ソルがマグラシアスーパークラウドに入る少し前、ソルが所属する観測隊は送別会を計画していた。俺もその一人だったんだが、俺はソルにどんなプレゼントをあげるのかを決められずにいたんだ。

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ソルとの親密度がLv15になった記念です。
*ソルの人形ファイルのネタバレがあります。


ソルと蛍に送別会

 第三次世界大戦の前、海峡の多くには橋が架けられていたらしい。だが、大戦で橋のほとんどが破壊されてからは、島で暮らすことはかなり困難になったことだろう。空路はあまりに危険で使えないから、大陸との行き来は海路で行う。だからなのか、島は荒れ果てた大陸とは違い自然が残っている。新人の俺は、今まで首都の周辺しか出歩くことが許されなかった。これほど緑あふれた場所はデータでしか見たことがなく、今ほど観測隊に入って良かったと思ったことはないだろう。

 といっても、俺が高揚しているのは、ただ自然を見れたからというだけではなく、むしろ前方の人形のおかげだと言える。発色の良い橙色の髪をした高身長の人形は、陽気に鼻歌を歌いながらずかずかと前に進んでいる。勿論、彼女は警戒心がないのではない。する必要がないのだ。彼女が長剣を片手で軽々しく持っていることからも分かる通り、彼女の力量に見合う脅威はこの島には存在しない。確かこの剣は『アルスヴィド』だったはずだ。剣の名前を間違える度、彼女が訂正するものだから覚えてしまった。

「みんな、帰るまでが探検なんだよ! もっと張り切らなくちゃね」

 観測隊ガイドであるソルは、こう見えて人一倍周りを見ている。島での調査を終え、帰路につきだして二十分は経っただろうか。この島はとても穏やかなこともあり、俺たちは、少なくとも俺はすっかり気が抜けていた。そして、ソルはそんな俺を見逃さず激励する。ソルは隊員の少しの変化も見逃さない。元々彼女がそう設定されているのもあるが、仲間想いな性格だからというのが大きいだろう。そんな彼女に救われた人は両手で数えきれない。だからこそ、彼女はどの観測隊のだれからも愛されていた。

「まったく――、あたしはこれから休暇に入るんだから、もっとびしっとしてほしいんだけどね」

 そう、彼女は愛されていたのだ。ソルはこの任務を最後に、ニューラルクラウド計画の被験者として長期の休暇に入る。ソルの製造元である42Labが立ち上げたプロジェクトであり、多くの人形がマグラシアという電子空間に移住をするのだとか。

 だから、俺たちはまだソルに会える今、密かに送別会を計画していた。この後ソルが街に戻ってきたら全員で拉致し、パーティー会場に連れていくという力技な計画だ。だが、俺はそのことで悩んでいた。皆がソルに贈るプレゼントを決めている中、俺はこの時になっても決められずにいたのだ。

 それからしばらく移動していると、開けた場所に着いた。そこは大きな池であった。池の水は底がはっきり見える程度には澄んでおり、沸かせば飲めてしまえそうだ。印象的な場所だったから覚えている。確か船着き場の近くであったはずだ。

「よ~し、いい感じに開けているし、ここで一夜を過ごそうか」

 夜中に海に出るのは危ないからねと続けながら、ソルは提案する。実際、夜中の海は風が冷たいし、あまり経験したいものではない。それに、俺はプレゼントを決めるための時間が欲しく、まだ街には戻りたくはなかった。そのため、俺も、そして他の隊員もその意見に賛成した。観測隊は基本的に遠出をするものであり、大規模な道具は持ち歩けない。だから、枝を集めてライターで焚き木を起こし、飯を食べ、持参した寝袋で寝る準備を始めた。

 人形もデータを整理するために、人で言う睡眠というのは必要だが、体内時計がないのもあり、人形がいつ眠るかは自由自在だ。といっても、高性能な人形は眠気を感じるらしく、実際にソルもそうであるらしい。だが、その気になれば遮断できるらしく、野営時には毎回寝ずに番を行っていた。けれど、流石に一人にずっと任せているのは俺たちも心苦しい。そういったことを、ある探検中に誰かが言い出したらしい。

 それから、野営になると隊員からもう一人、始めの数十分程度ソルと一緒に過ごすようになった。ソルと隊員の意地の張り合いで、こんな結果に落ち着いたのである。そして、今日の番は俺だった。俺が焚き木に暖まりながら過ごしていると、ソルの興奮したかのような声に意識が向く。

「十五、十六、十七――。あれ、こいつはもう数えたかな」

 どうやらこの池は蛍の住処であったらしく、ペットボトルキャンドルのような淡い光が辺りには溢れていた。ソルはその様子を見ながら、蛍が何匹いるか数えているようだ。ソルは思いのほか子供っぽいところがあるのだ。だが、実は俺も蛍を見るのは初めてで、多少興奮している。街の周辺には澄んだ水辺などまずなく、あっても緑がなかったので、蛍が住めなかったのだ。

 俺は立ち上がって池に近づき、蛍を一つ一つ観察していく。数をとっくに両手で数え切れなくなったころ、ひときわ大きく輝いている個体を発見した。俺は半ば無意識に鞄から瓶を取り出した。探検先の生き物を捕獲し、資料とするために俺たちはいくつかこういったものを持ち歩いている。だが、俺はその大きな蛍を資料にするつもりはなかった。ソルに渡すプレゼント。俺はやっとそれを見つけたのだった。

 俺は近くから長めの枝を手に取り、池に突き刺す。どうやら深さは俺の膝ぐらいまでのようだ。それは池の対岸の高い水草の上で止まっていた。俺は陸から対岸まで静かに移動すると、水草を手でかき分ける。右手には瓶を持ち、ズボンの左ポケットに蓋を入れた。俺は脚を池に浸す。予想通り、水かさは大したことがない。俺は足を滑るように動かし、音を出さずに進む。そして、右手を後ろに振り上げ、勢いをつけて瓶でそれを捕らえた。俺はすぐさま蓋を瓶に嵌め、時計回りにひねる。成功だ。

 だが、俺は一つ間違いをした。水かさを事前に確認したのは良かったが、地面の強度の確認は不足していた。要するに、俺が今立っているところは地盤の緩い泥であり、俺が力強く立ったことで崩れてしまったのである。突然のことであり、俺は池の奥に滑っていってしまった。水かさの認識も誤りだった。地面の傾斜は大きくなっていき、深さも大幅に増していく。

「危ない!」

 誰かが俺の腰を掴み、引っ張り出していた。その力は強く、俺は痛みで顔を歪ませる。俺を助けた張本人、ソルは俺以上に動揺しており、焦っていた。とはいえ、ソルが焦るのも当たり前だ。俺はこのままだと岸から離れてしまうところだった。そこの水かさは深く、脚が着かないだろう。地面には滑りやすく、傾斜も大きい。溺れてしまう可能性もあった。ただ、ソルの直接俺を引っ張り上げるという行為も並みの力では引きずり込まれてしまうような危険な行為だ。その点で言えば、人ではない人形だからこそ出来た芸当だろう。

 そのまま、ソルは俺を池から引っ張り出した。だが、ソルはその勢いを殺せず、後ろに倒れてしまう。腕を地面に擦らせ、出血、便宜上そうしておくが、とにかく怪我をしてしまった。

「本当、危ないところだったよ。今回はあたしが見ていたから良かったけど、次回からは単独行動はしないこと! もしくは、あたし――、ううん、同じ隊員に事前に伝えておくのも忘れちゃだめだ」

 俺が落ち着いたのを確認すると、ソルは真剣に注意した。そのせいでソルに苦労をさせては、意味がないじゃないか。声音は相変わらず明るいが、それでも芯のあるもので、心が痛くなる。少し浮かれていた。やっとプレゼントが見つかったのだと興奮していた。

「それから、ええと、その蛍とても大きいね! じゃなかった。とにかく、あたしは怒っているんだ」

 俺が胸に抱え込んでいた蛍を、ソルは気になっている。どうやらプレゼントとしては適任であったようだ。だが、そうだとしてもソルに苦労をかけては意味がない。

「すまない。俺は浮かれすぎていた。そのせいで、ソルに苦労をかけて、怪我すらさせてしまった。ソルを安心させて、ガイドがいなくても俺たちは大丈夫だと思ってほしくて、独断で行動してしまった」

 プレゼントのことも勿論だが、俺は昔からソルにはこんな仕事をしてほしくなかった。ソルは、宿舎にいつもぼろぼろになって戻ってくる。俺はまだ新人のため、今までしてきた探索は日をまたがない研修のようなものばかりであり、宿舎に留まっていることが多かった。だから、観測隊がどんな姿で帰ってくるのかというのを良く知っている。彼女がどんなガイド人形よりも傷ついて帰ってきていることも。

「あれ、あたし今怪我しちゃってるのか」

 落ち込む俺に気を遣ってか、ソルはまるで今気づいたかのように口にする。それから、彼女は大きく息を吸った。

「勿論、君にはもっと気を付けてほしいよ。でもね、こういった挑戦はもっとしてほしいんだ。あたしたちはそのためにいるんだからね。あたしが計画に参加するのもそれが理由だしね」

 ソルは胸中を吐露する。だが、俺の内心は落ち着いていられなかった。だって、ソルは端からガイドから、戦闘任務から外れようとは思っていなかったのだ。ソルは話を続ける。

「もし計画が成功して、バックアップができるようになったら、あたしはもっと無茶ができる。仲間を助けられるんだ」

 ソルにプレゼントをあげることは、彼女のこの目標を後押しすることだ。俺はソルが休めるのだと思って、プレゼントを考えていたのだ。プレゼントに蛍を選んだのも、もう戦闘任務から外れるのだから、見ることがないと思ってのことだった。俺には応援できない。俺は瓶をポケットにしまうと、焚き木に戻りだした。

 次の日は最悪な気分だった。航海は相変わらず寒いし、船酔いもしてしまう。船が街に着いた頃には、俺はすっかり疲れ切っていた。といっても、船旅でげっそりとしてしまうのは新人隊員の恒例だと事前に聞いていた。案の定、他の隊員は俺を懐かしがるように見ていた。俺たちは船を降りると、街にある宿舎に向かい始めた。そうして移動している間、隊員の一人は隠れて誰かと連絡を交わす。送迎会の準備が始まったのだ。宿舎の前に観測隊を集めてソルに襲い掛かり、俺たちは後ろからソルを捕らえる手はずだ。

 結果として、その計画は上手くいった。ソルは裏表のない素直な性格で、人を疑うことを知らない。それが身内であると猶更だ。ソルはあっさりと俺たちに縄でグルグル巻きにされ、胴上げしながら連行していく。あまりの状況の飲めなさに、ホテルに着いた頃にはソルはすっかりいじけてた。だが、パーティー会場と化した食事処を見てからそれは興奮に変わった。縄を解かれたソルは今度は数多の人に飲み込まれることになったが、それでもソルは嬉しそうだった。ソルの興奮はあっという間に参加者に伝わり、食事処はすっかりお祭り騒ぎだ。ただし、俺を除いてだが。

 俺は昨日のソルの言葉が忘れられずにいた。ソルはきっとニューラルクラウド計画とやらを成功させる。俺も、観測隊のみんなもそれを確信していた。だからこそ、俺はその後を考えずにはいられなかった。俺が悶々としながらパーティーで出された食事を頬張っていると、誰かが肩を叩いた。

「そんな辛気臭い顔をしてどうしたんだ。ガールフレンドにでも振られたのか」

 おおらかな口調で話す大男は、そのまま俺の肩をばしばしと叩く。濃いひげをしたその男を、俺は見たことがあった。新人の俺とは違い、ここで知らないものはいないような熟練の観測隊員だ。俺は押し黙る。俺の悩みは、ソルの覚悟を踏みにじることだ。俺が発言して、パーティーに水を差すわけにはいかなかった。

「それとも、ソルに行ってほしくないのか」

 図星だった。俺は思わず飯を食べ進める手を止めてしまう。

「ソルはいい女だ。惚れてしまうのも仕方がないとは思うが、それで離れたくないというのはちょっと見苦しいな。お前も男なんだ。他人の門出ぐらい祝ってやっても良いんじゃないか」

 俺は咳き込んだ。無論、俺はソルに惚れてはいない。大男は俺のそんな様子を笑いながら見ている。もしかして、からかっているのか。

「違います。俺はソルにはここから、危険な観測の仕事から離れてほしいとすら思っています」「じゃあ、いいことじゃないか。電子空間ではそんなこととは無縁だろう」

 しまった。つい先ほどの大男の発言は俺を誘導するためのものだったのだ。むきになって返してしまったが、失敗だった。一度話してしまった以上、逃げることは難しい。俺は諦めて本心を口にする。ソルがニューラルクラウド計画に参加する理由が、もっと強くなり、無茶ができるようになるためだと知ってしまったということを。

「みんなはこのことを知らないからソルを祝えるんです。俺はソルにどうしてやれば良いのか分かりません」

「何だ、そんなことか。ソルの目的ぐらいここにいる隊員はみんな知っている」

 俺は思わず大男の方を素早く振り向いた。彼らは、そのことを知っていてこんなことができるのか。大男は俺のその反応を待っていたかのように笑う。

「俺は以前、お前のようなことを考えたことがあった。ソルみたいなタイプの人形は、専門のテストに受かればここほど危険じゃない研究職に就ける。だから、ソルに知識を教えようとしたことがあった。だが、ソルに断られてしまってな」

 何故かは俺にも分かる。ソルは仲間を助けられるこの職に満足しているのだ。

「ソルは俺たち人よりもよっぽど情に厚くて、他人を見捨てない勇者だ。そして、俺たちはその勇気に惚れ切ってしまっている」

 俺は池での一連の出来事を思い返す。あのとき、ソルは俺を引き上げることに躊躇がなかった。

「ソルにはただ生きるよりも、好きなようにやってほしい。だから、ソルが望んだことは全部応援してやろうと俺たちは決めているのさ」

 彼らはソルが傷つくことを容認しているのではない。ソルのしたいこと、生きがいを尊敬しているのだ。

 ソルの方を見てみると、既にあらかたプレゼントをもらい終えたのか、大量の紙袋が周りに置かれている。俺はソルに近づくと、ソルの両手を掴んで引っ張る。そしてソルに瓶を持たせた。

「ソル、やっぱり俺は君を危険な目に遭わせたくない。だから、俺は好きなようにやる。誰の助けもいらないような凄い観測員になってみせる。だからこそ、ソルも好きなように行動してほしい。もしそっちでの生活が嫌なら、放棄して帰ってきても良いんだよ」

 そうだ、俺はソルにずっと笑顔でいてほしかったのだ。

「任務中に帰っちゃうだなんて、前代未聞だね」

 ソルは微笑む。

「でも、この蛍はどうしようか。ずっと閉じ込めているのも窮屈で可哀そうだし」

 ソルはしばらく唸った後に、蓋をひねって開封した。俺は驚いた。急いで再び瓶に捕らえようとしたが、ソルに手で止められる。

「確かに、蛍は逃げちゃったけどね。まだ残っているものがあるんだよ」

 そう言うと、ソルは瓶を両手でぎゅっと抱きしめた。

 ソルはどんなプレゼントよりも大切な、隊員の想いが瓶に詰まっているのだと感じた。だって、想いは電子空間に行ったとしても、消えることがないものだから。


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