もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』   作:388859

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分岐点

 

 監獄城。

 このフランスを地獄に変えた、ジャンヌオルタの根城。その中は腐臭と惨劇をかき混ぜたような様相を呈しており、足を踏み入れたが最後、その血の一滴すらも残さず壁の染みへと化すだろう。

 その最深部の大広間にて、ジャンヌオルタは瞳を閉じていた。

 祈りのためではない。新しく召喚したサーヴァントの報告を聞いていたのだ。

 

「なるほど。マルタは裏切っていた、と」

 

「ああ。腐っても聖女ってとこかな。最後は助言までしてたよ。全く君とは大違いだね、とんだ殉教者だ」

 

「無駄なお喋りは結構。それで? のこのこ馬に乗って帰ってきたと?」

 

「せっかく召喚したサーヴァントを、こんなことで使い潰すのはもったいないだろ? 安心しなよ、今頃竜殺しを回収したとこだろうけど、彼は君の呪いでまともに動けない。となれば、連中は聖人を探すはずだ。嬲るなら、そこが一番楽しい。そのための僕だろ?」

 

「ええ、そうね。じゃあ行きましょう、悪漢王」

 

 サーヴァント、ビリー・ザ・キッドはクッ、と笑う。

 

「ああ。楽しい楽しい、仕事の時間だ」

 

 

 

 

 マルタの助言を受けた翌朝。

 藤丸達は早速リヨンへ竜殺しのサーヴァントを探しに行き、そして見つけた。

 名をジークフリート。ニーベルンゲンの歌に登場する王子であり、邪竜ファヴニールを討った竜殺しである。

 そう、ファヴニール。奇しくもファヴニールは黒いジャンヌが従える竜種の親玉だ。これほど綺麗なカウンターもない。

 マリー達のようにはぐれサーヴァントとして召喚された彼は、その力を危険視したジャンヌオルタ達によって、重症を負ったらしい。そこでマルタが匿い、今の今まで傷の回復に努めていたのだとか。

 

「これで戦力アップ!……になればよかったんだけど」

 

 はぁ、とため息をつくロマニ。彼がそうなるのも仕方がない。ジークフリートには呪いがかけられており、彼は半永久的に傷が回復しないのだ。しかも呪いは聖女であるジャンヌですら、解呪に手こずっている。

 ジャンヌ曰く、もう一人聖人のサーヴァントがいれば解呪出来るらしいのだが……。

 

「そんな都合よくいるものかしら。仮にもジャンヌ・ダルクが二人に聖女マルタもいて、更にもう一人聖人がいたら安売りもいいところよ」

 

「それは何とも言えませんが、探さないわけにもいきません。竜が蔓延るフランスにおいて、ジークフリートさんは切り札になり得ますし……何より聖女マルタは、その命を使って我々に希望を託してくれた」

 

 アナスタシアの最もな疑問に、マシュはそう答える。

 逆らえば命を落とすと分かっていて、逆らうほどの価値が、全快のジークフリートにはある。

 とはいえ、何処にいるかも分からぬ聖人を全員で仲良く固まって探し回るのはかなり非効率だ。何せあてがない、フランス中を虱潰しでは時間がいくらあっても足りない。

 

「うん。やっぱりこういうときは、分かれて動くべきね」

 

 リヨンから離れた街道を馬車で走る中、マリーは。

 

「聖人を探している間にフランスを滅ぼされては意味がないもの。サーヴァントは増えたんだし、多少の危険は承知の上で二手に分かれるのはどうかしら、皆さん?」

 

「……マリーさん、それは」

 

「危険すぎる?」

 

 頷くマシュ。

 

「確かに我々は戦力こそ増えましたが、戦闘系のサーヴァントは少ない。前線で戦えるのは私とジャンヌさんだけです。仮に分かれた後サーヴァントと戦うことになったら……」

 

「勝つわ」

 

「、アナスタシアさん?」

 

「勝てばいいだけのことでしょう、そんなの。確かに敵は強いけれど、このまま歩幅を揃えて探したって一網打尽にされるか、聖人が敵に見つかって手遅れになる可能性もある。それなら一早く糸口を見つけるしかない。違う?」

 

「彼女の言う通りだ。実際、僕らには決定打がない。現状こちらの戦力だと火力はアナスタシアになるけど、キャスターでも魔術は魔術。対魔力で軽減されるから、令呪で補強しても三騎のサーヴァントを退去させるのがやっと。けどジークフリートが加われば、それは解消されるんだ。試す価値はある」

 

「……わかり、ました。ドクター」

 

 了承して入るが、マシュの顔は浮かない。

 二手に分かれるということは、前線の二人は必ず分かれるということ。

 

「……どっちにしろ、全員固まってたって、相手が一箇所に集まったら負ける。どうせ変わらないなら、少しでも頑張れる方をやろう。ね、マシュ」

 

「っ、はいっ。マシュ・キリエライト、頑張って皆さんを守ります!」

 

 そして。

 現在はリヨンからティエールに向かう道すがら。藤丸はマシュとアマデウス、そしてジークフリートの四人で、聖人を探している。

 

「すまない……オレがせめて休憩を要求しなければ、もっと効率よく動けるだろうに……」

 

「心配しないで。俺もそろそろ休みたかったし、ジークフリートにはこれから目一杯働いてもらうから」

 

「そうだぞぅ! こんなことでもなければ、マリアと離れるなんて僕はごめんなんだ。君には三徹くらいは覚悟してもらうぜ?」

 

「三徹はともかく。お二人の言う通りです、ジークフリートさん。私も全力は尽くしますが、特にファヴニールの相手はあなたに託すことになると思います。それまではどうか、身体を休めてください」

 

 ジークフリートを全員で慰めるが、本人は納得いってなさそうに目を伏せている。

 もしかしてちょっと根暗なのかなぁとか失礼なことを考えながら、藤丸は仕切り直す。

 

「とにかく! 本当にこの先の町にサーヴァントの反応があるんだよね、ドクター?」

 

「勿論さ! モニターがバグってなければ、その先に最低でも二騎のサーヴァントがいるはずだ。火の手も上がってなさそうだし、多分黒いジャンヌの魔の手はまだ届いてないはず。今の内に」

 

 見つけられれば、という通信は続かなかった。

 何故ならその目的地から、火の手が上がったからだ。

 それも見間違いでなければ、竜の形をした青い炎が。

 

「……なんか。上がってるね、火」

 

「確かに、上がってるな。しかし普通の炎ではないな、サーヴァントによるものだろうか……くっ、呪いのせいか目が開けていられない……」

 

「いえ呑気にしている場合ではないのでは!? あれが黒いジャンヌによるものなら、この先の町も火の海に……!」

 

「あー、その心配はないんじゃないかなあ……」

 

 慌ててそのまますっ飛んでいきそうなマシュの肩を、アマデウスが掴む。

 

「おぇ……恐らくはただの小競り合いだ。このままのんびり歩いても終わりそうにはないくらいのね。うぷ……」

 

「ど、どうしたのアマデウス? 顔が真っ青だけど、もしかして町の様子とか聞こえてる?」

 

「ああ、まあね。うぇ……オルガンを弾いてるのに腹太鼓を聴いてる気分だ。具体的に言えば二日酔い寝起き直後に美女が吐いたばかりのゲロを嗅いだ気分。美しいのにちゃんと汚い、しっかり最悪だ」

 

「よくわかんないけど、マシュの横でそういう比喩表現は今度からやめてね? 頼むから」

 

 この先に何がいるのか、少しばかり怖くなってきた藤丸だった。

 そして案の定、藤丸達は手酷い目に合うのだが、それはさておき。

 一方その頃、アナスタシア達はと言えば。

 

「せっかくフランスに来たのに、こんなに普通なものばかりじゃ、少し肩透かしね」

 

 露店で買ったワッフルを口に運ぶアナスタシア。それにマリーは微笑で答えつつ、同じものを頬張る。

 

「それはそうよ。どこもかしこも凱旋門やエッフェル塔が乱立しているようなところじゃないんだし、アナのロシアだって少し外れたらこんなものじゃなくて? エカテリーナ宮殿は一つじゃないと!」

 

「ロシアには雪があるから、こういうところも見栄えはいいのよ。代わり映えはしないけれど」

 

「あら、フランスだって同じよ? 雪はともかく、牧歌的な風景はみーんな好きだもの。豪華なのも勿論ね!」

 

 フランスならごくごく普通の街路で、和気藹々と話す二人は、まるで旅行をする親友のようだ。が、顔を知られて現地住民とコミュニケーションも取れないジャンヌの代わりに、ちゃんと情報は探っている。

 住人の話はこうだ。

 この町は聖人に守られている。彼はたった一人で大量のワイバーンを追い払い、定期的に住民を別の町へ避難させているのだとか。

 竜退治の逸話を持つ聖人。マルタ以外で彼女達の中で思い当たる人物はただ一人。

 

「ゲオルギウス。聖人として申し分ない御仁です。彼ならば、私と共にジークフリートの呪いを解呪出来ますし、この先の戦いでもその逸話は必ず役に立つはず……!」

 

 街の外で待機しているジャンヌの声は、通信越しでも分かるくらい上擦っている。竜が猛威を振るう世界で、竜殺しが一気に二人も味方になるなら、こんなに心強いことはない。そんな彼女に、アナスタシアとマリーは街を散策しつつ答える。

 

「露天商の話だと、今日で避難を終わらせるようね。その前に彼と会えればいいのだけれど……」

 

「どうせなら住民の避難を手伝ってから、ゲオルギウスを見つけたらどうかしら? 聖人ならここの住民を放り投げられないもの、きっと」

 

「マリーの言う通りです。ここに留まっているのがその証拠。一応マスター達にも彼の聖人について報告したんですが……この街の結界のせいか、通信自体が繋がりにくくなってますね」

 

「肝心なときに役に立たない通信だわ、本当に」

 

 ふん、と鼻を鳴らすアナスタシア。結界だけでなく、向こうではとある怪音波のせいで通信そのものが届きにくいのだが、知りもしないだろう。

 

「……というか、何か食べてませんか? 具体的にはお菓子みたいなサクサク音が聞こえてくるんですが……」

 

「ジャンヌ、私達は王女と皇女よ? 茶菓子の一つや二つはつまんでないと、間者の真似事なんてやってられないじゃない」

 

「あっ、ずるい! 私だって食べたいのに……ああ、何だか木の根がチョコに見えてきました……」

 

 本気なんだか分からないジャンヌにクスクスと笑うマリー。アナスタシアは通信機を口元に持っていくと、咀嚼音を電波にのせていく。途端に、ジャンヌの呻き声が倍増して、アナスタシアは口元を押さえた。

 

「余りジャンヌをからかわないであげて、アナ。彼女がよく食べる子だって、あなたも知ってるでしょう?」

 

「そういうことは通信機から口を遠ざけてから言いなさい、マリー? ほら、じっとして。王妃がワッフルの生地を唇につけてるなんて笑いものだわ」

 

 手を口元に添えると、んー、とまるで子犬のようにマリーは身動ぎする。ともすればあざとく、反感を買いかねない姿は、同性のアナスタシアでも愛らしさを覚えるほどだ。

 昨日からの付き合いのはずなのに、アナスタシアはマリーとの会話に心地良さを覚えていた。同じ国を治める一族だったことも、お互いの気質が似通っていることも理由の一つだが。

 彼女の振る舞いや言葉が、かつての家族に似ていたのも、大きかったかもしれない。

 

「ありがとう、アナ。……あなた、意外に上品に食べるのね? さっきからその真っ白な肌が綺麗なまま」

 

「意外になんて言う口はそこかしら? 全く……」

 

 最後の一口を咀嚼し終えて、アナスタシアは襟を正した。

 

「……アナ?」

 

「その。改めて感謝するわ、マリー。私をマスターから、引き離してくれて」

 

 視線を落とす。ワイバーンの爪痕の残る町を見ながら、

 

「気を、使ってくれたんでしょう? 彼と私の関係が……その、上手くいっていないから」

 

「何だか話だけ聞くと、恋人同士みたいで素敵じゃない、アナ?」

 

「くだらないことばかり言うのは止めてくれる?」

 

 うーん、とマリーは人差し指を唇にあてる。

 

「わたし、そんなつもりは全くなかったのだけれど。単純にジャンヌや、あなたともっとお話したかっただけ。せっかく同じ立場の人間と出会えたんだもの! こんなときでも話さないと、いつ消えるか分からないですし」

 

「言うと思ったわ……まあ、私も同じ気持ちだけれど」

 

 マリー・アントワネット。

 フランスの花、フランスに愛され、フランスに捨てられた女。

 同じだ。

 アナスタシアはマリーほど国民に愛されていなかったし、愛されていまいがそんなに意識はしなかった。それでも、国に殺されたときの衝撃は計り知れない。

 

「あなたは誰よりも愛された。きっと私よりも。なのに裏切られた。だからこそ、そんな風に振る舞えるあなたが私は羨ましい。嫌味じゃなく、人を好きだと振る舞えることがとても、ね」

 

「そんなことないわ。わたし、これでも国民を恨んでいるのかも?」

 

 まさか、とアナスタシアは笑うが、マリーの目は笑っていなかった。むしろ、彼女の目には陰りがあった。

 闇というほどでもなく、かと言って光でもない、マリー・アントワネットという女の底で沈殿するもの。

 

「だってわたし、あの黒いジャンヌを見て思ったから。今のわたしは王女だったマリー・アントワネットなだけで、きっとあんな風に狂い、憎み、残虐を楽しむ自分もいるんだろうって。このわたしにそんな機能はないから、そうなるのかも、って予想だけで済んでいるけれど……違う方向性を植え付けたら、もしかしたら、ってね」

 

「……、」

 

 言われてみれば、当たり前の結論。

 サーヴァントは歴史の影法師。実際に生きたマリーの記憶を持っていても、本人ではない。そこにある要素で組み上がった象徴の欠片でしかない。

 

「……マリーもそんな風に考えてるのね」

 

「あなたより少しだけ、年を重ねてるだけよ。ふふ、アナはまだ子供だもの。男の子にちょっかいをかけたくなる年頃でしょ?」

 

「……なんだか友達というよりは、親戚の叔母みたいね、あなた」

 

「あら、それは光栄ね! じゃあそんな叔母ポジションの友達から一言」

 

 ねえ、とマリーは、

 

「……無理して、()()()()()をする必要はないのよ、アナスタシア。あなたも、黒いジャンヌやわたしと同じなんでしょう?」

 

 と。

 今更なことを、言った。

 

「…………」

 

 足を止める。投げられた言葉を呑みこんで、ふぅ、と息を吐く。

 本当に、今更だ。

 今も聞こえる銃声。

 骨をも溶かす時代のうねり。

 その全ては、人が起こしたもの。アナスタシアという少女に起こった悲劇。

 

「召喚された以上、これ以上のことは何も言わないし、わたしから行動することもないけれど。無理だけはしないで」

 

「……ありがとう、マリー」

 

 同じ立場の身。

 内心は同じだと言う彼女。

 でも。

 

(……きっと私は、あなたのようには笑えないわ、マリー)

 

 この胸に湧き上がる何かが、消えぬ限り。

 

「……マリー、アナスタシア皇女!」

 

 と。慌てたジャンヌの通信が聞こえた直後だった。

 近くを通った通行人の頭が、いきなり破裂した。

 

「、っ!?」

 

 瞬間、アナスタシアの目の前に、氷の防壁が構築される。

 そしてそこに吸い込まれるように無数の物体が殺到、貫通し、そのままマリーの頬を掠めた。

 

「マリー!」

 

 アナスタシアが氷壁の範囲を広げる。遅れて、事態に気づいた住民達が悲鳴を挙げた。

 今の防壁はアナスタシアが作ったのではない。彼女の側で浮いているヴィイが氷の壁を形成し、アナスタシアを守ったのだ。

 一種の自動防御。恐るべきは、それが発動しなかったらとっくにアナスタシアは撃ち抜かれていたということ。

 

「おや、随分反応がいいねえ。早撃ちなんて見たことないだろうに、撃たれた経験はちゃんと糧になってるのかな?」

 

 男の声に返す間もなく、アナスタシアは氷壁を更に重ね、マリーと共に距離を取る。

 透き通った氷の先にいたのは、小柄な少年だった。テンガロンハットに赤いスカーフと、容姿だけなら西部劇の真似事をする子供にも思える。しかし纏う硝煙の香りが、彼が本物の無法者だと語る。

 

「フランスの王女殿下とロシアの皇女殿下、どちらもお揃いとは。これなら仕事はスムーズに済みそうだ」

 

「……あの黒いジャンヌの手下かしら、あなた。その格好、アメリカの英霊? それとも西部劇の仮装?」

 

「まあ、どっちでもある、かな。僕達は英雄の影だ、そんな奴が英雄を名乗ってる時点で、仮装もいいとこだろ?」

 

 ね?、とまるで同意を求めるように肩をすくめ。

 炸裂音が複数、響く。

 

「、!」

 

 稲妻の如く放たれた六つの弾丸は、アナスタシアの氷を瞬く間にハート状に貫通。あっという間にくり抜かれ、その向こうにあるアナスタシアまで射線を通される。

 目も止まらぬ早業。並の英霊では、動く前に霊核を撃ち抜かれて終わりだろう。

 

「駄目じゃないか、僕から目を離すなんて。コヨーテに生肉を持って近づくようなもんだよ?」

 

 くく、と笑う少年の腰には、ホルスターから引き抜かれた黒銃が握られている。

 禍々しい赤い紋様の入ったそれは、リボルバーでもなければ、ハンドガンの規格ではない。しかし彼はそれをくるくると回し、華麗にホルスターに納める。

 

「申し遅れました。僕はビリー・ザ・キッド、またの名をバーサク・ガンナー。あなた方の脳髄をぶちまけるために来ました、以後お見知りおきを」

 

 お辞儀をする少年、ビリー・ザ・キッド。しかしアナスタシアとマリーは簡単には動けない。今のお辞儀の間ですら、彼ならばワンアクションで愛銃を引き抜ける。

 ビリー・ザ・キッド。アメリカ西部開拓時代でも有数のアウトローであり、その存在は最早御伽噺の領域にまで達した伝説的な英雄。

 別名、悪漢王。

 

「……大した当てつけね。余程私の言葉が刺さったのかしら、彼女」

 

「ま、銃で撃ち殺された女を撃ち殺すために呼び出したんだとしたら、相当だろ?」

 

 ビリーはにっこりと笑い、また銃をホルスターから抜く。しかし今回は悠々と銃を構え、アナスタシアに発射口を向ける。

 

「……へえ。英霊ってのは難儀なもんだねえ。こんな撃つ気のない構えでも、肩を震わせるのかい、皇女サマ? 生前撃ち殺されたトラウマは相当みたいだね」

 

「……、」

 

 アナスタシアの珠のような肌から、冷や汗が噴き出す。

 英霊とは終わった後の存在。つまりどうあっても、死因は変えられない。

 

「まともな英霊なら死因を最大限警戒しつつも、その対策をきっちり行える。だがアナスタシア皇女、君は違う。君は騎士でも、兵士ですらない。ただ革命に巻き込まれた悲劇の皇女だ」

 

 ビリーの目は、最早憐れみすらあった。

 なんで、こんなところに出てきた?、と。

 それが無性に腹が立つ。

 

「……お生憎だけれど、今の私はサーヴァント。悪漢程度に遅れをとるわけにはいかないわ」

 

「なら、少しは反応してみたらどうかな?」

 

 そのまま、三度目の銃声が鳴り響いた。

 アナスタシアは防御しなかった。

 何故なら、

 

「さっきからわたしのこと、置いてけぼりなんて酷くないかしら?」

 

 マリーがガラスの馬で、アナスタシアの前に割り込んだからだ。

 硝子の馬は氷を撃ち抜く銃弾すら物ともしない。マリーは乱暴にアナスタシアを引き上げ、勢いそのまま愛馬を走らせる。

 

「ごめん遊ばせ、痛くはない?」

 

「お気遣いどうもありがとう、マリー。……正直、助かったわ」

 

 アナスタシアがマリーの背中に縋る。見れば、袖に隠れている手が震えていた。

 死してなお。いや死んだからこそ、その傷は深いのだろう。

 

「……今はどうか耐えて、アナ。わたし達がやるべきことは一つ」

 

「ええ、分かってるわ。大丈夫……!」

 

 力強い言葉と共に、またも発射音。しかし今度はアナスタシアが何層も重ねた氷を背後に展開し、銃弾を受け止めた。

 強い子だ、とマリーは微笑んで、状況を確認する。

 

「今は人混みから離れましょう。あなたの氷も、わたしの宝具も、こうも市民が集まっている場では真価を発揮しづらい。でしょう?」

 

 アナスタシアは頷く。

 が、相手が狂ったサーヴァントであることを、彼女達は忘れていた。

 

「逃げるんだ? ま、いいや。代わりはいくらでもいるし」

 

 ビリーは笑いながら、引き金を引いた。

 炸裂音に反応してヴィイが自動防御を発動させるが、狙いは違う。

 すぐ側で腰を抜かしていた女性の頭に向かって、だ。

 

「、!?」 

 

 氷で隔てられた先で、ビリーは銃を乱射する。女の頭は三発で輪郭が消し飛び、残り三発で宙に舞った顔の部位を撃ち抜く。

 ビリー・ザ・キッド……否、バーサク・ガンナーは、ニタ、と昏い笑みで愛銃を弄ぶ。

 

「悪いね。僕は別に、君らの事情なんかどーだっていいんだ。それこそ全力を出せなくたって、君らの頭を吹っ飛ばす快感が変わることはないだろ?」

 

「……女性と話しながら、死体に銃を撃ち続けるの、品性以前に可笑しいとは思わない?」

 

「ああ、これ? いやぁ、召喚されてからやめらんなくってね。なんか、たまんないんだよ。肉に弾をブチ込むのが、とてもさ」

 

 だから、と。

 血走ったコヨーテのような目で、その半英雄は吠える。

 

「君にもぶち込みたいんだ、早く。その丸っこい、月みたいな頬を。僕の銃で撃ち抜けたらさ……最高に気持ちいいはずさァ!」

 

 銃声は六つ。雷鳴のような音と共に、マズルフラッシュが閃光の如く迸り、アナスタシアの展開した氷にヒビが入った。

 真名解放せずにこの威力、速度、精度。狂化されてなお、その銃捌きの右に出る者はいない。

 剥き出しの悪意。かつて自身を破滅させたそれに、アナスタシアはマリーの背中でぶるりと震えて。

 その声は花のように、アナスタシアの耳に届いた。

 

「しゃんとしなさい、アナ」

 

 マリーが抱き寄せる。愛馬を急停止させ、彼女はにっこりと笑った。

 

「わたし達が召喚されたのは何のため? 騎士よりも先んじてこの国を守ろうとしたのは、一体誰だったかしら?」

 

「……、私達よ」

 

「なら、戦わないと。わたし達はそのために、ここにいるんでしょう?」

 

……見透かされてばかりだ、彼女には。

 

「っ、と!?」

 

 アナスタシアが腕を払い、瞬く間に形成された氷がバーサク・ガンナーに降りかかる。勿論そんな見え透いた攻撃なら当たるわけがないが。

 それは抵抗の意志だ。

 マリーはガラスの愛馬を走らせることで、その意志に応える。

 

「ここであの悪党を倒します。刺し違えてでも倒さないと、アレを野放しにするなんて、私が我慢ならない」

 

「ええ!」

 

 アナスタシアは下劣な銃使いの姿に手をかざす。

 

「殺す」

 

「やってみなよ。引き金に手はかけたかい?」

 

 

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