2度目の人生は可愛くて強すぎる名人になってチヤホヤされたい!   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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初手『2度目の人生は可愛くて強すぎる名人になってチヤホヤされたい!』

最強の女流棋士。

そんな風に持ち上げられた時期が私にもありました。

 

今じゃ私のことを認知している人なんてよっぽどの囲碁オタクだけ。

世間一般にとって囲碁の女流棋士と言えば私のことじゃなくて、【可愛すぎる女流棋士】なんてキャッチフレーズでバラエティを中心にテレビに出まくっているあの子のことを指す。

アイドル顔負けの容姿に、地頭の良さを活かしたコメント力。それに加えて、囲碁の女流棋士という希少な肩書き。

 

囲碁は男の世界だ。

競技人口は圧倒的に男のほうが多いし、強豪と呼ばれる人はそのほとんどが男だ。

それはプロの世界でも変わらない。

プロ棋士の人数は男と女じゃ倍以上の差がある。特に七段以上の高段位の女流は少なく、タイトル獲得者は長い囲碁の歴史で1人もいない。そもそも女流の多くは女流枠という特別な制度でプロになっているため対等な立場ですらない。

 

いま話題の【可愛すぎる女流棋士】は典型的な女流どまりの棋士であり、囲碁の実力は正直そこら辺のちょっと強いアマチュアにも劣る。女流棋士になったばかりの頃はまだ辛うじてプロを名乗っても恥ずかしくない腕はあったが、テレビに出だした頃から囲碁の勉強を疎かにしたのかどんどん下手になり、最近の彼女の碁は見るに耐えないレベルだ。

正直、アラフォーと呼ばれる年齢になり棋士としてのピークを過ぎつつある今の私でも4子置かせて勝てる程度の、囲碁棋士としては取るに足らない小娘。

 

だが、そんなことは世間にとってもどうでもいいことなのだ。大事なのは彼女の肩書きだけ。事実、現在の囲碁界で一番人気なのは10年以上棋界のトップに君臨する【史上最強】でもなく歴代最多タイトル数を誇る【番勝負の鬼】でもなく【可愛すぎる女流棋士】の彼女。棋院も彼女のことを後押ししている節があり、イベントなどでは引っ張りだこ。棋士としてそれなりの成績を残している私より収入が多いんじゃないかと思う。

 

結局、女流棋士に求められているのは中途半端な強さではなくその他の魅力なのだ。

 

女流棋士は囲碁人口の裾野を広げるために存在する、いわば広告塔のようなもの。

そのために女流枠なんてものが設けられ、本来ならプロ未満の実力の女性がプロ棋士となることができる。

私は女流枠ではなく一般枠でプロ棋士となった数少ない女流棋士だから、女流枠うんぬんを負い目に感じる必要はないのだけど、そんな違いを分かってくれるのはごく一部のマニアだけであって、世間一般での扱いは同じ女流棋士だ。

 

女流棋士に実力はいらない。

まぁ、タイトル争いに絡むくらいの実力があるなら話は違うのだろうけど、残念ながら私はタイトル獲得どころか挑戦者になったことすらなく、本因坊リーグ最下位と天元戦ベスト8が最高記録だ。(もちろん、女流タイトルで良ければ何回でも獲得しているが)

私のプロ棋士としてのレーティングのランキングは全盛期のキャリアハイで日本16位。世界ランキングに至っては153位。

これでも女流棋士としては異例とも言える大活躍だったのだ。

女流棋士の現在地の低さが容易に伺える。

 

「あ〜、私もこんなことなら囲碁なんてそこそこに恋でもするべきだったかなぁ〜」

 

私だって、不細工ではないはずだ。それこそ、学生時代には何度か告白だってされたことがある。

少なくとも女流棋士の中では元の容姿はいい方のはずだ。

だが囲碁に人生を捧げるあまり、オシャレはおろか、最低限の身だしなみすら怠りがちになる始末。

周りの女流棋士たちからは、「化粧映えしそうな顔立ちなのに勿体ない」とよく言われたが、それすらも煩わしいと聞き入れず囲碁の研究に没頭した。

一度だけ男性棋士といい感じになりそうになったことはあったのだが、どうしても私の中で『男性棋士=倒すべき敵』という意識が拭えず、そうしているうちにいつの間にか疎遠になってしまった。

そうしてこうして残ったのは、プロ棋士としては一流未満の戦績と、彼氏いない歴=年齢のアラフォー独身女という現実。

 

「今からでも、テキトーな男なら捕まえられるかも」

 

自慢じゃないが、金はある。

収入は同年代の平均年収の倍以上あるし、研究用のパソコン以外に散財はしていないので貯金はかなりある。

これから実力と人気が落ちて収入が減ることを考えても、逆玉狙いの男一匹捕まえて子供ひとりくらい作って、家族3人で慎ましく暮らすだけの余裕はある。

 

「なんて、なにアホなこと考えてんだ私」

 

逆玉狙いの男なんかろくでもないに決まってる。ひとり暮らしが寂しいならペットでも飼ったほうが百倍マシだ。

 

最近、研究に行き詰まっているせいか、余計なことばかり考えてしまう。

ただでさえ能力が落ちてきているのに、こんなことではタイトルなんて夢のまた夢だ。

 

そう、タイトル。

 

プロ棋士なら誰しもが憧れる頂点。

人生の全てを囲碁に捧げたのに、タイトルの一つも獲得も出来ずに死ぬなんて、そんなのは絶対に嫌だ。

私はなんのために囲碁をやってきたのか。

オシャレもせず、恋も遠ざけ、ひたすら囲碁に打ち込んできたのは、タイトルが欲しかったから。それなのに、諦めてたまるか。

年齢だとか、性別だとか、そんなものは言い訳にならない。

私はまだ、戦える……!

 

「集中、集中……」

 

私はパンパンと顔を叩くと、パソコンの前に座り、囲碁ソフトを起動する。

まさかこの数時間後に、命を失うことになるとは露知らず。

 

***

囲碁・将棋まとめ速報

【訃報】女流棋士・神岸詩織(八段)が自宅で死亡しているところを発見される

 

1:名無しの碁打ち

2023年○月×日、女流棋士の神岸詩織さんが自宅で死亡しているのが発見された。享年37歳だった。

神岸さんと数日ほど連絡が付かず、不審に思った関係者が自宅を訪ねたところ、囲碁ソフトを起動したパソコンの前で死亡した神岸さんの遺体を発見したという。遺体は死後数日経っており、囲碁の研究中に心臓発作で亡くなったものと見られる。

生前親交のあった関係者は「(神岸)詩織は(囲碁の研究に熱心になるあまり)連絡のつかないことが多々あった。まさかこんなことになるとは……」と涙を滲ませた。

引用元

hffqs://news.ahoo.com/15ki4no2ho4949

 

2:名無しの碁打ち

うわ、どうせ同姓同名の別人やろと思ったらマジやん

 

3:名無しの碁打ち

最強の女流棋士って言われてた人やったよな

女流では数少ない本物の棋士やったのに残念や

 

4:名無しの碁打ち

マジで最近の棋界は可愛すぎる女流棋士のゴリ押しが酷くて辟易してたから、神岸のことは密かに応援しとったんやけどなぁ

 

5:名無しの碁打ち

つっても所詮女流棋士やろ

最強の女流棋士って言ったってレベルの低い女流の中での話やからな

 

6:名無しの碁打ち

>>5

神岸は女流枠やなくて一般枠でプロ棋士になった数少ない女流棋士やから実力的には男性プロとなんら変わらんぞ

タイトル挑戦こそないが天元戦ベスト8まで行ったことあるし本因坊リーグに入ったこともある(全敗やったけど)

普通に女流だけやなく男性棋士と比べても上澄みのトップ棋士や

 

7:名無しの碁打ち

女流棋士の中では圧倒的な成績を残しとったもんなぁ

やっぱ命削って囲碁打っとったんかなぁ

 

8:名無しの碁打ち

ある意味今の可愛すぎる女流棋士の流れが出てきたのも神岸が一因とも言える

この怪物が女流タイトルを独占しまくるせいで他の女流棋士はビジュアル売りするくらいしかやることなくなった

 

9:名無しの碁打ち

棋院も神岸のこと持て余しとったよなぁ

ともすれば囲碁ブームの起爆剤にもなれた存在やったのに

 

10:名無しの碁打ち

可愛すぎる女流棋士が下手にバズったのが裏目やったな

結局のところ色物アイドル枠として人気が出ただけで誰も囲碁に興味持ったわけじゃないのに、棋院も神岸じゃなくて可愛いすぎる女流棋士をプッシュしてしまった

こんなんだから囲碁人気は落ちてくんだよ

 

11:名無しの碁打ち

神岸がもう少し可愛ければなぁ

 

12:名無しの碁打ち

>>11

いや、十分美人やろ神岸

まぁ化粧っ気がなくて地味やったが、そこが逆に良かった

 

13:名無しの碁打ち

>>12

いや、でも流石にもう少し身だしなみちゃんとしたほうが良かったと思うぞ

髪とか粘ついてたし絶対洗ってなかったやろ

 

14:名無しの碁打ち

八段ってかなり凄いんじゃないの?

それとも死んだら二段昇段とかすんのか?

 

15:名無しの碁打ち

マジで女流棋士初のタイトル獲得見たかった

女性でも男性と対等に戦えるということを見せてくれた人

間違いなく囲碁の歴史に残る偉人のひとり

夢を見せてくれてありがとうございました

天国で本因坊秀策などの碁の偉人たちと囲碁を楽しんでください

 

***

 

先程まで私を襲っていた激しい胸の痛みが嘘のように消えた。

 

(あれ? 私、生きてる……?)

 

あれは死ぬ痛みだった。

いつものように朝から晩まで囲碁ソフトで研究していたら、胸に激しい痛みが走り、のたうち回っている間に気を失った。

ちゃんと気を失う寸前、心の中で辞世の句『夢破れ 現実にも負け 独り逝く 胸と心の 痛みと共に』も詠んだというのに、まさか生き永らえていたとは。(クオリティはお察し)

 

まぁ、生きているならそれに越したことはない。

さて、囲碁ソフトで研究を……研究を、あれ?

 

「この部屋どこだ?」

 

なんていうか、女の子っぽい部屋だ。

決して私の机と碁盤とパソコンしかない白い殺風景な部屋ではない。

可愛らしい小物が沢山ある代わりに、パソコンも碁盤もない。

ここはどこ?

 

「ていうか、私だれだ?」

 

自分の手を見ると、違う。

碁石で出来たタコもない、小さくてぷにぷにの手。まるで女児。

 

部屋にあった鏡を見る。

 

「マジでだれだよコイツ!」

 

私は見知らぬ女子小学生になっていた。

顔は童顔で可愛い系。ていうか自分(?)で言うのもなんだけど可愛すぎない私!? 可愛すぎる女流棋士のあの子より百倍可愛いんだけど!?(まぁ小学生というのもあると思うが)

 

そんなことを考えていると、不意にガチャリと部屋のドアが開かれた。

 

「あかり、そろそろ起きないと。遅刻するわよ」

 

母親だ。見知らぬおばさんの筈だが、私は彼女が母親であると理解し――――思い出した。

そうだ。私は藤崎あかりだ。

私は藤崎あかりとして生きてきたこれまでの人生を思い出した。

 

おそらく碁打ちとしての私は死に、藤崎あかりに生まれ変わったのだろう。

そして何かの拍子で前世の記憶を思い出した。

そのせいで、記憶がぐちゃぐちゃになってよく分からないことになっていたのだ。

 

しかし、そうなると疑問が浮かぶ。

はたして今の私の自我はアラフォー女流棋士のものか、あるいは藤崎あかりのものか……。

 

「……私は藤崎あかり。うん、藤崎あかりだ」

 

あくまで前世の記憶は前世の記憶。

今世の人生は今世の私、藤崎あかりのものだ。

前世の記憶を取り戻したせいで少し(?)性格や考え方がそっちに引っ張られているけど、それも今の私の一部として認めよう。

 

私は前世の記憶があるだけのごく普通の小学6年生、藤崎あかり。

普通の両親のもとに生まれ育ち、学校の成績はそこそこ優秀で、運動はあんまり得意じゃないけど嫌いなわけじゃなくて、幼馴染の進藤ヒカルに密かに――――ん? 進藤ヒカル?

 

なんとなく聞き覚えがあるような。

いや、幼馴染の名前なんだから聞き覚えがあって当たり前なんだけど、なんていうかもっと根源的な――――生まれる前から魂に刻まれていたような、デジャヴのような感覚。

もしかしてこれって運命!? やっぱり私とヒカルは結ばれちゃうの!?

 

「あ」

 

思い出した。

そう言えば、前世の私が女流棋士になる少し前にヒカルの碁とかいう漫画が流行ったことがあった。私は読んでないけど、院生仲間がハマったらしく何度も私に薦めてきたことがあった。無視したけど。漫画読む時間あったら囲碁の勉強したかったし。

 

たしか、知り合いから薦められた時に聞いた話だと、主人公の名前は進藤ヒカルだったような気がする。それに、彼女が見せてきた漫画の表紙に描かれていた前髪だけ金髪の少年……思い返してみれば、私の幼馴染とそっくりだ。

じゃあこの世界はヒカルの碁の世界って、こと?

ということは、ヒカルの幼馴染で一番親しい異性である私はその漫画のヒロインで、進藤ヒカルと結ばれる存在って、こと?

 

「……うん、たぶんそうだよね」

 

少年漫画のヒロインは主人公と結ばれると決まっている。

だったら、私と進藤ヒカルはこのまま行けば将来結婚することになるってことだ。

 

「えへへ〜、私、ヒカルのお嫁さんになるのかぁ。ヒカルってちょっと子供っぽいけどそこが可愛らしい所でもあるし、顔立ちも整ってるほうだし、まぁ妥協してあげてもいいかなぁ〜なんて」

 

正直、私が漫画の世界の住人であると判明してショックがないと言えば嘘になるが、ちょっと気になる異性だったヒカルと結ばれる未来が確定していると分かったほうが嬉しい。

だってそうだよね?

少年漫画のヒロインが主人公と結ばれないなんてことありえないよね? 話が進むにつれてフェードアウトして消えていくなんてことありえないよね? よね?

 

思えば、前世の私は恋愛をしなかった。

それは囲碁に本気で打ち込むためだったけど……でも、それで欲しかったものは何一つ手に入らなかった。

タイトルも取れず、女流棋士としての人気も顔だけの小娘に負け、残ったのは夢破れた孤独なアラフォーおばさん。そしておそらく……たったひとり、惨めに死んだ。

 

今世の人生はあくまで今世の私のものだけど、でもたぶん魂は前世も今世も同じ私。

だったら同じ後悔はしなくない。

2度目の人生は前世とは違う、幸せな人生を送りたい。

 

だったら……今世の私は全部叶えてやる。

 

恋もオシャレも頑張って、囲碁のタイトルも取る。

ヒカルと結婚して幸せになって、ついでに可愛いくて強すぎる女流棋士として人気者にもなる。

できる筈だ。

 

恋は問題ない。

だって私はヒロインだから。ヒロインだからヒカルと結婚できる。それ以上は望まない。

 

可愛さも問題ない。

なにせ、私は(自分で言うのもなんだけど)可愛い。前世の記憶を思い出すまでは自覚がなかったけど、前世の人格を通して藤崎あかりを見た時に自覚した。まぁ、漫画のヒロインなんだから可愛いに決まってる。

これでオシャレをすれば、前世の囲碁界で一世を風靡していた可愛すぎる女流棋士なんかよりももっと人気になれるに違いない。

 

そして、囲碁の強さも問題ない。

今世の私の記憶によれば、今は西暦1998年。

前世の私が死んだのは2023年。

どういう原理かは不明だけど、時が戻っている。

 

つまり――――私は四半世紀先の未来を知っているということになる。

そしてそこには、囲碁の知識も含まれる。

 

2016年、囲碁界はシンギュラリティを迎えた。それは、ディープラーニングによる囲碁ソフトの劇的な進化だ。

それまでそこら辺のアマチュアにすら勝てなかった囲碁ソフトは、世界のトッププロ相手ですら凌駕するようになった。

囲碁AIの進化は、人間の打つ囲碁にも大きな影響を与えた。人が囲碁ソフトに教える時代から、人が囲碁ソフトに学ぶ時代になった。

これまで人間の常識では考えられなかった新手が次々と生み出され、今までの定石はその多くが淘汰されていった。

囲碁という競技が180度変わった。

 

当時30歳となり全盛期を過ぎようとしていた前世の私はいち早く囲碁AIに飛びつき、日本のプロ棋士の誰よりも早くAIを活用した研究を始めた。

そのアドバンテージによって女流棋士の悲願とも言える本因坊リーグ入りと天元戦ベスト8の快進撃を見せた。

だけどまぁ……それが前世の私の最後の輝きだった。

皮肉にも私の活躍によってAIの有用性が示されると、他の棋士たちも研究にAIを利用するようになった。そうなると、男性のトップ棋士に地力で劣り、また年齢的にもピークを過ぎつつあった私はずるずると追い抜かれ……。あっという間にタイトルなんて夢のまた夢と思えるような中堅棋士に落ちぶれ、人気も可愛すぎる女流棋士とかいう囲碁の弱い小娘に掻っ攫われた。

 

だけど、前世の私はそれでも囲碁の研究をやめなかった。

もう無理だと半ば諦めつつも、一縷の望みにかけて努力を続けた。

そうして培われたのは、2023年時点での膨大な最先端の囲碁知識。

 

正直、その知識をフル活用すればトップ棋士相手に3子置かせても勝てる自信がある。

まぁもちろん、そんなことをすればあっという間に研究されて、未来のAI知識によるアドバンテージは一瞬で埋まってしまうだろう。そうなれば前世と同じ、女流棋士としてはトップクラスに強いけど棋士全体ではせいぜい中の上どまりな微妙な棋士に落ちぶれてしまう。

だから持っている手札を出来るだけ小出しにして、出来るだけ長く活躍する。

 

おそらく、未来知識無しでもプロ棋士にはなれる。

プロでも相手の段位が低いうちは大丈夫だろう。

トッププロ相手は流石に厳しいかもしれないけど、別に全ての対局に勝たなくちゃいけない訳じゃない。負けていい対局は潔く捨てる。

ならば、未来知識が必要になる対局はそこまで多くない筈。

 

「7大タイトル制覇とかも憧れるけど、それより名誉称号が欲しいなぁ。だったら狙うタイトルを絞ったほうがいいかも。一番の憧れは名誉名人かな〜。序列は棋聖の方が上かもしれないけど、やっぱ名人って響きが違うもん」

 

名誉称号は棋戦で連続5期、あるいは通算10期獲得した棋士が引退後または60歳以上になった時に名乗ることができる。例えば名人であれば名誉名人みたいに。将棋でいうところの永世称号みたいなものだ。

 

基本的には引退するか高齢者になるかしないと名乗れないのがネックだけど、実は連続10期以上タイトルを獲得すれば60歳未満でも名乗れるという抜け道もある。

つまり、理論上は20代の現役名誉名人だってあり得るのだ。

 

うん、そうしよう。夢はでっかく可愛くて強すぎる現役名誉名人!

ていうかそもそも、私がAI知識で活躍できるタイムリミットはAIが人間を追い抜く2016年まで。年齢で言えば……30歳くらい? だったら、若いうちに勝ちまくるしかない。

 

「本気で名誉名人を目指すなら、他の棋戦はある程度諦めなきゃね。未公開のAI知識を使うのは名人につながる対局でトッププロと当たる時だけ」

 

まぁ、自分が生み出した訳じゃない未来のAI知識を私だけが使うということに後ろ暗さがない訳ではない。正直、ズルだ。囲碁を愚弄していると言われても反論はできない。

でも、今世では我慢しないと決めたのだ。

だったら、使える物は使ってやる。

 

強欲。強欲になるのだ。

 

私がそんな風に覚悟を決めていると……

 

「こらあかり! いい加減にしないと遅刻するって言ってるでしょ!」

 

母親が部屋に怒鳴り込んできて、時計を見ると……

 

「えっ! もうこんな時間っ!? お母さんどうしてもっと早く言ってくれなかったの!?」

「何度も呼んだのに降りてこなかったのはあかりでしょ! さっさと朝ごはん食べる!」

「ええ〜もう食べる時間ないし抜きでいいよ〜」

「抜きでいい訳ないでしょ! ちゃんと食べなさい!」

 

結局のところ、前世の記憶があろうとも、プロ並の囲碁の実力があろうとも、壮大な夢を抱こうとも、私は私。藤崎あかり。

今はただ、普通の女子小学生に過ぎないのです。

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