それは朝早くのこと。
「それじゃあ、行ってくるね!」
「いってらっしゃいませ、ヘスティア様」
「あの子たちは?」
「昨日は色々と混乱と動揺が続いたせいか、まだ眠っていらっしゃいます」
「そっか。適当なところで起こしてあげてね?それと、昨日話したようにあの子達のことお願いね!」
「はい、お任せください」
全員で朝食を取り終えた後、春姫に見送られながらヘスティアは急いでバイトに向かっていった。
いつもならそれと同じくらいの時間には各々も動き出すのだが、今はそういうわけにもいかない。
アリーゼたちだけを本拠に残していくことは出来ないし、ダンジョンに向かうなんて以ての外だ。
そういうわけでアリーゼたちが帰る前の間、ヘスティア・ファミリアは実質的な活動休止状態。
精々、ヴェルフが武器の製作や整備に勤しんでいるくらいだろう。
「おはよ~、春姫ちゃん」
「おはようございます、アリーゼ様」
「…………お前、その格好は何だ?」
「? ただの
「あぁ、頭が痛くなってきた……」
やがて起きてきたアリーゼたちが、揃って部屋から出てきた。
廊下の掃除をしていた春姫と出会い、挨拶をする。
高位貴族の娘が給仕の真似事をしているその姿に、輝夜は少し面食らう。
話には聞いていても、目にするのは少し違うようで。
輝夜の常識に照らし合わせれば有り得ないその光景に、朝から頭を抱える。
「皆様お揃いですね。今朝食を用意しますので、少々お待ちを────」
春姫がそう言いかけた時。
庭の方から雷音が響いてくる。
何事かと思ってアリーゼたちは身構えるが、春姫は苦笑いを浮かべるだけ。
これが日常となりつつあるのだろう。
それを当たり前に受け入れている。
「これ、何の音?」
「その……ヘディン様が、ベル様に昨日のことでお怒りになっているようで……」
「私たちのせいってこと!?」
「アリーゼ様たちのせいでは……って、あ!」
もちろん、アリーゼたちは悪くない。
ベルたちだって悪くない。
それはそれとして、ヘディンの腹の虫がおさまらないだけなのだから。
ただ、そこは正義を標榜とする乙女達。
駆け足で庭の方に向かっていく。
そこで見た光景とは────
「くたばれ、この愚兎が!!」
「ヒィィィヤァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ベル~~~!!」
ヘディンの魔法から必死に逃げ回るベルと、それを止めようとしているヘグニの姿だった。
庭を大して荒らすことなく、ベルだけを的確に狙っているのは流石と言えるだろう。
「ヘディン!!お願いだからやめよう、ヘディン!!」
「邪魔するな、ヘグニ。私はこの馬鹿に分からさねばならない」
「ベル悪くないよ!!むしろ頼ってくれたことシル様喜んでたよ!?」
「あの御方の手を煩わせた。それ以上の理由がいるか?」
「アアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ベル~~~!!」
ヘグニは必死に止めようとしているが、その努力虚しくベルは雷撃の餌食になっている。
全身が焦げたようになって倒れ伏すが、元気にのたうち回っている。
ベルが頑丈なのか、それともヘディンが手加減しているのか。
その両方なのか。
いずれにせよ、大丈夫そうだ。
「離せ、ヘグニ。あの馬鹿にはまだ足りん」
「本当にやめよう!?それに、こんなに騒いでるとそろそろ─────」
「【
「ほら来たぁ!!」
ヘグニに必死に止められながらも、折檻なのか特訓なのか修練なのか洗礼なのか、よく分からないこの行為を続けようとする。
すると、騒ぎを聞きつけてやって来たリューがヘディンに食って掛かる。
この事態を恐れていたヘグニは悲鳴に近い叫び声を上げるが、ヘディンはお構いなしだ。
「邪魔するな。師が弟子に教育を施しているだけだ」
「それのどこが教育なのですか!?貴方の憂さ晴らしでしょう!」
「教育だ。身の程も弁えず、あの御方の手を煩わせた馬鹿弟子への教育だ」
「どこがですか!?貴方が一方的にベルを嬲っているだけではないか!!」
「力加減も出来ず、この馬鹿を気絶させるまで叩きのめすような間抜けは引っ込んでいろ」
「何だと!?」
「やめよう、本当にやめよう二人とも!!」
言い争う二人の金髪エルフ。
それを必死に止めようとしている一人の
止めようとしている彼を不憫に思わなくもない。
「これ、いつもなの?」
「派閥大戦以降、リュー様とヘディン様が言い争うのは度々ありますね………」
「理由は…………まあ、分かりきってるか」
「七歳も年下の子どもにガチ恋して、特訓と称して気絶するまで叩きのめす」
「字面がヤベえな。絵面もヤベえけど」
「はてさて、このポンコツエルフ様は幼気な子どもの意識を奪って、一体全体何をしたのか……」
「その口を閉じろ、輝夜!そして何度も言わせないでください!あそこにいる私は私ではない!!」
「リオンならやりかねないよね?」
「アーディまで!?」
意識を奪って何をするわけではないだろうが、意識を奪うこと事態はやりかねない……否、多分やるだろうなという共通認識。
酷い話ではあるが、何故か不思議と納得してしまうのが恐ろしい。
「にしても…………」
ベルは取り敢えず無事。
黒焦げになりながらも、一通り叫んだ後は大人しく倒れている。
その光景に、アーディたちは思わず気が抜けてしまう。
春姫の言葉に、聞こえてきた雷音。
ヘディンが怒って折檻まがいのことをしていると思って急いで駆けつければ、この光景だ。
考えに大した間違いはないのだろう。
見方を変えればこれは折檻だろうから。
でも、思ったより深刻じゃない。
涙目になりながらもベルは元気に逃げ回っていたし、ヘディンだって本気で嬲るつもりなどないように見える。
やがてリューが止めに来ることすら折り込み済みだったのだろう、とも。
コミカルさを含んだこの光景に、何とも言えない感情を抱いてしまう。
「あっ、そう言えばアル。そこの二人を見て思い出したんだけど」
「…………そこ二人とはどの二人だ?」
「『白黒の騎士』の二人」
「フフ、一緒くた…………不本意だよね」
「こっちのセリフだ、阿呆が」
「それで?この二人がどうかしたのですか?」
「そこの二人が直接何かあったわけじゃないんだけどね。因縁の相手というか、なんというか…………」
「はあ?」
アーディの言葉に、怪訝そうに不愉快そうに声を漏らすヘディン。
ここで一旦言い争いを止めて、アーディの話を聞く。
その常識があるなら、二人とももう少しベルへの態度を考えたらいいのに。
「ねえ、アル。ディース姉妹のことなんだけど、あの二人は
「…………なぜあの妖魔共の名前が出てくる?」
「ベル、過去に行った時なにかしたの?」
「えっと、その…………」
「アルが助けた…………というより、倒したけど殺さなかったんだよ」
その言葉を聞いたヘディンの反応は早かった。
ベルの頭を掴み、そのまま握りつぶさんばかりの力で締め上げる。
「いだだだっ!痛い、痛いです、師匠!」
「お前、自分が何をしたか分かってるのか?」
「…………。」
先程までの気の抜けた雰囲気ではなく、真剣に問いかけるヘディン。
その問いに、誰もが静かに固唾をのむ。
「なぜ生かした?同情でもしたか?阿呆が。あれらに情状酌量の余地などない。復讐をとうに忘れた虐殺が正当化される道理などどこにもない。あれらは生まれた瞬間から『そういう類』の存在だった。それだけのことだ」
「…………かも、知れませんね」
「“かも”ではない。事実として“そう”なのだ。もし仮にあれらが正しき環境で生きていたとしても、変わらぬ道を歩んでいた。あの腐りきった同胞の相手を何度もしていた私が言うのだ。間違いない」
「かも知れません。でも僕は、決められた『正義』よりも、間違ってるかも知れないけど、そっちを選びたかった」
「馬鹿が。偽善の名を免罪符に使うな。貴様のそれは、ただの愚行だ。もし生き延びたあの二人が、何らかの偶然でベルゲンを飛び出したらどうする?また虐殺を始めたらどうする?その責任を、貴様は取ることすら出来ないのだぞ?」
「それはないよ」
ヘディンが口にしたその可能性を、アーディは否定する。
「仮にあの二人がベルゲンを飛び出したとしても、虐殺に戻ることはないと思う」
「なぜそう言い切れる?」
「アルがそう約束したから。アルがそう導いたから。アルが『綺麗な妖精』だって、認めたから。それをあの二人は心の底から喜んで、笑ってた。だからきっと、アルを
「…………。」
「いだっ!」
アーディのその言葉に、ヘディンは黙ってベルの頭を離す。
呆れたように、溜息を溢しながら。
「貴様の愚行は今に始まったことではないが、今回のこれは群を抜いて愚かしい」
「いいんじゃないかな、別に。こっちの世界のあの二人は俺達が殺した。何の問題もない」
「そういう話ではない。行動の責任と自覚を言っているのだ」
「それも含めて、だよ。何も見逃して野放しにしてるわけじゃない。キッチリ捕まえて監獄に入れたんなら、ベルの責任はそこまでだよ。もし仮に逃げたなら、逃がした奴が悪いんだから」
「詭弁で、偽善だ」
「詭弁で偽善だよ。でも、俺はその道を選べるベルのことが好きだよ。だって、ベルがそういう道を選べる存在じゃなかったら、シル様は救われなかったし、俺達も今ここにはいないんだから」
「…………。」
「情状酌量の余地のない大罪を行ったていう点で見れば、俺達もあの姉妹も変わらないよ」
「…………シル様と俺達への侮辱だな」
「そういう意図ではないよ!?」
「阿呆が。分かっている」
ヘディンも、口では否定しつつも心では理解している。
ベルがその道を選ぶ男だったからこそ、シル/フレイヤはあそこまでベルに恋をして、ベルは彼女を救えたのだと。
「もういい。何を言っても無駄だ。精々愚行の責任とその後を考え続けろ」
「あっ、ヘディン!どこに行くの!?」
「警備に戻るだけだ。そこの娘共がいる以上、厳戒態勢を敷けと命じられているだろう。お前も戻れ」
「…………そのことに関しては感謝します、【
「不要だ。俺達はあの御方の命令を遂行しているに過ぎん」
そのまま踵を返して、ヘディンは庭から出ていこうとする。
だが、その前に振り返ることなく、ベルに問いかける。
「愚兎。もうこれ以上は何もないだろうな?」
そう問いかけられて、ベルの脳内に浮かんでくるのはあの灰色の魔女。
だけど、ベルはそれを口にはしなかった。
「はい、ありません」
なぜ彼女のことを口にしなかったのか。
それはベル本人にも分からない。
「…………ならいい」
ヘディンはベルが嘘をついていることを気づいたのだろう。
でも、その言葉を黙って受け入れた。
ヘスティアがバイトしている屋台。
まだ朝の早い時間だからか、客は殆どいない。
これから段々と忙しくなっていくだろうが、今はまだ思い出したように時折来る客の相手をするだけ。
他の店番もいないし、一人静かに街を眺めている。
街を歩く人もまばらで、客もいない。
そんな退屈な時間を過ごしていた。
「あの子たち、大丈夫かなぁ……」
本拠に残してきた、過去からの客人たち。
フレイヤ・ファミリアたちもいるしなにもないだろうが、それでも少し不安に思ってしまう。
「っと、いらっしゃい!!」
ボーッとそんな事を考えていると、ふらりと人影が落ちてきた。
見上げればフードを目深に被った女性。
少し警戒と疑念を抱きながら、応対する。
「えっと、ご注文は?」
「……一番スタンダードなものを一つ」
「はいよ!ちょっと待ってね!」
元気よく答えながら、調理を始める。
ジャガ丸くんを作っていると、不意にその女性が話しかけてきた。
「時に聞くが、お前がヘスティアという女神か?」
「うん?そうだけど?」
「お前のファミリアの団長は、ベル・クラネルという子どもか?」
「…………そうだけど?」
その質問の内容に、ヘスティアは警戒心を上げる。
ベルに何かしらの因縁か、あるいは恋慕でもしているのかと思ったから。
でも、彼女の声はあまりにも静かで、穏やかだった。
「ベルくんと知り合い?」
「昔救われた」
「またか!!君もベルくんに惚れてるのかい!?」
「違うが……なんだ、その口ぶりは?あの子はどれだけの女に好意を寄せられている?」
「数えるのも馬鹿らしいくらいだよ、まったく!」
「あの狒々爺の血のせいか……キッチリ調教する必要があるな」
彼女のその声は、ここにいない誰かへの怒りに満ちて。
それと同時に彼への愛情に満ちていて。
どこか暖かくなるような、声だった。
「まったく、そのことでボク達がどれだけ気を揉んでることか……」
「お前もあの子に惚れているのか?」
「あったりまえだろい!ボクが一番最初に好きになったんだからな!?」
「自慢気に言うことか」
「なのにアポロンやらフレイヤやら……ボクからベルくんを奪おうとして来て!!」
「どれだけの神に懸想されているんだ、あの子は」
「知るかい!!それもこれも育て親のせいだよ!!何だよ、『男ならハーレムを目指せ』って!純真無垢なベルくんにくだんないこと吹き込みやがって!!」
「お前はあの子の育て親が誰か知っているのか?」
「大体察しはついてる!フラフラぶらぶらくだんないことばっか言ってるから、ヘラに追いかけ回されるんだよ、あの馬鹿は!!」
「それには全面的に同意だな」
誰もいないおかげで、気にすることなく話すことが出来る。
ベルへの恨みはないが、育て親への小言は腐るほどあるのだから。
少し暗い文句を言っても、誰も怒らないだろう。
「あの爺の系譜は女で痛い目を見ることが大半だ。気を抜くなよ」
「分かってるさ」
「ならいい。あの子を頼んだぞ」
「あっ、ちょっと!どういう事情か知らないけど、ベルくんに会わなくていいのかい!?」
頼むだなんて、なぜそんな事を言うのか。
ジャガ丸くんを受け取って去ろうとする彼女を引き止めて、思わず問いかける。
その問いに、彼女は振り返ることなく答える。
「これはきっと、遥か彼方の静寂の夢だ。私が選ばず、寂しさを押し付けてしまったあの子の未来」
「何を……?」
「ずっと心配だった。だが、もう安心できた。あの子は今一人じゃない。それを知れただけで、満足だ」
彼女は振り返り、ローブの下からほんの少し素顔を見せる。
その顔は、とても穏やかで慈愛に満ちていた。
「…………君は一体、何者なんだい?」
「ただの亡霊だ。だが、そうだな…………あの子が名乗ることを許してくれるのなら─────」
その寂しげな顔は初めて出会った時の彼に似ていた。
その優しげな顔は人を助ける彼に似ていた。
その暖かな笑顔はきっと、よく笑う彼に似ている。
「私は、あの子の母親だ」
目を細めて笑う彼女は、消えていく。
「息子を、どうかよろしくお願いします」
あとがき
誰か書いてください。
というわけで、本日のデイリー書いてくださいを消化したところで、あとがきです。
これからどうしようか迷ってます。
あと2,3話くらいアーディさん達の交流や迷いや葛藤を書いて、それから2,3話くらいベルくんたちとの冒険をしてって感じなんですけど。
交流や迷いや葛藤を書くのが少し厄介で。
何も考えず見切り発車で始めた物語だから、どこぞの空想樹みたく中身をあんまり考えてないんですよね。
設定と最初と終わりだけは決まってるんですけど。
まあ、なるようになるでしょう。
頑張って書いていきたいと思います。
それと、ダンまちのフロンティア・ゼロってゲームが発表されたじゃないですか?
どういう内容になるか楽しみですね。
あとは3ヶ月連続刊行がなくなって、三冊同時発売になったり。
色々ニュースがありましたが、まあそれらも含めて楽しみましょう。
それ以外に言うべきは、この前の夏イベントで心臓が欲しすぎてリンゴ使い尽くす勢いで周回してたら、レイドにあんまり力を入れられなかったり。
レイド戦で釜を落としてくれたら言うことなかったんですけどね。
釜とか琥珀とかの比較的新しい素材って入手する機会が限られてますし。
遺霊箱は腐るほどあるんですけど。
あと、傾国愛媛って、漢字あってたんですね。
最初誤字かと思ってました。
あれ「えひめ」?それとも「あいえん」?
皆さんどっちで読んでます?
僕はえひめとしか読めなかったです。
まあ、そんな感じで。
短いですが以上、あとがきでした