TS転生幼女は「氷の呼吸」の使い手 作:可愛ケイ@VTuber兼小説家
猗窩座の拳が俺へと到達する。
ギリギリで腕を交差させて受けたが、俺のか細い腕など障子紙にも等しい。
バキボキゴキィッ! と、受けた両腕や胸部の骨が砕ける音が聞こえた。
なかば貫通するようにしながら拳が、俺の心臓へと迫ってくる。
「まふゆぅううう!」
「白髪チビぃいいい!」
炭治郎たちの悲痛な叫びが聞こえてくる。
と同時に猗窩座も吼えていた。
「死ねェえええッ!」
だが、それは致命的な隙だ。
その間も杏寿郎の日輪刀は猗窩座の頸を切断し続けている。
あとすこし、もうすこし……!
その頸が薄皮一枚にまでなると同時に、拳は俺の胸部へと到達していた。
「ははっ……お前の負けだ。バーカ」
俺はそう猗窩座に笑って見せた。
その、次の瞬間だった。
――トンっ。
と、俺はだれかに後ろへと押された。
いや、だれかじゃない……ここにいる人物なんてかぎられている。
杏寿郎だ。
彼の”手”が俺の肩を押し、猗窩座の拳から俺を逃れさせていた。
そして、彼の手がここにあるということは当然、あるべきところにないということ。
彼のその手は――日輪刀の柄から離れていた。
――なにを、やっている?
いったいなにをやっている、杏寿郎。
お前は……お前はぁあああッ!?
胸部にこそ届かなかったものの、猗窩座の一撃はすでに俺へとダメージを響かせている。
衝撃が、俺の身体をまるで木っ端のごとく吹き飛ばしていた。
地面を何度もバウンドしながら転がっていく。
それに反応したのは炭治郎だった。
「まふゆっ!」
俺の名前を叫び、地面を蹴る。
炭治郎が駆け込み、俺の身体を受け止めてくれた。
何メートルも地面をすべり、車両に激突する寸前でようやく停止する。
心臓こそ貫かれなかったが、俺はひどい状態だった。
ビシャビシャと両腕から血が噴き出していた。
ゴパっと口から塊のような血がこぼれた。
「がはっ、ごぽっ……かひゅーっ、かひゅーっ」
「まふゆ! 死ぬな、死んじゃダメだ!」
炭治郎が泣きそうな顔で叫ぶ。
致命傷にかぎりなく近かった。
傷の場所を特定し、呼吸を使って止血を……。
ダメだ、範囲が広すぎる。
いや、ちがう。今はそんなことはどうでもいい。
それよりも……。
「なん、デだ……なニをしていル、煉獄杏寿郎おォおおオッ!」
俺は血を吐き出しながら叫んだ。
猗窩座の頸は硬く、片手に……腕力が半分になってしまったその刃は、ピタリと止まっていた。
『煉獄』によって負った傷を回復した猗窩座が、杏寿郎の日輪刀を跳ね返す。
それから大きく後方へと跳躍し、距離を取った。
切断されかけていた頸ももとに戻ってしまう。
俺たちは千載一遇のチャンスを逃したのだ。
「あとすこシだったンだぞ!? 薄皮1枚デ『上弦の参』を仕留めラれたんダぞ!?」
俺の命ひとつで、無数の命が救われていたんだ。
なのに杏寿郎、お前はぁあああッ!
「これは俺のワガママだ。俺は俺の責務をまっとうすると決めた。ここにいる者はだれも死なせないと決めた。当然、キミのことも死なせるわけにはいかない」
「ふざケるナ! お前、オ前ぇえええッ!」
「まふゆ!」
炭治郎がまるで叱るみたいに俺の名前を呼んだ。
俺を抱き留めている彼の手は、耐えるかのように震えていた。
いや、それは炭治郎だけじゃない。
杏寿郎も同じだった。
「すまない。俺は――
杏寿郎はそう俺に謝罪した。
思わず声が漏れた。
「……ぇ?」
あの杏寿郎が弱い?
炎柱である彼が?
そんなはずがないだろう。
彼は至高の領域に近い剣士で……。
「今の俺には両方を選べるだけの力がなかった! この失態はすべて俺の責任だ! 俺の弱さが原因だ! キミの作った機会をムダにした! キミには俺を責める権利がある!」
杏寿郎はこんなときでもハキハキをしていた。
けれど、その声は抑えきれない己への怒りに――ふがいなさに震えていた。
「だが、この決断は間違いではないと、俺は信じる! 俺はこの鬼を殺すよりキミを助けるほうが価値があると判断した!」
俺を助けるほうが価値がある?
そんなのありえない。
それに、あそこで倒せなかったらどのみち俺たちは終わりだ。
もう俺たちには猗窩座と戦う力が残っていない。
杏寿郎も俺も重傷を負ってしまっている。
一方で向こうはというとすでに全快。
あぁ、なんて理不尽な存在なのだろう。
鬼ってやつは。
あとは俺たちが一方的に虐殺されるだけだ。
もはや抵抗する術はなにもない。
……その、はずなのに。
なぜか、猗窩座は一切こちらへと攻撃してくる様子がなかった。
「オレは今、なにをした? まさか、オレは今……怒りに任せて女を殺そうとしたのか?」
猗窩座は自身の手のひらを見ながら、愕然とした様子で震えていた――。