2度目の人生は可愛くて強すぎる名人になってチヤホヤされたい!   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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4手目『ゆらゆらぷらぷら考え中』

「アキラくん、大丈夫かしら……」

 

私(市河)は碁会所の受付から奥の座席を見つめた。

私の視線の先にいるのは、塔矢アキラくん。まだ小学生の男の子。だけど、その年齢に見合わずすでにプロ級の腕前を持ち、たびたび碁会所を訪れる塔矢門下のプロ相手でも(緒方九段などの一部のトップ棋士を除き)勝ち越すほどだ。

 

そんな彼が、立て続けに2回負けた。

しかも、その相手はどちらもアキラくんと同じ小学6年生。進藤ヒカルと藤崎あかり。

特にアキラくんは最初に負けた相手――――進藤ヒカルくんのことを気にかけているみたいだった。

 

棋譜を見たアキラくんのお父さん――――塔矢行洋名人曰く、藤崎あかりさんは既にプロでも上から20〜30番目ほどの棋力を持っているものの、碁が既に成熟しており伸び代はあまりないという。一方で進藤ヒカルくんは底知れない強さを持った打ち手で、この棋譜から察せられる棋力が本物なら名人とも半目を争う相手らしい。

 

それを聞いた時は言葉を失った。

中国や韓国には、塔矢名人と同じくらい強いと言われる若手棋士もいるが、それだって20歳前後。12歳の子供があの名人と同格とは……とても信じられない。

 

アキラくんは俯きながら、とぼとぼと碁会所の出口に向かう。

 

「帰るの?」

「うん。市河さん、もしボクがいない間に彼が来たら……」

「分かってるわ。……あっ! そうだ!」

「……どうかしたの?」

「私あの子――――進藤ヒカルくんに全国こども囲碁大会のチラシをあげたんだったわ!」

 

そう言うとアキラくんはバッと顔をあげ、真剣な眼差しを私にぶつける。

 

「え……それって今日棋院でやってる?」

「ええ。さして興味はなさそうだったけど、もしかしたら――――」

 

私がそう言うと、アキラくんは碁会所から飛び出していった。

 

「……変わったわね、アキラくん」

 

今まで同年代に負けなしだったアキラくん。負けて落ち込んでいると思ったけど、アキラくんのことを見くびっていたみたいだ。自分より強いライバルを目の前にして熱くなれる。いつも冷静なようで、だれよりも胸に闘志を秘めている。そういう男の子だから、応援したくなるのよね。

 

 

***

 

 

「……ふーん。この世界の碁ってこんな感じなんだ。存在する棋士は前世と殆ど違うのに、囲碁の歴史は変わらないっていうのも不思議な気もするけど……。これは漫画の世界だからってことなのかな?」

 

私は新聞に載っている棋譜を並べながら呟く。

果たして、定石や布石の流行は前世での1998年と殆ど一緒だった。

前世では私が院生だった頃の碁。懐かしいような気もするけど――――

 

「しかし、AIにどっぷり浸かった私からすると、この時代の碁ってゆったりし過ぎてて、なんだかかったるく感じちゃうんだよなー」

 

私が慣れ親しんだ未来の碁では、序盤からガンガン戦いが起きることも珍しくなかった。もちろん、私だってAIが出る前はこういうゆったりした碁も打ってた訳だし、あの頃の棋風に戻そうと思えば戻せるとは思うんだけど……でも、今さら古い碁を打つことに若干の煩わしさを感じるのも事実。

 

「…………」

 

分かってる。私にはタイトルを取れるほどの囲碁の才能はない。それは、生まれ変わった藤崎あかり()でも変わらない。

そんな私がタイトルを取るためには、未来の碁を秘匿するしかない。私の未来知識はいわばトランプのジョーカー。絶対的な強さはあるけど、諸刃の剣でもある。私が手札を晒せば晒すほど、未公開の私の手札は減っていくし、他の棋士は未来の碁を学び強くなる。私の優位性は失われていく。

 

だから、普段は未来知識を隠すためこの時代の棋士のモノマネをしなければ――――

 

「……ん?」

 

瞬間、私に電流走る。

そっか。別にモノマネなんてしなくていいんだ。だって私は人狼ゲーム*1をしている訳じゃない。

私の目的はただ、未来の碁を然るべき時まで隠すこと。それさえ出来れば、どんなに異質だと思われてもいい。人狼だと思われようが、狂人だと思われようが構わない。

言うなれば、『木を隠すには森』ならぬ『奇を隠すにはそれ以上の奇』大作戦。

 

「この打ち方なら未来知識を隠しつつ、私の全力が出せる。それに、こんな打ち方をすれば必然的に囲碁ファンの注目は集まる。今世ではただ強いだけじゃなくて、『可愛くて強すぎる囲碁棋士』として有名になるって目標もあるからね。それに、他の棋士には色モノ棋士だと思われて警戒も薄くなるかも……?」

 

うん。考えれば考えるほどいい作戦だ。思わず笑みが溢れる。

 

「きゅふゅ、きゅふふふふふゅっ」

「……あんた何キモい笑い方してるの」

「えっ、お姉ちゃん!?」

 

気づいたら私の部屋にお姉ちゃんが入ってきていた。

 

「な、なんでお姉ちゃんが! 勝手に入らないでよ!」

「何回ノックしても返事しないのが悪いのよ」

「それは……そうかも?」

 

囲碁の研究に集中しすぎてノックの音が聞こえなかったとはいえ、反応しなかったのは悪かった。もしかしたら心配してくれたのかな? 急な心臓発作で倒れてるかもしれないし、前世の私の死因みたいに。

 

反省する私に、お姉ちゃんはそっけなく言う。

 

「あのさ、これから友達来るからちょっと出かけててくれない?」

「え、なんで? 別にずっと部屋にいるしお姉ちゃんの邪魔するつもりないけど」

「いいから。あんたもほら、せっかくの日曜日なんだし仲の良い進藤くんだっけ? あの子の家にでも行けば?」

「ヒカル? 別にヒカルには明日も会えるし、今日は囲碁の研究をしたいんだけど」

 

せっかくいい作戦も思いついたし。それに、ヒカルは今ごろ佐為さんに囲碁を教えて貰っているはずだ。せっかくヒカルが囲碁をやる気になってるんだから、なるべく邪魔はしたくない。

そんなことを考えていると、お姉ちゃんは顔を真っ赤にして声をあげる。

 

「家に来るの、男の友達なの! だからあんたに会わせたくないの!」

「男の……?」

 

そう言われて、ハッと思い至る。

今日は両親が所用で夜まで家にいない。そんな家に男を連れ込む。つまり……

 

「お姉ちゃん、避妊はちゃんとしなきゃダメだよ」

「そんなんじゃないから! いいからさっさと出てけマセガキ!」

 

私は追い出されるようにして家を出る。

 

「うーん。どうしたものか……」

 

家の前の道路で私は考え込む。

別に私は囲碁盤がなくても脳内で囲碁の研究をできる。だから、これから公園にでも行って時間を潰してもいい。でも、脳内碁だと実際の盤を使うより精度は落ちるし疲れるんだよなぁ。どっかにタダで囲碁盤使える場所ないかなぁ。

 

「あ」

 

そういえば、この前ヒカルが行っていた囲碁教室がやってるんじゃないの? 日曜日だし。

講義の内容自体には興味ないけど、囲碁教室なら囲碁盤くらいあるはず。だったらそれを使わせて貰えないかな?

 

そんな訳で囲碁教室がやってる筈の社会保険センターに向かっていると、道端で見覚えのある人影を見つけた。

 

「あれ? ヒカル?」

「あかりじゃん。どーしたんだよ、こんなところで」

「ヒカルこそ。佐為さんに囲碁を教えて貰うんじゃなかったの?」

「……まだ囲碁盤買って貰ってねーんだよ。だから、囲碁教室」

「だったら私と同じ目的地だね」

「あかりも? お前、囲碁盤持ってるし、だいたい囲碁教室なんか通わなくても強いじゃねーか」

「お姉ちゃんに家を追い出されたの。男を連れ込むからお邪魔虫なんだって」

 

私が言うと、ヒカルは驚いたように声をあげる。

 

「えー? あかりのお姉ちゃんって優しそうなのに」

「一人っ子のヒカルには分からないよ。姉って理不尽な生き物なのよ。内弁慶でワガママなくせに外面だけはよくて、そのくせ気紛れに優しくしてくるから憎みきれないし」

「あかりも大変だな……」

 

まぁ、私も前世はその理不尽を振るう側だったんだけどね。ごめん、前世の弟。妹の立場になってようやく弟の苦労が分かった。

道すがらそんなことを思い出しながら、囲碁教室に到着した。

 

「藤崎あかりです、よろしくお願いします」

「すいません、どうしても見学したいって言うもんで」

 

ヒカルがなんか言い訳をしてる。女連れを恥ずかしがるって、典型的な小学生男児でかわいい。

囲碁教室の講師である白川プロは物腰の柔らかな優しそうな男の人だ。年齢は確か20後半くらいだったような。段位は七段。段位インフレ制度と悪名高い大手合がまだ廃止されてない時代とはいえ、20代で七段なら大したものだ。たぶん私のほうが強いけど。

 

白川先生は私を見ると、にこりと微笑む。

 

「うん、いいよ。碁に興味を持つ人が増えることは大歓迎さ」

「あ。私、すでに囲碁に興味持ってるっていうか、経験者です」

「へぇ。棋力はどれくらい?」

 

ちょっと考えて、私は正直に答えることにした。

 

「えっと、今すぐプロになれるくらいです」

「あはは、それは頼もしいね。うちの囲碁教室からプロ棋士が出たら箔がつくなぁ」

 

あれ? もうちょっと食いついてくれると思ったんだけど。

子供の冗談だと思われたかな? 私は本当に強いのに……。

 

そんなこんなで、囲碁教室が始まった。

 

授業の内容は初歩も初歩、わざわざプロの先生が教える意味があるのか疑問が浮かぶような、欠伸しか出ないものだった。それを言ったら、そもそも初級者のおじさんおばさんだらけのカルチャースクールにわざわざプロが出向くなんて役不足もいいところだけど。

 

その後、自由に対局をする時間になると、白川先生が私とヒカルのもとにやって来る。

 

「藤崎さんは囲碁経験者だったよね?」

「はい。先生、私と一局打ちますか? 互先でいいですよ」

「あはは、今日は他の生徒さんの指導もしなくちゃいけないからまた今度ね。それより、進藤くんに囲碁のルールを教えてあげてくれるかな?」

「はい、もちろ――――」

「えーっ!」

 

ヒカルが白川先生の言葉に文句の声をあげる。私はおかしくなって笑ってしまう。

 

「くすっ。ヒカルったら恥ずかしがって私に教わるのはイヤだーって言うんですよ」

「だってさー、女に教えて貰うってダサいじゃん」

 

ヒカルがそう言うと、白川先生はちょっとだけ語気を強めて言う。

 

「それは違いますよ、進藤くん。女性でも強い棋士はいます。相手が男性でも女性でも、敬意を払わなくてはいけませんよ」

「だってさ、ヒカル」

「はーい。ったく、仕方ねーなー」

 

ヒカルは渋々とながら私の指導を受け入れる。

あ、先生に言われたら素直に従うんだ。そういう所も可愛いよね、ヒカル。

 

さて、早速ヒカルに囲碁を教えますか。

前世では仕事で(嫌々)指導碁をしたことは何度もあるけど、相手は全員ある程度打てる人で、まったくの初心者に指導した経験はない。

だから上手く教えられるかどうかは微妙だ。とはいえ、それはそこまで問題じゃないと思う。

 

別に、私はヒカルにプロレベルの実力になってほしいワケじゃない。

ただ、ヒカルに囲碁を知って欲しい。将来私がプロになった時に、私の対局を観戦して楽しめるくらいには囲碁の奥深さを理解してほしい。それくらいのことなら、私にも教えられると思う。

 

「囲碁は簡単にいえば陣取りゲームで、盤上に交互に石を置いていって、自分の色の石で囲ったエリアの合計が広い人が勝ちのゲームなの。具体的に説明すると……」

 

そうやってルールを教えていると、近くの席からなにやらヒキガエルみたいな不快な声が邪魔してきた。

 

『はい、ここで6子はいただきー、おたく石を取られるのが好きだねー。そんな間抜けな所に打っちゃってまぁ、んな負けたがる人も珍しいねェー』

 

なんだ。

せっかく私がヒカルと至福の時間を過ごしているのに下品で下劣でゲボみたいなゲゲゲの汚声で水差しやがって。

 

見ると、初級者相手に大人気ない勝ち方をしながら、相手を煽るように腐す不自然な頭髪をしたオジサンが1匹。

周りで噂するヒソヒソ声から察するに、このオジサンの名前は『阿古田』。囲碁で弱い者イジメしていたぶるのが趣味らしい。

 

盤面を見るに、阿古田さんは正直そこまで強くない。せいぜいアマ初段とかそこらだろう。アマチュアにしては打てるほうかもしれないけど、格下を効率的に潰す打ち方で筋が歪んでいて救いようがない。阿古田さんがこれ以上強くなることはない。碁打ちとして死んでいる。

 

とどのつまり、マトモな碁会所じゃあそこそこのオッサンが、自分より下手な初心者しかいないカルチャースクールで弱い者いじめして威張ってるだけ。初心者狩りしか能のない碁打ちモドキ。囲碁普及の妨げにしかならない癌。ゴミ。

ここは私が囲碁でコテンパンに叩きのめして、阿古田さんを懲らしめてやろう。

 

と、思ったら私より先にヒカルが立ち上がり阿古田さんの元に行く。ヒカル? 囲碁初心者のヒカルが阿古田さんに挑んだって無駄じゃ……あ、もしかして佐為さんが懲らしめるのかな?

 

「オットスイマセーン」

 

ガサー。

 

ヒカルが阿古田さんの頭に碁石を撒き散らす。阿古田さんがぴくぴくと青筋を立てる。

 

「何をする小僧。せっかくの対局が台無しじゃねーかァ」

「いやーちょっと手が滑っちゃってー。じゃあ今取りますから」

 

そう言ってヒカルは手をどける。阿古田さんのカツラを掴んだまま。

阿古田さんの禿頭が照明の光を反射する。

 

あ、あの不自然な髪、カツラだったんだ。

 

ハゲを晒した阿古田さんは、慌てて頭を手で隠して教室を飛び出していく。

別にハゲなんて恥ずかしがることないのに。それよりその醜悪な性根を恥じたほうがいいよ、阿古田さん。

 

一連の騒ぎによって囲碁教室を無茶苦茶にしたヒカルは、白川先生に怒られて帰るように言われる。

そのヒカルを追って、私も囲碁教室を後にする。

 

「もう、ヒカル。何やってるのよ」

「悪りー、悪りー。つい……」

「まあ、気持ちは分かるけどね。でも、囲碁での無法は囲碁で懲らしめなきゃ。あんなやり方したってあの人は反省しないよ」

 

私が言うと、ヒカルは小石を蹴る。

 

「つっても、オレは囲碁初心者だし、あんまり人前で佐為の力を使うのもなー」

「あれくらいなら1年もすれば勝てるようになるよ。もちろん、ヒカルが本気で囲碁の勉強をすればの話だけど」

「んー、それなら阿古田さんを倒すことを目標に頑張ってみるかー」

 

お、ヒカルが囲碁の勉強に前向きになったみたいだ。その点に関しては、阿古田さんに感謝しないといけないかもしれない。

初段以上の棋力がつけば、プロ棋士とも9子で打てる。囲碁の観戦もプロの解説付きならそれなりに楽しめるようになる。うん、ちょうどいい目標かもしれない。

 

「それで、ヒカル、今日はこれからどうするの? 一緒に買い物でも行く?」

「一緒にって、なんであかりと。それに金もねーし。あ……」

 

そう言うと、ヒカルはごそごそズボンのポケットを探る。と、ぐしゃぐしゃになったチラシが出てきた。

 

「ヒカル、なにそれ?」

「先週、塔矢の碁会所で貰ったんだ。全国こども囲碁大会のチラシ」

「え。先週貰ったチラシが入ってるって、ズボン洗ってないの?」

「いーだろズボンなんだから」

「んー……それもそっか」

 

今世の感覚だとズボンを1週間も洗わずにいるのは汚く感じるけど、よくよく思い返してみると前世の私なんてズボンどころか下着ですら何日も洗わずに着回してた。臭くなったら洗うんだけど、自分の臭いだから鼻が慣れちゃってよく分からないんだよね。今世はお母さんが毎日洗ってくれるから感謝しないと。

 

「これ見学しに行こうぜ。大会には出られないけど、退屈しのぎぐらいにはなるだろ? 佐為も観たがってるし」

「んー、そうしよっか」

 

正直、小学生レベルの囲碁大会に学ぶことなんてない。

でもヒカルと一緒に行けるなら、実質デートみたいなものだ。ヒカルは私と2人でお出かけするの恥ずかしがるタイプだから、ヒカルから誘ってくれる機会は貴重だ。まぁ、佐為さんもいるから本当は3人なんだけど、私には見えてないから……。

 

そういうワケで大会会場である日本棋院に向かう。

そこには真剣に碁を打つ子供達が沢山いた。

あー、懐かしいなぁ。前世の私も小学生の時、こんな感じの小学生の大会で全国準優勝して、それで勘違いしてプロを目指すようになったんだよね。実際に院生になってみると全然レベルが違って、同年代で私より強い人たちがうじゃうじゃいて、こんな強い人たちでもプロになれないのかって絶望したっけ。

 

しみじみと前世を懐かしむ私の隣で、ヒカルは呆気に取られたような表情で呟く。

 

「なに、この雰囲気……オレより小さいヤツまでいる」

「まぁ、早い子だと未就学児からやってる子もいるからね。小学校低学年とかでも強い子は強いよ」

「へぇー。みんな真剣だなぁ」

 

ヒカルが食い入るように対局を眺める。

ヒカルってこういう堅苦しい雰囲気ニガテだろうなと思ってたけど、意外とそうでもないのか。

ヒカルの意外な一面を知れて、それだけでもここに来て良かった。

 

と、それまで真剣に対局者たちを見ていたヒカルが、急に誰かを探すようにキョロキョロし始める。

 

「どうしたの、ヒカル」

「もしかしたらアイツが来てるかも」

「アイツって……塔矢くん?」

「ああ。アイツ、強いんだろ?」

「んー、でもどーかな? 塔矢くん、この程度の大会には出ないんじゃないかな?」

「この程度って、全国大会だぜ? 日本中から強い碁打ちが集まってるんじゃねーのか?」

「塔矢くんはレベルが違うからね」

 

この大会は確かにレベルは高いけど、1番強い子でもせいぜい院生2組下位くらいの棋力だろう。もちろんアマの小学生でそれはすごいことだけど、とっくにプロレベルの実力がある塔矢くんからすれば敵じゃない。

 

「……ん?」

 

突然ヒカルが立ち止まった。ヒカルの視線の先にあったのは一つの対局。

 

あー、確かに少し難しい局面だ。ヒカルがこの盤面に気づくとは思えないし、佐為さんが何か言ったのかな?

一見シンプルだけど、ちゃんと読まないと黒が死ぬ。1の二が急所だけど、読み切れるかな……?

 

しかし、残念ながら読み間違えたようで、対局者は1の三に置いてしまう。うーん残念。

と、思っていたら隣からとんでもない発言が飛び出した。

 

「惜しい、その1個上なんだよなぁー」

「ちょっとヒカル!」

 

何言ってるの! 囲碁で助言行為は御法度だよ!

 

「あ……」

 

ヒカルもマズいと口を押さえる。

すぐに会場にいた係員やプロ棋士の先生なんかが飛んできて、私とヒカルは別室まで連行される。

コッテリと説教された後、私たちは解放された。

 

「とりあえず、君たちはもう帰りなさい」

「はい、ごめんなさい」

「どーして私まで……」

 

囲碁教室に引き続き、本日二度目の退場処分。いや、囲碁教室で追い出されたのはヒカルだけだけど。

部屋から出てとぼとぼと歩いていると、私はドン!と誰かにぶつかる。

尻餅をついた私が見上げると、50〜60歳くらいの険しい表情をした爺さんが立っていた。

 

「気をつけなさい」

 

は? お前が気をつけろよジジイ。老眼で前見えてないんか?

そうブチギレたいところだったけど、ヒカルの手前我慢する。ヒカルにはしたない女だって思われなくないもんね。

 

私はぺこりと頭を下げたあと、ヒカルと共に足早に棋院を後にする。

それにしても、さっきの爺さんなんか見覚えがあるんだよなぁ……。んー、どこで会ったんだろ? 社会科見学で行った老人ホームだっけ?

 

そんな風に考えながら歩いていると、遠くの方に見覚えのある人影を発見した。

 

「あ、塔矢くん」

「ホントだ」

 

塔矢くんは私たちの元まで走り寄ってくると、膝を押さえて息を乱しながらコチラを睨みつけてくる。

 

「やっと見つけたぞ。藤崎あかり、それに……進藤ヒカル……!」

 

なんかめっちゃ敵意剥き出しなんだけど……?

なんで? この前の碁会所での件、まだ怒ってるの? いや、でも塔矢くんの矛先はヒカルに向かってるよーな……。ヒカルも何かやらかしたの?

 

頭の中が疑問符だらけの私を他所に、ヒカルが塔矢くんに話しかける。

 

「どーしたんだよ、塔矢。そんなに急いで。囲碁大会に遅刻でもしたのか?」

 

飄々としたヒカルの態度に、塔矢くんはちょっとたじろぐ。

 

「い、いや、ボクは囲碁大会には出てないよ。キミは?」

「オレはチラッと覗いただけ」

 

そう言うヒカルの横で、私はヒカルにだけ聞こえる声でボソっと言う。

 

「覗いただけじゃなくて助言行為して怒られてたけどね……」

「う、それは佐為が!」

 

ヒカルの大声に、塔矢くんが反応する。

 

「サイ? 囲碁大会でなにかあったのか?」

「な、なんでもねーよ」

「…………?」

 

首を傾げる塔矢くんをよそに、ヒカルはしみじみとした表情で言う。

 

「それよりさ、オレ囲碁の大会なんて初めて来たけど、みんな真剣でさ、ちょっと感動だよ」

「感動? キミは真剣になったことないの?」

「オレが?」

「……ちょっと手を見せてくれないか?」

「手ェ?」

 

そう首を傾げるヒカルの手を、塔矢くんが掴みジロジロと見る。

ヒカルの手は碁石でついた癖のない真っさらな手だ。塔矢くんは一瞬顔をしかめた後、ヒカルに尋ねる。

 

「……君は、プロになるの?」

「プロ?」ヒカルは笑い飛ばす。「あはは! オレがプロ? そんなの考えたこともねーよ。塔矢はプロになるつもりなのか?」

「なるよ。……そしておそらく、藤崎さんも」

 

塔矢くんは一瞬、私を睨みつける。

 

「……え」ヒカルは私と塔矢くんを交互に見る。「そうか。あはは、そうだよな。あかりも塔矢も強いんだもんな。そりゃ、プロくらい目指すか」

「でも、キミはボクや藤崎さんよりも強いよね」

「……それは……」

 

ヒカルが言葉を詰まらせる。そんなヒカルに、塔矢くんは真剣な表情で言う。

 

「進藤。もう一度だけ、ボクと打ってくれないか。ボクはキミの碁に、神の一手さえ見た気がしたんだ」

「……分かった」

 

ヒカルは覚悟を決めたように頷く。きっと佐為さんの力を使うつもりなんだろう。

 

碁会所に向かうため電車に乗るヒカルと塔矢くん。あと、それに付いていく私。

電車内では2人とも無言。なんだか気まずくなった私は、塔矢くんに話しかけてみる。

 

「塔矢くん、私も後で塔矢くんと一局打とっか?」

「キミはプロになるんだろう? ならプロの世界でいくらでも打てる。……それにボクは、キミの実力は認めるが、キミの碁に対する姿勢を好ましく思えない。正直、キミが進藤の側にいることすら不愉快に感じる。進藤が囲碁に真剣になれないのは、キミの影響なんじゃないか? とね」

「……そっかぁ」

 

この前の一件のせいで完全に嫌われてしまったようだ。

いや、しかし――イケメンにこう邪険にされるというのも、それはそれで胸にグッと来るものが……ダメダメ、私はヒカル一筋なんだから!

 

少しの間、電車に揺られて、例の碁会所に到着する。

私たち3人が碁会所に入ると、中にいたお客さん達の目線が一斉に集まる。

 

『あの子!』『そうだよ、アキラくんに勝った男の子だ』『女の子もいるぞ』『あの女の子、あの優しいアキラくんを怒らせたって言う』『アキラくんを怒らせるって何したんだ?』『たぶんイカサマだろ』『そりゃ酷い』『とんでもない嬢ちゃんだ』『親の顔が見てみたい』

 

なんか現在進行形で私の悪い噂も広まってる気もするが。……まあいいや。

 

ヒカルと塔矢くんが席に座ると、その周りを人だかりが囲む。あまりのギャラリーにヒカルは戸惑うが、塔矢くんに促されて互先の対局を始める。

 

黒番となったヒカルは小目に手堅く打つ。典型的な秀策流の序盤。それに対し、塔矢くんは星を連打する攻撃的な打ち筋。以降も、中央を厚く攻めるような打ち方。どちらかというと堅実な打ち筋を好んでいた今までの塔矢くんとは明らかに違う。

 

(佐為さんの古い打ち筋を咎めようとしてるのか? でも――――)

 

それには塔矢くんの実力が僅かに足りない。

ヒカルを追い詰めたように見えた塔矢くんだけど……。

 

ズバッ――――と、一刀両断するような一手。

 

佐為さんにも余裕がなかったのだろう。

いくら佐為さんが強いとは言っても、彼の囲碁知識は100年以上遅れている。未熟とはいえ1998年現在の最新研究を存分に使って攻める塔矢くんを前に、手加減する余裕は無かったに違いない。

 

勝負は終盤に差し掛かることなく終わった。

 

「……ッ! ありません……っ!」

 

塔矢くんは頭を下げる。悔しさに声を震わせながら、塔矢くんはじっとヒカルを見つめる。

 

「……キミは、本当にプロになるつもりはないのか」

 

ヒカルは一瞬戸惑ったあと、躊躇いを振り切るように言う。

 

「……ああ。オレは、そういうんじゃないから」

「キミがいないプロの世界に進んで、ボクは誰と競えば……!」

「わ、悪い塔矢! オレ帰るよ!」

「待って、進藤――――」

「門限過ぎてるから!」

 

時計を見ると、もう6時前だった。

あ、私も家に帰らなきゃ。たぶん両親は用事が夜まである筈なのでまだ家に帰ってないけど、もし予定が早まって帰ってたら大目玉だ。

私は碁会所から出て行ったヒカルを小走りに追う。

 

「……あかり」

「よかったの、ヒカル」

「まあな。オレ、佐為に本気でやってくれって言ったんだ。コテンパンにやっつけたら、塔矢だって諦めつくだろ?」

「それは……どうかな。塔矢くん、相手が強ければ強いほど闘志に火がつくタイプだと思うけど」

「うげー。まぁまたなんか言ってきたら、テキトーに追い返すよ」

 

ヒカルはおちゃらけたように言う。その様子は、どこか空元気のようにも見える。

 

「……ヒカル、なんかムリしてない?」

「ムリ? どうして」

「本当は自分の力で塔矢くんと挑みたかったんじゃないの?」

「……何言ってんだ。ムリに決まってんだろ? オレ、初心者だぜ?」

 

ヒカルは乾いた声で笑い飛ばす。

 

「この前あかり言ってただろ? 佐為に打たせればプロでも活躍できるって。でもオレ、やっぱムリだよ。今日、お前や塔矢と居て、なんてゆーの、ソガイカン? 感じてさ」

「疎外感?」

「ああ。あの中でオレだけ囲碁のこと全然知らねーのに、一番強いフリしなきゃいけないんだぜ? もうオレ、あんな思いするくらいなら囲碁なんてやらねー」

「でもヒカル、阿古田さんを倒すことを目標に頑張るって、言ってたじゃない」

「……悪い、あかり。その目標、ナシにするかも」

「ヒカル……」

 

とぼとぼと歩くヒカルに、私は何も声をかけられなかった。

無言のまま、ヒカルと別れる。うーん、なんかマズイ展開かも。

 

家に着くと両親はまだ帰ってきておらず、リビングでお姉ちゃんがひとりコーヒーを飲んでいた。いつもは専ら紅茶派でコーヒーなんて飲まないのに、どういう風の吹き回しだろう。

 

「もしかして?」

 

コーヒーと言えば大人の味……これはお姉ちゃんが大人の階段を上ったという暗示では?

私は揶揄うようにお姉ちゃんに話しかける。

 

「ただいま、お姉ちゃん。彼氏さんとは上手くいった?」

「彼氏じゃないってば」

「嘘だー。だって今朝あんなに浮かれてたのに」

「……今日、告白してフラれたわ。友達としては好きだけど女としては見れないって」

「……え」

 

どうやらお姉ちゃんがコーヒーを飲んでいたのは失恋の感傷に浸るためだったらしい。可哀想なお姉ちゃん。

私がそんな風に姉を憐れんでいると、お姉ちゃんはジト目を此方に向ける。

 

「あんたも気をつけなさいよ」

「え、私?」

「そうよ。あんた最近いっつも囲碁ばっかりやって、女磨きのひとつもしないんだから」

「してるよ!……保湿とか」

「見た目だけじゃダメなのよ。好きな男の子に会いに行くより囲碁を優先させるところとか。そんなことしてると、進藤くんにも愛想つかされるよ」

「え……」

 

考えたこともなかった。

ヒカルと私は主人公とヒロインで、運命の人で、当然結ばれるべき存在だと信じていた。

だから安心して囲碁に打ち込んでいたけど……でも、それじゃあダメかもしれない。

 

確かに、ヒカルはさっき『自分だけ囲碁が分からず疎外感を感じた』と言っていた。

もしかしたら、私が囲碁に打ち込めば打ち込むほど、ヒカルの心は私から離れていってしまうかもしれない。

 

囲碁かヒカルか。どっちか一つしか選べないとしたら、私はどうすればいい?

 

前世の(神崎詩織)の記憶は、囲碁を選ぶべきだと主張する。

でも、今世の(藤崎あかり)の自我は――――

 

「この世界のこと、ヒカルのこと、もっと知ろう。そして、囲碁かヒカルかを選ばなきゃいけなくなったら、その時は――――」

*1
囲碁以外の遊びの知識をほとんど持たない主人公だが、人狼ゲームは前世の仕事(ネット番組の収録)で何度かやったことがあるので知っている




投稿遅くなりました。
ドグマ2までの繋ぎのつもりで買ったグラブルリリンクに人生を塗り潰されてしまい、寝る間も惜しんで周回してしまい……。とりあえず究極武器コンプしてジーン厳選も暫定で終わったので投稿ペース戻せると思います。

基本的に原作沿いな回でしたが、あかりがアキラのヘイトを一身に受けたためヒカルとアキラの関係性が変わっています。ここからちょっとずつ原作とは違う方向に舵を切っていきたいなと思います。
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