木蓮の暗殺者   作:マイケルみつお

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ジャンルってノンジャンルで合ってんのかなぁ?ハーメルンで一次投稿するの初めてだし僕わっかんない。
有識者の方々、何かあったら教えて下さい。


1話 覆水盆に返らず

人生に疲れた。職を追われ、彼女に振られ、家族は既に他界。男に最早、現世と自らとを結ぶ鎖は残されていない。

 

「......死にたい」

 

自殺志願者の男は自らの命を閉すためこの崖にやって来た。自殺の名所としても有名な──この崖に。

 

「ッ!」

 

遺書も残してきた。財産の整理は──するほど残っていない。

覚悟はしてきたはずだ。死ぬ事に躊躇いはない。だが、もうここに来てからかれこれ1時間が経とうとしているのに──

 

「くそッ!」

 

崖まであと一歩というところで足は震えて歩みを止めてしまう。

まるで自分の足じゃないように、自らの意思に反して動かない足を男は殴りつける。

 

「動け! 動けよ! 俺は! ──」

「死にてェのかぁ?」

「えっ......」

 

突如として背後から聞こえたのは不気味な声。声の感じからして真後ろだ。......近い。──しかし男はその兆候にまるで気づけなかった。

そもそもここは自殺の名所と呼ばれるだけあって周りに人の気配はない。人気がない場所なら尚更第三者の存在に気づく事ができるはずだ。それでも、気配なく背後を取られていた事実に男は戦慄する。

 

「な、何だお前は!?」

 

この場に現れる人間といえば──男は自らの同類かと一瞬思ったが、振り返った瞬間その仮説は誤りだと確信する。

その来訪者は2メートルを超える背丈を持ちながら、それに見合わぬほどに体格は痩身。黒い外套(マント)を全身に纏っているためはっきりとした姿形までは分からないが。

また布状の能面のような面をしており、どんな表情を浮かべているかはおおよそ分かるが細かいところまでは分からない。

男は来訪者に対して本能的な()()を抱きながらも、しかし冷静さを取り戻していく。

 

「......何だお前は」

 

反射的に発した先ほどとは違って理知的な声で、男は来訪者に対して疑問を投げる。依然警戒は解かぬまま、すぐに逃げ出せるような体勢で。

 

「おめェ、死にてェのか?」

 

「お前は何者だと聞いているんだ!」

 

「死神だァ」

 

「死神?」

 

死神。それは人々を黄泉の世界に送る役割を担っているとされ、世界各地で似たような伝承がもたらされている存在。

 

「何を言っているんだお前。死神なんて、馬鹿馬鹿しい。それに大鎌だって持ってねぇじゃねぇか」

 

しかし科学技術が発達した現代社会、まともに死神の伝承を信じている人はそうはいない。

 

「死神が大鎌って、一体いつの時代の事を言っているんだぁ??」

 

男の発言に対して、来訪者は大手を挙げて笑い始める。その姿は伝承に伝わる死神の姿とは程遠く、やはり男は目の前の来訪者を死神と認める事はできなかった。

 

「おめェ、死神が怖くねェのかぁ?」

 

「怖くないな」

 

「死神が怖くねェのかぁ? おめェ、死が怖くねェのかぁ?」

 

「死が怖くてこんなところに来れるかよ。俺はここに、死にに来たんだぜ」

 

男は自殺志願者だ。男は、自分が死を恐れていないと自覚している。それに、目の前の来訪者を恐れない本質的な理由は他にもあった。

 

「そもそもお前が死神だなんて信じられねぇしな」

 

男は、死神を名乗る来訪者の言葉を妄言だと結論づけた。......まあ仮に死神でなくともこんな場所に死神の変装(コスプレ)をして死神を名乗るだけで一般人からすれば十分恐ろしいと思うのだが──精神状態がイカれている今の男には関係ないのだろう。

 

「そうかぁ。まあ死神だと信じてもらえなくとも困る事はないんだがぁ......でも後々面倒くさいしなぁ」

 

「おい。さっきから何をぶつぶつ言ってやがる。そんなに死神だと言い張りたいんなら、何か証を見せな」

 

来訪者を挑発するかのような男の発言に、しかし来訪者は仮面の奥で口を弧状に歪ませた。まるで「待ってました」と言わんばかりに。

 

「そうかぁ。ならそうしようかぁ」

 

来訪者が指をパチリと鳴らすと......

 

「っておい! な、何だ急に!? 周りの景色が!?」

 

刹那、周りの景色が折れ曲がるように屈折する。まるで眼鏡の度が強すぎた時のように激しい吐き気が男を襲う。そして数瞬の苦渋の後に......

 

「......え?」

 

それまで男は崖の上にいたはずなのに──いつの間にか目の前には古風な書庫のような空間が広がっていた。

 

「これでオラが死神だって分かったくれたかぁ?」

 

「............」

 

今、男の身に起こった事を、常識という色眼鏡(フィルター)を除いて記述してみると──瞬間移動だ。昨今進化が著しい科学技術ではあるが、男は瞬間移動を可能にしたとの報道は聞いた事がない。

その明らかに人間離れした所業に男は──()()()()

 

「(一体どうやって......は意味ないか。どうせ考えても分からない。現に起こっているんだから。つまり考えるべくはHOWではなくWHYやWHERE。とにかく周りを観察してみなければ......)」

 

内心では恐慌(パニック)を引き起こしているはずなのだが一周回って冷静になり始めた。周囲は薄暗く、遠くまでを見る事はできないため男は周囲を観察してみる事にする。

時代劇でごくたまに見るような戦国時代、或いは江戸時代の軍法書が並んでいるような雰囲気だ。見る限り近代科学の建築ではなく全て木製でできている。

足踏みをするとミシミシと床が悲鳴をあげた。古い建物なのだろうか? しかし清掃が行き届いているからかあまり古臭い印象は受けない。

 

「な、何だこれは? ......蝋燭?」

 

そして何より男の目を奪ったものは──書庫の棚に置かれている夥しいほどの数の燭台に乗った蝋燭。

尚、蝋燭が書庫を照らす唯一の光源であり、この灯でもってのみ男は辺りを観察する事が許されている。窓はない。

 

「......少なくとも、あんたが人間じゃない事は分かった。でも一体どうして俺をこんなところに?」

 

「この蝋燭の......燭台に書かれたここを見てみろぉ」

 

来訪者は数多ある蝋燭の中から迷う動作も見せずにとある一本の燭台に乗った蝋燭を指差す。体格に相応しいと言うべきか細くて薄気味悪いくらいに長い指だ。それは骨が浮き出て見えるように。男は来訪者の指に背筋を一瞬凍らせるものの、素直に視線を指の先に向けた。

 

「一体何を......って、俺の名前!?」

 

来訪者が指差した先を見てみれば、その蝋燭が乗った燭台には──男の名前が書かれていた。

 

「って、うわっ!」

 

その男だけではない。長かったり短かったり、太かったり細かったりと様々な蝋燭がそこには並べられているが、別の燭台に目を移してみれば男以外の名前が書かれている。というよりそこに書かれていたのは──明らかに人の名前だ。

死神と名乗った来訪者の不思議な力、そして人の名を冠した燭台と蝋燭。まさか、と言わんばかりに男はこの瞬間、この空間の正体に辿り着いた。

 

「そうだぁ。この蝋燭は燭台に書かれたニンゲンの命だぁ。蝋燭の長さはそのニンゲンの残りの寿命の長さを表していてぇ、蝋燭の太さはそのニンゲンの天命を表しているんだぁ。

蝋がなくなったりポキッと折れたりして火が消えちまったら......後は分かるなぁ?」

 

来訪者、いや死神はこの蝋燭の答え合わせ(ネタバラシ)をする。瞬間、男は自分の蝋燭の長さと太さに余裕があったか確かめるべく先ほど見た蝋燭に再び視線を戻した。

男の名前が書かれている燭台に乗っている蝋燭は──まだ十分な長さと太さを保っている。男は()()と共にホッと息をついた。

 

「おめェ、死ぬつもりだったんじゃないのかぁ?」

 

「そ、それは!」

 

明らかに自分の命が無事な事を見て安堵した男を、死神はせせら笑う。

 

「べ、別に。死にたいと思っていても自分の終わりは自分で決めたいと思っていただけだ。訳の分からない終わり方をする訳ではないって安心しただけで。それに、まだお前の言葉を全部信じた訳じゃない」

 

「そうかぁ」

 

死神は明らかに笑いながらも男に対する追撃を止めた。その代わりと言うべきか男の物とは別の蝋燭を燭台ごと取り出す。その蝋燭は先ほど念入りに確認された男の物とは違い──長さにまだ余裕はあるが今に折れそうになっていた。そしてその燭台書かれていた名前を──男は知っていた。

 

「......木場!?」

 

その木場という名前。男にとっても因縁深い人物だ。何せ、彼のせいで男は職を失ったのだから。

 

「そろそろかぁ」

 

死神はここに来た時と同じように指をパチンと鳴らす。刹那、景色が再び逆行し見慣れた光景が男を照らす。

 

「ここは......」

 

死神に連れられた場所は書庫でも崖でもなく男の職場の近くの交差点。交通量も多く、人も賑わっている都会の商業区域(オフィス街)街の一角。その街の──()()()男と死神は()()()()()

 

「ってうおぉっ!」

 

「落ちて死ぬのが怖いかぁ?」

 

「だ、誰が別に。そもそも俺は崖から飛び降りようとしていたんだ。これは単純に......そう、上空に立っている事を誰かに見られるのを恐れただけだ」

 

男は既に目の前の死神を、既に人智の超えた存在だと理解している。最初こそ受けた衝撃は大きかったが、すぐにこの空間転移、そして上空に立っているこの現象が死神によるものだと理解した。

人間に理解などできない現象だと一度(ひとたび)理解すれば自ずと衝撃も収まってくる。

 

「安心しろぉ。おめェもオラも他人から見えていねェ。現にこんな目立つ場所にいるというのに誰もおめェを見る者はいねぇだろぉ?」

 

死神と男は、交差点の信号の真上に立っていた。車の運転手も横断歩道の前で待つ歩行者も──後者は携帯情報端末(スマホ)の画面に夢中な者も少なくないが、しかし誰も男達に気づかないのは流石におかしい。

 

「......そうか。それなら安心だ」

 

「そうかぁ」

 

死神は、男のその様子にまたも仮面の奥で笑みを浮かべる。

男と死神がそんなやり取りをしている中、先ほど彼らの話題に出てきた男、木場が彼らの視界に映る。

木場は携帯端末(スマホ)で誰かと楽しそうに電話しながら男と死神が立っている交差点で信号を待っていた。

 

「木場ァ!」

 

木場を見た瞬間、男の憎悪は膨れ上がる。

 

「(あいつのせいで俺は!)」

 

木場の謀略のせいで男は職を失った。

 

『今までお疲れ様でした。セ ン パ イ』

 

木場が男に向けて放った言葉が脳裏に蘇り、男は両手を強く握りしめる。──両手の掌から血が滲むほどに。

 

「(あいつだけは......あいつだけは......っ!)」

 

木場の、幸せそうな顔を見て、男の中から今までにない感情が溢れ出す。

 

「(あいつだけは許せない......! どのみち俺は死ぬんだ。その前にあいつに復讐して......っ! あいつの痛い目を見ないとこの気持ちは収まらない......っ!)」

 

男は凄い形相で、呑気に欠伸しながら信号が青になるのを待つ木場を見ていた。が、次の瞬間──

 

「木場!?」

 

木場を凝視していた男の視界を突如として白いセダンが遮り──そのまま消えた。網膜に映った映像を遅れて脳が処理して、ようやくセダンが木場に直撃した事を男は悟る。

一瞬の内に交差点を恐慌(パニック)が襲う。無論男も動揺していたが我を取り戻しの恐慌(パニック)中心、木場の元に視線を戻す。──木場の身体は、男がこれまで見た事のないほどに歪みきっており、明らかにもう生命活動を終えていた。

そして男はここに来た経緯を思い出す。木場の蝋燭が今に折れかかっていた事を。

 

「......これは」

 

「ニンゲンの死には二種類がある。一つは寿命の尽き。蝋燭の長さだぁ。

もう一つは天命。これは蝋燭の太さで寿命に関係しない。予め死が運命で決まっているんだぁ」

 

「......運命?」

 

「そうだぁ。あの男が今日あの場で命を落とす事は定められていた事だぁ」

 

 

 

 

「運命って......」

 

たった今、目の前で人が死んだというのに死神は顔色一つ変えずにパチリと指を鳴らす。先ほどまでの都市部上空から元いた崖までやってきた。

人間の死を、まるで大した事なく、よくある些細な事のように扱う死神に対して男は「こいつ人間じゃねぇ!」と畏怖した。

 

「(いや、確かに人間ではないんだけど!)」

 

「もし仮に、運命を知るおめェがあの男をあの場から動かしたり暴走した運転手に何か働きかけたりしても無駄だぁ。

その時はあの男は別の暴走した車に轢かれていたか、若しくは電話に夢中で転び、打ちどころが悪くて死んだかもしれないなぁ」

 

全てが予定されていた。男は目の前の惨状に、そして暴走した運転手も被害者に見えてきてしまった。この死神による犠牲者なのだと。

 

「何か勘違いしているようだがなぁ。ニンゲンの死に方は決定されていない。ただニンゲンの死という結果だけが予定されているだけだぁ。あの運転手が暴走して、今警察官に手錠をかけられて救急車に搬送されたのは予め定められた運命じゃあない」

 

死神は人間の死だけが予め定められており、その内容、つまり運転手が暴走したのは単にあの運転手の不注意だと言う。

 

「それよりおめェ、何か晴れたような顔してるなぁ」

 

「なっ!」

 

命をかけて復讐しようとしていた木場が目の前で無惨に命を奪われた事で──男の中で燃えたぎっていた何かは熱を失い冷めていた。

だがそれは木場を許したという事でもないし、過去にされた事を水に流したという事でもない。目の前で人間が死ぬという衝撃的な瞬間に衝撃を覚えた事は確かだが──恨んだ相手が死んだ事を悲しめるほどに男は聖人君子ではないのだから。

だが、かといって幸福感や「やりきった」と言わんばかりの達成感に支配された訳でもない。

 

「(震えが......止まっている。それに──)」

「死ぬのがぁ怖くなったかぁ?」

「ち、違う!」

 

死神の言葉で男は一瞬、抱いた気持ちの正体に気づきかけたが──即座に目を逸らして仮説を否定する。それは気づいてはいけない、と本能で理解してしまったから。

しかしいくら目を逸らしたとしても男が、人の命が閉ざされる瞬間を目の前で見てしまった事実は変えられない。

 

「正直に言ったらどうだぁ? 本当は死ぬのが怖くなったんだってぇ」

 

死神は男を全身を舐め回すかのように見て、男の背後に()()()()を見つけてからは獰猛な笑みを更に深めてから男に詰め寄った。

 

「別に。まだ全然死ぬつもりだし。死ぬのが怖いとか全然怖いとか思っていないし」

 

しかし男の返答は依然として変わらない。内心の変化は死神にも伝わってはいたが。

 

「そうかぁ。なら賭けをしてみないかぁ?」

 

「賭け?」

 

「そうだぁ。オラとおめェでだぁ」

 

怪しい風貌の死神から持ちかけられる怪しい賭け。男はあまりの胡散臭さに目が半目となる。

 

「それで? 具体的には」

 

「賭けの内容は単純だぁ。おめェがこのまま死ぬ気でいられるかで賭けるんだぁ」

 

「......は?」

 

男は、死神が言った事を一瞬理解できずに思考が止まる。

 

「オラはおめェが自殺なんてできねェと思っている。だから自殺できたらおめェの勝ちぃ。できなかったらオラの勝ちぃ」

 

「何だよそれ。もし俺が勝ったら何か貰えるのか?」

「(そもそも賭けにすらなっていないが、俺の勝ちだな)」

 

この瞬間、男は自らの勝利を確信した。

 

「おめェが勝ったらそうだなぁ......何でも願いを叶えてやるだぁ。勿論死後の世界でだけどなぁ」

 

男が勝つ時、それはすなわち既に男の命は現世にない事を意味する。

 

「......死後の世界とか、あるのか?」

 

「詳しくは言えねェんだけどぉ、無い事は無いって事だなぁ」

 

「(それもう言ってるようなものじゃん......。なんかさっきもボソボソ何か言っていたし、死神にも何かルールとかあるのか?)」

 

声にこそ出さなかったが男は賭けについて考えを巡らせる。

 

「それで? 万が一俺が負けたら何をしなきゃいけないんだ?」

「(負ける事なんてないと思うが)」

 

今聞いたのは男が勝った時の条件。男は自分が負けた時の条件をまだ死神から聞いていない。

 

「単純だぁ。おめェが死にきれなかった時はオラが殺してやるだぁ」

 

「何だそれ」

 

どちらになったとしても男の結末は変わらない。しかし男の死、自らが望んでいるもの。

男にとってその賭けはメリットしかない。

 

「いいぜその賭け、乗ったぜ死神」

 

「......死神ってその呼び名、やめてくれねぇかぁ?」

 

「何でだよ! お前が最初死神って名乗ったんだろうが」

 

男が死神に対してツッコむと、死神は俯いてしまう。

 

「だってオラ、ニンゲン殺すだけじゃなくてニンゲン生かす事もあるし。......っていうかどっちかと言うと生かす方が多いのに死神、って何かアレだし......」

 

「そ、そうか......」

 

先ほどまでの覇気を全く感じない死神──に、男は言葉を詰まらせる反応しかできなかった。

 

「じゃあお前の事、何て呼べばいいんだ?」

 

「オラ()はこの世とあの世を繋ぐ存在。黄泉の国に行く人を誘導する役割って事で誘者(ゆうしゃ)って呼ばれてるんだぁ。だからオメェも誘者って呼んで」

 

「そ、そうか。じゃあ誘者、よろしく」

 

こうして男と死神──誘者の初対面は終わった。誘者のあまりにあんまりな態度のせいか男は死ぬ気になれず、また翌日、この場を訪れて決行する事を胸に誓った。

 

 

 

 

「......一体なんだったんだあいつは?」

 

誘者と別れた男は──特に何の問題もなく崖から見慣れた自宅の近所まで帰る事ができた。職場から近いという理由で借りたアパートだ。つまるところ......

 

「......やっぱり大騒ぎになってるな」

 

まだ木場の事故が起こってから数時間ほどしか経っていない。警察官が何人も集まって現場検証をする光景はおよそ非日常な光景だ。必然的に木場が命を閉ざす瞬間が脳裏に映し出される。

 

「(クソ、一体何だってんだ!)」

 

もうすぐ自宅に到着するという帰り道の中、男は激しい葛藤に襲われる。──もう目を逸らし続ける事は無理なのかもしれない。

 

「(俺は──俺は──っ!)」

 

誘者に言われた言葉が、固めたはずの覚悟が──男ですら気づかない心の奥底で揺らぎ始めている。

 

「(いや、俺は確かに決意を固めたんだ!)」

 

理性と本能の齟齬が、男の中で渦巻いていた。

 

「クソッ!」

 

燃え上がる心の不協和音(ノイズ)に任せて足元の小石を思い切り蹴り飛ばす。呆然と転がっていく小石を眺めて視線を先に向けると──

 

「なっ!?」

 

それはつい先刻前に見たような光景。急病からか意識を失ったドライバーによって暴走する乗用車。その延長線上には──高校生くらいの少女の姿。

男の身体は、考え無しに前に動く。

 

「間に合え!」

「(多分俺がさっき死を選ばなかったのは、この時のためだ)」

 

内心の葛藤は収まっていた。先ほどまでの悩みが嘘のように男の精神は穏やかであった。

男は女子高生を突き飛ばし、そして──

 

「これで、悔いはないな」

 

男の意識は徐々に薄れていった。




ここまで読んで頂きありがとうございます。
なんか完結みたいな雰囲気ですが普通に続きます。
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