2度目の人生は可愛くて強すぎる名人になってチヤホヤされたい!   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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3手目『背後にいるのは……ユーレイ?』

藤崎あかりの朝は早い。

 

朝6時前に起きて、犬の散歩も兼ねた約5キロのランニング。

私は女流棋士が活躍できない理由の一つに、男女の体力差が大きいと考える。女流棋士でも持ち時間の少ない対局だとトッププロ相手に勝つことは稀によくある。前世では私以外にも、女流棋士が若鯉戦や新人王戦などの男女混合の棋戦で男性棋士を押し除けて快進撃を見せることだってあった。だけど持ち時間が長いタイトル戦やその予選において女流棋士が健闘しているとは言い難い。

頭を長時間フル回転させるっていうのは、意外と体力を使う。そして体力を消費すればするほど、集中力は散漫になり、頭の回転は鈍くなる。囲碁は頭のスポーツだけど、体力も重要なのだ。

私は前世で一度だけ本因坊リーグに入ったことがある。当時の本因坊リーグ戦の持ち時間は5時間。それまで長くても4時間の対局しか経験のなかった私は、たった1時間持ち時間が増えただけでボロボロだった。終盤はまるで水中にいるかのように息苦しく、頭がクラクラして思考も纏らない。ただでさえ苦手なヨセでミスが連発。AI研究のおかげで中盤まで私が優勢だった対局も多かったにも関わらず、結局1勝もできずに敗退となってしまった。

あの時の悔しさ、惨めさは忘れられない。囲碁を本格的に始めてからそれまで1日も囲碁の鍛錬を怠ったことはなかったのに囲碁もほっぽり出して毎日ディズニーランドに入り浸るという現実逃避をかまし、その様子を見た5ちゃんねらーによって【悲報】女流最強、今日も無表情でプーさんのハニーハントを周回する【7日目】というスレが立てられたのを同僚が見つけて心療内科のカウンセリングを受けるハメになったあの屈辱。

もう二度とあんな目に遭わないよう、今世では男性にも負けない体力をつける必要がある。いくらAIの未来知識があっても、終盤で覆されたら意味ないからね。そういうワケで、こうして小学生のうちからランニングをして体力を鍛えているのだ。

 

「はぁ、ひぃ……24分40秒……」

 

走り始めた時は歩かずに完走することが目標だったけど、今はタイムを測って自己記録更新を目指す余裕もできた。犬が私を引っ張ってくれたり、途中でウンチしたりしてイレギュラー要素が多いのが難点だけど。

 

ランニングを終えると、シャワーを浴びる。前世では面倒くさがってシャワーなんて1週間に1回浴びるかどうかくらいだったけど、今世ではちゃんと毎晩湯船に浸かり、それに加えて運動後にもシャワーを浴びている。さらに入浴後は母親の化粧水と保湿液を塗りたくり(スキン)ケアも万全。前世は囲碁で勝つことしか考えてなかったけど、今世は『可愛くて強すぎる女流棋士』になるって目標があるからね。あとヒカルに可愛いって思われたいし。

 

その後、ご飯ができるまでひたすら詰碁を解く。私の棋風は攻め。その攻めを成立させるには、徹底的に詰碁を解いて読みを鍛えるしかない。前世ではAI研究と詰碁が7:3くらいの割合だったけど、今世はAIがないぶん詰碁に割く時間をかなり増やしている。

 

「あかり、最近早起きして走ったりしてるよね?」

 

家族揃って朝食を食べていると、お姉ちゃんが訊いてきた。私はトーストを齧りながら「んー」と答える。

 

「中学に入ったら運動部でも入るつもりなの?」

「運動部ってゆーか……」

 

私はチラッとお母さんの方を見る。お母さんはテレビの12星座占いに釘付けになってる。

今言うのはタイミング的に微妙だと思うけど、早めに言っておいたほうがいいよね。

 

「私。囲碁棋士になりたいの」

「囲碁棋士? 囲碁ってあの黒と白のよく分からないやつ?」

「うん、そう。よく分からなくはないけど」

「でも囲碁ってただのボードゲームでしょ? なんで毎朝走ってるの?」

「頭使うのにも体力がいるんだよ。プロ試験もすごく過酷で――――」

 

そんな風に姉と喋ってると、12位おとめ座今日のラッキーアイテムは黄色いハンカチの母親が機嫌悪そうに横入りしてきた。

 

「ちょっとあかり。私そんなの初耳なんだけど」

「うん。だって初めて言ったもん」

「囲碁ってあんた、そんなものいつ始めたの?」

「ケッコー前。私、強いよ」

「強いよって……。大会にも出たことない井の中の蛙のくせになに言ってるの。だいたい最近ねぇ」

 

母親の小言が長くなりそうだなぁ……と思ってたら、隣で新聞を広げていた父親が助け舟を出してくれた。

 

「まあ、いいじゃないか。子供がやりたいって言ってるんだから。ほら、囲碁って頭良くなりそうじゃないか」

「でもこの子、最近テストの成績落ちてるのよ。犬の散歩をしてくれるのは助かるけど、それ以外のお手伝いは全然しなくなったし。囲碁のせいかもしれないわ」

「そうなのか?」

 

父親に目線を向けられ、私はぶんぶん頭を振る。

 

「ソンナコトナイヨー。囲碁ハ頭ニイイヨー。オ手伝イモシテルヨー。ホントダヨー」

 

母親はそんな私を見てため息をつく。

 

「はあ……とにかくプロとかそんなのはせめてホラ、中学の囲碁部かなんかで全国でも行ってから言いなさい」

「……じゃあ、中学で全国優勝したらプロ試験受けてもいい?」

「全国優勝したら、ね。勉強もちゃんとするのよ。あとお手伝いも!」

「うん。絶対だからね!」

 

とりあえず、言質はとった。

中学の囲碁部なんてまわり道でしかないんだけどなー。今さら私がアマチュアの大会に出ても虐殺にしかならない。塔矢くんにあんなこと言っておいてなんだけど、相手を潰してしまわないか心配だ。

 

正直、囲碁なんて相手を潰してナンボだ。前世の私もそうしてきた。潰されそうになったことだって何度もある。私に負けたせいで囲碁をやめた人もいるし、もっと言えば――――自ら命を絶った人もいる。

 

それは仕方ないことだと思う。

勝負の世界である以上、どうしたって敗者は生まれる。囲碁に真剣になればなるほど、負けた時に受ける傷は致命的なものになってしまう。

 

でも、それはあくまでプロや、プロを目指している人たちの世界の話。

アマチュアで趣味として打っている人を悪戯に傷つけるような碁は打ちたくない。

 

「うーん、指導碁でも勉強するかなー。苦手なんだけどなー」

 

いろいろと考える私だった。

 

 

***

 

 

私はヒカルの謎を解明するため、彼の自宅に向かった。

私とヒカルは幼馴染で家族ぐるみの付き合いだけど、前世の記憶を取り戻してからは初めての訪問だからちょっと緊張する。

 

「あら、あかりちゃん」

 

ヒカルのお母さんが私を出迎えた。

 

「ヒカルくんいますか?」

「それがね。あの子囲碁教室に通い始めたの。ほんと、あの子どうしたのかしら」

「ヒカルが囲碁教室に……?」

 

この前碁会所で塔矢くんがヒカルの対局の棋譜を並べているのをチラッと見たけど、ヒカルにあれだけの碁を打つ実力があるなら今さら囲碁教室に行く必要なんてない筈だ。

私の疑問をどう捉えたのか、ヒカルのお母さんは首を傾げる。

 

「あの子が囲碁なんてねぇ……。今までおじいちゃんが誘っても興味なんて示したことなかったのに。あかりちゃんは囲碁できるの?」

「はい、強いですよ。プロ並みです」

「あらあら……もしかして、ヒカルが囲碁始めたのってあかりちゃんが理由だったりするの?」

「え? 誘った覚えはないですけど。私が囲碁打てるっていうのも最近まで知らなかった筈ですし」

「へぇ……。最近あかりちゃんが囲碁を打てることを知ったヒカルが、最近になって囲碁を始めた、ねぇ……」

 

ヒカルのお母さんは意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「ヒカルくんが通ってる囲碁教室ってどこか分かりますか?」

「近くの社会保険センターのカルチャースクールよ。プロ棋士の先生が教えてくださるんですって」

「へぇ……」

 

プロが教えてる囲碁教室か。それなら私もちょっと興味がある。

囲碁は将棋と違って、師匠がいなくてもプロになれる。実際、師匠のいない棋士なんて珍しくない。自分の腕ひとつでプロになれるのが囲碁のいい所だ。

前世の私はある事件で破門になるまでタイトル経験もあるプロに師事していた。元師匠の教えのおかげで私はプロになれたし、その点は感謝している。だけど、今世の私は既にプロの実力がある。師匠はいらない。

 

とはいえ、今朝のお母さんたちとの会話。プロ棋士になりたいと私が言っても真剣に取り合ってくれなかった。中学で全国優勝したらプロ試験を受験する許可をくれるという言質は取ったけど、どれだけ理解してくれるかは分からない。そんな時、身近にプロの先生とコネがあればなにかと助かるかもしれない。

 

そんなことを考えながら、囲碁教室をやっているという社会保険センターにたどり着く。

と、すぐそこのロビーで自販機のお茶を飲んでるヒカルを見つけた。

 

「あれ、ヒカル? 囲碁教室は? 終わったの?」

「あかり? なんで囲碁教室のこと知ってんだよ」

「さっきヒカルの家に行ったら、囲碁教室に行ったって言われたの」

 

私がそう言うと、ヒカルはソファにもたれかかりながら、誤魔化すように言う。

 

「あー。オレ最近囲碁が好きなやつと知り合ってさ、囲碁覚えようと思ったんだけど、やっぱ分かんねーや」

「え? ヒカル囲碁打てるんじゃないの?」

「俺が? 打てるわけないじゃん」

 

ヒカルがケラケラ笑う。いや、でも……

 

「塔矢アキラくんに勝ったって聞いたけど?」

「うぇっ!? なんで、どこで!?」

「塔矢くんのいる碁会所で。あの対局、棋譜並べしてるのもちょっとだけど見たよ。あれは素人に打てる碁じゃなかった」

 

私がそう言うと、ヒカルは頬を指で掻きながら目をキョロキョロさせる。

 

「あれは……マグレ? みたいな?」

「マグレ? 麻雀やバックギャモンみたいな運の要素が強いゲームならマグレで素人が勝つこともあるかもしれないけど、囲碁みたいな二人零和有限確定完全情報ゲームでマグレは無限の猿レベルの天文学的な奇跡でも起きない限りあり得ないよ」

「ゼロ和? 完全? 猿? あかり、なに言ってんだ?」

「ねぇ、ヒカル。何を隠してるの? 教えて」

 

私はじっとヒカルを見つめる。暫くそうしていると、根負けしたようにヒカルがため息をつく。

 

「なぁ、あかり。幽霊って信じるか?」

「ユーレイ?」

 

いきなり何を言い出すんだろう。

もともと(藤崎あかり)は幽霊や妖怪みたいな怪談は苦手だったけど、前世の記憶を思い出してからはそうでもない。だって精神年齢アラフォーが「オバケ怖〜い」とか言ってたらそっちのほうが恐怖でしょ。

 

私が首を傾げていると、ヒカルは立ち上がりお茶を飲み干す。

 

「……いいや。あかり、これから囲碁を打とう。人目につかないところ……あかりの家でいいか? ゴバン、だっけ? あるだろ?」

「マグネットの安いやつでよければ」

 

本当は足付きの本格的な碁盤欲しいんだけどね。でもそんなお金ないし。お年玉のお母さん銀行、下ろさせてくれないかなぁ。無理だろうなぁ。なんかお母さん囲碁を敵視してるっぽいし。

 

そんなことを考えながら、ヒカルと一緒に家に戻る。部屋に向かう際にお母さんと目が合い、何やら意味深な笑みを向けられた。何だったんだろう?

 

「佐為。お前が打てよ」

 

私が碁盤を用意していると、ヒカルがぽつりと呟いた。私は首を傾げる。

 

「サイ? ヒカルなに言ってるの?」

「いや、こっちの話。じゃあ始めようぜ」

 

さて。

ヒカルはたぶん転生者だけど未来人ではない。むしろ、江戸とか明治とか、かなり古い時代の棋士なんじゃないかと思う。

ヒカルは今後、プロとなり私のライバルとなるだろう。だったら、未来のAI知識は見せないほうがいい。

 

AI知識を封印する。とは言っても、私の棋風はかなりAI用にチューニングされている。前世で他の多くの棋士がそうだったように、AI一致率を高める訓練をしてきたのだ。

普通に打てば、意識せずとも未来の碁を打ってしまう。塔矢くん相手の時は未来の碁を打たないように意識できたけど、それは私が格上で余裕があったからできたこと。ヒカルにあの棋譜通りの実力があるなら、その余裕はないかもしれない。

 

じゃあどうするか。ひとつ、思いついたことがある。私の棋風がAIに寄り過ぎているというなら、あえて私以外の棋士の棋風を真似(トレース)してみたらどうだろうか。

AIが囲碁界を席巻した前世でも、AIを使わずに活躍した棋士も少数ながらいた。

そのうちの一人……【シノギの柳】と呼ばれた棋士をトレースしてみることにする。

 

【シノギの柳】はAI否定派の筆頭で、AIの手を殆ど打たずにタイトル序列トップの棋聖を獲得した化け物だ。

その棋風は異常なまでの受け。

 

普通、囲碁で勝つためには『いかに相手の作戦を邪魔するか』が重要になってくる。

だけど、【シノギの柳】は相手の作戦を拒否しない。相手の作戦に乗り、なされるがままにされているようで、重要な箇所では自分の主張を通し、最終的には互角以上の展開に持ち込むのが得意。

彼の二つ名にもなっているシノギとは、相手の勢力圏で石を生存させること。

まさに柳のような囲碁だ。

 

正直、前世の私はシノギがあまり得意じゃなかった。

シノギには正確な読みと形勢判断が必要だけど、私はどちらも(トップ棋士と比べると)劣る。

だけど、今世の藤崎あかりの頭脳はたぶん前世の自分より多少性能がいい。今の私がどこまでシノギで戦えるか。それを試してみるのもいいかもしれない。

 

対局が始まる。

先手はヒカル。好都合だ。私はいつもなら先手の黒のほうが好きだけど、その場合コミを覆すために攻めなきゃいけない場面がある。守りに集中できる白番のほうが、今の打ち方だとやりやすい。

 

パチン。パチン。

ヒカルの手つきは明らかに初心者のそれ。だけど打ち筋はしっかりしている。……ていうか。

 

「……強い」

 

読みの精度が人間離れしている。ヒカルが明らかに指導碁モードに入ってるから喰らい付けているけど、流れは完全に向こうのペースだ。

 

「半目差で私の勝ち。だけど……」

 

終局まで打ち合い、私はため息をつく。疲れた。前世ぶりに頭をフル回転させた。

 

「……なあ、あかり。オレと打ってみて、どう思った?」

「ヒカル、コミ知らないでしょ」

「え? コミ?……えーと、知らないって」

「コミって言うのはね、後手……つまり白番が貰えるハンデみたいなものだよ。囲碁って黒番が有利だから、白番は5目半だけハンデが貰えるの。つまり、今回の対局は私の勝ち。碁の内容で言えば、ヒカルの圧勝だけどね」

「へー……」

 

ヒカルは少しの間上の空になった後、私に詰め寄る。

 

「って、そうじゃなくて! オレ、囲碁強かっただろ? 変だと思わなかったか!?」

「うん、強かったよ。ヒカルは前世の記憶でもあるの?」

「え? 前世?」

「うん。この前まで囲碁のことなんて知らなかったヒカルが急に強くなるなんてありえない。さっきの対局だって、実力的にはヒカルの方が上手だった。だから、ヒカルの前世はきっと凄い碁打ちで、その記憶を思い出したのかなーって思ったんだけど。違うの?」

「全っ然、ちげー。だいたいな、オレの前世がそんな凄い碁打ちなら、お前みたいにもっとカッコよく碁を打てる筈だろ? バチーンってさ」

 

確かに。ヒカルの手つきは明らかに初心者のそれだった。

 

「実はオレ、碁打ちの幽霊が見えてるんだ」

「幽霊に取り憑かれているってこと?」

「いや、取り憑かれてるってワケじゃないんだけど、なぜかオレにだけ見えてるってゆーか。今もオレの隣にいる」

 

なるほど、つまり。

 

「塔矢くんや私と囲碁を打つ時に、実際に手を考えてたのはヒカルじゃなくてその幽霊っていうこと?」

「そーゆーこと。オレはただ言われたとーりに石を置いてるだけ」

「じゃあ、囲碁のルールも?」

「ん、全然分かんねー」

「そっかぁ」

 

私はため息をつく。このため息はガッカリ? それとも安堵?

ヒカルが囲碁に興味を持ってくれるのは嬉しい。だけどあまりに強すぎると――――私はヒカルのことを好きでいられなくなってしまうかもしれない。前世でも自分より格上の男性棋士は敵としか思えなかったし。ヒカルの実力がヒカル自身のモノではなくその幽霊のものだと言うなら、少なくともヒカルには嫉妬しなくて済む。

 

「それよりあかり、お前本当に囲碁強かったんだな。佐為も驚いてるぜ」

「サイ? それって幽霊の名前?」

「ん。藤原佐為。幽霊として碁を打つのはオレが2回目で、オレの前は確かホンインサクサク? みたいな」

「もしかして、本因坊秀策?」

「そう、それ! ホンインボーシューサクとして打ってたんだって」

「へぇ……」

 

本因坊秀策。

確か江戸の伝説的な棋士だ。歴史上最強の棋士だと言う人もいる。

まぁ、私は本因坊秀策についてあんま詳しく知らないんだけど。何回か棋譜並べしたことはあるけど、それくらい。

 

ていうか、本因坊秀策って本人じゃなくて幽霊が打ってたんかいっ! なんかズルいな、替え玉受験みたいなもんじゃん!……まぁ、未来知識とかいう1番のズルをしてる私が言えた立場じゃないけど。

 

それは兎も角、ヒカルの言い分にはかなり信憑性を感じる。

初心者のようなヒカルの言動と、それに見合わない圧倒的な棋力。そのくせ手筋は古く、コミすら知らない。なるほど、辻褄が合う。

幽霊なんて非科学的なものを信じるのか? という問題もあるけど、それを言ったら前世の記憶がある私だって十分非科学的な存在だし。そもそもこの世界はおそらく漫画の世界(?)なんだからなんでもありだろう。

 

そう考えてみると、幽霊になったサイさんと転生した私の違いってなんだろう? どちらも現世に悔いを残しながら死んだのは同じ。サイさんだって、幽霊になって他人に打たせるより転生して自分で打つほうがいろいろとやり易い筈だ。それとも、幽霊になったサイさんがヒカルの前に現れたということ自体に何か意味がある?

 

うーむ。分からない。

 

「ヒカルはこれからどうするの?」

「え? これからって?」

「サイさんのことが見えるのはヒカルだけなんでしょ。ヒカルがサイさんの言う通りに打てば、楽にプロ棋士になって富と名声を得ることだってできるじゃない。そんな人生が楽しいかどうかは疑問だけど」

 

ルールも知らないボードゲームのために、ヘタしたら二日制の対局中ずっと座って意味不明な盤面を眺める日々。

そんな人生を想像したのか、ヒカルは「うげー」と顔を歪ませる。

 

「ムリムリ。そんなの退屈じゃん」

「でしょ? でもヒカルがサイさんの代わりに打たないとなると、サイさんはこれからずっと囲碁を打てないってことになるよね」

「確かにそう……だー! うるさいうるさい!」

「ちょっと、ヒカルどうしたの?」

 

いきなり暴れだしたヒカルに困惑する。

 

「あー、わりーわりー。佐為がどーしても囲碁が打ちたいって駄々こねてさ」

「サイさんって、意外と子供っぽい?」

「結構。いや、囲碁の話になると、かなり」

 

ヒカルはため息をつく。

 

「ヒカルは自分で囲碁を打ってみるつもりはないの?」

「え、オレ? オレは……どうだろ。正直、よく分かんねーや」

「なんなら、私が教えたげよっか?」

 

私は内心の下心を隠しながら訊く。

 

「あかりー? あかりはいいや」

「なんでさ!」

「なんかあかりに教わるって……クツジョク?」

「屈辱って何よ! 私強いんだよ!? 今すぐプロになって指導碁で金取れるレベルだよ!? プロ八段レベルだよ!? 指導碁1万1000エン、会員でも8800エンだよ!? それをロハで何局でも24時間付きっきり秘密の個別指導で教えてあげるって言ってるんだよ!? 疲れたら特別にマッサージもしてあげるよ!? めちゃくちゃ贅沢な話なんだよ!?」

 

私がまくし立てると、ヒカルは一歩後ずさる。

 

「な、なんだよ。そんなこと言って、佐為よりも弱えーんだろー?」

「だったら……だったらサイさんに教わったらいいじゃない!」

「お、そりゃいいな」

「……え?」

「とりあえず、佐為に囲碁教えて貰うよ。そうすればオレは囲碁を覚えられるし、佐為は囲碁を打てるし一石二鳥じゃん。佐為にはヘタの相手させて悪いけど、囲碁できないよりマシだろ?」

「……え?」

「じゃ、オレは帰るよ。佐為と打つために碁盤買わないとなー。じーちゃんに言ったらくれないかなー」

「……え?」

 

バタン。

ヒカルが部屋を出ていく。

 

「……え?」

 

ぽつーん。

私は部屋にひとり残された。

 

「ふ、ふーんだ! いいもんね! 初心者の相手してる時間があったら詰碁でもやったほうが100億兆万無量大数倍ユーイギだし! もう二度とヒカルには囲碁教えてあげないんだかんねーだ!」

 

強がり。

 

「はぁ……」

 

ため息。

 

「ヒカルに囲碁教えながらイチャイチャしたかったなぁ……」

 

無念。

 

「…………」

 

ガチャリ。部屋の扉が開く。私はバッと顔を上げる。

 

「ヒカ――――」

 

お盆に2杯のリンゴジュースとポッキー1箱を乗せた母親。

 

「あら、あかり。また囲碁? ヒカルくんは帰ったの?」

「んー」

「これ、どうする?」

「りょーほー飲む。ポッキーはいらない」

 

リンゴジュースは甘い。人生は苦い。

それは生まれ変わっても変わらない。

そんな昼下がり。

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