TS転生幼女は「氷の呼吸」の使い手   作:可愛ケイ@VTuber兼小説家

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第86話『わたしの”お姉ちゃん”』

 

「まふゆっ!」

 

「……アオイ、さん?」

 

 俺のとなりに客であった男性が倒れていた。

 アオイがおぼんを振り下ろした姿勢で、そこに立っていた。

 

「いったい、なにをして」

 

 だが、そんなことはどうでもいいとばかりにアオイはおぼんを放り捨てた。

 それから俺に抱き着いてくる。

 

「まふゆっ……ごめん、ごめんねっ! 怖かったよね。もう大丈夫……大丈夫だから!」

 

「アオイさん……痛い、です」

 

「こんなことさせてごめんなさいっ……ごめんっ」

 

 アオイは泣きながら謝っていた。

 俺にはなぜ彼女がそんな表情をしているのかわからない。

 

「どうして、ここに」

 

「やり手ババアにお願いしたの。せめて、まふゆの接客や雑用を手伝わせてくれって。あたしはあの子のお姉ちゃんだから、って」

 

「そうだったんですね」

 

「けど、そしたら……あんたの助けを求める声が聞こえてきて。それで……」

 

「でも、アオイさん……任務が。鬼を殺すためにはこれが必要で。みんなの命がかかっていて」

 

「こんなこと、もうしなくていい!」

 

「でも、でも……こんままじゃ確実に騒ぎになっちゃうし、わたし……」

 

 

「だとしても――こんなに怯えている(・・・・・)妹を放っておけるわけないでしょ!?」

 

 

「……怯えてる? わたしが?」

 

 言われた言葉の意味が理解できず、首を傾げた。

 アオイはそんな俺にやさしく、教えるように言う。

 

「あのときだってそうだった。音柱さまに連れて行かれそうになったとき」

 

「……?」

 

「あんたは、あのときも怯えた顔をしてた。だから決めたの。あたしも一緒に行くって」

 

「えっ?」

 

「やっぱり……あんた、気づいてなかったのね」

 

 アオイに誘導されて自分の手で顔を触らされる。

 そこはくしゃくしゃに歪んでいた。

 

「……ウソ、こんな。……わたし、そんな」

 

「あんたは自分の痛みに鈍感なのね。でもそれは、痛みに慣れちゃってるだけ。本当に痛くないわけないじゃない。恐くないわけじゃない」

 

「そ、そんなはず」

 

 俺が、鬼との戦いに連れて行かれることに怯えていた?

 そんなことはありえない。

 

 だって、俺がこれまでどれだけの鬼と戦ってきたと思っている?

 死にかけたことだって、1度や2度じゃない。

 

 今さら、その程度のことに恐怖するわけがない。

 どうせ、俺には失うものなんてなにも……。

 

「……ぁ」

 

 そのとき脳裏をよぎったのは蝶屋敷のみんなで夏祭りへ行った記憶。

 楽しくて楽しくて、仕方がなかった思い出。

 

「……ぁ、あぁ」

 

 もしかして、そうなのか?

 そういうことなのか?

 

 蝶屋敷で暮らす中で、いつの間にか大切なものがたくさんできてしまっていた。

 それで死にたくないと思ってしまった。

 

 それに幸せな思いに満たされ、復讐心以外の感情を取り戻してしまっていた。

 だから――汚されたくない、と思ってしまった。

 

「……あぁぁ、あぁあああ」

 

 ……ダメだ。もう、ダメだ。

 俺は自覚してしまった。

 

 途端、次々と両目から涙が溢れ出して止まらなくなる。

 のどがしゃくりを上げる。

 

 いつの間にか俺は……。

 わたしは……。

 

「……こんなにも、弱くなっちゃった」

 

 肉体はこれ以上強くなれないから。

 せめて心だけは強くあろうと、そう思い続けてきたのに。

 

 それだけが弱い俺の、唯一の強さだったのに。

 強く、固く、鋭くなるように必死に心を氷漬けにして支えていたのに。

 

 あぁ、ダメだ……溶ける。溶けていってしまう。

 そして俺は――。

 

 

「……うわぁあああんっ!」

 

 

 まるで子どもみたいに泣きじゃくった。

 支離滅裂な言葉が口からこぼれた。

 

「でもっ……任務が、鬼がっ……みんながぁああ……」

 

「いいの、いいの! 押しつけてしまってごめんなさい! それに……今までいっぱいがんばってくれて、ありがとう! 大丈夫、これからはあたしが……」

 

 

「――”お姉ちゃん”が一緒だから!」

 

 

「お姉、ちゃん……? うわぁあああん! お姉ちゃん、お姉ちゃぁんぅうううっ!」

 

 アオイに抱き着いて、まるで子どもみたいに泣きじゃくった。

 いや、本当に子どもだったのだろう。

 

 俺の……いや、わたしの心はあのとき、家族を鬼に殺されたときに止まってしまっていた。

 あのときから変わっていなかった。

 

 だから、いつまで経っても復讐心を忘れなかった。

 と同時に、ずっと子どものままだったのだ。

 

 けれど、今はもう心臓が……心が熱くて、痛くて、たまらなかった。

 そんな俺を、アオイは強く強く抱きしめ続けてくれた――。

 

   *  *  *

 

 ひとしきり泣きじゃくって、そして落ち着いて。

 それから俺は途方に暮れた。

 

「……どうしよう、この状況」

 

「大丈夫、きっとなんとかなるわよ」

 

 アオイはそう言ってやさしく俺の頭を撫でてくれる。

 そうすると、本当になんとかなる気がしてきた。

 

 俺の泣き声を聞いて、だろう。

 部屋の前に人が集まってしまっている。

 

 ふすまは全開で、俺のとなりに倒れている客を見てやり手ババアが顔を青くしていた。

 完全に大騒ぎだ。

 

 これにはさすがにわらび姫も気づいてしまっただろう。

 でも……きっと大丈夫。

 

 アオイの顔を見ていると、なんだかそう思えた。

 と、そのとき。

 

 

 ――ドォオオオン!

 

 

 遠くで、落雷のような音が鳴り響いた――。

 

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