とある喫茶店の看板娘との物語 作:てつを
今から1年前、某所。
丑三つ時を既に過ぎた、深夜。皆が寝静まっているだろう時間帯に相応しくない、数発の銃声が鳴り響く。そこには銃で武装した男が数人に、それらと向かい合う15歳前後だろう少年が一人。
「てめぇ!」
男の一人がアサルトライフルを構え、少年に向かって連射する。しかし少年はそれに動じることなく、大きな後方宙返りで空中に舞い上がり、射線から離脱して連続で発射される弾丸を回避していく。
「くそっ! 怯むな! 撃て!」
至近距離で放たれた弾丸を避けた。
そんな超人じみた身体能力を目の当たりにしたせいか、一瞬その場がどよめく。しかし誰かが発奮の声を掛けた事によりすぐに闘志を取り戻し、今度は複数での一斉射撃が放たれた。
だが少年の身体には一発も命中しない。少年はその場で後方宙返りや側転、バタフライツイストなどの様々なアクロバットを用いて宙を舞い、弾丸を全て回避していく。
そして少年が後転から地面に着地した時、少年は懐から一丁の拳銃を取り出す。そして弾幕の中、少年は注射針を刺す様に、それをゆっくりと男たちに向けて片手で構えた。
「ガッ!」
瞬間、少年は引き金を弾き、少年を狙っていた男の一人が吹き飛び、胸に大きな傷穴が開き、破裂したかの様に血しぶきが舞う。その光景は少年の持つ銃の威力が非常に高い事を知らせ、男たちを威圧させるには十分だった。
「な、何なんだこのバケモノは?!」
動揺が走り、徐々に後退していく男たち。だが少年は男たちを逃がさないとばかりに眼光を走らせ、アクロバットの動きで男たちを翻弄し、銃を構え、正確に一人一人撃ち抜いて行く。
「あ、ああ‥‥」
残り一人。
周りの見方が全滅し、恐怖で腰が抜けている男に少年はゆっくりと銃口を向け、容赦なく引き金を弾き、最期の一人を撃ち殺した。
静寂の中、最後の銃声がその場で鳴り響く。
少年の表情は影に隠れて見えない。だが少年の身体には男達の返り血がべっとり付いており、この場で起きた事の壮絶さを物語っていた。
少年はポタポタと返り血が滴る己の手を無言でじっと眺める。そんな姿を、真夜中の空に浮かぶ月の光が眩しくも、穏やかに照らしていた。
▽
昼過ぎの平日。快晴の日差しを受けながら、俺は東京の街を散歩していた。こうして特にあてもなく、気の向くままに街を散策するのは、最近になって出来た俺のちょっとした趣味だ。
散歩は良い。今こうして何かに追われたり、縛られたりする事なく街を散策するのは好きだ。それに日本人は規範意識が高く、親切だ。町を見て見ればすぐに解る、道にはゴミ一つ落ちていないし、誰かが落とし物をすれば盗むことなく直ぐに持ち主へと返す。色んな国を股に掛けた身から言うが、日本の治安の良さは世界でもトップクラスだろう。日本、やはり来てよかったな。
だが適当に東京の街を散策をしていると、街行く人も勝手に目に入るものであり、俺と同じくらいの年齢だろう男子学生や、日曜日にも関わらずこれから休日出勤へと向かうサラリーマンの姿が目に留まった。
そういえば、もうそろそろ学校に通うなり、仕事を見つけるなりしないとな。…近い内に高卒認定試験でも受けて、大学にでも進学するかな。それとも適当な職場でも探すか、今は金にこそ困っていないけど、何もせず通帳の中の数字が減っていくのは精神的に宜しくないし、何かしらのやるべき事を探さないと。ずっとこの生活を続けていく訳にももいかないし。
そんな事を考えつつ、ブルーな思考に陥ろうとする中、俺は一軒の店の前で足を止めた。ここは喫茶リコリコ、俺が日本に来てからよく来ている喫茶店だ。
「いらっしゃい霧島君。また来てくれたのか。」
店に入ってみればダンディな黒人男性が気さくに挨拶し、カウンター越しにメニューを渡してくれる。彼はここの喫茶店のマスター、ミカさんだ。
「今日もいつものかい?」
「はい、どら焼きとオリジナルブレンドコーヒーを」
注文を済ませ、テーブルに頬杖を付く。ここ喫茶リコリコと俺が出会ったのは、ほんの数週間前の話、ほんの気まぐれで来店したのだが、珈琲の味と言い、和洋折衷のメニューと言い、俺の好みに完全にドストライク。以降は毎日のように足を運んでおり、今ではすっかり常連客の仲間入りだ。
「あんた本当にどら焼き好きね。来るたび食べてるじゃない。」
「どうもミズキさん、この味が中々好きなので。」
どら焼きを一口頬張り、珈琲を飲んでいると、俺に店の奥から一人の女性が話しかけて来る。彼女は中原ミズキ、知的なイメージを思わせる眼鏡を掛けた女性であり、現在絶賛婚活中だ。だがどうにも状況は芳しくないようで、昨日も『駄目だった』と嘆きながら机に突っ伏していた事を覚えている。
「そう言えば千束はどうしたんです?」
「まだ来てないよ、そろそろシフトの時間だから来るんじゃない?」
ここの看板娘が不在であることを知り、少し残念な気持ちと共に珈琲を一口喉に流す。彼女との出会いはほんの数週間前の出来事の話だ。あの時はまだ日本へ引っ越して来たばかりで、引退生活の中で何をすればいいか漠然としたイメージも付かず、ただ何の目的も無く近所を散歩していた時、この店の看板娘と出会ったのだ。
出会ったきっかけは単純、彼女の落とし物の探しを手伝ってやった事だ。あの時彼女は何やら財布を落としてしまったらしく道端であたふたしており、そこを見掛けた俺が一緒に探す事を提案し、それを快諾した彼女との数分間の共闘の末無事に彼女の財布を見つけたのだ。その後は特に考える事は無く、そのまま家に帰ろうとした、だが彼女は『お礼がしたい』と言い、この店に連れて行ったのだ。それがこの店喫茶リコリコとの、そしてこの店の看板娘との出会いだった。
今思い返してみれば随分と奇想天外な出会い方だと思う、だが彼女との出会いが無ければ自分はこの店とも背会えていなかったし、日本の生活も今よりも味気ない物になっていただろう。
「なに? 霧島君。千束ちゃん居ないのが寂しいの?やっぱりあの子の事、気になっている感じ?」
「いや、なんでそうなるんですか。 それより締め切り近いんでしょ? ホラ、俺にかまけていないで書いた書いた!」
俺と同じく常連であろう漫画家の女性の絡みを何とかかわしながら、再び珈琲を口に運ぶ。
「珈琲何か苦いな…もう少し砂糖入れよ。」
そりゃ正直に答えると、彼女が居ない事は寂しい。でも気になっているとか、そう言った恋愛感情的な物はないと思う。ただ気の合う人間が居ない事に寂しさを感じているだけだ。それに俺は恋愛なんてガラでもない、俺の人生にラブストーリーは―――
「千束が来ましたー!」
だが声が聞こえた瞬間、体が反射的に彼女が居るであろうドアへと振り返った。快活な声が聞こえる、どうやら彼女が来た様だ。
「あ、浅野さんいらっしゃいませー! それに阿部さんもいらっしゃーい!」
その声の主は色白い肌に少し黄みがかった白髪をしており、ルビーを彷彿とさせる瞳と合わされば、まるで兎の様な可憐さを感じさせ、思わず目を奪われてしまう。
彼女の名前は錦木千束。俺がここ喫茶リコリコを知るきっかけとなった人物であり、日本に来て初めてできた俺の友人だ。
「お! 霧島君じゃん! 来てくれたんだね!」
「うん、邪魔しているよ。」
俺を見つけるや此方に駆け寄り、挨拶してくる千束。俺はそれに軽く手を挙げて応える。すると千束は何かを感じ取ったのか俺のテーブルの上の品を見てきた。
「相変わらず今日もどら焼きと珈琲とは‥‥今日こそ千束スペシャルを―――」
「流石にあの量は無理だよ。これだけで十分。」
「むー! また振られちゃったー! あれ滅茶苦茶美味しいって評判なのに、何でだよー!」
隣のカウンターのテーブルに寄り掛かり、手をバタバタと振って駄々をこねる千束を尻目に珈琲をもう一度口に運ぶ。その姿を思わず可愛らしいと思い。心臓が跳ね上がる。思えば彼女と出会ってから彼是2週間、毎日彼女の所作や仕草に思わずドキッとしてしまう自分が居る。
やばい、滅茶苦茶距離近い。
俺も今年で18だ、それなりに女性との交流はある。だが彼女は、錦木千束は違う。彼女は日本に来てから出会った初めての女性で、年齢17らしく俺と殆ど同年代だ。思えば生まれてこの方、現役の頃を通して一度も同じ年代の女性と話した事が無かった。だからきっと体に耐性が無いのだろう。
「こら千束、田中君が困っているだろ。早く着替えて来なさい。」
「あ、先生。はいはーい、それじゃあゆっくりしていってねー。」
鼻歌交じりに店の奥へと向かっていく千束、俺はそれを見送りながら珈琲をもう一杯口へ流す。だがそこにミズキさんが忌々しい物を見るような目線で話し掛けてきた。
「アンタ千束が好きなの?」
「ぐぶっぅ! え? 何で?」
思わず口に含んだ珈琲を吹き出しそうになる。この人はいったい急に何を言っているのだろうか。好き?乗れが? 千束を? 違う違う、俺はただ同年代の女子に慣れていないだけであって、俺に恋愛なんて‥‥
「正直毎回目の前でラブコメされてると腹立つのよ、まどろっこしい真似しないでさっさと付き合えっての。」
「そんな、ホントそういうのじゃないですから!」
「うっさい! その顔がすべてを語っとんじゃー! ちくしょー、何で私に白羽の矢が立たないのよ‥‥」
何かを愚痴りながらぐったりと浮項垂れるミズキさん。まったく何で人間と言う生物は何でもかんでも恋愛に結び付けて考えるのだろうか。だが今度はミズキさんだけでなく、先程の話を聞いただろう周りの客たちが騒ぎ始めた。
「なになに? やっぱり霧島君、千束ちゃんの事好きだった訳?」
「なるほど、喫茶店の看板娘と常連の恋‥‥しかもお互い無自覚ね…何かのネタになるかしら。」
まったく、本当にそんなんじゃないのに。なんでそんな目で見て来るのだろうか。周りの噂と言う弾丸から逃れる様に俺はカウンターのテーブルを見る。するとミカさんが微笑みながらお代わりの珈琲を入れていた。
「あの‥‥」
「店からのサービスだ。色々大変そうだしな。」
「すいません、ありがとうございます。」
有難くサービスとして提供された珈琲を飲む。だが周りの事も有ってか味とかよく解らない。全く俺の何を言っても別に気にしないけど、少しは俺を気遣って欲しいものだ。内心不満を抱えながら珈琲を喉に流し込んでいると、ミカさんは何処か楽しそうに話してきた。
「最近、キミと千束の仲について結構話題になっているんだ。色々気まずいと思うが、耐えてくれ。」
「ははは、まだ出会って2週間ちょいですよ。それなのに好きとか‥‥ミズキさんも皆もホントにもう……」
「だが千束も君と出会ってから少し変わった様な気がするよ。良い意味でね。」
「そうですか? 何時もとそう変わらない様な気がしますけど。」
「そうだとも、同年代の友達が出来たのが嬉しいってのもあるんだろう。」
珈琲を飲みながら緩む口元をどうにか誤魔化す。でもミカさんの話だと千束って余り年が近い友達とかって居なかったのかな? あのコミュニケーション能力がカンストしている様な千束が? まぁあの子にも色々事情があるのだろう。藪蛇なのは間違いない、深く踏み込むのは止めておこう。
「それじゃ、そろそろ失礼します。会計お願いできますか?」
「ん? もう良いのか? そろそろ千束の着替えが終わる頃だと思うが……」
「いえ、この後ちょっと用事があるので。」
ミカさんに礼を言って、席から立ち上がる。用事と言っても大した事ではない。この後家近くのスーパーが今日タイムセールを行うらしく、カップ麺や惣菜などの食料品を補充する為に買い物をするだけだ。
「おっまたせー! さーて! 今日もバリバリ頑張っちゃいますよー!」
だがそのまま会計を済ませようとした瞬間、店の奥の扉が開かれ、赤い着物に身を包んだ千束が飛び出してきた。
……やっぱりもう一品どら焼き食っていくか。
文章はアベンジャーズの小説から流用しているので、デジャブを感じても悪しからず。
人気次第で続けたいと思います。