もしも第一部にアナスタシアを最初に召喚したら略して『ぐだアナ』   作:388859

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忘れ得ぬ瞳

「で? 結局助け出されちゃったの、アレ?」

 

 ジャンヌオルタは心底落胆した様子で、その報告を聞いていた。

 側で控えているのはジャンヌオルタと同時期に召喚されたサーヴァント、ジル・ド・レェ。かつて救国の英雄とも言われた騎士の面影は当にない。痩せこけた体を隠すように、ローブを纏った彼は、

 

「ええ。使い魔達の一匹によれば、カルデアが無事回収したようで。惜しかったですな、あと少し遅ければ堕ちていたところを」

 

 アナスタシアを焚き付け、その熟成された憎悪を引き出す。ただの意趣返しのつもりだったが、ジャンヌオルタが思っていた以上のモノを見れた。

 仮にあれが聖杯などで補強されていたら、ファヴニールに勝るとも劣らない、大災厄となってフランスの人々を氷像にしていただろう。

 だが、

 

「せっかくの復讐心も、あんな簡単に乱されたら意味がない。拍子抜けもいいとこね」

 

「仕方ありますまい。かの皇女はただのキャスター。魔術師のクラスから逸脱するには、些か難しいでしょう。何せただの小娘に過ぎない。あなたとは何もかも違いすぎる」

 

 魚にも似た目をぎょろりと動かし、男、ジル・ド・レェは、

 

「それで、どうしますかな? このままあのワイバーン共にフランスを蹂躙させるつもりで? はたまたあなた自身が根絶やしに?」

 

「……何が言いたいのかしら?」

 

「いえ、あの姿の皇女がこちらに牙を向けば、いかにファヴニールと言えど手を焼くことでしょう。そうなれば、些か旗色が悪いかと」

 

「ねぇジル。もしかして、私達が負けるとでも? それ以上くだらないこと言えば、その節穴の目を串刺しにしようかしら」

 

 サーヴァントの数だけでもこちらと同等かそれ以下だ。多対一ならともかく、一対一ならジャンヌですら今のジャンヌオルタは上回るだろう。

 

「仮にファヴニールと同等の力を持とうとも、それこそファヴニールとぶつければそれで終わり。邪魔はされない」

 

「あなたのおっしゃる通り。しかし万全を期すのであれば、何か手を打つ必要はあるでしょう。仮にあの力を自在に扱えるとなると、厄介なことには変わりない。戦とは戦う前から始めるモノ。ここで手を抜いてはいけないのです、ジャンヌ」

 

「……一理あるわね。丁度退屈してたとこだし」

 

 戦においてジル・ド・レェは元帥と呼ばれるほどの戦術家だ。その彼が気をつけろと言うのなら、確かに聞き入れるべきか。

 それに、とジャンヌオルタは獰猛に笑った。

 

「魔女なら魔女らしく、出迎えは盛大にしないと。でしょう?」

 

 

 

 

 アナスタシアを助け出したその夜。

 藤丸達は、前日に体を休めていたジュラの森に戻ってきていた。何故ここなのかと言えば、傷ついたアナスタシアの霊基の治療と、ジークフリートの呪いを解除するにはここが最適なのだとロマニは言う。

 

「霊脈もあるし、何より森の中なら多少は隠れられる。サーヴァント相手には障害にもなりはしないけど、野原や町中よりはずっとマシさ」

 

「まあ確かに、ワイバーンは森の中まで来ないしね。それで。アナスタシアの様子は?」

 

 藤丸が切り株に座って問いかけると、ロマニが答える。

 

「奇跡的にだけど、霊基は元に戻っているよ。あれだけの質量に変化しておきながら、まだキャスタークラスの範疇になっている。正直驚きを禁じ得ない。彼女がまだ皇女でいられるなんてね……が」

 

 声が明らかに落ちる。

 

「オルレアンで出来る治療は、全て応急処置に過ぎない。一度カルデアに戻ってちゃんとした治療を受けないと、宝具も一度の戦闘でニ回が限度だろう。しかも連続使用は彼女の霊基を極端に苦しめる。退去こそしなくても、離脱は免れないだろうね。それに……心の方は何とも言えない」

 

 心、か。

 沈痛な面持ちで、藤丸は腕を組んだ。

 

「……アナスタシアは目の前でマリーを失ってる。元にこそ戻ってるけど、起きたときにどうなるかは、誰にも分からない」

 

 彼女の変異は力づくで止めたに過ぎない。

 仮に目を覚まし、それでも復讐を行おうとするならば……また霊基の変質を始めるだろう。

 今は側でジャンヌが看護兼監視をしている。ジャンヌならば仮にアナスタシアが暴れても初期なら抑え込める、それがカルデアの出した結論だった。

 

「さながらブリザードを生み出す乱層雲だよ、彼女は。ただでさえ君とマシュのことで手一杯なのに、サーヴァントのことまで心配するハメになるとは……」

 

「まあサーヴァントって言っても元は人だからね。こうしてるとドクターって、司令官というよりは気弱なお父さんみたい」

 

「さらっと人をおじさん扱いしなかった? いいかい藤丸くん。人には時におためごかしが必要なんだよ。例えば明らかにカビ臭い目上の人間であってもお兄さんと呼んだりだね……」

 

 はいはいと藤丸は手を振って誤魔化すと、通信を切った。

 あんな風に本題をほっぽって噛み付いてくるということは、大体話は終わったということ。流石に付き合いの短い藤丸でも、ロマニのことをそれくらいは理解していた。

 

「で、白雪姫の具合はどうだって?」

 

 補給品であるシートを広げ、寝っ転がったままアマデウスが聞いてくる。マシュ達他のサーヴァントが見回りや各々の仕事をしてる間、彼は藤丸の警護を買って出たのだ。もっと言えば、敵襲さえ無ければ一番楽な仕事である。

 

「霊基そのものに問題はないって。ただ戦闘はそんなにこなせないかも。アナスタシアの宝具は低燃費高火力が売りなんだけど、それが連発出来ないみたい」

 

「あらら、それは残念。だとするとあれかな? もしかして同じキャスターである僕が色々サポートしなきゃか? うーん、それは何というか……怖いな! こう言っちゃなんだけど、一人だとワイバーンにすら負ける僕が前線に? 考えたくもないなァ……」

 

 ハッキリ感想をぶちまけるアマデウス。

 藤丸はそんな彼にも慣れたもので、通信機器を片付けながら、

 

「そんなこと言わないでよ。だって他のキャスターはアマデウスだけなんだし。それに、サポートなら矢面に立つこともないんじゃないかな。場合によるけども」

 

「その場合によることばっかだろ、君らは。全くどこのどいつが僕を英雄だなんて思ったんだか……銃どころかナイフだって握れないこの僕を」

 

 うだうだ言いつつも、彼は藤丸達から離れる素振りは見せないのだから、どう思ってるかは明白なのだが、それはさておき。

 テキパキとシートやタオルを準備する藤丸に、アマデウスが目を瞬かせる。

 

「……いや、何しようとしてんのさ」

 

「? 日課の筋トレだけど。やることもないし」

 

「いやいや、君さ。走って戦って吹雪の中を駆け回ったろ。疲れとかないのか? デミサーヴァント?」

 

「もしそうならマシュがマスターになってるよ。単純に俺は、ドクターに毎日やれって言われたメニューやってるだけ」

 

「はぁ。……あんだけ動いてそんな気力、君の歳の頃にはもうなかったけどね、僕には」

 

 藤丸は切り株に端末を置くと、ワイヤレスイヤホンを付ける。いつものプレイリストを押すと、聞き馴染んだフレーズが流れ出し、トレーニングを開始する。

 昨夜も聴いたはずなのに、随分聴いてない気がして、心が落ち着いてくる。

 しかしその落ち着きも続きはしない。波のように揺れる感情は、収まることはない。

 それでも黙々とメニューをこなし、じっとりと滲んだ汗を拭き取ったところで、アマデウスは告げた。

 

「で、いつ行くのさ、彼女のトコ。筋トレして時間稼ぐのはいいけど、待たせる男が好かれることはないぜ?」

 

……この野郎、と内心毒づく藤丸。

 彼女、とは無論アナスタシアのことだ。

 

「いや、アナスタシアは今まだ気を失ったままだから会ったところで」

 

「おんやぁ? 僕は別に彼女と言っただけで、マシュの話かもしれないのに、アナスタシアだと思ったのかい? こりゃ失敬、僕ともあろうものが勘違いするとは。うーんしまった、気まずいなぁ。気まずいったらないなぁ」

 

「仲良くしろって言ってくれたのはアマデウスだろ! そりゃ意識するわ!」

 

 噛み付いたが、だからどうしたというところが本音だ。

 

「……何から話したら良いと思う、今更?」

 

「さあ? 君の好きな音楽の話でもしなよ。僕はそれでモテたぜ?」

 

「全く参考にならない……」

 

 何せアマデウスは、それこそチャラいバンドマンのクズさを凝縮させたような人物だ。ただの聞き専である藤丸に、そんな詐欺師みたいな真似が出来るはずもない。

 

「おいおい僕の真似をするのはそりゃ無理だよ。音楽家でもないしね? ただ君の好きなもの、嫌いなもの、所謂自分のことを話すのは、コミュニケーションにおいて大事だろ? 何せ初対面の人間に、君のことは一から十まで知ってるんだー、なんて言われても気持ち悪くて仕方ない」

 

「む」

 

 確かに。藤丸はアナスタシアのことを知りはしたが、本当のところ何も知らない。

 なのに知った気でいたのは、事実だ。

 

「大事なのは理解だ。君が何も出来ないただの人間であっても、彼女が君に助けられたのもまた事実。それを有耶無耶にするほど、彼女も鬼じゃないさ。一回お茶するくらいのチャンスはある……かも? ま、恋って(・・・)そういうものさ」

 

「かも、ってさぁ」

 

 というか。 

 

「恋じゃないよ。俺と彼女はマスターとサーヴァントなだけで……」

 

「えぇ? だって君、嫌われてる女の子にアプローチかけるなんて、好きじゃなきゃやんないだろ?」

 

「はぁ?」

 

 そんなわけない。

 挨拶は無視されるし、というか世間話もしたことないし、氷の滑り台で藁の山に叩き込まれるし、明らかに不利な状況で敵を煽るし……ほんと散々である。

 まあ……初めて召喚したときに見惚れたのは、確かだが。

 

「ともかく、そういうんじゃないけど、参考になったよ」

 

「ふうん、そう。てことだから、出てきてもいいぜ、ジャンヌ」

 

「は?」

 

 藤丸が首を傾げていると、木の陰からこそこそと現れるジャンヌ。彼女はバツが悪そうに、しかしどことなく興奮しているようで。

 

「ぬ、盗み聞きするつもりはなかったのですが、真剣に話しているお二人を、邪魔するのも悪いかなと思いまして……事情は分かりました、藤丸さん。私はそういった類いの経験はありませんが、応援してます!」

 

「いや、違うから。そこまでしっかり聞いてたなら俺の言葉もちょっとは思い出そう? ね? というか、ジャンヌが来たってことは……」

 

「はい。アナスタシアが目を覚ましました」

 

 アマデウスが藤丸の肩を、数回叩いた。

 

「先達としてアドバイスしておくと。彼女は馴れ馴れしいタイプは嫌いだから、あっちから押させるのが良さそうだ」

 

「だからそういうんじゃないってば!」

 

 ニヤニヤなアマデウスから退散するように、藤丸は簡易テントの中へ逃げ込んだ。

 

 

 

 

 誰かが叫んでいる。

 何かに鷲掴みにされたのか、奇妙な軌道で浮かんでいくのは人間だ。その先にある太陽のような火に吸い寄せられる彼女は、みっともなく手を伸ばしている。

 届くわけがない。空中に浮かんで足をバタつかせる彼女に、疲労困憊で走ることすら覚束ないこの身ではどうしたって届かない。

 なのに、生きていたい、とそれは叫んでいた。

 この世を呪うような絶叫が木霊していた。

 そんな顔は知り合いにはしてほしくない。その一心で、自分は走るけれど、途中で足が止まった。

 無理だと思った。

 だから彼女は、そんな自分を見て、裏切られたという顔になって。

 目の前で、何かに呑み込まれた。

 

 

 

 

 ホーホー、と響く梟の鳴き声が、今のアナスタシアの頭には酷く響いた。まるで綿棒で脳をなぞられているような感覚。まあそれだけの無茶をしたのだから当然か。

 感情任せにやったクラスの改造。

 簡易ベッドの上で目を覚ましたアナスタシアが、まず思ったのは……落胆だった。

 生前と同じ絶望を味わっても、何も変わらなかった自分に対して。

 

「……あなたは、私の願いを叶えてくれようとしたんでしょう、ヴィイ」

 

 アナスタシアは胸に抱えたヴィイに語りかける。

 シュヴィブジック。

 幼き頃の悪戯が生んだ、願いのカタチ。それはアナスタシアがただの皇女である証拠だ。彼女がもし復讐を望めば、こんな能力もなく、そしてクラスだって変わっていただろう。

 だがそれは自分ではない。復讐者ではなく、単なる皇女として召喚されては、そんな側面は記録しかない。

 

「……ごめんなさい、マリー。私はきっと、あなたの敵を討てない」

 

 マリーは。

 多分、こんな自分を許すだろう。

 花のような優しい言葉で。

 でもアナスタシアは、ずっと己が許せない。

 生前からそうだった。

 力がなかったとしても。本当に復讐がしたいなら、死んででもやり遂げようとしたはず。あれだけの悲劇を前に、泣き喚いて死に抗わなかったのは、他ならぬアナスタシア本人だ。

 アナスタシアは無様に死に、そして今も生きている。何も為さぬまま、何も、残さぬまま。

 何を訳知り顔で語るか。

 自分は復讐者ですらない。暴漢に銃で撃ち殺された少女の影。

 ヴィイがいなければ幻霊にしかなれない英雄崩れ。それがアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァの正体。

 私は、最初から、その器ではなかった。

 だからマリー・アントワネットという友を、失った。

 

「……」

 

 看病……いや、監視をしていたジャンヌも、少しの会話の後何処かへ行ってしまった。

 誰もいない。誰も、側には。

 その時だった。

 ざり、と砂利を踏む音が耳朶を叩いたのは。

 

「……、……」

 

 その訪問者に、アナスタシアは驚かなかった。

 藤丸立香。

 人類最後のマスターにして、恐らくアナスタシアを一番嫌っているだろう少年。

 そして、恐らくさっきの夢の。

 

「……あー」

 

 頬を掻く彼の顔は、緊張に満ちている。

 それもそうだ。何せあれだけ喧嘩腰だったサーヴァントが、同じサーヴァントの死が原因でこんなにも被害を出した。

 契約解除も仕方ない。アナスタシアだってもう真っ平だった。場違いの場所に来てしまったと、それを痛感していて。

 だから。

 

「やあ。えーっと……調子、どう?」

 

 その言葉に、自分は目を丸くするしかなかった。

 

「……?」

 

「あ、調子がいいわけないよね。ごめんごめん。全くアマデウスが変なこと言うから、普通のこと言ってるのに調子狂って仕方ない……」

 

 あれだけ邪険にしてきたにも関わらず、彼はぶつぶつと言いながらも、自分への愚痴は一つもなかった。

 嫌悪よりも先に、理解が追いつかない。

 だって、私は。

 

「ドクターから状態は聞いてる。早く治療したいとこだけど、今は特異点が優先だから。全部終わったらカルデアでゆっくり休めると思う」

 

「……どうして」

 

「え?」

 

「どうして、まだ私を信用するのですか?」

 

 彼の顔は見ない。俯きながら、それでも溢れてくる言葉を、アナスタシアは吐き出す。

 

「私は、あれだけ偉そうなことを言っておきながら、あなたを無下に扱いながら、結局仲間を守れなかった。そしてそれに、耐えきれなかった。ゲオルギウスも見つけられず、あげくの果てにフランスの地を凍土に変えた。どれも度し難く、愚かで、危険でしかない私を」

 

 顔をヴィイで隠す。

 きっと今は、酷く情けない顔をしているから。

 

「あなたはどうして。私を、座へと追い返したりしないのですか?」

 

 彼は言葉に詰まったようだった。

 きっと自分の言葉が芯を突いているからだろう。

 少しだけ間を置いて、地面に座り込んで。そして、藤丸は口を開いた。

 

「……正直なところ。今のカルデアじゃ、他のサーヴァントを召喚するリソースはない。それに君の魔術は凄いし、多分ジャンヌオルタにだって届く。だからあそこで見捨てるにはもったいなかった……ていうのが、一つ目の理由」

 

「……それ以外に価値がありますか、今の私に」

 

「だから二つ目の理由。君、泣いてたじゃないか。あんな風になって、まともに声も出せなかっただろうに、泣いてた」

 

 ああ、そうだ。

 だから自分は変われなかった。泣きじゃくって、それで。 

 

「泣きながら死なれるのは、ちょっと困る。……もう二度と、そんなのは見たくないから」

 

 だから、助けられた。

……ああそうか。

 

「……もしかして、その死んだ人は、カルデアの所長のこと?」

 

「あ、うん……知ってたんだ」

 

「マシュが教えてくれたわ。そういう人がいたって」

 

「うん。死ぬ最後まで、こっちに手を伸ばしてた。誰にも、届かなかったけれど」

 

 その掌には何もないのに、彼は握り締める。

 

「今度は届いた。みんなのおかげで、君を失わずに済んだ。良かったよ」

 

「……でも」

 

 心は、晴れない。

 

「マリーは、無意味に死んだ」 

 

 

 

 

 話してみれば、落ち着いていると思っていた。

 だからその言葉は、震えるほど冷たい現実だった。

 

「何も見つけられず、何も生まないまま。竜に踏み潰されて、死んだ」

 

「……でも、ゲオルギウスが君達のおかげで俺達の仲間になったんだ。無意味なんかじゃ」

 

「無意味よ。意味なんて、あってたまるものですか」

 

 強く、アナスタシアは否定する。

 

「マリーが最期に言ってたわ。意味なく死んでも、意味ならある。例えその時にはなくても、いつかは意味があるものに変わるって」

 

「……」  

 

「でも、あんな風に銃で撃たれて、踏み躙られて。その上に成り立ったものがどれだけ尊くても。あんな死に意味なんて、与えたくはない」

 

……藤丸には。

 それを、否定しようがない。

 間に合わなかった自分に、何が言えよう。

 

「だって死に意味を求めたって、綺麗事にしかならない。彼女がもたらしてくれたものなんて、悲しみしか、ない」

 

 後に残るもの、生まれるもの。

 しかしそれで奪われた今が正しいと肯定されるのが、彼女は我慢ならないのだ。

 だって、それを認めてしまったら。

 

「──マリーが死んで正しかったと、認めるようなものだから」

 

 アナスタシアは認められない。

 あの悲劇を、肯定などさせない。

……例え、その後に続くものがどれだけ幸福に満ちていても。

 マリー・アントワネットの悲痛を、綺麗事になどさせない。

 その理屈は、痛いほど藤丸には分かる。

 カルデアがそもそもそうなのだ。人理を取り戻すだなんて言ってはいるが、敗残兵が戦っているだけ。一度負けたことを認められず、見苦しく取り戻そうと躍起になってるだけ。

 負ければ、意味などない。

 死ねば、何も残らない。残せない。

 

「……確かに。死ねば、それで意味なんて無いんだと思う。君が言うんだから、俺にそれをどうこう言う資格はない」

 

 死にたくないと涙を浮かべながら叫んで、そのままいなくなってしまった人を、知っている。

 大切な人と呼べるほどの相手では、なかったけれど。

 それでもあの顔は、しばらく忘れられそうにない。

 

「マリーは君を逃した。そのために犠牲になった。こんな悲しいことを、俺だって、綺麗事にしたくない」

 

 でも。

 だからこそ。

 

「俺達は、彼女が死んだことを、綺麗事に変えなくちゃいけないんだよ、アナスタシア」

 

「、……だからそれは……!!」 

 

 アナスタシアの体から冷気が滲み出る。

 それでも藤丸は怯まない。

 

「もしも俺達が負けたら。それこそマリーの死に意味なんてない。逃した仲間が何も出来ずに死ぬのなら、悲惨な結末のままだ。俺達が勝たなきゃ、マリーの死は、本当に意味がなくなってしまう」

 

 藤丸の脳裏に過ぎるのは、焼却された何億人もの人々。

 そして未来を取り戻しても、もう戻らない人達。

 

「綺麗事だろうがなんだろうが、マリー・アントワネットは誇りを穢されても俺達を逃がしてくれたんだって。そのおかげで多くの人が救われたんだって、そういう意味のある死に変えなくちゃいけないんだ」

 

 悲劇に意味は無くても。

 

「あの死を。永遠に意味がないままにしちゃ、いけないんだよ」

 

 藤丸は訴える。

 悲しみに暮れる彼女が、それ以外のものを見つけられるように。

 

「……だから、俺達は旅をしてるんだ。いつか胸を張って、意味はあったんだって、誰かに言える日が来るまでずっと」

 

 決して、前向きな言葉ではなかった。

 むしろ振り向いて、失ったものばかり数えて、足を引き摺りながら進むような言葉。

 失ったからこそ得た、藤丸の考えだった。

 

「……マスター」

 

 アナスタシアは、何かを言おうとして、口をつぐんだ。

 出かかった言葉が何なのかは分からない。ただ、彼女からは怒りが消え失せていた。

 届いた、とすら思った。

 でも。

 

「……いいえ、マスター。あなたは何も、分かってはいない」

 

 アナスタシアは、否定する。

 声色は震えていた。込められているのは憎悪ではない。恐らくもっと救いようがない、傷跡を見て言うような言葉。

 

「……あなたは、そうやって進み続けてきた。だけど私は、そうやって踏み躙られた側なのよ」

 

「……踏み躙られた側?」

 

「私や、私の家族を殺した男達は、そういう目をしていた」

 

 そんなわけがない。

 思わず藤丸は彼女の顔を見て、ぎょっとした。 

 何かに怯えるかのような顔。いつもクール

 

「お、俺は誰かを殺したことなんて……」

 

「結果の話じゃないわ。行いは違えど、彼らも同じ。ロシアという国を変えるために、少なくない血が流れた。故に誰も止まれなかった。ここまで払った犠牲を、絶対に、無駄にしないと」

 

 あの死を、意味のあるものにしなくちゃいけない。

 藤丸はそう言った。

 同じだ。

 恐らく彼女を殺した人間達も。

 

「志は立派よ。きっと世界を救うには、そうやって進むのが一番早い。でもね、マスター。その志は犠牲を伴えば伴うほど、あなたの歩く速度を速める。視野を狭め、最短距離を求める。これ以上過去の悲劇を生まないために強引な手も辞さなくなる」

 

 ロシア革命は、歴史的な転換期としては流れた血が少ない。

 だが、少ないだけだ。

 その血を愛した者達にとって、そんなことは慰めにもならない。

 だからなのか。

 彼女達があそこまで残虐に死んだのは。

 

「あなたはどう? 世界は滅び、目の前で誰かを失ったこともあった。この先もそうならないとは限らない。あなたはその時、今と何も変わらないと言える? 英霊のような傑物でもなく、魔術師のような異常者でもないあなたに、それが耐えられる? 彼らと同じようにならないと、そう言える?」

 

「……、」

 

 その行いがどれだけ残虐でも。

 彼らは意味があると信じて、アナスタシアの家族は殺した。

 きっと、止まれなかったのだ。

 四肢を切り落とし、その頭蓋を撃ち抜き。そうしても止められない衝動。

 失い続けた人間が、果たしてその熱を止められるだろうか。

 アナスタシアは語る。

 

「……あなたの瞳。召喚されてすぐに分かった。彼らと同じ、奪われたからこそ止まりはしないと決めた目だった。平凡だからこそ、歩みを止めることだけはしない、そういう瞳だった」

 

 善悪ではない。瞳の質が、アナスタシアを殺した彼らと藤丸は一緒だったのだろう。

 それで藤丸はようやく、アナスタシアから避けられる理由を理解した。

 彼女は藤丸を嫌ったのではなく。

 

「……君は、俺が怖かったのか。いつか君を、殺した奴のようになってしまうかもしれない人間を」

 

 アナスタシアは。

 否定しなかった。

 代わりに目を合わせることもしない。思えば一度も、彼女と目すら合ったことがない。

 召喚したときだけ。

 あの時に彼女は悟ったのだ。

 簡単な話。

 最初から絆など、結べるはずがない。

 藤丸立香こそ、アナスタシアの恐れたもの。

 かつて自分を死に追いやった、犠牲を無駄にしないと叫んだ人間そのものなのだから。

 

「……そっか」

 

 藤丸は、それ以上何も言えなかった。脇に抱えたスケッチブックを見えないように背中へ回す。自分語りなんてしても意味がないだろう。

 これはもう、無理だ。

 平凡であればあるほど、彼女は恐怖する。

 そういう人間達に殺されたのだから。

 

「ありがとう、話してくれて。流石にちょっと、予想外だったけど……納得したよ」

 

「心配しないで。戦いには、参加するから」

 

「うん……」

 

 立ち上がって、藤丸は深呼吸する。

 脳に浮かぶ言葉はシャボン玉のように軽く、割れていく。どれも口に出すには、些か淡すぎた。

 だからかけられる言葉は、これだけ。

 

「じゃあ、また明日」

 

 返答はない。期待ももう、しなくていい。

 藤丸は重い足を動かし、自分のテントへ戻っていく。

……振り返りはしない。

 心が痛むのも、気のせいだ。だって最初から、絆なんて何もなかったはずだから。

 藤丸立香は、それ以上何も、考えないようにした。

 雪のような髪に、空のような瞳の彼女の姿を。

 もう二度と、思い出さないように。

 

 

 

 

 去っていく背中は、余りに小さかった。加えてアナスタシアは何も言わない。言う必要すら感じなかった。だから彼はもう、アナスタシアと仲を深めようなどと思わないだろう。

 これでいい、と息を吐く。

 彼の顔を見ると、アナスタシアには色んな感情が込み上げる。助けてもらったから尚更だ。

 

「……本当に、あれで良かったんですか、アナスタシア」

 

 木陰から出てきたジャンヌも、流石にこうなるとは思ってなかったのだろう。理解はしているが、納得出来ないという顔だ。

 

「あら。盗み聞きなんて趣味が悪いわね、聖女さんが。それともあなたもあの、指揮棒を振ってる男と同じなのかしら」

 

「アマデウスと一緒にしないでください。あなたとマスターは良好な関係を築けているとは言い難かったわけですし、監視もします。ですが……まさか彼を避ける理由が」

 

「怖いから、だなんて。ふふ、つくづく英霊の風上にも置けないわね」

 

 数少ないリソースをはたいて召喚したサーヴァントがこうだなんて、誰にも言えるわけがない。

 ジャンヌからすれば、こんな自嘲ですら酷く滑稽だったろう。少し意地悪だったなとアナスタシアは思って、

 

「……マリーは、どうして、私のことが分かったのかしら」

 

「え?……あ」

 

 ジャンヌもそれにピンと来て、揃って思い出す。

 

――彼は、()()()()()()()()しないわ。だから、怖がることなんてないのよ。

 

 マリーの最期の言葉。

 どうして彼女がアナスタシアの心が分かったのか。

 問うことはもう出来ない。

 だから答えたのは、ジャンヌだった。

 

「……マリーも、同じだったんじゃないでしょうか」

 

「……同じ?」

 

「ええ。あなたと同じだったんだと思います」

 

 ジャンヌは膝を追って、アナスタシアに目線を合わせる。

 

「マリーも革命によってその身を追われた一人。状況は違いますが、それでも世界の全てを敵に回したような恐怖はあったはずです」

 

 アナスタシアは思い出す。

 二人でお菓子を食べていたとき、彼女は確かに言っていた。

 国民を恨んでいるのかもしれない、と。

 王妃の彼女にその側面はない。ではあの彼女には、憎悪ではなく何を思ったか。

 

「マリーがあなたを同じ立場だと言っていたのは、恐らく彼女も、愛していた国民が、国が、怖かったからなんじゃないでしょうか。裏切られ、処刑されて。心の一片も曇りなく愛で満たせる人間なんて、きっといない。恐怖し、それでも愛していたんだと思います、人間を」

 

「……だから、分かったのね」

 

「はい。なんたって、あのマリー・アントワネットですから!」

 

 同じ想いだからこそ、彼女は言ったのだ。

 無理して人間の味方をする必要はない、と。

 呆れた人だ、とアナスタシアは思う。本当は彼女のような人間こそ絶望するはずなのに、結局最後まで愛を口にしていたのだから。

 

「……そうね。やっぱりマリーは、凄いわ」

 

 目を閉じて、アナスタシアは頷いた。

 最後の疑問も氷解した。もう何も、思い残すことはない。

 

「あ、あの。本当に、あれで良かったんですか?」

 

「何が?」

 

「何がって……藤丸さんのことですよ」

 

 ジャンヌは、

 

「これからも共に戦うつもりなら、わざわざ遠ざけるようなことを言う必要はなかった。それを恥じることもなく言ったのは、少しは自分のことを理解してもらおうと思ったのでしょう? なのにあれでは……」 

 

「ええ、そうね。感謝は、してるわ。こんな私を助けようとしてくれた時点で、結構見直してるのよ?」

 

 何も出来ない代替のマスター。しかし蓋を開ければ、膝をつくことはあっても前を向き続けるその精神性は、評価出来る。何よりわがまま放題だったサーヴァントを助けるために令呪を切ったのは、サーヴァント冥利に尽きる。

 それに。

 

──やあ。えーっと……調子、どう?

 

 あの底抜けに間抜けな、言葉。

 それでも歩み寄ろうとする態度に、絆されなかったとは、言わない。

 

「だったら!」

 

「でもね。ダメなモノはダメなのよ、ジャンヌ」

 

 顔を両手で覆う。隙間から見える夜の森に、アナスタシアの最期の記憶がリフレインする。

 

「どうしても、消えてくれないの。血走った目で、銃を突きつけられる光景が。世界が血と痛みに沈んでいく記憶が。どうしても、あの人の目を見ると思い出してしまうの」

 

「……、」

 

 英霊の死因は、誰にも変えようがない。

 彼女がその傷を乗り越えない限り、永遠に続いていく。

 それに、決めたのだ。

 

「私ね、ジャンヌ。特異点攻略が終わったら、カルデアから退去しようと思ってるの」

 

「……え?」

 

 ジャンヌも流石に予想外だったか、ぽかんとしてしまう。

 アナスタシアは微笑を浮かべるしかなかった。

 

「だって、そうでしょう? マスターを怖がるサーヴァントなんて論外だもの。特異点さえ攻略すれば、多少のリソースは得られる。私よりはマシなサーヴァントなんてごまんといるわ」

 

「……アナスタシア」

 

「そもそも、私は戦いに向いてないのよ」

 

 それがやっと、アナスタシアにもはっきり分かった。

 

「マリーのように仲を深めた相手が死ぬ度にこうなってしまったら、私はいつか本当に取り返しがつかないことをしてしまう。助けてくれたマスターには、感謝しています。けれど私がいたら、その彼を殺してしまう結果になりかねない……だから」

 

「……カルデアを去る、ですか」

 

 こんな自分を救ってくれた彼には、報いねばならない。

 絆は無くとも。

 それくらいの矜持は、アナスタシアにもある。

 

「……その、ジャンヌ」

 

「言いませんよ、誰にも」

 

 ジャンヌはやれやれと言わんばかりに腰を上げる。

 

「戦わない者を戦場に駆り立てるような真似、私には少なくとも出来ません。このことは他言無用にしますから」

 

「……ありがとう、ジャンヌ・ダルク」

 

「畏まらないでください、アナスタシア。戦友なんですから。ただ、これだけは忘れないでください」

 

 彼女は背を向けて、

 

「あなたは彼からの召喚に応じた。復讐心からだったかもしれない。それでも、復讐者ではなく、そのクラスで現界した意味があるはず。後悔だけでなく、どうかその意味も、大事にしてあげてください」

 

 では、とジャンヌはまた来た道へ戻っていく。

……キャスタークラスで召喚に応じた意味、か。

 

「……」

 

 心残りはないと、そう思っていた。

 けれど……。

 

「今更よ、全部」

 

 アナスタシアは考えたが、どうでも良かった。

 解けない謎に、最早意味はないのだから。

 疑問は、胸の奥へ仕舞い込んで。

 どうか心残りにならないよう、祈った。

 

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