TS転生幼女は「氷の呼吸」の使い手   作:可愛ケイ@VTuber兼小説家

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第84話『水揚げ』

 

「わ、わたしを”身請け”したい……ですか?」

 

 困惑しているうちに客であるその男性は、やり手ババアを呼び出していた。

 それから俺を身請けしたい、とまくし立てていた。

 

「あんた、その髪色は」

 

「す、すいません。目立つので染め粉で隠していました」

 

 俺は身体を縮こめながらやり手ババアの問いに答える。

 マズい、マズい、マズい!

 

 なにごとか、と周囲に人が集まりつつあった。

 このまま騒ぎが大きくなったら、わらび姫にまで届いてしまうかもしれない。

 

 ここで逃げられたらすべてがご破算だ。

 やり手ババアはそのまま、詳しい話を聞きはじめていた。

 

 もしかして、このまま俺……売られるのか!? 冗談じゃないぞ!?

 俺は慌てて口を挟んだ。

 

「あの、わたしはまだ正式な遊女じゃないのですけれど。身請け話なんてまだ早いんじゃ」

 

「あぁ、お嬢ちゃん……ふゆ子ちゃん(・・・・・・)、大丈夫だよ。安心して。見習いでも身請けは問題なくできるからね。これからはおじさんと一緒に暮らそう」

 

「そのとおりだよ。むしろ遊女より安いくらいさ」

 

 ”身請け”とはいわば借金の肩代わりだ。

 そして、その借金には利子がつく。

 

 複利の力とは恐ろしいもので……ほぼすべての遊女が、”年季”が明けるまで――定年を迎えるまで自由になることが難しいほどだとか。

 だが、逆にいえば……今の俺にはまだほとんど利子がかかっていない。

 

「とはいえ私はそこいらのケチな男どもとはちがう。安く買い叩こうというわけではない。ゆえに、彼女の代金としてこれだけの金額を支払おう」

 

「……!」

 

 男性が指で示して見せた金額にやり手ババアの目が丸くなる。

 それから脳内でそろばんでも弾くような顔になった。

 

 終わった……俺、完全に売られるわ。

 そう絶望に打ちひしがれるも、しかしなかなか彼女は結論を出さなかった。

 

 商売人としては売らない理由がないだろう。

 ならば、なぜ……と首を傾げていると、彼女は俺に小声で尋ねてきた。

 

「ちょっといいかい? あんた、その白髪……もしかして、あの売りに来たすっごい美男子のじつの娘だったりすんのかい?」

 

「ん? んんんっ?」

 

 それって天元のことだろうか?

 たしかに俺とはすこし色合いがちがうのだが、彼も白い髪色をしていた。

 

「いったいなんの話ですか?」

 

「……なるほど、そうかい」

 

 なにが「なるほど」なんだ。

 俺は本当に思ったことを言っただけなのだが、なぜかやり手ババアは俺の発言を『肯定』として――あえてはぐらかした、と受け取っていた。

 

「……うーん、……うーーーーん」

 

 やり手ババアがなにやらすさまじい葛藤をしていた。

 そしてついに「すまないが」と男性へ、首を横に振った。

 

「この子は『立派な遊女にする』と約束していてね。そうなる前に売っちまうのはできないね。それに……ほら、この美しい髪だ。将来は花魁も間違いなしだろう」

 

「そ、そんなっ!?」

 

「悪いねぇ。あんたはうちの店をひいきにしてくれている。あたし個人もあんたになら任せてもいい、と思うんだが……こればっかりはねぇ」

 

 まるで自分には決定権がないから仕方ない、みたいな口ぶり。

 やり手ババアは残念そうな顔を作っていた……が。

 

 こ、このババア!?

 もしかして、天元への好感度を考えて答えを出さなかったか、今!?

 

 もちろん俺の髪色を見て「将来、もっと高値で売れる」と判断したのも一部は真実だろう。

 けど、絶対そっちの理由は言い訳(・・・)だと思う。

 

 だが、まぁ納得する部分もある。

 本来の歴史では、天元にポッとなって善逸を買っちゃうくらいだもんな。

 

 だが、さすがに頬に傷がバレていたら、今この場で即座に売られていただろうけど。

 花魁にはすっぴんでも美しいことが求められる、という話だから。

 

「そうか……残念だ。本当に残念だ。残念でならない」

 

「じゃ、じゃあそういうことで」

 

「待ちたまえ!」

 

 立ち去ろうとした俺を男性が引き留める。

 それから彼は「じゃあ代わりに」と話を続けた。

 

「私に彼女の”水揚げ”をさせてほしい」

 

「水揚げ?」

 

「その遊女がはじめて客と肌を重ねることだよ」

 

「えぇっ!?」

 

 昼間はアオイがそうなりかけていたが(まぁ、誤解だったわけだけど)。

 まさか、今度は俺が本当にそうなりかけてる!?

 

「それも、できれば今晩中に」

 

「こ、今晩かい!?」

 

 その発言にはさすがにやり手ババアも困惑した。

 それから、それが難しい当たり前の理由を述べる。

 

「この子にはまだ(とぎ)の仕込みもなにも済んでないですし」

 

「それで構わない」

 

「準備も必要ですし、せめて後日なら……」

 

「それは困る。私は明日の昼には海外に発ってしまうのだ」

 

「貿易のお仕事ですか」

 

「あぁ」

 

 上客だけあってか、やり手ババアはその男性の仕事を把握していた。

 彼は「だから」と続ける。

 

「身請けできないなら、彼女のハジメテはせめて私がいただきたい。長らく戻ってこれないうちに、彼女がだれかのものになっていたら……耐えられない」

 

「ふぅむ、ですが……」

 

「もちろん、ムリを言っているのは百も承知だ。ゆえに、先ほど提示した身請けの金額……あれで彼女の今晩を買わせていただこう」

 

「あ、あの金額をたった一晩にですか!? で、でも彼女はまだ年齢が」

 

 そんなやり手ババアの最後の抵抗は、男性の発言であっさりと崩された。

 彼は言った。

 

 

「――彼女はもう大人の年齢だと聞いた」

 

 

「あぁっ!?」

 

 厠へと案内するときに、たしかにそんな話をした。

 男性はかなり酔っぱらっていたのに、どうやら覚えていたらしい。

 

「……たしかに、私も聞いたね」

 

 その発言で、やり手ババアの声音が変わったのがわかった。

 それに、さっきまでは男性に身体を向けていたのに、今は俺へと向けていた。

 

「ふゆ子、よろこびな。あんたの水揚げは今からだよ。これは決定事項だ」

 

「そ、そんな……」

 

 俺の吐いたウソがまさかこんな形で返ってくるだなんて。

 いや、ウソではなく真実なのだけれど……。

 

 周囲に集まっていた人たちが異例の事態にザワついていた。

 だ、ダメだ。もう限界だ。

 

「……わかりました」

 

 これ以上は騒ぎを大きくすることはできない。

 俺は抵抗できず、うなずくほかなかった――。

 

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