優しい世界のユキエナガ 作:小豆島パスタ
『ユキエナガ』
それは深々と雪の降り積もる、蒼々とした森の中に住まう、冬の女神に愛されし雪の妖精と言われている。
彼等の天敵は────人間である。
近年はその愛らしさから、好事家に狙われる事も多いが、人間によって襲われる最大の理由は、その身に溜め込んだ『
雪と幸を食べて生きるユキエナガは、炎属性の攻撃を受けると簡単に溶けて消滅してしまうが、それ以外の攻撃により斃した場合は、幸運値を上げるアクセサリへと加工する事が出来る毛皮を残す。
その為の乱獲が行われ、結果人間は女神の怒りを買ったが、それ以降も密猟が無くなった訳でも無く、その数は未だ回復していない。
それでも、表立って密猟が禁止された事により、当時のように人間への警戒心を持つユキエナガは少なくなり、極稀に街の入口付近では見掛ける事も増えてきた。
これから始まるのは、そんな時代の物語。
かつて、春と秋と夏と冬の四女神が世界に生命を与えた。
春の女神が萌芽を。
夏の女神は成長を。
秋の女神は完成を。
冬の女神は回収を司った。
各女神は、それぞれ特別な生命を手元においた。
春の女神は晶蝶エフェメタル
夏の女神は瑚竜アムドラグーン
秋の女神は金醸カヅノコ
冬の女神は幸精ユキエナガの其々を特別に愛した。
時代が下り、女神達の力が衰え、其々の特別な生命『スペシャリテ』も、その力を落とした。
光を振り撒くダイヤの蝶は、水晶の蝶へと堕ちた。
脱皮により、世界中の大地と海に珊瑚礁を敷いていた、全身武装たる竜の棲息域は制限された。
鹿の様な枝角を持ち、水場を巣として湖畔を酒に変える狐は、飲むものの肉体を完全なものとする『ネクタール』を造らなくなり、飲むものを強く酩酊させる酒を作るようになった。
そしてユキエナガは──────小さく丸くふわふわになった。
古来、ユキエナガは猛禽の
その眼光は鋭く冷徹で、その翼は雄大にして絶対であり、その爪は残酷な程に美しかった。
しかし、今では小さくて丸くてふわふわだ。
炎属性の攻撃でも受ければ一撃で消滅するし、嘗ての様な広範囲疑似齎死技も無い。
これでは、昔のように膨大な『幸』を回収して、女神に捧げる事も出来ない。
幸運の女神である冬の女神本人は、「これはこれで良いので、このままでいて」とは言ってくれているが、女神のスペシャリテとしては、申し訳無さが雪のように積もるのが、ユキエナガ達であった。
といっても今日では、使命感に燃えるユキエナガも減って来ており、女神に愛でられるだけの生涯を終える個体もかなり多い。
必死に『幸』を回収しようとするユキエナガの方が、変わり者扱いされる程である。
世界が四つの季節に分かれてから、其々の女神は己が担当する時期にしか起きなくなった。
それは人間達が勝手に、今を生きる人間を無差別無条件で愛する架空の神『唯一神』を信じ始めたからだ。
それによって季節の女神達の力は大きく削がれた。
冬の女神が起きている冬の間だけは、ユキエナガは護られるが、それでも完全にではない。
ましてや、それ以外の季節には凡百の野生動物の同じ様に、ユキエナガは自らの能力のみで、危険と戦うしかなかった。
今の季節は秋。
この世界の冬は短い。
それは、冬の女神が何度も何度斃されたからだ。
冬の女神が消え去る事はなく、冬が無くなる事もない。
それでも、その力は衰え続けていた。
冬の女神は『幸』を司る女神だ。
彼女は人間から見れば、とてもとても長期的な視点を持っている。
人間一人の寿命などといった、極めて短期的な視点では、彼女が全ての人間を見ることはない。
冬の女神は知っている。
何かに強い生き物は、その事が功を奏して繁栄する事があると。
冬の女神は知っている。
何も強くない生き物には、そのような機会は無縁だと。
冬の女神は知っている。
不幸だと感じる者は、何時も失敗ばかりを重ねる者に多いと。
物事を成功させる能力が低い事こそ、ストレスを溜め込み、不幸を感じる根本的な原因だと。
冬の女神は知っている。
失敗をするのは、大抵同じ個体であり、野生動物であればそれが続くと死ぬが、人間であれば失敗を重ねながらも生きると。
冬の女神は知っている。
何時も失敗ばかりを重ねる者は、殆ど失敗をしない者よりも全般的に能力が低いと。
成功の無さの原因は彼等の能力自体にあり、不幸の生産はその能力自体にあり、無から不幸を生成する存在がいることを。
冬の女神は考えた。
何時も失敗ばかりを重ねる者の『
冬の女神は行った。
春から秋までに生まれて育って完成した者達を、冬で選別することで、春に優れた種だけを申し送れるのだと信じて。
この世界の『雪』には、冬の女神の力が籠もっている。
『幸』に負荷をかけて、劣った者が生命を落とす季節を生み出す。
そして、その『幸』はユキエナガが回収して女神へと捧げ、女神が世界へと分配するのだ。
故に、女神に『幸』を持ち帰る前のユキエナガを捉えれば、その『幸』は持ち主に巡る。
故に、ユキエナガは乱獲された。
この世界はとても優しい世界。
世界の統治者である女神が遥か未来のために、自身が嫌われ者になったとしても、今存在する何をやらせても駄目な者だけを滅ぼそうとしてくれているのだから。
もし弱者が蔓延すれば、失敗ばかりを重ねる者が多くなり、不幸を慢性的に感じる事が約束された者達が増える。
不幸な者を助けようとすれば、それが別の不幸を生む。
弱者に比例して、世界に不幸が増えていくのだ。
故に女神は、何をやっても失敗しにくい者達だけを残す事で、世界の不幸を取り除き、幸運を増やそうとしてくれている。
これは、一つの生命の寿命から見れば厳しい世界だが、永い永い年月を以ってすれば、とてもとても優しい世界と言える。
能力が低いから失敗続きで、失敗続きだから幸せにならないという、どう考えても自業自得で自己責任な存在に対して、女神自らが処分を行って下さるのだから。
人間一人の生涯など見ない女神様が、滅ぼす事だけは直接手を下してくださる事に、劣った人々は感謝せねばならない。
尊神攘夷で勤神志士精神に溢れるモフワーティは、ハブられていた。
他の現代ユキエナガ達にとって、古来のユキエナガの在り方を語るモフワーティは『重たい』のだ。
モフワーティが無能なユキエナガなら、仲間内で制裁して終わりなのだろうが、モフワーティは優秀だった上に、そもそもユキエナガ達の崇めるべき冬の女神からすれば、モフワーティの方が正しいのも明確なのだ。
ただ、モフワーティの言う通りにすると、負担が大きく増える上に、季節は未だ秋で、冬の女神は起きていない事も大きい。
モフワーティは古くて重たいユキエナガなのである。
それは、明確に周囲のユキエナガ達の態度から分かっていた。
控え目に言って、モフワーティは不貞腐れていた。
それに付き合わされるコーンプリーナは疲れていた。
コーンプリーナはカヅノコの一匹である。
貧民街の妊婦達から奪い回って掻き集めた『完全性』によって生み出した『完全酒』に、王族の女性が己の嬰児を漬けた結果、母親に掴まれた足首以外の全てが無敵なほぼ不死の完璧な英雄を誕生させ、オマケにその王族女性は黄金の右手と白銀の左手を持つ女性ボクサーになったという伝説を作りし、秋の女神に愛されし『スペシャリテ』である。
自力のみで人一人に効果を生む完全酒を生み出す能力は、この時代の一般カヅノコ達にはもはや無いが、胎児や嬰児から完全性を奪ったり、その完全性から小さな完全酒を造る能力はある事から、自身の病気を治したり、子孫を英雄にしたい人々から狙われ続けており、ユキエナガに似た状況にある。
現在は秋の女神が覚醒している時期であり、表立ってカヅノコを狙う密猟者はいない。
秋の女神は成長した個体や集団が生存競争のファイナルステージに立つ事を望む。
秋の女神が準備した駒に、冬の女神が圧力を加えて引火させる。
秋の女神『アトラナート』は、『完成』と『完全』を司る女神であり、完成したものが完全であることを望み祝福する一方で、完成したにも関わらず完全から程遠い存在であることに、深い失望を向ける芸術家肌である。
最近は熊と人間と蟷螂と猪と象を戦わせて遊んでいた。
大きさはどの種族も同じものを選び、その数は人間の村の人数に合わせていた。
実りの秋が来る事を祝ぐ、『実りの日』という祭日であり、その日は朝から活気に満ちていた。
突如東西南北から襲って来た蜂蜜熊、ウーマンティス、デカブタ、砂象は人々を殺して回ったが、最終的には人間達が勝利した。
しかし、その人間達は戦の終わりに残った膨大な
元々ウーマンティスは普通の巨大蟷螂であり、全ての感染者を雌化させた上に上半身を人型にする寄生虫によって、成立つ怪物である。
人に感染すれば上半身は人間であることからは変わらないが、全員が女性になる変化は存在する。
寄生虫トランジェンターは、
割と最悪の結果になったが、成長した時点で秋の女神の興味の九割は達成されており、そして成長した生物が競争を開始した時点で秋の女神の興味は満たされている。
よってその後はどうなろうと知ったことでは無かった。
長期的に見れば多くの生命を愛している女神達だが、その視点はとても長期的である反面、遠い未来で種族を凋落させる原因となる弱い個々に対しては、無関心ゆえの冷酷さが滲み出ているが、女神達の恩寵を受けるスペシャリテ達にとってはそれこそ無関係な話である。
「キュキュピィピーッ(酒でも無ければやってらんねー。酒出せ酒)」
「コンコーン(其処の水溜りに尻尾漬けるから待ってなさい)」
そう。
例えば、やけにストレスが溜まった様子のユキエナガと、相手にするのも面倒くさそうなカヅノコの様な者達には。
胎児や嬰児から完全性を奪わなければ完全酒を生み出せない…事になっているカヅノコだが、実際にはかなり生命力を削って摩耗すれば造ることが出来る。
何故それが一般に知られていないかといえば、そう思われる様にこれまでにカヅノコ達が仕向けて来たからだ。
人間の犠牲無く完全な人間へと造り変えられるのなら、カヅノコ達の疲弊など気にする事なく、人間達は完全酒を望むだろう。
既にカヅノコが完全酒を造れる事は人間達に知られていた以上は、人間達に完全酒を表立って望むことを躊躇させる理由が必要だった。
そして、他者から完全性を奪える事自体は事実であったので、自身の生命力ではなく、他の人間から完全性を奪わなければ、完全酒は造れないというイメージ戦略を繋げ続けて来たのだ。
今回も一人の英雄の誕生と引き換えに、流産や早逝、重度の障害を持って誕生する赤子が続出した。
そういった赤子達の母親の恨みは、その世代で事実上止まる為に、末代まで恨みが残る事はないが、それでもそういった事が起こったという事実は蓄積していく。
今は下層と上層の人間は血筋で分かれているが、これが能力の差で分かれる様になっていけば、そして人間の能力格差が露骨になる程に高度な社会になっていけば、元から期待値の低い両親の遺伝子を受け継いだ胎児や嬰児を生贄に、元から期待値の高い両親の遺伝子を受け継いだ胎児や嬰児をより完全な者にする事は正当な行為となるだろう。
施政者が本気の全力で最良の国家を作るために効率化を望むのなら、そうするのが必然となる。
自身がその期待値高い遺伝子でない側という負い目が無い限りは、一切の妥協なく富国強兵を行うのなら、それに必要な者だけにリソースを独占させるのは当然となるなろう。
しかし、そうなるまでは自分の子を英雄とするために、多くの胎児や嬰児から完全性を奪う行為は悪とされる。
しかし、例外はある。
実際に英雄たる王を作ってしまえば、過程と結果は逆となる。
即ち、戦争をするのなら支配者だけで勝手にやって、国民を巻き込むなという理論を実行出来るだけの英雄たる王が誕生すれば、だ。
単身で敵国を滅ぼし、やろうと思えば何時自国民全員が叛乱したとしても単身で制圧出来るだけの英雄を、王として誕生させた後であれば、王は王以外の全ての者よりも価値が高い故に、王の行う事全てが善となり、王に逆らう事全てが悪となる。
英雄の誕生とは、即ち人間は不平等である事が正しい事への証明に他ならない。
秋の女神は、個々が全力で成長し完成した上でも、
不平等が存在する結果こそを愛しており、そうなった結果も、そうなるまでの過程も、愛している。
四季の女神様達は基本的に善良であり、ただその時代を生きているだけで、その時代を前進させていかない個々の一生を見るには、余りに視点が高過ぎるだけなのである。
女神様達に云わせれば、「皆平等なプランクトンしかいない時代のままの方が幸せだった? ボス猿以外は皆平等な類人猿時代の方が幸せだった? 違うでしょう?」という事であり、そこには明確に施星者独特の成功の自負がある。
コーンプリーナは、それこそを望む女神達の意に応えるだけ。
しかし、女神に従うのはスペシャリテとして当然だが、他のスペシャリテにまで毎回従うつもりはない。
女神様には傅くし、仕事もお洒落に熟す。
女神様の命令であれば、英雄の母親となる女性に優美に完全酒を与える。
しかし、ある種の同僚でしかないユキエナガ相手には、雑な対応しかしない。
「キュピィィ(言いたい事も言えないなんて)」
「コーンコーンキュココーン(言いたい事も言えない?
お前の言いたい事になどに、お前以外は興味がない)」
割とコーンプリーナはザックリと正論で切り捨てるタイプの狐だ。
言いたいことも言えない相手に、興味がないから言わなくても良いと答えられる女傑は見ていて気持ちが良い。
言外には、「お前が言いたい事よりも、言わなければいけないことを言え」という、更なる正論が含まれている点も含めて、コーンプリーナはかなり仕事が出来る側の狐だ。
尚、此処までは全て茶番である。
モフワーティは、愚痴るよりも断行してから報告するタイプで、先程も部下を率いてゴブリンの集落から運を根刮ぎ奪い去って来た。
殆ど全ての仕事はモフワーティが行い、部下たちは小さな赤い実を突付いたり、氷蜜花にくちばしを突っ込むだけであった。
モフワーティは、自分以外が女神の望みに全力を向けていない事にイライラしているタイプだが、部下を動かすよりもその分自分が働いた方が成果が出る事も知っている。
モフワーティもまた、英雄である王なのである。
現に餌の不作か、洞窟の崩落か、人間の討伐軍が来て、そこのゴブリン達
その全滅の寸前に、ギリギリまで生き残っていたゴブリンに、死んだゴブリン達から回収した幸運を授けてやるのだ。
全てのゴブリンの運が最低値になるのなら、他の能力値が高いゴブリンが生き残る。
その能力値が高いゴブリンに、幸運まで授けてやれば、ゴブリンという種は以前以上に栄える。
冬の女神の望むがままに、モフワーティは幸運を奪い、そして授けるのだ。
これこそが、幸運の適切な再分配故に。
モフワーティは、現存する古代のままのユキエナガだ。
その眼光は鋭く冷徹で、その翼は雄大にして絶対であり、その爪は残酷な程に美しかった。
小さくて丸くてふわふわな、他のユキエナガとは違う。
────この、瞬間までは。
「コ…ンン!?」
完全性を高める完全酒の生成を誤ったのだとコーンプリーナが気が付いた時には遅かった。
あれ程までに、冷徹で絶対で残酷なモフワーティは、どんなユキエナガよりもフワッフワに、否!! ふわっふわになっていたのだ。
カタカナで擬音を表す事さえも憚られるふわっふわ感。
欠陥品の不完全酒は、彼の肉体を幼鳥時代にまで戻してしまった。
女神の命ずるがままに、数千年前から生きて来た告死鳥。
今の時代では、彼こそが原種のユキエナガと知る者はいなくなって久しい。
ユキエナガとは別の生物として、人々に恐れられるモフワーティ。
今を生きる一人の人間よりも、人間という種の未来への有益を愛する、永き視点を持つ自然神故の善意を執行する
それが何とも酷い事に、小さくてふわっふわで、ころっころになってしまった。
これでは冬の女神も大層悲しむ……事もなく、「あら可愛い」と愛でるかもしれないが、それはそれでこれまでの活躍や成果を無価値と思われた様で、フワワーティの矜持が傷付くのだ。
スペシャリテは女神の恩寵に応えてこそ。
可愛いから愛されているだけというのは、フワワーティの考えるあるべき女神とスペシャリテの関係ではない。
しかし、嘗ての物理的に重たくて、肉体的に古臭い彼が言うのならば他のユキエナガ達も従っただろうが、今の彼にはそれがない。
何か妙に意識高めなユキエナガの一羽に過ぎない。
フワワーティは今度こそ、茶番ではなく本気で不貞腐れた。
可愛いは正義