まえがき
時を渡る道化師のネタバレがあります。
時を渡る道化師の内容が前提となっているお話です。
以上の二つにご注意して、御覧ください。
アリーゼ・ローヴェルが目を覚ますと、そこは辺り一帯に大樹がそびえ立つ場所だった。
この場所は見覚えがある。
別名“大樹の迷宮”とも呼ばれるダンジョンの中層だ。
何度も遠征やクエストで訪れているこの場所は、彼女にとって物珍しい場所ではない。
だが、ここに来るまでの経緯がわからなかった。
覚えている最後は、拠点で眠りについた時。
格好は寝たときのそれと全く一緒。
何があっても良いように、すぐに動ける格好や最低限の武器を持って寝ているのが幸いしたのか、武器も手元にある。
暗黒期時代に培われた行動の一種がこんなところで役に立つとは思っていなかったが、今はこれに感謝するしかない。
衣服や武器の状態を再度確かめながら、アリーゼは周囲を見回す。
すると、自分の周りに同じファミリアの仲間達が寝ているのがわかった。
否、同じファミリアだけでない。
一名だけ、違うファミリアの少女も紛れ込んでいた。
「輝夜、ライラ、リオン、アーディ!起きて!」
アリーゼが声をかけると、4人は眠たそうに頭を抱えながらゆっくりと起き上がる。
ちなみに、今回は運良く輝夜は服を着たまま就寝していたようだ。
「なんだよ、アリーゼ…。朝っぱらからうるせえな」
「何の騒ぎですか…」
「また朝ごはんを作ろうして失敗でもしましたか?」
「ていうか、なんでアリーゼ達がいるの…?」
「しっかりして、ここダンジョンよ!」
寝ぼけている4人にそう声をかけると、彼女たちの意識は一瞬で覚醒した。
すぐに武器を構え、臨戦態勢を整える。
周囲を油断なく見渡し、何が起こったのかを分析し始める。
「……ここは、大樹の迷宮?」
「だろうな。具体的な階層までは分からんが、それは間違いない」
輝夜とリオンは周囲を見てそう呟く。
とりあえず周囲にモンスターの気配がないことを確かめると、自分たちより先に起きていたアリーゼに状況を確認する。
「で、なんでアタシ達はダンジョンなんかにいるんだよ?昨日の夜はちゃんと拠点で寝たはずだろ?」
「分からないわ。私も今起きたところだし」
「とりあえず、寝てる間にモンスターに襲われる、なんてことにならずに良かったね。ここのモンスター、状態異常系が多いし」
「不幸中の幸いか、アタシたちをこんな所にまで連れてきたやつの思惑通りか、どっちなんだろうな?」
ライラの言葉に、全員が黙り込んでしまう。
もし仮に全員が酷い夢遊病に罹っているとしても、こんな状況にはなり得ない。
こんな妙な状況が生まれている以上、何かしらの存在の介入があったと考えるのが妥当だ。
だが、それはそれで色々と疑問が出てくる。
「でも、どうやって私達をここに?仮にもレベル4を5人。気づかれないようにダンジョンに運ぶなんて、第一級冒険者にも出来るかどうか…。」
「それに、なんでアーディまでいるんだ?百万歩譲って、アタシ達が揃って誘拐されただけならまだ分かる。でも、なんで他のファミリアの…よりによってガネーシャ・ファミリアのアーディまで一緒なんだ?」
「アーディが寂しくなってこっそり遊びに来たとか?」
「やってないって、そんなこと」
こんな状況でも冗談を言うアリーゼに、アーディ達は呆れながらも感謝する。
彼女のおかげで、だいぶ落ち着いて思考できるようになってきた。
「それに、先程ライラは譲りましたが、私達をここに連れてきたものの思惑も分からない。私達に対する復讐なら、その場で殺せばよかったはずだ。そのほうが、誰にも気づかれないようにダンジョンに連れてくるよりも余程簡単です」
「それに、こんなことをやった奴の正体や思惑も分からないわ。闇派閥の連中でも、こんな馬鹿なことしないでしょ」
「連中なら、こんな回りくどいことしないでしょうな」
「それに、闇派閥自体かなり数を減らしてるし、闇派閥の可能性はないと思うわ。大抗争で負けてから、大人しくなってきてるし、そもそも一年前に半分以上アルが―――……」
「アーディ?」
話している途中なのに、アーディは不自然に言葉を途切れさせる。
そのことに疑問を持ったアリーゼが声をかけるが、その表情は困惑に満ちている。
そして、かすかに震える手で肌見放さず身につけている壊れたペンダントを握りしめる。
「そうだ、アルだ…。闇派閥を半壊させたのも、私を助けてくれたのも、全部アルだ!!」
アーディは動揺し震える声で叫ぶ。
その声を聞いて、この場にいる全員が思い出す。
一年前、自分たちの前に突如として現れ、突如としていなくなった少年のことを。
その少年が何をやったのか、どのようにしていなくなったのか。
そして、その少年を不自然なまでに忘れていたということを。
「アル…アル!なんで忘れてたの?彼のこと!」
「それに、なんだこの妙な忘れ方は?あいつがやったこと成したことは覚えているのに、奴の存在は忘れていた…?」
「いや、存在自体は覚えている。忘れていたのは、あの男の人相、声、共に過ごした日々、それらだけだ。だが、逆になぜこれらだけをピンポイントに忘れていた?」
「まて、落ち着け、全員落ち着け。落ち着いて考えろ」
全員に言い聞かせるように、あるいは自分に言い聞かせるようにライラはそう呟く。
その言葉に従うように、全員が一呼吸置いて話し合いを再開させる。
だが、一呼吸置いても混乱は冷めないまま。
依然として全員が困惑に支配されている。
「最後、アルは光になるようにして消えていった。あれは普通じゃないわ」
「ええ、分かっています。ならば、私達の記憶もアルがなにかやったと考えるのが妥当だ」
「スキルか、あるいは魔法か。はたまはあるいは魔道具か」
「いずれにせよ、記憶を改竄するって相当なもんだぞ?ていうか、なんでそんなことしたんだよ?」
「分からないわ。でも、彼がそうした以上何か理由があるはずよ」
記憶を勝手に変えてしまったアルに対する怒りや、今の今まで思い出せなかった自分への怒り。
それらが沸々と湧き上がってくる。
中でも、リオンの怒りが相当なものであり、眉間にシワが寄って険しい表情をしている。
「探さないと…、アルを探さないと!」
「落ち着いて、アーディ!」
アルを探すために、一刻も早く地上に戻ろうとするアーディをアリーゼは引き止める。
こんなに動揺した状態でのダンジョンの単独行動は危険極まりない。
ましてや、今は装備すらも満足行くものではないのだ。
「アーディだけじゃないわ、全員よ。落ち着いて行動しましょう」
しっかりとした口調で、諭すようにアリーゼは話し始める。
「彼にどんな思惑があって、なんであんな行動を取ったのかは分からないわ。そして、今私達がなんでこんな所にいるのかも分からない。どちらも分からないけど、今の私達がどっちの問題を優先すべきかは、分かるわよね?」
言うまでもなく後者。
後者を解決しないことには、アルを探すどころの騒ぎではない。
「とりあえず、地上に戻ることを最優先に行動しましょう。アルを探すのはそれからよ。大丈夫。こうして思い出せた以上、絶対に見つけられるわ」
彼女たちを安心させるように、アーディは笑いかける。
「急いで地上に戻って、こんなこと引き起こした犯人とっ捕まえて、みんなでアルを探しましょう!!何があって、どんな事情があったのか。聞きたいこと全部聞いて、言いたいこと全部言うわよ!」
その言葉に、思わず全員が笑みを浮かべる。
「言うだけでは足りませんね。一発殴らないと」
「じゃあ、アタシも殴ろうか」
「では、私も」
うち三人はなにやら物騒なことを言っているが、それもまたご愛嬌というもの。
五人は心を一つにし、地上を目指すことに。
そんな時だった。
その声が聞こえてきたのは。
「デッドリー・ホーネットの群れがそっちに行ったぞ、ベル!!」
野太い男の声。
おそらくパーティでも組んでダンジョンに潜っているのだろう。
仲間の名を呼び、声をかける。
ダンジョンではよくある光景だ。
声を聞いた彼女たちは、現在地を知るために彼に声をかけようとそちらを向く。
その瞬間だった。
彼女たちの耳に聞いたことのある声が響いたのは。
彼女たちの目に見たことのある少年が映ったのは。
「任せて、ヴェルフ!!」
少年はナイフで蜂の魔物を相手をする。
攻撃を躱し、防ぎ、的確に魔石を砕いていく。
「【ファイアボルト】!」
その少年は魔法をナイフに撃ち込む。
それと同時に、どこからともなく鐘の音が鳴り響く。
白光がナイフに収束していく。
時間とともに大きくなっていくその炎は、莫大な熱を生み出す。
「
ナイフに宿った炎は少年の叫び声とともに解き放たれ、デッドリー・ホーネットの群れを飲み込む。
飲み込まれた魔物たちは残らず灰になり、大量の魔石を落としていく。
それを確認した少年はホッと一息つき、それと同時に仲間と思われる先程の声の青年やサポーターと思われる
「魔石も大量!これでギルドの課税もなんとかなりそうです!流石ベル様!」
「良かったな、リリスケ」
「何が良かったなですか、この浪費家鍛冶師!ファミリアの財政が悪化してる一因はヴェルフ様にもあるんですよ!?」
「悪い悪い」
「全っ然、反省してないですね!?」
「ま、まあまあ落ち着いてください、リリ殿」
「ヴェルフ様も、悪気があるわけでは…」
「悪気なんてあったら困りますよ!!」
パルゥムの少女が青年に食って掛かり、周囲がそれを宥める。
仲睦まじいパーティの光景だ。
だが、彼女たちの視線はそれを映していなかった。
彼女たちが見つめているのは、たった一つだけだった。
「お、落ち着いて、リリ」
困り顔で少女を宥める少年。
その少年の顔は、声は、仕草は、その全ては、自分たちが先程まで忘れ、先程探すことを決意した少年のものとまったく同じだった。
間違いない。
あの少年が、あの少年こそが―――…。
「アル!!」
自分たちが探していた、彼だ。
彼の名を叫び、アーディは思わず駆け出す。
突然の声に驚いた少年やその仲間は話を止め、声の方を向く。
そこには、今にも泣きそうな表情でこちらに駆け寄ってくるアーディの姿が。
「アーディ…さん?」
少年は半信半疑と言った様子でアーディの名を呼ぶ。
彼がアーディの名を呼んだことで、彼女たちは彼が自分たちの知る“アル”だということを確信する。
一番先頭を走って駆けていくのはリオンだ。
彼女は怒りをにじませ、叫びながら駈ける。
「貴様、私達の記憶を勝手に消して、何がしたいのだ!?そもそも、闇派閥の件だって―――…」
激昂するリオンだったが、その途中で言葉を遮られてしまう。
横からの強烈な剣戟。
辛うじて剣で防ぐことは出来たが、攻撃を受けた衝撃からか手は痺れてしまう。
リオンは手のしびれを振り払い、攻撃してきた存在をにらみつけるが、言葉を失ってしまう。
「な…、これは、一体―――」
「リオンが、二人…?」
「どういうこと?」
そこにいるのは、髪の長さこそ違えど間違いなくリュー・リオンその人だった。
だが、その身から放たれるプレッシャーは段違いであり、自分たちの知るリオンよりも数段強い。
突如現れたもう一人のリュー・リオンは、アーディたちを冷たく見据えながら、淡々と話す。
「闇派閥の残党か、あるいは新種のモンスターか。いずれにせよ、私の前でその姿を取るとはいい度胸ですね」
「待って、一体どういうこと!?」
「分かんねえよ!分かんねえけど、あっちは敵意満々だぞ!」
予想打にしない存在に慌てるアリーゼ達。
そんなアリーゼたちに構うことなく、もう一人のリュー・リオンは攻撃態勢を整える。
「待ってください、リューさん!!」
「貴様、私の真名を呼ぶなと言っただろ―――」
「黙れ」
名を呼ばれたことに激昂したリオンだったが、すぐにリュー・リオンによって黙らされる。
殴り飛ばされ、意識こそ失っていないがそれなりのダメージを負っている。
「私と同じ顔と声でベルに話しかけるな。ましてや、そのような口調で…。目にするだけで腹立たしい」
リオンの態度にさらなる怒りを募らせるリュー・リオン。
その怒気を受けて本当にヤバいと判断したアリーゼ達も、武器を構える。
「これがどういう状況なのかとか、なんでアルと一緒なのかとか、全部後回しよ。今は目の前のリオンを無力化する」
「「「「了解!!」」」」
全員が返事をするのと同時に、戦闘が始める。
それと同時に、少年は戸惑いや焦りをすべて飲み込み、狐人の少女に指示を出す。
「春姫さん、僕に急いでレベルブーストを!リューさんを止めます!!」
「え!?ど、どっちの!?」
「僕たちの知ってるリューさんです!急いで!」
「待ってください、ベル様!事情は分かりませんが、得体の知れない人物を相手に危険すぎます!リュー様が彼女たちを無力化させた後ででも―――」
「ダメです!それじゃ間に合わない!!一回でも意識を失ったらダメなんだ!」
少年の剣幕に押され、少女たちは狼狽える。
「お願いします!!」
だが、何よりも必死なこの少年を止めることなど、出来るわけがなかった。
そして、少女たちはこの少年を誰よりも信じているのだ。
ならば、答えは一つだ。
「分かりました!【――大きくなれ。其の力にその器】―――」
「リリ達も協力します!ヴェルフ様はスキを見て魔剣の一撃でリュー様とあの方たちを分断してください。命様は分断された瞬間に魔法であの方たちの動きを止めてください!ベル様はリュー様をお願いします!」
「おう!」
「承知しました!」
「ありがとう、リリ!」
パルゥムの少女の指揮に従い、各々が準備を始める。
そして、狐人の少女の魔法が完成した瞬間に、全員が一斉に動き始める。
「行くぜ、煌月!!」
指示通り、距離ができた一瞬の隙をついて青年が魔剣の炎で壁を作る。
その威力に、アリーゼ達は驚きを隠せない。
「うそ!?魔剣!?威力高すぎない!?」
そして、驚きで動きを止めたその瞬間に、ヒューマンの少女の魔法が発動する。
「【神武闘征、フツノミタマ】!」
「なに、これ!?体が、重い―――…」
重力の檻に閉じ込められたアリーゼ達は苦悶の声を上げる。
いくらレベル4といえど、これを受けてすぐに動くのは無理だ。
そして、動揺しているのはアリーゼたちだけではない。
「な!?ヴェルフ!?」
「リューさん!」
ランクアップし、一時的にレベル6になったベルがリューに肉薄し、動きを止める。
少年の行動に、リュー・リオンは誰よりも驚きを隠せない。
「ベル、なぜ!?」
「一度だけ、一度だけ僕の話を聞いてください!!」
疑念を叫ぶリュー・リオンに、少年は必死に言い募る。
その表情を見て、リューは思わず力が緩んでしまう。
「ここで止めなかったら、リューさんはきっと後悔します!だから、お願いします!!」
真剣に叫ぶ少年。
この少年のこんな表情を見て攻撃を続けるのは、リュー・リオンには出来なかった。
「あなたがそこまで言うのであれば、一度だけ剣を収めましょう。ですが、あの者たちを信用したわけではありません。それでも良いですか?」
「十分です。ありがとうございます」
少年はリュー・リオンの言葉を聞いて、力を抜く。
その頃には、青年が作った炎の壁も消えていた。
ヒューマンの少女の魔法はまだ残っていたが、ベルの様子を見て解除している。
この時、ようやく少年とアーディ達は正面から向かい合うことが出来た。
「お久しぶりです、アーディさん」
知るはずのない彼女たちを相手に、顔見知りであるかのように話しかける少年。
それに驚きを隠せないリュー・リオンだったが、アーディ達の言葉で更に動揺する。
「久しぶり、アル」
少年を…自分たちの団長ベル・クラネルを“アル”と呼び、応えるアーディ。
この光景を見て、周囲は更に困惑してしまう。
…………
………
……
…
時を渡る道化師の旅路は終わった。
あの日、あの瞬間に、彼は己のすべてを用いて運命を変えた。
変えられた運命の仕返しか、あるいは神の悪戯か。
旅路の続きは思わぬ形で続く。
道化の前に舞い降りし、“時を渡る正義の乙女たち”。
これにより、道化の運命は変わることになる。
To Be continue…?
あとがき
アーディさんをアルと再会させたいという思いから生まれました。
こういう小説が書きたいのと同時に見たい!
お願いします、誰か書いてください!
自分で書くのもいいけど、自分の発想が及ばない結末を迎えるのが見たい!
というわけで、この続きを書きたい方や、この設定を使いたいという方、お好きにどうぞ!
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