TS転生幼女は「氷の呼吸」の使い手   作:可愛ケイ@VTuber兼小説家

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第70話『眠り姫』

 

 猗窩座は動きを止めていた。

 そういえば彼は女を食べないうえに、殺しもしない主義なんだっけか。

 

 しかし、さっき俺を殺そうとした。

 決闘を台無しにされ、怒りで我を忘れ……思わず殺しかけた。

 

「ごぱっ……!?」

 

 俺の口から血がまた噴き出した。

 あぁ、そろそろ限界かもしれないな。

 

 意識が遠のいていく。

 炭治郎が必死に俺の傷口を押さえて、止血しようとしていた。

 

「死ぬな、まふゆ! しっかりしろ――幸代(ゆきしろ)まふゆぅううう!」

 

「……ゆき、しろ?」

 

 猗窩座の顔がゆっくりとこちらを向く。

 その口がかすかに動いた。

 

 

 ――”恋雪(こゆき)”?

 

 

 俺を見ながら、そんなことを言ったような気がした。

 それから猗窩座は頭を抱え、あとずさる。

 

「いや、オレはなにを言っている? なんだこの記憶は? オレはいったい……!?」

 

 あきらかに猗窩座は正気を失っていた。

 そのわずかな時間が俺たちの命を救った。

 

「……ハっ!?」

 

 日の光が差し込みはじめていた。

 猗窩座はようやく我に返って、森のほうへと駆け込んでいく。

 

 杏寿郎はそれを追いかけようとして、しかし膝を着いた。

 彼もとっくに限界を越えていた。

 

 

「――逃げるな卑怯者! 逃げるなぁあああっ!」

 

 

 炭治郎の叫びが響く。

 俺はその声を聞いたのを最後に、意識を失った――。

 

   *  *  *

 

 ……消毒液の匂い。

 俺はゆっくりと目を開いた。

 

 身体がやけに重い。

 ここはいったい……?

 

 そう視線を動かしたとき、ガシャーン! となにかが割れたような音が響いた。

 そちらへ目を向けるとカナヲが立っていた。

 

 その足元には花と水、それから陶器の破片が散らばっていた。

 花瓶を落っことして、割ってしまったらしい。

 

 彼女の双眸からボロボロと涙が溢れ出す。

 そうか、ここは蝶屋敷か。

 

「目が覚めてよかった……よかった!」

 

 カナヲが俺へと抱き着いてくる。

 まぁ、たしかに今回は重傷を負ってしまったもんなぁ。

 

 そんなことを思っていたら彼女は驚愕の事実を告げてくる。

 

 

「まふゆは戦いから――2ヶ月間、意識が戻らなかったんだよ?」

 

 

「なっ!?」

 

 に、2ヶ月間も!?

 サァーっと頭から血の気が引いた。

 

「た、炭治郎たちは今どこに!?」

 

「えっと、たしかみんな任務に出ていたと思うけれど」

 

「なんの任務!? どこへ行くって言ってた!?」

 

「ご、ごめんなさい。確認しないとわからない。みんなバラバラに任務に出てるから。……あ、でも善逸は東北のほうへ長期任務に出ていたはず」

 

「東北……ほっ、そっかぁ~」

 

 安堵の息を吐いて、ベッドへと身体を沈めた。

 どうやらまだ、次の大きなイベントは来ていないらしい。

 

 寝ている間にすべてが終わっていたら、目も当てられないところだった。

 本当によかった……。

 

「でも、2ヶ月か」

 

 まぁ、前回400年も眠り続けていたことに比べればマシか。

 こうして病室のベッドで目を覚ますのもひさしぶりだ。

 

 それとカナヲに看病されるのも。

 ……って、んんっ?

 

「あの、カナヲ」

 

「どうしたの、まふゆ」

 

「えーっとね……こうやって昏睡していた人が意識を取り戻した場合、まずすべきことがあると思うんだけれど」

 

「……?」

 

「具体的には、すぐにだれかを呼んだほうがいいかなーって。しのぶさんとか、アオイさんとか。どこか異常がないか診察してもらわないといけないし」

 

「……はっ!?」

 

 カナヲも言われて気づいたらしい。

 慌てて立ち上がり、タタタッと走っていった。

 

「あっ、ちょっ!? カナヲはここに残って、大声で呼ぶとか……って、もう行っちゃった」

 

 なんというか、相変わらずの看病ベタだなぁ。

 それからすこしして、カナヲがみんなを呼んできてくれる。

 

 三人娘が泣きながら俺に抱き着いてくる。

 アオイは洗濯物を干している最中だったのか、シーツを被ったまま駆け込んでくる。

 

 カナエに抱きしめられて、その胸元が原因で窒息しかけたり……。

 最後に、しのぶに診察されながら怒られた。

 

「本当にもう! 無茶をしてっ……でも、目を覚まして本当によかった」

 

「ごめんなさい」

 

「でも、あなたのおかげで……あの戦いで死者はだれも出なかったわ」

 

 聞けば杏寿郎も生き残ったそうだ。

 ……そうか、彼が生き残ったか。

 

 カナエが生きていたのは偶然だった。

 けれど、今回はちがう。

 

 俺は自分の意思で歴史を変えた。

 杏寿郎の生存はそのリスク以上にリターンが見込めると思ったから。

 

 ……本当なら猗窩座も狩るつもりだったんだけどな。

 ずいぶんと予定が狂ってしまった。

 

「まふゆ? 大丈夫?」

 

「あ、はい。どこも痛くないです。ちょっと身体のダルさはありますけれど」

 

「もう、バカ! あんた寝すぎなのよ!」

 

「あはは、ごめんなさい」

 

 アオイにペロッと舌を出して笑って見せる。

 だが、内心には恐怖があった。

 

 今回の件、いつかどこかで――しっぺ返しがくるのではないか、と。

 なにごとにも揺り戻しがあるものだ。

 

 今はよくても、いつか本来の歴史以上の脅威が訪れるのではないか、と。

 猗窩座に与えた変化が、なにかとんでもない事態を引き起こしてしまうのではないか、と。

 

 そんな予感がしてならなかった。

 けれど、今は……今だけは。

 

「みんな、心配かけてごめんなさい。それから……ありがとう」

 

 ひとときの平穏と幸福に浸っていよう――。

 

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