TS転生幼女は「氷の呼吸」の使い手 作:可愛ケイ@VTuber兼小説家
――明日が最後の稽古だ。
縁壱にそう告げられた夜、俺は泣きながら眠った。
凍えそうなほどに寒かった。
けれど、途中からなんだか心の奥のほうがぽかぽかと温かくなった。
それはまるで、母に抱きしめられたときのように。
寝ている俺に、わたしに……。
彼がやさしく寄り添ってくれていたような、そんな気がした――。
* * *
そして、翌日。
俺は縁壱と向き合って刀を構えていた。
風がひどく冷たかった。
まもなく冬が訪れようとしていた。
「お師匠さま」
「まふゆ」
一瞬、風が凪いだ。
それが試合開始の合図だった。
次の瞬間――キィイイイン! と刀身がぶつかっていた。
ギリギリとしのぎを削り合う。
「っ……!」
やっぱり防がれたか!
先に仕掛けたのは俺だった。
「氷の呼吸・肆ノ型――”
霜が降りるかのごとく静かな踏み込みとともに放つ、横凪ぎだ。
もっとも予備動作の小さい技だが、縁壱にはすべてお見通しだったらしい。
しかし、すこし意外だった。
いつもなら俺は、それこそ文字どおり彼に
実力差がありすぎて、彼の刃に己の刀を触れさせることすらできない。
刀を打ち合わせることも許してもらえないのに。
「いいのかい、このままで」
「うぐっ!?」
縁壱が軽く力を込めてくる。
しかし、俺にとってはまるで巨岩にでも押しつぶされそうなほどの圧力だ。
この老体からなぜそれほどの力が発揮されるのか、不思議でならない。
ただ、間違いないのは……力比べは俺が圧倒的に不利だということ。
「ぬぐぐぐっ! 氷の呼吸・陸ノ型――”
フッと力を抜いた。
雪が風に揺られるがごとく、ふわりと敵の攻撃をいなす。
スルリと刀身がすべり、縁壱の刃は脇へと逸れた。
普通の相手ならこれでバランスを崩してくれる。
だが、彼は最初からわかっていたみたいにスッと刀を引いていた。
あっさりといなされてしまう。
「はぁっ、はぁっ……スゥゥゥ」
たった数合打ち合っただけで俺の呼吸は乱れはじめていた。
縁壱がつねに限界よりすこし上を要求してくるからだ。
「力じゃダメだ。自分の得意分野で戦わないと」
自分に言い聞かせるように呟く。
まぁ、どの分野でも彼に勝っている部分なんてひとつもないのだけれど。
だが、劣っている中でも多少マシな能力はある。
それは”速さ”だ。
呼吸のおかげだな。
筋力がなくても、呼吸で底上げされたその能力ならば……!
「氷の呼吸・漆ノ型――”
まるで雪が、あるいは花びらが舞い散るがごとき乱れ斬り。
俺は手数で縁壱に勝負を仕掛けた。
「スゥゥゥゥゥゥ……!」
『氷の呼吸』により運動で生じた熱を体外へと排出する。
それにより俺は通常よりもずっと長時間、パフォーマンスを落とさずに動き続けられる。
だが、それとはべつに……激しい運動に酸素の供給が追いつかない!
ツラい、苦しい!
縁壱が徐々に刀を打ち落とす速度を上げていた。
まだできるはずだ、もっと早く打ち込めるはずだ――そんな声が、交わる刃から聞こえてくる。
「スゥゥゥ、ゥゥゥ……!」
縁壱の言うとおりだ! まだだ、まだ動きを止めるな!
自分が今できることを、すべて彼へとぶつけるんだ!
「……っ! ごほっ、けほっ!?」
それでもついに限界がきて、俺は慌てて距離を取った。
呼吸が乱れ、むせてしまっていた。
結局、剣撃はひとつ残らず縁壱に打ち落とされてしまった。
まったく、この人は……。
彼は戦いはじめる前となんら変わらぬ様子で、静かにそこに立っていた。
俺はこんなにも息を切らしているというのに。
「もう限界かな」
「……まだです」
俺はシャラン、と自らの刀を鞘へと納めた。
縁壱はやさしい笑みのまま言う。
「敵の前で刀を納めるだなんて、殺してくださいと言っているのかな」
「それでも、これが今のわたしにできる精一杯ですから」
チャキリ、と鯉口を切った状態で構える。
抜刀術――居合い斬りの姿勢だ。
「全集中……氷の呼吸・伍ノ型――”居合い・
俺は降り積もった雪のごとく、深く腰を落とす。
至極当然なことではあるが、刀は抜かれている状態が一番強い。
抜刀術や居合いは、やむをえず納刀状態での戦いを強いられた場合の……緊急手段にすぎない。
――普通は。
縁壱は俺がカウンターを狙っていることを察してだろう。
応じるかのように、自ら地面を蹴った。
次の瞬間、彼の姿が消えた。
そう錯覚するほどの加速。
だが、俺の目はギリギリでその動きを捉えている。
何度も何度も、彼が鬼と戦うのを見てきたおかげだ。
そして、彼が間合いに入る――その
「――はぁあああッ!」
地平線まで続く一面の白を思わせるような抜き打ち。
”雪景色”は『氷の呼吸』の中でもっとも美しい技だ。
中でも今日のそれは今まで一番……とびきりの出来栄えだった。
そして……。
――その、透明な刀身が
脇差ほどの長さしかなかったはずの刀が、今は打刀相当にまでなっていた。
本来は届かないはずの間合いの外まで、刃が到達していた。
はじめて俺の一撃が、縁壱へと――。