃバレない。誰も傷つけないんだ、優しさしかないだろ?」

 

「それ、本人が言ったら元も子もなくない?」

 

 ともあれ、頼もしいことだ。彼は自分のことを非戦闘員だと卑下していたが、そんなことはない。立派な能力だ。

 

「で、だ。君は寝ないのかい? くたくただろうに、汗をかくぐらいトレーニングをやるなんて」

 

「……まあ。初めてのことばっかりで、目が覚めちゃって」

 

「それだけじゃないだろ? 君の息遣いを聴けば分かるさ」

 

……いよいよプライベートもあったものじゃない、と藤丸はトレーニングを続ける。

 

「別に、誰かに相談するほどのことじゃないよ。ただ、この戦いの厳しさを再確認しただけ。これが終わったらすぐ寝るよ、心配しないで」

 

「そうかい。ならこれはお願いなんだけど、君の聴いてる音楽を僕には聴かせてくれないか? 現代の音楽がどんなものか気になってね」

 

「……アマデウスに響くかは分からないけど、それでもいいのなら」

 

 端末からイヤホンを外して、音楽を流す。アマデウスは目を閉じてリズムを取りながら、その音に没頭していく。

 

Everybody's doin' a brand new dance now(みんなでアツいダンスを踊ろうぜ)(Come on baby,do the Loco-Motion)】

 

I know you'll get to like it if you give it a chance now(一回踊っちまえばハマるはずさ)(Come on baby, do the Loco-Motion)】

 

My little baby sister can do it with ease(俺の妹だって踊れるんだ). It's easier then learning your A-B-C's(文字を覚えるよりも簡単だろ)

 

 陽気な歌声に、力強いクラップ。難しいことなんて何もないと嘯くような曲だ。

 楽観的な歌詞は現実逃避に丁度いい。

 やがて藤丸がトレーニングを終えたときに、アマデウスは目を開いた。

 

「なるほどね。知識として知ってはいたけど、現代の音楽はこうなったのか。僕の時代からすると、最早別物だこりゃ」

 

「それって悪いこと?」

 

「まさか! 勿論良いことさ! 新しい音は大歓迎だ、自由度が違ってくる。特にこれ、腰を振って踊ろうよ、なんて直球でいい。酒場で流れてたら最高じゃないか」

 

 歌詞から推察するに、The Loco-Motionか。何ともアマデウスらしいというか。

 

「てか昔ってオーケストラとかでしょ? ロックとか肌に合うの?」

 

「曲調が違うだけの話さ。僕はオーケストラが好きなんじゃなくて、音楽が好きなんだ。ほら、君の国では音を楽しむで音楽って意味なんだろ? つまり、そういうことさ」

 

「……どゆこと?」

 

「好きな音で、好きな曲を。例えどんなに音が変わろうと、今も音楽を愛しているのなら、どう変化しようがそんなに目くじらを立てることじゃない、ってコトさ」

 

 今も昔も本質は変わらない、ということだろうか。それはまた……。

 

「アマデウスは本当に音楽が好きなんだね」

 

「じゃなきゃ、死にかけてるときに鎮魂歌なんて書かないだろ?」

 

 確かに、と藤丸は笑う。不謹慎だが、アマデウス自身にそう言われると笑うしかない。

 

「でもなんだってこんな古い曲聴いてるんだ? ほら、最近は機械音声だかなんだかが流行ってるんだろ? 君の年齢ならそっちの方が馴染み深そうだけど」

 

「……まぁ、それはそうなんだけどさ」

 

 端末のプレイリストを眺める。そこにある曲はどれも十年、下手したら十五年以上前の曲しかない。

 藤丸は懐古主義なわけじゃない。そう、これは、

 

「俺の親が好きな曲なんだ、全部。親の青春ってヤツだよ。よく車にCD持ち込んで、無理矢理聴かされてさ。ヘッタクソな声で歌うんだ」

 

「……でも、君の親は」

 

「うん。今はもう、いない」

 

 世界は全部燃えてしまった。家族も、思い出の写真も、我が家も、全て燃え尽きた。

 だからこれだけなのだ。

 少年の家族が確かにいたという証。

 それはもう、この曲達しかないのだから。

 

「みんな同じなのに、情けない話だよね。俺は、これがないと、多分戦えない」

 

 確かなものは何もない。

 それを得るための戦いだと分かっていても、やっぱり怖い。

 藤丸立香とは、そういう人間。

 

「情けないもんか。立派だぜ、僕よかよっぽどね」

 

 けれど。

 アマデウスは、そんな少年を肯定する。

 

「縋っていいのさ。音楽は自由だ、何処までもね。それに溺れても、狂おうと、きっと人生の糧になる。星がいつでも輝くように、音楽は常に世界に響いているんだから」

 

「……」

 

「? なんだい、その顔? 僕ってば変なこと言った?」

 

……なんていうか。

 

「いや。会ったばかりなのに、優しいなぁって」

 

「当たり前だろ? 君は最も新しい音楽のファンだ。同じファン同士、布教だってするさ」

 

 かのモーツァルトにそんなことを言われるなんて、光栄なんてもんじゃない。

……音楽は自由、か。ならば思う存分縋らせてもらおう、と藤丸は流れる音が気に聞き入る。

 

「……ふむ。こうやって話してみると、なんで君がアナスタシアに嫌われてるのか分からないな。ドレスに紅茶でもぶっかけたとか、そんな粗相でもしないと嫌われる理由は無さそうだけど」

 

「今その話する? このタイミングで?」

 

 本当にデリカシーの欠片もない。思わずアマデウスを見ると、本人は面白がっているようで。

 

「はは、ごめんごめん。だって君らが悪いんだぜ? あれじゃまるで、奴隷と女主人にしか見えなくてさ」

 

「奴隷でも使用人でもないし、紅茶も淹れたことないよ。水とかでも、俺から差し出しても受け取らないしね」

 

「へえ、そりゃ重症だ。君、毒でも盛ったのかい? それとも庶民の施しは生理的に無理だとか?」

 

「そういうんじゃなさそうだけど、結局嫌われてるし何とも」

 

 第一まともに話したこともないのだし、アマデウスからすればそう見えても仕方ないが。

 ああ、でも。

 

「一応召喚に応じてくれた理由は話してくれたっけ……」

 

「お、ちょっと主従っぽいじゃないか。それで理由は?」

 

 思い出す。

 あれは森へ向かう馬車の中での出来事だ。

 

「私が召喚に応じた理由、ね……いいわ。マシュの頼みなら答えましょう」

 

 暗に藤丸の問いならば突っぱねようとしていたらしい。

 彼女は語る。

 

「人理焼却は人類史そのものを灰とする悪魔の所業。それは今だけではなく、過去の歴史も等しく燃やす……私達が生きた時代すらも、燃料にして。つまり私達の生きた日々をないものとする、そういうことでしょう?」

 

 彼女の人生は決していいものではないことを、藤丸は知っている。

 でも、目の前の彼女はその人生を蔑ろにしてはいない。

 

「確かに私の人生は、良いものとは言えないわ。でも私にとっては、あれだけが全てなの。あそこにしか私は存在しない。家族も、幸せも、全てはあの時間にあった。結末がああなってしまったからこそ、もう私の家族には苦しみの一欠片も味合わせたくない。なのに、全ては失われてしまった」

 

 死という安寧を脅かすものを、彼女は許しはしない。

 

「だから殺す。この馬鹿げた大虐殺を行ったものを全て、一人残らず砕くために、私はここにいる」

 

「……だから、我々に協力してくれると?」

 

「幻滅したかしら。ごめんなさいね、マシュ。黙っていて」

 

「いえいえ! その……戦う理由は人それぞれですし、アナスタシアさんがこちらに協力してくれているという事実は変わらないので。ですよね、マスター」

 

「うん。むしろアナスタシアのことを一つ知れた気がする。話してくれてありがとう、アナスタシア」

 

「……、」

 

 お前に話したわけじゃない、とアナスタシアはそっぽを向いたところで話は終わった。

 藤丸からしても、彼女の話は衝撃的だった。

 

「……普通の女の子に見えたけど、やっぱり英霊なんだなって思ったよ」

 

「いや、君それマシュが聞き出したのを横で聞いてただけじゃん。絆全然深まってないよね?」

 

「話してくれただけマシだろ!? 一日前まで話しかけただけで転ばされてたんだから!」

 

「君よくそれでマスターやってるね、ドМでしょ?」

 

 ケラケラ笑われるが笑い事ではない。牛歩だがちゃんと絆はあるはずである。

 

「……彼女がカルデアで自分のことが載った本を読んでいたのも、きっとそれしか家族のことを辿るものがなかったからだ。思い出は全部、燃えてしまったから」

 

「ふぅん、なるほど……復讐ねぇ」

 

 と、アマデウスが意味ありげに呟く。

 

「何か気になることがあるの、アマデウス?」

 

「いーや別に?……ただ、普通の箱入り娘がそんな覚悟を持って戦うと、大抵ろくなことにならないのが古今東西の常識だ。覚悟は正しい方向でなければ、摩耗するだけだよ」

 

「いやでも、俺達がいる。本当に不味いときは」

 

「主従として認められていないマスターに、あの皇女が御せるわけないだろ?」

 

 アマデウスの言う通り。

 彼女が本当に暴れたらマシュとて無事では済まない。もしそうなったら……。

 

「ま、何にせよ、早く仲良くなってくれよ? 君らには協力するけれど、土壇場で仲間割れでもされたら流石に困る。じゃじゃ馬の手綱くらい握ってもらわなきゃ、フランスを救うなんて夢のまた夢だぜ?」

 

「……うん。肝に命じとく」

 

 アナスタシアと仲良くなる、か。

 ラ・シャリテでの彼女を思い出して、藤丸はため息をついた。

 少なくとも……今の何も出来ない自分には、彼女は何も言わないだろうから。

 それだけは理解して、タオルで汗を拭った。

 

 

 

 

「恋バナしましょう! ね、恋バナ!」

 

 なんで?、とアナスタシアは湧き上がる疑問を胸の内に留める。

 

──あなたもどうかしら、アナスタシア皇女? わたし達と話しませんこと?

 

 マリー・アントワネットからそんな誘いを受けては、応じる他ない。それにマスターから離れられるのなら、アナスタシアとしては万々歳だった。

 なのに。

 恐る恐る、マシュが挙手をして質問をする。

 

「あの、マリーさん? 恋バナとは……その……恋のお話、ということで合ってます、か?」

 

「それ以外にあって、マシュ? うら若き乙女が四人もいるのよ! しかも全員サーヴァント! これはもう、そういう話をするっきゃない! そうじゃない!?」

 

「マリー、落ち着いて? 一応我々はサーヴァントなわけですし。そもそも、アナスタシア皇女がそういうことを話すとは……とても思えないのですが……」

 

「あらジャンヌ、あなた知らないの? 彼女は大の悪戯っ子で、衛兵にもしょっちゅう悪戯をしてたのよ? そうでしょう?」

 

 三人から視線を受けて、アナスタシアは思わず読んでいた本から顔を上げた。

 

「……まあ、してたわね。それこそ毎日」

 

「「おぉ……」」

 

 なんだそのおぉ、は。ジャンヌとマシュが羨望の眼差しを向けてくるが、そんなんではない。

 

「ほらやっぱり! ねえ、それって気に入った相手へのアプローチだったの? それとも選定だったのかしら? わたくしと付き合うならこれくらいの悪戯、かわしてみなさい!……みたいな?」

 

「まさか、そんなんじゃないわ。ただ私は、鬱憤を晴らしたくてやってただけよ。少なくともあなたの思っているようなロマンスは欠片もないわ、フランスの王女さん」

 

「むぅ、そうなの? てっきりあなたのその逸話、そういう経験のものだと……」

 

……他人から見たらそういうもの、なのだろうか。確かに時代を考えれば、兵士は必ず男だし、そういう方向に持っていくのも不自然ではないが……。

 

「……ほら、これで私は話したけれど。あなたはどうなの、王女殿下? アマデウスにルイ十六世、その他も沢山恋をしたんでしょう? 私なんかよりよっぽど愛が多い人生だわ」

 

「ふふ、そんな風に自分を邪険にするものじゃなくてよ。だってほら、わたしの恋はみんなに知られてるでしょう? 語れと言われたら何時間でも語れるけど、わたしはあなた達のことが知りたくて集めたんだもの。だから教えてくださる? ほらジャンヌも!」

 

「え、えぇ? 私ですか……!?」

 

 昼間の凛々しい態度は何処へやら、ジャンヌはあたふたと顔色を変える。

 

「そ、そうですね……村にいたときは正直、男友達みたいな目でいられたようですし……戦争のときも、私は担ぎ上げる旗としてしか見られていませんでした。好意、というよりは、羨望に近いのかもしれません」

 

「それはとっ……ても、もったいない話ね。だってジャンヌはこんなに綺麗で、可愛くて、素敵だもの! ね、マシュ?」

 

「は、はい! 私も、ジャンヌさんはマリーさんやアナスタシアさんとは違う、人を惹き付ける魅力を持ってると思います。でなければ、現代でこれほどの知名度を誇るサーヴァントにはなれませんから」

 

「あ、ありがとうございます……じゃあ、そういうマシュさんは? 気になる殿方とかは?」

 

「わ、私ですか?……どう、なんでしょう。今はデミサーヴァントであることで精一杯ですし」

 

「マシュはマスターのことが好きでしょう?」

 

 アナスタシアが呟く。それにマシュはびき、と頭から足の先まで固まった。

 

「あらあらあらあら、それは本当!? わぁ、とっても素敵よそれって! 最初からお似合いの二人だな、ってわたし思ってたもの!」

 

「というよりは他に候補がいないってだけで、消去法だけれど。まあ、マシュの反応を見る限りでは、あながち間違ってもなさそうね」

 

「あ、アナスタシアさん? いや、別にマスターとはそういう関係ではなくてですね? 確かにアイコンタクトだけで全てのコミュニケーションが完結するような関係を目指していますが、別にその……恋人だとか、そういうものを目指してるわけではなくて」

 

「大丈夫よ、マシュ。今の所ライバルは一人もいないし、玉砕しても挽回の機会はあるから」

 

「アナスタシアさん? 違いますよ?」

 

 若干たじろぐマシュに、アナスタシアは微笑む。本当に弄りがいがある。

 

「……アナスタシア皇女、笑うんですね。何と言うか、意外です」

 

「私が稀代の暴君じゃなくて良かったわね、ジャンヌ。じゃなかったらロシアの氷海に放り込んでるところだわ。ひん剥いて。フランスの王妃ほどじゃなくても、愉快なことがあればロシアの皇女も笑うものよ?」

 

「は、はあ……あれ、もしかして今私、物凄く失礼なこと言ってました……?」

 

「ええ、とってもね。流石ジャンヌ、そういうところもわたしは好きよ!」

 

 ジャンヌのファンを自称しているとはいえ、何処まで全肯定なのだこのお姫様は。アナスタシアは息を吐く。

 

「……ふーん?」

 

 と。読みかけの本をまた開こうとして、視線に気づく。

 そこには焚き火に照らされて、少し頬に赤みがさしたマリー・アントワネットがいる。

 

「……私に何か? 王女殿下?」

 

「いえ? ただあなた、やっぱりちゃんと冗談とか言えるんだなって」

 

 そして、さっきまでと同じトーンで、尋ねた。

 

「ねえ。あなたは、()()()()()()()()()?」

 

 しん、とその場の気温が下がった気がした。

 それまでの和気藹々としたやり取りは消え失せて、マシュとジャンヌが口を噤む。アナスタシアもそうだ。微笑みは消え、あるのは冷えるような目つき。

 

「……別に。嫌悪はないわ」

 

「なら、せめてそうやって笑ってあげて、マスターの前でも。あの人、今日はとっても苦しそうだったわ。あなたも彼のサーヴァントなら、少しでも助けてあげてほしいの」

 

「マシュがいるじゃない。マスターにはそれだけで十分過ぎるでしょう?」

 

「本当にそう思ってる?」

 

「……何が言いたいのかしら?」

 

 何故。

 何故彼の話題を出すのだろう?

 さっきまで楽しかったのに。

 

「あなた、彼と会話だってろくにしないじゃない? かと言って敵の制圧には意欲的だし、マシュともさっきみたいに話すからカルデアには協力的だし」

 

「……もう一度言うけれど。何が言いたいの?」

 

「彼がそんなに()()?」

 

……驚いた。

 そうか、分かるのか、彼女には。

 

「……まさか。お姫様一人、組み敷けない人よ? 怖がる理由なんてないわ」

 

「ええ、そうね。あなたなら指先一つで凍らせられる、有象無象の一人でしかない。でも、あの人の前だとあなたの瞳はいつも揺れてるわ。それこそ、真冬の狼を怖がる子供みたいに、ね」

 

 きゅ、っと手がヴィイに更に食い込む。

 アナスタシアは逃げるように、

 

「…………そう。それで話は終わり?」

 

「いえ、もう少しだけ。ああ、身構えなくてもいいのよ? これは単なる提案だから」

 

 それこそ白百合のような笑みを浮かべて、

 

「わたしのこと、あなたもマリーと呼んでいただける? いつまでも殿下、じゃ呼びにくいでしょう?」

 

「……ええ。じゃああなたもそうして。皇女殿下じゃ、まるで外交でもしてるみたいだものね」

 

「ええ、ええ! アナスタシア!……じゃあ少し捻りがないし、アナ! アナでどう?」

 

「ふふ、いいわね。まるで幼馴染みたいで素敵よ、マリー?」

 

 アナスタシアは立ち上がる。

 これ以上話していると、要らぬことまで喋ってしまいそうだ。少し頭を冷やすために、見回りに行こうとして。

 

「──見回りもなしに女子会トークなんて、呑気なものね。人がタラスクに乗ってまで探してるってのに」

 

 第三者の声が、空から降ってきた。

 ズンッ、という重低音は目の前。丁度アナスタシアとは逆側の茂みに、彼女は着地した。

 昼間に見た顔。ジャンヌオルタが率いていたサーヴァントの一人。修道女に、タラスク……連想される英霊に、マシュは心当たりがあった。

 

「まさか、聖女マルタ……!? 悪竜タラスクを鎮めたほどのあなたが、何故……!?」

 

「随分詳しいのね。色々あるのよ、こっちも」

 

 マシュが側に立て掛けていたラウンドシールドを掴む。

 ラ・シャリテでの彼女と比べると、今のマルタは血塗れだった。何のものか分からない肉片が手や携えた杖などに張り付き、粘ついている。

 何処かを襲ってきた帰りにこちらを見つけたのか? それにしては、傷を負っているように見えるが……。

 奇妙なその状況に、全員が二の足を踏む。

 

「全く、ようやく見つけた。大変だったわ、本当に。ワイバーンを殴り殺しながらここに来たおかげで、私の体はもう、」

 

 ただ一人を除いて。

 

「いいわ、何も喋らないで」

 

 絶対零度の暴風が、ジュラの森を席巻する。

 爆発するように広がった吹雪は、あっという間にマルタを凍てつかせ、それだけでなく森の木々すらも氷のオブジェへと変貌させる。

 マシュが寸でのタイミングでマリーの前にいなければ、諸共凍っていたかもしれない。それほどの威力だった。

 

「……マシュがいて助かったわ。じゃなかったら、敵に手加減してしまうところだったもの」

 

 しれっと白い息を吐くアナスタシア。たまらず、自衛していたジャンヌが肩に乗った雪が落ちるほどの剣幕で詰め寄った。

 

「あ、アナスタシア皇女! 味方すら巻き込んで敵を殲滅しようとするなんて、そんなのは戦争のやり口でしょう!?」

 

「あなたとマシュなら防げると思ったまでよ。それに敵の戦力を削ぐ絶好のチャンスだったわけだし、そう怒ることでもないわ」

 

「で、ですが、これほどの規模の冷気に藤丸さんを巻き込んだら……!」

 

「方角は外れてるし、死にはしないわ。少し凍傷になるくらいよ。それよりも」

 

 ぴし、と氷に亀裂が入る。

 

「まだ死んでないみたい。熊みたいにしぶといわね」

 

 まるでガラスを一度に何枚も割れるような、つんざく音が木霊する。

 氷の破片が散弾のように飛び散る中、マルタは息を切らして、

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいってば……こちとら狂化と契約違反のせいで全身ズタズタなんだから……!」

 

「黙りなさい。何を言おうが、敵の言葉に耳を貸す意味もないでしょう?」

 

「ちょ、まっ、」

 

 アナスタシアの持つヴィイが、妖しく魔眼を光らせる。もう一射来ると、全員が身構えたところで。

 

 

「令呪をもって命じる!!」

 

 

 その勅令は、アナスタシアの行動を封じた。

 

「……何のつもりかしら、マスター」

 

「君を止めに来た」

 

 アナスタシアの背後。肩で息をしながら、右手を掲げる藤丸立香がいた。

 令呪。サーヴァントに対して絶対的命令権を持つ聖痕だ。使い方次第で格上のサーヴァントすら屠るほどの力を得られるブースター。

 令呪はまだ三画。命令は下されてこそいないが、赤く光るその痣はアナスタシアの行動次第で一つ消えることになるだろう。

 故にアナスタシアは背後のマスターへ問う。

 

「何故? 彼女はこのオルレアンを地獄に変えた畜生の一人。殺すことはあっても、見逃す道理はないと思うけれど」

 

「本当にそうならね。でもそれだけじゃない。でしょ?」

 

 藤丸は右手を掲げたまま、

 

「ここに降ってくる前、アマデウスが聞いてたんだ。俺達に何か、伝えたいことがある。そうでしょ、聖女マルタ」

 

「……そうよ、人類最後のマスター。私はあなた達に情報を届けにきた」

 

「それが罠だって可能性は? 信用なんて出来るのかしら」

 

 アナスタシアもヴィイの魔眼をマルタから離さない。令呪と魔眼、お互い銃口を向けるような形。

 

「アマデウスが声色からそれはないだろうって。それに本当に罠なら、さっき乗ってきた竜で君達を押し潰すことだって出来たはずだ。それこそ宝具でもなんでも使って。それをしないのはいくらなんでも回りくどすぎる」

 

 それに、とアマデウスが付け加えた。

 

「彼女、最早死に体だ。呼吸、鼓動、どれも霊核が破壊された後のもの。もう数分で消える。これ以上は死体撃ちにしかならない。それは君が望むものではないだろ、アナスタシア?」

 

「……、」

 

 ヴィイの魔眼が閉じる。

 そしてアナスタシアは唇を噛んで、踵を返した。

 

「……これで一人」

 

 アナスタシアはそれだけ呟き、今度こそその場から去った。

 これで一人。

 そうつぶやく彼女の後を追いかける者は、誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 聖女マルタがもたらした情報はこうだ。

 ジャンヌオルタが使役する竜種達には親玉、ファヴニールと呼ばれる邪竜がいて、それを倒すには並のサーヴァントでは不可能。

 しかし幸運なことに、リヨンという町に竜殺しと呼ばれるほどのサーヴァントが滞在しているらしい。そのサーヴァントならば、きっとその竜種を討ち倒す鍵になるだろう、と。

 

「……本当かどうかなんて、今更疑わないでよ? こちとら、霊核失ってそれどころじゃないんだから……」

 

「信じるよ」

 

 木に背中を預ける彼女に、藤丸は頷く。

 

「むしろ、ごめん。あなたのことに気付けたら、今頃は……」

 

「何言ってるんだか。情報を与えたとはいえ、背中から味方を撲殺することしか考えられないようにされてるのよ? それこそ、考えることじゃない。その点、さっきのキャスターのサーヴァントの対応は正解ね。全身凍らされたのは、びっくりしたけど」

 

 いや普通に筋力で抜け出してたけど……と言いかけた藤丸に、マルタは告げる。

 

「……さっきの彼女、危ういわ。いざというとき、何の迷いもなく味方ごと攻撃するなんて、敵を討つことに執心しているということ。それは世界を救う戦いから逸脱しています」

 

「……うん。俺も、そう思う」

 

 もしマシュがいなかったら。アナスタシアはマリーを凍らせてでも、マルタを凍死させようとしただろう。連携したように見えて、アナスタシアとの連携はシミュレーションでもほとんどなかったのだ。それでも迷いがなかったのなら、味方が死んでもいいと思ったということ。

 マルタの体が透ける。肉体が、夜空へと消えていく。

 

「だから、あなたが導いてあげて」

 

「……俺が?」

 

「ええ。人間であるあなたなら、何からも逸脱していないあなただから、彼女のことを導ける。女の、聖女のカンよ。結構当たるから、信頼しなさい……」

 

 そう言って、聖女マルタは消えた。

 最初から何処にもいなかったように、あれだけ芝を汚した血も、綺麗に無くなった。

 

「…………、」

 

 藤丸は考え込む。

 アナスタシアを導く。

 そんなことが自分に出来るとは、例え聖女の言葉であっても、信じられなかった。

 

 

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